2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全3件 (3件中 1-3件目)
1

★踏んだり蹴ったり 光太が22日夜中に発熱し、翌朝病院にパパにつれていってもらうとインフルエンザ陽性。熱が出る日の夜、一緒にお風呂入っている時にひざ痛のことを聞くと、「今日は教室で両方の足首がジンジン痛かったんだよね。」と言ってたことを後から思うとインフルエンザの前兆だったのだと思った。いわゆる関節痛。 でも、聞いたその時は、まさかインフルとか思わず、『右ひざが痛いのをかばってびっこして歩いているので足首に負担がかかったのかな?それなら左の足首だけ痛くなるのはわかるけど、両方痛くなるのはおかしいな。』と思っていた。 夕食時には「今日はオレの前(席順)はみんな全滅!」と言ってたので、「えーーっ!そんなにお休みなの?」「光ちゃんはママが作ったお料理を全部残さず食べてるからインフルにかからないのかな~」とよいしょしてうだうだ食べていた食事を早く食べ終わるよう促していた。それでもその日は今思えばあまり食欲がなかったようだった。それでも全部食べていたけれど・・ 夜中「あついーしんどい~」の声で寝入りばなのところをたたき起こされた。パパがその日は遅く帰ってくる日でちょうどパパが寝床にきたところだった。額に手を当てると熱い。熱が出たのは10月末以来。最近は園時代と違って光太もめったに熱が出たりはない。雨の日でもやるサッカーで鍛えられているのか?と思っていたら、ついに夜中の発熱。冷やしまくったら、すぐに今度は寒いと言い出してあっためて寝る。4時半ぐらいに一度熱を測るとまだ熱かった。夜が明けるのを待つのみ。 翌朝は天皇誕生日で祝日。パパも休みなので、クリスマスパーティーをするために、少し気が早いけどサンタさんが来ることにしていた。光太も夜中の熱のさなか、「サンタさん来るかなー?」と言ってたので朝まだ熱があったけれどサンタさんが来たということでツリーの下に大きな赤い袋のプレゼントの山を置いておいた。 朝まだ微熱があったけれど、ツリーの下を見て何かあることに気付きにやにや笑いながらまっしぐら。中を見てベイブレードやサッカーボール、サッカーの本、お菓子などを見つけて「わーたくさんある~」と喜んでいた。早速ベイブレードで遊び始める。熱があってもそのぐらいはできるようだ。 ただ、そうはいっても昨晩の急な発熱、関節痛があったので病院で検査してもらうことにした。もしインフルなら手遅れになると怖いからだ。一応、以前10月末に熱が出た時にインフルの薬リレンザを出してもらっていてあの時は陰性だったので使わずにいたのが家にあったのでいざとなっても安心できるがとりあえず、お医者さんにインフルだという結果が出ないことはあやしくてもまだわからない。その日は祝日だけど、午前中だけは診療があって助かった。 パパが連れていってくれた間、私はクリスマスパーティの用意があるので一応準備をすすめていた。熱があってももしかしたらさがってくるかもしれないし・・・いや、さがってくれよと祈りながら。クリスマスケーキを作るのでまずはスポンジ作り。その間にオーブンで焼く鶏のモモ焼きの漬け汁を作ってつけこんでおく。そして、ケーキのデコレーションのいちごを洗ったり切ったり、生クリームを泡立てたり、ケーキに塗ったり。 これは夜のパーティーの準備で、昼はピザを作って食べようと思っていたから、同時進行でピザ生地作り。そして具の準備。そうこうしているうちにあっという間に1時間ぐらいたち、パパからの電話で光太がインフルエンザ陽性ということを聞かされた。やっぱりと思ったものの、ちょっぴりショック。せっかく今日は家族で楽しくクリスマスパーティーの予定が・・・ でも、帰ってきて光太はインフルの検査で泣いたらしく少し変な顔をしていたが、(あの検査は私も経験しているがすごーく痛いのだ!)昼のピザが焼きがったよとテーブルに出すと食欲はあるようで食べ始めた。昼食後すぐにリレンザと風邪薬を飲み、夕方に眠くなったのか少し横になっていたが、鶏のモモ焼きは食べたい!ケーキも食べたい!と執念で起きてきた。 結局、予定通り、その日の夜はクリスマスパーティーは決行。光太用の特別の飲み物で乾杯して、鶏のモモ焼きを光太も丸ごと一つ食べた。先に皮の味のよくついたところを食べ終えてしまったので丸々一つ食べきるにはかなり時間がかかったがケーキを目指してがんばって食べていた。 オーブンで豪快にジュージュー焼くのだけどなかなか美味しくできた。焼きあがりはすごい油でびっくりしたけど・・・実家にいた頃は、クリスマスといえば母がよく作ってくれていたのを懐かしく思い出す。もちろん、クリスマスケーキもいつも作ってくれていた。