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1986年に全米No.1を記録した、ロバート・パーマーの代名詞的なヒット曲で、原題「Addicted To Love」。1974年にデビューしたロバート・パーマーは、フランキー・ミラーと並ぶ白人ソウルシンガーとしてマニアから熱い支持を受けていたものの、一般的に有名になったのは「The Power Stationで歌ってたおっちゃん」としてだった。1985年に「Get It On」「Some Like It Hot」などのヒットを飛ばしたThe Power StationはDuran Duranのアンディー・テイラーとジョン・テイラー、Chicのバーナード・エドワーズ、トニー・トンプソンといったメンバーによるプロジェクトで、ロバート・パーマーのファンだったジョン・テイラーがロバートにアプローチしたのだった。ロバート本人は軽い気持ちで参加したこのプロジェクトは予想以上に大当たりし、その勢いを受けてレコーディングした「Addicted To Love」は彼に初のNo.1、グラミー賞の受賞という栄光をもたらした。プロテュースにバーナード・エドワーズ、演奏陣にアンディ・テイラーやトニー・トンプソンというパワーステーションそのまんまのメンツで録音されたこの曲は、硬いギターサウンドと極端にスネアを強調したドラムという、ほとんどパワー・ステーションそのまんまの仕上がりで、「売れそうな時に売れそうなサウンドで売っちゃえ」という下心も透けて見えるが、ファンキーな楽曲とロバートのパワフルな歌はやはり魅力的。サビの「Addicted To Love♪」と歌う部分が何万回聴いても「とぅとぅとぅらぶ」にしか聴こえないのも萌え。この曲は最初チャカ・カーンとのデュエットととして発表される予定で、録音時にはチャカも一緒に歌ったのだが、契約上の関係でチャカのボーカルは結局削除された。この曲で何といっても忘れられないのが、白塗りの化粧に無表情というアンドロイドのような美女をたくさん従えたビデオクリップで このハーレム的雰囲気の中をリーマン風の格好で熱唱するロバートおじさまの姿はヘンタイすれすれの強いインパクトを持つものだった。この曲だけでなく、続く「I Didn't Mean To Turn You On」(全米2位)「Simply Irresistable」(全米2位)でもまったく同じ(に見えた)ビデオクリップを作り、当時のMTVファンを唖然とさせた。ロバート・パーマーは2003年9月に心臓発作で死去。54歳という若さだった。この曲が収録されたアルバム「Riptide」(写真上)のちょい不良オヤジなジャケットが今も鮮烈な印象を残す。
2006.02.28
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ボーイ・ジョージの妖艶なルックスとファッションで一世を風靡し、80年代洋楽ファンにとって忘れられない存在となったカルチャー・クラブ。「カーマは気まぐれ」(原題「Karma Chameleon」)は彼らの最大のヒット曲で、1984年に全米全英でNo.1を記録。一説によると世界30ヶ国でチャート1位を記録したとか。「か~まかまかまかまかまかめ~れ~お~ん」というフレーズが印象的なこの曲は、ボーイ・ジョージの滑らかなボーカル、ストレートなビートと明るく屈託のないメロディが楽しい、80'sクラシックと言える名曲だ。ハーモニカの音色が今もまぶしい。現在でもTV番組やCMで頻繁に使われ、多くの人が多かれ少なかれ耳にしているであろうこの曲はもはや時代を超えた一曲と言ってもいいかもしれない。この曲が収録されたアルバム「Colour By Numbers」(写真)は他にも「It's A Miracle」「Church of the Poison」「Miss Me Blind」「Victims」などのヒット曲が詰まった、ほとんどベスト盤といっても差し支えない驚異のクオリティで、黒人音楽やレゲエをスマートに消化し、洗練された親しみやすいポップスを作り出す手腕には感服する。優れた音楽性を持っていたにも関わらず、ルックスの話題性やイロモノ的な扱いが先行した結果、彼らはマスコミの玩具にされ、さらに同じ84年に発表された「戦争のうた」で早くも人気に陰りが見え始め、86年のボーイ・ジョージのドラッグ事件を機にあっという間に転落していった。短い全盛期を駆け抜けていったカルチャー・クラブという存在は、80'sポップスのはかない夢であり、ほんの一瞬の出来事だったような気がする(一応1998年に再結成はされているが、かつてのようなオーラはなかった)。それでも彼らの残した音楽は今も変わらぬ輝きを放っている。ボーイ・ジョージが麻薬で逮捕される直前の80年代半ば、日本のテレビのCM(カンチューハイだったっけか?)に三蔵法師のコスプレをしたボーイ・ジョージが出ていたのも今となっては懐かしい思い出… 1984年のUSAビルボードチャート、「カーマは気まぐれ」がトップに立つ前のNo.1曲はイエスの「ロンリー・ハート」であり、「カーマは気まぐれ」の後にNo.1シングルとして控えていたのはヴァン・ヘイレンの「Jump」であり、ケニー・ロギンスの「フットルース」だった。なんと豊かな時代だったのだろうか…(遠い目)
2006.02.27
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ポール・マッカートニーとマイケル・ジャクソンの共演シングルで、1983年に全米・全英No.1を記録。この曲のビデオ・クリップにはポールの当時の奥方であるリンダやマイケルの姉のラトーヤ・ジャクソンも出演していた。ポールとマイケルの交流は1975年のウイングスのアルバム「Venus And Mars」の発売記念パーティでの出会いに始まり、マイケルは1979年の傑作アルバム「Off The Wall」で、ポールがマイケルを意識して作ったという「Girlfriend」をカバーしている。また、その「Off The Wall」の内ジャケにもポールとマイケルが仲良く写ってる写真がある。この「Say Say Say」はポールとマイケルの共作で、レコーディング自体は前作のアルバム「Tug Of War」の'81年のセッションから始まっていたらしい。一緒に曲作りがしたいとマイケルの方から直接ポールに電話をしてきたらしく、ポールは最初はイタズラ電話だと思ったそうな(そりゃそうだわな…)。ポールとマイケルの個性が絶妙に交じり合った曲に仕上がっており、それを見事にプロデュースしたジョージ・マーティンの手腕にも頭が下がる。曲はデュエットというより、部分ごとにボーカルを分担する構成となっており、両者の歌い方にそれぞれの特徴がよく出ていて面白い。マイケルの歌うパートはよりリズムが強調されているなど、アレンジの気遣いにも注目したい。当時「Thriller」で飛ぶ鳥を落とす勢いだったマイケルとの共演作であるこのシングルはアメリカでは6週連続No.1を記録し、200万枚を売り上げたという。現在の所ポールにとって最後の全米No.1シングルであり、その後もヒット曲はそれなりにあるのだが、アメリカにおいてポールが「ヒットメイカー」だった時代の最後の曲という印象が個人的には強い。事実この曲を収録した「Pipes Of Peace」はポールのオリジナルアルバムとしては全米アルバムチャートではTOP10入りを逃す初のアルバム(最高15位)となってしまい、その後に訪れる「ポール冬の時代」を予感させるものとなった。「曲作りを教えてくれたポールに対する恩返しがしたい」という意味の発言をしていたマイケルはこの後、ご存知のようにビートルズの全曲の著作権を買収するという暴挙に出る。恩をアダで返すマイケルに萌え。ポム・スフレのホームページでは自作曲の公開や独自の名盤レビューを行っています!
