2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1

★7歳バースデーおめでとう! 11月23日で光太は7歳になった。毎年恒例、昼間にホームパーティーをするために、ママは朝から大忙し。ケーキの生地は少し前に焼いて冷凍保存してあるので自然解凍してホイップクリームを塗り、いちごを飾るだけ。 ホイップクリームは私の好きな中沢の乳脂肪36%をいつも塗る。あっりとしていてとても美味しい。 メニューは、秋鮭と海老の長いもグラタン、かぼちゃのサラダに大好きなアーモンドスライスをトッピング。ちょうどケーキのデコレーション用の生クリームが少し余ったのでチンして柔らかくなったかぼちゃとさつまいもをそこに入れてマッシュし、マヨネーズと塩こしょうで味を調える。レーズンを入れてもおいしいが今日は入れずに。 長いものグラタンは長いもをすりおろしかつおだし、牛乳を少しと塩こしょうで味付けしてホイップするともうホワイトソースが出来上がり。ここにはバターは入らないのであっさり。 秋鮭とえびは塩こしょうしておいて、下味をつけてバターでこんがりソテーし、そこにキャベツとしめじを入れて最後にお味噌で軽く味つけ。これをグラタン皿にいれてレンジで5分ほどチンするとほっくり感が増す。さらに、ピザチーズをのせて今度はオーブンで焼き目がつくまで焼くとできあがり。 ステーキを焼いてお祝いするのが時間もかからずに楽で、しかもみんなも喜ぶかもしれないのだが、父が心筋梗塞で倒れて以来、我が家のメニューもけっこう魚を中心に作るようにしている。1週間に最低でも3回は魚を食べるように気をつけておけばいいのだとか。しかも青背の魚がいいというから、ぶりの照り焼き、さばの味噌煮やさんまの塩焼き、あじの干物などをよく食べるようにしている。 忙しい時はまぐろを買ってきて納豆と一緒に丼ものに。青背ではないが、こちらでは金目鯛がよくとれるようでお店によく並んでいるので煮つけして食べるのも美味しい。母は愛媛の出身だったので鯛が大好き。太刀魚や鰆などあっさりした白身の魚好きだった。でも私は体の為には白身よりは青背の魚を好んで食べるようにしている。 食べ物が体を作るのだから、家族の健康は作る人が気をつけなければいけない。学校に入ってからは昼食が給食になり、とても栄養バランスもとれていて美味しいものをいただいているので感謝感謝。給食代を払わない親がいるとか以前どこかで話を聞いたことがあるが、こんな立派な食事をさせてもらっているのに文句を言うなんて言語道断。世の中にはとんでもない親もいるものだと思う。 これは先日テレビのドラマを見て思ったのだが、親から愛されて育たなかった人は不幸なことにうまく子供を愛せない。常に自分の子供のトラブルを学校のせいにしたり子供のせいにしたりしていて自分が悪いのだと思っていない。給食代を払わないという親が本当にいるとすれば、自分のことは棚に上げてなんでも人のせい、学校のせいにしているのではないかと思う。 先日見たドラマのママは自分が幼い時に親から愛されて育たなかったために自分の子供にもつらくあたるのだった。そのためその子はママから愛されたいのに愛されないストレスでついには声が出なくなってしまう。自分の仕事のこと、ダンナのこと、そして一番最初に産んだ子供のことだけは大事にしていて二人目には辛くあたってついには実家に預けてしまう。 でも自分自身親に愛されていなかったと思っていたが(病気の姉がいて両親はいつもそちらの看病が忙しかったようだ)本当は父も母も自分のことをずっと愛していてくれていたということを知り、そして、つらくあたっていたわが娘から心のこもった手紙をもらいだんだん孤独だった心がとけていく。そして最後には本当に自分の子供を愛せる親へと変わっていく。涙がポロポロ出てティッシュを離せないドラマだった。 このドラマを見ていると、現代は昔と違って色々なことが便利になった反面、親の愛情がうまく伝わらない時代ではないかと思う。たとえば、ママが働くことで家事の時間がとれないからと冷凍食品ばかり利用していては、我が家の味が子供に伝わっていかないと思う。どんな料理にしても家庭の味というのがあり、それを食べて子供は育っていくのだからきっちりと食事を作ること、これは親の役目だろう。 