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借金 30万円生活費100万円。返済した借金加えて110万円。という今月分を受け取ったはず。(数字は嘘。たとえです)そしたら、引き落としが150万円きたという。しかし残高ゼロ。なので「この間の返して、それとあと40万円ちょっと貸して」って、生活費は連続2か月なく、貸付金が合計60万円にふくれあがっている。合計260万円滞納。なのだが。残高ゼロなので、またカードで生活。いつまでたっても借金へるわけないじゃーん。
2007年09月30日
福田内閣閣僚名簿http://www.kantei.go.jp/jp/meibotou.htmlから抜粋鳩山邦夫 法務大臣:[信条]「自然との共生」 舛添要一 厚生労働大臣:[座右の銘]泰山不譲土壌故能成其大若林正俊 農林水産大臣:[好きな言葉]一志一道 冬柴鐵三 国土交通大臣:[信条] 鞠躬盡瘁(きっきゅうじんすい)鴨下一郎 環境大臣:[信条]温故知新 町村信孝 内閣官房長官:[座右の銘]「ベストを尽くす」「誠実」 泉信也 国家公安委員会委員長内閣府特命担当大臣:[信条]克己、尽力、楽天上川陽子 内閣府特命担当大臣: [好きな言葉]「鵬程万里」 二橋正弘 内閣官房副長官:[信条]「この地べたの上で起きたことで、何ともならないことはない」「山より大きな猪は出ない」 山谷えり子 内閣総理大臣補佐官:[座右の銘]継続は力 中川義雄 内閣府副大臣: [座右銘]「真実一路」小野寺五典 外務副大臣:[座右の銘]一隅を照らす 遠藤乙彦 財務副大臣:[座右の銘]大誠実 森山裕 財務副大臣:[好きな言葉] 「一日一生」松浪健四郎 文部科学副大臣:[好きな言葉]一心不乱 岸宏一 厚生労働副大臣:[座右の銘]誠実平井たくや 国土交通副大臣:[座右の銘]「大道無門」四方八方、一切のものが仏道の修行になることをいう。仏祖の大道に入るべき一定の道はないが、その門はどの道にも通じている、ということである。真理の世界・大いなる境地に至るには、自分に適し、自分の好む道を精進すれば、自然と到達できるという。 桜井郁三 環境副大臣:[座右の銘]自然体江渡聡徳 防衛副大臣:[信条]「随処に主となれば立処皆真なり」 加藤勝信 内閣府大臣政務官:[座右の銘]「一点素心」古川禎久 法務大臣政務官:[好きな言葉]「念ずれば花ひらく」「正しき者は強くあれ」 宇野治 外務大臣政務官:[座右の銘]春風貫鐵壁 中山泰秀 外務大臣政務官:[座右の銘]明哲保身小池正勝 外務大臣政務官:[座右の銘]我以外、皆、我が師なり 宮下一郎 財務大臣政務官:[座右の銘]「誠実」「着眼大局 着手小局(Think globally, Act locally)」 原田令嗣 文部科学大臣政務官:[好きな言葉]"求道存異"(多様性を尊重しながら大きな目標に向かって共に進もう) 保坂武 文部科学大臣政務官:[好きな言葉]誠実は人となれ伊藤渉 厚生労働大臣政務官:[座右の銘]我以外皆我師並木正芳 環境大臣政務官:[信条]「出会いは宝なり」 寺田稔 防衛大臣政務官:[信条]「力を戮せ、心を一にす」 秋本司 防衛大臣政務官:[信条]わかる政治、見える政治。「座右の銘」「信条」「好きな言葉」のどれを使っているかで、まず志向がわかります。そして書かない人のほうが、慎重な印象を受けます。(つまり、より腹黒そうな人ほど書かない。)いろいろ盛り込んで書いている人は、選挙対策もあるんじゃないかなあとか思ってしまいます。わざわざ一般的にはわかりにくい言葉を選ぶ、仕事とあんまり関係ない言葉を選ぶ、というところにも政治信条が浮かんできそうです。解説までつけるのは、探してみつけた言葉だと思います。漢籍由来なら出典も欲しい(リンクはった)。英語のやつは訳しようによっては国政じゃなくて市議っぽいイメージ。