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ベーブルースは、714本のホームランを打ち、その記録は40年間破られなかった。その裏では1330回も三振し、これはアメリカ野球史上並ぶ者のない記録です。ホームランも三振もバットを振るという同じ行為から起きるが、ホームランに目を向けるか、三振に目を向けるかで、人生が違ってきます。よく夫や妻、子供達の悪い面ばかりを見て、不幸がっている人がいます。不幸で自信のない妻は、三振王の面だけを見て「私の夫は三振王だから私は幸せになれない。こんな夫と結婚して、私はなんと不幸なのでしょう」と嘆き、隣の妻はホームラン王の面ばかりを見て「あなたのご主人は、ホームラン王でいいわね」と隣の芝生の青さばかりを羨んでいるようなものです。幸せな妻は、自分の夫のホームラン王の面だけを見て、「私の夫は、ホームラン王で幸せよ」ときっぱりと言い切れます。何事にも二面性があります。他人を見るときに、いつも「してくれなかったこと」やマイナス面ばかりに注意を払うか、「してくれたこと」やプラス面を見るかです。過去や現在を考える時も同じで、常にプラス面に目を向けるようにしたいものです。
2017.06.30
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新羅の学僧元暁は、中国留学の夢を抱いて旅に出ました。山中の洞窟に泊まったある夜、夜中に喉が乾いて目を覚ましました。ふと見ると、入り口に月を写した美しい清水があり、これ幸いと一気に飲み干しました。まさに寒露の水でした。だが、翌朝になってよく見ると、それはシャレコウベに溜まった汚水でした。その時、「あらゆるものは、己の心の影に過ぎぬ」と悟って、故郷へ帰ったといいます。何事も、自分の心がモノを見ているといえます。小学校四年生の「運動場」という詩ではないが、人間というものは身勝手なもので、小学生のように遊ぶときは「もっと広いと良いな」と思い、石拾いをさせられると「もっと狭いと良いな」と思います。仕事でも、残業続きだと「暇だといいな」と思い、仕事を失ってみると「仕事があるといいな」と思います。辛いこと、哀しいこと、苦しいことが始めからあるのではなく、それは自分の心の評価にすぎません。辛いことがあっても、「ああ嬉しい! こうして生きていられる」と思ったら、ニコニコと暮らしていけるはずです。笑って生きても、しかめ面で生きても一生は一生です。生きている間は、どんなことがあっても、ニコニコ笑っていることです。
2017.06.29
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「明るく朗らかな人生を送るための秘訣は一十百千万から」と、名古屋鉄道副社長だった犬飼栄輝さんは言います。一日一回、自分を褒める。寝る前に一日を振り返ると、褒めることよりも悔いや反省ばかりだが、反省した後で、「そやけど、あんたようやったな」と自分を褒めてやれば、悔いが消えて「明日も頑張ろう」という勇気がわいてきます。一日十回、腹の底から笑う。たえず周りを笑わそうと思っていると、周りが笑うのを見て、つい嬉しくなって、こちらも笑ってしまう。一日百回、深呼吸をする。深呼吸すれば、イライラ、腹立ちも治まる。つい怒鳴りたくなるときもやると良い。まとめて百回と思うと難しいが、10回ずつ10回やればいい。一日千字、書く。書くことは考えることだから、考える力がつくし、老化防止にもなる。友人や知人、得意先にせっせと葉書を書いたり、会社では努めてレポートを書くと良い。一日万歩、歩く。健康のために、一日2時間半程度歩けばよい。乗り物をできるだけやめて歩いたり、現場廻りをすれば智慧の素になる情報も落ちている。
2017.06.28
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面白、可笑しく生きていくのに一番大切なのは、心の安らぎではないでしょうか。健康で、どれだけ財産があったとしても、心が安らかでなければ幸せを感じることはできません。逆に、心が安らかで豊かであれば、今がどんな状態であっても(例え、病気であっても、財産が無くても)幸せの種を自分で見つけていくことができ、面白、可笑しく生きていけるはずです。この世は四苦八苦の世の中だから、長い人生には自分の思い通りにならないことや不愉快なことはいくらでもあり、それは生きている限り仕方がないことです。それを、避けられない運命だと受けとめてうまく順応して笑い飛ばしていくか、それに拘りすぎて不平不満に苛まれてストレスの塊になるかです。「運命は心の中にある」とヘルマン・ヘッセは言ったが、私たち人間は心の置きよう一つで見る世界、聞く世界が変わってきます。例えば、雨が降れば目先は嫌だと思うが、1ヶ月も降らなければ「ひと湿りこないかな」とも思います。何事もすべて、良い面も悪い面もあります。だから、良い面だけを見るようにすれば心安らかに過ごせます。それには、人間は言葉で考え行動する動物だから、まずは普段使う言葉を前向きな明るい言葉に変えることです。
2017.06.27
