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土曜日に見た日曜の天気予報は、晴れ1個マーク。 行かねばなるまい。 天気図を見たら台風が太平洋を抜けた後。台風が来たら尾鷲の方に雨雲がぶちあたるので、奈良の天気が回復しても、太平洋に面する台高山系は回復が遅れる可能性がある。 それなら大峰だ、大普賢岳だ。 ちなみに大普賢岳は、紀伊半島を南北に縦断する大峰山系の北の方にある標高1779.9mの山で、この稜線は山岳宗教の修験の道、大峰奥駆道として世に知られている。 大峰奥駆道は開かれてから1,300年の歴史を持つ由緒正しいものなのである。 そして、奥駆道は和歌山県の熊野本宮大社から奈良の吉野まで総延長200キロとも言われ、その道中に75カ所の修行場、靡(なびき)があるのだが、大普賢岳は南から数えて63番目の靡なのである。 朝3時半起床。車でひたすら和佐又ヒュッテを目指す。一人なのでガソリン台を浮かす為と、紅葉渋滞に巻き込まれたくなかったのでバイクも考えたのだが、寒さに挫折した。朝6時半、和佐又ヒュッテの駐車場には既に10台くらいの駐車場が停まっていた。辺りはガスっているが、軽いガスだ、すぐ晴れる、はず。歩き始めると、すぐ晴れた。なんだがいい感じに色付いている。途中、鎖場が出現したり、修験の行を行う窟があるのだが、長くなるので写真は省略。ただ、確かに初心者が一人では行かないようにとガイド本に注意書きしてあるのには納得。石の鼻というデカイ岩の上に立って、俄然展望が良くなった。予想通り、台高山系は天候の回復が遅く、雲の中だった。去年歩いた伯母谷覗き。デジカメの寿命が近付いているのか、日光の光線の具合が合わないのか、全然発色が良くない。ホントはもっとばっちり紅葉してるのだが・・・。遠くに孔雀岳、釈迦ヶ岳、八経ヶ岳、弥山も見えてきた。1,700m~1,900mの名峰である。目指す大普賢岳も見えた。中腹はいい感じの紅葉なのだが、やっぱデジカメの発色が悪い。 鎖場、梯子でぐいぐい標高を上げ、奥駆道と合流すると、ほどなく大普賢岳に到着。あれれ、2ピッチ、2時間、楽勝で着いちゃった。9月のスバリ岳の登りに比べれば雲泥の差で楽だった。今日は荷物も7kgで軽いし。 伯母谷覗きの向こうに、雲が取れた高見山、薊岳、国見山などの北部台高山系が。そしてさらにその向こうには・・・。上の写真を拡大し、やたらと画像補正をすると、雪をかぶった乗鞍岳や御嶽山が見えているのである。(ちょっと分かりにくいかもしれませんが)肉眼ではきっちり明らかに見えている。それから、おそらく中央アルプスであろう山並みと南アルプスであろう山並みも見えていた。どれも上の方だけ冠雪していた。なかなかエエ眺めだわ。孔雀岳、釈迦ヶ岳、八経ヶ岳、弥山もさらにくっきり。山上ヶ岳、竜ヶ岳。稲村ヶ岳にバリゴヤノ頭。画像を縮小してしまって、見えなくなっちゃったが、実は肉眼ではおそらく四国の剣山であろう山並みも見えていた。大普賢から一気に落ち込む水太谷。思わず手を合わせて拝みたくなるような荘厳な谷の風景。水太覗付近。振り返って大普賢岳このあたりの奥駆道は、ブナ、カエデの林で林床が笹、そして尾根筋のすぐ下を水平に歩くので気持ちいい。が、尾根を歩きたい俺は尾根筋をヤブの中ガサガサ歩いた。国見岳(手前右)は本によっては行場とも書いてあったが、奥駆け道はよけて通っていた。とりあえずヤブ漕いで登ってみたが、ナニも無く、展望も無かった。左の低いのが七曜岳。大普賢。その直下の紅葉。尾根を挟んで西側の天川側のオソゴヤ谷。途中、薩摩転げとか岩岩、クサリクサリの難所があるのだが、まあ、ちゃんと鎖が張ってあるので、そこまでビビることも無かった。そして、七曜岳到着。本日最後のピーク。ピーク・・・?恒例のピークラーメンだ。今日もカップヌードル。とっても狭い七曜岳のてっぺんで、座り込んでガスを使うのはちょっと気が引けたが、誰もいないので敢行。バカが一人いると、必ず真似するやつがいるのが世の常。後続の登山者達が、俺の左右でガスで湯を沸かし始めていた。それにしてもピークで食うカップヌードルは旨い。