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上海旅行に持って行った邱先生の著書「付加価値論part:1」(1989)に、“生産基地をそっくり外国へ移動する以上、資本の輸出であり、技術の輸出であり、人材の輸出である。したがって稼いだお金(略)が再投資に向かえば、そのお金は現地を潤すことになる。”と言う文章があった。この文章の文脈は日本の円高を抑えるには貿易黒字を減らせばよい、輸入を増やすのは限度がある。生産拠点を海外に移すことで貿易黒字をなくしたら円高が是正される。と言う箇所だ。実際に上海を見て、こう言う事が現に中国で起こっているのだと納得して香港に帰ってきた。
2005年03月31日
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Mr.Sは中国象棋をやりたかったらしい。ホンコンスターオーは南京に居た頃寮の同室だった劉君から駒の動かし方だけは教わっていたが、大昔の事だったのでうろ覚えである。Mr.Sに教えてもらいながら実際にやってみると、日本の将棋とは全然勝手が違う。特に砲と言うのがやっかいで、一つ駒を飛ばして相手の駒を取る。アッと思った瞬間に味方の駒が取られている。茫然自失である。取った駒は使えない。王将は決められた枠しか動けない。相手の王将とこちらの王将が向かい合う時に間に駒が何にも無かったら取られると言うすごいルールまである。香港B級カンフー時代劇ではワイヤーアクションが多用されていて超人的な跳躍力で格闘シーンを盛り上げるが、中国象棋でも王将は超能力者らしい。ちなみに駒落ちと言うのはないのだそうだ。と言うことは、強くなるまでは弱い奴はひたすら負け続け?になるのだろうか。そう思うと少し切ない気がした。
2005年03月30日
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Mr.Sが学生時代囲碁をやっていたと聞き、せがんで教えてもらうことにした。一応ルールは子供の頃父親から教わったので知ってはいるが、石が生きているのか死んでいるのか、勝負がいつついたのかが判らず覚え損なっていた。仕事が終わってから一局打って貰ったが、当然完敗。さあ、これから強くなるゾ!!
2005年03月29日
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上海4日目。外灘から埔東に抜ける観光トンネルへ行く。どこかのテーマパークをまねしたのかど派手なイルミネーションが煌めくトンネルをロープウエーみたいな乗り物に乗って移動する。つぶれたヤオハンの後も見に行った。有名ブランドは殆ど無し。だが、客はたくさん入っていた。グランドハイヤットの吹き抜けが見れるパティオと言うcafeでゆっくりしたが、下から上まで見上げると首が痛くなるほどだった。パティオは56階にあり、一番上は88階だ。井戸の底にいるみたいだぁと思っていると、日本の女の子が下を覗いているみたい、とはしゃぐ声が聞こえた。なるほどそう言う見方もあるか。と見直すとそのようにも見える。空港に行く前に邱先生のやっておられる語学学校へ行ってみた。邱先生の似顔絵看板と一緒に記念撮影をした。リニアモーターカーにもう一度乗ったが、やっぱり早かった。19:00上海発21:00香港着 MU5199にて香港に戻った。上海だったらまた行きたい。
2005年03月28日
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上海3日目。昼間は上海市城市規画展示館と上海博物館を見学した。新天地の雰囲気は香港では味わえない。居心地も良かったしと新天地へ向かった。La Maisonと言う店。キャバレーと看板に書いていたが、食事しながらダンスや手品が見れた。ダンサーは白人と中国人の混成。RMB350ぐらいの料理でショーまで見れてお得であるが、ショーを演じる人たちの実入りは結構少ないんだろうなぁと心配しないでいい事まで心配してしまった。ダンスを見ながらよくこんなに高く足を上げれるものだと感心した。締めくくりはカンカン踊り。店に入る前に新天地の直ぐ横に建設中のコンドミニアムを見つけ営業所があったので、軽い気持ちで、こんなところに住めたらいいなと思いながら値段を聞いたらUSD200万と言われて慌てて回り右をして出てきた。一体誰が買うのだろう?でもコンドミニアムも1棟だけでなかったので売れる見込みはあるのだろう。これまた感心した1日であった。
