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日本ドッジボール協会が設立されたのは 1991年だそうです。 そこに至るまで、ドッジボールは遊びの割合か゛ 比重を占めていました。 低学年の学習指導要領の球技ドッジボールが 代表的でした。 投げるか 逃げるか のゲーム 先生は監督していて 面白かったに違いありません。 dodge とはひらりと身をかわすこと 身を素早くかわせなければボールが諸に当たります。 和子ちゃんは怖くてひたすら逃げ回ります。 当てられれば、終わりが近づくはずなのに・・・ ナイス キャッチ! 正面に飛んできたアタックボール 偶然 全身で覆うように受け止めたのです。 小気味よい ドスッ という音がしました。 その一瞬、自分の勇気に感嘆し、自信が漲ったのです。 以降 和子ちゃんはクラスでは、ドッジボールの名手になったのです。 現在 夏に開催される 全日本ドッジボール選手権大会 小学生の日本一を競い合います。 見所は一列になって向きを変える守備態勢ですね。 昭和の頃の野蛮性が入り混じったドッジボールに比べ すっかりスポーツとして、定着してきていますね。 だけどだけど、多少の野蛮性はスポーツを観戦する側 は期待するのです。
2022.11.30
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え~~っ、 うっそーっ、 まさか―っ、おっかしいー、ことを実践していたのは事実で・・・昭和としては真剣だったのです。教室或いは保健室での身体測定、昭和30年代まで低学年の子は上半身裸で、下半身には下着を着けて身体測定をしたのです。お母さんは真新しいパンツを穿かせて学校に送り出したのです。「はあーい、背丈を測りまーす。」そう 身長ではなく 背丈 と表現、体重は目方 と表現。身長の単位は尺ではなく、cm です。ただ、昭和30年代 年配の人は長さを尺と寸体重を貫 足の大きさを文と まだ使っていました。10文は24cmですね、文だけかなりいつまでも活用されていました。座高はあまり意味がないという事で、2014年に廃止されたようですが・・・。座高を測るのは徴兵検査の継続みたいなことで足が短いと重心が低くなり、下半身が安定しいい兵士になれるという意味があったそうです。けれど こどもたちにとっては座高が高い=短足 という結論で数字は低く収めたかったのです。廃止になったのは、けっこう最近自分の座高を把握していた子はいるのでしょうか。
2022.11.17
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昭和の代表的なハーフタレント歌手 山本リンダさん1966年デビュー当時 こまっちゃうな をヒットさせました。舌っ足らずの歌唱と八重歯がチャームポイントです。彼女はハーフという事で、幼い頃は男子にいじめられ大人たちからも、白眼視されていたようですがこの愛くるしく歌う姿からそんな事は想像できませんでした。山本リンダさん、こまっちゃうな 以降ヒットに恵まれす゛低迷状態が5~6年続き1972年 どうにもとまらない が大ヒット人々は こまっちゃうな とのギャップに驚きアクション遊戯を真似たものです。このへそ出し衣裳は彼女自身が提案したそうです。そのころのNHKはへそを隠すように要請したそうです。しかし、彼女はリハーサルでへその隠れる結び目の大きいブラウスを着て、本番では激しく踊り、へそを見せたそうです。意志の強い女性ですね。そして 1973年第2弾 ねらいうち が大ヒット。野球の応援歌、桃屋のCMなどで一層お馴染みになりました。女性歌手であってこういうアグレッシブなダンスと歌唱が日本人の皮膚に突き刺さったのでしょうね。低迷期があったので見事なカムバックでしたね。昭和の中期頃まで、人々は物珍しいものに対して違和感や排除感を持っていました。ハーフの子を 混血児 と呼び嫌悪感を持ち親がこどもに「遊んじゃ駄目」とか悪い子になるなどと教え込んだのでした。山本リンダさんの年代のハーフの方は、おそらく幼い頃ほとんどの方が蔑視された経験をお持ちでしょうね。1970年代外国人の美しさと日本人の親しみやすさを兼ね備えているハーフタレントの活躍は踵を反すように始まったのでした。
2022.11.04
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