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このブログを書いてるのは、実はすでに放送から4日も過ぎていまして。。。第48回の視聴率は29.2%だったとのこと。立役者はやはり、家定様ですかねえ。慶喜が恭順することになり、将軍でもなくなったということは、江戸城の表はだ~れもいない状態なんですよね。徳川幕府がなくなったら、表にいた男たちもどっかに行ってしまい、大奥の女性たちだけが江戸城に住んでいるわけです。護衛程度の男たちしかいない、女の城・江戸城大奥。どれほど心細く、異常事態だったか、想像するに余りあります。そんな切迫した状況で、事実上の「将軍」は天璋院だったと言えるのではないでしょうか。こんなとき、大奥のトップに立っていた天璋院は、前代未聞の出来事にどんな気持ちで臨んだのでしょう?人って、おそらく「これが仕事だから」だけで、その役割を全うできるほど、強靭な責任感を持ち合わせていないと思うんですよね。また、「自分のためだけ」に動くこともできないだろうし。「絶対に守らなければならない何か」がなければ、自分を強く保つことは難しいんじゃないかと思います。それが、天璋院にとっては「家族のため」。家定から任された「徳川家を守る」という大事な役目のため。薩摩の家族とも離れ、尊敬する父・斉彬も、夫も、息子・家茂も失った天璋院にとっては、血のつながりはなくても、和宮は娘だし、大奥の女性たちはみんな大事な家族なんですね。「守りたいのは城ではない。徳川の心。そなたのいるところがすなはち徳川の家なのだ。」江戸城に入って10数年、最初は幾島以外に心を許せる人間もなく、孤立もしてきたであろう篤姫が、「徳川家」という大家族の「母」になるまでの物語なんですね、このドラマは。城を出るけれど、自分は家族を持ったという確かな安心感も、天璋院にはあったのではないでしょうか?それにしても、家定の幽霊(?)を前にした天璋院は、すっかりあの日の「御台」に戻ってましたね。碁盤を挟んで心を通わせた、愛する夫を前にした、妻の顔。消えていく家定を「行かないで・・・!」っていう目で見るあおいちゃんは、演じているとは微塵も感じさせませんでした。絶対に、本気で「行かないで」って思ってたと思う。残すところあと2回。ある意味今回(あるいは次回城を出るまで)が最終回のようなものですね。こうなったら、総集編までとことん付き合います。ドラマが終わったら、宮尾登美子さんの原作も読んでみようと思います。
2008年11月30日
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ご存知「三国志」の赤壁の戦いを描いた、ジョン・ウー監督作品。中国語・中国文学専攻だった私としては、とりあえず押さえておかねば、というもの。昔、NHK人形劇「三国志」に夢中になったこともありましたし。「三国志」は吉川英治の小説で日本人には親しみが深く、吉川三国志の信奉者は相当数いることでしょう。または横山光輝の漫画か。吉川三国志は、明代の「三国志演義」という通俗小説がベースになっているはずですが、横山三国志はどうなんでしょうか?(読んだことないんです。)ジョン・ウー監督の「レッド・クリフ」は、おそらく「三国志演義」ベースと思われます。だって、曹操が所謂”悪者キャラ”になっていますから。そういう意味では、ディープは三国志ファンからは否定的な感想が多いかもしれません。しかし、「赤壁の戦い」だけを描いているため、主役が周瑜、サブで諸葛亮というのはうなづけます。私のかすかなイメージでは、周瑜は「神経質そうな美青年」なのですが、トニー・レオンだと随分穏やかな人格者な感じがします。