2005年03月27日
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上海2日目は日頃尊敬する邱先生お勧めの新天地に出かけた。昔の中国の街並を再現したと言うよりも素材にして現代風にアレンジしたおしゃれな空間になっていた。入り口の灯篭には明かりを灯してあった。地面は黒い瓦を縦に並べて敷き詰めている。昔行った蘇州がこんな感じだった気がした。白人の観光客が目に付いた。白人比率は多分香港の尖沙嘴よりも多いだろう。英語よりもドイツ語が多かった。また、どこの地方の言葉かは判らないが中国語も聞こえる。日本語も聞こえる。ライブハウスのARKで夜を過ごした。最低消費RMB100でOK。日本で5月にデビューする予定だと言う歌手のエンレイ、東京・北京・上海を順繰りに巡るロックグループ、ALL ARK STARSと銘打ったARK自前のグループが舞台に上がった。席は満席、客の殆どは中国人。今どきRMB100ぐらいなら払えるとは思うが、給与水準からしたら感覚としては日本円で1万円ぐらいだろうか?ダブルデートを楽しんでいるカップルや合コンらしきグループ。そう言えば女の子だけのテーブルもありました。歌の最中にさいころゲームをしだす無神経な人が居て驚いたが、ここを見て中国って変わったなぁ、こんなになっちゃたのと言うのが正直な感想。浦島太郎状態でした。
2005年03月26日
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愛・地球博ではない。2004年から営業運転している上海のリニアのことだ。7:00香港発9:50上海着のMU2061に搭乗。埔東空港から30分掛かっていたのが7分で着く様になったのだと言う。ドンドン加速する。最高速度は430kmを表示していた。あっという間に終点の龍陽駅に到着した。振動が無いという先入観があったが、風圧によるものだろう振動はかなりあるが、レールを走る振動ではない。駅を降りたら警察犬を連れた警官やら人目でそれとわかる私服警官がものものしく軽微に当たっていたので、北京からエライさんでも来たのかと思ったら北朝鮮の首相がリニアを見学に来ていた事が夜のニュースを見て判った。
2005年03月25日
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MTR観塘駅に新しく出来たAPMと言う商業ビルがある。そこの真新しいフードコートを覗いたら、なんと大阪王将が店を出していた。鳥唐2個とギョウザのsetがHK$45チャーハンとギョウザのsetでHK$55王将があるだけでも感激ものだが、ここにたどり着く前に赤丸でうどんを食べた後だったので、味のほうは後日レポートします。でも、地元の人が買いに並んでいたからいけると思いますよ。きっと。
2005年03月24日
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Kさん、M君とランガムプレイスの一番上にある上海料理に行こうとした。前行った時はガラガラだったので、アンパイと思っていたが、名が売れたのだろう、一杯で、1時間待って欲しいとの事だったので、諦めて隣のビルにある雲南料理 阿詩馬に行った。きのこをふんだんに使った辛目の味付けだった。食事を済ませてからランガムプレイスの下から上までどんな店があるのか見て回ったが、学祭の模擬店みたいなのばかりでインパクトに欠ける。ビルそのものは斬新で長~いエスカレーター、巨大な吹き抜け、天井にはスクリーンを張ってプロジェクターで鯉、ジャングルの絵を映し出している。効果音も流れて思わず天井ばかりを見るほどだ。無印良品で麦チョコを買って帰った。
2005年03月23日
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SONYがエアボードと言う機械を出しているらしい。新し物好きの保険会社の当社担当の人が今日現物を持って来てくれた。12インチぐらいの液晶画面だが本当に民放が映っていた。ひたすら感心した。日本に受信機を設置しインターネットで内容を送る仕掛けだ。受信機と画面で1対になっているが、そうしないと放送法に引っかかるのだそうだ。日本のプロバイダーに入ってない人はまねきTVというのに申し込むと初期費用 31,500円/毎月の費用 5,150円で受信機も預かってくれるのだそうだ。これは手に入れるに限る。SONYがエアボードのHP http://www.sony.jp/products/Consumer/airboard/index.htmlまねきTVのHP http://manekitv.com/service/index.html