こんな旨い物を食ってるヤツは大峰でも俺だけのはずだ。ふと、左で湯を沸かしていた人を見ると、カップヌードルを食っている。まさか、と思い、右で湯を沸かしている人を見ると、カップヌードルを食っていた。俺を含めてあなたがた、他に芸は無いのか・・・。次回はやっぱり一番お気に入りのサッポロ1番塩ラーメンにしよう。でも、紅葉は綺麗。なかなかこうも美しいと、ピークにいる時間が長くなる。が、意を決して下降開始。無双洞まで標高差500mの激下り。これが侮れない。鎖場もあるし、夕べの雨で木の根っこが濡れて、ブーツがグリップしなくて冷や冷や。さらに、登山道が落ち葉で覆い尽くされて分かりにくい上に、奥駆道ほど看板も整備されていない。七曜岳からしばらくは尾根筋を下るが、突然尾根を左に折れて斜面を無双洞にまっすぐ下り始める。その分岐には看板も無く、木の幹に巻いてあるテープと、自分の地図読みだけが頼りとなった。かなり下ったとき、先行していたご夫婦が、俺の姿を見付け、俺が追いつくのを待ってから、「この道で大丈夫なんでしょうか?」無双洞のすぐ下に、なかなかイイ滝があった。無双洞の穴から蕩々と流れ出る湧き水はなかなかいい水。帰ってから、焼酎を割ってみたら、なかなか相性がよく、まろやかで甘露甘露。 このあとも標高差50mの鎖場があったり(それも登り返しで)で、なかなか最後まで飽きの来ないルートであった。 おそらくブナハリタケ。 あたり一面独特なキノコのにおいで包まれているのですぐ分かった。旨いらしいが、自信が無いのでそっとしておいた。 15時10分、和佐又ヒュッテに無事帰着。 どうせ行くなら吉野からテント担いで2~3日かけて奥駆けを、と思っていて、なかなか行く機会を作らなかったが、日帰りでもなかなかどうして。 写真の色合いは最悪だが、大峰の清く正しく見事な紅葉と、雲一つ無く雄大で荘厳な山々の風景が俺の心にはしっかりと刻まれ、更に帰宅後のビールの刺激が胃袋にしっかりと刻まれた、キモチいい秋の1日であった。 ガイド本の歩行時間 7時間 俺の実質歩行時間 6時間30分 休憩含めた行動時間 8時間20分 景色がいいとピークにいる時間が長くなる。 デジカメ撮影枚数 190枚
2007年10月28日
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今年の春の日記で、春の山菜のコシアブラの事を掲載させて頂いた。(GO→) 内容はと言えば、うちの御近所さんにコシアブラをお裾分けしたら、天ぷらにして食ってくれたのだが、その夜、若さギンギンパワーで体中が満たされて、やり場に困ってしまったという内容。 コシアブラは木の芽なのだが、ふと思い出したので、今日は元気が出る動物について書かせて頂きたい。 ふと思い出したというよりは、実体験として強烈だったのでしばらく封印していた、という俺の気持ちもあったりして。 さて、2年ほど前の、とあるイベントで山を歩いていたときのこと。言わずと知れた毒蛇のマムシ君である。林道脇の擁壁の水抜き穴で日向ぼっこをしていた。マムシ君もこの時は平和平穏ラブピースだった。ところが、このイベントには山を生業とするおっちゃんも参加されていた。山を生業をする人々にとっては、マムシは生かしておいても百害あって一利無し。退治せねばならぬ、というふうにインプットされているらしい。この後、マムシ君は絞首刑になってしまった。合掌。と、「生のマムシの刺身、旨いよなあ」と、横から声がかかる。「あ、食えるんなら、俺食うよ。」と俺。結構興味津々。こんな機会はそうそう無い。山を生業としていたおっちゃんは、街から来た参加者に気を使って、残酷なシーンを見せるのは控えていたようだ。だが、俺の一言で、今度は一緒に歩いていたちびっ子達に「ボクも食べたいィ~ッ!」「アタシも食べたいィ~ッ!」と連鎖反応を引き起こしてしまった。それなら、と、おっちゃんは、くるりとマムシの皮を抜き、内蔵を取り出し、マムシをスッポンポンにしてしまった。それでもマムシは動いていた。ついでに取り出した小さな心臓も鼓動を続けている。恐るべし生命力なのである。そのマムシがこれ。