2006.02.26
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Soft Machineのオリジナルメンバーである事でも知られる英国ロック界の吟遊詩人ケヴィン・エアーズの1969年の傑作「Joy Of A Toy」(写真)の中の一曲で、邦題「ブランコの少女」。奇妙な不安感を煽る妖しくも美しいピアノのイントロ。デヴィッド・ペッドフォードによるエキセントリックなアレンジ。ケヴィンのつぶやくような低音ボーカルから滲み出る静かな狂気。上のシュールなジャケットがそのまま音になったようなストレンジな名曲で、奇妙でありながらとてもポップでもある夢想的な音世界だ。ドラッグ感覚をも忍ばせるこの美しい曲を聴くたびに僕は安堵感と心地よい不安感に包まれる。そしてそれは一度ハマると抜けられない快感でもある。この世の全ての事を忘れてブランコで遊ぶ少女と無邪気に戯れてみたい(ヘンな意味じゃありませんよ)。そんな気持ちになるコトありませんか?この曲を聴くとそんな気分にもさせられる。得体の知れない人懐っこさを持ったケヴィンのポップ・ワールドはある意味危険なものであり、それゆえにとても魅惑的な世界なのかもしれない。ポム・スフレのホームページではケヴィン・エアーズのアルバムについて取り上げています。
2006.02.25
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Kawasima9さんが「Kiss On My List」でPeTeRさんが「Private Eyes」か……となると当然オレは…(↑タイトルに戻る)ホール&オーツ十三枚目のアルバム「H2O」(上写真)からのシングルであるこの曲は、1982年に4週連続全米No.1を記録。彼らにとって五枚目のNo.1シングルとなった。思わず体が動いてしまうベースラインとクールでキャッチーなメロディが実にカッコいい。"ニューウェイヴ"な香りのするサウンドと艶かしいサックスの音色も強い印象を残す。音数はさほど多くなく、全体的に整理されたプロダクションとなっているため、ひとつひとつの楽器がくっきりとした存在感を持っている。ヒゲのお兄さん、ジョン・オーツの弾くギターもドライな感じでよござんすね。もともとはジョンの作ったレゲエ風の曲だった(歯切れのよいギターはその名ごり)が、それにダリル・ホールが歌詞をつけ、さらにリズム・アレンジを変えて作られた。その力強いリズム・パターンは、シュープリームスの1966年の全米No.1ヒット「You Can't Hurry Love(恋はあせらず)」から借用したもの。このリズムはThe Jamの「Town Called Malice」('82年、全英1位)やスティーヴィー・ワンダーの「Part Time Lover」('85年、全米1位)ほか、様々なアーティストの曲に使われている。また、その「You Can't Hurry Love」も「Maneater」と同じ1982年にフィル・コリンズがカバーして全英1位、全米10位のヒットにしている。黒人音楽への愛情を軸に良質なポップ・ロックを追及してきたホール&オーツ。この「Maneater」は黒人音楽のエッセンスを同時代的なヒットポップスへと昇華した傑作ブルー・アイド・ソウルだ。「Maneater」…直訳すると「おとこ喰い」…きゃっ!(≧▽≦)↓誰もが口ずさんだこのフレーズおーおーひあしかむず わちゃっ!同じ「H2O」に収録され、これまたヒットした「Family Man」(全米6位)の作者がマイク・オールドフィールドだと知ってさらにわちゃっ!つーコトで「Maneater」のPVはここをクリック。そ、俺困らな~い♪(←歌い出し)
2006.02.24
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僕が小学生だった頃の夕方四~五時台のテレビは再放送アニメ天国で、学校から帰った僕はガッチャマン、魔法使いサリー(もちろん初代バージョン)、ハイジ、魔女っ子メグちゃん、勇者ライディーン、コンバトラーV…etcといったアニメをテレビにかじりついて見ていた。それらに混じって夕方再放送アニメの定番だったのが1976~'79年にテレ朝で放送され大人気を博した少女アニメ「キャンディ・キャンディ」だった。基本的なストーリーはいわゆる「名作もの」なのだが、少女マンガ特有の女々しさ、ドロドロさを強調した本作は当時は健全な小学校低学年(笑)だった僕にはどうも馴染めなかった…筈なのにしっかりと見ていたものだ(笑ただし、全115話という長丁場のためか、頻繁に再放送をやっていた割には最後までちゃんと放送していなかった(つまり尻切れトンボで終わっていた)事が多かったような…そのお話の内容以上に今でも心に残っているのが、アニメソングの女王堀江美都子が歌うこの主題歌だ。作曲は「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」「機動戦士ガンダム」など数々の名作の音楽を手掛けた渡辺岳夫で、当時のアニソンとしては異例のミリオンセラーを記録。美しいチェンバロの音色のイントロ、「♪そばかすっなんてっ気にしないわっ」という歌詞とフルートの可愛らしいフレーズが実に印象的な名曲で、現在でも根強い人気を誇るアニソン・スタンダードのひとつだ。曲は明るく可愛い調子で進んでいくが、「♪ひとりぼっちでいると…」という中盤部分から途端に露骨なマイナー調に転調。挿入されるストリングスも効果抜群。