「世界を考え、地域に動こう」きっきゅうじんすい、読めない。書けない。諸葛孔明だとか。周恩来がよく言っていたとか、中国人ならだいたい知っているとかいう有名なことばらしいですけど、日本では漢字検定でしかみかけないと思います。ぐどうぞんい だろうか。きゅうどうぞんいってことはないか。書けるが読めない。今風にひとことでいえば「共生」?周恩来、人気だな。ほうていばんりという言葉は初めて知りました。MicroSoftIME変換にはいっている。和語にしたら、好きなことば「長い道のり」。どういう点が好きということなんだろう?もしかして好きな歌は♪君は行くのかそんなにしてまで~だったりして。だいどうむもんも知りませんでした。「すべての道はローマに続く」でもなく「狭き門より入れ」でもなく「桃李もの言わざれども下おのずから蹊を成す」は視点が違うし、Let it beと解釈する人もいます。あと舛添さんは、どういう意味でこの言葉を選んだのだろう?異質な俺がいてこそ立派な山になるんだぜ、というところか。また、特殊な座右の銘によって、人間関係が暗示されていたりします。ウノという苗字だけでは気づきませんでしたが、座右の銘を検索して地盤を継いだ息子か?と気づきました。女婿でしたが。血族ではないから、地元では義父のような女性スキャンダルは心配されなかったのかもしれません。誠実だけでなく、なぜ大きな誠実なのかと検索したら、団体のことばだったのですね。議員も商売しているところも一般人も「大誠実」でヒットするのは、たぶんもれなくそこの関係者です。家族欄は、「2男1女」など生まれ順がわからない書き方にしている人が多いです。家族の名前「妻エミリー、長男太郎、長女華子、次男次郎」誰が跡継ぎになってもよさそうな、投票用紙に書きやすい名前。こんなあけっぴろげなのは鳩山さんくらいなものかと思っていたら、他にもいました。河井克行 法務副大臣:家族 妻・河井あんり(広島県議会議員) 愛犬・タロー 犬の名前まで!しかも、鳩山さんの長男と同じ名前です。犬も政治家にしようということなのでしょうか。犬が家族という人はもう一人いました。森山裕 財務副大臣:家族 妻・娘2人・孫3人・愛犬3匹孫を書くけど、婿は家族じゃないんだろうか。あと嫁姑同居の人は、母が筆頭だったり母が末尾だったりしてました。
2007年09月29日
彼岸過ぎだというのに、まだ暑い。彼岸過迄は、彼岸過ぎでさえの意。いまごろ花盛りな朝顔。超~~~暑い夏だった8月。7月にはぽつぽつ咲いていたというのに、8月はつぼみがつかないつぼみはついたが成長しないつぼみが成長したが開かないという状態が続いていた。あまりに暑くて、自分の生命維持以外はできんかったらしい。光合成するための葉っぱを保ち、つるを伸ばすだけで精一杯。で、少し涼しくなって、日も短くなったいまごろいまさら毎日70個近くも花をつけている。ところが大量に花は咲けど、いっこうに種がつかん。個体維持が限界で、種族維持まで至らぬ。「うわ、人間と同じですねえ」と言われ、なるほどなあとか思った。昔は「ひとり口は食えないけれども二人口は食える」とかいって、所帯を持ったらしいが、いまどきは「ひとり口ならどうにかなるが二人口なら食うだけで精一杯」である。食足りても衣足りず、礼節を知らず。都心なら住もかなりきつい。食ってるだけで増えていた時代とは違う。花はついても種は作らないようにしている。頭で考えて意図的にやっているのではなく、本能で危機を察知するのだろう。ところが、今朝見たら、なんと1つ双葉が出ていた。しかしわさわさ茂る葉をかきわけても、やはりどこにも種が成長している気配はない。撒いたときに発芽し損ねたやつかもしれない。これから寒くなるのに、本葉つけてつるを伸ばす気なんだろうか。これじゃあ、高齢のくせに「できちゃったけど誰の子かわかんない」みたいな感じ?