2005年03月22日
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邱永漢氏の著書。昭和56年に中央公論に掲載されたものと昭和50年から5年間に渡り同氏が主宰した「求美」と言う美術雑誌に掲載された文章を昭和56年に纏めた本。日本が豊かになって生活に余裕が出来た頃の随筆になる。金は使わないと半製品と言いながらも始末が習い性になった世代ではなかなか使えず結局稼いだ金を使い込むまで親子孫の3代の分業になると言う批評があった。今もし手元に何にでも使っていい1億円あったら何に使うだろうか。ゴルフの会員権、都会にあるマンション、車はジャガー、服装も全部仕立物、食事は割烹、海外旅行。思いついただけ書いてみたが意外と平凡だった。金持ち国の貧乏人と言われながらも1億総中流で日本人全体が豊かになっただけでもHappyなのだろう。「成金こそ文化創造の旗手」と題した文章があり、いつの時代でも主導権を握った層は所詮成金であり嗜好も成金趣味となるとあった。香港美術館に清代のガラスを展示しているが原色のコップやら皿やらどう考えても趣味が悪く、見る度に「なんじゃこれ」と思っていたが、謎が解けた。中国の伝統的な建物の色合いも真っ赤に緑、金色で、ド派手だし、香港のビルも全面ガラス張りでキラキラしている。これもやはり成金趣味のひとつなのだろう。
2005年03月21日
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尖沙嘴にある香港芸術館で開催されているフランス印象派展を覗いてきた。まずたまげたのは入場料がたったのhk$30だったことだ。日本円で換算して500円でおつりが来る。フランスのオルセー美術館からの展示物で、一番の目玉は笛を吹く子供の絵だ。ふすまぐらいの大きさの絵だが、誰かに褒めてもらいたくてひたむきな少年の表情に見えてきた。よそ行きの服を着せられているがズホンがダブダブに描かれていた。おにいちゃんのお下がりか、すぐに大きくなるのを見越して大き目のズボンを穿かされているのか?ちょっとひねくれた人が描いているのかと思ったのが砂浜の絵だ。何人もの仲間で砂浜に遊びに来た様子なのだが、人物はみんな正装して背を向けたまま海のほうを見ている。これだけではないモデルさんが脇見をした瞬間を描いたものやら、貴婦人も後ろ向きのものまであった。前を向いた絵もないではないが、今で言ったらスナップ写真みたいな構図を狙っていたのではないだろうか。見ているうちに、もし、ホンコンスターオーに欲しい絵を1枚だけ只で上げると言われたらどれを選ぶかな?と思いながらもう一度見て回った。天気のよい峠の街道を描いた風景画が気に入った。峠を越えた先には町が見えている。さあ、ボクもあの町へ行ってみよう!という気にさせる絵だった。
2005年03月20日
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華仁堂のある観塘が再開発されつつある。地下鉄の駅の直ぐそばのビルが新しくなり、city1 superや無印良品が入ると聞いていた。一部オープンしている店があったのでビルを探検することにした。日本風に言うと4階にうどん屋があり、赤丸製麺と言う讃岐うどんのファーストフード店だった。すうどんが10ドルと破格の安値で、トッピングを選ぶと言う仕掛け。わかめとしいたけの天婦羅、一品としてなぜか餃子を注文した。27ドルで済んだ。うどんも悪くなかった。地元の人も結構入っていた。恐らく定着するだろう。
2005年03月19日
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現行でもHK$750万以上に対して5~15%に対して相続税が掛けられているだけだ。日本の税制では考えられない低さである。それが廃止されたらどうなるのか?新聞記事には流入資金はHK$20億と言う人とHK$100億と言う人の両方が書いてあった。こういうのを見ると日本は社会主義国家と言われても黙っているしかないのかなと思ってしまう。
2005年03月18日