そしてさらにワウワウギターを加えて演奏に疾走感を持たせた「♪わらって~わらって~わらってキャンディ~い~」という部分で泣かせ度は最高潮に!…と思いきや続いて出てくる「♪泣きべそなんてさよなら」というフレーズでまた明るいメジャー調に戻り、聴き手はなんともいえない解放感とカタルシスを感じる事ができる。そして再びイントロのチェンバロのフレーズが出てきて、曲は静かな余韻を残して終わる。ミッチー堀江の表現力豊かな歌も素晴らしい。優れた絵コンテのオープニング(こちらを参照)と共に忘れられない一曲だ。「なかよし」に連載されていた原作とアニメは同時進行で進んでいたが、アニメが原作に追いついてしまい、オリジナルエピソードでお茶を濁すというドラゴンボールな事態が起こったり、最終回のネタバレを考慮して、原作の最終回の発表とアニメの最終回の放映日が数日しか違わなかったなんて事もあったとか。淡い初恋、出会い、周囲のイジメ、悲恋(テリーとの別れは泣けた)、成長…といった王道的なストーリーは当時男女問わず絶大な支持を集め、ヨーロッパなど海外でも放送され大人気を博したが、異国の人々はこれが「Made In Japan」である事を知って驚いたという。なきべそなんてサヨナラ、ね♪キャンディーキャンディ~♪
2006.02.21
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遅くなって恐縮だがわが国が世界に誇る映画音楽家伊福部昭氏が2006年2月8日に多臓器不全のため亡くなった。享年91歳。そのキャリアは伊福部が21歳の時に作った「日本協奏曲」のベネチア国際現代音楽祭の入賞やチェレプニン賞の受賞から始まっており、以降300本もの映画音楽を手掛けた(映画音楽以外の仕事も多くこなしている)。また東京音楽学校(現東京芸大音楽学部)や東京音楽大学で教鞭をとり、伊福部の門下からは芥川也寸志、薫敏郎、山内正、小杉太一郎といった人達を輩出している。ここで取り上げるのはゴジラシリーズ第一作目にして特撮映画史上の最高傑作である「ゴジラ」(1954年製作)のメインテーマ曲だが、それは誰もが耳にした事のあるリフレインであり、ゴジラといったらこの曲に尽きると言ってもいいくらいインパクトの強い曲だ。映画のオープニング、「ドーン!ドーン!」と響く足音やあの鳴き声と共に聴こえてくるこのテーマ曲は、重量感溢れるサウンドの緊張感、じわじわと押し寄せてくるメロデイが迫り来るゴジラの恐怖を見事に表現するものであり、それでいて耳にこびりつくキャッチーさを持ったこの曲は、ジョン・ウィリアムスの「Jaws」のテーマと並んでモンスター映画史上最高の一曲と言っていい。映画の中でも何度も使われるこの曲を聴くたびに、火の海に包まれる東京の街、なす術もなくただ逃げ惑う人々の姿が浮かんでくる。また、ゴジラのあの鳴き声はコントラバスの低音弦を弦巻からはずし、その弦を松脂を塗った革手袋で縦にしごき、録音加工するという方法で生まれたものだが、それも伊福部氏のアイデアだった。土俗的で力強いリズムと分かりやすいメロディの伊福部音楽は海外にも多くのファンを持つと言われ、現在のハリウッド映画音楽の第一人者であるダニー・エルフマンも伊福部からの影響を認める発言をしている。伊福部氏の作り出した映画音楽は、ゴジラシリーズに限らず「大魔人」「ビルマの竪琴」「鬼火」「座頭市」「釈迦」など今も不滅の輝きを放っている。「怪獣大戦争」(1965年)のマーチを聴くと今でも胸が躍る。長い間本当にお疲れ様でした。偉大なる音楽家に栄光あれ!
2006.02.20
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ポール・マッカートニーのソロ作品の最高傑作と言われるアルバム「Band On The Run」のタイトル曲で、タイトルはビートルズ時代にジョージ・ハリスンがアップルの会議中に漏らした「もしも僕らがここを出ていったら…」という一言からヒントを得たものらしいが、ポールは後に「ある意味では僕がビートルズという牢獄から脱出を企てるという意味も込められていた」とも語っている。2つのパートから成る楽曲をひとつの曲としてにまとめた、ビートルズ時代からのお家芸である「メドレー形式」を駆使したものだが、メロディ自体は意外と小粒なもので、「曲のよさ」よりも構成力やテンションで聴かせるタイプの曲というべきだろう。前半のスローパートから後半のミドルテンポのパートへと導入する展開部分の迫力は見事なものだが、ポールはもともとこのアルバムを当時全盛だったプログレッシヴ・ロック的な内容にするつもりだったらしく、ハッタリの効いた曲構成はその名残りなのかもしれない。同アルバムのラストを飾る曲「Nineteen Hundred And Eighty Five」もプログレの香りがするものだ。この曲だけでなくアルバム全体、ツメの甘いサウンドとスカスカな音作りだが、「手抜き」という感じはせず、むしろスリムでタイトな印象を与えるものとなった。ジンジャー・ベイカー(Creamのドラマー)の進言で行ったというナイジェリアはラゴスでのレコーディングはトラブル続きだったらしいが、その事がかえって音楽に緊張感を与えたのかもしれない。この曲は1974年に全米第1位、全英第3位を記録。評論家からの酷評、突然のメンバーの脱退、レコーディング現場でのトラブルといった逆境にもめげず、闘い続けたポールの音楽家魂から生まれた躍動感みなぎる一曲だ。ポム・スフレのホームページでは自作曲の公開や独自の名盤レビューを行っています!
