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★委員になった! この間、初めて参観と懇談会があった。参観は1年生合同参観で体育館であり、子供達があらかじめ自分の名刺を作っていて、それでもって自己紹介をするというもの。教室でするものとは違ってオリエンテーリングみたいに楽しく終わり全く緊張感がなかった。 その後は、一度家に帰ってから懇談会。その日は子供の人数も多いので預かりもできなくて光太も連れていって校庭でお友達と遊んで待っていることになっていた。 和やかな雰囲気の中で懇談会が進み、例年これが決まらなきゃ落ち着かないという委員決めがあった。すぐ決まったのは学級委員と広報委員。それぞれに立候補がいてすんなりと決まって拍手~あと一息だった。 その後難航したのが、文化祭委員。どうやらこれは大変なようで不人気らしくみんな下を向き始めた。近所のママ達の間では「低学年で委員をやってる方が後が楽よ。」なんて聞かされていて毎年低学年は立候補も多くて人気の役はジャンケンで決まるなんて聞いていた。そんなものなのかと思って臨むと当て外れ。 文化祭委員決めだけは、そういう展開にならず、シーンと静まり返ってしまいみんなうつむく重苦しい空気が流れる。 校庭で待っていたはずの光太が待ち時間が長いからか教室の外で騒いでいて、重苦しく静かな教室の中に光太のドラ声が響く。教室の大きなガラスごしにケタケタ笑っている光太の顔がうつっている。私の心臓バクバク。なんだかちょっぴり悪い予感「・・・・・」先生がちらと外を見て、光太を見て私を見て、いきなり「○○さん、どうですか?」と名指しされた。「!!!!」声にならないとはこの事。 「無理でしょうか?」懇願するような目。そして周りのママ達の「お願いします!」と訴えているようなまなざし。みんな声は出さないけどそんな空気が感じ取られた。「先生、なんで私なんでしょうか?」少し抵抗。「いや、ちょうど真っ正面に座っておられたの で・・・」『そんな~~』内心、すごい葛藤。でも、ここまできて断るのもなんだか気まずくて観念。子供に普段「もじもじしてたらダメだよ。はっきりしなさい。」なんて言ってて、自分がこういういざっていう時、煮え切らないのもいただけない。「じゃ、やります。」と一言。隣のママが真っ先に「ありがとうございます!」と私に声かけてくれてた。後から私を知ってるママがあの場の状況では「てっきり断るのかと思った。」と言ってたので断ることもありだったのだろうが、なんだかその勇気もなかった。要は迷いがあったのだ。 先生が改めて「○○さん、本当に大丈夫です か?」と念押し。よほど私がパニック状態の顔をしていたのだろうか。 先生の真っ正面に座っていたのも、自分で選んでのことではなくて、たまたま子供の名前の席に座ることになっていて、光太の席は、先生の真正面に配置されていたのだ。席に座る時、やたら先生の視線を感じる席だなぁなんて思っていたら、予感的中。先生の目力には負けた。 まぁ、初めての小学校生活で、しかもいきなり大変だと言われている文化祭委員というのは荷が重いけど、あれこれ考えても仕方ない。光太に帰りの道々、「光ちゃん、ママ文化祭の委員になったからこれから何度か学校に足運ぶよ。だから光ちゃんにも会えるかもね。」と言うと「やった!」と無邪気に喜んでいる。「でも、ママやっていけるかなぁ~」と不安な気持ちを訴えると「何事も前向きにやで!」といつもは私が光太に言ってる言葉を逆に返されて元気づけられた。こういう時にこういう言葉をすっと返してくれる光太をやたら頼もしく感じた。 ほんとその通り。こんな役でもなければ足を運ぶ機会も少ない学校生活なのだから、これを良い機会と思いお友達を作っていくチャンスととらえよう。ただ、初回の委員会は私の用事が重なり、どうしても出れそうにない。そうなるとその欠席の中から委員長等の選出もあり得るとかで、欠席裁判は本当に恐ろしい・・・でも、考えたって仕方ない。行けないのは行けないのだもの。用事はかなり前から決まっていたことだしと割り切らないと。 私が委員になるなんて思いもしなかった。というか、1年生は様子をみてできれば2~3年生ぐらいにやりたいなぁと思っていた。この学校の役は子供が6年間在籍する間必ず何かの役を一回は引き受けなくてはいけなくなっていて点数制なのだ。 