2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全28件 (28件中 1-28件目)
1
11月の最後は久々にアニメでいってみる。「無敵鋼人ダイターン3」は1978年6月3日から1979年3月31日まで全40回に渡ってテレ朝で放映されたロボット・アニメであり、日本サンライズ(現・サンライズ)第二作目の作品である。監督は「機動戦士ガンダム」でおなじみ富野喜幸(現・由悠季)。本作はその「機動戦士ガンダム」(1st)の前番組にあたる作品である。同監督による名作「無敵超人ザンボット3」の後番組でもあるが、実はもともと企画が進んでいたのはこちらの方が先。放送もこちらの方が先になるはずだったが、予定していたスポンサーの会社が倒産したため、一旦企画が頓挫。スポンサーを変更するにあたって企画が練り直しとなり、結果的にザンボット3と放送の順番が前後した、という経緯がある。当時「無敵超人ザンボット3」に大きな衝撃を受けた僕は、タイトルからデザイン、必殺技まで実によく似ていた本作を、ザンボット3の続編だと信じて疑わなかったのだが、シリアスだった前作とはうってかわったコミカルな作風に、幼いながらも戸惑いながら見た記憶がある。地球人類をサイボーグに改造しようと企む宇宙サイボーグ「メガノイド」に立ち向かう青年、破嵐万丈が巨大ロボ「ダイターン3」に乗って活躍する、というストーリーで、基本的には70年代ロボットアニメを踏襲した内容となっているのだが、それまでのスパロボ物にはなかったアダルトな雰囲気やスピード感のある演出が痛快かつ斬新で、ガンダムとはまた違った意味での「大人の鑑賞に堪えるロボット・アニメ」と呼ぶにふさわしい作品となっている。「世のため人のため、メガノイドの野望を打ち砕くダイターン3、この日輪の輝きを恐れぬのなら、かかってこい!」という名セリフのもと、全篇に渡ってアナーキーなギャグやダイナミックなアクションが炸裂するエピソードの数々は、今見ても全く色褪せない面白さ!(特にシリーズ後半)作画は今の目で見ると、さすがにツライものがあるが、その事がかえって「大切なのは脚本と演出」という事を再確認させてくれる。70年代ロボットアニメが持っていた「分かりやすさ」と「様式美」、エンターテイメント性をバランス良く保ちながらも、富野氏ならではの見事な演出が存分に満喫できる本作は、「富野由悠季=ガンダム」と思っている人にこそ見てほしい傑作だ。現在では動画配信のほか、DVDレンタルも解禁され、視聴は容易。興味を持たれた方は御一見あれ。さて、この主題歌。作曲は前作「無敵超人ザンボット3」でも(そして1stガンダムでも)音楽を担当していた渡辺岳夫。シリアスだった前作の主題歌が攻撃的な曲調だったのに対して、こちらはポジティヴな躍動感を感じさせる仕上がり。シブいイントロから一転して、藤原誠の力強い歌声と共に開放感溢れるメロディが展開されていく。松山祐士による華麗なアレンジも見事で、特に曲のクライマックスにおけるスケール感は、天高く舞い上がるかのようなカタルシスを感じさせてくれる。聴く者に勇気を与えてくれる、希望に満ちた名曲だ。「無敵鋼人ダイターン3」の歌&OP映像はここをクリック!なお、この作品で主役である破嵐万丈を演じた鈴置 洋孝氏(ガンダムのブライト・ノアでもある)は、今年の8月6日、肺がんにより逝去。まだ56歳という若さだった。日本アニメの黄金期を支えた名優にこの歌をおくりたい。涙はない 涙はない 明日に微笑みあるだけカムヒア! ダイターン3 ダイターン3日輪の輝きを胸に秘め俺の体が 俺の体が 燃えている戦え 戦え 宇宙の果てに消えるとも輝く銀河をかけめぐるダイターン3 我とありはばたけ大空へ 大地を蹴って
2006.11.30
コメント(2)
'79年に発表されたジョージのソロアルバム、その名も「George Harrison」(写真)は、「All Things Must Pass」や「Cluod Nine」のような商業的成功には恵まれなかったものの、ジョージ・ファンの間では「最高傑作」の呼び声が高いアルバムである。地味ながらも各曲のクオリティは実に高く、アルバム全体を包む穏やかな雰囲気も印象的で、「慈愛の輝き」という邦題も言いえて妙な一枚だ。心温まる「Love Comes To Everyone」、ビートルズ時代のボツ曲「Not Guilty」、美しい「Dark Sweet Lady」など、どれもいいが、個人的なベストはアルバム5曲目にあたる「Blow Away」だ。このアルバムからのシングルでもあるこの曲は、全米16位・全英51位というシブ~いヒットを記録。イントロのスライド・ギターからして、もう泣けてくるが、やわらかい音色のアコースティック・ギターと、ジョージらしい優しいポップさを持ったメロディが何とも切なく、素敵な一曲に仕上がっている。アレンジは奇をてらう事のないオーソドックスなものだが、それが実にハマっており、かえってシミる。芸のないシンセ・ストリングスの音がいいなあ。カウベルの音が微妙なファンキーさを添えるのもグージョンやポールの曲のような派手さはないが、聴くほどに味が出る、ジョージならではのポップ・ソングだ。この曲で聴けるジョージの歌声は、明るく軽やかだが、「雨は僕の心を濡らすまで1年も振り続けた」というフレーズが胸に迫る。このアルバム制作時のジョージはプライヴェート面で充実しており、そんなジョージのポジティヴな状態が音にも表れているが、そうした中にも滲み出る「憂い」がジョージの個性であり、このアルバムが長きに渡って多く(?)の人の心を捉える要因のひとつだと思ったりもする。「Blow Away」のPVはここをクリック!途中にヘンな物体が出てくるシュールさもさる事ながら、今でいうならテレビ埼玉あたりで流れてそうな映像のチープさが今見ると愛おしい。All I got to do is to love youAll I got to be is, be happyこのフレーズも今となっては余計に泣ける…そういえば今日はジョージの命日か…
2006.11.29
コメント(8)
土屋昌巳率いる一風堂の'82年の鮮烈なヒット曲である。お若い方にはSHAZNAのカバーで耳に覚えがあるだろう(泣…当時は歌番組とかでよく流れていたため、曲自体は知っていたものの、僕が「土屋昌巳」という名前を意識したのは、その後彼がレギュラー出演した「夕やけニャンニャン」によってである。その時の土屋昌巳を見て、「インパクトのある顔だ」とは思ったものの、この人が「すみれ September Love」の人だと知ったのは、実はかなり後だったりする(汗土屋昌巳のミュージシャンとしてのキャリアは70年代前半に始まっており、一時期は坂本龍一とバンドを組んだ事もあったという。一風堂のデビューは'73年のシングル「もっとリアルに」だが、その後7年間はこれといった作品の発表はなく、グループの本格的な活動は80年代に入ってからだった。作詞:竜真知子、作曲・編曲:土屋昌巳によるシングル「すみれ September Love」は'82年7月21日に発売。カネボウ化粧品のCMソングとして使われたこの曲は、オリコン・チャート2位を記録。80万枚を売り上げるヒットとなった。土屋昌巳のナルシスティックなヴォーカルにお洒落なポップ・センスを感じさせるメロディー、古き良きテクノ・ポップを思わせるシンセの音は今聴いてもソソる。土屋昌巳のギター・カッティングもカッコいいし、間奏の甘美なヴァイオリンの音色にもウットリ。グラム・ロック時代のデヴィッド・ボウイを思わせる妖艶なルックスと、ニューウェイヴの影響濃い音楽性は、"和製ニューロマンティック"と呼ぶにふさわしいもので、そのクオリティは本場イギリスのものと比べても全く遜色がないと言える。そのイロモノ的な雰囲気と、グループとしての大きなヒット曲がこれだけだったために、世間には「典型的な一発屋」というイメージを持たれているが、土屋昌巳はその後、JAPAN、坂本龍一、高橋ユキヒロ、布袋寅泰と活動を共にしたり、ブランキー・ジェット・シティーをプロデュースしたりと、実は普通に凄いミュージシャンだったりする。また一風堂でキーボードを弾いてた見岳章は、後に秋元康と組んで、作曲家として大活躍。とんねるずの「一気!」「雨の西麻布」や、美空ひばりの「川の流れのように」が、一風堂でキーボードを弾いてた人の作品だとかなり後で知ってあらビックリ。この人が担当したアニメ版「人造人間キカイダー」の音楽も好きだったなあ…つーコトで、「すみれ September Love」を聴くにはここをクリック! '82年の映像です。明日は明日 ライラライライライ… 君は夢か幻…