要は、両親が自分を愛してくれているという実感は自分にかけてくれた時間にあるのではないかと思う。料理の得意な親は手料理で、手芸の得意な親は手作りの服やかばんなどの持ち物で、体を動かすのが得意な親は思いっきり公園で遊んでやる。 何か自分の得意な分野で思いっきり子供に時間をさいてやることが愛情なのではないかなと思う。得意な分野でというのは自分も楽しんでその時間を費やしているからいいのだ。もし、いやいやつきあっていると子供は察知するから心から楽しむというのが大事なのだと思う。 私の母は手料理が美味しかったし、裁縫も上手だったので母の得意なことで私はたくさんの愛情を受けたと思う。遊ぶ担当は父だった。両親の間で特に役割分担したわけではないだろうが、こまごまとした母の愛情と畑で汗を流したり、スポーツを楽しんだりすることは父から教わり、一緒に遊んでもらった記憶は生涯忘れることはない。 だからこそ、私は母のように手料理にこだわり、週末できる限りパパと一緒に光太と公園で遊んだり出かけたりするようにしている。 光太にとっての家族の記憶が私の手料理とパパやママと公園で遊んでもらったりしたことが折り重なって幸せな記憶となっていってくれることを祈りたい。 光太の今年の誕生日祝いのプレゼントはパパが選んだサッカーチェスだった。だが12歳から対象とあって難しすぎた。昼間のパーティーで私達夫婦には赤ワインが入っていたのでほろ酔い気分。そこに難しい(といっても12歳が理解できる程度のものだが)説明書を読んでいたって頭に入ってこない。 せっかちな私が理解するのに待ち切れずゲーム開始は中断。もうひとつおまけに入っていた総合格闘技ボードゲームもまた説明書を読む気も起こらないほど難しそうで、面倒くさくてパス。 最初光太はサッカー盤をほしがっていたのだが、こちらのチェスの方が実際の試合の時などに役に立つということでパパがこちらを選んだ。確かにサッカ―盤は、さして頭を使わなくても、ガチャガチャしていて得点が入るのが楽しいゲーム。 だが、サッカーチェスは当たり前だが、サッカーがわかっていないと楽しめない。フォーメーションなど勉強になることも多いが、即効的に遊べるかというと大人でもある程度説明書を読んで理解するのに時間がかかりそう・・将棋だって駒の進め方がわからなければ遊べないように、ゲームの仕方を理解しないと楽しめない。 結局、しばらくお蔵入りになるか、あるいはパパの酔いがさめて改めて勉強しておいてもらい私と光太にルールを説明して楽しむかということになった。(パパ、今後のためにがんばって理解して教えてね~)ただ、今、遊ぶ気持ちマンマンの光太にとってはもちろんつまらない展開に。 せっかくの誕生日、ホームパーティーも気持ちよく終わり、さてさて楽しくボードゲームでもと思っていたところが雲行きあやしく、光太がふてくされ始めたちょうどその時、パパがネットで注文していたおもちゃが次々と届いた。 一つは祖父や祖母達からいただいたお祝い金を使って光太が買いたいといってたベイブレード。昔のこまと違って機械のこまだ。遊び方は単純でベイブレード用の台の中でベイブレードを回してどっちが強いか戦うというもの。ひもを強く引っ張ればこまは簡単に回る。回り方が強いものが近くにいるこまを跳ね飛ばしてしまう。光太はベイブレードを見た瞬間顔がぱっと晴れてニコニコの笑顔に。 とっても単純で一緒に遊んだら、私なんてすぐ飽きてしまった。 しかし光太は一人でもずっとずっと回し続けて大声で自分で実況しながら遊び続けていた。それほど子供達を魅了するものなのだろうか? 私が小さい時に回していた、いわゆる昔のこまの方が面白かった。縄を巻いて投げて引っ張る。うまく回った時は嬉しいし、回るようになるまでにはいっぱい練習したと思う。その回るようになるまでに練習をたくさんしたからこそ回るようになった時の嬉しさが大きかった。いわゆる達成感があったのだ。こうやって昔の方がよかったというのは年寄りの特徴だなぁと思いつつも本当にそう思うから仕方ない・・ あれを思えば、このベイブレードは機械の力で回っているだけで自分の努力というものが何もなくて昔のこまで楽しんだ私やパパにはつまらない。でも光太達にはこれが楽しいのだという。自分だけ持っていなくて仲間はずれにされると(以前のゲームじゃないけど)言っていたのでこれは別に無害だからと買ってやったが、人畜無害だが、益もなしといったところ。 