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高野和明著「幽霊人命救助隊」文芸春秋 読了。時々しょうもない古いギャグに白けてしまうが、なかなか評判通りのよいエンターテイメントで、ときどきホロリと涙してしまうシーン多数。なんというか、「仕事人」というか「ベルリン天使の詩」というか、表紙に書いてある救助隊たちの格好は「ゴーストバスターズ」のような。自分でいうのもなんだが、僕もかなりくそ真面目で不器用の類いであるので、自殺をする方とさせる方では、やはりする方に感情移入してしまう。しかし、この本の中の台詞だが、「未来が定まっていない以上、すべての絶望は勘違いである」のだろう。生きたもん勝ちだ。僕のここでの不遇な生活ももう少し。たんたんと毎日をすごそう。車の冷房が壊れた。急いで修理に出す。来月は客があるのだ。
September 28, 2004
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現在ドバイは空港の拡張工事中で、行くたびに駐車場がとても混雑する。お客をピックアップする時も、入り口の目の前で車を待たせておくことが殆ど出来ないので、長い時間待たせなければならない。この空港の拡張が済むと、ドバイの空港の規模は今の2.6倍になって、香港やシンガポールのチャンギを抜くことになる。新空港では、ターミナルから滑走路まで飛行機が行き来するのに、飛行機がトンネルをくぐるそうだ(!)。一部では報道されているが、今日その飛行機が行き交うでっかいトンネルの工事中に崩落事故があった。噂では百人前後の肉体労働者が死んだという。しかしOFFICIALに公表された死者の数はたったの5人。原因に冠しても、トンネルの陥落事故なのに「工事現場の足場が壊れた」というアナウンスだけしかなかった。
September 27, 2004
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長嶋有著「パラレル」文芸春秋 読了。ずいぶんリアリティのある話だな、こりゃ。きっと今独身に戻ったらこういう感じなんだろうなって感じ。決してどん底ではないんだけど、フツフツと寂しい。一人で生きていくのは寂しいんだけど、誰かに乗めり込むのはもう疲れるし、勝手に乗めり込まれるのもちょっと違う感じ。恋愛も「ラブ」とカタカナになって、「有利」な時は「挿入」までいくしけど「不利」な時はダメ。毎日メールを送ってくる「元妻」がなんだかんだ言って気になるが、彼女も他に男を作って同時進行をやっぱりやってる。いろんな人がふわふわと漂って、ときどき2人で止まり木に止まって、またそれぞれが漂って...という感じ?しょうがないかもしれないよね、失敗しない人なんていないんだし。でも、つきあってるんだかつきあってないんだかっていう関係を常に複数抱えて、自分も相手にとってOne of themで、一人が去ったら一人が加わってっていう、その状態を続けるっていうのは、ちょっとつらくないのかなあ。僕できそうもないな。みんなそうなのかもしれないけど。
September 24, 2004
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今日はいいたいことをうまく伝えられるかどうか大変不安である。というのは、このことは日本では「空気」のように当たり前のことなので。日記のコメントで「ドバイでは買い物が楽しくない」と書いたところ質問を頂いたのでご説明をしたいのだ。「なぜ買い物が楽しくないか?」それは「買ってもしょうがないから」、である。もっと掘り下げる。「買い物をして自分の国に持って帰って、使ったり、友達とそれで話が盛り上がったりすれば、それは楽しい。でもドバイで買い物をしてドバイで使う分には、全く話が盛り上がらないから」だ。だから買ってもしょうがない。例えば先端の服を着て街を歩いたとする。でもだれもそれが流行の先端だということが分からない。もちろん日本人仲間は分かってくれるだろう。しかし、毎日顔を合わせているような日本人仲間の為に、高い服を買って着飾る必要があるだろうか?