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★日光へ紅葉狩りへ この週末は渋滞覚悟で紅葉狩りに私と光太にとっては初めてとなる日光へドライブした。パパは日光へは大学時代にバイクに乗せてもらって行ったことがあるらしい。私は一度紅葉狩りの名所である日光へは行ってみたいと思っていたが、毎年すごい渋滞しているのを見ては尻込みしていたのだが、なんとなく行ってみたくなりパパに話を持ちかけて即決。偶然、光太の通う小学校の6年生も修学旅行で私達に先行して出かけているところだった。光太も5年後には行くことになるはず。 朝は5時半起きで6時半前には出発した。いつもはうだうだして起きない光太も起こすとすぐ飛び起きた。よほど楽しみにしていたのだろう。出発して間もなく高速道路に出ればラジオで日光方面が既に渋滞していることを聞く。この先まだまだ長いのにもう渋滞しているなんて・・・と悪い予感。7時になるとこれまた普段は朝の食欲なんてさほどないのに光太が「7時になりました!おなかすいた!!」と後ろの席から訴えるのでお弁当を作ってきたのでそれを食べることにした。渋滞しているためのろのろ運転なので朝食をとりやすい。私は朝食後すぐ気分が悪くなる。 どうも私は車酔いしやすいので困る。この気分悪さがいつも出かける気分をそいでしまう要因でもある。やっぱり車の中での飲食は私にとってはご法度だ。しかも高速1000円の影響であっちこっちで事故渋滞にはまり今回は大変なドライブだった。朝早く起きているために途中から頭も痛くなり、前日は文化祭委員の定例会でほぼ1日費やしていた為疲れも出たのかのどの痛みもあった。なんとなく体調もすぐれないままでの出発だったのが禍して渋滞が早く抜けてくれないかと祈るのみ。気分の悪さを忘れるためには寝るしかない。目を閉じているうちにうつらうつらと眠ってしまった。 気づくと栃木に入っていた。だが東北道はまだまだ続いた。いよいよ紅葉で有名ないろは坂にさしかかると車の多さに驚いた。本当にすごい車。ずっとのろのろ。まだ動いていたうちはいいが、少し先に展望台で有名な明智平レストハウスがあるところまでくるとついに車がとまってしまって動かない。光太と私は車から降りて歩いていくことにした。歩いたらすぐつくのに、その一歩のために残ったパパがついたのは12時半すぎ。栃木まで着たらどこか美味しいところで食べようと下調べもしていたけれど、もうあれこれ言ってられない時間になって仕方なくそのレストハウスで食事をとることにした。やはり美味しくはなかった。まぁお腹が空いているのでとやかく言ってられない。 家から出て6時間以上たってようやくたどリ着いた明智平からの眺めは見事だった。頑張ってきた甲斐があるというもの。赤や黄茶や緑、オレンジなど色とりどりの紅葉で彩られた山がいい感じだった。 レストハウスからロープウエイに乗れば、あの有名な華厳の滝が一望できる展望台につく。光太もロープウエイに乗りたがったので少し並んですし詰め状態のロープウエイに乗る。紅葉の中で真っ白な滝の水が二筋見えた。華厳の滝と白雲の滝。華厳の滝の奥には中禅寺湖も見えた。天気が曇っていたためにすがすがしい青空ではなかったのが残念だったが見事な景色に渋滞の疲れも吹き飛んだ。気温も12度でたくさん着こんできたが、やはり肌寒い。手袋までは要らないだろうと思っていたが持ってきたらよかったと後悔した。 ここからの景色をパパがパチパチ撮っていると(ママもいつもデジカメ・パパはいつも一眼レフのデジカメを持ち歩いている)光太もお下がりの携帯電話のカメラは使っていたが、今回はパパのカメラの望遠をのぞいていて写したいと言う。そのうち、頼めばパパとママのツーショットも撮ってくれた。光太が一眼レフで二人を撮ってくれたのは初めてだった。手ぶれしているのもあったが、構図はばっちり上手にとれていた。光太もこういうことが出来るようになったのかとパパと感心。ただ、パパは高価なカメラを誤って落としてつぶされやしないかと内心ひやひやしていたことだろう。でも、二人で写し方がうまいねと褒めるととても嬉しそうな笑顔でもっと撮りたいと意欲満々だった。 さて、展望台から降りると今度は車を中禅寺湖の方へ進めた。駐車場にとめて、そこから歩いて20分というイタリア大使館の方へ向かった。そこからの景色がまた絶景らしい。