いきなり生のマムシを刺身で食うのである。骨ごといわゆる輪切りにして、まず、俺が一切れ。特段臭みもない。鶏肉かと思うくらい淡泊である。醤油があれば、結構イケるなと思わせる味わいだ。ただ、突然全身から汗が噴き出したのを覚えている。マムシ効果か。続いて、青い顔をして心配そうに親御さんが見守る中、ちびっ子達が順番に一口ずつ。旨いという声も無いが、かといってまずいという声もない。まあ、味付けしてないしね。最後に余ったやつを更に俺が一切れ、二切れ。滅多に経験できないことを体験してみんなそれなりに満足してくれたようだった。喜劇はその夜起こった。やり場の無い若さギンギンパワーが俺の体の中で炸裂したのである。俺自身のことで、詳細を記述するのはあまりに恥ずかしいのでやめておくが、マムシの強壮効果、これ、ホントなんだと実感してしまった。更に試したが、焼いたマムシよりも、生のマムシの方が特に効果がデカイようだ。いやはや、ほんと、ウソだと思うなら試してみてくださいな。で、余ったマムシはどうしたかというと、後日、仲良し御近所さんとうちで酒を飲んだ折りに、トグロに形を整えてから網で焼いて、「山ウナギだよ」と言って食べて貰った。そして、くるりと剥いた皮の方はと言えば、木の枝に通してシワをのばして干した後、うちの薬入れに保存してある。こいつは、扁桃腺が腫れたときの特効薬になるとのこと。切ったやつを湿らせてノドボトケの辺りに張り付けたり、粉にして扁桃腺に直接吹き付けたり、煎じて飲んだり。いろいろやり方があるようだ。俺は喉が弱いので、いつの日か試すときが到来すると思う。これぞ、先人の知恵なのである。そして、これを機会に俺はヘビつかみの練習を開始し、今は道具が無くても、シマヘビとヤマカガシは手づかみで捕まえられるようになった。ただ、マムシはどうも動きが違うのでまだ怖い。どうしてそこまでしてマムシを捕まえたいのか・・・、それは、もちろんマムシの皮が扁桃腺の特効薬だからなのであ~る。
2007年10月26日
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ひとたび森に入れば、いろいろ見るものがあって、ここ数日の日記のネタにことかかない状態が続いている。 ということで、今日も先週末の観察会で見付けたシリーズの続編且つ最終版。 秋の木の実の代表格にドングリが挙げられるが、大概のドングリが食えない。 いや、正確に言うなら、食えないのじゃなくて、食っても旨くない。 いや、更に激しく突っ込んで言えば、きっちりアクを抜けば食えるのだが、手間が掛かるので結局食う文化が現代まで定着しなかった、というのが分かりやすいだろうか。 その中で、労せず美味しく食べられるのが、先日掲載したシイの実。 正確にはスダジイの実。 煎って温かいうちに食えば、ほんのり甘みと香ばしさがあって、この時期の最高のおやつを楽しむことが出来る。 今夜も息子のK助は、寝る前にバリッ、ポリッと食っていた。 気に入ってくれて俺も嬉しい。 さてスダジイ以外に労せず食えるドングリは他にもある。マテバシイ 砲弾型で、デカイヤツは2センチはあり、時期が合えば、ドングリの絨毯状態で足の踏み場も無いほど落っこちているので、結構まとまった量を拾うことができる。 こやつの見た目の最大の特徴は、ケツの部分がへこんでいること。ドングリの帽子がかぶさっていたところがへこんでいるのである。だから食えないドングリと見間違うことが無い。 ちなみに、ケツがへこんでいるドングリにもう1種類あって、そいつはシリブカガシというが、そっちは砲弾型よりは少しずんぐりむっくりしている。 例えマテバシイと間違っても、シリブカガシも食えるので問題無い。 このマテバシイも煎って食ったが、スダジイに比べると、煎ったときに殻が割れにくいし、スダジイほども甘みが無く、多少渋みもあるので、スダジイと並べられると俺はあんまり手が出ない。 息子のK助は我関せずと無言でバクバク食っているが。 で、どうするのが旨いかというと、クッキーにすると旨い。 といっても、こいつを粉にしてクッキー生地にするのではなく、煎ったあと実を取り出し、すり鉢で砕いて、普通のクッキー生地に混ぜ込んで焼くだけ。 