実は、私は今年のケーキは前日にロールケーキにしようとして作ってみたが焼き時間が足りなかったようで失敗してしまった。仕方ないので、そのケーキをつぶして生クリーム、アーモンドブードル、ナッツ類レーズン、チョコを入れて光太と丸めてチョコボールを作った。 せっかくのクリスマスにチョコボールだけじゃ華がないので、やっぱり作ることにしたのだ。今回のスポンジはいつも作るのより少し甘めにして、その分生クリームは甘さ控えめにした。それが家族にも好評だった。しかし、ホールで作ったケーキは家族3人だと3日間かけて食べ続けた。でもスポンジ自体は軽いのでペロリだ。(ただカロリーは高いので要注意だけれど) 光太もその日は昼微熱があったけれど、リレンザを飲むとすぐ熱はさがり2日間熱がさがっていて3日目の今日受診するともう外に出ても大丈夫と言われた。学校を休んでいるうちに冬休みにも突入してしまった。 24日にはひざ痛の精密検査(MRI)を受けるために1週間前からずっと待ちに待って過ごしてきたのにこのタイミングの悪さにがっかり!インフルエンザにかかってしまっては検査が受けられない。 病院に電話すると年明けに来てくれと言われたので、11月半ばに故障していて2ケ月たってもまだ痛みの原因がわからない状態とはこちらも生活が成り立たず困ると訴えた。 しばらく電話での押し問答があったけれど、やっとのことで次の週に予約はとれないけれど、朝一番に来て予約をとってもらえれば、先生が時間のあいた時に診てもらえるとか。よかったよかった。しかし、診てもらうだけでこれだけ待たなければいけないとは・・・本当に1日も早く原因を知って処置をしてもらいたいところだ。 今年のクリスマスは健康に迎えたとはいえなかったけれど・・・やっぱり家族みんなが元気でいることが何よりなのだ。去年の今頃は、私の父がクリスマスとお正月を病院で迎えていた。光太と冬休みに入ったら会いにいったことを思い出す。去年は本当に父の件で何度も足を運び心も落ち着かず、バタバタしたが、今年の年末年始は休みも短いしこちらでゆっくり過ごそうと思う。とにかく光太のひざが早くよくなってほしい!
December 26, 2009
コメント(0)
★悩ましいひざ痛 光太のひざ痛の診断がまだ下らないままストレスフルな生活が続いている。しばらくは学校の送迎も必要なほど、歩くのも痛がっていた。接骨院ではしばらく電気治療と湿布をすれば治るだろうとの見立てだったが一向によくならず、それどころか痛みが増しているというので、総合病院のスポーツ整形を紹介された。 そこでは、レントゲンをとったが、先生も首をかしげるばかりでわからない。翌週まで待ってMRIに入って検査することになった。クリスマスイブだけど光太は午後から検査だ。 痛みがあるままずっと何の処置もされずに検査を待つのがすごく長く感じられる。この病院に任せてはたしてよいのか悩むところでもあった。 サッカーを習っているスクールのコーチに相談すると、別の病院を紹介された。関東でも有名なところらしい。そのスクールに来てくれているサブコーチが以前靭帯を切って手術されたというしそこなら安心して診てもらえそうだ。 早速予約をとろうと電話を入れると、今かかっている病院の紹介状があると一般で予約するよりはスムーズにいくし待ち時間も短くてすむらしい。今インフルエンザも流行っているから病院の滞在時間は必要最低限にしたいところ。 それではと思い、接骨院から紹介された総合病院の先生にMRI検査待ちなのに、無視して紹介状を書いてもらうのもどうかと思い、元々通っていた接骨院の先生にコーチが紹介してくれた病院への紹介状を出してもらえないかとお願いすると、今の段階であれこれと動き回るよりは、総合病院で24日のMRIの予約を入れているのであればその診断結果を待ってからセカンドオピニオンをとってはどうかと言われた。 親としては、毎日痛がる子供を眼前にすると紹介してくれている先生を信用してないわけではないが、少しでも名医といわれる先生に診てもらいたいというのが本音。もう少し早めに気づいて、最初から信頼しているサッカーのコーチに病院を聞いておいて、その病院への紹介状を接骨院の先生に出してもらえればこのように気をもむこともなかったが後の祭り。二股みたいなことになってしまい、なんとなく気まずい。 でも、接骨院の先生は「お気持ちはわかりますが、まずは総合病院のスポーツ整形の先生の診断結果が出てからにしましょうよ。」と温かくおっしゃたので波風立たせず、その言葉を信じることにした。 もう一つ、気持ちがざわざわすることは、光太の学校の先生からの言葉だった。光太の学校での様子を見ているとそんなに右足に痛みがあるようには見えないと。