光太と私は学校の秋探し(今、秋らしいものをたくさん見つけて学校の教室を飾っているらしい)と称して、たくさんの葉っぱを拾いながら歩いたので20分どころかその倍ぐらい時間がかかった。自宅の近くの公園なら種類がここまでないが、黄色や赤、茶色など大きさも色々で形も色々な葉っぱをスーパーの袋一杯に拾うことが出来た。途中燃えるような真っ赤なもみじの木があってその色が特に印象に残った。作った色ではなくて自然の色というのはなんて美しいのだろうか。しばしその色に見とれた。 中禅寺湖畔のイタリア大使館からの眺めは本当に美しかった。光太は湖に石を投げ込んだりして遊んでいたが、その投げ込む石の音がやめば本当に周りは人も少なく静寂そのものだった。数枚家族の写真を収めて景色を目の中に見おさめると、時刻は4時前だったが、あたりは薄暗くなってきて寒くなってきたので、長居はせず帰途に急いだ。 帰りは宇都宮経由でぎょうざやチャーハン杏仁豆腐などを食べて帰った。本当は栃木で有名なチーズケーキも買おうかと思っていたり、口コミでも複数書き込みのあったパン屋にも寄ろうかと思っていたのだが、どこに行くにもとにかく車が混んでいて身動きがとれなかった。日光といえば、日光東照宮にもいきたかったが、とてもじゃないけど一日でこの紅葉シーズンには回れない。回ろうと思えば泊まりがけにするしかない。本当はパパは足湯にも立ち寄ろうと思っていたのだが、渋滞でどうすることもできなかった。しかも帰りは道を間違えてしまい、やっとのことで帰宅できたのは23時近く。本当にパパは一日運転で疲れきってしまっていた。私達乗っているだけで眠りほうけている側でもこれだけ疲れたのだからパパは疲労困憊だったはずだ。それがその日風呂に入って片付けて寝たのは12時半なのに、翌朝6時半にはもう起きているのだからいつものことながらすごいと思う。 日光の紅葉の景色は想像以上に素晴らしかったが、もう一度あの渋滞にはまりたいかと思えば否。やはりトップシーズンに行くには恐ろしい場所だ。かといって、日光へ行くからにはせっかくなら紅葉のシーズンに行きたいし・・・やはり平日に行くに限るのだ。ただ、光太も幼稚園生ではないので平日学校を休むわけには行かない。今までなら元気休みと言って家族の旅行も混まない平日に楽しめたが小学校になってしまったらそれができなくなったのが致命的だ。週末出かける限り、この渋滞地獄は避けられないのだな。とにもかくにも疲れた。でも紅葉は素晴らしかった。パパ運転お疲れ様。連れてきてくれてありがとう~~
October 25, 2009
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★お祭り男&スポーツ三昧 「祭りだ、祭りだ、わっしょいわっしょい」こんなに光太が祭り大好き男だとは。先週末の連休初日と中日は地域の祭りのおみこし担ぎで明け暮れた。 当日誰でもおみこしが通るところに来ればおみこしが担げると書いてあったので、近くの公園に来る時間を待っていたら予定より30分も早くに声が聞こえてきた。光太はすぐ飛び出していって、私も家着のまま、しかもつっかけで飛びだしたら大失敗。結局夕方遅くまで練り歩き最後は夜店や出し物も見ていくことになり、2時に家を出て帰ってきたのは夜の7時過ぎだった。パパなんて半そでのまま出かけたから寒そうで、帰りはみんなで肩をよせあって帰った。 おみこし担ぎも出だしは光太の気持ちは超ブルーで始まった。公園に行くと、青いはっぴを着ている子供達がいっぱいいて、光太はそれを着たかったのにとふくれっ面していた。 パパが係の人に聞いてくれたところ、はっぴを着ようと思うと前もって担当者に言っておくか、当日でもみこしが出る最初の場所にいっておかねばならないようだ。残念だなぁと思っていたら、ふと、私と一緒に文化祭委員をしているママがそこにいて祭りのお手伝いをしているということが幸いした。光太に特別にはっぴを貸してくれた。文化祭委員をやってて得したことはこれが初めて?だ。 ベソをかいていた光太に、慌ててはっぴを着せてねじり鉢巻きを頭にしてやればすっかりお祭り気分で、気分も晴れたようでよかった。何も親が言わなくても、気がつけばサササ~っとみこしの一番前のいい場所をちゃっかり陣取っていた。普段はやることなすことのんびりしているのに、「いざとなったら、やるんだね~」とパパと感心。