考えてみると「買い物の楽しさ」というのは、いくつかの前提が必要だと分かる。一つは「人々が共通の文化を持っていること」。人々がみな「これはいい」「これは新しい」とおもう共通感覚が必要。ドバイのように皆が違う言葉を話し皆が違う文化をもっていて、決っしてミックスしないところでは、「これが日本で流行ってるんだよ」とインド人に言っても「ふーん」で終わりである。また、この国は近代化が始まって高々10年。ぜんぜん歴史がない。もう一つは「(幻想でもいいから)人々の貧富の差がそれほどないこと」。昨今は日本でも所得格差が広がっていると言われているけれども、それでもいい家は買えないけど、その分いいレストランには行けたり、海外旅行にも行けるしブランド物の鞄を買えたりするだろう。しかしドバイでは貧富の差は目に見えて激しく、労働者やオフィスの中でも単純労働をしている者は一生そのままであり、そのことは彼らも分かっている。高額品やセンスのいいものは、この街に暮らす一部の人達の為のものであって、大半の人達には無縁なのだ。彼らは「何が流行りか」などということを気にする閑も金もない。こんな街だから、例えばドバイで作られる趣味のいい雑貨などというものは本当に少ないと思う。例えば日本では、雑貨屋などで「ねえねえ、これカワイイよー」「キャーカワイイー」などと言う客の会話があって、その隣の雑貨屋はこっちも「カワイイ」といわれようと思って必死になったりするのだろうが、ドバイでは「これがいまフランスでは流行ってるんだって」「へぇ~」と、インド人が会話しているという感じだ。物も人も文化も全て輸入品なのだ。要するにこの街には人々全体が共有する「洗練」がない。価値観がお互いに分かり合えない程あまりに多様化してしまっている。ボロい格好をしていてもここでは誰も言わない。もっとボロい格好をしている人はいくらでもいる。でもいい格好をしていても誰も何も言わない。自分達の仲間を一歩でたら、誰もあなたの格好が素敵だと分からない。しかし、ドバイは有名ブランドショップを次々誘致し、観光客を呼び寄せている。これは「観光客用」であり、また「今は住んでいるけど、将来帰る欧米/日本からの外国人用」であり、金持ちアラブ人の「ぜいたく無駄遣い用」だ。僕も何着かスーツとか靴とか買った。でもドバイでは着ない。着ても意味ない。日本に帰ったら着ようと思う。なぜ、人々が共通の文化を持たないのか?これはこの国の外国人管理政策と結びついている。これに関してはまたいつか書こう。買い物が楽しくなる為には、「民主主義」とかそういう政治的なことが如何に重要かということなのだけれど。
September 17, 2004
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先日「着うたって何?」って言う日記を書いて、その直後にこの日記を読んでくれている日本の知人から、「Patchiさん、着うたなんて着メロが歌になっただけなんですから、過剰反応しないで下さい!発想が2年ほど遅れてますよ!思わず笑ってしまいました」という忌憚のないご意見を頂いて、にわかに恥ずかしくなったのだが、それと同じことをまたやってしまった。僕の仕事に近しい、食の関係の仕事についている知り合いから、「いま栄養素では”リコピン”がブーム」とメールで教えてもらったのだが、僕は勝手に「リコピン」を「リピコン」と頭の中で読み替えてしまい、「"リピコン"って何....」と思い、ググってみたものの、7つしか出てこない。なので、その友人に「さすがに情報が早いね」と昨日メールを打ったのだが、よく友人のメールを読み返してみたら、ちゃんと「リコピン」って書いてあるじゃない....。検索してみたら、今度は2万件もあったよ(笑)。また赤っ恥かいた。もうウラシマ状態も極まった感じ。っていうか、老化現象? でも海外で一回こういう状態になっちゃうと、訂正してくれる人が限られるっていうのはあるのよね。そうよ、言い訳なんだけどね。今回はまぁ、気付いてよかったというか。なんか勘違いのあさってな内容の日記を流したり、知人にメールを書いたりしているのかもしれないと思い、非常に恥ずかしい。トホホが多いなぁ。
