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在留資格変更のビザ申請を出して一ヶ月過ぎた。入国管理局に何度か電話したが審査中その言葉が同じように返ってきていた。まったく審査中という言葉をインプットされたロボットと会話してるのか? たぶんそうだ。私が苦笑していると「なにがおかしい?」と妻が私の顔を覗き込んだ。私は再び大笑いした。昨日、夜、妻の鼻の下いたずらでひげを書き込んでおいたのだ。今日は有給休暇をとって奥さん孝行のつもりだったが。慌てて妻が鏡を見てふくれっつらをしたのでまた私が笑った。が次の瞬間妻が勝ち誇ったように「今日から仕事あるんだ」といった。「おいおい、変な夜の仕事じゃないだろう?」「ちがう、モデル」「モデル?」私は、あんぐりと口をあけて妻を見つめた。まさかヌードモデル?疑心暗鬼な私に、妻は余裕すらみせて微笑んでいる。変な雑誌のヌードモデルなんかされたら・・・・。しかし正常な雑誌のヌードモデルならいいのかといってもNOだ。ともかくモデルの派遣会社とかへついていくことになった。角刈りの若い勢いのいいにいちゃんでも出てきたら。どうすればいいのか。格闘技などの心得もない。パンチを飛ばす前にジョウクをとばすのがせいぜいだ。トホホホ・・・。そのモデルの派遣会社は、T駅から歩いてすぐのマンションの一室にあった。年配の婦人3人が忙しそうに働いていた。駅前のカルチャースクールなどに肖像画などのモデルを派遣するのが主らしい。もちろんヌードもあるらしいが。本人の希望で選択できるらしかった。もちろんヌードは、だめ。ソレはわたしだけのもの。モデルとしてやはり西洋系外人は、価値があるのだろうか。それともうちの奥さんアイドル系??? それはまずないけどね。「あら、日本語が話せるの? だいぶ話せるみたいね」というお褒めのことばをいただいて妻は、気をよくしていた。なんか不吉な予感。不安でイッパイ。そしてその予感が見事に的中。日本の仕事は、時間がきっちりと決められているので遅刻しないようにと何度も行っておいたが生活習慣をそう変えられるわけもなくおおざっぱな妻は、やってしまった。「まだ来てないらしいんですよ」私のケイタイに疲れきったモデル会社のおばさんの今にも死にそうな声が飛び込んできた。「す、すいません」私は言葉と同時に頭も下げていた。時給が3300円、交通費別そんなにいいな条件なのかと嫉妬心が募った。誰か俺をモデルに、使ってくれないか。ヌードでもOKさ。しかしそれは太陽が西からのぼるようなものだってことか。
2003年09月30日
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ふたりの溝は、新年をむかえて急速に縮まっていった。そして再びふたりは一緒に暮らしだした。新年は、初詣も行かなかった。名も知れぬ神様はきっと怒っているだろう。仕事始めでまだがらんとしていた入国管理局に在留資格の変更、つまり配偶者ビザへの変更の申請をしたのである。もうふたりの中には、配偶者ビザが取れないといった不安は、微塵もなかったのである。本当に不思議なものだ。心の平穏は心の中にあった。時が、解決してくれる。よく言われる言葉だけれど今度ほどそれを感じたこともなかった。ふたりの絆は、一つの壁をのり越えて一段と強くなったような気がした。信じることは、愛することそれを強く実感した。「東京は、寒い」と妻がいっていたので最初冗談かと思っていたら意外や意外本当らしい。そんな馬鹿なだれもが考えるだろうが中途半端に寒いと暖房も中途半端だし防寒着だって似たようなものだ。だからあの零下何度といった厳しい寒さのロシアより寒く感じるらしい。ロシアの家は、寒さに対して完全防備だからTシャツで、部屋のなかは大丈夫らしい。私は、夏しかロシアのハバロフスクに行っていないのでその寒さや部屋の中の温度などは分からない。 味噌汁をスプーンで飲み。お皿にご飯をもりホークで食べる。そんなことがけっこう面白い。箸の生活は、それはそれでいいのだけれど。妻は、箸は苦手らしい。あえて強制するつもりもない。豆腐なんかは、あまりおいしいと思わないらしい。納豆は、論外だ。ちょっとびっくりしたのは、結構お米は、好きだ。それに日本の米は、ロシアに比べるとすごくおいしいらしい。食文化の違いで私たちカップルはそれほど苦労していない。それに私が適当に野菜炒めや、焼き魚や、オムレツやら勝手に作ってしまって、二人して食べている。ロシアのボルヒチというスープを妻は好きで作るが私はあまり好きでない。でもまあ、食べられないこともないしおなかがイッパイになれば満足だからそれはそれでいい。でもそのうち日本食作りでしごいてやろうかなとおもっている。それは、ビザもとれてもっと彼女が日本の生活に慣れてからだ。いまはやさしくそしていつかはきびしく???