砕くときに細かくし過ぎずに、歯ごたえが残る程度の粒にするのが良いでしょう。 そのまま食った時に気になった渋みが、クッキーに入れ込んだら、ちょっとアダルトォ~な味に変わって、好評だった。 ちなみにクッキーの作り方はネットで適当に検索したらレシピが出てくるので、小麦粉、卵、バター、砂糖をそのレシピ通りの配合比率で混ぜて、シイの実も入れて、ベーキングパウダーなんてのは、台所のどこにあるのか家内に聞くの面倒なのであっさり割愛して、ラップでくるんで細長い俵状にして、包丁で輪切りにして、オーブントースターできつね色に焼けば完成。 簡単でしょ。 余談だが、俺は山に生えるちっちゃい栗、シバグリも好きである。こやつは完熟する前に、まだ渋皮が茶色になる前の白い渋皮状態のやつを、木から直接たたき落として、イガを外して食うのが実に旨い。 ただ、猿と競争なので、なかなかいいタイミングで山に入れず、猿に連敗中である。 男の俺がクッキーを焼くなんて、自分で想像してもちょっとおぞましいが、マテバシイが見付かったら、まあドングリクッキー、お試し下さい。
2007年10月24日
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日曜に開催した自然観察会で見付けたひとこま。 最初は分からなかったが、昆虫専門の学芸員のスタッフに教えて貰って、いったい何をやってるのかが分かった。木の幹に保護色で隠れた蛾が止まっているのが分かるかな?そしてそいつになんだか怪しげな黒い虫がくっついている。 蛾の方は、恐らくチャエダシャクというシャクガの仲間。シャクガってのは、いわゆる子供の時はシャクトリムシの格好をしている蛾と思えば良い。 そして、怪しげな虫は、カメムシの仲間で、ヨコヅナサシガメという。 で、何をやってるのかというと、ヨコヅナサシガメが、口をシャクガの体に刺し込んで、体液を吸ってるのだ。つまり捕食。 カメムシと言ってもこやつは、肉食なので、こういうことをやっちまうらしい。 どちらも特段珍しいもんではないが、捕食シーンはちょっと珍しいとのこと。 小さな世界の弱肉強食のドラマなのであった。 改めてマジマジと写真を見てるだけで、なんだがチクチク痛くなってくるな・・・。
2007年10月23日
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昨日の観察会で、シイの実を煎るのために、スタッフの一人がザックから取り出したストーブが、こいつ。 やたら古いガソリンストーブ。バリバリ現役。 シイの実は食べ慣れている俺には、こっちの方が気になった。 こういう無骨な道具っちゅうもんは、どうも所有欲をくすぐられてしまい、ねぇちょっと一回火ぃ消してから、俺に火ぃ付けさせて、と懇願する始末。 あとで調べてみると、プリムスの71というモデル。1960年代の製品のようだ。 ポンピングは無くて、メタ(固形燃料)でプレヒートして着火するタイプ。 プリムスというと、ガス燃料を連想するのだが、当時はガソリン、灯油のストーブも作っていたらしい。そして、60年代に、ガソリン、灯油の部門をオプティマスに売却してしまったとのこと。 で、このモデルは、オプティマスでも名前を変えて扱われていたとさ。 このストーブの持ち主は、こいつを60年代に4,000円くらいで買ったんだとか。 結構いい値だと思うが、ちなみに俺はまだ生まれていない。 そしてこの人、たまに会うたびに、ザックから違ったガソリンストーブを取り出すので、なんだか楽しみ。 ガス燃料の方が手軽で火力もあってお手軽なんだが、やっぱり、ガソリンストーブの、ポンピングやプレヒート、これは山屋の方には宗教的必須儀式と化して、崇め奉る人も多いと思う。 テントの中で飯を作るとき、プレヒート不足で生ガソリンに着火させて、テントを焼いたとか、燃えさかるストーブを外に放り投げたとか、スリル満点な逸話もまた伝説に拍車を掛けている。 そして、着火したときの不必要なまでにやかましい燃焼音も決してキライにはなれない、そんな魅力がガソリンストーブにはあるのである。(明るいところで着火すると、炎が見えないので、ガソリンストーブの燃焼音は燃えている知らせとして必須なのである。) 俺も、学生の時は、ホエーブス(通称ブス)を使ってたし、それ以外ではよく先輩からピークワンを借りて使ってた。 今でこそ、ソロ登山の時は、軽量化でガスストーブを使ってるのだが、やっぱりガソリンは頼もしく、男臭くて、憎めないヤツなのである。