むしろ、諸葛亮を演じた金城武のほうが周瑜っぽい?というのが第一印象でした。が、実際に観てみるとこの配役、かなりイケてます。全体的にイケメンキャラが多いですね~。孫権とかかなりファンになりそう。なんというか、「中国版ミッション・インポシブル」な感じ?ありえないくらいの派手なアクションシーンに拍手喝采です。お色気シーンも結構じっくりありますし、(必要かと言われたらかなり疑問ですが。)「痛快娯楽活劇」にカテゴライズされる作品でしょう。小説や漫画でしか想像できなかった、ヒーローたち(関羽、張飛、趙雲など)が動いているのが観られる、というだけでもジョン・ウーの功績(?)は大きいと思います。とは言うものの。長い。。。。長すぎる!!!145分ですか?不要なシーンや短くして良いシーンを編集すれば、120分くらいにはなるんじゃない?長いわりに、人物描写が甘い。悪役の悪役たる根拠づけとかが甘すぎます。あれじゃ曹操はただの残忍な独裁者、そしてエロおやじ。悪役が魅力的じゃないと、ドラマに深みが出ません。(曹操役のチャンフォンイーの演技そのものは悪くないんですが。)孫権の苦悩みたいなのも、描こうと思えばもっと描けたし、劉備があれじゃただの気の良い田舎のおじさん。曹操が「わらじを編むしか能のない男」とバカにするセリフがありますが、ほんとその通り!諸葛亮ほどの人がこんなおじさんに仕えてる意味がわかりません。私が諸葛瑾(諸葛亮の兄で呉に仕えている)なら「うちに来い!」って引き抜きますね。趙雲もついでに引き抜いちゃう。役者たちの演技が結構良いだけに、その描き方が浅くてもったいないです。しかし、三国志をそれだけ描きこもうとしたら、それこそNHK大河ドラマで1年かけてやるくらいの勢いじゃないと無理ですね。3時間弱の映画2部作ではとうてい無理。そういう意味では合格ではないでしょうか?そうそう!中村獅童!歌舞伎役者だけあって、殺陣のシーンは決まってました。中国語のセリフも、少ないけどよく練習してたんじゃないかしら?あと、金城武はやっぱり映画向きの役者なのね。フジのドラマではイマイチだな~って見てたんだけど、スクリーンで見ると映えますね!久々に三国志の世界に身をおいて、ヘンなことを考えてしまいました。蜀の面々って、なんだか新選組みたい。劉備、関羽、張飛が試衛館の3人(近藤、土方、沖田)で、趙雲が斉藤一って感じ。キャラは違いますけどね。一緒に観てた夫が「趙雲って、オダギリジョーだな。」って言ってたので、もしかしたら、同じような感想を持つ人は他にもいるかも?歴史上の人物を生き生きと、まるでその人自身が本当にそう考えていたかのように描く、というのは難しいものなんだと思います。日本人だったら、浅田次郎に小説化してほしいなあ。「蒼穹の昴」で、中国の近代史を小説にしたとは思えないくらいリアルなものを描いた彼になら、現代人が感情移入できるような曹操や孫権を描けるのでは?と思います。司馬遼太郎は三国志は扱ってないんですよね?ちょっと意外。北方謙三が三国志、水滸伝を小説化してますが、あまり彼の作品の第一印象が良くないので、いまひとつ手に取る気になれません。これを機に、久々に三国志関係を読み漁ってみようと思っております。
2008年11月29日