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何かをしようとする人は、その目的や目標を達成しようとします。大事なのはそれを達成することで、それが達成されたとき満足し、初めてホットします。だが、一つの目標を達成しても、またすぐ次の目標追いかけます。常に目標に向かって息せき切って走り、決して満足するときがありません。そして、悩み多き人は、責任や義務や我慢の下に苦労したのだから、何らかの見返りがなければ損得勘定が合わないと、その期待が外れると強い不満や落胆を抱きます。悩みにくい人の特徴は、何事もプロセスそのものを楽しみ、成果は二の次のようなところがあります。だから同じ求めるにしても、成果があれば申し分ないが、最終的に求めているものが得られなかったとしても、「求める過程で十分にエンジョイしているから」と、それほど不満を感じないようです。この世を楽しむには、まず今の状況に留まることが必要です。何かをするとき、その成ることだけを考える人は目標を追う人です。だが、そのことをすること自体が好きな人、成れば嬉しいが、成らなくとも嬉しい人、そういう人こそが、留まる人=雅な人です。人生は、「今、ここ」しかないのだから、「今、ここ」に全力を投入し、そのプロセスを楽しんで生きていきたいものです。
2017.06.26
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お寺の張り紙に「人は自ら自分の世界を作り、その中でもがき苦しんでいる。愚かな人が自分で描いた夜叉の絵に、自ら脅えているようなものである。心の清らかなときは極楽 心の汚れたときは地獄」と書いてあったが、この世を地獄にするのも極楽にするのも、自分自身の心の持ち方次第です。苦しいことや思い通りにならないことがあると、私たちは他人や環境のせいにしがちだが、そう思っている限り現実は少しも変わりません。この世を極楽にしたかったら、自分自身の心の持ち方を変えるしかありません。例えば、ガンで余命一年と宣告された患者には、世界が一変して見えると言うが、それは世界が変わったのではなく、患者の意識が変わったからです。「変わっていくこと、それが学ぶと言うこと、知ると言うことです。自分が変わっていなかったら、何も学んでいないと言ってよい」と養老孟司さんが言うように、変化がなくなった状態を死と言います。だから、「生きている」ということは、変化することです。何事も、自分が変わらずに他のせいにしがちだが、それでは何も変えることはできません。自分が変われば周りが変わり、やがて世間が変わったように思えるはずです。
2017.06.25
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「母の日」の翌日に同じ幼稚園に20年間通い続けて、幼児たちに母の顔を描いてもらっている児童心理学者が、子供たちの描く絵に二つの変化が現れてきた(目尻がつり上がり、口が大きくなった)と言う。子供は正直で、母親の顔から笑顔が消えて、目尻を釣り上げて子供や夫をにらみつけ、大きな口を開けてガミガミと小言を言う母親の顔が見えてきます。この世の中は自分の思うようにならないことの方が多いが、だからといって母親の顔から笑顔が消えてしまったら家庭は真っ暗です。笑顔は幸せへのパスポート、人もチャンスも、明るく温かいところに集まり、育ち、栄えます?哲学者アランが「怒りというものは動作によって倍加される。我々は怒って手を振り上げるというよりは、手を振り上げたために怒りが倍加するのだ」と言うように、大声を立てることによってますます怒りの感情が高まってきます。 同様に「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなる」と言われるように、人間は動作によって感情を倍加させていきます。苦しいときには、作り笑いでもいいからソッと笑ってみてください。そうしているうちに、自然と苦しみを笑い飛ばすことができるようになってくるはずです。
2017.06.24
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この頃、笑顔が少なくなったように思いませんか?子供たちも受験勉強や塾通いで疲れているのか、本来の子供らしい笑顔を失っているような気がします。幸せになる近道は人から好かれる人になることだが、その一番簡単な方法は笑顔を大切にすることです。自分の顔は鏡を通さなければ見えないが、毎日、何十人という他人に見られています。そういう意味では、顔というのは人のためにあるのかもしれません。ですから、周りの人に笑顔で接すると、その人たちの心を明るくさせ、それが自分にも跳ね返ってきます。他人が自分に向ける顔は、自分の顔を映しだす鏡とも言えます。法蔵菩薩は、悩める人々をどうすれば救えるか、いかにすれば人は幸せになれるかと深い思索と長い修行を積み、「和顔愛語」に到達されました。「和顔」とは和やかな顔、優しい微笑み、「愛語」とは慈しみの籠もった優しい言葉です。和やかな顔や優しい微笑みは、お金や物がなければできないものではありません。その気になれば、誰でも、何時でも、何処でも、できることです。そしてそれが、どれだけ人の心を和らげ、周囲を明るくし、自分をも幸せにすることか。あなたも、今日から微笑みの修行をしてみませんか?