子供の数が多いとそれだけ、親の苦悩も多くなるのだけど、たとえば、一番の大役であるPTAの会長や、他には副会長、書記、会計をすると永久不滅ポイントという(まるでクレジットカードにあるポイントみたい)に子供が何人いても一度で済んで他の委員はならなくてもすむらしい。 私の場合は、光太一人しかいないので、こういう大役よりは普通に委員をこなしていればいいのだろうが、いきなり大変だと噂されていた文化祭になり手がいなくて先生から名指しという展開は予想してなかったために正直面食らった。ハトに豆鉄砲みたいな目になっていたかも。 今年から毎年2月にあったという文化祭が前倒しで10月末に行われるというからデッドラインまで半年だと思えばいいか。それまで忙しい毎日になるだろうが、学校のネットワークが広がるのはいいことだと思い頑張ろうと思う。それに、早くに役を終えてしまえば、あと5年間は大手を振って役決めの度に、ドキドキして小さくなって座ってなくてもすむのだ。 とはいっても、これまた噂によると5年生ぐらいになると、皆が何らかの役をやった人ばかりになるので、6年間に一度とはいっても、やった人達の中から又選ばれるとか。ママとなった以上は永遠にこのお仕事からは逃れられないのね・・・ そういえば、うちの母も私が小学校の時、子供会の役員をしていたり、何だか忘れたが、学校の役にも当たっていたようだ。学校行事の度に母がみんなの前で何か話をしていたのを聞いた気がする。遠い記憶だけれど。昔からこういう女の世界は存在するのだ。腹をくくるしかない。(ちょっと大袈裟)とはいえ、大勢の前で何か発言するというのは私の最も苦手とする分野。中学生の時はみんなの前で発表すると顔が真っ赤になり「顔面赤面症」などと揶揄されたものだ。これも場数を踏めばましになってくるのだろうか。あがり症は昔からだ。 でも、今後は委員をやりながら学校を外側からではなくて内側から見て何か気付いたことなど書いていけたらなぁと思う。 学校に行く機会が増えると、光太の学校の様子なども担任の先生に聞けたり、見れたりして役得というもの。大変なことも多いだろうが得ることも多い1年となることだろう。1年後、やってみてよかったと思えるようになりたい。
April 27, 2009
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★当たり前が出来る子に 小学校始まって2週目は給食も始まり掃除は6年生がやってくれるとのことで13時10分下校。帰ってくるのは13時40分頃。そこからランドセルを私に預けると、毎日毎日友達と公園で遊んだり、友達のおうちで遊んだり日帰りであっちやこっちへ寄ってくる。 週に2回はサッカーをやっている以外は、平日は空いているため今のところ新たな友達を作っていく時間のようだ。 先日もらってきた冊子には、今の子供達は、外遊びをする時間がへっているために、転ぶと手をつけなくて顔や頭に怪我をする子が多いとあった。園生活で鍛えられた光太には無縁の話だが、小学校ではまだ校庭で体を使って思いっきり遊ぶ時間も少ないようなので、帰ってからはたっぷり外で遊ぶことをさせておこうと思う。 まだ学校から宿題はもらって帰ってこない。教科書を見ると1年生の内容というのはまだ絵本の延長のようなもの。私の時代よりは教科書も写真がいっぱい入ってカラフルで、勉強というよりは遊びの要素がいっぱい。まだまだ1年生のこの時期は、勉強を学びにいっているというよりは、規則正しい学校生活に慣れていく時期なのだろう。 園と違って、先生も一人一人に丁寧に細やかに言って聞かせているわけではないようだ。自分のことは自分でする習慣をつける時期であるのだろうが、いつも給食の配膳台の下に敷くナフキンもくちゃくちゃになってもって帰ってくるので「光ちゃん、ナフキンはたたんでもって帰ろうね。」と言うと、「時間がないのだもの。」と言う。 同じことが、週末の上履きを持って帰ってくる時にも言える。 園ならば先生が「はい、上履きはここにいれてね。」と上履き袋にいれて帰ってきたのだろうが、ランドセルを開けるといきなりそこにむき出しの上履きが教科書の隣にあってぎょっとする。聞くと、そんな(袋にいれる)時間はないと言う。