まぁ、戦いものが好きな男の子にとっては自分の分身が激しく戦ってくれることに満足するのだろう。メタルものなので重たくて、落ちるとけっこう威力もあって、おかげで家中傷だらけになりそうで恐ろしい。 同時に届いたゲームは3種類。今年のドイツ年間ゲーム大賞受賞に選ばれたというドミニオンという家族で遊べるボードゲームと、漢字の好きな光太に漢字博士という漢字ゲームと、アルゴという頭のよくなるゲームだ。最後のはひらめきと論理、ルールは簡単だが奥が深いというからこういうのはまだとっつきやすそうだ。 いわゆるゲーム機で遊ぶのはうちの家は反対だったが、その代替案としてこういうボードゲームには賛成。ただ、単純なものでないだけに親も理解するのに一苦労しそう。でも、この苦労にこそ久しぶりに使っていない頭を使うという意味では良い効果があるはず。一気に頭を使うゲームばかりが5種類もできてどれが一番はまるかが今後の楽しみ。 当の本人は一番頭を使わないベイブレード遊びにずっとはまっている。もう3時間以上も同じことをくり返しているが飽きる気配がない。親の思惑と違って頭を使わない遊びの方がまだまだ楽しい年代なのだろうか? とにかく心から嬉しそうな顔がたくさん見れた今日という日に乾杯!お誕生日おめでとう~
November 23, 2009
コメント(0)

★達成感 やっと文化祭が先週の土曜日に終わった。懸念された新型インフルエンザによる影響もなく晴天のもと気持ちよく始まりそして終わった。この日のために文化祭委員である私達は忙しく働いた。無事に終わって本当にほっとした。終わった日はずっと立ち仕事だったので、足腰にズドーンと疲れが来てじんじんとだるく立てないぐらいになった。 思い起こせば、文化祭委員に先生に指名された時は、心の準備なく突然だったこともあり内心いやいやな気持ちだった。でも、委員の仕事を通して知り合った学年の違うママ達との出会いに心から委員を引き受けて良かったと思える。 私はサッカーでも同じみのミサンガ作りの担当になったのだが、一緒に担当を組んだママとは打ち合わせをしながらも、仕事以外に同じ男の子を持つ親同士、悩みを話したり聞いたりでとても楽しい時間を持てた。 本番を間近に迎えると毎日学校へ行って準備することもあり、正直かなり体力的にきつかったが、担当同士協力して乗り越えることができて、終わった直後には二人で手をとりあいやるべきことをやり終えた達成感に浸った。しんどいからこそ、やり終えた時に感じる心地よい疲れがあるものだとつくづく感じた。こういう達成感は学生の時以来、久々の感覚だ。 ただ、委員にあたっていると、文化祭そのものは楽しめない。ずっと担当の教室にこもって通しで教えるわけだから、ほかのブースを回れるわけでもなければ、光太がどんなことをしているのかは見れなくて残念だった。 でも、パパにそのあたりのことはお願いしてビデオを撮り、写真も撮っておいてもらったので大まかなことは想像できた。光太は木工教室で壁掛け(コースターにもなる)を作ったり、昔遊びのコーナーでこま回しを教えてもらったり、体力測定をしたり、音楽の合奏に参加したりしていた。 中でも一番印象に残ったのが、音楽の合奏だった。この日のために練習を積み上げてきての発表会という形式ではなくて、当日まで何の楽器を使うのかは知らされていなくて、当日参加して決め(光太は太鼓)先生に教えてもらいながら一つの曲をみんなで合奏できるように作り上げていくというもの。 最初はどうなることやらという感じの状態でも、だんだん子供たちの真剣な練習によりうまく一つのものが仕上がっていく様が手にとるようにわかりなかなかよかった。最後には立派な合奏になっていて、それこそ一つのものを仕上げていく達成感を味わえたことだろう。 子供も大人もこの達成感があると気持ちがいいものだ。それにはある目標があって、それに向けて練習をする。その過程が長ければ長いほどやり終えたときの達成感も大きいものになるのだろう。光太の合奏は短い時間で仕上げるものであったが、最後まで仕上がった時の「やった!」というすがすがしい顔が印象的だった。 このことを思えば、日々子供というのは成長していて、そのたびに小さい達成感や大きな達成感を感じながら大きくなっているのだろう。