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タニウツギの花が咲くと、スズコが採り頃になる。 スズコとは、我が実家の鳥取での呼び方で、通称ネマガリダケと言うのかな。要はチシマザサのタケノコのこと。正確な種名はよく分からんが、滋味な味を楽しめる小さなタケノコである。 そのタニウツギが咲いたとかで、実家のオヤジから緊急帰省命令が発令された。 土曜の日の出前、自宅の奈良を出発し、高速道路で一路鳥取へ。この時間なら、ETCの早朝割引と通勤割引で、高速料金が半額になるのである。 朝8時に実家に到着。早速朝飯を頂く。その真横に山姿に着替えたオヤジがあぐらをかいて、俺が食い終わるのをじっと待っている。無言のプレッシャー光線を容赦なく浴びせてくる。そう、せかすなよ・・・。 朝飯を食い終わるやいなや、9時出発。1時間半ほど車を走らせ、林道を走りつなぎ、一気に標高1,000mの中国山地の山中へ。 車を降りた所にも、そのヤブはあるのだが、もっと太いのは、しばらく山道を歩いたところにあるらしい。 一歩一歩ゆっくりと歩くオヤジの後ろ姿は、俺が中学生だったころ一緒に歩いた時のスピード感はもはや感じられない。 オヤジももう70歳。自分の足が動くうちに、俺にスズコ採りを教えておきたいという思い入れが、背中にひしひしと伝わってきて、なんだか、俺がしんみりしてしまう。ここの竹は太いぞ。太い竹の生える所に、自ずと太いスズコも出てくる。さて、突入だ。竹の丈、3m。かき分けかき分け入っていくが、空は見えないし、周囲も見えないし、あっという間に自分のいる位置、方角が分からなくなるので、かなり注意が必要。それに、以前この辺りで、ホカホカの熊のウンチ君を見付けたらしい。あんまり洒落になっていない。 とにかくヤブが深くて、歩くこともままならない。うっかり転倒しても、ヤブの上に覆い被さるような状態で、地面に落ちることは無い。 ヤブを漕ぐというよりは、泳ぐと言った方が適切なのだ。 それにしてもオヤジは元気に突入してあっという間に見えなくなった。スズコを採る欲望は年齢をも淘汰する。まだまだオヤジも元気で結構。これがスズコ。「この紫色のエエやつが採れたら、ほんに嬉しいだわいや」(鳥取弁)オヤジが嬉しそうに高らかに笑っている。採れたスズコは皮付きで14kg。まだまだあることはあるのだが、後のことを考えたら、この程度で止めておくのが適策ということをあとで知ることになる。 実家に帰宅して、風呂で汗を流し、窓から吹き込む心地よい風に当たりながら、地物の魚と酒は、清く正しく心地よく俺の胃袋を満たしていくのであった。 と、ここで終わるはずだった。「おい、服着替えろ。」「はぁ?」「なに、言っとるだいや。パジャマだとスズコで汚れるぞ。」「えぇっ?」「早いこと全部皮むかんといけんだわいや。」「今からやるんか?」「当たり前だろぉが。」これ全部・・・。スズコの先っちょを斜めに落とし、次に縦に切れ目を入れると、ぐるりと皮がむける。むいたら、根っこの堅い所を少し切り落とし、今度は大鍋でぐらぐら茹でて灰汁を抜いて柔らかくする。14kgを全てむいて茹で終わったのは、午前2時。採りたてのスズコに、手作り山椒味噌を付けて頬張り、地酒をするりと流し込む。こうして、朝4時起きで始まった長い1日が、清く正しくようやく終わり告げるのであった。
2007年05月26日
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低山病・・・俺の場合、例年ゴールデンウイークが終わった今頃発症するようだ。症状として、無性に高い所に登りたくなって、歩きたくなる。寝ても覚めても山の事ばっかり考えて、居ても立ってもいられなくなって、対処療法として、雑誌の「山と渓谷」を眺めたり、地形図を眺めて山に登った気分に浸るしかない。根本的な完治には、山に登るしかないのだが、なかなかまとまった休みの取れない俺のようなサラリーマンの場合、夏にアルプス行くまで、この苦しみとつきあっていかねばならないのである。 高山病・・・山に登って数日経った頃に発症する。無性に冷えた生ビールを飲みたくなり、マヨネーズをビタビタかけた生野菜や、脂ギトギトの焼き肉や、新鮮な魚介類を食いたくなる。そして症状は下山した直後まで継続し、下界で可愛い女の子を見ると、鼻息がやたらと荒くなってしまう。