2007年10月22日
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今日は俺の所属する会が主催する自然観察会。 K助はまたまた風邪で自宅待機なので、俺一人で出発。 身近なフィールドを歩いて、いろんな生き物を観察して、自然のありがたみを感じて貰って、自然保護につなげよう・・・という、壮大なプロジェクトである。 ・・・が、最近そういうイベントがやたら増えているので、こちらもどう色付けしていくか悩んではいる。 なにはともあれ、奈良でも有名な橿原神宮に集合。 初代天皇の神武天皇が祀られている橿原神宮。 歴史に疎い俺にはよく分からないが、ただ本能で感ずるかぎり、荘厳であり、姿勢を正してしまう空気の流れる場所でもある。 お宮さんを囲む壮大な鎮守の森の中でキノコを探そうというのが、今日の企画。 いろんなキノコは見付かったが、名前はよく分からん。 食えるのはムラサキシメジというのぐらいらしい。 それより、俺の興味はこっちの方。 スダジイ。 まあ早い話がドングリであるが、これは旨いドングリである。 なんぼでも落ちているので、気楽にいくらでも集められる。 スタッフなのに、キノコそっちのけで、真面目にシイの実拾いをやっちまう。 こいつを煎れば、勝手に割れ目が出来て、むくのも簡単。 そして、旨い。 ガキの時から大好きなおやつなのである。 今のチビっ子は、こんなもん食ってるんかなあ? 帰宅して、息子のK助にも煎ってあげたら、始めは神妙な顔をしていたが、10分後には、俺の足にかじりついて、「トウサンッ! シイの実もっと食べる~!」 金曜の晩、俺が晩酌中、突如風邪から喉が腫れて、呼吸がしんどくなり(クループ症候群)、夜間救急に連れ込んだK助だが、今日はかなり復活してきたようだ。 観察会がメインなのか、シイの実拾いがメインなのか、よく分からん1日だった。
2007年10月21日
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秋晴れの気持ちいい空の下、息子のK助と奈良県は吉野郡川上村へと車は快走。 突如、目の前でチェッカーフラッグを振るオッサンが俺の車の前に立ちふさがった。 な、なんだ、ポールtoウインか? 優勝したのか? なんのレースだ! 制服姿のオッサンに案内されるまま路肩のスペースに車を入れ、窓を開けて聞くと、K助がシートベルトをしてないとのたまう。 「ちゃんとやってるじゃん!」 「あ、えっ、い、いや・・・、ではどうぞ。」 ゴールド免許の俺がシートベルトごときで捕まるわけにはいかぬ。 手前にこっそり隠れて見張っていた警官から、K助のシートベルトが単に見えにくかっただけのようだ。 まあ何もなくて良かった。 しかし、警察もまだまだである。 俺のズボンのチャックが全開だったのは見抜けなかったようだ。 閑話休題 今日は奈良県を流れる吉野川の源流までハイキングをして、ついでに焚き火で焼き芋を作ってしまおうという、タキビスト垂涎の「達っちゃんクラブ」である。 車で筏場という場所まで行き、そこからのんびり1時間ほどハイキング。天然記念物 トガサワラ 紀伊半島と四国の方にしか見られない日本固有の針葉樹で、絶滅危惧2類にも指定されている。 ちょっちゅうトガサワラの生えている場所に遊びに来ているので、あまり有難味は無いが、そういう貴重な植物なのである。大昔は海底だったことを物語るチャートという岩をえぐるように落ち込む滝がたくさん。気持ちイイ流れだ。でも、ここは太古の昔は海の底。 ウウッ、息が詰まりそう・・・。 目的地の川原にたどり着くと、参加者約30人が分担して運んだ薪に火を付け、一気に燃やす。 