2007年09月28日
うつセルフチェックhttp://www.utu-net.com/self/index.html結果http://www.utu-net.com/self/utu2.html鬱度診断もそうだけど、http://www.lonely.to/utuchk.htmlhttp://www.jtu-net.or.jp/cgi-bin/selfcheck/e-selfcheck.cgihttp://yokohama-shinri.com/check/utsu.htm質問項目が悪い。複数回答が認めないのに、質問は一直線上のもんでもない。「希望」なんて意識して生きているほうが不健康だと思う。朝起きてさわやかなんてことは、大病から一気に改善したとか、嵐の中旅行に行って翌朝急に晴れたとか、そういうようなでっかいギャップがない限りありえんだろう。さわやかかどうかなんて考えている暇がないくらいあわただしいか、ぼんやり起きて、しまった今日もまた目覚めてしまったか、とがっかりするか、そのどっちか。忙殺される一日や暇のつぶし方がない状況を憂うのが中年らしい朝だ。中年はほとんど鬱の要素があることになる。鬱の自覚診断。http://www.lonely.to/nntchk.html結果。あなたのうつ病認知尺度診断結果、中程度問題ありです。以下の項目で一番得点の高い項目があなたの性格傾向です。 ○「否定的自己認知」危険域です。 ○「対人認知」中程度問題ありです。 ○「強迫的思考」問題ありません。「否定的自己認知」とは極端にへりくだって自分を悪く言う傾向があるということです。「対人認知」とは他人の評価を気にするとともに依存性を意味します。「強迫的思考」とは何事も完全でなければ気が済まない、いささか堅い性格です。 「責任感がまるでない」ということである。いいところがない人間ですがソレが何か?と開き直っていると中程度問題あり。申し訳ないと思える(あるいはしてみせる)ようになれば、バランスがよくなるということか。と解釈してみる。NHKのうつ自己診断http://www.nhk.or.jp/fukushi/utsu/utsu/index.htmlウィンドウの倍率を100%じゃなくて75%にしなければできん。こちらのほうがいい結果になる人が多いはず。要するに、どんなに周囲に迷惑かけていても自分が困っていなければ、「鬱ではない」のだ。ということは、周囲が不快に思うのは、鬱以外の別の悪い病名があるか、さもなくば病気でなくもともとの気質として人格的な障害があるということだ。鬱ではなく、鬱以外の何かまでは、鬱診断では言わない。反社会的である者は、非社会的な環境に置いておけば、害はない。
2007年09月27日
「本当はお金があるのに、ないと信じ込んで病んでしまう」という人は結構いるらしい。そういう人が他にもいるんだ。認知症とかだとそういうの、よく聞くもんな。あと50年先も生きていたら絶対に言うようになるだろうなあ。誰が盗ったとか。そんで本当に盗られても信じてもらえなかったりとか、ありそうだなあ。お金の不安だけど、財布に封筒にいれた3万円をいれておくようにしたら、少し落ち着いた。 やっぱ、現ナマよね。封筒にいれているのは、うっかり使っちゃわないため。でも、どっかで開けてしまうんだろうな。開けたら別の紙に入れ替えられていたりして。あと支払は、どかんと一気にためてやることにした。銀行も遠いしね。3千円以上2万円以内の支払を、しょっちゅうやっていると、どんどんお金が奪われていくような気分になる。ところが単位がでかい非日常的な札束になると、お金だか紙だかなんだかわからなくなる。なので、何か1つ督促状が来てから、他の物もまとめて払う、ということにした。しかし、まとまったお金には罠がある。払うほうじゃなくて、受け取る場合ね。実際の数字だとあまりに小さくてみみっちくみえるので、でっかい単位でたとえるけど、・生活費100万円・立て替え分30万円これらが受け取れる日に、「立て替えてもらった全額30万円返して、生活費とで合計110万円ね。」って、その言い方は違うだろう~!!「借金は10万円だけ返した。まだあと20万円は返済を待ってください。」これが正解だっ。生活費より多い額だといっても、それが借金返済額を含むなら、実は生活費は減らされていることになるのだということが何べん説明してもわからんらしい。「生活費が足りん」というと、「そこにあるでしょ」となる。