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昭和のお弁当の定番、真っ赤かなウインナーソーセージ タコ形状にしたり、皸風の切込みを入れたりこどもたちは大好きでした。 日本人の食に対する色彩に敏感なのを このソーセージを開発した人は、熟知していたのでしようね。 現在も、植物由来の色素を使って市場に出回っていますね。 ピンク色をした魚肉ソーセージ こちらもデビューは昭和中期、圧倒的に男性が好みました。 生で丸かじりがおいしかったのです。 丸善さんの登録商標で ホモソーセージ という製品があります。 よく 食べている男性を冷やかしたりしましたね。 ホモはホモジナイス゛(均等にする)という意味で 原材料が均等になるように丸善さんは製造しているそうです。 今日では、カルシウム&ヘルシーを強調し女性に好まれています。 お世辞は昭和のセールスマンにとって 常套手段ならぬ上等手段だったのです。 オセージを言って言って言い捲り、良い結果に繋げることができたのでした。 そして口八丁手八丁し、口車を走らせたのでした。 だけれど、人間社会の中でお世辞は最低限必要ですね。 お世辞は誠ではないという概念ありますが言う人も真逆だったら言えないし 何といってもお世辞を言われて 人はこの上なくうれしいのです。
2022.05.22
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キャットフードが日本で発売されたのが 1969年それまでは、飼われていた猫たちはねこまんま(味噌汁をかけたごはん)が主食でした。もちろん人の食べ残した魚の骨、捌いた頭 内臓なども食べていたのでした。 鼠を捕まえては食べ、野に出て昆虫や爬虫類など捕っては食べていました。だから 息がとても臭かったのです。夜はほとんど 夜遊びに出掛け、明け方近く家に戻り障子の穴から一番好きな家族の布団に潜り込み深い眠りについたのです。夜行性そのものをつらぬいていましたね。かつては日本の主要な産業であった 養蚕 大分遡って江戸時代、猫は鼠から蚕を守るための守り神でした。江戸時代に猫は少ない故、値段も高く、手に入れるのが大変だったようです。(馬一頭の5倍もしたとか・・・)だから養蚕農家は、猫の絵師から、猫絵を買って2階の蚕部屋に飾っておいたようですね。そのような事でも鼠は出没しなくなったそうです。昭和では、猫を魔物呼ばりし、恐れていた人はかなりいたものです。
2022.05.05
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