2017.06.23
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お釈迦様は「心が沈みそうなとき、心が沈んではいけない。明るく清らかに心を持って、暗い淀みにするな」と、何事も明るく受け取る大切さを説きます。少女ポリアンナは、どんなに悲しい時や辛い時でも、そこから喜びを見いだそうとします。例えば、人形が欲しくてお願いしたら、慰問箱に松葉杖が入っていました。がっかりしていたら、お父さんが「うれしくなるゲーム」を教えてくれます。「松葉杖を使わなくてもいいから嬉しい」というように。すると、思い出すだけで笑いたくなり、笑っているうちに本当に楽しくなってくるのです。父母を亡くしたポリアンナは、いつもこのゲームで明るく生きていきます。学習塾教師のA君は、大規模クラスを受け持つようになって緊張しコチコチの怖い顔で授業するようになっていた。生徒達は面白くないので、白けた顔であくびをしたりする。悩んでいたときにTV番組で「人を引き付けるには笑顔が大事だ」と、笑顔を作る方法を具体的に見せていた。馬鹿馬鹿しいと思ったが、案外大事なことかもしれないと一週間ほど練習し、その顔で塾へ行ってみると、不思議なことにそっぽを向いていた生徒たちに受け入れられた。「人に良い印象を与えることがいかに大切か」ということを、それで学んだと言います。
2017.06.22
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本当に好きな仕事、向いている仕事をしている人には集中力があり持続します。それが良い仕事をさせる原動力にもなります。従業員6人の金属加工会社岡野工業の岡野さんは、(注 米軍戦闘機の部品をはじめ世界でどこもやれない超精密部品メーカー)アイデアが浮かんだら布団の中にいても飛び起きて工場にこもるのもザラだが、そんなときも辛そうな様子は微塵もなくとても楽しそうでハッピーに見えます。本当に好きなこととは、そんなモノだと思います。「“あの人には特別な才能がある”などとよく言うが、才能というのはその人に元から備わっていると言うよりも、夢中になれることがあって集中を持続させることができれば、誰でもかなりのことができるもの」と村上龍さんは言う。楽しくてノリノリでやった仕事と、嫌だなと思いながら渋々やった仕事では、完成度や費やす時間が全く違うことは、誰もが経験しているはずです。ノリノリも渋々も心の中にあるモノで、それを如何にコントロールするかはその人のライフスタイルの問題です。仕事は楽しいモノと思える心を育てるためのメンタルコントロールをすることです。大切なことは、好きだからやると言うよりも、いまやっていることを「自ら好きになる」ことだと思います。
2017.06.21
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あるお母さんは、どんなに大変な時でもあっけからんとして何時も笑顔を絶やさず、娘に「桃栗3年柿8年。どんなに辛くても一生懸命に努力して笑っていれば、8年も経つうちには生活も豊かになるんだよ」と話し続けたそうです。自分の顔は鏡を通さなければ見ることはできないけれども、一日に何十人という人さまからは見られています。そういう意味では、顔というものは人のためにあるのかもしれません。仏頂面で周りを暗くしてしまうよりも、笑顔で周りの人の心を明るくすることができれば、それが自分の人生にも跳ね返ってきて相手も自分も幸せになれます。笑えない理由を見つけようと思えば、いくらでも見つけることができます。そんなときでも、笑ってみることです。それが、たとえ作り笑いであっても、やがて形が心を作り、逆境をプラスに変える原動力となります。最初は作り笑顔でもいいから、それを続けているうちに、きっと心から笑顔を続けられるようになるはずです。プラス思考で前向き明るく生きる、温かい心で人間環境を築く、本気になれる目標や目標を持ってイキイキと生きる、この三つがそろえば自然と笑顔がでてきます。
2017.06.20
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エビやイカ、タコなどの形をしたスナック菓子「おっとっと」のネーミングにまつわる裏話には創造性に対する一つの示唆があります。82年、健康ブームに乗って「健康」「自然」をイメージさせるものというコンセプトから、シーフード味が決定し、「それなら魚の形に」となり、商品名は味も形も魚なので最初はオーソドックスな「小さな水族館」でほぼ決まっていました。仕事後の酒の席でも議論が続き、製造ラインに流す1ヶ月前に急遽「なんかな~い」に変更が決まり、パッケージデザインも決まって後はラインに流すだけというだけだった。だが、酒の席で、魚の幼児語「おとと」に、酌をされて溢れそうになってつい口をついた「おっ、とっとっ・・・」をかけ、「酒の肴にもなるし」などとワイワイ言いながら再度「おっとっと」に変更されたとか。真面目に考えることも大切だが、このようにリラックスしたときに出るアイデアにこそ、人間の心をくすぐる生きたアイデアが出るように思います。これは、IT化社会になって何でもネットで済まそうとする現代社会への警鐘ともとれます。何事も、顔と顔を合わせて楽しくやるに限ります。