2003年09月28日
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凍えてしまいそうな心に私は、何度も問いかけていた。きっとすべてがうまくいく。風の冷たさが頬にあたり涙が凍りそうなくらいつめたい時も、きっとうまくいくそう何度となく自分に問いかけた。東京の景色を一面の銀世界に変えた冷たい雪も、春が来れば、嘘のように消えていく。心の春よこい。今すぐでなくてもいい。きっとこの冬の先に春がある。そしてそれは必ずやってくる。街を歩きながらふと見た先に見知らぬ教会の建物に十字架が屋根の上に空高くそびえたっていた。その先に太陽が冬の光を放っていた。心の春よこい。気持ちは少しずつ楽になっていった。この見知らぬ教会に悩みも悲しみも置いていこう。神様どうぞ少しだけ置いていきます。でもまた取りにきます。もっと元気になったら。この悲しみも苦しみも私のものなのだから。ケイタイが鳴った。妻からだった。デートの約束をした。夫婦なのに恋人のように。おかしいねと片言の日本語で妻が言った。名も知れぬ神社がけっこう私の家のまわりにもあった。日本の神様だといったら妻が行こうといった。あなたが悪い人なら神様が見ていると。書店にふたりして入った。近くの神社をリストアップした。妻には日本の神社が面白かったらしい。お賽銭箱にお金を入れて二人して祈った。日本の神様は、ロシア人は、だめなの?と妻が疑問をぶつけたので問題ないといった。ふたりには、きっと神様が味方する。妻が言った。神様なんて迷信だよと思っていた私にも今は、神様がいた。いまは迷信だなんて思わなかった。神社の階段を下りながら妻と私は手をつないだ。ふたりの背後には、名も知らぬ神様がいた。そう思えた。ふたりの瞳は、確かに神様をさがそうとしていた。春の神様を
2003年09月27日
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冬がやってきていた。しばらく友達のところにいるといっていた妻と再会することになった。やはり在留資格つまり配偶者ビザがとれないことで向こうの家族が疑念を抱いているということが分かった。彼女は、何かおもいつめているようであった。ともかく会うこと、そして出来る限りじっくりと話し合うこと。それしかなかった。私もつらかったが彼女はもっとつらいだろう。入国管理局にとっては、何万組の中の一組かもしれない。くやしさで胸が痛い。いつか、この悔しさを物語りにしようもちろん妻との関係が良い方に展開してのはなしだけれど。体を丸めて歩く人々の吐く息が、暗くなりだした夜の街の光の中で浮かび上がっていた。駅前に午後7時の待ち合わせ。妻との再会の時が近づいていた。もうすぐクリスマス。駅前には、大きなクリスマスツリーがカラフルな飾りをつけて飾られていた。腕時計をのぞくと7時30分を回っていた。そのときケイタイがなった。私が出ると妻からだった。少し遅れるとのこと。私は深くため息をついた。幸せそうなカップルがじゃれながら幸福そうな表情で通り過ぎていった。空気は、寒かった。手はもうかじかんでいた。ふっと熱い吐息を吹きかけた。視線を上げた先に妻とその女友達らしい姿があった。私と妻はぎこちなく挨拶していた。まるで初めて出会ったように。駅前の喫茶店に入った。妻の友達は、日本に8年くらい住んでいて旦那は日本人ということだった。「どうしてなんでしようね」妻の友達が話し始めた。「ビザのことは、複雑なんで」「フクザツ?」彼女がいった。意味が分かっていない。「コンプリケート」多分英語でそういった単語だったと思ってわたしが言うとわかったという風にうなずいた。「でももしもう一度ビザだして、とれなかったらどうします」そんなことは考えてもいなかった。「大丈夫」私は、言った。「でももし」妻の友達は、しつこく言った。「あきらめない」「でもあなたの奥さん精神的に大変」そういわれるとそれ以上言葉がない。「もしだめなら別れるしかないわ」妻の友達が言った。妻は、だまったままだ。負けたくないこんなことで。わたしは、唇をかみしめていた。「神様が、だめだっていっているのかもしれない」ぽつりと妻が言った。どうしてとわたしは心の中でつぶやいていた。このときほど自分自身の非力を痛感したことはない。この戦いはふたりして頑張れなければどうにもならない。「ただ、信じてくれとしかいえない」わたしもそういうのがやっとだった。ふたりは出会ってはいけなかったのか?運命のいたずらだったのか? いや?「まだ、一緒に暮らせないわ」妻が言った。わかっている。わたしはうなずいた。しかし瞳には、涙があふれ出てきていた。「まだ終わったわけじゃない それにお互い嫌いになったわけじゃない」わたしは、必死でそういった。妻も深く何度もうなずいていた。窓の外を見ると、白いものがひらひらと無数に舞っていた。その夜、東京は大雪にうずもれていた。