見守る大人達がそういう子供の気持ちをすくいとってあげて評価してあげるときっと気持ちよく伸びていくことだろう。 先日、光太は以前ここにも書いたが、夏休みに頑張った読書感想文のコンクールで学年代表に選ばれ、みんなの前で表彰されたらしい。賞状をもらってきて、みんなの前で表彰されるのはうれしかったけど、またすごく緊張したようなことを言っていた。良い経験をさせてもらったと思う。 夏休みに読書感想文を書くのは1年生になって初めての経験で、帰省していた時なので私の実家にいたときのことだ。本は読んでいたので、「さぁ、これを読んでの感想を書いてみようか。」と言ってみたところでなかなか筆が進まない。初めてのことだから何をどう書いていいのかわからなかったのだろう。私も光太を導いていくのが難しかったが、ちょっとしたことがヒントになって、書き始めるとすらすらと筆が進んだ。それからは、また止まってはまた励まして進んでと本当に最後まで書き終わるには苦労した。それを清書するのにも夏の暑い日に1時間半はかかった。手に汗を書きながら、原稿用紙も汗でふにゃふにゃになっていた。 でも、一年生ながらも光太は漢字が大好きで難しい漢字でも自ら調べて書こうとする。その頑張りの甲斐があって今回の表彰だったので、さぞかし達成感があったことだろう。「あれだけ最初はいやだと言って泣いていたけど、こうやって賞状ももらうと気持ちがいいいんじゃない?」と聞くと「ほんとそうだね。来年もがんばる!」と目を輝かしていた。 どんなことでも達成感を味わおうと思えば苦労なしには得られないもの。がんばった結果こうやっていい気持ちが味わえればまた次に頑張る気持にもつながる。また残念ながらいい結果がつながらなくても、頑張ったその過程を評価してあげればまた次につながっていくことと思う。 いつだったか、私が学生の時に知った言葉でとても記憶に残った言葉がある。《理想は高く、目標は小刻みに。》自分の理想は高くていいが、ひとっとびには飛べない。一歩一歩確実に進んでいくことが大事。毎日コツコツ努力していればいつか高い理想に近づいてきていることだろう。そして、小刻みに設定した目標を達成するたびに小さな達成感を味わいながら進んでいければいいなと思う。
November 14, 2009
コメント(0)

★甘えさせることって(続き)昨日に引き続き「甘えさせることって」続き 他にも色々と開眼することもあり、今まで光太にしてきた自分の過ちを反省し、その日は光太が帰ってくるのが楽しみでならなかった。いつもなら「○○しなさい」といってもなかなか言うことのきかなかった光太もこの日は帰ってきて私が「ママは今日こんないい本を読んだの。気持ちを変えるから今までごめんね。」ときっと光太には何のことやらわからないであろうことなのだがどうしても伝えたくて伝えたら光太は「いいよ。」とニコニコ笑って私を受け入れてくれた。 それで、その日はまずは光太が「じゃ、ママ!遊ぼう!!」と言ってきたので、いつもなら「まずは宿題してでしょ!」と言うのだけどアドバイス通り「いいよ^^」と笑って受けこたえると喜々として野球盤を持ってきて二人で遊んだ。その次には久しぶりにカードでウノをしてまだまだ遊びたがっていたけれど、18時近くなったのでそろそろお腹も空いてきて「じゃあ、あと15分でママも夕食しあげるから光ちゃんも宿題しあげよ。」と言うとあっさりとしはじめた。きっと遊んでもらった満足感で満たされているのだろう。なんだかその後の二人の関係も和やかだった。 夕食後もいつもならだらだらしていてまだ出来てないことを指摘して、それでもすぐ動かない光太にイライラしていたのだが、光太が「じゃぁママ、これが終わったらまたママとたけとんぼ飛ばして遊ぼう!」と言うのでまた「いいよ。」と言うとニッコニコして「急いで時間割もあわさないと遊ぶ時間がなくなっちゃう!」と言ってあわて始めた。それからは二人で楽しくたけとんぼを布団の上でとばしあって笑い転げたりした。その後本を読んでやって布団の中でずっとお話をしたりして気がつけばたっぷり時間がたっていたからか光太はやっと眠りに落ちた。 とても私にとっても満たされた時間だった。いつもは早く寝かせようと思うのだけど、なんとなくそうやって思っていた自分は何だったのだろう?と思うぐらいに光太がいてくれることに幸せを感じた半日だった。 結局、私が変わらなければ子供は変わらないのだ。