2006.02.19
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先日のグラミー賞のパフォーマンスでは、スティーヴン・タイラー(エアロスミス)の紹介MCに導かれて、スライ・ストーンがモヒカン頭で表れた。……マジですか?現在のこの人のパフォーマンスを見る事ができるなんて、人生ナニが起こるか分からんわな~。「Family Affair」はファンクの歴史的名盤として名高いアルバム「There's Riot Goin' On」(写真)に収録された曲で、1971年12月に全米No.1を記録している。1969年の「Everyday People」(全米1位)や「Hot Fun In The Summertime」(同2位)のヒット、同年のウッドストックでの圧倒的なパフォーマンスなど、それまでのスライは時代のカリスマとしての輝きとエネルギーに満ちていた。だが、'71年に発表されたこの「Family Affair」では、それまでの彼とは対照的に、夢から覚めた後の寂しさ、挫折感、鬱屈した雰囲気などが充満している。それは70年代初頭の「傷を負ったアメリカ」の姿とシンクロするものとも言える。クールなメロディとチープなリズムボックスによる淡々としたグルーヴ。このダウナーなファンク感覚は不思議な陶酔感があり、今聴いてもカッコいい。感情のないモノローグのようなボーカルとシニカルな歌詞は、ドラッグや仕事上のトラブル、家庭の事情など、当時多くの問題を抱え荒んでいたスライの心象風景を表しているようでもある。「確かに僕の事をめちゃくちゃにしようとする連中はいたさ。でもそんな事でまいりはしない。この歌は別にその事を歌ったわけではないし、たとえ今の僕が置かれた立場の結果生まれた曲であるとしても、この曲はやはり単に家族の中の事を歌ったものさ」-------スライ・ストーン星条旗のジャケットが痛烈な印象を残す「There's Riot Goin' On」は、'70年代以降の黒人音楽にひとつの指標を示した金字塔であり、ここで聴けるクールで孤独なファンクはプリンスの音楽の中に受け継がれている。「Family Affair」を聴くにはここをクリック!ポム・スフレのメインHPはこちら。
2006.02.18
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先日のグラミー賞では功労賞を受賞したCream。これは1969年に発表されたクリームのラストアルバム「Goodbye」の中の一曲だ。ジャック・ブルースがボーカルをとるこの曲は、作詞=ピート・ブラウン、作曲=ジャック・ブルースという「Sunshine Of Your Love」「White Room」などの名曲を生み出したコンビの作品で、'68年に全米1位を記録したアルバム「Wheels Of Fire」のセッション時の未発表曲だが、なぜアルバムから外されたのか理解に苦しむ完成度の高い一曲だ。ギターをレスリー・スピーカーを通して鳴らすなど、当時としては画期的な試みも見られるが、全体としては、軽快なピアノを中心とした楽しい演奏はいい意味でクリームらしくないもので、ビートルズにも通じるポップセンスが光る親しみやすいポップソングに仕上がっている。サビの部分のファルセットボーカルも実に楽しい。クリームはエリック・クラプトンをはじめとした3人のテクニシャンが素晴らしいインタープレイをする事で知られる伝説のバンドだが、それが単に「評価が高いだけの存在」に終わらず、大きなセールスを記録する作品を生み出せたのはジャック・ブルースの高い作曲能力による所も大きいと自分は考える。「Do That Scrapyard Thing」はそんなクリームのポップな魅力がコンパクトに詰まった素敵な一曲だ。この曲が収録されたアルバム「Goodbye」はクリーム解散直後に「最後のオリジナルアルバム」というフレコミで売り出されたが、収録曲はライヴ3曲と未発表のスタジオ録音3曲(いずれも「Wheels Of Fire」セッション時のもの)だけで収録時間も約30分という、実際は集金目的で出された粗雑な編集盤というべきものだった。それでも全米では最高2位を記録。全英ではなんと初の1位を記録するヒットとなり、当時のクリームの凄まじい人気を証明するものとなった。3曲のスタジオ録音曲は「Doing That Scrapyard Thing」をはじめとしていずれも完成度が高く、クラプトンとジョージ・ハリスンの共作である「Badge」は現在でもクラプトンの重要なレパートリーの一曲だ。ライヴの曲では「I'm So Glad」が白眉で、「Goodbye」は結果的にはクリームの作品の中でも決してあなどれない一枚と言えるものとなった。ジャック・ブルースに乾杯!