2003年09月26日
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眠れない夜。枕を抱きしめた。枕が今夜は 恋人。多分・・・。ケイタイで妻に電話するも、出ない。落胆と当惑と意気消沈とさびしさとなんかよくわからない気持ち。考えても仕方ない。考えると悪い方向に考える。化粧でもしてみるか。それも面白い。こんな時は非日常的なことが気分転換にいいだろう。があまりにもばかばかしい。変態の入り口か?電気をつけて鏡台の前に座る。しょぼくれた顔にむかって「げんき」てよびかけた。元気なわけがない。彼女の口紅をとるとそれを唇に塗った。結構かわいいくちびるだよなと変に納得。しかしこんなところをだれかにみられたら多分・・・。しかし女装趣味があるわけではない。いたずらだ。それともあまりのショックに脳に異常をきたしたのか。眉墨で眉をかく。もともと眉が薄いので新たに書いた眉は、別の表情を作り出していた。ううん結構いける。けっこう可愛いい。多分自己満足だけどね。てなわけで、今度は、妻のスカートをとおもったがそれはサイズが合わない。女性の人たちは、いつも鏡の前で変身か。うらやましい。黒いストッキングをはいたら、結構太もものラインが色っぽい。ふうーーん。ストッキングは、強力な武器だ。こころを解放すると眠くなる。私は倒れるように布団の中へ。キャーという悲鳴で目を覚ますと妹が立っていた。私がおはようといったが彼女の顔は、恐怖?で氷ついていた。「ど、どうしたの」私は、一瞬意味を理解しかねたがすぐに「ああ、これ」と思い出してニヤリとしたら「見なかったことにするから」と怯えた声が・・・。がしかしすぐにハハハハハと笑い声。「まったく、おとぼけは、顔だけにして」「そうだね、ストッキングはやりすぎだった」「そういうことじやないの、それよりきょうは、私の家のペンキ塗りを手伝ってくれるんじやなかったの? 口紅塗りじゃなくて」「そうでした、今日は祝日でした」やつぱり? ぼけだしたの?という顔で妹は、階段を降りていった。それと入れ違いに姪がやって来た。「あらあら、きれい」「だろう」「今日の日記は、面白いのが書けるは」「えっ、書かないでよ変なの」「だいじようぶ 匿名にしとくから」「ばればれになちやうだろ」私は慌ててストッキングと口紅と眉墨を落とした。真夜中は別の顔?ふふふふと鏡に向かって自分に言った。妹の家の部屋のかべのペンキを塗っているとケイタイが音楽を奏でた。男はつらいよの曲だ。私は、慌ててでた。妻からだった。今、日本にいます心配しないでしばらく友達のところにいます。それだけ一方的に言うと電話は、切れていた。何故だ。私は そのことばを、何度もつぶやいていた。
2003年09月25日
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灰色の雲が、空一面を覆っていた。私の心模様と同じように・・・・・。いつ雨が降り出してもおかしくない。私は、町並みを歩きながら、多分憂鬱そうな顔をしていただろう。あと2週間もすれば彼女に会えるんだ。そのことだけが一種の救いだった。しかししっくりしないものを感じていたことも事実であった。何度となく彼女に電話を入れたが呼び出し音だけしかもどってこなかったから。多分色々と忙しいのだろう。私は、遠くで雷のなる音を、聞いた。空には 、黒い雲が重く垂れ込めていた。私はケイタイを取り出すと、何の気なしにメモリーダイヤで彼女のケイタイの電話番号を呼び出していた。通ずるはずがなかった。いま彼女は、ロシアにいるのだから。頭で分かっていたが・・・。奇跡でも起きて、ロシアの彼女の元に電波が届くかもしれない。私は、電話してみた。しばらく間があって呼び出し音が耳元に返ってきた。いったいどういうことなのか私は、混乱した。しかし電話は、呼び出し音だけで誰も出ない。ケイタイは、日本にある。心にも暗雲が広がった。そのとき空から大粒の雨が降ってきた。まるでスコールのような、シャワーの中にいるようなすごい雨足だ。私は慌てて、本屋の軒先に飛び込んだ。慌てたことでケイタイの再ダイヤルが入ってしまった。そして聞き覚えのある彼女の声が返ってきた。もしもし私は大声で、話しかけた。電話は、慌てたように切れていた。私の心臓は早鐘を打っていた。彼女の身の上に何かあったのか。雷の音は、段々と大きくなっていった。もしかしたら彼女は、日本にいる。しかしなぜ? 2週間後に私と彼女は、再会することになっていたのだ。もし予定が変更になれば電話してくるはずだ。頭は混乱していた。閃光が走った。続いて恐ろしく大きな重い音が響き渡していた。それはまるで私に、迫ってくるようだった。