これは返してもらった借金であって、生活費として使うものではなく、崩した貯金を補填するものだ。しかし現ナマがあると、生活ができないわけではないということの証拠になる。なんかわざととぼけてるんだろうか?と思うくらい、のみ込みが悪い。「立て替え分を返す」と「いつもより10万円も多く渡した」と、ものすごく負担増大なことを2つも成し遂げた感覚になっている人からみると、「いつもより10万円も多くありがとう。今月はリッチだなぁ。」といってくれるはずな相手が、なぜか「まだあと20万円」と強欲なことを言うので、へんだなあということになるらしい。一生懸命説明した結果、「計算がどうとかっていっても、ないものはない」とふてくされ「これだって一生懸命かきあつめたのに」と褒めてくれないことにがっかりする。おかげで目減りする一方の貯金。水泳用プールからコップに1杯ずつ水を汲みだしているというレベルではない。それだけあったら、そんなに気にしないだろう。細い細い蛇口から出ている水をためた風呂から盥(ドリフで最後に落ちてくる大きさの)で汲みだすというような感じで、ざぶざぶと目に見えて減っている。こういうとき、「まだ底をついたわけでもないのだから不安になることはないよ、じゅうぶんあるんだから」とは思えないんだよなあ。たとえば、「たぶん砂漠の人がみたらこれだって豊富な水だ」とかって、砂漠で暮らしたことがないから実感がないし、「世の中にはもっと水に困っている人だっているんだから」って、そういう暮らしになりたくないから心配なんだし、「細々とでも水が出続けているうちは、死にはしない」とかだって、もうじき断水だという警告はきているし、だいたい死にはしないってところまで引きあいに出さなければならないほど、ぎりぎりなところまでねばるべきだという考え方もしんどい。水の量が少ないことが一番の問題なのではなく、ただでさえ少ない水を盥で汲み出されてしまい、しかも補充が間に合わないというところが大問題なのである。こうも問題がはっきりしているところに、別の視点をもってきてはぐらかそうとしても、まったく不安は解消できるポイントにならない。せめて盥で汲みだしたあとに、コップ1杯分だけでも補充がきけばましなのだがなぁ。金貸し業なら、利息ももらえるのに。給料明細は「みたことがない」「たぶんもらってないと思う」と言ってのける。通帳記帳なんて、何十年もやったことがない。キャッシュカードの時代になってからって、昭和何年の話だ。残高が7桁になったことがないどころか、札が出せない桁になることもあるらしい。社会人、何年やっているのだ。とりあえず、「解約手続きが面倒臭いから、そのまま勝手に引き落とさせている」という無駄なものを、わかる限り紙に書き出した。使ってない電話とか携帯電話とか、メリットのない保険とかの、あほすぎる無駄遣いが、毎月数万円ある。という現実を並べて、なお「こんなの節約すればなんとかなる範囲の額だ」と、節約生活を肯定する。節約しないで贅沢したいというのは傲慢だというのは、まあそうかもしれん。明治生まれのおばあちゃんは地味な生活に愚痴ひとついわない立派な人だった。でも、おばあちゃんの生活は、現代だと銭金に出てきそうな自給自足生活だし、節約は結果であり手段であって目的ではない。「お金は自分のために使うものではない」そうそう社会のために還元してこそよね、と大きくは理解できるんだが、しかし、サービスを全く享受させてくれない相手を儲けさせるために、わざわざ節約して浮いたお金を使って応援してあげる必要はないだろう。しかも思い入れが全くない団体相手に。何かおおいに勘違いしているぞ。無欲がベースというより、無精がベースでは、清貧とはいえないではないか。年内になんとかしなければ、しかるべき措置をとらせてもらう。
2007年09月26日