2006.02.17
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今年のグラミーではベスト・ロック・ボーカル・パフォーマンス賞も受賞し、ギター一本でのパフォーマンスを披露した"ボス"ことブルース・スプリングスティーン。そんな彼の1984年の特大ヒットアルバムのタイトル曲であり、ブルースが「若者の代弁者」から「ザ・ボス」になるきっかけを作った曲だ。全米9位を記録。1984~'85年にはこの曲に乗せて、ジーパンを履いたブルースが拳を振り上げながら血管がブチ切れそうな顔で「ぼお~ん、いんざゆーえすっえ~」と熱唱するなんとも暑苦しいビデオが流れまくっていた。好き嫌いは別としてかなりのインパクトのあるビデオで、当時小学生の僕も「何じゃこのオッサン…」と思いながらポカーンと見てた記憶がある。ベトナム帰還兵の前に立ちはだかる厳しい現実を通して、アメリカを批判する内容の歌だったが、そうしたブルースの姿の表面的な部分ばかりが人々にインパクトを与えたのだろう。多くの人はこの曲をアメリカ万歳ソングだと思ったらしい。結果この曲はナショナリスト発狂の的となり、レーガン大統領も選挙演説でブルースのこの曲のことを話題にあげたほどだった。「私はここに一人の名前を挙げる。その男の名はブルース・スプリングスティーン!我々もこの曲(Born In The U.S.A.)のように誇りを持つべきだ!」…あんたこの曲ちゃんと聴いたコトないでしょ。。。ホリエモンの事を「わが息子です!」とか言ってた某議員と同レベルですね。1985年ブルースが来日してこの曲を歌った時も、わが国の熱血野郎が大きな星条旗を大喜びで振りかざしていたそうだ。楽曲自体はカッコいいが、人工的なシンセの音やエコーを極端に効かせたスネアの音を強調した80年代特有のサウンドにブルースの歌があまり合っているとは思えず、今となっては空しい印象も残す。しかしこの曲が現在のブルースの出発点となった事は皮肉な事実だ。アルバム「Born In The U.S.A.」はアメリカ国内で1200万枚のセールスを記録。1985年度の年間No.1アルバムに輝いた。また同アルバムからはこのタイトル曲や「Dancing In The Dark」など7曲のトップ10ヒットが生まれた。ヒットはしなかったが「学校よりも3分間のレコードから多くの事を学んだ」と歌う「No Surrender」も大好きな曲だ。 Born In The U.S.A.死んだような生気のない街に生まれ歩き始めるとすぐに蹴っ飛ばされた最後には叩きのめされた犬のようになり人生の半分は人目を忍んで生きるようになるアメリカで生まれた俺はアメリカで生まれた俺はアメリカで生まれたアメリカで生まれた俺はこの町でちょっとした騒ぎを起こしたから奴らは俺の手にライフルを握らせて海の向こうに送り込んだ黄色い連中を殺すためにアメリカで生まれた俺はアメリカで生まれた俺はアメリカで生まれたアメリカで生まれた故郷に戻って、精油所に行った雇用係は言った、「私の一存ではどうにも」退役軍人管理局へ行った男は言った、「まだ分からんのかね」俺の兄貴はケ・サンでヴェトコンと闘った奴らはまだいるみたいだが、兄貴はもういない兄貴の好きな女がサイゴンにいた彼女に抱かれた兄貴の写真を、今も持っている刑務所の建物の影で精油所の燃え盛るガスの火の近くで俺は10年間、煮えくり返る思いで生きてきたどんづまりだ、もうどこにも行くところはないアメリカで生まれた俺はアメリカで生まれたアメリカで生まれた俺はアメリカの敗北者だアメリカで生まれたアメリカで生まれた
2006.02.16
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2006年2月15日はデュラン・デュランはトリノ・オリンピックでパフォーマンスを行う。そして明日(2/16)はギタリストのアンディ・テイラーの誕生日なんだそうだ。↓と、いうことで……たななな、たななな、たななな…ふれふれふれふれふれっっくす!1984年に全米全英No.1を記録した、デュラン・デュランの絶頂期を代表する一曲だ。3rdアルバム「セブン&グラスタイガー」(写真)の1曲目に置かれていた曲だが、そのバージョンはシングルにするには力不足と判断され、当時デヴィッド・ボウイ等のプロデュースで名を上げていたナイル・ロジャースにリミックスを頼む事になった。パワー・ステーション・サウンドで有名なナイル・ロジャースのリミックスを施された「The Reflex」は華やかで力強いサウンドに生まれ変わり、No.1シングルにふさわしいキャッチーなものとなった。初期のチャカポコダンスビートと後のファンク路線の中間的な曲調になってるのも興味深い。アンディ・テイラーのギターも地味ながらも曲にアクセントを与えており、ギターリフなどは荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」に引用されていたりする。いかにも80年代的な大味なメロディとダサダサなシンセの音も今となっては愛しい。個人的にはデュラン・デュランの曲としてはそんなに上位に来る曲ではないが、この辺が彼らの人気のピークと言えるもので、この時期のワールドツアーのパフォーマンスを収録したビデオ「Arena」で見れる彼らはまさに「時代の寵児」というべきオーラを放っている。今からちょうど20年前、Duran Duranはオリジナルメンバーが分裂して「え~Duran2大丈夫?」という空気が漂ったものだが(実際この後人気はガクンと落ちた)、その20年後にオリジナルメンバーがオリンピックで演奏する事になるなんだから人生って不思議…(しみじみ
2006.02.15
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「【米ロサンゼルス8日】ロサンゼルスで8日に開かれた第48回グラミー賞授賞式で、アイルランドのロックグループ、U2が「ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム」で最優秀アルバム賞、「サムタイムズ・ユー・キャント・メイク・イット・オン・ユア・オウン」で最優秀楽曲賞を獲得し、計5部門を制覇した。最優秀レコード賞はグリーン・デイの「ブルバード・オブ・ブロークン・ドリームス」が獲得。R&Bが優勢と予想された中、ロックが主要3部門を押さえた。」「今年のグラミー誰にする?」「う~ん、コレっていうのナイねえ」「もう無難なトコでU2でいいんじゃない?」「そうだね。もう誰でもいいや」「でもいくらなんでも全部U2は…」「じゃあRecord Of The Yearは意表をついてGreen Dayで」「はいはい終了終了」----と、こんな会話が交わされたかどうかは知らないが、それにしてもU2貰いすぎでないかい?つーか、U2の「How To Dismantle An Atomic Bom」もGreen Dayの「American Idiot」も発表は2004年だし。これじゃ2005年に作品を発表した人達の立場って…それでもまら嫌きゃり~に持っていかれるよりはイイけど(笑まあ、アルバム・オブ・イヤーくらいはカニエ・ウェストにあげて良かったような気もするけどなあ。Song Of The Yearを受賞した「Sometimes You Can't Make It On Your Own」は、ボノの力強くも繊細な歌声、崇高で美しいメロディ、『Joshua Tree』を思い起こさせるサウンドにさらにスケール感が増した、もはやいく所までいったともいうべき至高の一曲。過去の自分達を総括した上で、さらなる高みへと昇華した「How To Dismantle An Atomic Bom」は、オーラやカンロクの方が前に出てしまっている部分もあるが、それでもここで聴ける質とテンションの高さは素晴らしい。特にラスト3曲「One Step Closer」「Original Of The Species」「Yahweh」の流れは感動的だ。だからといって、これが今の音楽シーンをリードする作品かというと、そうも思えないのも事実なんですよねえとりあえず来日公演は大変だ!みんな「Vertigo」で大騒ぎ!