2003年09月24日
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書類上のことは、なんとかなるだろう。しかし、相互に不信感を持ったらその修復は、大変だ。こういう時に外野の声は、うるさい。何の根拠もなくてもああでもないこうでもない。結局堂々巡りだ。あたまの中で考えたって解決策などない。悔しいが入国管理局の指示どおりにするしかない。後は、彼女が心配しないように、観光ビザで日本へ入国させてその後、在留資格を変更させよう。早速、電話を彼女に入れたが、ただいぶ落ち込んでいる。もっともだ。奥さんなのになんで観光ビザで入国するのよ。もっともだ。もっともすぎてこっちだって頭にきているんだ。よくしたり顔で婚姻届を提出しただけで在留資格なんか認めるなんていったら日本は外国人配偶者だらけだ。だから、配偶者のビザを認めるのをなるべく狭い範囲にしようという考え方があるようだがあほらしいとしかいいようのないことだ。擬装結婚ならそれは、厳格に処理されるべきだろうが。しかしそういった時代のながれならしょうがないだろう。いつまでも日本も島国根性にとらわれていたらかならず世界から取り残されるようにおもうのだが・・・・。せっかく築いてきたあつあつの関係に、氷水でもかけられたように心はともに冷えてきた。デリケートなんだよ。だから大切に愛を育てていこうとしているのに。私は叫びたい気持ちでイッパイだった。彼女には、やっとのことで納得してもらった。娘と妻と私のディズニーランドでの写真のアルバムをとりだしてながめる。少しは、元気になるかなと思ったが、まるで逆効果。こういったときは何もしないに限る。銭湯でも行くか。私は友人を誘った。彼にはまだ、私がロシアの人と結婚したことは内緒にしてあった。別に内緒にする必要はないが、いちいちなぜロシア人と結婚したのか説明するのも面倒くさいし、そのうちにと思っていたから・・・。銭湯もたまにはいい。それに昔ながらの富士山の絵がどーんと湯船の上の壁に描かれてるなんてのは。私がにやにやと湯船に入りおもいきりくつろいでいっていると。友達はちょつと怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。「いいことでもあったんですか」「いや」「幸せものだって顔してたよ」「大変なんだよ」「何がさ」「いろいろと」「いろいろ」「色のこと、つまり女か」「かもね」私は、はぐらかすように湯船を出た。友達も追ってきて「たまには、いいとこにいこうよ」「女の子のいる飲み屋は、遠慮しとくよ」「あれれ、いつから品行方正になったんだい 少し熱でもあるのかい?」「もうそういうのはあきたの」私は、そそくさと脱衣場に入ると、バスタオルで体を拭きだした。「あきたなんて、本当におかしいよ」私は、無視をきめこんだ。そうされると知りたくなるのが人情らしい。「顔の色艶もよくなって、ここだってもてあましてるんじやないの」彼が超反則的ポコチンを握ったので。「あほ」と振り払うと「ごりっぱ」「これは、いい女ができたな」「まあね、スタイル抜群のいい娘なんだよ、瞳はブルーで、まあ私には不釣合いないい女」とちよっと大げさな口調で言うと「う、うそ」「うそうそ」私は、彼のポコチンを握り返した。「元気ないな」彼は、口をとがらして、私の手を振り払うと湯船に向かって走っていった。その会話を聞いていた番台のおばあさんは、あきれたようにわたしにVサインを送ってきた。
2003年09月22日