『国語教科書の思想』 ちくま新書 石原 千秋著 税込価格 : \714 (本体 : \680)出版 : 筑摩書房発行年月 : 2005.10 2年も前に出てたのに知らなかった。まだ半分読んだところだけど、そのとおり、と膝を打ちたくなる。「高校1年の教科書から鴎外と漱石が消えた」というセンセーショナルなニュースは大誤報。もともと高校1年じゃなくて3年にあったものだし、いまも3年では使っているところもあるのに、どうしてそういう嘘をいうのだ、とか、知らなかったなぁ。ニュースで世論が動いて復活した、という流れだったかと誤解していたよ。教科書の思想は、田舎はすばらしい。動物は人間と同じことばをしゃべる。吉本ばななはテーマが危険だが、みどりの指だけはセーフなので採用された。とか、どの会社のものも共通している。何を読んでも同じ方向に偏っているのは児童生徒の時代から感じていた。地域性もあるかもしれんが、副読本とか授業外のお話し会とかではなぜか自己犠牲の尊さとか諦めが肝心というような話が多かったよ。ごんぎつねとか、良寛様に召し上がっていただくために焚き火に飛び込むうさぎの話とか、割れた卵はかえらないという歌の話とか。「立派に大成できなくても誰かのために命を奉げれば認めてもらえ永遠の存在になれる。」というように子供に夢を与えてくれたもんだ。「欧米か?」のノリで「戦中か?」とツッコミたくなるが、日教組のほとんどいない地域では、「他人に利用される道具となれというメッセージを含んだ悪い教育」という方向ではなくて、「命は有効活用できるように保たねばならん」という方向になる。だから、たとえがんばって成果が出なくても、最後の切り札は持っているからまだ大丈夫だというのが希望になる。「切り札を切り間違えて、無駄死にしたりしてはいかん」ということでもあり、自分勝手な命のコントロールの抑止効果にもなる。話がそれた。先日たまたまクイズ番組を見ていて、昔の教科書に、うさぎとかめの寓話から四字熟語があったのだが、それをかけとかいう問題が出ていた。答えは「油断大敵」かめを主人公とした答えの人がみんな不正解になっていた。がんばれば最後は勝つんだという教訓じゃなくて、能力があってもおごってはいけないという教訓。いまの日本ではたぶん、弱いかめが主役だと思え、という教育がどっかにあるかもしれんが、登場人物が2匹しかいないのに、うさぎの立場からも考えてみることは思いつかなかった。どちらにも言い分はあり、両方を公平に聞いた上で支持するとか反対するとか意見があるのが国際標準。国語教科書は、人として(というか日本人として)正しいという方向へ持っていく。日本の国語教育での読解力は、一般社会で支持される内容に沿うように答えることが求められ、国際基準でいう読解力は、それぞれの立場によってどういうことを言いたいのかということがわかること。ここでしまった、と思った。いまの作文教育の公募書類には、もっとリテラシーっぽい単語を織り交ぜて、国際標準に重点を置いて書くべきだった。ちと偏り過ぎてしまったか。だから返事が来ないのだ。って、それだけではないけど。でも、日本人が日本社会だけにかかわっている場合、「自分の言いたいことを正確に伝えられる」というようなことを主眼にしていたのでは、実用的じゃあないと思う。「相手に受け入れられやすい形に言い直して、自分の言いたいことを言えるようにする」ということができたほうが、こいつできるやつだな、と思われるだろう。本音と建前を分けるんじゃなくて、建前の形式で本音を言えるようにするということだ。「自分の意見を持つな、イエスマンでいろ」という方向ではダメだけど、「自分の意見を持つことが大切」という段階でとどまるのではなく、その先のストラテジーを考えられるようにならなければ、日本社会ではうまくやっていけんし、ゆくゆく国際社会に出たときだって同じだ。だって日本の生き残る道は、これ以上嫌われないようにする、ということしかないもの。国際標準で求められていることと、地元密着型の一般的な日本の会社が求めていることは違うんだし、もっと従来の日本的な問題も重んじておかないと、「成果がない」と思われる。あ、これってなんか官僚的発想かも。前例にならえ、と。続きを読もうっと。
2007年09月25日
根っからの神経質ではなくて「気になること」は相対的に決まる人。「ごもっとも」というレベルから「どんだけぇ」なレベルまで揺れ幅がある。「靴がそろっていない」ということが気になるレベルのときもあれば、「リモコンが高さ順に並んでいない」というときもある。高さ順!珍しくちゃんと並べたのに。「なんでダッシュボードにこんなにレシートが詰め込んであるんだ」というレベルのときもあれば、「マンホールの蓋を踏むな」ということもある。まんほーるですか!初めて通る夜道でそこまで気を配るのは難しいです。「この10年、一度も“片付いている”という状態になったことはない」とまで言われ、かんっぺきに掃除をしておいて、ぜったい期待するなとメール。帰宅第一声「なんだ、あの車の停め方は」家の外もですか!枠線内に入っているけどやや右に寄ってる。全部言ったらきりがない、と思っているのかもしれないが、受け手にしてみれば、アラはいつでも見つけられる。荒れていれば見つかりにくい。ということで、丁寧でいることへのモチベーション下がる下がる。理想がごりっぱすぎて。なんとも。