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指揮:サイモン・ラトル曲目:ブラームス 交響曲第1番 ブラームス 交響曲第2番会場:サントリーホール先日のオケの定演以来体調を崩していますが、この日ばかりはたとえ40度の熱があろうが、這ってでも行く!という楽しみにしていたベルリンフィルの来日公演の日でした。実は先日、友人夫妻がベルリンに旅行し、BPOを聴いてきたと自慢げに言っており、非常にむかついておりましたが、ベルリンまでのチケット代を考えればこの値段は安いもの・・・。(しかし、さらにむかつくことに、友人夫妻は貯まっていたマイレージで行ったらしい!!!)今回の来日公演は、ブラームスチクルスが中心。ブラームスの1番2番を一晩で聴けるとはなんと贅沢な。明日も聴けたら全部聴ける。でも、チケット代が!!!今日の演奏に関しては、細かい感想を述べる必要なんてないのかもしれません。あ~、ブラームスを聴いたなあ~、という満足感だけです。それでも特に気に入ったところがあるとすれば、ホルンのシュテファン・ドール!全くホルンは吹けない私ですが、魅了されました。1番2楽章のヴァイオリンソロ(今年が最後のシーズンとなる安永さんがコンマスでした。)との絡み。ホルンっちゅー楽器は、こんなに滑らかでしっとりした音を出す楽器だったのかと、目から鱗が落ちまくり。思い出すだけで泣けてきます。2番は、そういうホルンのやわらかい部分がたくさん堪能できた曲でした。また、管セクションの要となるのは、やはりパユ&マイヤーのゴールデンコンビだなあ、と痛感。この2人が音を出すと、ため息が出ます。。。あんなオーボエ聴いたことない。パユ様は、いつも演奏中に身体をよく動かします。身体をひねって後ろまで向くくらいに。あれは、実はその後クラリネットやファゴットとのアンサンブルがある部分だったんですね。ブラームスに限らず、フルートとファゴットの絡みは結構多いです。2番4楽章冒頭の弦楽器の旋律のあとに出てくるのもそうです。BPOが、団員の採否を(そして首席指揮者も)団員自らの投票で決める、珍しいオーケストラであることは有名です。このオケの演奏を聴いていていつも思うのは、弦楽器の後ろのプルトで弾いてる人まで全て「自分がこのオケの音を作っている」という自負を持っていることです。(今日は、ビオラの最後列の人から特にそれを感じました。)BPOに限らずオケのベースとなるのは、弦楽器です。そのBPOの弦楽器の音を作ってるという誇りとプライドをビシビシ感じます。先日観た「ベルリン・フィル~最高のハーモニーを求めて~」というドキュメンタリー映画の中で、ビオラ首席奏者の清水直子さんがおっしゃってたことを思い出しました。「”君の音なんて誰も分からないのに、なぜそんなに一生懸命やるの?”って夫に言われるんです。プライドの高い人なら傷つくでしょうね(笑)」そう。ビオラ1本の音なんて、誰も分かりはしません。コンマスだって、ソロでもない限りは10数本の中の1本。でもね、その1本が一人がテキトーなことをやってしまったら、オーケストラはぶち壊しです。濁った水に澄んだ水を一滴たらしても変化はありませんが、澄んだ水に濁った水を一滴たらすととたんに全てが濁ってしまうみたいなもの。(そういうことは、うちのアマオケでしばしば経験します(涙))彼ら彼女らにあるのは、そういうプロ意識なんだろうなあ。そして、ベルリンフィルという伝統を守り続け、発展させていかなくてはならないという自負。団員がオーディションし、決定するというやり方は、実は団員ひとりひとりにものすごい責任感のある方法だと思うんですよね。そんなことを思いつつも、この日の演奏を忘れないように、何度も何度も頭の中で反芻してしまいました。しばらくは、ブラームスを生で聴きたくないです。そうそう。ラトル氏は、2012年からの首席指揮者契約を更新することが、団員投票で決定したそうです。これでまたしばらくは、ラトル&BPOがどんなことをやってくれるのかワクワクして待ってしまいそうです。絶対にベルリンに聴きに行くぞ!