その時以来、ずっとわっしょいわっしょいと元気に大声を出しながら常に前の位置をキープし続けていた。みんなもやりたいので、時々は後方と代わっていたけれど、いつのまにか前にいて、みこしを担ぎ続けていた。 それが2日目のみこし担ぎも最終になってきた頃ちょっとしたハプニングがあった。ずっと最前列をキープしていた光太も時々みこしの上下に振る振れ方が大きくそれがしんどいのかつらそうな顔をしてうつむく事が多くなってきていた。「疲れたのなら代わりなさいよ。」と時々声をかけていたが、首をふって俄然がんばっていた。それがふとした瞬間にもう一度顔を見ると涙目になって口から血を出している。びっくりしてすぐ駆け寄り周りに「ちょっとすみませんーー!!」と動きをとめてもらっておみこしから離すとポロポロと涙をこぼし大泣きし始めた。よく見ると唇から血が出ていた。 ちょうど光太がみこしから離れる少し前頃からみこしを上に下に振る振り方が激しくなっていて、それまでは最前列の右手にいたのがいつのまにか真ん中にいた。そこは頭からすっぽり入ると自分の力では出られないから危ないなと思っていた矢先だった。案の定、おみこしが上下した拍子に光太の顔にあたって歯で自分の唇を切ってしまったようだ。そんな痛い思いをしているのに出るに出れずほんのちょっとの間でも、がんばって自分一人で痛みに耐えていたのかと思うとかわいそうなことをしたと思った。こんな近いところで両親ともいたにも関わらず、こんなちょっとした事故を避けることはできなかった。 ちょっとしたケガですんだからよかったものの、集団の力でとなると場所によっては大けがするのだから、小さいうちは親がよほど注意してやらねばならないと思った。来年からはあの場所は危険だから入らないようにと後で言っておいたが、本当に楽しいはずのお祭りもこのハプニングですっかり気分は落ち込んでしまった・・・ 以前、関西の岸和田のだんじり祭りだったか確か死者が出た記憶がある。あそこまで激しいお祭りでないにしろ、祭りというのは気分も盛り上がり普段とは違うエネルギーに満ち溢れているからプラスのエネルギーで動いている時はいいが、一歩間違えれば大きな事故を引き起こすようなマイナス面もないではない。特に楽しい気分で気も緩みがちな雰囲気であるがゆえに、これからもこういうところでは事故に気をつけなければと肝に銘じた。 連休最後は、昭和記念公園まで出かけた。私が大好きなコスモスを見に行く予定だったけれど、当初の目的とは大きくかけ離れた1日となった。この日は体育の日でもあり、スポーツフェスティバルと称して、ちょっと変わったスポーツを案内していた。6種目のうち3種目以上参加すれば参加賞ももらえるというもので、どれも初めて聞くようなスポーツばかりであった。私達はもちろん全種目制覇。係の人に驚かれたぐらいだ。 やってみたのはローンボウルス、クロッケー、ホースシューズ、ペタンク、ディスクゴルフ、ターゲットゴルフの6種目。パパが一番楽しかったというのがローンボウルス。光太はディスクゴルフ、私はクロッケーと見事に分かれたが、どれもやってみて楽しめた。中高年向きでそんなに激しく動くものではないので私にはちょうど心地よかった。光太もどれも初めてにしては上手にこなしていた。(ローンボウルスの指導中) とってもいい天気の中、家族3人で色々なスポーツにも触れて、お弁当も美味しく食べられて最後は当初の目的だったコスモス鑑賞。随分歩いたがやっと小高い丘一面にコスモスが咲いている様は圧巻だった。遠くにピンクの絨毯が見えてくるとまだかまだかと思って歩き疲れていた気持ちも一気に吹き飛んだ。 近づくと、数日前に来た大型の台風の影響で花はずいぶん痛んでいたけれど、それでも係の人が手作業で倒れたコスモスを一つ一つ起こしてくれたようで、見ごたえのある景色となってみんなの目を楽しませてくれた。今日1日の疲れもこの景色で癒された。コスモスのはかなげな姿、ちょっとした風にも枝を左右に揺れながらもしっかりと咲いているかわいい花の姿が昔から大好き。よく友人にもプレゼントにはコスモスの花を添えて手渡したものだ。 コスモスといえば父が家に遊びに来てくれた去年の6月、光太と一緒に庭にコスモスの種を植えてくれた。私が好きなのでリビングから一番見れる場所に穴を掘ってくれていたのにそれが一向に芽が出なくて、どうしてかなと思っていた。