時々はそのことを忘れているようなしぐさや、そうとは見られない行動があり、「本当に痛いのか?」といぶかしいところもあるようだ。「痛いんだよね?」と聞くと、思い出したようにびっこを強めにひいたりして、それが余計にあやしく思えるようだった。母親がかえって心配しすぎると子供も甘えてしまうところもあるかもしれないので、ドーンと構えておいて「大丈夫だよ」ぐらいの方が大事かもとも言われた。 同じようなことをサッカーのコーチからも言われて、11月中のスクール中に傷めたようだけどというと、でも、その後のスクール中にアシスタントレフリーとしてコーチのお手伝いに回っていたときがあったが「あの時こうちゃんは走ってましたよね。」と。そう言われれば疑惑が残る。でも、家にいる時は明らかにひざを曲げたり伸ばしたりするときに痛がるし、どういう時に痛くなるのかと聞いても、なんだか要領を得ないが、本当に痛みが走るのは確かで、痛くなったり痛くなかったりするようだ。 ここは光太の言うことを信じるしかない。だいたい、自分にとってウソついたって何のメリットもないはずだ。自分の好きなサッカーを長らくできないし、そのことで友達とも下校後公園でサッカーで遊ぶことができず、仲間はずれにされていると言っては大泣きしているぐらいだし、習いだしたプールも行けず、学校の体育も見学だなんて生活がずっと続いていて、それをわざとやっているはずもない。光太にとって今の状態はかなり行動制約があっていやなことばかりなはず。やはり本当に痛いはずなのだ。ただ、それが四六時中の痛みではなくて、何かした拍子にその痛みを感じるようになっているのだろうと思う。 接骨院の先生は最初から光太の言葉にウソはないと信じてくれていて、「この子は一貫して足を伸ばした時に痛いと言っているんですよね。だから何かがひざの裏にはさまっているのではないかなと思うんです。半月板が損傷しているのか、滑液包(カツエキホウ:通常関節の周りにある袋)が炎症を起こしているのか?」それが何なのか検査しないとわからないと。 なんだ変な病気でなくて、割とすんなりと治ってもらうものならいいのだが、総合病院の先生がもし、半月板が損傷していると手術という言葉を出したので抵抗があったのだ。スクールのコーチはまずこんな小さい子が手術ということ自体があり得ないと話をされていたので、ということは、総合病院の先生に任せていいのかとこれまた私達親側から総合病院の先生への疑惑が残っている。 とにもかくにも、24日のMRIの検査結果を聞いてからでないと何も先には進めない。光太にとってのクリスマスプレゼントは、何より元の元気な足を返してもらい、普段通りの元気な生活を送らせてあげたい。そのことにつきる。やはり健康が一番。早く光太の大好きなサッカーボールを蹴って走り回る姿が見たい。
December 21, 2009
コメント(0)

★得意なことを伸ばす 光太の誕生日を迎えた後ぐらいから、右のひざが痛いと言い出し、サッカーも最近は見学に。以前にもこういうことがあり、整形外科に行ったところ、骨に異常がないので、成長痛かなということだったので、今回もすぐには病院に行かずにしばらく様子をみていた。2週間たってもまだ痛がるので、サッカーをやってるママから接骨院につれていくといいよとのことで、すぐつれていった。 レントゲンをあてることもなく、仰向けやうつぶせに寝かせた光太の足に手をあてて、どこが痛いかと聞いただけで「これは右のひざ裏の腱を傷めています。成長に伴う痛みではありませんよ。」と言われ電気治療をするために毎日通うことになった。加えて湿布と夜寝る前のストレッチをママがやってあげることに。 痛いと言ってすぐにつれてきたらもっとすぐに治ったかもしれないのにと後悔したけどなんせ、接骨院に連れていくということは頭になく、成長痛ならいずれ痛みもおさまるはずと信じていた。 今度からは何かあればすぐ接骨院にお世話になりそうだ。ただ、今のところ3日通ってみたが、痛みは増してきているらしい。まだ来週になっても痛むようなら包帯にしましょうと言われている。この週末は足も使えないので天気が良ければ遊びに行く予定がおとなしくしているしかない。 熱もない元気な子供がおとなしくしているのは難しいのだが、今光太がはまっているのは、誕生日に買ってもらったベイブレード。今朝も、さらにもう一つパパから買ってもらった最強というベイブレードで私と戦っていたところ。 これは先日漢検の合格発表が届き、10級に無事合格していたのでご褒美。今年は、読書感想文のコンクールでも学年代表に選ばれて賞状をもらったし、漢検の合格証書も立派なものが届き、ダブルに褒めてあげようということで誕生日から引き続きプレゼントがいっぱい。