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モナリザ 1500年初めの頃の レオナルド ダ ヴィンチの作品です。 上の図は模写ですが、柔らかな視線と、程よく上がり気味の 口角が、神秘の微笑をたたえています。 この名画 モナリザ を一層日本で有名にさせた きっかけがあるのです。 モナリザの微笑み ザ・タイガースの1967年のヒット曲です。 名画の女性の美しさ、そして沢田研二さんという 今まであり得なかった男性像に人々は息を呑んだのです。 そして若い女の子は魅了され始めました。 この曲は、ザ・タイガースの3曲目のシングルで オリコンチャートが始まる寸前の曲ですが ザ・タイガースの曲ではおそらく一番レコードの 売り上げは、あったと思うのです。 そう この曲が レオナルド ダ ヴィンチ のモナリザを 日本での名画にチャートインさせたのです。 そして、7年後とうとうモナリザがルーブル美術館より 日本にやってきました。 東京上野の国立博物館入口には、最後尾が見当たらないほどの 行列ができました。 日本人は 行列好き と言われます。 それは 小さい時からの教育で整列する文化がある 並んだという事を自慢気にドヤ顔で話せる などでしょうが、理由は他にも沢山ありますよね。 日本人は他人の評価が良ければ その行動を見て動くという特性があるのですね。
2022.09.15
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昭和の学校の運動会、それはそれは大々イベントで 競技する側 主催する側 観戦する側 力の入れようが尋常ではなかったのです。 観戦席は真新しい ござ を開始前から早目に陣取り 緊張した面持ちで観戦したのです。 お墓がまだ霊園でなかった土葬が主流だった 昭和30年代まで、お墓参りはピクニックを兼ねていました。 墓前には、天ぷら 団子 おはぎ 果物 自由にお供えしたのです。 それらはすべてカラスの餌になり、きれいになくなりました。 ござを敷き詰めると、そこはもう女の子にとって仮想空間になり 絶対的に主導権を握ることができ、 言いたい台詞がどんどん飛び出るのです。 男の子は黙って従うしかないのです。 さぞかしつまらなかったでしょう。 ござという大道具に拘束されたのでしょうね。 ござと似ていますが、藁や萱が材料のむしろです。 敷いた場合、クッション性とぬくもりがあります。 むしろは、戦国 江戸時代は庶民にとって寝具だったようです。 綿の布団は江戸時代一枚600万~900万くらいしたそうです。 使用用途は土嚢袋のルーツであったり 穀物の乾燥に使ったり野菜の保存や運搬に使ったり 農家の板の間のラグマットとしても敷いていたようです。 ござより、むしろの方が、むしろ活用範囲が広いですね。
2022.09.05
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