2017.06.19
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コンビニの店長から「お客様の顔を見て、大きく元気な声で、『いらっしゃいませ』「ありがとうございます」と挨拶すること。笑顔を忘れないこと」と何時も厳しく指導されていたアルバイトの橘木毅さんは、午前2時前に入ってきた男性客に笑顔を向けて「いらっしゃいませ」と大声で挨拶した。ところが、その客の顔に目をやった瞬間、凍り付きでもしたように動けなくなりました。目がつり上がって鬼のようで、とにかく買い物に来た顔ではない。殺気のようなものが感じられ、おまけに空のビール瓶を逆手に握っている。相棒を呼ぼうにも声が出ない。ジッと相手の顔を見て棒のように立っていた。凄く長い時間に思えた。相手もこちらの顔を見て入り口に突っ立っていたが、なぜか後退りしてそのまま出て行った。男はその足で別のコンビニに行き、割ったビール瓶を突きつけて「金を出せ」と脅して10万円を奪った。捕まった男は、「最初の店では笑顔で、大きな声で挨拶されたので、ここはまずいと思った」と供述したそうです。元気な声に相手も怯んだのだろうし、これから強盗をやろうとしているところに笑いかけられて気持も萎えたものと思われます。
2017.06.18
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全国で自然志向の化粧品を販売している「ハウス オブ ローゼ」の一店一店は店長と販売スタッフの2人か、せいぜいパート含めて3人しかいません。一店当たりにすれば零細販売業で、販売スタッフの無愛想で一人、二人とお客さまの足が遠のいただけでもすごい痛手となります。現に、ある店の月間売り上げがガクンと半減したので行ってみると、最近配属されたスタッフが飛びっきり無愛想だったそうです。急いで笑顔のいいスタッフと入れ替えたら、たちまち売上高が平常の4倍になった」と言う。一人ひとりのお客様と対面する接客業では、そのくらい笑顔一つで結果が違ってきます。よく注意してみると、サービス業の若い人達のこぼれるような自然な笑顔が少なくなったように思います。サービス業の競争は厳しいが、その内容は値引きであったり、オマケがついていたり、スピードであったり、簡素化であったり、便利さであったりします。もっと簡単なことは笑顔。それもコストはゼロです。青空市場で農家の主婦が自家栽培の野菜を一盛百円で売っていたので、3,4点選んで買うと、何とも言えない笑顔で「ありがとうね」と言う。その心のこもった笑顔の清々しいこと、こちらまで自然と心が軽やかになります。
2017.06.17
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「動物の雄と雌を引きつけ合うのはフェロモンだが、人間では笑顔のいい人のそばには人が集まってきます。人間以外の動物には笑いはありません。人間が人間らしく歩み始めた中で身につけたコミュニケーション手段の一つが笑いです。笑いは、人の警戒心を解きコミュニケーションが始まります。赤ちゃんは教えもしないのに、お乳を吸って満足すると微笑みます。満足したり嬉しくなると笑うのは人間の本能です。梅干しを見ると口の中にツバがわいてくるように、笑っていると楽しくなってきます。これは条件反射のようなもので、そんな本能に逆らって生きていると、体を悪くする」と斉藤茂太さんは言います。だが、日本人は育つ環境の中で笑いを表に出さなくなってしまう人が多いように思います。笑顔でいると威厳が落ちるかのように、偉い人ほど難しい顔をしています。そんなことをしていると、笑わないから楽しくなくなり、楽しくないから笑えないという悪循環に陥ってしまいます。そんな人の周りにいると、いつもピリピリと緊張していて面白くもありません。笑わないというのは、いつも緊張しているということで、これは心身に最も悪い影響を与えます。いつも、笑顔を心掛けていますか?
2017.06.16
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「笑う門には福きたる」と昔から言うように、笑いにはいろいろな効用があります。東京のある包装資材会社では、朝礼の途中で笑い当番が、「はい、輪になって、両手をつなぎ、ゆっくりあげながら、ワァーハッハッハ、ワッハッハッハ」と皆で笑う。社長は、「うちでは朝礼で笑っているから病欠者〇、商売も順調ですわ」と大笑い。約1分間、10回繰り返して笑うだけで、背筋が伸びて眠かった目も覚め、自然と腹式呼吸(吸気のときに腹をへこませ、吐くときに腹を膨らませる)になって酸素が体中に行き渡ります。落語家で「笑いと健康学会」理事でもある立川らく朝医師は、「人様に笑ってもらうことは快感を伴い、快感はリラックス効果を高める。笑顔を見る快も同じ可能性はある」と言い、笑いには自他共に健康にする力があるようです。ところが、「この頃の人は笑いが少なくなった」とあるサービス業の社長が言うように、幼稚園の子どもたちや赤ちゃんも笑いが少なくなっています。お母さんがよく笑えば、子供も真似をしてよく笑い、心身ともに健康なお子さんに育ちます。笑ってばかりもいられない世知辛い世の中だからこそ笑いを大切にし、笑顔で明るく健康で生きたいものです。