療法は単純で、下山後の打ち上げで焼き肉を食えばたちどころに治ってしまう。去年は下山後の打ち上げで、ビールを3.5リットル飲んで我ながらビックリした。 てなことで、今年も低山病を患っている最中である。そして、同時にいつもこの時期に夏山に向けてトレーニングを開始しているが、今年もトレーニング開始した。 トレーニングといっても大それたものではなくて、仕事から帰ってから30分ほどジョギングして、腕立て、腹筋、背筋をする程度。 でも、これをやっておかないと、テントを担いで夏山縦走する自信が持てないのである。 現在体重58kg台、体脂肪率13%。 数年前はmax64kgあったが、2年ほど前から突然勝手に痩せ始め、6kgも体重が落ちてしまった。 特にダイエットした訳でもなく、変化があったと敢えて言うなら、ハンターになってから冬も定期的に山を歩いていることと、年齢を経て、よりいろんなストレスが増えたことくらいしか思いつかない。 だから、どっか体が悪いのではないかと、実は結構不安だったりする。 で、トレーニングが終わって風呂入ってから晩飯になるが、そこそこいい時間になってしまっている。あんまり夜遅くにご飯を食いたくない。 そこで、こんなメニュー。 炊いたタケノコ、あく抜きしたワラビを切っただけのもの、生野菜、鹿肉のロースト。 そして、平日にビール飲むほど経済的な余裕が無いので、焼酎の水割り。 よくよく見ると、なんか余分な脂肪も含まれていなくて、やけに健康的な晩飯だなあ。 はてさて、低山病完治のため、今年はどこに登ろうか・・・。
2007年05月22日
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昨日行って来た大峰奥駆道の青根が峯周辺は、所々ぽつりぽつりとウドが生えていた。ちょっと大木になりかけたウド。 奥駆道で場所柄、人通りの多い所だし、あからさまに採るとすぐ取り尽くされてしまうので、ちょっと道から外れたヤブの中に生えているウドを少しだけ頂いてきた。 そして、その成れの果てがこいつ。 ウドは皮をむき、軽くゆでる。この時点で、3歳の息子のK助がマヨネーズを付けて食い始め、あやうく全部食われるところだった。 新芽の先っちょや剥いた皮も柔らかかったら天ぷらやきんぴらにしようかと思ったが、ちょっと育ちすぎて堅かったので断念。ウドは捨てるところが無く、特に天ぷらは俺の大好物なのであるが、ちょっと残念。 庭の山椒の葉っぱと、砂糖、味噌をすり鉢でゴリゴリやって、あとは和えれば出来上がり。味噌のコツは、いかに山椒をたくさん入れるかである。すり鉢で擦って体積の減った山椒の葉っぱが、味噌と同量になるくらいなので、かなりの量が必要なのである。 出来上がった山椒味噌和えは、ウドのさわやかな香りが鼻をくすぐり、食欲とビール欲がますます増大してしまうのである。 そろそろ、春の山菜も終わりを告げようとするこの時期、運良く出会えた野の食材は、清く正しく俺の胃袋を満たしてくれるのである。 「緑色は辛いからキライィ~ッ!」 だから、K助、これはワサビじゃなくて、山椒だって。ひとつくらい食ってみろや、旨いぞぉ。
2007年05月13日
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吉野郡川上村で開催されるイベント、『山の学校 達ちゃんクラブ』。 林業人生半世紀の辻谷達雄師匠を先生として、山を歩き、川で遊び、地元の美味しい食べ物を頂いたりする盛りだくさんのイベントで、今年で10周年なのである。 本日は、開山から1300年の歴史を持つ、山伏修行の道、大峰奥駆道(おおみねおくがけみち)を歩こうというもの。 かつて女人結界門のあった場所で、達ちゃんの話を聞く。黄色いキャップが達っちゃんのトレードマーク。 古の道をK助も頑張って歩いている。 が、大人みたいにひたする歩くことは無く、興味を引く物が見付かれば、そのたびに立ち止まってしまうので、大幅に遅れてしまうのである。 しかし、楽しく歩けることは結構なこと。 追っ手から逃れた義経が隠れていた義経の隠塔。追っ手に迫られたとき、屋根を蹴破って逃げたという逸話から、義経蹴抜塔とも呼ばれている。新緑の山歩きは、いろんな花や葉っぱに囲まれ、とっても気持ちよいのであった。
2007年05月12日