2006.11.28
コメント(8)
素晴らしきB級ポップ・クリエイター、ニック・ロウとデイヴ・エドモンズによる双頭バンドがロックパイルである。ロウとエドモンズの出会いは'74年。ブリンズリー・シュウォーツの傑作「New Favourites Of …」をエドモンズがプロデュースを担当した事から二人の親交は始まる。共にポップ・フリークでありながらも違う個性を持つ、異母兄弟のようなこの二人が惹かれあうのは必然の成り行きだったと思われる。ロック・パイルという名前はもともとエドモンズの1stソロ・アルバムのタイトルで、'75年にはロウとエドモンズに、ビリー・プレブナー、テリー・ウィリアムズというメンバーでライヴ活動を開始。エドモンズのソロ「Tracks On Wax 4」('78年)、「Repeat When Necessary」('79年)も演奏そのものはロックパイルによるものである。そして'80年、満を持したバンドが正式にロックパイル名義で発表したのが「Seconds Of Plesure」(写真)だった。50年代、60年代の音楽に対する造詣とオマージュがたっぷりと詰まったポップソング、ロウとエドモンズによるコーラス・ハーモニーが全編に炸裂する作品集となっており、ギターの音をわざとペランペランに録音するなどの心憎い音作りも嬉しい。「Heart」「Now And Always」「When I Write A Book」などに見られるニック・ロウの冴え渡るポップ・センスが素晴らしいが、ディフォード&ティルブルック(スクィーズ)による「Wrong Again(Let's Face It)」なんかも収録されていたりする。この愛すべきポップ・アルバムに、当時中村とうようが「ミュージック・マガジン」のレビューで0点を付けたのは、ファンの間では有名なハナシ。エライ大人の言う事なんて的外れなものさ「Teacher Teacher」はこのアルバムのオープニングを飾る、ウキウキするようなポップ・ナンバー。K・ピケットとE・フィリップスによる曲のカバーだが、これがニック・ロウ節と呼べる見事な仕上がりとなっており、躍動感溢れる演奏、サビで一気に開放されるキャッチーなメロディと美しいハーモニーは、まさにポップスの美学と呼べる快感がある。「Teacher Teacher」を聴くにはここをクリック!ロックパイルはこのアルバムを一枚残した後あっさり解散。理由はロウとエドモンズのケンカ別れだった。「もうニック・ロウとは会わない。彼の話はしたくない。ロックパイルは遊びだったのに、ニックはマジになってしまった。だから僕等はうまくいかなくなった。」----(デイヴ・エドモンズの'85年の発言)↑う~ん、なんだかオトコとオンナのよくあるハナシみたいだ…その後ロウとエドモンズの関係は修復したが、この二人の正式な共演がこれ一枚きりになってしまったのはやっぱりサミシイなあ…このアルバムのボートラであるエヴァリー・ブラザーズのカバー曲で聴ける、ロウとエドモンズの美しいハーモニーを聴くたびに僕はそう思うのでした。。。
2006.11.27
コメント(12)
今では「世紀の名盤」「ロック/ポップスの金字塔」などとハンで押されたように言われるこのアルバムだが、憂いを感じさせる曲が多く、歌詞にサーフィンも車も出てこない本作に対して、当時はバンドのメンバーからもファンからも否定的な反応が多かったのは有名な話だ。特にマイク・ラヴは「こんなもん誰に聴かせるんだ?犬か?」という名言を残しているが、「ペット・サウンズ」というタイトルもそこから来ているという逸話にはチト笑った。名前なんて後からついてくるもんですねえワンワンこのアルバムのトップを飾る「Wouldn't It Be Nice(素敵じゃないか)」は、地味な曲が大半を占める本作の中でもほとんど唯一と言えるアップテンポのナンバーだが、この曲からしてそれまでのビーチボーイズとは違う感触を持っている事は容易に分かる。ハープシコードの美しい響きから始まり、「一緒にいられるなんて素敵じゃないか」と陽気に歌うこの曲は、冒頭から飛びだすフックの効いたメロディ、2分28秒という短さながらも凝りに凝った展開とアレンジが素晴らしく、まさしくポップ・シンフォニーと呼ぶにふさわしい仕上がりになっている。ルート音を意図的に外すベース・ラインも曲に奥行きを与えており、これはポール・マッカートニーにも影響を与えた。ただ、ポップで楽しい曲ではあるのだが、同時にここには言いようのない孤独感や繊細さも感じられた。そして、それはこのアルバム全体を支配するものでもあった。人が子供から大人になる時に誰もが多かれ少なかれ感じる哀しみ、孤独、挫折…ブライアンはそれをポップでみずみずしく表現する事に成功した。「美しい」とよく形容されるこのアルバムに心惹かれる人は、音楽の中にそれを感じとっているのかもしれない。かく言う僕も「ペットサウンズ」は大好きな人間の一人だが、それでもビーチ・ボーイズの名盤というと真っ先にこのアルバムが挙げられる風潮にはどうも違和感を覚える。このアルバムをして「ブライアンのソロ的要素が強い」という指摘はよく言われる事だが、確かに僕もこのアルバムにはあまり「ビーチ・ボーイズ」を感じない。また、このアルバムによってビーチ・ボーイズの音楽は、それまでの彼らにはない「美しさ」を得たが、代わりにそれまでにあった「楽しさ」が失われたのも事実だと思う。そう考えると、ビーチ・ボーイズの「陽」の部分を受け持っていたマイク・ラヴ(彼も優秀なソングライターだ)がこのアルバムに否定的だったのも分からなくはない。というか、ある意味真っ当な批判だったのだ。さらに言うなら、アルバムとしての完成度でいったら、「Today!」「Summer Days」「Sunflower」といった作品も決してひけを取らないと思うし、そういう意味では「Pet Sounds」を簡単に「ビーチボーイズの最高傑作」みたいに言うのはやはり片手落ちな気がする。そんな複雑な思いもあってか、僕はある程度距離を置きながらこのアルバムと付き合っているのだが、それでも未だによく聴く一枚であり、何回聴いても飽きないこの作品を「素敵じゃないか」と思うのも事実なのである。それではここをクリックして「Wouldn't It Be Nice(素敵じゃないか)」を聴こう!なお、この曲はシングル発売されて全米8位を記録。そしてカップリングだった曲は「God Only Knows」(全英2位)…ビートルズの「Penny Lane/Strawberry Fields Forever」と並ぶ史上最強シングルじゃ…※ポム・スフレのホームページではBeach Boysの名盤「Sunflower」について取り上げています!