谷筋をそよぐ風はひんやり涼しいが、この焚き火のそばは、灼熱地獄。 一気に燃やしてオキにしたら、一気に芋をぶち込む。 このイベント、数年に渡り開催しており、スタッフも慣れたもの、金時以外に、ジャガイモや、トウモロコシや栗、シメジ、エリンギ、キノコ・・・ 食欲に任せて焼きたいものを一通り揃えてきている。 なんちゃってスタッフの俺も、この焚き火を任されるようになって数年が経つ。 灼熱の焼き芋管理で汗だくになるのも、もう慣れた。ついでに煙で燻されて、即席の薫製人間と化す。 出来上がった焚き火料理に、参加者一同満面の笑み。 俺は煙で目がしょぼしょぼ。 しかし、一通り焼き上げた後に頂いた金時は、中までじんわり火が行き渡り、ホクホク、ハフハフ。 ジャガイモは、バターと塩を振り、これもハフハフ。 嗚呼、幸せの焚き火とはこのことだ。 いつのまにやら、息子のK助も、ボランティアで来てくれた若いおネェさんになついて、バクバク芋を食いまくっていた。彼もだいぶん手がかからなくなって、俺も楽になった。 さて、実はこの焚き火会場、山屋さんならご存知と思うが、筏場から大台ヶ原に上がる登山ルートの途中にある五色湯跡という場所。(ちなみに登山道の方は崩壊のため、現在上までは上がれない。) 五色湯跡というくらいだから、温泉を連想してしまうのだが、実は温泉がある。 江戸時代は湯治場があったとのことだが、今は夢の跡。だが、わずかだが温泉だけは沸いている。 芋を焼いた対岸に、裸足で渡渉し少し岩を登ると、それはある。 なんだが、岩が白っぽい。かすかに硫黄臭もする。 実は何度か焼き芋は焼いても、この温泉に来るのは俺も初めて。 まず驚いたのは、この写真を撮るとき、裸足で踏みつけている足元の岩が、なんと温かかったのだ。 そして、湯が湧き出て溜まっている所。 しっかり湯の花が咲いていた。モデルの女の子にお願いして、足だけ撮影させて貰った。・・・俺の足である。 湯の温度は30度も無く、スッポンポンで入るのはあまりに酔狂。 だが、足だけこうして浸けてると、じんわりぽかぽか、心もぽっかぽか。 ああ、気持ちイイ秋だなあ。 参加者の皆さんも秋の源流のヒトトキに、芋でおなかも満たされ、ご満悦。 息子のK助も、先日の八方尾根で歩く自信を付けたようで、今日は全行程全て自分で歩いて頑張った。 頼もしい限り。 紅葉にはまだ早かったが、源流をそよそよ流れるそよ風と水の流れは、清く正しく秋の到来を告げてくれているようであった。
2007年10月13日
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先日の日記を公開したあと、息子のK助と私に対して、ご心配・お気遣い、そして励ましの書き込みやメールを、全国から3千万件ほど頂いたが、まずこの場をお借りしてお礼を申し上げたい。 K助は完全復帰し、幼稚園に通っております。 私の方は、誠心誠意復活中です。 どうもありがとうございます。 さて、かれこれ時を溯ること10数年前、まだその頃は、家庭用カセットコンロのガスカートリッジで使用できるアウトドア製品が少なく、かつ、プリムスやEPIのカートリッジは高いので、カセットコンロのガスをプリムスに移して使えたら経済的!という希望がそこはかとなく存在していた。 それらの夢と希望を叶えたのが、写真のブツ。カセットとカートリッジの間にある接続器具。 「つめかえ君 アルバ」 カセットコンロのガスを、プリムスのカートリッジに移すことも出来るし、その逆もまた然り。 写真の場合、上のプリムスから、下のカセットの方にガスを移している。 コツは、両者のカートリッジに温度差を作ってあげること。上を温めるか、写真のように下を氷で冷やすか。俺の場合、温め過ぎると爆発するリスクが増えるので、温めることはやっていない。下を冷やすだけにとどめているが、それで十分。 バイク雑誌に紹介されて、すぐ飛び付いて取り寄せたのがかれこれ10年ちょっと前になる。当時はまだ種類も少なかったが、久々HPを訪問したらやたら種類が増えていてたまげた。 