2008年11月25日
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待ちに待っていた、この人の再登場。天璋院だけではない、見ているこっちも「この人が来てくれたら、なんとかしてくれそう」な気になってしまいました。官軍の陣営に乗り込んでいき、「西郷吉之助殿にお目どおり願わしゅう!!」」と、お腹の底から響く声で挨拶されたら、戦支度中の男たちでさえひるんでしまうでしょう。今回の見せ場はやはり、西郷と幾島のやりとり。「天は徳川を滅ぼせと命じたのか、天璋院様をこれほどまでに追い詰め、苦しめよと!」涙ながらに訴える幾島の迫力に、さすがの西郷の心もグラグラ揺れているのがはっきりと解ります。それまで、慶喜以上にとらえどころのない感じだった小澤@西郷ですが、それまで抑えていたものがあふれ出したかのような迫力の演技でした。自分が尊敬してやまない斉彬公の娘であり、その婚礼支度までした懐かしい姫様。その姫様を自分が追い詰めようとしている。自分の中の矛盾に、今にも決心が崩れそうなのを、小松や大久保までも遠ざけることでなんとか保とうとしている西郷の決意が、ようやくわかったような気がします。結果的に姫様からのお手紙だけでは西郷の決意を翻させることはできず。最終的に総攻撃をやめさせることができたのは、山岡鉄舟の力が大きかったそうです。(勝海舟との談判の前に会談が行われたとか。)それにしてもかわいそうなのは、慶喜さんです。「新選組!」に続いて、「篤姫」でも頭は良いのにヘタレ将軍的扱いをされてしまいました。でも、実際どうだったんでしょうね?どうして自分だけ大阪城から逃げてきたんだろう?是非本心を聞いてみたいものです。「ほんとに錦の御旗にびっくりしちゃったの?」って。蟄居謹慎って、ただじっと座ってるだけなんでしょうか?お経を読むとか、何か自己批判させられるとか、そういうのはないんでしょうか?うっかり寝ててもバレないんじゃないの?とかいろいろ想像してしまいます。いよいよ次回、江戸無血開城へ。で、幽霊さん、登場です。幕末大河には、幽霊はつきものなのでしょうか?源さんと言い、家定さんと言い。なんでも良いんです。もう一度出てきてくれるなら。きっと篤姫様も思っていたと思うんですよ。幽霊でも良いから現れてくださいって。和宮様のところには、幽霊の家茂様が現れたのでしょうか?
2008年11月23日
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慶喜がなぜ「錦の御旗」に怯んで逃げてしまったのか?4年前「新選組!」を見た時は、少し不思議でした。だって、偽物かもしれないじゃん。疑い深くて頭の良い慶喜くんならそれくらい思いつきそうなのに。でも、今日ようやく腑に落ちました。水戸徳川家の出身の慶喜くんは、子供の頃から「尊王」の心を叩き込まれていたのですね。よもや偽物などと思いもしなかったのでしょう。彼の弱点を知る(?)岩倉の作戦勝ちだったわけだ。江戸に逃げ帰った慶喜に、天璋院との謁見を進める勝。本当に慶喜と天璋院が会見したのかは解りませんが、とても印象的な場面でした。侮っていた天璋院に全てを見透かされ、罵倒された慶喜はどれほどショックだったことか。そして静寛院のところへ一緒に行くことに。「尊王」の心を持つ慶喜にとっては、宮さまはどれほど畏れ多い存在か、押して知るべしです。その宮様が「慶喜の命を救いたい。宮様にもご協力いただけないか?」とお願いする天璋院を「母上様の仰せとあれば」と従うというのは、慶喜にとってはもうなんだか意味がわからない状態だったことでしょう。そんな慶喜を「徳川という家に集った家族」として、迎えてくれた天璋院。思わずひれ伏したくなる心情が、すんなりと伝わってきて、胸を打ちます。冒頭に、天璋院と静寛院がお茶をたてながら話をする場面を持ってきて、慶喜を「あの方を、あまり好きにはなれません・・・」と天璋院に言わせておいたのがこの場面で効いてます。好きではない男でも、家族である以上その命を助けなければならない、その母上の覚悟のほどを見た嫁は、慶喜と同じくらいに心を動かされたことでしょう。あんなに深く頭を下げた宮様を初めてみたように思います。家を守る、なんて今の時代ではあまりピンとこないのだけれど、「大事な家族を守る」と言い換えるとすんなり理解できます。「生きるのです!」そう言った天璋院の言葉は、なんでもかんでも切腹して責任とりました、って言ってた武士の世の終わりを告げる象徴的な言葉のようにも思えます。武家の棟梁たる慶喜の命を救うというのは、そういう意味もあるのかもしれません。一方、西郷は戦う意思を全く覆す様子はなく。でも、本当にそれで良いの?斉彬公はあの世で「それで良い」と言ってくれているのでしょうか?それを言われるのが怖くて、そのために心が揺らぐのが怖くて、実は小松帯刀を遠ざけたのでは、と深読みしてしまいます。意思が固そうに見えて、実はものすごい弱点を持っている男のように思えます。次回、幾島再登場。予告を見ただけで感動してしまいます。この女なら、西郷の弱点を突き崩す手立てを知っているのかも・・・?