2017.06.15
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◆「癌のイメージ療法」を開発したK・サイモントン博士笑いは神経系、循環系、内分泌系、免疫系をはじめとする人体の系や器官に深い作用を及ぼす。『笑いはまたとない良薬』という古い言葉は本当です。◆J・ウォルシュ博士腹の底から大笑いすると、主要な臓器のほとんどが刺激を受け、病気に対する抵抗力が高まる。マラソン選手のランナーズ・ハイに似ていて、脳内モルヒネが血液中に放出されて起こる精神の高揚感でエアロビクス効果とも似ている。◆W・フライ博士20秒間腹をかかえて笑うと心臓の運動量は3分間、力いっぱいボートを漕いだのと同じです。伝統的「丹田呼吸法」でも、「大いに笑って爆笑や哄笑するのは心臓を快適にし、強心法を知らずして行うことになる」と言っています。◆クラーク大学のJ・レアード教授ほほえみを浮かべるだけで、脳内に蓄えられた良い記憶が誘い出されるようです。又、ほほえみは解剖学的には大頬骨筋を持ち上げ、その大頬骨筋の影響が胸腺を強くする。胸腺は免疫系に重要な役割を果たす器官です。この際、大事なことは、作り笑いでも同様の結果が生まれるということです。ほほえみが本物であるか、ただの真似であるかは問題ではないといいます。◆ノーマン・カズンズベッドの上で「面白テレビ」を見て、お腹をかかえて笑った人が、「笑いは内臓のジョギングである」と言ったという記事から、彼が「面白テレビ」を見ながら、相当努力して意識的に笑ったらしいことを推察して、その時から私に笑いの訓練というテーマが湧いたのですと言う。◆倉敷市の医師で「生き甲斐療法」を実践している伊丹仁朗医学博士 癌患者さんたちを本場のアルプスにつれて行ったこともあります。この先生が患者の方々19名を大阪なんばの花月劇場に連れて行って、漫才や漫談、吉本新喜劇を3時間観劇、大いに笑ってもらった。その時、癌患者の方々の直前と直後の二種類の血液検査が異状にすばらしい数値を示していた。◆日本医大の吉野槙一教授リウマチ治療中の人々に落語を聞いてもらい、同様の血液検査をしたら、普通異常に増えるインタロイキン6が減少して関節の痛みも軽くなっていた。
2017.06.14
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・免疫力が高まる(ナチュラルキラー細胞の活性化)・痛みが和らぐ(鎮静作用のある蛋白質の分泌促進)・ストレスを解消しリラックス効果(ストレスホルモンの分泌低下)・脳の活性化(交感神経が優位になり血流促進)・新陳代謝が活発になる(代謝に関する遺伝子が活性化)など笑いの効用は色々あるが、最近の研究では、糖尿病患者の血糖値が下がったり、アトピーの原因であるアレルギー反応が軽減したり、膠原病やリウマチに対する抵抗力を調べるCD4/8比という検査でも正常値に向かって変化することも確かめられつつあり、笑いやユーモアの大切さが認識されつつあります。笑ってもらうと、自分が笑う以上に元気が出るともいわれています。笑いは、心身の健康の働きがあって初めて現れます。心が病んでいたり、体のどこかを気がしていたり、何かの病気に罹っていたりすると、心配が先に立ってとても笑ってなんかいられません。悩みや痛みは、折角の笑いを押し殺ししまいます。笑いは、嬉しさ、可笑しさ、親しさから生まれてくるもので、ストレスの解消にはもってこいです。
2017.06.13
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この頃、接客業の女性が笑わなくなったという話をよく聞くが、笑わない赤ちゃん(サイレント・ベビー)が増えているそうです。また、幼稚園の子どもたちも笑わなくなったといいます。そういえば、私の家の隣が小学校だが、子供たちの笑い声をほとんど聞いたことがありません。お母さんが、笑わなくなったからでしょうか?よく笑うお母さんであれば、赤ちゃんも真似をして自然とよく笑うようになるはずです。そうすれば、赤ちゃんも心身ともに健康に育つと思います。生まれて4~5ヶ月の赤ちゃんに、無表情のままでいる母親の顔をみせる実験を心理学者が行いました。そうすると、どの赤ちゃんも体温がスーと引いてしまい、身体中が真っ青になってしまったそうです。これは血管が収縮してしまい、血行が悪くなり、心臓に相当の負担がかかっている結果だと判りました。反対に、ニコニコした笑顔を赤ちゃんに向けると、嬉しそうに手足をばたばたと動かして、自分でも笑顔を作ろうとし、体温も上昇し、身体もピンクク色に染まってくるそうです。無表情というのは、相手にかなりの負担をかけていることがわかります。
2017.06.12