駄々っ子で隣のうるさいおばあちゃんからあれこれ小言を言われて肩身の狭い思いをしながら暮らしていた時代のことも懐かしく思い出された。もしかしたら、もっと今のような広~い気持ちで光太に接していればよかったのかもしれない。でも、あの時はあれで精一杯だったのだ。それにいやだいやだの反抗期全盛期で私はほとほと疲れ果てていた。聞き分けのいい今だからこそ、光太の心にも私の言葉がすんなり入り、私も少し余裕の心が出来たからこそできたのだろう。 やってみたらこの気持ち良さを味わうためならもういつだって「はい、いいよ!」と言って子供を受け入れてやればいいのかもと単純に思う。今までもしかしたら不要な我慢を強いてきたこともあるように思う。私もパパも小さい時は我儘に育てられた記憶がないからこそそんなことしていいのだろうか?とか、はたしてそういうことをして悪い方向に行きやしないかと不安でもあった。しかもなかなか自分が育てられてきたやり方を変えていくことは難しいものだ。自分の叱り方なり、思考パターンは長年培ってきたものなのだ。でも、自分のされてきた子育てを振り返りいいところはいいで見習い、悪いところは悪いと改めていかなければ、負の循環は光太の子育てでも繰り返されてしまうのだと思う。 子供を良くするも悪くするも親次第。ほとんどの親が子供を上手に褒められないがために屈折して子供は生きてしまっているように思う。本当はどの親だって子供がかわいいのに。その子のためと思って善意でやっていることがかえってその子をダメにしてしまっていることがいかに多いことか。 母がよく私に「あんたのようなぼーーっとした子はお母さんがビシっと言わなければどんな子になっていたことか。」と言う。それは誰もわからない。母だってその時その時、必死で私のことを思って子育てにあたってきてくれたのだろう。でも人としての道をはずさず、こうやって今生きてこられたことに感謝しながらも、母のように絶対支配的に子育てするのは私の子育ての中ではあり得ないのだと感じた。母のやり方では光太はうまく育たないのだ。これが女の子の育て方と男の子の育て方がまた違うと言われる所以なのかもしれない。 いや、女の子、男の子関係なしに、親というもの、子育てする上での信念はぶれてはいけないと思うが、本当にその子のことを思っての子育てかどうかは常に省みたほうがいいと思う。親はともすれば、自分のコンプレックスを子供に反映したりしがち。子供のためと言いながら自分のためであることだってある。事実、そういう親を私もたくさん見てきている。そういう親の元でただ言われるがままに育てられている子はかわいそうだと思う。 子供が生き生きと自分の力で考え工夫しどんな困難にもめげずに生きていける力をつけてやることこそ親の役目。温かく見守っておいてやればあとは勝手に子供は育つのだ。きっと細かいことを言う親ほど子供をダメにしてしまうのだろう。 言わなくても子は育つ。信頼してあげること。そういえば、父はいつも私のことを信じているからね。と言ってくれていた。そして家庭が大事と言っていた。自分が子育てをして初めて子育ての難しさにも直面してきたが父の教えが時々ふとした折に「あっ!お父さんが言ってたなぁ。」とか「お父さんはやってくれたなぁ。」と感謝する。前も書いたがあの頃は父も週休2日ではなかったのに、その貴重なお休みの1日を使って、週に1度は学校の校庭で遊んでくれた。畑にくっついていって土いじりしたり、虫をとったりして遊んだ記憶は今でも忘れない楽しい思い出だ。お店に行っては毎週好きな本を一冊買ってもらった。あの頃のなんともいえない幸せな記憶が今私が光太を育てる時の原点になる。 母は出来のいい姉の教育に必死だった記憶があり、私はいいように放任主義的に泳がしてもらったからかあまりきつく勉強のことを言われた記憶はない。が、いつも秀才の姉と比べられるのがいやでもあった。そしていつかは見返してやると思っていた。でも、結局姉のことも大好きなので見返すといっても憎んでいたわけではなくて、いい意味ですごく影響を受けて大学は同じところに受かり同じ学部に進んだのだから、姉の影響は大きい。 親になってしまえば、姉も妹もない。同じ子供を育てる親だ。まぁ少し人生の先輩ではあるのだけれど。母にはなんでも手作りの温かみを受けて育ったなと思う。