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とにかく日本国はなるべく外国人を入れたくないというのが本音だ。だから難民といわれる人々さえを受け入れることをかたくなに拒否し続けている。まあ身内だけで仲良くやっていこうということだが、しかし日本が世界の中でそれなりの責任を果たさなければならない時代に、入っているように思うのだ。配偶者ビザがとれなかったことで彼女は、思い切りおちこんでいた。こんな時はおもいっきり抱きしめてあげたいが、彼女は、ここにいない。なぜだと心のなかで叫んだ。楽天的な私でさえ、いらだちとくやしさで頬に涙が伝う。彼女の立場に立ったらすごくつらいだろう。異国の地にお嫁に行こうとしたら、それを拒否された。それも理由がよく分からない。もし私の娘が外国にお嫁にいくのにその国が入国は、まかりならぬなどといったら、よっぽど夫に問題があってと考えて当然だろう。またこちらからみれば、自分にやましいところがなければ、相手に何か問題があるのではと考えても不思議ではないだろう。まさに疑心暗鬼の悪循環。彼女はロシアのスパイ??ふたたび入国管理局に、行くがまあ事務的というかむしろ面倒くさそうな態度で「なんですか今度は」てなこと。とにかく書類をもう一度全部出しなさい。審査はだいぶかかるでしょう。このあほがってな態度。完全に見下ろしている。何で外国人となんか結婚するんだって感じかな。まあ人の心の痛みや悲しみをわからないなと逆にかわいそうになってしまった。あなたたちにも家族がいるでしょ子供もいるでしょ。それと同じように私も家族というものをつくりたいだけなんですよ。ただ奥さんになるひとが外国人なんです。ただそれだけのこと。わたしは、悲しみが全身を包んでくるのを感じた。そしていま私と彼女にとって一番大切なことはふたりが、あきらめないこと。負けないこと。信じあうこと。だと強く思った。だが言葉のかべは二人の間に大きな影を落とすこととなったのであった。
2003年09月21日
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私は、入国管理局からの封書を開いて、呆然としてしまった。そこには、在留資格認定不許可と記載されていた。そして提出した書類等からは配偶者としての在留資格が存するとは、認められない。平たく言えばおぬしら偽装結婚か?その疑いがあるから配偶者ビザはださんよ。てなこと。もっと詳しく理由が知りたければ、10日後こっちにきたら教えてやるよ。てな内容。まあ入国管理局の悪評は巷に聞いていたが、やっぱりね。わが身にふりかかってくるとちょつと切れかかる。まあ役人とはそんなものだよ。しかし奥さんにはなんと説明すれば、通訳をはさんだってうまく状況を説明できるかだ。うまくそれができないと、二人の関係は、ギクシャクしだすだろう。こういったことで本当の結婚でもくずれているケースがけっこうある。ロミオとジュリエットかいな。ちょっと違う。入国管理局には、不足書類や状況説明の書類はいつでも持っていくし、もしそうであれば連絡下さいといっておいたのに。それも何度も。外国人がからむともう日本の常識は通用しない。こんなことで二人の関係がこわされてたまるか。私は、湧き上がる闘志を胸に、翌日、入国管理局に、向かうことを決意していた。そういえば、昔、田舎で私の父が悪評高い警官と渡り合ったことをおもいだしていた。その警官は、自分の職務の権力を村のちよつとおつむの弱い若者にむけて暴力をふるっていた。相手が相手だけにどうすることもできないでいたが父は、新聞社に友人がいるのを思い出し事実関係を記事に取り上げてもらった。結構大きく。それが効をそうしたのか県の監察官がやってきて色々と調べていくこととなった。その結果その警官は、その村から出ていかなければならなかった。ふと以前に父から聞いたそんな話をおもいだしていた。日本人同士の結婚では、婚姻届を出しさえすればともに夫婦として暮らせる。しかし日本人と外国人の場合はこの在留資格という問題が常につきまとうのだ。そのためにおおくの人権侵害も起きている。ただ本当に愛し合って結婚したものさえもなんらかの手違いで婚姻が破綻したらと考えると・・・・・それだけ愛し合っているならそういった試練も乗り越えられるだろう。入国管理局のおっちやんは超無神経に言うだろう。たわけ!翌日、朝一番に、入国管理局に乗り込んだ私は、落ち着かぬ気持ちでいた。品の良くない制服で現れた入国管理局の職員は、苦虫をつぶした表情で見下ろすような視線を私に向けていた。私が少しも動じないでいるとどこか威圧するようにふたたび私を見つめた。私もものすごいパワーで睨み返した。結局、前妻との離婚の経緯と、前妻の現在の状況について説明をもとめられた。離婚した後まで知るわけないだろ。それに、他の日本人と結婚したんじやないか。別れるときにいい人が出来たといっていたし。