2008年11月16日
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渋谷ユーロスペースにて。公式サイト立て続けにユーロスペースに足を運びました。今日の作品は、2005年のベルリン・フィルアジアツアーに密着したドキュメンタリー。リハーサル、移動の車中(機内)、本番、貴重な休日、ファンとの触れ合い、そして行く先々の風景・・・そういったものに、首席指揮者のサイモン・ラトル、団員、入団試験に受かった見習い生たちのインタビューを織り交ぜて構成されています。メインとして流れる曲は、その年のアジアツアーで演奏されたR・シュトラウスの「英雄の生涯」、それ以外に、新作やベートーヴェンの交響曲第3番”英雄”。この年の東京公演は実は聴きにいってたので、この作品は実に興味深いものでした。単にツアーのドキュメンタリーではなく、ベルリン・フィルってどうして世界に比類なきオーケストラなのか、その秘密を垣間見ることのできる作品でした。冒頭、いきなり入団オーディションの光景から始まります。「え?こんな映像、見せて良いの?」と驚きましたが、そういえばクラウディオ・アバドが首席指揮者の任期を終え、次の指揮者を決めるまでのドキュメンタリーもあったので、それほど驚くことでもないのかもしれません。入団する新人は、団員がオーディションし、2年の試用期間(長い!)の後正式採用を決定するのも団員です。首席指揮者が決めるということはありません。(その掟を破ろうとして、オケと決定的な亀裂を作ってしまったのが、かのカラヤンです。)試用期間とは言え、一人の音楽家としてオケの仲間として一緒にツアーを回った新人を、結果的には不採用にするかもしれないという厳しい現実。新人たちの恐怖と不安はただものではないと思います。「新人を正式採用するかどうかの決め手、それは彼らが我々と一緒にやっていける音楽家かどうか、ということだけだ」と、あるベテラン団員は言います。ようするに、「わが社の社風に合うかどうか」。その社風は、しかし、凡人には簡単には理解できない、天上人あるいは選ばれた人間だけが理解できる共通認識なんだと思います。ベルリンフィルが持つ、伝統のハーモニーを一緒に造り上げ、あるいは新しいものを作っていける仲間かどうか。団員は自分のことを「特別な人間だとは思っていない」と言っています。しかし周囲からは特別な人間に見られる。そのプレッシャーと日々戦い、「何十年もかけて楽器をマスターしていかねばならない」と言います。楽器をマスターって・・・。すでにマスターしてるじゃないですか!人並み以上に!そう。一流の人間ほど謙虚です。そして、自分と常に真摯に向き合います。そういう人々の集まりがベルリン・フィルなんですね「指揮者はやがて去っていきます。でも、ベルリンフィルはいつまでも存在している。」団員のひとことが印象的でした。それを、現在の首席指揮者・ラトルはよく分かっているのだと思います。「指揮者の仕事は、オケを上手に羽ばたかせてあげる手助けをすること。」正直、現代音楽の新作で、テンポや拍子がころころ変わるような曲でもない限り、このオケは指揮者がいなくたって演奏はできるのです。何の故障もない飛行機が、離陸と着陸以外ではほとんど操縦士を必要としていないのと同じ。ただ、時々天候不良に見舞われることもあるので、その際に方向性を確信的に導くのが仕事なんですね。(それは、本番中のトラブルという意味ではないのです、うまく言えないけど。)つまり、指揮者はオーケストラにとって「パートナー」であり従うべき「指導者」ではないわけです。それをわきまえない、独裁的な指揮者も当然いるわけで、そのような人はベルリン・フィルからは去って行くのだそうです。(それが誰なのかは、団員の口からは出ませんでしたが。)北京、ソウル、上海、香港、台北、そして東京とまわる、過酷なツアーの中で、団員たちがストレスと戦いながらも団結していき、最高のハーモニーを生み出していく様に圧倒されます。