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丁度1年前に頂いたタモの1枚板。まとまった時間が取れなくて延び延びになっていたが、GW後半はこの1枚板で酒卓製作の再開となった。 写真でも分かるが、左下が下がっている。そう、板が暴れていて(ねじれていて)、ちょっと修復するには困難かな、ということで、このまま作業続行。これも素人木工の味わいの一つにしてしまおう。 家内も、コップが倒れなきゃいいんじゃない?と言ってくれているし。 電気かんなでの荒削りを昨日1日やって、今日はサンダーでの磨き作業に入った。 電気かんなで結構綺麗にしたと思っていたのだが、サンダーで磨き始めると、ミリ以下のレベルでのデコボコが目立ってきた。 なかなか一筋縄にはいかないものだ。 そして、こういった神経使う作業をするにあたって学んだ事がひとつある。 作業中、決してションベンを我慢してはいけないのである。 俺みたいに気の短い人間は、ションベンを我慢すると、気があせって、作業が荒くなるのである。 あせって電気かんなの扱いが荒くなると、思わぬ傷を板に付けてしまう。それを隠すには板全体を一様にさらに削らなくてはならないので、なんの得にもならない。 だから、トイレにはマメに行くべしなのである。 もう少し綺麗に磨けたら、いよいよオイルを塗る作業に入ることになるだろう。 「渓遊さん、何作っているの?」 と、ご近所さんが通りがかりに作業場となっている庭を覗きにやってくる。 「リビングに置く酒卓です。これが出来れば、こいつに向き合って一緒に一杯やりませんか?」 「お、いいですねえ。」 うっかり約束してしまった方が、既に3家族になった。
2007年05月05日
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5/1は有休とったけど、5/2は出社。といっても、車で四国へ出張。 珍しく、仕事ネタ。 朝6時に奈良のうちを車で出発。明石大橋を越え。鳴門大橋を越え。たどり着いた現場は、徳島県南部の海部郡の限りなく高知県に近い小さな港町。現場には、自分の身長より長い、恐らくシマヘビの抜け殻が落ちていた。昼飯食うにも、店が無い。あるのは、国道沿い、要所要所の町に正確無比に正しく配置されている札幌ラーメンどさん子だけ。観光向けの鮮度抜群活け魚料理の店はあるが、昼飯予算500円では許されぬ。というか、昨日まで実家の鳥取の旨い魚を食っていたので、高い金払ってまで食う気にもならない。 朝6時に家を出て、うちに帰ってきたのは夜の10時、往復550キロの長旅はひたすら疲れるのである。
2007年05月02日
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朝、近所のスーパーで魚介類を買い、クーラーボックスに詰め込んで、一路奈良の自宅へ。 近所のスーパーを侮る無かれ。親会社が地元の水産会社なので、置いてある魚の鮮度、値段は地元庶民の胃袋を満足させるだけのモノが置いてある。 平日に休みを取っての移動なので、渋滞もなく楽に帰ることが出来た。 そして、晩飯はといえば・・・。 通称モサエビ、標準和名では「クロザコエビ」だが、地元でそんな呼び名を使うことは無い。 奈良に戻って、晩飯で調理する時もまだ生きていてトレイから飛び出した。これが地物の鮮度なのである。地物でそろえた本日の晩飯。 左上がシマメイカの刺身 スルメイカのことだが、鳥取ではシマメで通っている。高級なイカには味は劣るが、それでも安くて旨いので、庶民の味方だ。生姜醤油が合う。 右上は、いわしちくわ。素朴な味わいの鳥取名物である。 右下は、モサエビ。とろっとした甘みと、鮮度抜群の歯ごたえは、喚起のあまり、目尻の皺を増やす要因となる。 左下は、自分で採ったワラビを灰汁抜きしただけもの。店ではワラビの刺身と言っているようだ。こいつも生姜醤油をつけて歯ごたえを楽しみながら食うのが最高だ。 関西に就職して、鳥取出身というだけで、田舎モン扱いされ続けているが、こうした食い物を食っていられるのも、鳥取出身だからなのである。 田舎モンで上等。何も恥ずべき物はない。嗚呼幸せ、皆さん旨すぎてどうもごめんなさい、なのである。 激闘のGWの夜は、地物料理と共に清く正しくビールぐびぐびと更けていくのである。
2007年05月01日
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