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ここ数年、大河ドラマをまじめに見ていなかったのに、このハマりよう。まさに「新選組!」以来です。しかも同じ幕末だし。特に幕末フリークなわけではないのですが・・・。時間があれば、18時からのハイビジョンを見て、更に20時からの総合も見るという熱の入れように、自分でも不思議なのです。宮崎あおいの魅力なのか、ストーリーそのものの面白さなのか、もうどちらでも良いのですが、どちらでもあるのでしょう。しかも、ここ数回はいつも涙なくしては見られないんですけど!今日はついに於一が島津本家の養女になり、今和泉島津家の家族と別れる回です。「女の道は一本道。引き返すのは恥にございます。」と、於一に説いて聞かせて、この世を去っていった菊本ですが、城に上がる前夜には於一の夢枕に立ちます。これからは魂となって、姫様をお守りすると。於一のこれからの「引き返せない一本道」は、本人も全く想像もつかない波乱万丈の道が待っているわけです。島津本家の養女どころか、まさか本当に「日本一の男」(ある意味で・・・)の妻になっちゃうのですから。これからは、好奇心旺盛で、のびのびすくすく暮らしてきた於一が、篤姫となり、将軍家定の御台所となり、いつもあのキラキラした笑顔でばかりはいられない日々になっていきます。でも、そんな篤姫を心の奥底で支えるのは、故郷・薩摩で過ごした輝いた日々と人々だったんじゃないのかな、などと想像を膨らませています。ところで。お互いに交換したお守りを、籠の中と外で見せ合い、その籠を尚五郎が見送るシーンの最後のあたりから流れた音楽。これまでと、ガラリと雰囲気が変わり、これからの波乱の道のりを予感させるような曲になりました。効果的な音楽は、良いドラマを力強く支えるのですね。「新選組!」の時もそうでしたが、今回の音楽を担当している吉俣良という人(実は、鹿児島県出身らしい)も良い仕事をしそうです。ん?待てよ?これは「組!」に例えると、「多摩編」の終わりにあたるのかも。そう。「西へ!」の回のあたりです。(で、「お守り」は「コルク」ですかね)激しく動く時代の波をなんとなく感じつつ、自分は将来どうなっていくんだろう?なんて考えていたのは、江戸も薩摩も、土佐も長州も同じだったんですね。時々、「組!」を見返しつつ、「篤姫」も平行して楽しむというのも一興かもしれません。ところでこのドラマの樋口可南子さん、本当に素敵です。長塚京三さんと良い夫婦、良い両親という感じで。この両親のもとになら、宮崎あおいちゃんみたいな素直な良い娘が育つのも道理だと、自然に思わせてくれます。これからも、時々姿を見せてくれると良いなあ。
2008年02月17日
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大阪フィルハーモニー交響楽団 第45回東京定期演奏会指揮:大植英次場所:サントリーホール曲目:ラヴェル 道化師の朝の歌 ガーシュイン ラプソディー・イン・ブルー ピアノ独奏:小曽根真 ベルリオーズ 幻想交響曲日曜午後のサントリーホールでの演奏会は、私の記憶では初めてかもしれません。そういう意味で、今日は初めてづくしの演奏会。曲が全部知ってるもので良かった・・・。大フィルの演奏を聴くのは初めて。(おそらく、録音も生も含めて全く初めて)大植英次の指揮も初めて。そして、サントリーホールマチネも初めて。マチネのせいか、客層が微妙にいつもと違うっぽい。それとも、大フィルなので、大阪方面からの追っかけさんもいるのでしょうか?小曽根真のラプソディー・イン・ブルーが聴きたくて取ったチケットでした。去年のラ・フォル・ジュルネでの演奏があまりに素晴らしく、また聞きたいと思ったわけです。(その時は、井上道義指揮の都響でした。)ふと思ったのですが、これでメインが幻想ではなくベト7かブラ1だったら、まるで「のだめコンサート」ですよ!全く余談です・・・。大植さんの熱い(若干暑苦しい?)指揮に、時々こみ上げる笑いをこらえつつ聞いていると、フランスものとは思えぬ熱いラヴェル。朝の歌にしては、暑いぞ。これは、真夏日の朝?「朝から都心は30度です」みたいな。フランスというより、むしろスパニッシュ系。まあ、リズムも少しスペインっぽいしね。そして更に熱いガーシュイン。小曽根さんのピアノの音は、いつ聞いてもなんだか不思議に丸くとげがない。なのに、自己主張がある。音色が、ジャズっぽくないですね。むしろクラシックっぽい。