September 16, 2004
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昨日はドバイの悪口を書いて、この悪口はまだ続くのだが、それだけでも気分が沈むので、今日は耳寄り情報。ということで、夏のバーゲンが終わったばかりのドバイの冬のバーゲン情報!まだ期間が決まっただけで、サイトもまだ未整備ですけど、2005年1月12日~2月12日。↓ショッピングフェスティバルのサイトこの期間は、ホテルもフライトも混み合うので注意しましょう。しかし、僕はこの時までここにいるのだろうか....。早く日本に帰りたいのに! なんかダラダラ延びそうな予感...。
September 15, 2004
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ここ数日、また早朝に電話で叩き起こされる。電話は決まって空港から、要件は決まって「お前は○×▲か?バングラデシュ人の身許引受人か?」というものだ。機を同じくして二日前、ここの新聞に大規模売春シンジケートの摘発が報じられた。これは、全てドバイに仕事を求めて渡航してくる人々と、その動きに乗じて横行する詐欺や犯罪の話だ。その手口はこうだ。現地の元締めが、「ドバイに仕事(普通の)があるけど行きたい?」と持ち掛け、航空チケット代とそれとは別に30万円位の口銭を徴収する。そして飛行機に乗せ、ドバイまで取りあえず運んでしまう(普通、到着地のビザがないと出発地で航空券が発見されないが、この元締めは空港職員も買収しているのでOK)。さて運ばれた方は、「ドバイ空港に着いたら、XXXが迎えに来ているから。はい、これそいつの電話番号。」と言われている。しかし、ドバイに着いても誰も現れない。何時間も待つ。その辺の空港職員にお願いして渡された電話番号に電話してみるが、でたらめ(たぶんこれに僕の家の電話番号が使われている)。知らない土地で身寄りもなく、騙されたと気がつくがどうすることも出来ず、空港でさらに何時間も待ち、つかまるのか、と不安になる。そして、その不安が最高潮に達したところに、何も知らないような振りをして男が近づいてくる。「君たち、ここで何してるの?僕なら仕事を斡旋できるよ。入国も出来る。でもそれにはお金が必要だけれど、僕のところで仕事をすればそこから天引きしてあげるよ。」かくして売春婦が出来上がるのである。彼/彼女らは出国の時も大金を払っているから、2度搾取されるわけだ。彼らの国は、インド、バングラデシュ、中国が多い。僕の家の電話番号は、バングラデシュの元締めに勝手に使われているらしい。ドバイに外国人が住むには、労働ビザしかない(外国人は何年住んでも市民権は与えられない)。仕事のない外国人は(一ヶ月間の観光ビザを除いては)強制退去。そして労働者の権利は厳しく制限されている---労働組合の結成は死刑。売春婦が「騙された」と警察に泣き込んでも、「じゃあ帰れば」と言われるのみ。おそらく元締めは彼女らと労働契約を結んでおり、彼女たちの稼ぎを「給料」として報告している。なにか問題が起こったら、元締めはその人をクビにするだけでいい。仕事がなくなればその人はビザ剥奪である。大使館に逃げるのは有効だと思うが、かなり大金を既に払っている人達も多く、帰国の飛行機代を捻出するのも大変だし、メンツをこだわって国に帰らないパターンもあると思う。そしてイスラムでは禁止されている売春でさえ、ここでは「観光で世界から人を呼ぶには必要かもしれない」という理由で黙認されている。観光で来てもなかなか分からないこの国の現実。全て「労働」なのだ。今日もものすごい数の労働者が搾取されている。この国のきらびやかな繁栄はその搾取の結果である。今日も電話がなった。また搾取される労働者がドバイに着いたのだ。
September 14, 2004