2006.11.26
コメント(8)
ビートルズやThe Whoの新作(片方は「なんちゃって」だけど)に気を取られて、すっかり忘れとったが、Oasisもベスト盤を出してたのねU2にジャミロクワイ、そしてエアロと、大物のベスト盤が続くなあ…にしても、新曲もない上に「Whatever」も入っていない2枚組ベストなんか誰が買うんだよ…とか思っていたら、本国イギリスでも、わが国のオリコンでも共に1位を記録してました。なんだかんだで強えーなオアシス。つーコトで本日はオアシスの隠れ名曲であるこの曲を。オアシスはいわゆるカップリング曲(=B面曲)にアタリが多い事でもファンには有名で、特に全盛期の彼らには、アルバム未収録にするにはあまりにももったいない曲がゴロゴロあった。この「Stay Young」もそのひとつで、3rdアルバム「Be Here Now」からの先行シングル「D'You Know What I Mean?」のカップリングとして収録されていた曲である。このシングルは、評価、セールス共に大成功を収めた2ndアルバム「(What's The Story)Morning Groly?」の後に発表された新曲だけに皆の期待も大きかった。メディアなんかもこぞって大騒ぎしていたように思う。僕もタワレコかなんかで「D'You Know What I Mean?」が試聴機にセットされてるのを見つけた時は、「オアシスの新曲かあ…どんなんだ?」とワクワクしながらPLAYボタンを押したものだ。…が、地味なメロディ・ラインと起伏に欠ける演奏は「シブくてブルージー」という言い方もできるが、要するにシングルとしてはビミョーな曲で、「Roll With It」「Some Might Say」「Whatever」のようなキャッチーな曲を期待していた僕には肩透かしな印象だった。正直ガッカリした僕だったが、せっかくだからと、2曲目に入っていた「Stay Young」も試聴してみた。そしたらである。弾むようなシャッフル・ビートに生き生きとした演奏、そして分かりやすくキャッチーなメロディー。まさに僕が求めていたオアシスの曲だった。「Stay Young」を聴いた僕は迷わず心の中でこう言った。「こっちの方がいい曲じゃん。つーかこっちをA面にしろよ」当時同じ事を思った人は少なくないと僕は信じる(笑「カップリング曲の方が良かった」というだけならともかく、「カップリング曲の方がシングル向き」というのは珍しいのではなかろうか?これも「B面曲のオアシス」ならではのなせる技か?後に発売された、オリジナル・アルバム未収録のカップリング曲を集めたCD「The Masterplan」(写真)は、この曲の他にも「Acquiesce」「Going Nowhere」「Listen Up」「Fade Away」などの名曲が満載の一枚となっており、僕の印象では、賛否が分かれた「Be Here Now」よりも評判が良かったように思う。編集盤なので統一感には欠けるが、個々の楽曲の質の高さはかなりのものであり、ノエルのソングライターとしての才能を感じるという意味では「(What's The Story)Morning Groly?」と裏表一体のような一枚だ。ちなみにこの「Stay Young」も先日発売されたベスト盤には未収録。イヤなベスト盤だな…オアシスの裏名曲「Stay Young」を聴くにはここをクリック!オアシスは5年後くらいに、もっかいちゃんとしたベストを出しなさい。
2006.11.25
コメント(4)
80年代も終わろうとする頃のビルボード・ヒットチャートに、突如無名の黒人巨漢ラッパーが現れた。彼の名はトーン・ロック。西海岸のラップ専門のレーベルであるDelicious Vinyl(デリシャス・ヴァイナル)の第一弾アーティストとしてデビューした23歳のラッパーだった。デビュー・アルバム「Loc-ed After Dark」(写真)からのシングル「Wild Thing」は'89年にリリース。モノクロ映像のPVもなぜかあちこちで目にした記憶がある。無表情に楽器を演奏するオネーチャンに囲まれて、やる気があるんだかないんだか分からないラップと動きを披露するトーン・ロックを見て、「何だコイツ?」とか思いながらも妙に印象に残ったのを思い出す。パッと見は何の取り柄もなさそうな黒人デブといった感じのこの人だが、その低音のダミ声と飄々とした雰囲気からは油断ならぬ何かが感じられたものだ。そのイントロからして人を食ったような感じだが、ゆるいテンポとヘヴィでキャッチーなギター・リフを軸としたグルーヴ感が何かとツボにくる。その上に乗っかるロックのトボけたボーカルがまたイカしている。時折挿入されるスクラッチ音などは時代を感じさせたりもするが、得体の知れないカッコ良さを持つこの曲は、今聴いても充分有効な気がする。「Wild Thing」は何だかよく分からないうちに全米チャートを上昇し、気がついたら最高2位まで上昇。当時のラップ・ソングとしては破格の200万枚を売り上げた。「Wild Thing」といったらジミ・ヘンドリックスの名演でも有名な同名曲があるが、ロック自身はジミ・ヘンドリクスは聴いた事がないと発言している。アルバム「Loc-ed After Dark」は全米1位を記録。同アルバムからは「Funky Cold Medina」も全米3位のヒットとなった。Run DMCやビースティー・ボーイズの場合とは違って、何であんなに売れたのか未だに謎な気もするが、結局僕はこのアルバムが大好きだったりする。ロックは1991年のセカンドアルバム「Cool Hand Loc」を最後に俳優業に転身。売れなかったためか、音楽に執着がなかったのかどうかは知らないが、個人的にはちょっと残念な気がした。今でもこの人を覚えてる人ってどのくらいいるんだろう?せめてこの曲くらいは覚えていてほしいなあつーコトで「Wild Thing」を聴くにはここをクリック!なお、このPVの後ろの方でサングラスをかけてスクラッチをしているお兄ちゃんも、後にYoung MCとして「Bust A Move」(全米3位)のヒットを放っている。
2006.11.24
コメント(0)

今週は予想通り…つーか予想以上にLOVE一色ですねワシももうしんぼうタマらんから、今日は予定変更してLOVE祭りに参加してみるそれにしても「ビートルズで一儲け」な企みが透けて見えるこのテのイベントって例の「アンソロジー」プロジェクト以降、定期的にやって来るようになりましたね。'95年の「Live At BBC」はまあともかく、その後の企画アルバムはどれも「悪くはないけど、無理して出す程のモンでもねーだろ」っていう印象が個人的には払えませんでしたね。今回発売された「Love」にしても、一応はジョージ・マーティン親子のプロデュースで、シルク・ドゥ・ソレイユの演じるミュージカルのサントラという事だけど、それでも「ビートルズの新作」的な扱いで売り出しているトコロなんかにはカネの匂いがプンプンするぞ。オリジナル盤のリマスターを差し置いてこうゆうコトをやってちゃあ、そう言われてもしょうがないですよねえEMIさん。さて内容についてだけど、なんといっても一番驚かされたのが音質の良さ。これホントに60年代のバンド?これが60年代のバンドの音だってんなら、21世紀以降のバンドの立場っていったい…ハリウッド映画のCGにしても同じ事を感じるけど、最近の技術ってつくづくスゲーな。「究極に発達した科学は、魔法と区別がつかない」なんて事を誰かが言ってたけど、こうなるともう魔法ですよ魔法。今回の収穫といったら、何はともあれこの音質でしょう。で肝心の内容ですが、「思った以上に良かった」というより「思った以上に楽しめた」って感じ。マッシュドアップとかいう言葉を売り文句にしてるようだけど、まあ要するに「ビートルズの曲を解体~再構築して遊んでみましたあ」ってコトよね。あの曲の中にあのフレーズやあのフレーズが次々と飛び出してくるといった仕掛けは確かに楽しく、「そうきたか」「おお!そのテがあったか!」「え~オレならこうするケドなあ」などと喜んだり文句言ったりする楽しみがある。耳タコものだった曲が音質の良さとも相俟って新鮮に聴こえてくる様には、最初はサスガに興奮したなあ。そういう意味ではまさに「ディスカバー・ビートルズ」って感じ。…ではあるが…音楽的な魅力としては、やはりオリジナルに到底及ぶものではないし、実は結構飽きやすい気もする。少なくともコレが僕にとっての「末永く聴ける一枚」になるとは思えない。まあ、オリジナルを一万回くらい聴いた人がタマに聴くにはイイって一枚じゃないですかね。コレ、中古屋に出回るの思ったよりも早いかもよ。結論を言うと、「音質の良さには感動したけど、内容自体は騒ぐ程のものでもない」ってのが僕の感想。今回もよくも悪くも企画盤。まさにそれ以上でも以下でもない。とはいえ、最初からあまり期待してなかった僕に「買ってよかったー」と思わせてくれた事には拍手を送りたい。で、この「LOVE」を聴いて思い出したのが今回のオマケであるコレ。「Stars On 45 : Medley Intro Venus~」 オランダ人プロデューサーが、スタジオ・ミュージシャンを使って作り上げた「なんちゃってビートルズ」なディスコ風メドレーで、'81年に全米1位を記録している。ビートルズの曲を無造作につなげただけと言えばそれまでだが、「Venus」や「Sugar Sugar」といった有名曲も盛り込んだその作りは、いかがわしさも手伝って結構楽しいものとなっている。なお、これと同企画のプロジェクトとして、ビーチボーイズ、アバ、スティーヴィー・ワンダーなどのメドレーも作られた。スターズ・オン・メドレーを聴くにはここをクリック!やはりビートルズは素晴らしい!…と、当たり前の事を言ってシメてみる…
2006.11.23
コメント(6)
1977年に10週連続全米No.1を記録した、デビー・ブーンの一世一代の大ヒット曲であり、70年代を代表する名バラードである。デビー・ブーンは、「砂に書いたラブレター」「四月の恋」(共に全米1位)などで有名なパット・ブーンの娘であり、親子二代で全米No.1ヒットを持つ三組のうちの一人である。ちなみに他の二組とは、フランク・シナトラとナンシー・シナトラ、それにブライアン・ウィルソンとウィルソン・フィリップス(ウィルソン姉妹から成るグループ)である。1956年生まれのデビー・ブーンは、70年代始めに3人の姉妹たちと組んだ4人組“ブーン・ガールズ”としてデビューするが、これは失敗に終わる。そして77年8月にデビーはソロ・シンガーとして再出発するが、その時のデビュー曲が「You Light Up My Life(恋するデビー)」だった。ジョー・ブルックス作・プロデュースによる正統派のポップ・バラードで、同年公開の映画「マイ・ソング」のテーマ曲としても使われている。ゆったりとした曲調、カントリーに根ざした美しいメロディはスタンダードと呼ぶにふさわしい気品と完成度を持つ。ゆるやかに、そしてドラマチックに昇りつめていく展開も素晴らしく、特にストリングスも交えた後半の盛り上がりは圧倒的だ。この時20歳だったデビーの歌声も貫禄充分で、「あなたは、私の人生を照らしてくれる。生きていく希望を与えてくれた」という歌詞とも相俟って、聴き終わった後には何とも言えない感動と余韻が残る。この曲はアメリカン・ミュージック・アワードのベスト・ポップ・シングル賞とオスカーのベスト・オリジナル・ソング賞を受賞。また彼女自身もグラミーの最優秀新人賞に輝いた。デビーはこの後これといったヒットが出ず、結婚を機にポップ・チャートからは遠ざかっていったが、現在でもクリスチャン系のシンガーとして人気があるようだ。ホイットニー・ヒューストンやリアン・ライムスを始めとして、様々なアーティストに歌われたこの曲は、これからも多くの人の心に残るに違いない。永遠の名曲「You Light Up My Life」を聴くにはここをクリック!