一緒に遊んでもらった記憶はないのだけど(小さい頃は遊んだよなどと言われるが写真もないし全然記憶はない)洋服や食べ物はいつも母の手作りで誕生日会などは母が作ってくれたケーキでみんな友達で祝ったことを覚えている。 私が家の中でこちょこちょとパンやケーキや手作りが好きなのは明らかに母の影響だ。私が大人になってから会社を辞めてパンやケーキの世界に入りたいと言って断固反対したのも母だし、つきあう人のことを断固反対したのも母だった。だからこそ色々と確執もあって私自身母に反抗した時代もあった。でも、母は私のことを思ってやってくれたのだろう。今だからこそ思えるけど、その時は涙したことも多い。でも、逆にいえば、母は子離れしていなくて私のことを大事に思うがゆえに何をしでかすかわからない娘のことが心配で、自分の目の見える範囲で監視しておきたかったのかもしれない。つまり私を信じていなかったとも言える。つまり過保護過ぎたのだ。女の子だから仕方ないが、私をもっと信頼してやってごらんと任せてくれたらもしかしたら生来の無鉄砲な性格なので、やってみて失敗しては泣いたかもしれないが、またそこから這い上がる強さも持っていると思うので何かを経験したことだと思う。 母のせいにするのもいけない。たぶん自分自身でも両親を泣かせてまで自分勝手にやる勇気もなければその世界で成功する自信もなかった。ただ熱意だけはあった。そこは若さゆえにとびこめばよかったのかもしれない。本当に自分がやりたいと思うものを見つけた時には親も後押しして、見守ってくれてもよかったのでは思うと同時に、あの時の自分に大丈夫だからやってごらんと言ってあげたい。今、この年になってできる環境が整っても熱意があの頃ほどない。あまり成功するかどうかなど頭でっかちになって先のことばかり心配していると動けない。事を起こすには熱意と勇気とタイミングが必要だと思う。 不幸なことには、やりたいと思ったことを親の反対でさせてもらえない葛藤の時代が長すぎたということだ。とりあえず、やらせてみたら子も納得がいく。そしてまた次のステップに進めるのだ。 光太は男だから余計に私の元から離れるのも早いと思う。その時の心の準備はしておかねばならないだろう。つまり自分を持っておくということだ。そして、子供をいつ何時も信じて育てるいうことだ。親の意見を押しつけるのではなくて常に子供の意見も聞いて納得いくまで話あうということだ。 毎日笑顔で子育てできるママを目指したい。それは理想かもしれないが、出来ないことはないはず。だって一番それが私にとっても楽で光太にとっても楽なのだ。相手を自分の思い通りに動かそうとしないこと。子供といってもしっかり相手を尊重してやること。まだまだそうはいっても経験の浅い子供のこと。色々と泣いたり喚いたりあるだろう。私も開眼したとかいいながらまたいつものようにガミガミと叱ることもあるだろう。でも、それはどうやらいけないことらしいと心の片隅にでも常に意識しておくことでずいぶん変わるように思う。 子供は親を育てるために生まれてきてくれたんだと思う。未熟な親は子供によってだんだん本当にあるべき親になっていくのだと思う。きっとそれが心底わかってできるようになるのは光太が自分の子供を持つ頃なのかもしれない。なかなか親自身変わることって難しい。親だって完璧じゃない。それどころかかなり感情的な動物だし、色々なことが人生生きてるとある。でも子供を産んで育てていることで今まで気付かなかったことがいっぱい気づけた。それは大人同士のつきあいでは気づき得ないものだ。人生半分ぐらい生きてくると、色々とわかってくるものだ。
November 2, 2009
コメント(0)

★甘えさせることって 先日久し振りに子育ての本を一気に読んだ。パパが仕事の関係で数冊会社から持ってきてくれた中にあった「子どもってどこまで甘えさせればいいの?」という本だ。 子育ての本は、以前は光太のことで悩むことも多かったからか(特に2歳頃)寝入った後にはよく読んで勉強になることも多かった。今でも子育てのメルマガなどは定期的に配信されていて読んではいる。本を読むことは好きなので同じようなタイトルになるけれど、魅かれるものは購入して気がつけば二階の本棚には数十冊の子育て本が並んでいる。 気にいった本は夫婦で共通理解として認識しておいてもらおうと思ってパパにも読んでと手渡すこともあった。