2006.02.14
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今年のグラミーは受賞結果はまあともかくパフォーマンスでは予想以上に拾いモノが多かった。マドンナ、U2、スティーヴィー・ワンダー(アカペラ)、ギター一本で歌ったブルース・スプリングステイーン、カニエ・ウェスト、そしてスティーヴン・タイラーの紹介MCで表れたスライ・ストーン…etcなど、見ごたえのある演奏が多かった。だが、何といってもシビれたのはポール・マッカートニーで、新作からの曲「Fine Line」と「Helter Skelter」を歌う姿には圧倒されてしまった。63歳の人間がグラミーという場でこの曲やるか!?アツいジイサンじゃのお~。ビートルズのホワイトアルバムに収録の、ヘヴィ・メタルの元祖とも言える曲で、U2やモトリ・クルーのカバーでも有名。イントロのズゴゴゴゴという地響きのようなギターリフとベースの演奏がスゴイ。「ビートルズがこの曲を通して自分に世界滅亡を予告していると思った」というチャールズ・マンソン(※)の発言もなんとなく納得できる(笑)ような破壊力だ。甘いポップシンガーのイメージが強いポールのブチ切れたようなシャウトもたっぷり味わえる。やかましさを意識的に強調したアレンジ、ジョンのドラッギーなサックス、リンゴのワイルドなドラムまで、「混乱」をそのまま音にしたような一曲で、曲全体を包む不気味な緊張感とオーラは、「変革」「混沌」「叛乱」の時代だった60年代末ならではものだろう。今でいう「ラウド・ロック」に近いこんな曲を、ハード・ロックなんて概念もまだ確立していなかったこの時代に発表したビートルズは最もパンクなミュージシャンだったと思う。そして「Hey Jude」と同時進行でこんな曲を作ってしまうポールという男はやっぱりどこかイカれてる。今年のグラミーのJay-Z(ジョンレノンのTシャツを着てた)とリンキンパークのヒップホップ・ユニットのパフォーマンスにも参加して、曲調に合わせて「Yesterday」を歌ったポールも最高にイカしてた。※チャールズ・マンソン…69年に女優シャロン・テイト惨殺事件を起こしたヒッピーで、ビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンとも交流があった。ポム・スフレのホーム・ページでは自作曲の公開や独自の名盤レビューを行っています!
2006.02.12
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桑田佳祐の傑作ソロアルバム「孤独の太陽」(写真)の最後を飾る名曲で、亡くなった桑田の母に捧げられた曲だ。2006年2月10日の18時頃、僕の飼い猫のサイモンが死んだ。17年前に我が家へ来たアメリカン・ショートヘアーで、名前はポール・サイモンから命名した。猫大好き人間で、一人っ子だった僕には家族と全く変わらない存在で、僕の青春時代をそのまま一緒に生きてくれた、僕の青春そのものと言ってもいい猫だった。亡骸はまだそのまま。そばには花とサイモンの大好きだったカルカンが置いてある。安らかで可愛らしい死に顔だ。17年間の思い出を本当にありがとう。おやすみなさいサイモンゆっくり休んでね。 「Journey」 作詞・作曲 桑田佳祐我れ行く処に あては無く人も岐れゆく 遥かな道旅立つ身を送る時帰り来る駅はなぜに見えない大空を駆け抜けたまぼろしは世の中を憂うように何かを語るだろうとうに忘れた幼き夢はどうなってもいいあの人に守られて過ごした時代さ遠い過去だと涙の跡がそう言っているまたひとつ夜が明けて嗚呼 何処へと ”Good-bye Journey”雲行く間に季節は過ぎいつか芽生えしは生命の影母なる陽が沈む時花を染めたのは雨の色かな寂しくても口ずさむ歌がある名も知らぬ歌だけど希望に胸が鳴るきっと誰かを愛した人はもう知っている優しさに泣けるのはふとした未来さ今日もせつなく秋の日差しが遠のいてゆくさよならは永遠の旅嗚呼 黄昏の”Good-bye Journey”とうに忘れた幼き夢はどうなってもいいあの人に守られて過ごした時代さ遠い過去だと涙の跡がそう言っているまたひとつ夜が明けて嗚呼 何処へと ”Good-bye Journey”
2006.02.10
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今日はキャロル・キングの誕生日なんだってさ!つーコトで、本日は大スタンダードであるこの曲を。邦題「きみの友だち」。おなじみの定番中の定番アルバム「つづれおり」(写真)に収録。シンプルな演奏と飾り気のないキャロルの歌は実に味わい深く、「When You're Down…」という歌い出しからして涙を誘う。本業は作曲家であり、「私は素晴らしいシンガーではない」と言う彼女の歌声には技巧派ではない故の誠実さがあった。彼女の声で歌われる「あなたには友達がいるじゃない」というフレーズはどれだけ多くの人の胸を打った事か。美しく優しいメロディは決してあざとくなく、ごく自然に心に響いてくる。控えめなストリングスの音色も実に泣かせる。この曲はジェイムス・テイラーによって歌われ、1971年に全米No.1を記録。ダニー・ハザウェイのバージョンも有名だが、やはりキャロル本人が歌うこのバージョンにとどめを刺す。時代やジャンルを超えて訴えかけてくる不滅の名曲である。他にも「I Feel The Earth」「It's Too Late」(全米1位)「So Far Away」「A Natural Woman」などの名曲がぎっしり詰まったこのアルバムによって、キャロルは1971年のグラミー賞の4部門を受賞。「私はアルバムを作りたいの。スターになりたいわけじゃないわ」と言った彼女は一人のシンガーソングライターとしても歴史に残る存在となった。ジャケットに写る、こちらを向いた猫がなんとも泣かせる。
2006.02.09