2006.11.22
コメント(6)
「渋谷系」という言葉も死語になりつつあった1998年、「かわいくってイジワルな感じのバンド。ただしパンク」というコンセプトをひっさげて登場してきたのがシンバルズだった。土岐麻子(Vo)、沖井礼二(G,Ba)、矢野博康(Dr)からなる三人組で、「渋谷系」の直系とでも言えるスタイリッシュなポップ・センスが売りのバンドだった。1998年にインディのLD&K Recordsから2枚のミニ・アルバムを出した彼らは、翌年ビクターエンタテインメントよりメジャーデビュー。メジャーからの2枚目のシングルである「Rally」は、1stフル・アルバム「That's Entertainment」にも収められている、彼らの代表曲である。土岐麻子の小悪魔的なヴォーカル、パンキッシュな演奏、ピチカート・ファイヴからポップな部分だけを抽出したようなメロディが魅力の、弾けるようなポップ・ソングだ。親しみやすくはあるのだが、だからといって一般受けするとも思えない微妙なバランス感覚も特徴で、今なら深夜アニメの主題歌に使われてもおかしくないB級っぽさがソソる。ともあれ、ここにある屈託のなさとワクワクするような疾走感は、今聴いても純粋に楽しめる。シンバルズは4枚のオリジナル・アルバムを残して、2004年に解散。ジャパニーズ・ポップスの歴史に大きな足跡を残した…という程の存在でもなかったが、シングル曲を中心にまとめた彼らのベスト盤「Anthology」(写真)くらいは、良質なポップ音楽を求める人なら持っていても損はないかもしれない。なお、土岐麻子は2006年の12月にはLD&Kよりニュー・アルバムを発売する予定。つーコトで、シンバルズの名曲「Rally」を聴くにはここをクリック!Do You Know? Don't You Know? 質問攻めのカギかっこ♪※ポム・スフレのホームページではシンバルズのアルバムについて取り上げています!
2006.11.21
コメント(2)
邦題「ローランドの悲しい目の乙女」。ボブ・ディランの'66年の名盤「Blonde On Blonde」(写真)のラストを飾るナンバーであり、アナログ盤ではLP片面まるごとを費やした大作である。ディランの当時の妻サラに向けて書かれた曲で、抽象的かつイマジネイティヴな歌詞は、まさにディランの独壇場。発表から40年経った今でも、そのイメージの豊かさは圧倒的だ。最初このアルバムを聴いた時には、「Visions Of Johanna」「Sooner Or Later」「I Want You」「Just Like A Woman」といった比較的メロディの分かりやすい曲ばかりが印象に残って、この曲はスルー気味だったのだが、その後ジョーン・バエズが歌うバージョンを聴いて「やべえ、いい曲だ」と思った僕は慌ててこのアルバムを聴き直した覚えがある(笑曲はゆったりとしたアコースティック・ギターに導かれて始まり、ディランのやわらかいボーカルと哀しいメロディが10分にも渡って展開される。アルバムの最後を飾る大作という意味では、前作「Highway 61 Rivisited」のラスト・ナンバー「Desolation Row」と対をなすが、アコースティックなサウンドながらも緊張感を持っていたその曲に比べ、こちらの方はややおおらかさを感じさせる仕上がりである。とはいえ、柔軟でありながら奔放で表情豊かな演奏はやはり感動的だ。悲しげなハーモニカと温かいキーボードの音色もシミる。この曲に限らず、「Blonde On Blonde」の収録曲はロックが最も「ロック」であった時代を感じさせてくれる名演だが、それもロビー・ロバートソン(セッションにも参加)に言わせれば、このアルバムのミュージシャン達は「自分達のいつもの音を出していただけ」だったのだそうだ。ちなみに、僕が持っている「Blonde On Blonde」のCDは、いわゆる「過去の名盤」のCD化もまだほとんど進んでいない頃のシロモノ、つまりかなり旧規格のCDで、一枚モノのディスクにも関わらず、帯には「税込価格3760円」と書いてある。高っっっ!!CDってこんなに高かったのね…バブルか…今となっては何もかもが懐かしい…まあコレに限ってはそれだけの価値があった一枚だけどさ(´ー`)ジャケットのピンボケ気味に写るディランの姿が今も眩しい。「Sad Eyed Lady Of The Lowlands」を聴くにはここをクリック!※ポム・スフレのホームページではボブ・ディランのアルバムについてについて取り上げています!
2006.11.20
コメント(7)
英米共にNo.1を記録した1963年のシングルで、オリジナル・アルバムには未収録。「Beatles 1」ほか、様々な編集盤で聴ける。イギリスでは当時150万枚を売り上げ、1977年にポール(ウィングス)自身によるシングル「Mull Of Kintyre(夢の旅人)」に記録を破られるまで、英国史上最多の売り上げを誇った。一方当時のアメリカではビートルズ旋風はまだ起こっておらず、大手のレコード会社からはリリースを断られ、マイナーレーベルのスワン・レコードからリリースされているが、最初の時は全くの不発に終わっている。キャピトルがリリースした「I Want To Hold Your Hand」がヒットしだしてから、この曲も再リリースされ、結果'64年3月に全米1位を記録している。ジョンとポールのほぼ完全な共作らしく、イギリスのヨークシャー地方をツアーしている時に、ツアー・バスの中と滞在先のホテルの部屋で書き上げられている。「ドドンドドン!」という、一秒で「あの曲だ」と分かるドラムのフレーズ。続いてすかさず飛び出す、どキャッチーなメロディーと三声のハーモニーのインパクト。この曲を初めて聴いた時の衝撃は今も鮮明に覚えているが、これほど一瞬にして「やられた!」と思わされる曲も珍しい。ボクシングでいうなら、ゴングが鳴った瞬間相手をKOするようなものか。いきなりこのサビから始まるという構成を考えたのはジョージ・マーティンだが、このアイデアこそがこの曲の勝因だろう。演奏から滲み出るはちきれそうなエネルギーも素晴らしい。エンディングで出てくる有名なG6のコードはジョージ・ハリソンによるもので、コーラスがもろに五度とシックスでぶつかっているが、普通に聴く分には全く違和感がない。また、ラヴソングといったら普通は「アイラヴユー」だが、これは「彼女は君が好き」というユニークなもの。当時はもちろん、今もこんな発想の曲はほとんど見かけない。他人の幸せなんか歌ってどーすんだよ。「Yeah Yeah Yeah」というフレーズは、周りのオトナ達には不評だったらしく、当時のあるDJにはゴミ呼ばわりされている。なお、この曲(と「抱きしめたい」)は「ドイツで売るためにはドイツ語で歌わないとレコードの売り上げが伸びない」というレコード会社からの要請で、ドイツ語で歌ったバージョンもリリースされている。なぜドイツにこだわる?※ポム・スフレのホームページではビートルズ・レビューのほかに、自作曲の公開や独自の名盤レビューを行っています!