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「生き抜く」シリーズもこれが最終章です。この世を面白おかしく、明るく元気に生き抜き、この世を花園、いや天国にしなければ人間としてこの世に生まれてきた甲斐がありません。今まで書いてきた「問題解決」も「コミュニケーション」も「人間関係」も「釈迦の教え」も、すべてはこの世を明るく「面白、可笑しく」明るく生き抜いていくための智慧にすぎません。そこで、それについて少し補足しておきます。昔の人は「一怒一老一笑一若」といったように、経験的に怒りや笑いの心身に及ぼす影響を知っていました。感動は人を変え、笑いは人を潤し、愛と夢は人を豊かにします。感動し、笑い、夢を抱くことができるのは人間だけです。現代では医学的にも笑いの効用が実証され、筑波大学の小田晋教授は「よく笑う人は、健康で長生きできることが分かっている。1日に100回~200回笑うと、ボートを10分漕ぐのと同じ効果を心臓の働きに与える。血液の循環が良くなり新陳代謝を促進するわけです。笑いは内側からのジョギングである」と結論付けられています。W・フライ博士も、「20秒間腹をかかえて笑うと心臓の運動量は3分間、力いっぱいボートを漕いだのと同じ」と言う。笑いは、人間の免疫細胞であるナチュラルキラー細胞の活性化を図ります。日本医科大学の高柳和江さんの実験によると、ただ笑うだけでも9人中6人のNK細胞が平均27%活性化し、ゲームなどで心から笑った後は9人中8人が平均52%も活性化した。楽しく笑えば自然治癒力を高まり、病気の予防や回復に役立ちます。素晴らしい音楽や絵画、演劇、美味しい食べ物、素晴らしい景色、素適な人などに接し、心からの笑いと感動を味わいたいものです。
2017.06.11
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終戦後間もない頃、三愛の市村氏は銀座四丁目の土地を入手するため奔走したが、皇后様の足袋も造ったという足袋屋の老舗の老未亡人が頑として聞き入れない。ある大雪の日、こんな日にお願いに行ったら誠意も通ずるかと思い出かけたが、娘さんに「母は売らないと言っています」と門前払いだった。翌日、老未亡人は、折角来てくれたのに会いもしないで追いかえしたことに気がとがめ、「今日はこちらから出向いて、きっぱりお断りしよう」 と、雪の中を出かけた。愛想よく迎えた受付嬢が、「この大雪の中、大変だったでしょう」と言葉をかけ(愛語)、着物の裾の雪を払ってあげ(利行)、自分のはいていた暖かいスリッパを脱いではかせ(布施)、抱きかかえるようにして(同事)二階の社長室に案内するのに、未亡人はいたく感動して涙ぐんだ。未亡人は市村氏の顔を見るなり「こんな立派なお嬢さんのいる会社は、きっと立派な仕事をなさる会社でしょう。私は社長さんを見込んで、土地を譲るのですからお金はいりません」と言う。市村さんも、相手の誠意にはそれに倍する誠意を以ってこたえるべきだと考え、鑑定価格に2割プラスしてようやく受け取ってもらったという。自然な心からの対応は、頑な心さえ開かせます。注)この章は一応今日で渉猟させていただきます。 私なりの釈迦の教えでしたが(我聞)いかがでしたか? 「そうだ」という気づきが、一つでもいいから実行してください。 きっと、良いことが起きると思います。
2017.06.10
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現代はストレス社会と言われが、そうしたストレスの多くは対人関係の難しさから生じています。何かをするに当って、私たちは先ず自分を中心に物事を考えて強く自己主張します。すると、それは相手を否定することになる場合が多いものです。だから、あまり正義や正論を振り回すと、自分と他人の間に諍いが生じてきます。その裏で、自分の出した答が間違っていないかと、他人の目を絶えず意識しています。これを続けていると、強い緊張状態が起きて、強いストレスを生じさせます。そんな「ストレスを貯め込まない」ためには、個性が異なっている相手と同じ立場にたって考える「柔らかい心」を持つことです。この人間界のことは何事も立場の違いによる相対的な関係に過ぎず、絶対的な正義も正論もないということに気づくことです。この真理に目覚めれば、相手に目くじらを立てることもなくなります。(例えば、人を殺すことは悪いことだが、 戦争になれば、沢山人を殺した人が勲章を受けます。)また、ビジネスの世界で大成功を望むのであれば、「最終的にお金を支払ってくれるお客さまの気持ち」になりきれる「やわらかい心」を持つことが何よりも大切です。そのことにより、自分とお客の心の間を自由に行き来できるようになります。お客の気持ちと「同事」の心境になることは、お客さまが「あったら欲しい」と思うものを知ることにもつながります。
2017.06.09
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相手の気持ちになって行動するというのは、簡単なようで難しいものです。あるお医者さんが痔の手術を受けて、そこでいろんなことを学んだと言う。まず、うつ伏せになって看護婦さんの前にお尻を曝し、浣腸されるあの気持。「ああ、患者というのは、こんなに惨めな思いをしているんだ」と分かった。回診してくる担当医の問診を受けるときも、向こうは立っていて、こちらを見下ろしながら口をきく。相手が若い医者であっても、見下ろされると威圧感があって、射すくめられるような気がする。医学部教授の自分さえそうなのだから、普通の患者はもっと威圧感を受け、医師に聞きたいこと、訴えたいことがあっても、何も言えなくなってしまうのではないだろうかと反省した。退院してからは、患者に話しかける時には必ず椅子に腰を降ろすことにした。すると患者は落ち着き、安心した表情になって、問診にもハキハキと答えるようになった。こちらを信頼している様子が、態度にも見えるようになってきた。相手の気持ちを知るには、自分がその身になってみないとなかなかわからないものです。だから、いろんな体験をすることも大切です。私も30代後半に挫折し(提案新規事業の撤退に伴い辞職)、どん底に落ちたことで人間心理を少し理解できるようになりました。