カセットコンロの安価なガスを、プリムス等の山用のガスストーブのカートリッジに移して使えるとは、かなり画期的であったが、実際移して使ってみると、残念ながら火力に問題があった。 難しい話は省略するが、山用のガスは屋外使用を想定しているので、気温が低い所でも気化しやすい種類のガスを使っているのに対し、家庭用のそれは、そういう条件を前提にしていない。 気温が低いとほんとに炎が小さかった。それに、気温がそこそこあって、炎もそれなりに上がっているのだが、どうも沸騰するのに時間がかかるような気もした。 で、結局ガスの流用は最近はやっていない。 便利なのは、中途半端に余ったプリムスのガスを、いったんカセットカートリッジに移してまとめてから、もう一度プリムスに戻すということ。 これで、半端もんの処理が楽になった。 知る人ぞ知る「つめかえ君」、それなりに便利である。
2007年10月10日
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午前5時起床。といっても、山に登っている訳ではない。今日は、我が4歳の息子のK助の通う幼稚園の運動会なのである。自称バカ親である俺は、ここで張り切らない訳が無い。 まだ先々週の登山から下山後にひいた風邪が治りきらないながらも、5時に起きて、6時には会場である近くの小学校の入り口に、場所取りの為に並んで缶コーヒーで一服していた。 このままいくと、いつもながらの長文ブログになってしまうので、詳細は省略するが、幼稚園のプログラムは淡々とこなされていき、K助のお遊戯も、しっかりビデオカメラに収め、親子競技もしっかりバカ親が出場し、K助と手をつないで走って、至極幸福の時を過ごしていた。 が、この時つないだK助の手が異様に熱かったのをもっと真剣にとらえるべきであった。 閉会式、幼稚園職員が陣取る本部テントの裏で、三脚で立てたビデオカメラで、園長先生の話を立って聞いてるK助を見ていたが、どうも元気が無さ過ぎる。どこを見ているのかよく分からん。 と、突如ファインダーからK助が消えたのと同時に、俺もグランドの中に突撃していた。 おそらく、端から見たら、園児の中に飛び込む変質者のオッサンみたいに見えたと思う。 K助は、まるで貧血を起こしたかのように、立ったまま後ろ向きに倒れたのである。 こっちも舞い上がってしまっていたので記憶が定かでないか、K助の所にたどり着くと、意識があって泣いていたので、ちょっと安心した。 そのまま救護テントに抱きかかえ、熱を計ると39度を超えている。 うわっ、こんなになるまで俺は気付かないでいたのか。自責の念と悔しさで一杯になる。 とにかく医者だ。 消防署に電話して開いてる病院を聞き、運良く近かったので自分の車で病院の扉をたたき、診察時間が過ぎているのを頼み込んで診察して貰った。 体温こそ高かったが、胃腸から来る夏風邪で、浣腸してウンチ君と一緒に腹の中のウイルスも放出してもらい、点滴で水分を補えば、そんなに深刻な病でもないということで、無事帰宅。 帰宅して、K助の容態を気付いてやれなかった、倒れるまで頑張らせてしまった自分に憤りを感じ、心も体も置き場所がなくなって、思わず昼間っから冷蔵庫の缶ビールへ。 ビールってこんなに苦かったっけ? この日、家内は運動会スタッフで器具運びとかをやっていたので、ほとんど演技を見ていない。 夕方、家族3人テレビの前に座って俺が録画した映像を見ていたが、K助が倒れる瞬間の場面、家内はK助を助けようと反射的にテレビに突撃し、あやうくもう一人病院送りにするところだった。 さて、翌朝。 ほんまかいなと思わせるくらい、驚異の回復を見せたK助は、いつもと変わらぬ様子で起きてきた。 熱を計ると平熱に戻っている。「よかったなあ、K助、熱下がってるぞ!」「やったぁ! 何キロ?」 このあと、風邪がぶり返した俺が布団に入る羽目になり、3連休が終わっても、まだ布団から出ることができない。 多少おちゃらけて書いているが、かなり真面目に反省した、清く正しい親でありたいと節に考えた俺の1日なのであった。
2007年10月06日
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