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そういえばしばらくZepについて語ってなかったぜ。レッド・ツェッペリンの3rdアルバム(写真)に収録されているこの曲は、Zepの代表作のひとつとして知られている名曲であり、特に日本では人気の高い一曲だ。典型的なマイナー調のスローブルースで、その曲調、展開やロバート・プラントのコブシの効いた情感たっぷりのボーカルは演歌に近いものも感じさせる。「貴方を愛し続けて」なんていう情念を感じさせる邦題も納得。日本人に人気があるというのも、さらに納得(笑)。極力、一発録り(ジョン・ポール・ジョーンズのオルガンはオーバーダビング)に近い形で録音されたらしく、荒っぽい演奏ぶりが妙にソソる。ジミー・ペイジのギターは、プラントの歌の部分ではゆったりとしたアルペジオに徹し、ギター・ソロの部分になると豹変したかのようにせわしなく無骨な弾きっぷりを聴かせてくれる。ギターのフレーズもネチッこく激しいもので、ジミー先生の情念が噴き出してくるかのようだ。対するジョン・ポール・ジョーンズのクールなオルガンが曲を引き締まったものにしている。ボンゾのドラムはやはり重い。ジャニス・ジョプリンを彷彿とさせるロバート・プラントの歌も見事なこの曲は、白人スロー・ブルースのひとつの到達点だと思う。レッド・ツェッペリンのライヴ映画「狂熱のライヴ」でのこの曲のライヴ・バージョンで聴けるペイジ先生の荒っぽい早弾きギターソロもステキよぉ。
2006.02.07
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リンゴの'73年のソロ・アルバム『Ringo』(上写真)収録のヒット曲である。原題は「Photograph」。'73年に全米1位、全英8位を記録した。『Ringo』は、「友達の助けがあればなんとかなるさ」と歌ったリンゴの言葉そのままに、当時の一流ミュージシャンが集結したアルバムとなった(ジャケットにある参加ミュージシャンの似顔絵が楽しい)。直接共演したわけではないにしろ、当時まだ冷戦状態だったジョンとポール、そしてジョージという3人のビートルが一枚の盤に集まった事でもファンを大いに湧かせた。「想い出のフォトグラフ」はジョージ・ハリスンとリンゴの共作で、ジョージは12弦ギターとコーラスでも参加。胸おどるイントロに導かれて始まるこの曲は、リンゴの暖かい人柄を感じさせるボーカルと、穏やかでキャッチーなメロディが印象を残す傑作だ。リズミカルなカスタネットと陽気なサックスがさらに彩りを添える。飛翔感に満ちたストリングスの音色も最高だ。優しさとポジティヴさをあわせ持った演奏は、いつ聴いても幸せな気分にさせてくれる。曲の良さ、的確なアレンジ、そして滲み出るリンゴの人柄ゆえのものだろう。シングルチャートの数字を見ると、'70年代前半では、リンゴはポールと並んでソロとして最も成功したビートルだ。ビートルズ解散後、ソロとして出した最初の8枚のシングルのうち7枚がトップ10入りしている(USAビルボード誌)。ビートルズのデビュー曲「Love Me Do」(のアメリカ版)では「ヘタだから」という理由でドラムを叩かせてもらえず、隅っこでひっそりとタンバリンを叩いていたリンゴ。そんな男が「友達の助け」を借りて得た"ポップスター”としての輝きが『Ringo』にはいっぱいに詰まっている。「大ざっぱに言って、これは僕のよりいいよ(笑)」--------ジョン・レノン。つーコトで「想い出のフォトグラフ」を聴くにはここをクリック!ポム・スフレのホームページでは自作曲の公開や独自の名盤レビューを行っています。
2006.02.05
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今日の日テレロードショーは「風の谷のナウシカ」ですね。ここに取り上げるのは映画と同名タイトルの曲で、作詞・松本隆、作曲・細野晴臣による作品。歌うはとんねるずの木梨憲武婦人である安田成美。バリー・ホワイトの「Love's Theme」を思わせるイントロで始まるこの曲は、サビの美しいメロディに絡む安田成美の調子っ外れな歌がカルト的な印象を残すが、大空を舞うようなストリングス・アレンジと「清純な少女」を感じさせる安田成美の声は「ナウシカ」のイメージをよく表現していたとも言える。この曲は当時この映画のCMが流れていた時にバックでかかっていた曲であり、僕はこの曲がナウシカの主題歌であると思っていたのだが、映画の中ではこの曲が一切流れないので「???」だったが、この曲は「キャンペーンソング」であって、「主題歌」とか「テーマソング」というものとは別モノという扱いだったのだそうだ。当時小学生だった僕もこの映画を見に行ったが、映画館で休憩の時間にこの曲がかかっていたのはそういうコトだったのね~と納得。いい曲ではあるが、俗っぽいアイドル歌謡でもあるこの曲を映画の中で使うのはイメージが壊れると考えたという事だろうか。まあ、確かにあの唄じゃそう思うのも無理はないが…スタジオ・ジブリの第一作目である「風の谷のナウシカ」は今ではジャパニメーションを代表する作品として知られるが、この作品が発表された1984年当時は宮崎駿の名前はまだマニアの間で高く評価されている存在に過ぎなかった。当時名作としての評価を確固たるものにしていた「ルパン三世カリオストロの城」を作った人の作品として、「アニメージュ」を買っていた僕のようなアニヲタ小学生の間では大きな話題になっていた。ナウシカの原作も当時アニメージュの巻末にひっそりと連載されていた。「ルパン三世カリオストロの城」に心酔いしていた(というか今もそうだが)僕は、ナウシカの顔がクラリスによく似てる(しかも声優まで同じ)ので、当時の僕は「ナウシカはクラリスの子孫なのか?」などとアホな事を考えてしまった。同年には押井守監督による傑作「うる星やつら・ビューティフルドリーマー」が公開。「オタク」なんて言葉もまだなかった1984年の日本のアニメ界は静かに熱く燃えていた。ポム・スフレの「風の谷のナウシカ」についてのブログはこちら
2006.02.03