本当に1年生にしてはよく頑張ったものだと思う。漢字に関しては自分が好きなので勉強も苦にはならないようで、このことが自分のすごい自信になっているようだ。 先日担任の先生との懇談会でも、読書感想文の代表に選ばれ、ビデオ撮りがありそれがテレビに流れたことで、クラスのお友達からも「すごいねー!」と褒められ光太自身、自信になっていると思いますと褒められた。このことで、色々なことでやる気が高まり、意欲が見られると。自分の頑張ったことがこういった形で表彰されるとやはり頑張りがいがあるようで、本当に良い経験をさせてもらったと思う。 光太はたぶん今後も自分がやる気になったことについてはすごく頑張る子なのだと思う。あまり周りがあれこれと口うるさく言わなくても自分でしっかりやる子なのだとわかった。かえって、うるさく言われることでいやになるタイプなので、とにかく自分の得意なことをやって伸びているところを褒めて、また更に頑張るという具合にいけそうだ。 私も家庭教師をしていたから色々なタイプの子供がいたことを思い出す。細かく指示をあれこれ出した方がよいタイプや、光太のようにある程度ほっておいた方がいいタイプと。これぐらいできなくてどうすると発破をかけた方がいいタイプと、できてることを褒めて伸ばしていくタイプ。光太は典型的に褒めて光太のやり方にまかせてほっておいたら自分でやっていくタイプだ。かなり自立したタイプで扱いやすい。ただこれは勉強についていえばの話だ。 問題は生活習慣。早寝早起きするとか、ご飯をさっさと時間内で食べるとか、食べたら歯を磨くとか。そういう生活習慣が褒めたらスムーズにすすむかというとそうはいかない。何度言ってもちんたらちんたら、のろりのろり。こちらの口調もついつい厳しくなってしまう。なんでも褒めたら動くかというとそうではないから子育ては一筋縄ではいかない。 11月最後の日曜にマリノス対清水エスパルス戦を観に行った。ホームの試合では最終戦だったが、見事2-0で勝った。私達が観戦している中ではまだ負けなし。でも、優勝争いからは5年ほど遠のいているらしい。この日はパパからマリノスのタオルマフラーを買ってもらい必死で応援していた。サポーター席をとったために、ずっと試合中立ちっぱなしで休めなかった。今年は何度かサッカー観戦に足を運んだが、テレビでサッカーを観るのとはまた違う迫力があり、なかなかいいものだった。 プロのサッカー選手になってきた人達はいったいどのような生活を積み上げてきたのだろうか。きっとサッカーが好きで好きでたまらなくて、努力努力の連続で勝ち得てきたのだろう。自分の得意なことを伸ばすのは比較的容易い。それが何なのかを見つけるのがまずは第一段階。それを伸ばしていくのが第二段階。やっていく上でスランプが度々あるがそれを乗り越えていくのが第三段階。プロになっている人達などは、ケガや故障をしたりスランプに陥ったりを繰り返し、決して生きていくのも楽な道ではないのだと思う。 好きなこと、得意なこともそれを生活の糧にしなければいけなくなると別の苦しさがあるはずだ。楽しくやって伸びているうちが一番いい時期なのだろう。 光太は12月からスイミングを始めるようになった。幼稚園の年少で初めてプールに入った時のことを今でも忘れられない。その日は私も外から見ることができて大勢のママ達とビデオ片手に待っていると、一人大泣きしてバスタオルを離さずプールサイドで立ちつくしている子がいた。光太だった。よほど珍しかったようで幼稚園専属のプロの写真の方もバチバチ写真をとってくれていて、その泣き姿がだんだん笑顔に変わっていく写真が今手元にある。貴重な成長の記録だと思う。 園の時代は、プールはあまり好きではなかったようだが、今年になって小学校のプールで潜ることをやって以来、プールが好きになったようで突然「ぼく、スイミングを習いたい!」と言い出した。早速体験して入会した。週に一度園バスのようなスイミングのバスに乗って1時間習いにいく。バス停までは送迎するが園時代がまた来たようで懐かしい。同じバスに同じ学校の子が乗っていて早速スイミング生活を楽しんでいる。きっと今よりもっと体力がつくことだろう。スイミングには進級テストがあるようで、段階があがっていくことがまた楽しいようだ。プールのバスに一度私も乗ったことがあるが、自分が何のクラスに入っているかだの、1年生でも一番上のクラス(ゴールド)に入ってる子がいるだの、おしゃべりがつきなかった。光太もスイミングを楽しみながら身についていけばいいなと思う。スイミングの金曜日はいつもより熟睡している。
December 12, 2009
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1