それぞれの都市の風景を見せ、その観客の様子の違いなども見られるのが面白いところです。上海、香港、台北は初めてだったのか、まるでサッカーW杯のようにパブリックビューイングを行っていました!特に台北のファンたちの熱狂的な歓迎には驚きます。映画の最後は、4人の新人たちの採否の結果が判明します。実は私はその結果に少なからぬショックを受けました。なぜなら、その時の東京公演で素晴らしい演奏だった候補生が最後に不採用になっていたからです・・・。どんなに素晴らしい演奏家でも、社風に合わなければ去るしかないという厳しい現実を実感としてつきつけられたのでした。そのほかにも、団員ひとりひとりが抱える苦悩とか喜びとかいろいろなものが赤裸々に語られています。団員だからこそ言える、このオケの悪いところ(?)とか。もしも生まれ変わることが出来たなら、このオケの一員になってみたい、と図々しくも思ってしまいました。
2008年11月15日
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渋谷ユーロスペースにて公開中。公式サイトはこちら。1933~45年、ドイツ。ヒトラー政権下でのベルリン・フィルについて描いたドキュメンタリー作品。当時の団員が2名だけ生存しており、それ以外にも団員の娘、息子たちも探し出して取材した監督の執念に脱帽です。2名の団員(元コンサートマスターとコントラバス奏者)が当時のことを回想して詳細に語っているのは見ごたえがあります。それと、当時のニュース映像を交互に見せながら、当時のベルリン・フィルの置かれた立場や演奏家たちの思いをくっきりと浮き彫りにします。第二次世界大戦後、フルトヴェングラーが戦犯の疑いで裁判にかけられたのは有名ですが、実際団員たちはどうだったのかを追求した本や映画はほとんどないようです。ナチのおかげで、戦争中も途切れることなく演奏活動を続けることができたベルリン・フィルですが、それはナチの政治的プロパガンダに利用されるという意味も持っていたのです。負傷した自分と同世代の兵士たちの前で慰問演奏をしたとき、「自分が実はとても恵まれた存在であることに気づき、恥ずかしく思った」と、涙を浮かべて回想する老楽士ですが、実際自分がその状況にあったら、やはり何も出来なかったと思うのです。ユダヤ系の団員はオケから追放され、ナチ党員の団員からは勧誘を受け、それをなんとかかわしひたすら音楽に打ち込むしかなかっただろうことは、容易に想像ができます。私だって、それが人道的に間違っていると分かっていても、ユダヤ人の仲間が追い出されるのを「それは間違っている!」なんて、反論できないですよ。次は自分が収容所に送られるか、仕事を干されて路頭に迷うか、戦争に狩り出されて戦死するか、そのくらいしか選択枝は残ってないのですから。陳腐な言葉だけど、戦争は愚かな行為だ、としか言えません。「篤姫」では、国を変えるためには仕方ないと言って戦を起こそうとする西郷、大久保が描かれていますが、「仕方ないけど必要」な戦など、この世に存在しないと思うのです。当時の貴重な映像が見られるという意味でも、面白い作品です。まだ若い頃のチェリビダッケの映像なんかも見られます。そんな苦難の時代を乗り越えて、今年ベルリン・フィルは創立125周年を迎えます。このオケが何故、世界トップクラスなのか、団員がみな自主性を持ちオケの運営に真摯に取り組んでいるのか、その一端をうかがうことのできる作品でした。ベルリン・フィルの創立125周年記念式典でも、この映画は上映されたそうです。地味な映画ですが、見る価値ありです。(全くのドキュメンタリー、演出なしに近いので、退屈・・・と思う人もいるかもしれませんが)
2008年11月11日