2007年09月24日
外国人に教える日本語教科書の文「きのうのサッカーの試合は、日本とブラジルとどちらが勝ちましたか。」「( ブラジル )が勝ちました」日本以外の国名しかでてこない。韓国語の教科書なら、「韓国が勝ちました」以外ありえないのだが。片仮名のことば。テレホンカード テープレコーダー カセットあまり使わない。もともとシーディーとかディーブイディーとかカタカナで書かないものはカタカナ教材にならん。贈物の挨拶「これどうぞ。ほんのきもちです」いまどき謙虚すぎ。謙虚ながいじんはかわいくみえるから、戦略として正しいともいえるけど。スモールギフトは英国英語。米国英語ではあまりいわないらしい。上級は日本はくだらない国です。国民は怒っています。というのが多い。出典は朝日新聞が圧倒的に多い。おばさんが作るので、おばさん臭いテーマが多い。「来たる21世紀を迎える今」として語られる時事問題を平気で扱う。共感もなにもないところにメッセージをくみとるのは難しいんじゃないだろうか。日本文化と自国の文化の対比がある上に、少し昔の文化と現代の文化がかけあわさって、何が読めるのだ。
2007年09月23日
新潮45とか読売のウィークリーみたいなのもそうかな。ドキュメンタリータッチの社会問題を扱う記事の文体パターン。1)いきなりカギカッコではじまる。2)地の文で場所の説明。複文。人物はカタカナの仮名。なれなれしく呼び捨てのことも。3)カギカッコで冒頭の発話の前に話していたはずの内容。不自然な問い返しを交えたり。4)地の文で話し手のような社会的弱者一般に関する問題の概要。体言止め文と複文。5)カギカッコで「んです」文「よね」文で、ひとりよがりな独り言っぽいイメージ。6)地の文で話し手の容姿等の描写。7)カギカッコで自問自答的なあきらめのことば。8)地の文で話し手特有の弱い立場の説明、行政や社会に対する怒り。おわり。表の主旨:弱者に対し社会はひどい裏の意味:弱者に転じたこいつも愚か ←というのも実は結構ある。特に呼び捨てだと多い。単純化した作例「日当は平均で4000円くらいでしょうか」そこは池袋のインターネットカフェ。この店を拠点として、いわゆる日雇い仕事をしているアキコ(27)のこの暮らしはもう3か月になる。「登録した会社から、仕事の内容が前日にケータイで入ってくるんです。それに返信して翌日集合地に行って仕事して解散。交通費?もちろん自腹です。出ても満額ということはありませんね。日当からここのお金を払って、食費はだいたい1回300円以内におさめるようにして、それでいっぱいいっぱい」昨年ごろから、アキコのような人たちをネットカフェ難民と呼んでたびたび問題としてとりあげられることがある。7月におこなった厚生労働省の実態調査によると、現在その数は○千人とも、予備軍を含めれば○万人とも言われている。「一緒に暮らしていた彼氏とケンカした翌日出て行かれちゃって。アパートの家賃が払えなくなって、それで追い出されたんです。そのときは何にも縛られない身軽な生活もいいかと思ったんですが、いま思うとそれが甘かったんですよね。」力なくふっと笑ったアキコの顔にかかった傷んだ髪の毛は、毛先だけが金色に輝いていた。美容院ももう半年以上行っていない。「元気なうちはいいけど。もし病気になったら。そのときは実家に帰るしかないのかな。」アキコの実家は、再婚した父親が妻と小学生の弟と3人で仲良く暮らしているという。実家とも離婚した母親とも連絡をとっていないとアキコはいう。景気回復で、就職活動は買い手市場というが、それは新卒もしくは青田買いの大学生のみを対象にしたものであって、アキコのような手に職もないまま、日々の糧を得るだけの労働にあけくれ、貴重な時間を空費した前の世代の者たちは置き去りだ。国をあげての再チャレンジ政策だが、そこで救える人は、わずか○人。企業は足りない労働力を若くて優秀な人材を確保するのにせいいっぱいで、育成する余裕はない。政府は社会が対応できるよう、抜本的な改革を早急にすべきだ。最後がしまりませんでした。すみません。