すごいアドリブの連発で、「このソロいつ終わるんだろう~」ってあの世でガーシュインも思ってたかも。時々空を見上げるようなしぐさで、間を取ってアドリブソロを弾く小曽根さん。もしかして、あの世のガーシュインと「交信」してた??あるジャズミュージシャンの方に「なぜ、初めての曲でもコードを言っただけでセッションできるのですか?」という素人丸出しな質問をしたことがあります。その方の答えは、とても分かりやすいものでした。「外国語で会話するときに、その言語の基本的な文法も何も知らなかったら、会話できないでしょう?ジャズにはジャズの文法があるのです。それが、さまざまなコード進行です。プレーヤーたちは、そういうジャズの文法を知っているので、初めてでも会話できるんですよ。更にアドリブをどんどんやるには、自分の中の(音楽の)引き出しを増やしていく必要があります。」小曽根さんのアドリブがバラエティ豊かで自己主張がきちんとあるのは、彼がジャズの文法をちゃんと知っていて、音楽の引き出しもたくさん持ってるから。ジャズって、感情の赴くままにアドリブやってるわけではないんですよね。すごいなあ。大フィル&大植英次とのセッションだったせいか、去年の都響&井上道義とのセッションよりも、濃い感じでした。(若干くどい?とも言えなくない。)この暑苦しさ(?)のまま、休憩をはさんで幻想。アヘン中毒男の妄想の物語なので、この大フィル&大植の音の厚みとかちょっと大げさな感情表現も、ピッタリだったかもしれません。万雷の拍手に何度も呼び出されては袖に戻っていく大植さんは、手を大きく広げて客席に挨拶したりして、ちょっと「教祖」っぽい(笑帰りの地下鉄の中で、大フィルの定期会員募集のちらしを見ながら「これちょっと聴いてみたいね。でも、大阪まで行くのは無理か~。」などと話していると、「大植さんの大フィルは、大阪まで聴きにいく価値ありますよ!今日の幻想の4、5楽章も素晴らしかったですね!・・・」と、突然目の前に立ってたお兄さんが話しかけてきました。きょとんとしている私たちに、「大植の大フィルがいかに素晴らしいか」を短い時間ながら熱く語って去っていきました。・・・ちょっと引いた・・・。良かった~、今日の演奏についてヘンなこと言ってるときじゃなくて。なんか客層が違うと思ってたのは、こういう熱心な「信者」さんたちがたくさん来ていたからかもしれませんね・・・。佐渡裕と大植英次って、ちょっとキャラかぶってるかも。しかも、どちらも関西拠点に仕事してるし。どっちもバーンスタインの弟子だし!!暑苦しいのが苦手な私は、この人たちの演奏はよほど曲を選ばないと聴きに行かないかもなぁ。演奏の良し悪しとかではなく、ほんとに単純に好みの問題です。(ファンの人、ごめんなさい。)ちなみに、同じ時間にオーチャードホールでは樫本大進が東フィル&ハーディングとチャイコのヴァイオリンコンチェルトをやっていました。知ってたら、そっちのチケット取ってましたよ・・・!!でも、総合的に見て(聴いて)、初体験・大フィルには悪い印象はなかったです。同じ日本なのに、国が違うみたいにカラーが違うんですね~。面白いです。
2008年02月17日
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東京オペラシティコンサートホールでの東フィル定期曲目:マーラー 交響曲第6番「悲劇的」指揮:ダニエル・ハーディング一度この若きマエストロの音楽を聴いてみたくて、たまたま入手したチケットで、何の予習もなく、それほど親しみもないマーラーの6番に挑戦しました。79分。当然休憩なし。最後まで耐えられるだろうか?結果としては、2楽章ですこ~し意識を失ったものの(ゆっくりの楽章ですからね・・・。しかも仕事終わりに駆けつけてるわけで、と言い訳。)あとはずっと目も耳も冴えていました。マーラーの6番は「悲劇的」というサブタイトルがついていることは知っているものの、それ以外の知識は全くなく、プログラムで慌てて予習。最近の東フィルさんのプログラムはほんとに詳しくて素晴らしいです。先日のブラームスに続き、これも保存版。なるほど、「死」を強く意識した曲なんですね。バンダでカウベルあり・・・。ん?カウベル?あの~、スイスで牛さんの首についてるカウベル?なんだかのどかだなあ。で、4楽章でハンマーあり。慌てて仕入れたので、この程度の予習しか出来ず、演奏に突入。しかし、出だしからいきなり強烈な迫力にわしづかみにされます。なんじゃこりゃ??と耳をすましているうちに、どんどん曲は進みます。