その9月に父が倒れた。 コスモスは何か父の異変を悟っていたのかもしれない。その父も今ではあの大病から1年以上がたち、なんとか元気で母と暮らしてくれている。心臓や、脳の定期検査やまだ完全に治らない床擦れのために病院ばかり通う日々ではあるようだが、それもだんだんよくなってくればまたいいこともあるだろうと思う。 生きていたらいいこともあるし、またいやなこともある。あまり遠出もできないだろうから、父にとっては楽しみも少ない日々かもしれないがそれでも生きていればまたいいこともあると思う。もうダメかと思われた時にも、諦めないでいてよかったと思う。でも、父の意志というよりは、神様の思し召し。人は自分の意思で生きているのではなくて生かされているのだと思う。何かを成し遂げる為に。父はまだこの世になさねばならないことが残っていたので生かされたのだろうか。 なんだか最後は人生論になってしまったが、生かされているうちはしっかり生ききらなければ。そして、しっかり人生を楽しまなければ。それにはいっぱい色々なところへ行くこともいいし、色々な人と話をすることもいい。家族であっちこっちへ出かけられる日々も人生の中では後から思えば短いものだ。これからももっともっと家族で色々な場所へ行ってたくさんの感動を味わいたいな~~
October 17, 2009
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★ゲーム この頃避けられない問題に直面してきて私達親がとうとうと光太に説得したことがあった。それはゲームについてだ。どうやら光太の友達がみんなゲームを持っているらしい。「ぼくだけ買ってもらえない。僕だけ仲間外れにされる。」とちょっとふてくされて言ってたのが気になった。 うちの家の方針としてゲームは買わないよと言っている。それは両親ともにゲームに興味がないこと。そして、何よりそれが成長期の子供にとっていいものだとは思えないからだ。もし両親で方針が違えばどちらかの影響力で変わってきたかもしれないが、私もパパもゲームで遊ぶことに興味がないし、それを良しと思わないことで一致しているのでたぶんどれだけ光太が訴えても買うことはないと思う。 「ゲームを持っていないと仲間はずれにされる。」たぶんこの言葉を聞くと親も殺し文句でくらっと来るのだと思う。事実持っていない事で遊べないとなるとかわいそうではある。もっと子供は外で体を動かして遊ぶべきと思っても遊ぶ相手がいないと遊ぶこともできない。それももっとも。光太はサッカーが好きなので、いつも遊ぶ友達と学校の宿題が終わるとすぐ公園に行き「サッカーしようよ!」と誘っても、ゲームにみんな夢中になって「あとで。」ということになってみんな公園にきてもベンチに座ってゲームしていてつまらないという。 ならば、「一人でサッカーの練習すればいいじゃん!」というけど「そんなのつまらない!」内心そりゃそうだろう・・・とも思いながら代替案をあれこれ出してみた。他に公園に来ている子で、サッカーしている子と友達になって一緒にやればいいじゃない?などなど。 ここまでしてゲーム機を与えない理由には、両親に興味がないだけではなくて、ゲーム機の弊害が気になるからだ。それぞれの家庭には家庭の色々な考えがある。うちの家庭ではゲーム機を今この時期に与えることで視力は低下するし、もっと体を動かして遊んで体を鍛えるべき時期にそういう機会を失ってしまうのはもったいないと思うことと、やり始めるとまるで麻薬と一緒でゲーム中毒になることが困ることだ。時間制限したり、ルールを守って遊べばいいと言うが、そんな聞きわけのいい子供ではない。 結局ゲームをしてもらっていると都合がいいのは親の足元を見られていると思う。公園で遊んでいるとケガするかもしれないしどこへ行ってしまうかもしれなくて危険だけどそれを買い与えているととりあえずみんな仲間同士がピコピコやっていて安全だ。でも、私はどこへ行っても会話もそこそこに画面ばかりみてゲームをやっている姿がどうも好きになれない。サッカー観戦に来てもお父さんと会話するでもなく、ずっと待ち時間をゲームとにらめっこして過ごしている男の子がいた。また、みんながそれぞれのゲームを手にもち床にべったり座りこんでずっと黙ってやっている低学年の子供達。メガネをかけている子も多い。 