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4年前の「新選組!」もそうだったけど、「篤姫」も後半どんどん人が減っていきますね。今回は切腹とか暗殺じゃないんだけど。今日の大奥は、なんだかちょっと寂しい感じです。大奥での天璋院を囲んで、滝山、重野、歌橋の3人のシーンがメイン。江戸開城に向けて、これからはどちらかというと静のドラマになっていくのでしょうか?騒がしい外から隔離された大奥の感じが出ています。今和泉の母・お幸からの文を携えて、久々に小の島登場。小松帯刀の命により、天璋院に薩摩へ戻ってきてもらおうと嘆願します。そんな史実があったかどうかは別として、そんな文を書いたって娘は帰ってこないに決まってる、と母上は初めからわかっていたでしょう。それでも文を書かずにはいられなかった。親心ですよ。。。樋口可南子さんの演技に涙涙でした。天璋院の薩摩帰還をめぐって、滝山と重野は珍しく声を荒げて対立します。が、どちらも天璋院のことを思えばこその言い争い。それが分かっているから、天璋院も江戸に残ることを改めて決意したのだと思います。歌橋がコドモみたいに号泣するシーン、ちょっと「新選組!」の土方を思い出しました。(「友の死」の回)病を得て動きの取れない小松帯刀。一方、次々と汚い手を使って倒幕の道を進もうとする西郷・大久保。別に、小松の病は毒を盛られたとかじゃないとは思うんだけど、2人にとっては好都合。生きていたら絶対この2人の企みを小松とともに邪魔したであろう坂本龍馬の存在が思い出されます。ということは、龍馬を暗殺したのって・・・?運命は、必ずしも正義の味方じゃないんですね。力づくでも徳川の世を終わらせようとする西郷たち、ひとりの犠牲も出さず改革を進めるべきと願う小松。(勝、天璋院、ジョン万次郎もそうでしょう。)考えが甘いと言われようが、卑怯な手を使って倒幕を試みる西郷・大久保に比べたら、小松たちの考えのほうがずっと大局を見ている気がします。京や江戸の市井の人々の生活を苦しめた長州や薩摩の作った新政府が、果たして良い世の中を作ってくれるのだろうか?「新しい世をつくるため」とは言え、内戦は醜いものです。あの、錦の御旗はニセモノという解釈でよろしいですよね?「新選組!」の時と同様。薩摩の策略に乗ってしまった幕府の人間たち。次回、ついに鳥羽・伏見の戦いです。そして、慶喜は逃げ帰ってきますが。
2008年11月09日
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今日の夕方、こんなニュースが飛び込んできました。ましゃが坂本龍馬・・・。ましゃ好きな私ですが、正直言ってイメージじゃないです。かといって、巷間うわさされていたキム○クはもっとイヤだし。でも、ましゃを応援しようと思います。NHKのサイトで、「今までと違う龍馬を描く」というようなことが書いてあり、詳細を読んでみると、なるほど、それなら今までと違うイメージの役者さんを起用するのはアリかもしれないと思いました。姫川亜弓のヘレン・ケラーが教科書どおりなら、北島マヤのそれは型破りだけど魅力的だった、みたいな。(「ガラスの仮面」の話です・・・すんません)それに、福田靖脚本のドラマはどれも好きだし、群像劇が上手い人というイメージがあるので、(キ○タク主演でさえ、面白い)期待できそうです。幕末は沢山の人物が出てくるので、そういう人のキャラ設定をきめ細かくやってほしいな。で、ゲストで宮崎あおいちゃんを出演させてね。篤姫として。(唐沢くんの前田利家みたいに)まあ、個人的には福田靖つながりで、江口洋介の龍馬が見てみたかったけど。主演が型破りなので、脇はがっちり固めてほしいです。阿部ちゃんが勝海舟とか、どうよ?(福田つながりで・・・。)小松帯刀も結構がっちり絡んでくるんでしょうか?その他のキャストも楽しみだわ。小日向さん、出てきそうじゃないですか?キャスティング、求む!