弱者の味方になっているふりをして、けっこうののしっていたりします。気力の萎えた自虐的な人たちが相手だし、仮名で特定されていないので、こんな記事を書いても反発されないと思っているのでしょう。自分でいうのと、他人が客観的に書くのでは、ぜんぜん違うと思うのだけど。姫井なんちゃらいう女性議員の不倫報道に反発するインタビュー記事なんか露骨にそんな感じだった。好きなように気持ちよくしゃべらせておいて、ごもっともと相槌をうっておきながら、どこかでこいつも変だよということを言っている。「あわてた様子で否定する」とかの様子の描写、シンパなら書かんだろう。今はそうでもないが、昔の新潮は、新潮文庫を出しているだけあって(?)、妙に文学的な風景描写の複文文体で始まっていた。たとえば、「三日前から降り始めた雨はやみそうにない。山田太郎巡査部長(42)が現場に到着したのは、午前2時のことだった。」とかね。なんかいまいちだけど、文法はこんな構造の文。
2007年09月22日
ユーザー名まで忘れてしまい、ログインに手間取った。久しぶりに親に電話しようと思ったら、電話番号を忘れているし。人間の脳みその中というのは、セキュリティ上一番安全な場所かもしれんが、一番あやういところでもあるわな。今日は楽しい夏休み。あと2日で終わるけど。
2007年09月16日
隣接する国は仲が悪い。もし仲がよければ、同じ国になればいいのだから、別の国である理由として仲が悪い。もともとが同じ国であったとしても、別れる時には別れる理由がある。似ているけれど違う、というところが一番の理由だ。医学と薬学は仲が悪い。近接分野は、同じものに対する視点の違いがあってわかれている。薬学をパーツとしてしか見ない医学を、細かいことまで知っている薬学は馬鹿にすることがあるが、相手から馬鹿にされていると意識しているのは薬学のほうで、広い視点を持つという理由で決定権がある医学は、序列が上であることは覆すことができない。とはいえどちらかが欠けては成立しない分野なので、共生できている。利益を受けていることがほとんど感じられない隣接業界もある。同じ「ツール」だと考えているものについて、目的が違うため、扱い方が違う業界。ツールの材質や構造を考えるのと、ツールを使って教育という活動を実現するのと、かなり違いがある。海外の友人から本をもらった。同じくその本をもらった後輩が、「彼が執筆したところはちゃんと読めたんですが、あとの人の話を読んだら、常々そちらの業界になんともいえぬ違和感があるとおっしゃっていた意味がどういうことなのか、腑に落ちました」と言ってくれた。一番大切なこととして叩き込まれたことが、「不確実なことを確実だと言ってはならない」というのと、「ハートで教えること」とか「スマイルを忘れないこと」というのとでは、どうしても埋められない溝がある。考えてみれば、相手にはそれが確実なものであるかどうかの判断はできないので、そこそこ正しいというものを、正しいんだよといって流しておいても、まったく問題は発生しない。正しさを判断できる唯一の人がいうことは、すべて信じられることだ、ということが大事なのだ。逆の進み方ならできるかもしれないけど、戻ることは難しい。ハートもスマイルも大事なんだろうけど、それを声に出していうのは相当に恥ずかしい。そんなことを絶対視しなければ、ほかに何も残らないというのは、非常に薄っぺらいものなのではないか、と思ってしまう。実際のところ、スマイルでもなければ、楽しい気分にならないものなのだろう。暑苦しいハートが、無理矢理机に縛りつけておく力になり、「そこまでしてくれたのだから期待にこたえねば」と努力に追い込むことができるのだ。つまり、ツール自体は、双方にとって、まったく面白くないものという前提がある。だから、必要以上に派手なオプションが必要になる。で、真面目に取り組めば、数か月で「目に見えてわかる効果」を双方で実感できる。ダイエットみたいなもので、脱デブできたときは感激するだろう。そうなれば、伴走した側にも達成感がある。ただ、全員がきちんと取り組むわけではないので、思った通りの結果が得られないそのまんまデブが残っていればおもしろくない。指導に関係なく自力で結果が出る人もいるだろうし、指導が悪くて結果が出ないと思う人も出てくる。