2006.11.19
コメント(6)

「ほら、有名な人いるじゃないですか。あの人何ていったっけ? ほら、あのアコギ一本で歌うオッサンですよ。 ほらほら、こんな感じの曲(と言ってヘタクソな鼻歌を歌い出す)…」----これは、この前ワタシと話をしていた自称「オレ洋楽通」の若者Kの言葉である(原文ママ)。彼の言う「こんな感じの曲」の題名は「Tears In Heaven」。「アコギ一本で歌うオッサン」とはエリック・クラプトンの事である。昔、クリームやデレク&ドミノスのアルバムを浴びるように聴き、「Crossroads」のギターを必死になってコピーした経験のあるワタシにとっては、若い世代との断絶を感じさせられる出来事だった。これが「ゆとり世代」というヤツか…クラプトンが誤解されるきっかけとなった曲である「Tears In Heaven」は、幼くして神に召されてしまった息子の事を思って歌った美しいバラードで、含蓄を感じさせるクラプトンの枯れたボーカル、アコースティック・ギターの優しい音色、何とも切ないメロディが胸に迫る名曲となっている。バックで鳴るハーモニウムのような音色も泣かせる。元々は、クラプトンが音楽を担当した映画「Rush」のサウンドトラック・アルバム(写真)の最後にひっそりと収録されていた曲だったのだが、これが'92年に全米2位という予想以上の大ヒットを記録する。 さらにこの曲のライヴ・ヴァージョンも収めたアコースティク・アルバム「Unplugged」(すぐ上↑の写真)も大評判を呼び、その年(1992年度)のグラミー賞の主要部門を総ナメするという事態まで起こった。「ギターの神」「スローハンド」と呼ばれたクラプトンを知る人間にとっては、「なんだそりゃ?」みたいな出来事だったのだが、皮肉にもこの大ヒットによって「エリック・クラプトン=Tears In Heavenを歌うダンディーなオジサン」というイメージがしばらくは付きまとう結果になってしまったように思う。今でもクラプトンといったら「Layla」と並んで、この曲を思い浮かべる人は多いんじゃないだろうか?「Tears In Heaven」は確かに名曲だが、これを「エリック・クラプトンの代表曲」として真っ先に挙げるのは、やはり何か違うような気がする…というかイヤだ。クラプトン本人もそう思っていたのかどうかは知らないが、昨年3月にはクラプトン自ら「この曲をもう歌わない」と封印宣言をしてしまった。 なお、前述のサントラ・アルバム「Rush」は、楽曲の質の高さもさることながら、クラプトンのギターがたっぷりと堪能できる内容で、インスト中心の構成ながら、ファンには見逃せない佳作である(つーかヘタなオリジナル・アルバムよりよっぽどイイ)。それでは最後にここをクリックして「Tears In Heaven」をどうぞ~!こちらは「Unplugged」からのライヴ・ヴァージョン。う~ん、クラプトン何だか大学教授みたいだ。※ポム・スフレのホームページでは、エリック・クラプトンの名盤「Slowhand」について取り上げています!
2006.11.18
コメント(8)
「マイケル・ジャクソンが新曲を出す」「ニューアルバムが完成したらしい」この話題は1987年夏における、洋楽ファンにとっての最大の関心事のひとつだった。ロック/ポップス系のアルバムとしては未だに歴代1位の売り上げを誇る「Thriller」の発表から5年。既に機は熟しており、世界中がマイケルの新作を待ち望んでいた。若い人には今ひとつピンとこないかもしれないが、当時のマイケルにはそれだけのカリスマ性があったのだ。世間の注目と期待を一身に集める中、マイケル・ジャクソンの新曲にして、アルバム「BAD」からの先行シングル「I Just Can't Stop Loving You」が発売された。この曲は1987年8月8日付けビルボード・シングルチャートに初登場39位という最も高いポジションで登場。当時の僕はビルボードを購読しており、チャートの中に「マイケル・ジャクソン」の名を見つけた時には胸が躍ったものだった。100曲近くあったというマテリアルの中から最初に選ばれたこの曲は、「スリラーのマイケル」のイメージを覆すような美しいバラードだった。マイケル自らがペンをふるったこの曲。語りの入った長いイントロからしてハッタリが効いてるが、貫禄を増したマイケルのボーカル、しっとりとしたAメロとスケールの大きなサビの対比が感動的な仕上がりとなっている。「マイケルの久々の新曲」という事もあって(笑)、ややもったいぶった作りになっているが、メロディそのものの完成度は高いと思う。「Off The Wall」「Thriller」にもメロウな曲はあったが、これほどストレートなバラードはマイケルにとっては新機軸と言えるものだった。このような曲をニューアルバムからの第一弾シングルに持ってくる所に、「スリラーの焼き直しなんてヤらねえぜ!」というマイケルの意気込みが見える。この曲は当然のごとく1位を記録。ただし、当初の勢いに反してチャートから転落するのも予想以上に早く、ちょっと肩透かしを喰らった気がしたが、それでもニューアルバムに期待を持たせるには充分な先行パンチだったと思う。アルバムからの第二弾シングルであり、タイトル・ソングでもある「BAD」がシングルチャートの1位になったのは、この曲がトップから転げ落ちてからわずか2週間後だった。なお、この曲はサイーダ・ギャレットなる女性とのデュエットとなっているが、彼女の歌声がマイケルの声に酷似しているため、言われなければ(というか言われても)ほとんどデュエットだと分からない結果となっている(笑また、彼女は同アルバム収録のNo.1シングル「Man In The Mirror」の作者でもある。それではここをクリックして、マイケルの美しいバラード「I Just Can't Stop Loving You」をどうぞ~。※ポム・スフレのホームページではマイケル・ジャクソンのアルバムについて取り上げています!
2006.11.17
コメント(4)
現在も第一線で活動を続ける(※)XTCは、ブラーやスーパー・ファーリー・アニマルズの大先輩に当たる存在であり、「英国的」という言葉が最もよく似合うポップ・バンドである。が、あくまでポップでありながらも決して一筋縄ではいかない感覚や、その演奏における時には息苦しくなる程の密度についていけない事も少なくない。常に気になる存在であり、結構な枚数のアルバムを持っているにも関わらず、僕が「XTCの大ファン」とは言えない理由はその辺にあるような気がする。そんな僕が(定番の)「The Mayor Of Simpleton」と並んで最も好きな曲が「Life Begins At The Hop」だ。1979年発表の彼らの3枚目のアルバム「Drums And Wires」(写真)の収録曲で、作者はコリン・ムールディング。XTCのメイン・ソングライターはアンディ・パートリッジだが、コリンも負けず劣らずの才能の持ち主だ(…と思う)。ネジれたポップ・センスが売りのアンディに比べて、若干ストレートなポップ・ソングを書く事の多いこの人の方が、僕の肌に合っているような気がする。XTCというとよく「密室性」云々と言われる事が多いが、この頃はライヴをバリバリにやっていた時期だった事もあって、この曲においては聴いてるこちらもウキウキしてくる楽しさと躍動感がある。演奏している本人達も本当に楽しそうだ。メロディの親しみやすさと毒気がいいバランスを保っており、演奏にもダイナミズムが感じられるこの頃のXTCが僕は一番好きだ。「Life Begins At The Hop」を聴くにはここをクリック!こんなXTCがもっと聴きたかった…なお、XTCが初来日をしたのもこの時期であり、東京の九段会館でライヴを行っているが、その時の前座はP-MODELだったという。当時のXTCが「テクノ・ポップ・バンド」として捉えられていた事を示す、時代を感じさせるエピソードですね(´ー`)ちなみにその時のライヴはP-MODELの方が評判が良かったとか…※追伸 現時点では、事実上活動停止状態。再開のメドも立っていない模様。ポム・スフレのホームページではXTCの名盤「Drums And Wires」について取り上げています!
2006.11.16
コメント(8)
昨年は傑作「Dynamite」を発表して健在を示したジャミロクワイ。「そーいえばこの人ってベスト盤とかって出てないのかなー?」…とか思っていたら出ましたね、ベスト盤。「High Times: Singles 1992-2006」がつい先日発売されてました。うーんシンクロニシティ。妄想は実現する。しかもこのベスト盤、全英アルバムチャートで1位を記録したそう。まだまだ強いなージャミロクワイ。'92年に発表した1stアルバム「Emergency On Planet Earth」は高い評価を得ながらも、「スティーヴィー・ワンダーのモノマネ」とか揶揄されていたような気がするが、キャッチーなディスコ路線を強調した3rd「Travelling Without Moving」('96年)でジャミロは一気に大ブレイク。TVのCMでも使われたシングル「Virtual Insanity」はあちこちでかかりまくっていたよなあ。今回取り上げる「Canned Heat」は、4枚目のアルバム「Synkronized」('99年)の冒頭を飾るパンチの効いたダンス・ナンバー。70年代ディスコのおいしい部分を継承したようなアレンジがなされており、ストリングスの音色なんかはChicを彷彿とさせる、というかそのまんまだったりするが、決して古臭い感じはしない。思わず一緒に歌ってしまうキャッチーなメロディー。アブラの乗ったジェイ・ケイのヴォーカルと躍動感みなぎる演奏のカッコよさにはこちらも体が動く動く。「Virtual Insanity」と並ぶジャミロクワイを代表する一曲だ。今となってはミーハー扱いされる事も多いこの人だが、この曲はダンス・クラシックとして残ってほしいなあ。つーコトで、「Canned Heat」を聴くにはここをクリック!ジャミロクワイの魅力を再確認しよう!ダンス!