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せっかく中東にいるのだから、自分の専門である食材に関して中東のものを纏めておこうとおもうが、これが舌の肥えた日本の皆様にご紹介できる物が実はあまりない。あまりないが、一応。・ざくろ(ドライ、グレナデンシロップ、濃縮果汁)---イラン・ドライレーズン/ドライアプリコット---アフガニスタン・ピスタチオ----イラン・ナツメヤシ(ドライ、ペースト)---イラン、オマーン、サウジ、UAE、イラク・ヘーゼルナッツ(実、パウダー、ペースト)--トルコ・エビ、マグロなど水産品---イラン・もも---イラン....やっぱりどれも地味だ。それとやはり日本に持っていくには、イメージとか品質管理体制(品質が実際にいいかどうかではなく、何か起こった時に対応できる「体制」)なので、実際直接口に入るものでもあるし現実的にはかなり難しい。たとえば、ピスタチオはイランの主要輸出作物の一つだが、近年発癌性物質が検出された。あとアフガニスタンのドライフルーツなんかは本当に美味しいのだが、日本市場に対応しているカリフォルニア産に値段も品質も見栄えも勝てるとは思わない。イランの水産物しかり。ナツメヤシは、コクを出す甘味料として使われたり焼酎の原料にもう実際使われている。これはまあいい。あと、イランのざくろは、数年前に日本でもブームになり、日本への輸出も増えたが今ではどうなのだろう?健康にもいいという触れ込みだったが、ざくろって癖があるし、なかなか日本での需要を増やすことは難しいかも知れない。グレナデンシロップもカクテルの色付けくらい?うーん...。さらに言えば、イラン最大のざくろ果汁工場のオーナーは、名うてのヤクザである。でもまぁ、これは余談。地味に美味しいのはイランの桃。これは平べったい桃で、世界の桃の「原形」と呼ばれていて、お菓子などに使うのに大変適しているという。これはこの辺では当たり前にあるのだが、日本にはなく、特別にどっかの農家が有名菓子店の為に作っているそうだ。いろんな問題点があるので、やはり高コストで外聞を気にする企業ではできそうもない。ならば自分で会社をたち上げてしまうか?!とも考える。人脈やノウハウは問題なさそうだが...。それにしても多分日本に持っていったら値段が高くて売れないものが多そうだ。だからコマーシャルなものに乗せるというよりは、ボランティアの色彩がつよい「フェアトレード」の一環として扱うのが適している、というのが取りあえずの結論。フェアトレード運動について、ちょっと勉強してみようっと。
September 12, 2004
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中東に現在住む人間として、やはりこの日はいろいろ考える。まず3年経って、まだ落ち着いて振り返るほど世界が安定してないのは全く驚き。やはりこの日を境に変わってしまったことはたやすく元には戻らない。以前にも書いたが、9月11日という日について正確に認識してみる。1922年9月11日に、バルフォア宣言に則り、イギリスがパレスチナ委任統治を宣言し、ここに今迄続くパレスチナの悲劇が始まった日であること。あと1990年9月11日に、前ブッシュ大統領がイラクに対する戦争行使(=湾岸戦争)の決定を発表している。ムスリムにとって、この日は象徴的な日であるかもしれない。いろいろ悲惨なことがこの3年起こっているが、僕的に考えるのは下記の点。(1)国から個人への流れこれは「一人一人が手を繋げばどんなことでも出来る」といった理想郷のことではない。人を大量に殺す軍事力を持っているのは国だけではなく今や個人であること。さらに、その個人からの攻撃に対し、国家が完全に我々を守ってくれるわけではないこと。(2)世界は一つということこれもネガティブな意味。自分の知らない理由で、突然自分が殺される可能性があること。世界の反対側で起こっている動きをキャッチしていないと殺される。(3)ずいぶん簡単に人というのは死ぬ(殺される)のだなということ。あのビルにいた数多くの人、アフガニスタン/イラクで死んだ両陣営の人達、世界各地でテロの犠牲になった人達、全くみんな普通の人達で殺される理由なんて全くない。この人達が死ぬのは、まるで草原でシマウマがライオンに殺されるかのよう。