2008年11月06日
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かつて500円札には岩倉具視が印刷されていました。大河ドラマで岩倉具視を見るにつけ、「どうしてこんな人がお札の顔になっちゃったの?」と思わずにいられません。(伊藤博文も同じ。お札になるほどの尊敬を集める人物とはとうてい思えないお二人。)偽の倒幕勅書を作ったり、偽の錦の御旗を作ったり、とんでもないやつです、岩倉って。しかし、そんな岩倉ごときに翻弄され時代がすすんでいってしまうほど、徳川幕府は弱体化してたってことでしょうね。大政奉還って、御前会議の後あっという間に行われたことだったと、今回改めて認識しました。小松帯刀が「急を要する」と言っていたのは、間一髪で偽の倒幕勅書が発せられ、危うく戦になるところだったから。その大政奉還を計画した坂本龍馬は、近江屋で何者かに暗殺されてしまいます。龍馬暗殺には諸説あり、新選組説、見廻組説、薩摩陰謀説、などなど。「今後、こいつの存在が邪魔になる」と思った人間の仕業だと考えられます。龍馬が邪魔になる・・・それは誰なんでしょうね?幕府側の人間(新選組、見廻組)ではないような気がしてくるのですが・・・?幕府側の人間であれば、暗殺ではなく堂々と斬りに行っても不思議ではないはず。とういことは、龍馬が考えていたその後の日本のあり方、新政府の青写真のようなものに、異を唱える誰か、のような気がします。こいつがいると、自分の計画が潰されてしまうという危機感を持った誰か・・・。(そのあたりを、再来年の大河の作者がどういう解釈をするのか楽しみです。)その是非は置いておき、新しい日本を作ろうとしていた重要人物の一人が、大事なときに消えてしまった、というのが問題なわけです。盟友を失った帯刀の嘆きは、いかばかりか。想像を絶するものだったと思います。それは勝海舟とて同じ。この回、主役は天璋院様ではなく、小松帯刀なんですね。さて、大政奉還がどういう意味を持つのか分からず、さすがの天璋院も激しく動揺しています。しかも、それを勧めたのが小松帯刀。勝の「日本国のために戦う覚悟です」という言葉に、ハッと我に返り、自分も覚悟を新たにするわけです。幕府がなくなる、大奥はどうなる??と慌てふためく女たちを前に、「大奥は安泰である」と励ます天璋院。大政奉還して、その後大阪城からもこっそり逃げ帰っちゃう慶喜とは大違いです。(まあ、慶喜にも言い分はあるかもしれませんが。)天璋院が、和宮降嫁の際に薩摩に帰国していたとしたら、もしくは次回描かれるであろう、小松らの計らいによって薩摩に帰っていたとしたら・・・。大奥は上を下への大騒ぎ、さすがの滝山も騒ぎを鎮めることが難しかったでしょうね。少なくとも、宮尾登美子さんも小説を書くことはなく、大河ドラマになることもなかったでしょう。滝山を主人公にした作品が出来ても面白いかもしれないですね。(ドロドロ系の大奥ものではなく。)
2008年11月02日
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