今の時代、DSを持っていないと仲間に入れなく会話もできないかもしれない。でも、あえてそれを与えないという選択肢でもって子供が得るものもあると信じている。要は親の一貫した姿勢が大事だと思う。光太にゲームをやることの弊害をとうとうと説明すると「ぼく、ゲームはいらない!」と自分で強がってか言っていた。今の時期、考えが古いと思われようとゲームをやってる時間があるならもっと有意義に時間を過ごせることがあるだろうと思う。ま、親も相当頑固なのでこの意見を変えるつもりはない。 親がダメだと思うものはどんなにねだられようとも一貫して与えない。ただし、休日の日、家族と過ごせる時はもっと体をいっぱい動かして一緒に遊ぶ。また、平日の過ごし方も今後一緒に考えていかなくてはいけない。サッカーがうまくなりたいのなら、一人でリフティングの練習でもできるではないか。親のエゴと思われようが、納得できないものを与えたくはない。 その代わりというわけではないが、本を読むこと、本を買うことは全く制限がない。 興味がある本はどんどん買い与える。本代もバカにならないが、本を読むことは想像力もつくし、自分の知らない世界をどんどん知ることができる。うちは図書館で借りて読むのはあまり好きではないので、(気に入ったのを何度もまた読みたいし、神経質かもしれないが、誰が読んだかわからない本はこのインフルがはやっている時期もそうでない時期もなんだか気になる)読んでみたいなと心に触れるものがあれば即買い。 この間光太が赤ちゃんの時から読んできた本リストを作ってみた。もちろん、もう赤ちゃんの本は読まないので家の倉庫に眠っているが、一冊一冊懐かしく手にとりながら、夜寝る前に何度も何度も読み聞かせてきた絵本の名を書きあげてみた。441冊になった。本に加え、こうやって日記をつけてきたのを印字しファイルしてきているものや、アルバムなどの量も膨大になるので、だんだん置場がなくなってきて困るのだが・・・光太に聞くと、けっこう記憶に残っているみたいで二人で懐かしいね、と話していた。親子の絵本を通じたコミュニケーションが光太と私との成長の歴史になっている。あの時はこんな本にはまっていたなぁとか本を見るとその時の光太の喜んでいた顔まで浮かんでくる。 本を読んであげるのは私も大好きなので、おかげで光太は字を読めるようになるのも早く、漢字を書くのも大好きで色々な難しい字をあれこれ書いてみては私を驚かしてくれる。本を読むことも暗いところで読んでいると目に悪いので注意するが、世界の偉人伝などは面白くもっと読んでほしがる。世界にはたくさんたくさん、色々なすごい人がいるんだなぁと私自身も知らなかったことを知って感心する。もっともっと本は読んであげたいし、外遊びももっとしたい。ゲームをやってる時間があればこういうことに時間を費やしたい。といってもこういう考えの人はほぼいないので、光太も友達が減るかもね・・ ただ、「ゲームをもってないから友達でないというのなら本当の友達ではないんだよ。」と言っている。本当の友達って困っている時に助けてあげたり、辛い時に話を聞いてくれたり、まだまだ光太たちにはわからない世界だろう。でも、苦楽を共にすることでわかちあえ、強い絆で結びつく。絶対ゲームを持っているだけで結びついている人間関係では作り得ないものだ。早くこんなことで悩まなくてもいい中学の部活などに入って汗を流してくれればなにより。今の時代、中学生になればさらにDSより上のゲームがあるらしいが。 その頃になればもっと自分の頭でしっかり判断してやるかやらないか考えもできていることだろう。 子供達よ、もっと外遊びで元気になれ!未来を担う子供達がゲームばかりのバーチャルな世界だけで大きくなっていくのはすごく残念な気がする。その恵まれた体を持って生を受けた以上は、(しかもいくら体を使っても寝れば元気になれるというらやましいエネルギーがみなぎっている時代は)ちまちまと手先だけ使って遊んでいてはもったいない。早くそのことに気づいてほしいな。もっともっと自分の体を動かして思いっきり走ってみる、体をのばしてみる、転んでみる、どろんこになって友達と遊ぶことの楽しさに気づいてほしいな。(卒園した幼稚園の森の中で遊び回る光太達)
October 6, 2009
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