さすがにこれは女の子にはないようで近所の男の子をもつママが「うちもいつもそうだったよ」と苦笑していた。何度言っても直らないのでそのうち諦めたとも・・・ 先日ある雑誌を読んでいると、こんな記事があった。『当たり前ができる子に育てるには』という内容で、読者から要望の多い10の「できないこと」についての解決法が書かれてあった。興味深いので、光太に照らし合わせてあげてみようと思う。 まずその1、我慢できる。これは光太は時と場合によって出来たり出来なかったりする。例えば、録画しているテレビを見る時、「ご飯ができるまでね。」と言っていてもやっぱりキリのいいところで終わらなければ次々と「これを見てから。」となることもある。この場合、NGな言葉掛けは「今回だけは特別ね。」や、やると決めていたことなのに「できないならやらなくていい」と言うことのようだ。 うちも親の判断で「今回は特別」というのはやらないことにしている。そうなると、光太は前は許してくれたのに、なんで今度はとぐずることになるからだ。聞きわけないようにしているのは親のこういう態度なのだろう。やっぱり親の側でも毅然とした態度で一度決めたことは貫き通す勇気も必要なのだと思う。 その2、思いやりがある。 例えば、食べ物を分けること。光太には兄弟がいないので、おやつの大きいや小さいなどで喧嘩になることもない分、逆に二人で分け合うということも少ない。なのでなるべく、私とおやつも分け合うとか、家族でいる時は「みんなでこのおやつを仲良く分けて食べよう」と言って光太に分けさせるようにしている。なのでこの点では人のことを思いやれるとして合格。 食べ物以外では、親が他の人の行動を見たり、周りの人にレッテルを張る「あんなふうにはならないようにするのよ。」の言葉掛けはNG。親がこういうマイナス評価をすると、子どもはわけもなく相手を見下したり軽蔑したりするようになり人を思いやる心は育ちにくくなるようだ。 その3、きちんとした言葉遣いができる。これは不合格。というのも、年中の途中ぐらいから言葉が乱れてきて困っている。うちでテレビを見せていなくても友達の影響があるのだと思うが、「そんな言葉どこでならってくるの?」と思う言葉が多い。それが格好いいと思っているのだから時期を待つしかないのだろうか。語尾はエ行で終わる「いってぇ~(痛い)」などもいくらいっても「いって~な~」と言う。子供同士の会話で使っていても目上の人には絶対使ってはいけないことを何度も言い聞かせるとよいらしい。とはいうが、私はやっぱりこういう言葉を普段使っているとすぐ目上の人にも誰にでも出るものだと思うのでやめてほしいのだが、なかなか一度口について出てきた言葉をひっこめるのは難しいようだ。 その4、自分を大切にできる。「どうせ僕なんか・・」や「何やってもできないし」といった言葉が多いかどうからしいが、これは光太にはない。自己肯定感は親の愛情を十分に感じていることが大前提というから、光太はそのあたりは感じてくれているのだろう。「どうしてできないの!」や「何をやってもダメなんだから」というような子供の人格まで否定するようなことは絶対いってはいけないとなっている。「どうして、できないの!」は特に朝起きるのが苦手な光太にはついついかけてしまう言葉なので親が注意しなくては。子供は「できないことはできない。理由なんかないんだ!」と心の中で叫んでいることを忘れてはいけない。 その5、自分の気持ちを表現できる。これは合格。光太はこれに長けているといってもいい。小さい頃から喜怒哀楽がはっきりしている。なので何を考えているのかわからないということはありえない。しかし、最近の子供達を見ていても本当に何を考えているのかわからない子は多いと感じる。はっきり自分の気持ちを伝えない子が多い。ニヤニヤしていたり、もじもじしていたり・・・恥じらいもあるのだろうが、はっきり表現できない方が大人になっても恥ずかしいのだと親が伝えるべきだと思う。 その6、モラルや公共のマナーが守れる。このことは年少の時ではできなかったが、年長になって随分できるようになり、今ではほぼ合格の域だと思う。ただ、友達が一緒だとどうしても自分のブレーキがきかなくて悪ふざけをしてしまい、親の忠告も耳には入らない。この点までちゃんとコントロールできれば完璧。いけない言葉掛けは「(係の)人が見ているからやめなさい。」