なにしろ初演を聴く聴衆の気分(要するに全く聞いたこと無い)なので、1回聞いただけじゃどんな旋律も覚えていられません(爆なのに、音楽の輪郭というかフォルムはなんだか強烈に印象に残っています。あと、カウベル。牛の首にぶら下がってるのんきな音ではありません。まさに、葬式の行列の鐘のような音。それがいつまでも耳に残ります。こんな悲しく侘しいカウベルは聞いたことありません。マーラーの曲は、最後は神のもとに昇天していくようなイメージで締めくくられることが多いように思うのですが、(私の少ないマーラー体験から)この曲だけは最後にただただ絶望的な気持ちが残るような感じでした。弦楽器の最後のピアニッシモのピチカートのあと、ハーディングもオケもぴたりと動きを止めて、30秒近く棒も弓も下ろされず。その間、聴衆は息を止めて余韻に浸っていました。(余韻に浸るというか、最後を見届けた感じかも。)先走ってブラボーとか言う人がいなくて、ほんとに良かったです。そしてその後はブラボーの嵐。ハーディングは何度も引っ張りだされましたが、ちょっとさすがにぐったりというか、力を出し切った感がありました。それにしても、まるで初演を聴きに行った聴衆のような私の耳をも最後まで引き付けたあたり、まだ30歳そこそこの若きマエストロ・ハーディング。こいつはただものではない予感です。20代の若さでベルリンフィル他世界の名オーケストラでタクトを取ったのは、決して話題性だけ(若くてイケメンの才能がちょっとある指揮者)ではないようです。日本のクラシック界は、昨今イケメンブームらしいですが、本場はそれだけで盛り上がるほど甘い世界ではないでしょうから。今後も機会を見つけて、彼の演奏を聴きに行きたいものです。ただ、東フィルとは相性が良いのか微妙。それとも東フィルがイマイチだったのかしら?なんだか、今日は音程もところどころ不安定でした・・・。
2008年02月14日
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私は宇宙飛行士が好きです。どうして、と言われても困るのですが、憧れの人はエンデバーに搭乗した毛利衛さんです。ご縁があれば、嫁にしていただきたいくらい。宇宙から帰還した人、あるいは宇宙へ行く人は、どうしてみんなあんなに穏やかな顔をしているのだろう?「宇宙飛行士に選ばれたエリートだぜ!」「宇宙で一旗挙げてくるぜ!」(?)みたいな感じは全くない。日本人だけ見ても、毛利さん、向井さん、野口さん・・・みんな穏やかな感じ。そういう人が選ばれるのか、そういう顔つきになっていくのか。タイトルの「ウェイクアップコール」とは、スペースシャトルのクルーに向けて、ヒューストン管制センターから送られる「目覚めの音楽」のことだそうだ。本人の希望の曲のこともあるし、地球にいる家族、恋人、地上スタッフからのプレゼントのこともある。日本人宇宙飛行士・野口さんのウェイクアップコールがSMAPの「世界にひとつだけの花」だったのは結構有名な話かも。宇宙の映像あるいは宇宙から見た地球の映像に合わせて聴く音楽は、よく知ってる曲なのに、なんだか違う曲に聞こえる。「美しく青きドナウ」「イマジン」「スター・ウォーズ」「What a wonderful world」・・・。どう違うのかと聞かれても困るけど、なんだかより美しく聞こえる気がする。もし自分が宇宙飛行士になったとしたら、何をウェイクアップコールにしてほしいだろう?あり得ないけど、そういう想像をするのも面白い。9.11で、貿易センタービルから立ち上る煙を撮影した宇宙飛行士も、地球帰還寸前の事故で爆発したコロンビアに乗っていたイスラエル人初の宇宙飛行士も、最初は自分の国に対する思いや、民族としての誇りを持っていたのに、次第にそれが「地球というひとつの星に住む人間」としての感情に変わっていくのが面白い。宇宙飛行士たちがみな穏やかな表情をしてるというのは、宇宙空間から自分たちの星を見つめることで、何だか得体の知れない大きな存在(「神様」と言えるのかも)を感じずにはいられないからなのかもしれない。いっそのことテロリストと、テロリストに狙われた某国大統領をひとつのシャトルに閉じ込めて、宇宙に行ってきてもらったらどうだろう?争っていることがばかばかしく感じることだろう。その場合、ウェイクアップコールにふさわしい曲って、何だろうな?NHKって、油断してるとこういう良い番組をやってたりするので、要注意だわ・・・。実は去年ハイビジョンでやった番組を少し短く編集したものだったらしい。再放送しないかな。完全版で。