2006.11.15
コメント(2)
The Who24年ぶりのニューアルバム発売を記念して、今日はこの曲を。The Whoの代表作にして、ロック史に残る名盤として名高い「Who's Next」(写真)のオープニングを飾るナンバーである。静かにフェイド・インしてくる無機質なシンセのループ音。その上に乗っかる力強いリフ。何百回と聴いてる曲だが、このイントロにはいつ聴いても胸が高鳴る。ここで聴けるシンセの使い方はまさにテクノ・ポップの元祖であり、シンセサイザーの自動演奏をロック/ポップスに効果的に取り入れた楽曲としては、同アルバム収録の「Won't Get Fooled Again」と共におそらく世界初だと思われる。ロジャー・ダルトリーの獅子の雄叫びのようなヴォーカル。ボトムをしっかりと支えるジョン・エントウィッスルのベース。破天荒ながらも抑制の効いたキース・ムーンのドラム。そして、ピート・タウンゼントの弾けるようなリズム・ギター。今聴いても全く色褪せない最高のテクノ・ハード・ロックである。演奏はエンディングに向かうに従って疾走感を増していき、高揚感はそのままに、ほのかな余韻を残して曲は終わる。ここで出てくる民謡風のヴァイオリンはキース・ムーンのアイデアによるもの。ここにあるエネルギーには真の意味でのプログレッシヴを感じる。少年の反抗心を持ちながらも、大人の奥行きを感じさせる歌詞も泣かせる。「Baba O'riley」を聴くにはここをクリック!映像は「鋼の錬金術師」より。そしてこちらは映画「Kids Are Alright」からのライヴ映像。The Who最高!※ポム・スフレのホームページではThe Whoの名盤「Who's Next」について取り上げています!
2006.11.14
コメント(10)
kawasima9氏につられて今日はワシもヒューマン・リーグでいってみる。自分が初めてヒューマン・リーグを知った思い出の曲である。今からちょうど20年前のヒット曲というのもなんだか奇遇だなあ…1979年にデビューしたヒューマン・リーグだが、早くも翌年にはグループが分裂し、オリジナルメンバー二人はヘブン17を結成。残されたフィリップ・オーキーは女性メンバー二人を加えて再出発。メジャーなエレポップ志向を打ち出した'81年のアルバム「Dare!」からは、全米No.1シングル「Don't You Want Me」を始めとしてヒットを連発。「エレクトロニック・アバ」と呼ばれるほどのブレイクを果たした彼らだったが、次のアルバム「Hysteria」はセールス的にはあまり良い結果を得られなかった。起死回生を狙った彼らが、当時売れっ子だったプロデューサー・チーム、ルイス&ジャムを迎えて制作した入魂のシングルが、その名もずばり「Human」だった。アルバム「Crash」(写真)からの1stシングルでもあるこの曲は、じりじりとチャートを上昇し、1986年11月に全米No.1を記録。この年の同じ11月のNo.1ソングには、シンディ・ローパーの「True Colors」、ボストンの「Amanda」、ボンジョヴィの「You Give Love A Bad Name」といった強力なナンバーが目白押しだったため、ヒューマン・リーグのこの曲がトップを飾った時は「なんだコレ一位になったのか」と少し意外な気持ちになった事を思い出す(笑ハッとするようなイントロで始まるこの曲。フィリップ・オーキーのナルシティックなヴォーカルに美しいメロディ、メロウなサウンドがクセになる一曲で、派手さは無いながらも、全体を包む神秘的な雰囲気が何とも言えない。この曲を聴いた当時小学生の僕は「化粧品のCMに使われそうな曲だ」と思ったものだが、今聴いてもその印象は変わらない。ヒューマン・リーグのファンにはあまり評判のよくない曲のようだが、僕にとってヒューマン・リーグといったら「Don't You Want Me」よりもまずこの曲が思い浮かぶ。いい曲には違いないしね(´ー`)だが、その後はこれといったヒットがなく1989年にグループは活動を停止。1995年に一旦復活し、現在は懐メロコンサートなどで活動を行っているとの事だが、YMOの「君に胸キュン」のカバーには複雑な気持ちになったボク…つーコトで、ヒューマン・リーグの名曲「Human」を聴くにはここをクリック!「僕だって人間だ。間違いを犯すことだってあるさ」ええフレーズやなあ……って、オレがこんな事を言っても「だからぁ、オマエはミスが多すぎるんだよ」と言われて終了…
2006.11.13
コメント(6)
ホワイト・アルバム収録のジョンの作品で、後期ビートルズの中では個人的に最も好きな曲のひとつである。ヨーコと出会った事をキッカケに、ジョンのソングライターとしての資質はアヴァンギャルドな方向へと針が向いていくが、それが「Revolution 9」とはまた違った形でひとつのピークを見せたのがこの曲と言える。タイトルは、ジョージ・マーティンから見せてもらった雑誌の「Happiness Is A Warm Gun」という記事から触発されたものらしいが、歌詞の内容はドラッグや性的意味合いを暗示しているとも言われる。「She's not a girl…」という鬱な気分を漂わせる歌い出しからして、Emをキーとしたマイナー調の弾き語りかと思いきや、曲が始まって15秒足らずで早くも転調。しばらくはAmのキーで進むが、今度は00:45あたりからA7をメインにしたハードなワルツ風に展開。そして1:35あたりから曲はさらに別の展開を見せるのだが、これがちょっとスゴイ。ここからは4分の3拍子になるのだが、ドラムだけ4分の4拍子のままで叩いており、その上ジョンのメイン・ボーカルはそのどちらとも違うリズムで歌っているという実にヘンテコなものなのだが、これが普通に聴き流す分には全く違和感がないのだ。こうした曲作りの発想は、当時としては画期的というかメチャクチャなのだが、結果としての仕上がりが実にポップで自然なものになっているだから驚くほかない。しかもこんな構成の曲をジョンは2分42秒にまとめてしまっている。恐ろしきはポップスターの狂気。最後がホンワカとした曲調で終わるのもなんだかコワイ。歌や演奏にも不気味な明るさとコワレた空気が混在しているが、当時のギスギスした人間関係と、リズムトラックだけでも70テイク録音したというハードな録音状況がこのテンションを生んだのだろう。ジョージのヘヴィ&ブルージーなギターもイイ味出してる。ポールとはまた違った、ジョンの「ポップな狂気」が美しく分かりやすい形で昇華された傑作だが、「幸せは温かい銃」(←直訳)というタイトルが今となっては笑えないなあ…※ポム・スフレのホームページでは、ビートルズ・レビューのほかに、自作曲の公開や独自の名盤レビューをやっています!
2006.11.12
コメント(10)
僕がリンダ・ロンシュタットを始めて知ったのは、スピルバーグ製作のアニメ映画「アメリカ物語」の主題歌である「Somewhere Out There」('86年、全米2位)を聴いた時だった。ジェームス・イングラムとのデュエットによる美しいバラードで、楠田枝里子にもちょっと似た雰囲気を持ったリンダを見て「上品なオバサンだ」と思った僕だが、その時は彼女が70年代にはオリヴィア・ニュートン・ジョンと並ぶ「歌姫」扱いだった事などまるで知らなかった。リンダ・ロンシュタットの70年代のアルバムは、いずれも必聴と言える傑作揃いだが、中でも特に僕が好きなのが'77年の「Simple Dreams(夢はひとつだけ)」と、'73年のアルバム「Don't Cry Now」(写真)だ。「You're No Good(悪いあなた)」('75年、全米1位)の大ヒットによってブレイクする一歩手前の作品だが、当時の優れたソングライター達による選りすぐりの楽曲をリンダが見事に歌い上げたその内容は、後のヒット作に勝るとも劣らない完成度を持っている。エリック・カズの「Love Has No Pride」やランディ・ニューマンの「Sail Away」、ニール・ヤングの「I Believe In You」、J・D・サウザーの「Fast One」などどれもいいが、個人的にはイーグルスの名曲を取り上げた「Desperado」がここでのベストトラック。イーグルスの2ndアルバムのタイトル曲であり、平井堅もカバーしたこの曲は、ゆったりとしたピアノのイントロと美しいメロディ、静かに盛り上がる展開が感動的な珠玉のバラードで、まぎれもなくイーグルスの代表作といえる名作。ドン・ヘンリーのハスキーヴォイスがグッとくるイーグルス・バージョンが素晴らしいのはもちろんだが、端整で力強い歌声が胸にしみるリンダのバージョンも抗しがたい魅力がある。J・D・サウザーのプロデュースによるこのトラックは、「ウェスト・コーストの歌姫」の名にふさわしい忘れられない名演である。それではここをクリックして、イーグルスをバックに従えたリンダ・ロンシュタットの「Desperado」をどうぞ~。ノイズがうるさいけどカンベンね
2006.11.11
コメント(6)
最近、若者の間では自殺(とイジメ)がブレイクしてるらしい。文部科学省には自殺予告文が届く始末だし。自殺が完全にパフォーマンスと化しとるがなま、ホントに死ぬ勇気があればのハナシだけどね…で、学校が自殺の名所になりつつある今日この頃。アホのワタシが思い浮かべた歌がこれだ。都会では自殺する若者が増えている今朝来た新聞の片隅に書いていただけども問題は今日の雨 傘がない…この歌の曲名は「傘がない」。歌うは当時「フォークの帝王」と呼ばれた井上陽水。陽水のデビュー・アルバム「断絶」のラストを締めくくるナンバーである。若き井上陽水の繊細かつ緊張感のある歌声と、ニール・ヤングにも通じる叙情的なメロディが強い印象を残す初期の名曲で、コード進行がグランド・ファンク・レイルロードの「Heartbreaker」とほとんど同じな事でも有名。静かに、淡々と語るように歌う導入部から徐々に盛り上がっていき、最後に感情が爆発するという構成もドラマティックだ。この重さと暗さもいかにも70年代和製フォークというカンジ。団塊世代のオジサマ達にはタマランだろうなあ深刻な社会情勢よりも目先の自分の小さな問題の方が大事…という内容のこの曲、当時の若者たち(シラケ世代)の心情を象徴した歌として注目を集めたが、結果的に今の時代にマッチするような気がするのは、単にオレが鬼畜だからか?逝かなくちゃ 君に逢いに逝かなくちゃ…※ポム・スフレのホームページでは井上陽水の名盤「断絶」について取り上げています!