全く日常で不条理な話。これが人間が手に入れたかった「自然」なのか?さらに、イラクの戦争で「死者数百人」とかって報道されると、じゃあ一年間に自殺で3万人も死ぬ日本っていう国はいったいなんだ、と思ったり。(4)我々は生きているだけで、自分の仲間(人間)ですらおとしめて惨めな思いをさせているかもしれないのだな、ということ。この事件はいろいろなことを透かして見せてくれたことは確かだと思う。「ビルが壊れて巨大な鏡が見えた」と言ったのは中沢新一だが、一応西側にいる僕たちも自分達のことをよく考えてみる必要がある。僕はドバイで暮らして、あまりに日本や欧米のメディアが偏っているというのを目の当たりにしている。大国の論理だけでなく、日々の報道においてでさえ、世界から「ニュースバリューがない」とか「受けが悪い」という理由で無視されている地域や人々が沢山いる。人々をテロに駆り立てるのは、自分達が無視されて、プライドをいたく傷つけられたから。問題は貧窮じゃない。ビンラディンもその他の首謀者も、金持ちの家出身であったり、エジプトでいい教育を受けた人間ばかりだ。重要なのはプライド。ビンラディンは、世界中の人を「死」という恐怖の元にむりやり平等にしたのだ。ニューヨークのビルの中にいても、アフガニスタンの穴ぐらの中にいても同じだぞ、と。愉快でしょうがないだろう。僕たちは、彼らのこの「長い間バカにされつづけてきた」という憎しみをどうやって共有できるだろうか?あまりに偏った情報で作られた偏った認識で彼らを色眼鏡で見ていないか。自分がマジョリティの中にいても、マイノリティが何をされてるか知ろうとしているか。
September 11, 2004
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今日は休みの日。遅い朝にゴソゴソ起き出してシャワーを浴び、下に下りていってスタバで朝飯を食べる。休日に朝飯を作るのがめんどくさかったからだが、結論として朝からバター多めのクロワッサンを食べるのは失敗だったかも。ロシアが危ないことは分かっているのに、知人が2人もロシアに旅行していることがゆうべ判明。一人は会社の先輩で仕事だからまあいいが、もう一人は学生時代の友人とその会社の先輩である。「なんかあぶないけど、いってきま~す!」などというノーテンキなメールを当方に送って旅立ってしまったが、大丈夫なのか!まあ、別に心配する義理もないが。スーパーに行った帰り道に、日本人から声をかけられる。観光で来た女性二人組。「ここ(某ショッピングセンター)のお店ってずーっと閉まってるんですか?」「あ...今日金曜なんで...。夕方から開きますよ」「それまで観光するところってありますか?」「外は暑いし、ないですねぇ。昼は暑いし、街は夕方からだし、それまで体力温存の意味でホテルのプールかなんかで休むのも手ですよ」「でも深夜に着いて、いままで寝てたんです」「.....」などというシケた会話を10分ほどする。どうもありがとう。あなたたちにたいした情報はあげられなかったけれど、あなたたちと日本語で雑談できたおかげで、この退屈なドバイに暮らす僕にはたいへん気分転換になりました。あなたたちは気付いてないでしょうけどね。日本は残暑がきついもののもう秋らしい。こちらは、まだ最高気温40℃。まだまだ暑い。日本から持ってきた豆腐ようを食べながら梅酒を飲んで本を読む。
September 10, 2004
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今日はよしなしごとです。東京は雨が多いみたいですね。いいなぁ、雨。1)ブログについてしかし、この楽天には毎日ものすごい人達がブログを書き込んでいるわけである。この情報のストックはものすごいと感じる。僕の商売は某食材だが、例えば製菓関係の方たちがどういう所から材料を調達しているか、大手の業者の名前を2,3入手できる。もちろんその上の卸まではなかなか分からないし、地域的に全国を網羅するほどの情報は集めるのに時間がかかるだろうが、なんとなく日本で何が起きているか想像を付けることくらいのことは外国にいても出来そうだ。