2008年02月04日
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数年ぶりの大雪の中、池袋までのこのこ出かけて行きました。チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ショスタコービッチ 交響曲第5番指揮:尾高忠明ヴァイオリン独奏:二村英仁演奏:読売日本交響楽団会場:東京芸術劇場大ホールものすご~く久々(5年以上振り?)に聴く、読響の演奏。以前聴いた時は定期会員だったのですが、とてもムラのある演奏をするオケという印象で(爆)。今日はとても安心して聴ける演奏だったように思います。チャイコのヴァイオリンコンチェルトは、子供でも知ってるような有名な曲。華やかでロマンチックでかっこいい曲です。(初演時は大変不評だったそうですが。)本日の演奏は・・・。正直退屈でした。このソリスト、初めて演奏を聴いたのですが、普通に上手いヒトって感じで。曲が自分のものになってなくて、最後の楽章は結構いっぱいいっぱいな感じでした。いや、超難曲だっていうのは分かりますよ、ヴァイオリンを弾かない私にでも。しかし、仮にもお金を取って大勢の聴衆の前で「俺様の音を聞け!」って言うんだったら、もう少し曲を「俺様のもの」にして聴かせてほしいものです。「僕、ここまでがんばりました」っていう、発表会を聴きに行ってるんじゃないんです。都民芸術フェスティバルで、1800円という安いチケットとはいえ、お金払ってわざわざ聴きに行ってるんですよ。厳しいですか?でも、プロの演奏(しかもソリスト)を聴きに行ってるんだもの、それくらい望んでも良いでしょう?で、もう1曲。ショスタコービッチの交響曲第5番。音楽は、美しいものや喜ばしいもの、神様、哲学、愛・・・そういうものばかりを表現するものじゃないんだな~、とこの曲を聴くたびに思います。醜いもの、苦しみ、憎悪、抑圧・・・そういうものを表現するのも音楽なんだと思います。この曲の解釈についてはいろいろ分かれるみたいだし、私はそんなにショスタコービッチに詳しいわけではないのでなんともいえませんが、今日の演奏は聴き終わった瞬間に息が苦しくなるような鬼気迫るものでした。全楽章を通して、フルート首席の女性の演奏がとにかく素晴らしかったです。音量というより、響きがとても豊かで。3階の後ろから2番目にまでよく聴こえていました。1楽章のソロはほんとに素晴らしかったです。そこに絡むホルンソロ、1楽章最後のヴァイオリンソロがちょっと・・・なところがあったのが残念です。それはさておき。2楽章のスケルツォも、「スケルツォ」とは言うものの決して明るく楽しい気分になる曲ではありません。3楽章は、ところどころ賛美歌のような祈りの声のような旋律が聞こえます。問題の4楽章。「革命」という標題を後のヒトが勝手につけたくなる気持ちは分からなくはないです。標題音楽ではないと思って聴いていても、全体に流れる重苦しい気分や、何かと闘うような空気が感じられるのですから。最後の金管のファンファーレは、勝利の喜びに満ちたものというより、何か抑圧された、息苦しいものでした。この部分は、いろいろオケによって、指揮者によって表現が分かれます。私がこれまで聴いた記憶にある演奏では、華やかな喜びのファンファーレに聴こえたものの方が少ないです。今日の演奏は、弦楽器と木管楽器のリズムの刻みは、まるでモスクワの赤の広場に押し寄せる民衆の叫びにも聴こえました。その全部を含めて、圧迫されるような息苦しい空気をかもし出していたように思います。(指揮者の尾高さん、私の勝手な思い込みならごめんなさい。)標題音楽ではないとはいうものの、この曲の生まれた時代やその国の空気が影響しないはずはありません。聴き終わった後、つくづく「ロシアって、寒くて暗い国なんだなあ・・・」と東京の雪景色をみつつ寒い気持ちになりました。(同じ北国でも、シベリウスなどの北欧はもっと空気が澄んでキラキラした感じがするんですよね。)寒い気持ちになったのは、この演奏が成功している証拠かもしれません。演奏によって、聴き手にある感情や感覚を抱かせる(演奏への評価ではなく)というのは、その演奏に説得力があるからに他ならないと思うのです。それにしても、図らずもこの雪の日にぴったりな選曲でした。そして、もう少しこの曲について深く知りたいとも思えた演奏会でした。
2008年02月03日
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