2006.11.10
コメント(10)
'86年の大ヒット・アルバム「Back In The High Life」によって一気に浮上したスティーヴ・ウィンウッドは、レコード会社移籍に伴ってベスト盤「Chronicles」(写真)を発表する。「歴史」「記録」という意味のタイトルを持つこのベスト盤。たった10曲という収録曲の少なさにも関わらず、ヒット曲が何曲も外されてたりして、イマイチ意図がつかめない内容だったりもするが、このアルバムからのヒット曲「Valerie」が聴きたくて、このアルバムをレンタルしたものさ(´ー`)「Valerie(青空のヴァレリー)」は、元々は'82年のアルバム「Talking Back To The Night」に入っていた曲だが、「Chronicles」に収録する際にリミックスされる事となった。より力強くなったドラム・サウンド。温もりを感じさせるシンセの音色と、ポップであたたかいメロディ。そしてスティーヴのおおらかでダイナミックなヴォーカル。どれをとってもスティーヴ・ウィンウッド印と言える名曲に仕上がっている。'82年にシングル・カットされたこの曲のオリジナル・ヴァージョンは全米70位にとどまったが、改めてシングル発売されたこのリミックス・ヴァージョンは'87年に全米9位を記録。古巣アイランド・レコードに対する置き土産であると共に、ヴァージン移籍後におけるさらなる大活躍の予告編とも言えるヒットとなった。ウィンウッドは90年代には2枚のオリジナル・アルバムと、ジム・キャパルディとの共作によるトラフィックとしての久々のアルバム『Far From Home』(1994年)を発表。21世紀に入ってからは自らのレーベル"Wincraft Music"を立ち上げ、2003年に「About Time」を発表している。インディーズ扱いだった事もあってヒットはしなかったが、これも素晴らしい作品だった。2004年にはフジ・ロック・フェスティバルにも出演。ガラガラのステージの中で、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれたという。スティーヴ・ウィンウッドは本当に素敵なミュージシャンだ。つーコトで、スティーヴ・ウィンウッドの名曲「Valerie」を聴くにはここをクリック!「青空のヴァレリー」という邦題も大好きさ
2006.11.09
コメント(6)
ワシも一時期はニューヨーク・パンクに入れ込んでいたなあ。ラモーンズ、ブロンディ、パティ・スミス、トーキング・ヘッズ、リチャード・ヘル、デッド・ボーイズ、ウェイン・カウンティ…etc…そして、ジョニー・サンダース&ハートブレイカーズとテレヴィジョン。「パンク」というと、セックス・ピストルズやクラッシュなんかに代表される"ロンドン・パンク"のイメージが強く、自分もそれらは聴いていたのだが、それ以上に「ニューヨーク・パンク」と呼ばれる前述のバンド群の方に強く惹かれたものだった。理由はよく分からない…というか、要するに自分のシュミに合うというだけのコトだったのだろうが(笑1977年に発表されたテレヴィジョンの1stアルバム「Marquee Moon」(写真)は、ロック名盤ガイドなんかでは大抵出てくる定番アルバムとして有名な一枚。トム・ヴァーレインの神経症的なヴォーカルと痙攣するようなギタープレイ、ツイン・ギターによるせめぎ合いが独特の緊張感を生み出している。楽曲もしっかりと作り込まれており、全体として非常に完成度の高い仕上がりとなっているが、特にアルバム前半の4曲の流れはロック史に残るものだと思う。アルバムの2曲目になる「Venus」は活動初期から演奏されてきた、テレヴィジョンの代表的ナンバー。そのキャッチーなギター・フレーズ、トムの素っ頓狂なヴォーカル、人を喰ったようなコーラスが強いインパクトを残す一曲で、ライヴの積み重ねによって磨き上げられてきただけに、全体も鋭く研ぎ澄まされている。親しみやすいポップさを持ちながらも、何物にも代えがたい個性とアンダーグラウンドな空気を感じさせるこの曲は、ニューヨーク・パンクを代表する一曲だと思う。耽美でロマンティックでありながら、クールに燃え上がる炎とほとばしる情念。テレヴィジョンの音楽を「パンク」と呼ぶかどうかはともかく、「カッコいいロック」であることは揺るぎようのない事実である。つーコトで、「Venus」を聴くにはここをクリック!
2006.11.08
コメント(2)
たまにはジャズも書くべえ。ジャングル黒べえ。フリージャズを代表する巨人として知られるオーネット・コールマンだが、70年代の代表作とされる「Dancing In Your Head」(写真)などは、ポム・ブログ的観点からもオススメしたい一枚だったりする。アルバムのメインとなる「Theme From A Symphony」は、1973年1月モロッコ、ジュジューカでの録音。コールマンのアルトとそれに絡むヘンテコなリズムは、エキセントリックではあるが同時にポップでもあり、結果的に僕のような人間のツボを突きまくりな音楽となっている。バーン・ニックスとチャーリー・エラービーによるギターの乾いた音色は実にクールルディ・マクダニエル(b)とシャノン・ジャクソン(Dr)によるパーカッシヴかつ変態的なリズム・セクションも真の意味でファンキー。そしてコールマンのアルトが奏でる、単純なフレーズの親しみやすさ。盆踊りにも通じるような楽しさとアホらしさがあり、なんだか踊りたくなってしまう上に、気が付いたらそのフレーズが頭の中をグルグル回っているという始末。曲中盤以降のヤケクソのようなインタープレイの応酬には、もうクラクラしそう。フランク・ザッパにも通じるこの感覚は、コアなジャズ・ファンよりもロック/ファンク系のファンにオススメしたいものであり、アヴァンギャルドでありながら人懐っこさをも持った本作はポップスとしても楽しめる優れたファンク・ジャズだ。う~ん、このアホらしさと奔放さ。コールマンって本当にフリーな人だなあ(´ー`)
2006.11.07
コメント(2)
2006年11月3日(現地時間)、「イージーリスニングの帝王」と言われたポール・モーリアが亡くなりましたね(-人-)ガキの頃に見た本に載ってた写真が既におもいっきりジイサンだったこの人。今はもうヘタすりゃ100歳近くかと思っていたが、実は81歳と意外と若かった…「恋はみずいろ」が最も有名であろうこの人だが、その他にも「オリーヴの首飾り(=手品のBGM)」「エーゲ海の真珠(=ワインのCM)」「蒼いノクターン」」「そよ風のメヌエット」 などは、誰しも一度は耳にした事があるだろう。それらに混じって「Let It Be」や「明日に架ける橋」などのお上品なカバーもしっかりと披露してくれている。ガキの頃、学校の下校時間とかに流れていた「恋は水色」を、僕が初めてちゃんと聴いたのはなんとジェフ・ベックのバージョン。ジェフ・ベックのファンの間では黒歴史とされているそのバージョンを聴いて、「おお!これってジェフ・ベックの曲だったのか!」と、その時はガチで思った高校生のボク…ポール・モーリアのバージョンによる「恋はみずいろ」は1968年に5週連続全米1位を記録。これによってグラミー賞も受賞し、モーリアの名は世界的に広まった。元々はアンドレ・ポップ作曲による、フランス人歌手ヴィッキーのヒット曲で、当時から様々な人にカバーされた(クロディーヌ・ロンジェのバージョンが最高!)大スタンダードだが、やはり日本人にとっては「ポール・モーリアの曲」というイメージが強いだろう。なお、ポール・モーリアの全米TOP40ヒットは、これ1曲だけである。1969年に初来日して以来、1987年まで毎年来日(その後も数年に一度のペースで来日)するのみならず、1995年の阪神・淡路大震災の際には、『カルテット・フォー・神戸』を作曲したり、「電波少年」のアポなし作曲依頼にも快く応じてくれたこの人は、ベンチャーズと並んで「日本は第二の故郷」という言い回しがウソ臭く響かない数少ないアーティストだ。この人の音楽を数年に一回くらいしか聴かない僕が言うのもなんだが、親しみやすく心にしみる音楽をたくさん残してくれたモーリア氏に心から冥福を祈りたい。ポール・モーリア版「恋はみずいろ」はここをクリック!ついでにクロディーヌ・ロンジェの「恋はみずいろ」も聴くべし! ここをクリック!