など。守らないと誰かに叱られるから守るという姿勢はいけないし、「お菓子をあげるからやめなさい」などと食べ物で釣るのもいけない。ルールを守ることで自分も周囲も気持ちよくいられるのだと理解させることが重要。 その7、あいさつができる。これが意外とできない子が多いようだ。光太は家の中では忘れてしまうことも多いが、外向きには俄然頑張るタイプですごく積極的に近所の人にも挨拶しまくって驚かれている。いけない言葉掛けは「ちゃんとあいさつしなさい」なのだとか。ちゃんとというのはどういうことなのかわからないので、「相手を見る」とか、「相手に聞こえる声で言う」など内容を具体的に説明し親が手本を見せるといいようだ。そういえば、パパも言ってるが、最近は近所の大人でもこちらが挨拶しても返さない人が多いそうだ。大人がまずはお手本になると自然と子供もついてくるのだから子供が挨拶しない家は大人が挨拶できていないのかもしれない。 その8、謝るべきことは謝る。これは△。意地になって謝れないこともあるし時間がたてば素直になって謝ってくることもある。これは大人だって経験があるからわかるけどなかなか間違いに気づいてもすぐ謝れないことは誰だってあるものだ。いけないことは「とりあえず「ごめんなさい」と言いなさい」という形だけを教えることだとか。確かに言葉だけいえば許されると考えてしまうと心がないことになる。 その9、友達を大切にできる。これは今学習中のようだ。これを教える為の我が家の基本は自分にやられていやなことは友達にはしない。ということだ。これは言って聞かせることもだが、経験を積ませるしかないだろう。 その10、自分で考え行動できる。これはまだまだ。これに必要なことは子供が自分で考えるための時間の余裕を与えることが必要なようだ。いけない言葉掛けは「はやくしなさいよ、もう!」「もっと頭を使いなさいよ」など。せかせてはいけないらしい。いけないいけない。これは親ができてない。反省。考える時間を与えるにはこちらも待つ時間がないといけないし、心の余裕もないといけない。 親の心の余裕があるためには、親も精神的にリラックスする時間が必要だし、子育てとは離れた気分転換が必要。ということで、最近またパン作りを再開し始めた。といっても我が家で消費する程度なのだけど。イライラすることがあってもバンバン!!と手ごねで生地をこねて没頭しているうちに忘れてしまう。出来たてのパンのいい香りがオーブンからたつころには忘れてしまう。私にとって最高のストレス解消だと思う。 そして、家族のおいしいと食べてくれる笑顔があれば、もう一石二鳥。私の好きなパンはレーズンとくるみの入っているパン。この組み合わせは本当に黄金コンビだ。もっともっと新たなパンに今後も挑戦したい。
April 19, 2009
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★小学生になってラブラブ 6日に入学式を迎えてからの1週間。毎日光太は小学校から帰ってくるとランドセルを放り出して近所のラブラブのお友達と遊ぶ。お相手は女の子ではなくて男の子。光太はすっごく硬派なので女の子には今のところ興味がないようだ。 幼稚園の年中の途中で引っ越しになり、近所には同じ園に通う友達がいなかった。でも、子供というのは近所で遊ぶ時は、園の違いなど関係なしに一緒に遊ぶもので特に寂しさも感じていないようだった。 でも、小学校になると特にうちの近くには同じ1年生になる子がたっくさんいる。班で集団登校になるが1年生だけでも16名もいてあまりに多いので、登校する時は家の近くごとにいくつかに分かれている。それぞれの班には1年生は慣れないので高学年の子供達がついてくれる。 光太が一番嬉しかったのは、近くに住む男の子のお友達を作れたことだ。同じ1年生でも偶然家の周りには女の子ばかりだった。でも、男の子と友達になり、しかも同じクラスだから急接近。入学式翌日から毎日下駄箱から出てすぐ手をつないで帰ってくるようだ。 先日、ママのお迎え当番だったので、学校まで見に行くとやっぱり二人はラブラブ。学校から手をつないで飛び出してきて、その後道々ずっと手をつないでいる。他の子達を見ても手をつないでいる子はいないのに、よっぽど気があったのだろう。