忙しいパパなので私が特に感銘を受けたところは赤線で印したり、光太が寝静まった夜の二人の時間に私がかいつまんで話ししたりと子育ての話はつきない。 読んだ直後はパパも生まれ変わったように優しくなり、私も声色が変わりしばらくは家庭に嵐が巻き起らない平和な時代が来る。それが1週間もしてくるとだんだんところどころ我慢してきたのが限界になり、『甘い顔をしてたらいい加減にしなさーい!』ということになり、気づけばいつものガミガミくどくど、ぶちぶちと叱り飛ばしている私とパパがいる。反省。 だから子育て本というのは役に立つような立たないようなところがあって、結局のところ子供は何も変わっていない。子供を育てる親側の問題だとつくづく思い、ある程度読んだしもういいやと思っていた。しばらくは効く薬のようなもので、それをずっと継続し続けなければ意味がない。しかも、年中の途中ぐらいから光太も落ち着いてきてあまり私もイライラしなくなっていた。 とはいっても、基本的にうちの家はパパもママもうるさい系だと思う。周りの家庭の子供達を見て、特に穏やかだなぁと思う子を見ると『どうしたらあのようになるのか・・』『やはり育て方が悪いのか・・』などとパパと反省はしてみてもなかなか自分自身を変えられない毎日であった。まぁいきつくところ子供の気質がどうやら原因らしいという親のせいでもない子供の持って生まれたものが原因ということで折り合いがつく。これは一番親にとっても子供にとっても害がない。だって気質なのだから変えようがない。親の育て方じゃないと思うことでこちらもほっとする。で、結局親から見て子供の気になるところというのは変わることはない。目をつぶらない限り永遠にバトルは続く。 それが今回ばかりはけっこう目から鱗といった感じがした。甘やかしと甘えさせるの違いを説いた本で、この手の本は以前も読んで『ふーん、言葉は似ているけど似て非なるものなのね』と思っていた。ただ、それが自分の生活には活かされてこなかった。今回読んだ後はなぜかすごく腑に落ちてストンと自分の中で、こうすればもっと子育ても楽になるんのでは?というヒントがいっぱいあった。 思えば、私達親も自分の親から受けた子育てを知らず知らずのうちに繰り返しているのだと思う。うちのパパも自分の母親には褒められたことがないと言い、私も記憶の中で、母から褒められて育ったという記憶はない。昔は今と違って褒めて育てる時代ではなくてどちらかというと、発破をかけるつもりでか出来ないところを指摘したり、くさしたりして何くそという反骨精神で強くならそうとしていた時代なのかもしれない。 ただ、私の父はあまり私に対して怒ることもなく、それは今となっては母から「そうよお父さんはいい役でいいわね。」などと言う母の冗談ぽい愚痴?を聞くと家庭の中には鬼役(お母さんごめん!)は一人いるだけでいいのであって、二人とも鬼だと心休まる暇がなく、きっともし二人が鬼の家庭だと子供はパンクしてしまうことだろう。時々、子供が親に刃を向けたりして世間をあっと驚かせるが、それは親が見ているようで子供を見ていなかっただけなのだと思う。 私が読んだ本の中で衝撃的だったのは、我慢させる心を身につけさせたかったら我慢ばかりさせているとダメ。愛され甘えさせられて安心している子ほど「我慢強い」というよりほとんどの場合で「我慢しないでもやり過ごすことが出来る」というくだり。我慢させすぎると我慢できない子供を育ててしまうことになるらしい。これには目から鱗だった。 私達夫婦は光太が特に一人っ子で我儘に育ちやすい環境にいるがゆえに、ともすれば何でも買い与えてやってわがままに育ってはいけないと思い、よその家庭では許しているようなことでもけっこう厳しめに我慢させすぎたように思う。 もう一つ、衝撃だったのは子供の要求には「はい、いいよ」と応じるのが一番というアドバイス。『えーーそんなことばかりしてたらわがままし放題になるんじゃー』と思って構えすぎてきたように思う。それがこの一言を聞いてこうやってすんなり甘えさせる子育てこそが一番親子ともども楽で幸せになる道なのかもと思えるようになった。ちょっと字数がオーバーしてしまったのでこの続きは明日のせます。
November 1, 2009
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1

![]()