2006.11.06
コメント(8)
「Revolver」のセッションで録音されたシングルである。'66年6月に全米・全英共にNo.1を記録。ビ-トルズNo.1シングルを集めたCD「1」の他、いわゆる「赤盤」や「Past Masters Vol.2」などで聴ける。ポールがメインでアイデアを出した曲を、ジョンと二人で仕上げたものらしい。売れない小説家について歌った曲だが、ポール自身も作家を目指していた時期があったとか(ホントかよー)…'66年のビートルズ日本公演で演奏されたほか、'93年のポールのツアーでも取り上げられている。冒頭のキッチュなアカペラ・コーラスからしていきなり耳を奪われるが、その後間髪おかずに飛び出すギター・リフのカッコよさがスゴい。当時としてはかなりディストーションのかかった音色は、ほとんど元祖ハード・ロックと言えるもの。荒々しいサウンドと、つんのめるようなビート感もパンキッシュだ。「ぼぼぼぼん」と所々で印象的に鳴り響くベースの音も、「ベースなんて聴こえなくて当たり前」だった当時としては珍しい(この時期あたりを境にして、ポールのベースが綺麗に録音されるようになっていく)。The Whoの「My Generation」('65年)と並ぶ、「ベースがよく聴こえる60年代ビート・ソング」である(笑)。また、歌の切れ目でディレイ(残響音)を強めに効かすなど、実験精神に満ちた一曲となっているが、同時に大衆的な商品としても優れたポップ・ソングに仕上がってる所がこのグループの凄さである。時間にして2分20秒。ギター・ソロの全くない曲構成も簡素の極みと言える潔さ。当初はシングル用にレコーディングしたものではなく、レコード会社がビートルズのシングル・リリースを焦らせたために早くからレコーディングしたものを出しただけ、というハナシもあるが、そんな事が信じられないようなカッコよさである。なお、この曲を発表する際に、PVの元祖と言えるプロモーション・フィルムが作られているのだが、暖かい陽射しの下の田園風景で撮影されたその内容は、実にのどかな感じのもので、曲そのものと思いっきりミスマッチになっているのが笑える。リンゴにいたっては、何もしないでボーっとしてるだけ。これは撮影現場にドラム・セットを持ち込めなかったためらしい…「Paperback Writer」を聴くにはここをクリック!ポールのベースと、つまらなそうな顔のリンゴに萌えろ!※ポム・スフレのホームページでは、ビートルズ・レビューのほか、自作曲の公開や独自の名盤レビューをやっています!
2006.11.05
コメント(8)
最近、アサヒ・スーパードライのCMでMr Misterの「Kyrie」(のカバーバージョン)が使われておる。むほっ懐かしい。洋楽といったら「ベストヒット・USA」やラジオの「アメリカンTOP40」が全てだと思っていた、あの頃を思い出すなあAORバンド、PAGESのメンバーだったリチャード・ペイジとスティーヴ・ジョージが中心となって'84年に結成されたバンドがMr. Misterである。'84年の1stアルバムはあまり話題にならなかったようだが(僕も未聴)、'85年に発表された2ndアルバム「Welcome To The Real World」(写真)からのシングル「Broken Wings」が全米1位を記録。僕がこのバンドを初めて知ったのもその曲だった。同時期に売れていたバンドa~haと並んで、「ヘンな名前のバンドだなあ」というのが僕の中のイメージだった。そんな僕の中で、このバンドが「ヘンな名前の人達」から「カッコいいバンド」に変わる事になったキッカケが、彼らの2枚目のNo.1シングルである「Kyrie」である。同アルバムからの2枚目のシングルであるこの曲は、1986年3月1日から2週間、ビルボード1位を記録。曲調的にはTOTOやジャーニーなんかの流れを汲む、メロディアスな産業ハード・ロックで、いかにも'80sなシンセの音が泣かせてくれる。「kyrie(eleison)-キリエ(エレイソン)」は、キリスト教の祈り文句で「主よ憐れみたまえ」の意らしいが、その心洗われるようなイントロは、確かに「ハレルヤ~」なんて言いたくなるかも。サビで静かに盛り上がるキャッチーなメロディや、ダイナミックなハーモニーは印象的だが、歌詞の意味を頭に入れて聴くと崇高な感じに聴こえない事もない。こうゆう曲が一位になっちゃうのを見たりすると、アメリカっていう国はつくづく宗教国なんだなあ…と無宗教の自分は思ったりするスターダムに上り詰めたバンドは'87年に3rdアルバム「Go On」をリリース。だが、決して悪い出来ではなかったものの、前作のようなコマーシャル性に欠けたそのアルバムは予想以上の大コケとなってしまい、バンドはあっけなく解散に追い込まれていった。結局MTV全盛時代と共に駆け抜けていった人達だったんだなあ…と思いきや、その後、再結成キング・クリムゾンのメンバーの中に、Mr Misterのドラムだったパット・マステロットの名を見つけた時には驚いたなあ。つーコトで「Kyrie」を聴くにはここをクリック!なにもかもが楽しかったあの頃を思い出すなあ…
2006.11.02
コメント(6)
今日はカントリー・ロックの名曲でいくべ。デビュー前のジャクソン・ブラウンがいた事でも知られる、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドは、フォークやブルース、カントリーなどのアメリカのルーツ音楽を巧みにブレンドして、親しみやすいポップ・ロックを生み出した名バンドであった。1970年発表の五作目「Uncle Charie His Dog Teddy」(写真)は、様々なアメリカン・ミュージックの要素とロックのビートを融合させる事によって,彼らならではの“カントリー・ロック”を確立させた傑作であり、70年代アメリカン・ロックを代表する名盤。ニッティ・グリッティ的「ディスカバー・アメリカ」とでも言える豊かなサウンド・コンセプトは、後のイーグルスのアルバム「Desperado」(1973)にも通じるものがある。ポコやイーグルスなどの西海岸バンドとはまた違った味わいを持つコーラス・ワークや、当時の有能な若手ソングライターの楽曲を取り上げるセンスも魅力。ケニー・ロギンス作の「Prodigal's Return」「Santa Rosa」「House At Poor Corner(プー横丁の家)」、ランディ・ニューマン作の「Livin' Without You」、マイケル・ネスミス(=モンキーズ)作の「Propinquity」など、素晴らしいトラックが並んでいるが、何といってもジェフ・ジェリー・ウォーカーの埋もれた名曲をカバーした「Mr Bojangles」(1970年に全米9位)がやはり出色の出来。優しくて暖かいメロディー、柔らかいヴォーカル、バンジョーやマンドリンの音が印象的なサウンド、楽しさと切なさが同居した演奏。とても懐かしくて、それでいて時代を越えた魅力に溢れた、忘れられない名演だ。スタンダードと呼ぶにふさわしいこの曲は、サミー・デイヴィス・Jr、ボブ・ディラン、ニール・ダイヤモンド、ロビー・ウィリアムズなど、多くの人に歌われた。「Mr Bojangles」を聴くにはここをクリック!セピア色がかったアルバム・ジャケットと一緒に聴くと、いっそう泣けるなあ…ついでにボブ・ディランによるバージョンもサービス!ここをクリック!
2006.11.01
コメント(4)
全28件 (28件中 1-28件目)
1
![]()

![]()