指導する側の役割になったら、・関心を持てないのはお互い様だ・必要以上に必死な様子をみせるのは無駄だ・自分のやり方を信じている人はそれを尊重しよう・デブは絶対悪ではないし、デブにしかわからないデブなりの楽しい人生もあるかもしれないというような自分の考えがあったら、それは捨て、できるだけ多く成功率を高めるために・指導する相手全員に関心があるようにみせる・熱心な指導であることが明白になるよう、必死そうに振舞う・自力でやっている人に口出しをし、関わった実績を作る・脱落したデブには自己責任でしかないと思いこませるようにするとするべきである。しかしそんなことをわざわざ考えないのが大多数のまともな人だ。ならば、・どんな人にも関心が向く・伝えたいことが伝えられなくて必死になる・勝手なことをしている人は注意をしたくなる・自分の悪いところを反省しなきゃと謙虚に思えるそんな人しか、本来やっちゃあいかん仕事だということだ。ツールを使ってるなら、もっとツール自体に興味持てそうなのにな。とか、畑違いなところで不満に思っても、「そんなこと知ってても、少しは役に立つかもしれないけど、とりあえず今は無駄だ」となるレベルのくっだらなーい話で、だからオタクって人種は、物ばっかりで人間に興味を持てないからダメなんだ、という根拠の一つにもなってしまう。しつこくも、脱デブ級ではなく、伴走者よりもはるかに有能なアスリートたちなら、そのものの面白さがわかちあえそうだがなあ、とか思うのだが、本来それぞれの競技別に練習をしたほうがいいのを、便宜上いっしょくたにトレーニングルームに詰め込まれているアスリートたちの中で、そんなせまい種目につきあえるのはごく少数だし、そもそもプログラムにないことなのでやってはいかん。アスリートの鍛え方が下手なのは自分がなったことがないからトレーニングルームで筋力つけるだけでのプログラムがおかしいとか、小デブのパートの指導員の分際で、いま言い訳していても意味がないので、とりあえず仕事をつつがなく終わらせることだけを考えることにする。
2007年09月15日
黒くて小さな虫がはいずりまわっている。つぶしてもつぶしても、あとからあとから、わいてくる。・・・しかも幻覚ではない。ヒメカツオブシムシという名前だ。蕎麦殻枕を捨てた。というのが真夏の出来事。
2007年09月14日
横綱も首相も皇太子妃も、あと皇族のだれだったかもそうなのだけど、はっきりと「鬱病」とは言わないで、それを連想させる曖昧な病名で報道される。なぜだ?テレビで「職責を賭して…」と言い出したとき、この人危ないんじゃないかと思ったのだが、やっぱり。こうも急激で日本列島「なんで今?」の嵐。辞めること自体は想定内だったけど、時期と理由らしい理由がないことが衝撃という感じ。でも理由は、顔みれば明らか。一国のこんなギリギリな状態を、全世界に見せてしまうなんて、危機管理ゼロだ。高校教師の友達が言っていた。「有能な教頭が有能な校長になるとは限らないというようなもんですね」と。でも教頭で有能で人望があったら、校長をやったらどんなにいいかと周りも期待する。本人だってその気になってしまうし、期待にはこたえるべきだと思うだろう。特に、もしお母さんが生きていれば、教頭で終わらせたくないと期待しちゃうだろうなあ。校長になるには教頭が実際どんなことをするのかということも経験していたほうがいいだろうけど、昇進すると転職するのと同じ状態になると合わない人が出ても当然だ。教頭になったら次に校長になるべきだ、というように価値が一直線になっているのがよくない。外務大臣のときは、イキイキしていたのに。首相にならなければよかったのに。そういう職種でないほうがいいのはカタカナ演説でわかったでしょうに、失敗を予測しながら傍観している周りは、本当に意地悪なんだろうな。政治は嫉妬で動かすものだ。久しぶりに2ちゃんねるを見て、【鬱くしい国】安部元首相【疲れた】というスレを読んだ。スレタイの部の字はわざと間違えてあるのか、おかげで荒れていない。メンヘル板だから、みんな比較的やさしい。「きっと麻生が安倍の耳元で「がんばれ、がんばれ」とささやき続けたんだ。」というの、麻生さんかどうかまた陰謀かどうかわからんが、悪化の原因の一つにありそうだなあ。♪負けないこと 投げださないこと 逃げ出さないこと 信じること だめになりそうな時、それが一番大事~というのを思いだしたのだが、八方塞がりな気分を高める鬱陶しい歌である。
2007年09月13日
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