しかも、その人達にメールで質問が出来ると来ている。僕は例えばこの日記で知り合った人に自分の商品を売る、ということはなかなかしづらく感じるけれど、いろんなことを教えて頂けるとしたらこれはとても頼りになる。このネットワークインフラは今更ながらすごいと思う。特に僕は(自己顕示欲の旺盛な人間の多い僕の会社にはめずらしいのだが)、大勢の中で存在感を示すのは全く苦手で、一対一のコミニュケーションにこだわってそれを広げていきたいと思っているけれど、このメディアはそれに非常にしっくりくる印象が致します。まだROMが多いですけれど、みなさんよろしくお願いします。2)ゴルフについて今度来る客はゴルフが好きなことを思い出した。あ~ユウウツ。僕はゴルフが大っキライ。キライだから当然ヘタである。なんとか逃げられないものか。「Patchi君、このスコア、ボーリングだったらよかったねぇ、ガハハハハ」ということにまたなるのか?その社長の口癖は「人生は3オン2パット。バーディーなんて欲張ったらアカン。だけど18ホール、全部3オン2パットで通すのはいかに難しいか、なぁPatchi君。」僕はこの人生訓は実はキライではないのだが、3オン2パットをなかなかしたことがないので、完全に社長のいうことを理解できないことが悲しい。3)イスタンブール昔のブルータスのトルコ特集を持ってきていたことに気付き、引っぱり出して読んでみる。いいなぁ、ドバイみたいな田舎と違ってイスタンブールには洗練があるな。早く行きたい。ゲランのエステが5千円で受けられるらしいが、これは女の子だけだよね...やっぱり。4)ロシアテロまったく、このテロはいったい何?なんのメッセージもなく、ただ人を殺したいだけかよ?しかも子供をさ。いったいどうなってるんだ。この事件はちょっとショック。しかし、この学校テロ、飛行機自爆、ジャカルタのテロ、もうホントに日常のことになった。僕たちはホントに感覚が麻痺したな。
September 8, 2004
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東京の本社より、日本人のお客さんの接待の注文一つ♪....かしこまりで。このお客さんは昔僕が担当していた会社の社長さん。ご夫妻でヨーロッパに旅行する帰りに中東によってくれるという。駐在員にとって、昔のお客さんが遊びに来てくれるというのは、なんとも嬉しい出来事です。普通のお客さんよりは丁寧にご案内しようと思います。今回はご夫妻ということで夜の接待も軽そうだし、楽、ラク。でもドバイに住んでいる僕にイスタンブールを案内せよという。しょうがないので、ここのパートナーの会社のトルコ人にいろいろ聞いてアレンジ開始。僕はイスタンブールは住んでいないのでよく知りません、なので「お客さんに失礼があってはいけないので」という理屈をフルに使って、普段より高級なホテルとかレストランなんかを本社の経費で予約♪そして僕は「失礼があってはいけないので」、また奥様がベジタリアンなので「念のため」1日前からその高級ホテルに泊まって、観光ルートやレストランのメニューの下見♪いいねぇ、こういう仕事。調べてみたら、イスタンブールは休日の方が平日よりもホテルの値段が安い!お客さんが滞在するのは休日なので、ボスポラス海峡のFULL VIEWの部屋を格安で押さえることが出来た。車のアレンジなど次々完了。せっかくの出張なので、仕事もしようかな...と思い、KONYAという街に行こうかな、と思いつく。ここは僕の取引先候補があるのと同時に、イスラムスーフィズムのメブラーナ教団の本拠地である。この教団は、特別な衣装を纏い、くるくるクルクル回りながら踊り、神との合一を成し遂げるというもので、以前ロンドンで海外公演を見たことがあった(80'Sの音楽がお好きな人は、B.FerryのWindswept"のビデオクリップに出てきた舞踏団というとお分かりだろうか)。仕事もあるし、ついでに出来たらこの教団の舞踏を本場で見てみたいと思ったわけだが、調べてみると、その踊りは12月しかやっていないというので、断念。でもどうしようかな。行けたら行こうかな?