それ以上はわからないよ。別に未練があったわけじやないしそれにストーカーじやないんだから。それにまた前妻のことわしらべるなんて大変なのだ。結局接点をもたなければならない。わかれた旦那がこんちわていって、前妻があらいらしゃい。なんてなるわけないだろ。そのへんのところをまとめて、出してください今度申請する時。また申請ですか。不足書類の提出でよさそうだがいちど決定がでてしまうと駄目らしい。また同じ書類と不足していた書類といっぱいの書類を提出しなければならない。そしてまた審査に2,3ヶ月。あほらしくてやってられない。まあ、こういったことで結構泣かされたという話は巷には洪水のようにあるらしい。もっと簡略化したって、偽装結婚のチェックなんかできるはずだ。わざわざ仕事量をふやしているとしか思えない。しかしこの壁を越えなければ妻を配偶者ビザで呼べない。不合理な壁だと思うが・・・・。私の前に高くそびえ立っている壁が途方もない長い影をおとして私にいどみかかってきていた。
2003年09月19日
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ビザ(正確には、在留資格認定証明書のことで)入国管理局に電話を入れていた。「審査中です」と事務的で感情のないその言葉がいつも返ってきていた。申請を出して2ヶ月が過ぎ3ヶ月目に入ろうとしていた。役所仕事は、こんなものだと思ったが、公務員は国民の奉仕者、嘘付け、自分自身の奉仕者だろ。昼休みは、きっちり窓口は閉鎖するは、ちゃんちゃらおかしくて、へそでお茶が沸いてもおかしくない。長野県の田中知事はなんと言っても、既存の概念をうちやぶってくれた。そのタフさとややスケベーなところに敬服する。このくらいの人がもっとイッパイ出てくれば日本の政治も変わるだろう。おじいちゃんたちは、はやく引退すべきだ。さようなら・・・・・。しかし、ビザは遅い。私もさすがに痺れを切らしてきた。足りない書類があるのならもうトラックいっぱいに積んでも持ってくぞ。巷では偽装結婚が結構あるらしい。しかしなにをもって偽装結婚というのも難しい。男と女のむすびつきなんてもっと人為を越えたところにあるんだし神のみぞ知るである。大体心の奥底までのぞくことなんか不可能だろう。まあ、入国してすぐ、さよならってランナウエーしちゃう類は別としてだけどね。私の友達で奥さんのどこが良かったかって聞いたらミニスカートから覗いたパンテーがかわいくてそうおもったら全部がよく見えた。なんてのろけていたがきっかけなんてそんなものなんだろう。日本の入国管理局の姿勢が、外国人、それは招かざる客というスタンスをとっているのだ。しかし時代の流れはもうそういった考えを飲み込んで大きく動いていることに気付かなければならないだろう。そして少子化や非婚化による人口の減少に対して政府は、あまりにも危機感が希薄だ。まあ政治家のおじいちゃんたちはあと10年もすればこの世からバイバイだからだろうから関係ないのかもしれないが。しかしあとに残された若者は、たまたもんじゃないぞ。子供を育てる環境があまりにもなさ過ぎる。税金の無駄ずかいは目に余りもう羊のような国民だって狼に変わらなきゃだめなのかもしれない。私は、こぶしを握りしめた。しばらくしてわたしのもとに、まったく信じられないような入国管理局からの手紙が届いたのであった。
2003年09月18日
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ロシア人を妻にした男の物語 その30ちょつと照れくさい感じながらおもちゃ屋に入ると、色とりどりの人形や、テレビゲームやらキャラクターグッズものや飛行機、戦車や艦船の模型などところ狭しと陳列されている。どこかわくわくどきどきだ。こんな大人になっても子ども心をどこかに持ち合わせているものだ。それともまだ子供なのかな・・・・。あれも欲しいなこれも欲しいなとなってしまった。しかし娘に頼まれている人形がまず先だ。チヤイナドレスや看護婦やスチワーデスやけっこう精巧にできていて楽しめる。こんなもので楽しんでどうするか、照れ笑いしていると、隣のおばさんが気味悪そうに、私の顔を覗き込んだ。「む、娘にね」といったがほとんど信じてない。オタクとかいう人種にまちがえられたのだ。多分弁解は、やめて、スチワーデスの人形を買うとすぐ外にでた。まったく舌打ちするとおばさんが背後についている。ど、どして???「ハンカチ落とさなかったかい」と花柄のハンカチを差し出された。