学校から家まで子供の足だと15分ぐらいかかるのに、その間暑くて手も汗をかきまくっているのだろうが、二人はずっと手を離さない^^ もちろん家に帰ってきてからもすぐ遊ぶ約束をつけてきてランドセルを玄関に投げ出すとすぐ飛んでいく。二人はラブラブ。今が一番いい時期みたい。 相手のママとも話をするととても気があって偶然同じ年だということもわかった。担任の先生も同じ年らしい。 そのママは3人の子育てをされてきたベテランママで3人目がうちの光太の意中の相手。3人目にしてはめずらしくママっ子らしく、ママがそばいにいないとそわそわしてその様子がすごくかわいいのだ。光太にもこういうことが年少、年中始まりにもあったけれど、今は私がいなくても平気になってきた。(それも外向きにはの話で家に帰ってきたらまだベタベタしているが^^) 子供同士、ママ同士がお互い仲良くいくというのはすごい相性がいいのだろう。ママ同士がすごく気があっても、園に行って様子を見ると子供同士はあまり一緒に遊んでいなかったということもあるものだ。話を聞けば、その子は保育園に通っていたらしいが、やっぱり外遊びをたっぷりさせてくれる木の枝や泥ん子が大好きな子なのだ。光太も園では野性あふれる環境で育ったから、やっぱりそういう共通項は引きあうのかな。 とにかく毎日学校から帰って来て夕方遅くまでそのお友達と遊んだ後は近所の他のお友達と合流してずっとずっと遊んでくたくたになっている。見守る私もずっと外に出ていて正直疲れた。近所のママ同士で話も出来て楽しいがこの年になってくるとずっと立ち話も体にはこたえる。なのでこの週末はおとなしくしていた。予想以上に年度の始まりというのは気も遣い、体力も使うものだ。 入学式直前の土日は桜も見ごろだったので家族でお弁当もってお花見にいった。一つは目黒川沿いの花見で、もう一つはこどもの国。こどもの国の方は桜は過ぎていたが、光太にとっては遊びまくれてよかったようだ。目黒の方は満開。 ただお弁当を広げられる公園には桜がとぼしくちょっと堪能できなかった。やっぱり食べるところは桜の木の下で花を見ながら食べたい。 この公園にはちょっとした発見があった。池におたまじゃくしがいたこと。光太は必死になってつかまえてペットボトルに入れてしばらく観賞を楽しみ、持ち帰って飼うつもりいっぱいだったが、やっぱりカエルになるまで育てるのは無理だろうということで途中の川に放流。(内心ほっ!) 私も中学1年の時登校前に一番仲良しの友達とおたまじゃくしとりに必死になりそれをいっぱい袋にいれて担任の先生にもっていったことを覚えている。もちろん大遅刻。理科の先生だったので叱るにも叱れず、後々までの語り草になった。光太が必死になっておたまじゃくしをつかまえる姿を見て懐かしく昔を思い出した。まさにカエルの子はカエル!! さて、学校生活の話にもどるが、光太に、学校生活はどうかと聞くと、「幼稚園には森があって楽しかったけれど、勉強がなかったね。学校には森はないけれど、勉強があって楽しい!給食もあるから学校は楽しい!」のだそうだ。あっぱれ、勉強が楽しいといつまでも言っておくれ。給食もかなり楽しみで、おいしいようで初日からお代わりをしてきたようだ。私にとっても毎朝お弁当を作っていたのも解放されて栄養満点の給食を食べさせてもらえるのだからありがたい。 給食代が未納も親もいるとか新聞にも時々書いてあるが、献立を見るとこんな立派な物を食べさせてもらえるのなら私も代金を払うので給食時間はお邪魔したいと思うぐらいだ。 当初は給食を食べる時間が20分と聞いて光太は食べるのがのろいので大丈夫かと心配していたが、友達と一緒に食べる給食はかなり楽しくあっという間なのだろう。しかも量的にもあまり多くはないようだ。なので光太でもお代わりができてしまうのだろう。 入学式は「パパと同じような服を着れて嬉しかった。」と光太曰く、初めてスーツを身にまとってピカピカのランドセルも背負って顔はいつもよりしまって見えた。入学式にしか着ないような格好いい服を着させるとちゃんと行動もぴしっとしてくるものなのだろうか。 小学校生活思っていた以上に光太には楽しいスタートが切れたようだ。これからの成長を楽しみにしている。
April 12, 2009
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