September 7, 2004
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早朝の便で帰国、ちょっと家で休んで午後会社に行く。僕の会社はもうすぐなくなるのだが、パートナーの会社の担当者の部屋に行って、ちょっと話す。僕は、僕を派遣した親会社が僕の処遇をもう決めていること、そしてそれは今迄の海外での仕事ではなく、国内の仕事であり、もう日本に帰ったら彼と連絡を取り合うこともないことを話す。いろいろあったけれど、それでも僕と数年間一緒に仕事をした彼は「ずいぶん手際がいいんだね」と多少がっかりした様子だった。彼はトルコ人で、今はドバイで僕の相手をする、つまり海外からの買付をやっているわけだが、その前は某中央アジアの小国で国内流通の責任者だった。彼の功績で彼の会社は流通の近代化をその国で始めて成し遂げ、大きな成功を実現した。しかし会社はオーナー企業で彼はオーナーファミリーではない。権限は限られる。彼は僕に言った。「Patchiと俺はほとんど同じ境遇だった。権限は無くて自分で何にも決められない。情報を収集して上に具申するだけ。ただPatchiは親会社のものしか扱えなかったけれど、俺はいろいろ調べて学習することができた。その点ではPatchiは可哀相だったな。」「だけど、国内商売っていうのは、こうやってパソコンの前にずーっと座って力んでいるのとは違って、お客さんのところとか現場とかいろいろ出かける機会があって、それはとっても楽しいんだよね。きっとPatchiも新しいポストは楽しいと思うよ。俺も楽しかった。初めてあの国でトラックの物流網を作ったんだ。昔からいる問屋とかの抵抗もそれなりにあったけど、問屋が自分の希望通りの物流をやってないから自分でやるしかなくて、彼らを説き伏せたり。海外やって、国内やって、両方やって、それでいいんだ。多分Patchiは日本に帰ってもいろいろ出来ると思う。」彼はこれを話したいみたいで、一方的にしゃべった。多少慰めてくれたんだとも思うが、僕は聞いていて涙が出そうになる。日本よりもかなり遅れた国にいるこのパートナーの会社の人達は、しかし、しっかりプライドを持って仕事をしている。かなり厳しいことも言われ、結局僕の親会社は会社を閉めるわけだが、この人達は決して悪い人達でもいい加減な人達でもなかった。なんで、うまくいかなかったんだろう?日本に今でも帰りたい気持ちはあるが、せめて何が悪かったのか、ちゃんと関係者間で確かめて置きたい。帰ったあとのことも大事だ。昔、「こんな仕事、ずーっとオフィスに座ってコンテナの位置ばっかり調べて先方に連絡して、全くつまらない。もっと外出してお客さんと話がしたい。」と言って、別の会社に移った友達がいた。彼女はその後、希望通りのポジションに就けたようで、「お客さんのところに外出することも多くて、とても満足!」と言っていた。僕は一体何が出来るのだろう?彼女のようにいきいきとなれるだろうか?ここで学んだことは沢山あるが、生かせる場があるだろうか?文句や愚痴ばかり言ってきたけれど、ここでの別れも迫っている。ちょっとツライ。
September 4, 2004
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ここ1週間くらいずっと続いていた船会社とのケンカ終結。というか、こちらが強硬手段を使う。船が接岸するまでは猫なで声で神妙にし、船が岸に着いて逃げられなくした途端に船長を(ここでは言えない方法で)脅し、船を自由にする。香港にいるお前にはなにも出来まい。弱腰の日本人だと思ってなめるなよ。社会に出てよく言われることは「答えは一つではない」ということ。これは受験勉強ばかりしてきた人間に対しての戒めとして使われるけれど、もう一つ意味があると思う。それは「答えを一つにしたくない奴が多すぎる」ということ。要は勝つか負けるか、脅したり脅されたり。今は法令遵守が声高に言われているけれど、弱腰でいるということとは訳が違う。卑怯な奴には鉄拳制裁があるべきと個人的には思う。しかし、同時になんで通常のことをするのにこんなに手間がかかるのかと思う。こちらは普通に仕事をしたり、仕事をしてほしかったりするだけなのに、もうちょっと少し金をせびれるかと思ってダメモトでこちらを脅してみたりする輩が多すぎる。お互いに疲れると思うのだが、向うはどうなのだろうか?やはり日本人はスタミナ不足なのか。途中で諦めるのは負け、と分かっているから勝つまでケンカは続けるが、それにしても買っても負けても疲れる。今日は日本出発の日。空港で大声でケータイにがなりちらす。回りの人は引き気味。ヘタクソな英語だし、だけどケンカなので大声を出す必要もあって、とても恥ずかしい。
September 3, 2004