2017.06.08
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道元禅師は「利行」について、「利益の善巧をめぐらすなり」(人々に利益となるような手立てを巡らすこと)と言い、「利行は一法なり、あまねく自他を利するなり」とも述べています。また、「報謝をもとめず、ただひとへに利行にもよほさるるなり」と述べているように、自分への報いは求めないで一方的に他者を利する行いとされています。諺でいう「情けは人のためならず」とよく似ているが、他者を一方的に利するという行為(修行)が、「自分を忘れること」をもたらしてくれるというのが「自を利すること」に他ならないと教えます。曹洞宗の『修証義』には、「愚人謂わくは利他を先とせば自らの利省れぬべし。利行は一法なり普ねく自他を利するなり」とあります。算数では、例えば、相手にお金を与えれば自分のお金が減ってしまいます。だから、愚かな人は、相手の利益(物質的なものばかりではなく精神的な要素も含む)を先にすれば、自分の利益が減ってしまい損をすると考えがちです。ところが、実は、相手のためになることをすれば、自分の心が貧しくなるどころか喜びを感じ豊かにするという諭しです。自らの利益を度外視する行いが、生きがいをうみ、充実感をもたらすというわけです。
2017.06.07
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最澄は「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」と言ったが、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が来日したとき懇談会の席で、「最澄の言葉こそが世界宗教の最も大切な理念と宗教行為を示すのであり、世界中の宗教者がこの精神を用いて、世界平和実現のため協力していこうではありませんか」と挨拶されたが、「忘己利他」の教えこそが全世界に通用ずる自然の道理=真理といえます。仏教でいう利行とは、ビジネスでいえば『忘己利他=お客様第一』『自利利他=共存共栄』に尽きると思います。しかし、煩悩や欲望の塵が、この道理を覆い隠してしまいます。苦しみも悩みも、すべてこの欲望のなせる業といえます。自分を全ての出発点にすると、何事も行き詰まり上手くいきません。自分のために相手を利用するのではなく、相手を生かすことをまず考えることです。困っていない自分にとってはたいした負担ではなくても、その時困っている人にとっては、そのチョットした助けや情が非常に大きく身にしみるものです。そのことは、自分が困ったときによくわかります。自分の特徴や特技などを通じて人様のために何らかのお役に立って喜んで戴き、そうやって周囲の人たちと共存していくことが、自分が生きたという証ではないでしょうか?
2017.06.06
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自分を大事にしてもらいたければ、人を大事にしなければなりません。自分の心を分かってもらいたければ、人の心がわからなければなりません。こんな共感力は、社会生活に欠かせない最も大切な能力の一つです。この能力が欠けると、人間関係が上手く築けずに集団の中で孤立したり、人の気持ちがつかめずに他人恐怖症になることさえあります。共感力を養うにはどうするか?私たちは、人の言動をともすれば批判の目で見がちだが、それでは相手は心を閉ざしてしまいます。最も大切なことは、広い心でその人のすべてを受け入れてあげることです。例えば、話を聞くときは、善い悪いを判断したり批判したりせず、心からの笑顔を欠かさずに、うなずいたり相槌を打って真剣に聞いてあげ、「大変だったね」などと労りの言葉をかけて共感してあげることです。道元禅師は、安否(ご機嫌いかがですか・お変わりはありませんか)、珍重(お大事に・お休みなさい)、不審(お早う、気分はいかがですか)は禅寺で行われている日常の挨拶だが、そのような愛語は人の運命をも変えさせる力を持っていると教えます。まずは、気持ちの良い挨拶から始めませんか。それが、相手の心を開かせる共感作りへの第1歩だと思います。(蛇足)私は、早朝散歩の途中で行きかう人に黙礼をします。すると、黙礼を返してくれる人「おはようございます」と挨拶を返してくる人(私も挨拶お返します)何かと二言、三言話しかけてくる人無視して黙々と通り過ぎていく人の4パターンに分かれます。前三者が多い日は、自然と心が明るくなります。
2017.06.05