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中国への出張者と食事に行く。映月楼に行こうとしたが、ペニンスラホテルの前の道を渡らねばならない。いつもは地下道をくぐっていくのだが工事中だった。ちょっと北に上って別の入り口から入ったら道の向こう側には続いておらず尖東まで歩かされる羽目になった。やむなく目標変更、五味鳥に向かったが人気店が空いている訳が無い。同じビルの日式で済ませた。刺身が水っぽい。。。段取りの悪さが結果に出てしまった。反省。
2005年03月17日
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同僚が何かの映画を見たと聞いて、無性に映画を見に行きたくなった。会社からの帰りにやっていたのが、この映画。ラブコメディだった。もてない男にどうやったらもてるようになるのかをコーチするのがHitchのビジネス。ドジで冴えない男が何とか高嶺の花の目に留まったが、結局その女性が魅力を感じたのは等身大の相手の個性だった。自分の魅力を磨くのが結局は一番と言うことですぞ、ご同輩。
2005年03月16日
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昨年の53%増なのだそうだ。中国の消費意欲依然旺盛というのもあるが、3/1から鉄鉱石が輸入許可制に移行したせいもあり、駆け込み輸入も随分あったものと思われる。輸入元はインド32.5%を筆頭にブラジル、南ア、オーストラリア。この勢いはどこまで行くのか?地方格差が解消されるまで続くとしたら10年やそこいらはいくのではなかろうか。あくまでも直感にすぎないが。
2005年03月15日
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久々に訪れたが今日は旅行団体が少なかったせいか、空いていた。ペキンダックにドクターストップが掛かっているので、薄い小麦粉の皮にきゅうりを巻いて食べた。これでもあっさりしていけるヤンカとひとり悦に入っていた。・・・やっぱりダックも食いたい。早よ直そう。白酒を飲みたいと誰かが言い出し、二鍋頭が出てきた。ボクは臭いを嗅いだだけだが、コーリャンの香りがなつかしかった。帰ってからここ数日来の宿題を片付けた。ワイシャツのアイロン掛け。深夜の2時ごろ完了。
2005年03月14日
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今回から2コマやることになった。今までのは大した運動になってなかったせいだろう。ウォーミングアップも含めると2時間ぐらい運動していた。トレーナーのMS.Eが終わり間際に明日お仕事大丈夫ですか?と聞いてきた。運動させたくせに変な奴だ。まあ、まだ余裕はあるから平気である。
2005年03月13日
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今日は土曜から月曜まで3日分の薬を持って帰り、月曜日に宅急便で7日分の薬を持って帰ることにした。これで毎日途切れなく薬を服用することになる。先生が、今まで鹿の角を使用していたが水牛の角に変更するので、下痢症状が起こるかもしれないので、ひどかったら鹿に戻すから言って下さいとの事だった。効用は変わらないが値段が安いのだそうだ。安くなるが人によっては下痢を起こすようになるのだそうだ。
2005年03月12日
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ドイツからMR.T来社。本社営業のY君、香港のK氏と元気一杯で横飯。食事が終わって行きたいトコあるか聞いたところ、マルチアングルのDVDソフトを売っているところに行きたいと言うので、尖沙嘴のHMVに連れて行った。マルチアングルなんか意識してDVDを買ったこと無いから自信は無かったが、3階の映画のフロアをちょっとウロウロしただけでMR.Tは自分で見つけてきた。音楽物も欲しいと言うので2階へ行き何枚か購入して帰った。なんでも、機能検査用のDVDは持っているが実際市場で売っているソフトを見たことがなかったので、ドイツで2年間ずっと探していたのだそうだ。お目当てを手にしてものすごく嬉しそうにしていた。DVDを買ってホテルに買える途中でPUBに寄ったがそこでの話題も仕事の話。わざわざドイツから出張に来て、仕事関係のものを買って帰ったり飲み屋で仕事の話で盛り上がったりと洋の東西を問わず仕事好きは居るものだ。