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さて、今年もグラミ~Showまであと一週間となりました。いわゆる「XX賞」とかゆー権威モノにはあまりキョーミのないワタシですが、今回はビミョーにそそられる顔ぶれだったりします。以下、主要4部門ノミネートRecord Of The YearWe Belong Together/Mariah CareyFeel Good Inc./Gorillaz Featuring De La SoulBoulevard Of Broken Dreams/Green DayHollaback Girl/Gwen StefaniGold Digger/Kanye West--------------------Album Of The YearThe Emancipation Of Mimi/Mariah CareyChaos And Creation In The Backyard/Paul McCartneyLove. Angel. Music. Baby./Gwen StefaniHow To Dismantle An Atomic Bomb/U2Late Registration/Kanye West--------------------Song Of The YearBless The Broken Road/Rascal FlattsDevils & Dust/Bruce SpringsteenOrdinary People/John LegendSometimes You Can't Make It On Your Own/U2We Belong Together/D. Bristol, K. Edmonds,S. Johnson, P. Moten, S. Sully & B. Womack,Mariah Carey--------------------Best New ArtistCiaraFall Out BoyKeaneJohn LegendSugarLandアルバム「MIMI」が全米1位となり、久々の大ヒットに恵まれたマライア姫が3部門にのみね~と。昨年の10部門に続いて2年連続最多部門候補となるヒップホップの先導的存在カニエ・ウェストも注目株。U2も相変わらず強いなあ。8部門でノミネートされているジョン・レジェンドという人はまだ未聴。今度聴いてみようか。アルバム・オブ・イヤーにポール・マッカートニーがノミネートされているのが個人的には目を引く。ソロになってからのポールはグラミーの主要部門とは縁がなかったので、今回は「な、なんだってー!?」とちょっとだけ思ってしまう。ただ、あれは年季の入ったポール・ファンがひそかに楽しむようなアルバムだと思うので、今さらぐらみ~賞とか言われてもどうも違和感を感じるのも事実。まあ功労賞みたいなモンですかねえ~結局マライア・きゃり~が持ってっちゃいそうな悪寒がするが、個人的にはカニエ・ウェストに頑張ってほしいと思う。レコード・オブ・イヤーではブラーのデーモン・アルバーンのユニットであるGorillazとデ・ラ・ソウルが組んだ「Feel Good Inc.」もいいかも。最優秀ロックアルバム部門では、ローリング・ストーンズやニール・ヤングなどの巨人達がU2(この人達も巨人だけど)、Coldplay、Foo Fightersらと共にノミネート。この方達もぐらみ~には縁がなかったからねえ…生きてるうちに華のひとつも添えてあげて…なんて本人達は思ってないだろうなあ。それにしても、Foo Fightersがここまでキタというのにはちょっとオドロキ…個人的にはカート・コバーン・ショックに便乗したおかげで世に出れたバンドという印象が強いからねえ。。。デイヴ・クロールは確かにドラマーとしては素晴らしいし、Foo Fightersの音楽もまあイイ線いってるとは思うんだけど…最優秀ソロ・ロック・ボーカル・パフォーマンス部門ではニール・ヤング先生にエリック・クラプトン、ブルース・スプリングスティーン、ロバート・プラント…と「オッサンばっかじゃないかー!」と言われてもしょうがない顔ぶれ。この中にひとりだけロブ・トーマスなる若者が混じってるのが面白い。R&B部門ではスティーヴィー・ワンダーにぜひ獲ってほしいものだ。去年はそれなりにイイ作品にはたくさん出会えたので、そうゆう意味では収穫のある年だったが、「うああ~!ヤラれた~」という作品にはやはり出会えなかったような気がする。それでも今年は少しはニヤニヤしながらぐらみ~賞の授賞式を見れそうだ。まらいあ・きゃり~にヤラれなければの話だが…
2006.02.02
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Kissの'79年のヒット曲で、最も広く親しまれている曲のひとつだろう。Kissを聴かない人でも一度は耳にした事があるはず。最近では、Kissのコスプレをした4人の女の子が出てくるデジカメのCMでもこの曲が使われていた。Kissというと「ハード・ロック」のイメージが強いが、これはディスコ調のメロディアスなナンバーで、イントロのベースラインだけでも背筋がゾクゾク来るカッコ良さだ。演奏のクールなノリもイカす。哀愁漂う旋律はほとんど歌謡曲といってもいい、いかにも日本人好みなメロディで、「邪道」とか「安っぽい」とか言われながらも現在でも人気が高い曲なのもうなづける。サビの部分なんかは何度聴いても思わず一緒に歌っちゃう。Kissの本質は誰でも一緒に歌える親しみやすいメロディであり、ハードロックの枠にとどまらない様々な音楽要素を取り込む間口の広さが魅力だ。こういうディスコ調の曲をやってもKissらしさを失わないカッコいい曲になるのは、そうした彼らの「芯」がしっかりしているからだろう。この曲を収録したアルバム「Dynasty」(写真)は、ストーンズのカバー「2000man」の他、「Dirty Livin'」「Charisma」「Magic Touch」などポップな佳曲が詰まった一枚だ。We Need Kiss!!ポム・スフレのホームページではKissのアルバムについて取り上げています!
2006.02.01
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