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昔から「ものは言いよう」というように、言葉一つで相手と仲良くなったり、相手を発憤させたりもします。逆に、人と人との関係を悪化させたり、相手のやる気を殺いでしまったり、時には相手を殺す狂気にもなったりするから厄介です。言葉は諸刃の刃、使いよう次第でナイフにもなれば薬にもなります。良寛は『愛語』を座右の銘とし、「人々に接するときは、まず慈愛の心をおこし、慈愛の言葉をほどこすことである。愛語は愛心よりおこる。愛心は慈心を種子とする。愛語よく廻天(時世を一変させる)の力あることを学すべきなり」と言い、寺山修司も言葉の恐ろしさを語る一方で「言葉は薬でなくてはならない」と書いています。言葉を、良い方に生かすように心したいものです。道元禅師は「向かって愛語を聞くは面を喜ばしめ、心を楽しくす。向かわずして愛語を聞くは、肝に銘じ、魂に銘ず」と言ったが、直接愛語をかけてもらうのは嬉しいものだが、慈愛の籠もった愛語を間接的に人の口から聞いたときには直接聞くよりもさらに感激することが多いものです。顔は自分では見えず、人のためにあるものではないかと思います。和顔愛語こそが、人の心を和らげ、周囲を明るくし、自分をも幸せにする秘訣です。
2017.06.04
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社会福祉ボランティアの草分け的存在で、東京山谷のバタヤ部落で「アリの町のマリア」と慕われた北原怜子さんは、子供達に「醜いものの中に美しさを 卑しいことの中に尊さを 乏しい暮らしの中にも豊かさを まずいもののなかにも美味しさを 苦しいことの中にも楽しさを ニッコリ笑って発見しよう」と口癖のように話して聞かせていたそうです。和やかな顔や優しい微笑みは、お金や品物がなくても、その気になれば、誰でも、いつでも、どこでもできることです。そのことが、とれだけ人の心を和らげ、周囲を明るくすることでしょう。そんな笑顔の人の廻りには、自然と人も集まってきて運が巡ってきます。生後4,5ヶ月の赤ちゃんに、無表情な母親の顔をみせる実験をしたところ、体温がスーと引いて身体中が真っ青になってしまった。反対に、笑顔を赤ちゃんに向けると、嬉しそうに手足をバタバタと動かして、自分でも笑顔を作ろうとし、体温も上昇して身体もピンク色に染まってきたそうです。無表情というのは、相手にかなりの負担をかけていることになります。楽しいときには自然と笑顔もでるが、「厳しいにもかかわらず」「嫌であるにもかかわらず」「病気であるにもかかわらず」など、「にもかかわらずの笑い」を大切にして下さい。
2017.06.03
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仏教では、和やかな笑顔と優しい言葉を「和顔愛語」といい、それが人に対する親切の一つだと言います。私にとって理想の笑顔は、飛鳥時代の仏教の慈顔です。法蔵菩薩は、悩める人々をどうしたら救えるかと長い修業を積み、いかにすれば人は幸せになるかと深い思索を重ねられたが、その修行の一つに「和顔愛語」があります。物柔らかな微笑みと親愛の籠もった言葉で人々に語りかけ、人々が心中に思っていることを先に察して、その願いに応じたといいます。「今、微笑みを忘れてはいませんか」と、絶えず自分に問い続けたいものです。「微笑みとは、柔軟心に咲く花である」と「南無の会」会長松原泰道さんは言い、朝日新聞論説委員だった扇谷正造さんは「微笑みとは、心の中に化粧が済んだときに出る表情である」と言ったが、単なる笑い顔と微笑みとは違います。笑い顔は、心の化粧がなくてもできます。しかし、微笑みは心の化粧が先立つもので、内面を磨かないと、自然で美しい微笑みはわいてこないものです。心の化粧とは、内面に安らかさや素直さ、誠実さ、思いやりなどが湛えられるように心を丹精していくことです。その結果が顔に自然と滲み出て、美しい表情を創ります。それが、人の心を和ませてくれ人間関係を良くします。
2017.06.02
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現代の布施行、ボランティアにも次の点が大切と池間哲朗さんは言います。一つ目は、現状を良く知ること。例えば、貧しさが原因で毎日4万人以上の人たちが死んでいきます。1年間では1500万人になるが、そのほとんどがなんの罪もない子供達です。そんな現実を、まずよく知ることです。二つ目は、無理は必要なく、「少しだけ分ける」ということ。例えば、1ヶ月で300円もあれば、赤ちゃんのミルクが買えて死ななくても済むし、マラリアの薬代の120円もあればマラリアで死ななくて済みます。私たちには小さなお金でも、それがないために死んでいく命が一杯あります。三つ目は、誰かのためとか、人のためとか、世のため、社会のために何かをするということではなく、一番大切なことは自分自身が先ず精一杯に生きるということです。一生懸命に生きる人でないと、本当の命の大切さは分かりません。真剣に生きる人でないと、人の痛みや哀しみは伝わってこないと思います。若い人たちが就職もせずにボランティアに飛び込んでいくのが凄いことだが、まず自ら稼いだ収入で自分自身がまともな生活ができなければ長続きしません。二宮尊徳は、「慈悲のない経済は悪、経済のない慈悲は寝言」とも言っています。
2017.06.01
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