2005年03月11日
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この日のコラムだったかどうかは定かではありませんが、日経新聞に日本経済研究センター主任研究員深尾洋光氏の文章が掲載されていた。(この日記は3月12日記入しました)前々から、中国の貿易黒字で発生した人民元はどこへ行ったのか不思議に思っていたが、このコラムで氷解した。人民銀行は国債の売りオペと短期証券の発行で人民元を回収していたのだ。しかし、同氏の調査によると短期証券の残高は外貨準備の24%にまで積みあがっている事も指摘していた。同氏の主張は好調な中国景気の圧力を受け人民元は切り上がる、人民元の切り上げは日本の経常黒字に繋がるから円も高めに影響される。と言うもの。《要約》中国の景気が拡大しているが、実質的な固定相場制を採用している人民銀行は金利引き上げが出来ない。資本流入圧力が掛かるからだ。そのために行政手法で投資を抑制した(信用割当、土地利用規制)が却って海外からの資本流入や駆け込み投資も招いている。人民銀行はドル買い人民元売りの市場介入を行い為替レートを安定させているが、人民元を余らすと金融緩和の状態を出現させインフレの要因になるので国債の売りオペと短期証券の発行で人民元を回収している。これも飽和状態に近づいている。マンデルの不可能な三角形と言うのがあるらしい。1.自由な資本の移動・・・中国経済の拡大2.独立した金融政策・・・金利操作以外の方法は飽和に近づいている3.固定為替制度・・・これを外さざるを得ない固定相場を外したら日本の経常収支も黒字拡大し円高になるが、景気回復の状況下市場介入は国際的に受け入れられないので介入出来ない。人民元の為替政策は日本経済にも影響する。
2005年03月10日
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邱永漢氏の「君ならどうする?」に”香港の魅力は日々色褪せて行きます”と言う文章があった。経済の構造が変わりお金の流れが変わり中国の全国的な工業化の進展が香港に大きな影を落としている。香港の優位性は「税金が安いこと」「資本の移動が自由であること」「金持ちになった大陸住民のショッピング・センターになりつつあること」だと指摘している。言われてみるとその通り。じゃあ、香港は出がらしと言うことになるのでは?香港の若い男性が大陸に職を求めたせいで未婚の女性が増えていると言う新聞記事もあるぐらいだから、そうなのでしょう。ガンバレ香港!!根性出せ!!
2005年03月09日
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旧聞に属するが、忘れそうになったので今日書いておきます。大陸の旅行者は6,902万人で、9.1%増だったそうだ。鉄道売上 16億7千万元航空売上 18億5千万元飛行機が初めて鉄道を上回ったそうだ。なんだかんだ言って、人民の生活レベルは上がっているのだろう。=シンセンの検問所利用者は全部で313万人23.2%増。羅湖が圧倒的に多く205万人。次が皇崗の89万人。今日のNNAに出ていたが、広州香港間を40分で結ぶ高速鉄道を計画しているらしい。中間駅は龍華、皇崗辺りで地下に潜るらしい。香港と広東省の一体化が益々進むだろう。
2005年03月08日
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今回の芥川賞作品。映画監督を辞めた主人公はその後立ち直るのかな?女の子2名は演劇の後どうなるのだろう。読んでいて、あれ、ここで終わっちゃうの、と言う感じだった。
2005年03月07日
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会員が増えているせいか随分混んでいた。肩の筋肉を鍛えるマシンがきつかった。腕にパッドを当てて肩の高さまで上げる運動。オリンピックに10分50ドルで出来る散髪屋ができた。広東語で何か言われたけど判らない。どうせ失敗しても1ヶ月もすりゃ髪の毛は伸びてくる。と思い、OKOKと軽く受け答えしたところ、バリカンでえらい短くされてしまった。マンダリンで文句を言ったら、マンダリンだったらわかるオバサンだった。そんなことなら最初からマンダリンで話をしておけばよかった。サッカー少年のような頭です。