私のだというより娘のだ。あのディズニーランドの時以来、私の所有になっていた。「す、すいません」「いいえ」おばさんは困ったように首を振ると、ぶつぶつつぶやきながら歩いていった。そのつぶやきには「日本も終わりかね・・」とかいうフレーズがはいっていた。私は噴出す汗を花柄のハンカチでふいていた。家にもどって風呂へ飛び込んだ。仕事の疲れをとるのは、これが一番。私は、頭まで風呂の中まで沈めた。気持ちいい。ポコチンだってひさしぶりに、いえいつもどうりおもいっきり元気だよーーん。わたしは、うれしさのあまりそれを振りまあしていたら、変だとおもった母親がドアーを開けた。おっとっと 私はしばし固まったが。母親は、いたって冷静。大きくなったね。息子も。どっちの息子だ?。閉めとけと私。 私は、バッの悪さに再び湯船に飛び込んだ。母親の高笑いがきこえた。「嫁もらって、若返ったな」ほっとけ、わたしは湯船につかりながら駄々子のように頭を何回も湯船に沈めていた。そのとき電話のベルが鳴った。「電話だ、奥さんから」と母親の声に、慌てて素裸のまま受話器をとると「元気ですか」と奥さんの声。「もちろん」「早く日本へ行きたいよ」と甘えた声。「わかってますよ、多分あと1ヶ月もすればビザがとれるから」「うんうん」「ところであなたの弟、日本来ているの?」「ああそうそう、いま静岡の大学にいるよ」「この前、変な電話あって」「多分、弟 心配しなくて大丈夫」「愛してる」と私、チュツと受話器に「愛してる」と妻が、チュツと受話器に「いつまでも裸で、おちんちん出してると風引くよ」と母親いじわるく大声で。聞こえるだろう。まったく私は慌てて受話器を切った。はずかしいたらありやしない。わたしは、そつとポコチンを手のひらで隠していた。
2003年09月16日
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心に大きな穴が開いた。ぽっかりと。またすぐに妻や娘は戻ってくるのになぜか胸が苦しかった。二人のいや三人の物語がはじまったばかりだというのに。戻ってくるまで独身貴族にもどれてイッパイ羽を伸ばそうそう思ったがいまひとつ乗り気でない。疲れが出ているのだろう。もやもやしたきもちを振り払うように、いつもの居酒屋に飛び込んだ。一気にビールを飲んだが酔わない。何でこんなに緊張しているのだろう。よく分からなかった。多分寂しさのせいだろう。居酒屋を出た。夜道をゆっくりと歩いた。恋人同士らしいカップルが怒鳴り声を撒き散らし喧嘩していた。避けるように通る人々。夜の闇をつんざく女の狂ったような泣き声がこだましていた。布団に入ったが寝付けない。微妙に時間の歯車が狂い掛けている。そんな感じがした。何か違和感があった。ここは本当に、自分の家なのか。暗闇の中で無数の生き物がうごめいた。私は、慌てて電気をつけた。次の瞬間、部屋中の中を無数の蛇がうごめいていたのだ。私は力の限り叫んだが声になっていない。私は、再び叫んだ。視界がゆがみぼやけて目を覚ました。全身からは汗が噴き出していた。現像の出来上がった思い出の写真を整理しながら私は、再び幸福な気持ちをとりもどしていた。家の窓の外には、もう秋の雲がひろがっていた。パソコン電話をかけた。彼女の元気な声が返ってきていた。もうハバロフスクは、だいぶ寒くなったらしい。「白いコートが欲しい」「うん 二人で見に行こう でもコートだけだよ」「ブーツは?」「値段しだいだ」「娘に、バービー人形を贈って」「うん、あとチョコレートと」何気ない会話。でも声の調子でお互いの気持ちの動きを感じ取れていた。ある日、ケイタイに、外国なまりの日本語をはなす男から電話が、入った。彼は、妻の弟だと名乗った。確かに、妻には弟がいると聞いてはいたが、日本に来ているというのは初耳だった。要領を得ないまま電話は、切れた。友達とけんかした 泊まるところがない 泊めて欲しいそういった内容だったが私はきっぱりと断った。私は、慌てて妻の家に電話をいれたが呼び出し音だけがかえってくるだけだった。
2003年09月15日