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こんにちわ。Patchi @ Ritz-Carlton大阪です。ここはいいホテルだな。あたりまえか。「ツマガリ」のチーズケーキがタイヘン美味しいことを発見しました。ロールケーキも美味しい。スポンジが絶品!関東にはないのかしら?今日、ホテルから出て噴水の横に座り、隣のハービスっていうビルとそこから通じる梅田の地下街を眺める。昼時にはサラリーマンやOLさんの集団が湧き出てくる。夜には、トイメンの梅田ダイビルで11時頃まで残業している人達をボーッと眺める。あーあ、なんか懐かしい。ほんの数年前には僕もこういう世界にいたのに。なんか定年後に所在がなくなるサラリーマンの気持ちがちょっと分かる。一人ぼっちでドバイの倉庫の一室に仕事場が移ってもう足掛け3年になる。キレイなオフィスなんて仕事の実績には関係ないと分かっていても、なんとなくうらぶれた気分になるし、誰も来ないからちゃんとした服装をする必要も無く、もうしばらくスーツもネクタイもしていない。だけど僕は今でもサラリーマンである。このままでは日本に帰った時、社会(会社)復帰が出来ない気がする。というか、ドブネズミ集団にいながらにして、なんか仲間はずれにされているような、妙な疎外感を味わう。今日の日記はサラリーマン根性むき出しでお叱りを買うかもしれないが、自分が経営者なら別だけど、ドバイの倉庫の一室でクサい飯食うのにもそろそろホントに飽きてきた。やっぱりできればいいところ(場所とかオフィスの雰囲気とか)で働きたいものだ。なんかやる気とかプライドとかが違う感じ、僕は。梅田のオフィス街で雑感なり。
September 2, 2004
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今日の午前中はポカっと時間が空いたので、天保山にある「海遊館」にジンベイザメを見に行く。平日の朝一で行ったせいか、学生さんのカップル以外にそれほど混んではいない。ここの売りは、真ん中にある大きな吹き抜けの水槽で、高さは4~5階ほどもあるだろうか、その中にジンベイザメとかマンタとかマグロなんかが泳いでいる。その水槽を取り巻くように螺旋状に通路がある。僕は一番下までどんどん下りて、誰もいない通路に座って水槽とその底の白い砂を眺める。見上げると、数十メートル上に水面の明るい光が見える。昔石垣島の海に潜った時、海底は深く流れも速いポイントだったので、僕たちは根から離れないようにして海中に漂っていた。体の左側には根の壁があるのだが、台風の後で透明度は低く、右/下/前/後ろは何も見えず魚もいなくて、紺碧の海があるだけだった。僕はその時、根の反対側の何もない海をしばらく見つめたあとで、このまままレギュレーターもマスクも取りさらって海の中に飛び込んでいったら、いったいどうなるのだろう?と発作的に考え、どうしてもそれをやってみたくなってしまったことがある。死ぬんだろうけど、ホントかな?そしてそれは苦しいんだろうか?ひょっとしたら実はその向うに、とても甘美で楽な世界があるんじゃないだろうか?その後、船の下まで戻ってきた我々は皆まだエアをだいぶ残しており、ガイドさんは「じゃあ皆さん自由行動です。エアがなくなったら、私に伝えてから各自船に上がってください」と身振りで我々に伝え、自由行動になった。僕は珊瑚の死骸が白く積もっている海底に行き、仰向けに寝転んで水面を見ながら、自分の吐いた息が大きくなりながら上がっていくのをぼんやり眺めていた。自分の息以外、聞こえる音はない。水面ではユラユラ光が揺れている。僕はまた、このままずっとここにいたらどうなるんだろう?と考えた。やっぱり死ぬんだろうけれど、なにかもっと「永遠」のようなものを得ることが出来るんじゃないだろうか?それにしてもなんでこんなに怖くないんだろう?僕は別にジャック・マイヨールを気取っていたわけではない。本当にそう思ってしまったのだ。その夜、ダイビングショップで皆でビールを飲んだ時に、「Patchi、今日なにやってたんだよ。上向いてマレスのよさを確かめてたの?」と聞かれたので、僕は正直に感じたことを友人たちに話してみた。そうしたら男の先輩は、「ああ、そういうこと、俺も考えたことあるよ」と言っていた。しかしそこにいた二人の女の子は、「ぜんぜん分からない。死んだら全部終わり。」と言って分かってくれなかった。自然の中に入ると「生」とか「性」とかを考えるチャンスがとっても簡単に手に入る。「海遊館」の水槽の底は、そんな海底の記憶をちょっと思い出させてくれた。普段は混んでいるようですが、空いている時に行くのがねらい目です。
September 1, 2004
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