2005年03月06日
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痒いのをガマンして薬を塗っていたが、一昨日から湿疹が出るようになった。飲み薬の配合を変えてもらい、塗り薬も変えてもらった。
2005年03月05日
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常平駅から大嶺山区へ抜ける途中に松山湖を通る。観光、学園都市、工業区、何にするかよく判らないが、この地域は片道3車線の素晴らしくきれいに整備された地区になっている。高速道路状態だった。日本が高度成長期に入る時、邱永漢さんが当時の科学者に話を聞いたエピソードでは、日本に自動車は普及しない、道が狭く、道路も悪いから。しかし邱永漢さんは逆に晴海のモーターショーに集まった群集を見て車社会の到来を確信している。人能く道を弘む、道人を弘むにあらず。が邱さんの好きな言葉らしいが、松山湖はどうなのだろう。地方政府が中央に上納したくないから自分の予算で使っているんだ。と言う人も居る。仏山へ行った時も車がそんなに走ってないのに環状線を既に建設中だった。政府が公共投資を行うことで有効需要を刺激し景気拡大に向かわす。インフレになるので貨幣価値が下がり、政府の赤字は縮小する。かつてのケインズはこう考えていたが、現代の中国はよく判らない。経済成長率は8%を達成し、物価上昇率も3%台。貿易で稼いだカネはどこに行ったのだろう?これから爆発的に物価が上がっていくのだろうか?
2005年03月04日
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邱永漢氏の著作。ほぼ毎日イトイ新聞に連載していたエッセイを纏めたもの。不景気な日本よりも元気のよい中国にビジネスチャンスがある事を主張した文章。富は付加価値によって生まれる。付加価値を生み出す条件として、安価で良質な労働力、国際的に弱い通貨を挙げている。日本がかつて45年に渡って享受してきたこの条件が今や中国に移っているのだと言う。その一方で、昔世界の海に君臨したスペインが今どうなっているのか、よその国とそんなに変わった光景でない。ラッシュアワーはあるしみんな普通に勤めている。と書いていた。変化が起こったときが大変な訳であり、過ぎ去ると落ち着くのだろうか。何はともあれ今は中国が注目の的だ。
2005年03月03日
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人生ってなんだろう。愛ってなんだろう。と考えさせてくれた映画。舞台も瀬戸内に面した香川県。主人公はボクよりも6歳若いだけ。時代も86年に遡る。ボクが社会に出た年だ。将来を約した彼女を白血病に奪われた悲恋の主人公は19年間彼女を忘れきれなかったが彼女の遺言ともなるカセットテープで今を生きるよう励まされ、連れて行くと約束した地オーストラリアのウルルで彼女の思い出を昇華する。そこがアボリジニの聖地で彼らにとっての世界の中心なのだそうだ。人は死んでも魂は残るのか?怪我をして痛いと感じたとき、病気で苦しいとき、うまいものを食っておいしいと感じるとき、その時しか生きていないと言った人が居る。それを要約して人生は時間だと断じた人も居る。その通りだとボクは思う。一方で、天国で会えると言うのが支えで今を必死で生きている人も居ることだろう。それも否定しない。気持ちを切り替えて後始末をきちんとして、今を大切に生きていく。正直なところそこまで追い込まれた経験が無いので、判った様な事をいっちょまえに書いているが、非常に共感できる映画でした。日本語の題名は世界の中心で愛を叫ぶです。
2005年03月02日
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邱永漢氏と唐津一氏の対談。景気は悪くなっているが日本人の几帳面さが失われたわけでは無い。みんながお金を使うようになれば景気はよくなる。技術、生産力が損なわれたわけではない。等々お二人で話すうちに興が乗ったのだろうか、交際費を400万以上使わない企業に税金を掛ければみんなお金を使い出す。と言い出した。そこまですればみんなお金を使い出すことだろう。
2005年03月01日
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