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一時的とはいえ、別れはつらいもの。娘と妻は、いったんハバロフスクにもどることとなった。今度は、配偶者のビザで、多分1年間は、連続して日本に滞在できるだろうそして、また一年たてば今度は更新して、2年か3年のビザがもらえるというかたちなのだ。よく誤解されるのが日本人と結婚するとすぐ日本国籍を取得できたり、ビザがいらないで日本に、滞在できるようにおもっている人もいるようだ。なかなか国籍の違う人間と結婚するとやっかいである。新たに、ビザの許可(正確には、在留資格認定証明書というもの)を入国管理局よりもらいそれをロシアの彼女に送って、はじめて配偶者等という在留資格で日本に入国できるのだ。その許可までに2,3か月かかるのだ。だから彼女がもどってこれるのは、多分初秋のころだろう。長いといえば長いが、結婚まで、色々あったから少しはお互いに休んだほうがいいかもしれない。家のそばの小さな公園で、娘と妻と私は、まだ残暑の残る9月の夜を、花火をして楽しんでいた。花火の色とりどりの光に照らされた娘や妻の顔は、幸福そのものだった。もちろんわたしもであるが。そこへ地面で何か動いたものがあった。懐中電灯をむけると、ザリガニだった。娘は、キャーキャー叫んだ。珍しいなきっとどこかの子供が飼っていたのが逃げ出したのだろう。娘は好奇心イッパイでザリガニを見つめた。目が輝き本当に楽しそうにその後を追っていった。むかしこの近くは小川が流れていた。わたしがまだ小学校のころ。下校時その小川でザリガニやめだかをとって遊んだ。あのザリガニのあとをついていったらもしかして子供時代の自分に戻れればいいなとおもった。風景は変わっても、ここには、私の思い出が確実に残っていた。そしてまた私は妻と娘と新たな思い出を作り出そうとしていた。雲間から月が青い光を放っていた。妻が私の手を取った。そしてブランコに向かって歩き出した。ふたりは、ブランコにのってこぎだした。 妻はまるで子供のように笑った。ザリガニと戯れている娘がこちらに向かって手を振っていた。そして「ママ。パパ」となんども私たちに笑顔を送っていた。 私は自然と頬に涙がつたっていた。しかしこの後、私たちの背後に巨大な影が息をひそめていることに気づかなかったのである。
2003年09月14日
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ママとパパの変なバトルには付き合っていられないと娘は、すでにベットで寝息をたてていた。わたしと妻は、すでに日露グルメ対決を放棄していた。娘の寝顔を二人してみとれていた。肉じゃがでもないボルヒチでもない。おでんをつくって食べたのだ。娘が肉類がきらいだったから。だから娘はどちらの味方につくこともないとわかったから。妻はブランド物でない普通のバックでいいと妥協していた。そのうち二人でイッパイの夢をかなえよう「とうちゃんがんばって」「あいよ」てなのりにあこがれていたが今は外国映画のコメディーホームドラマみたいになっちゃった。ただ一人、夫というのが不似合いなアジアの超ダサイ?国の日本の男ということをのぞいて・・・・中学のときにあこがれた西洋のブルーの瞳の女性。学校のロッカーに密に隠して友達とよくみてこの世の者ともおもえない女性に心をこがし、胸ふくらまし、股間をふくらましたあの頃。運命のシナリオは、すでにできあがっていたのだろうか。「なに、むずかしいことかんがえる?」妻が言った。「不思議、ミステリー」「なにが,ヒステリー?」「ミステリー」「うん そうそう」「いやらしことかんがえてた?」「どうして?」「あなた、いやらしことかんがえるとき、鼻ぴくぴく」「えっ」「犬みたいに」「おい、わたしは、あなたの忠犬かいな?」「だんなさんでしよ」わたしはうれしそうに頷いた。100組の国際結婚カップルがあれば100組のそれぞれの理想の形があるだろう。それに、国籍の枠にとらわれない結婚がますます増えてくるだろう。そのうち:携帯自動通訳装置(自分の国の言葉を小型マイクに向かって話せば自動的に相手の国の言葉に変換される)をつけた若者たちが国境のない世界で、愛を語りあっているかもしれない。わたしが、十代の頃未来の夢の出来事のように思っていた、SFの世界の出来事だと思っていた携帯電話やコンピューターを世界の多くの個人が自由に使う時代が来るなどということは考えも及ばなかった。いつか必ず地球全体が大きな家族になる時代が確実にやってくる。そうわたしには、思えるのだった。
2003年09月13日
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日曜日。こんなに息苦しくなるまで走ったのは、子供時代以来かな。わたしは全身汗だらけで娘と一緒にいた。娘はというと全然疲れていない。童心にもどって鬼ごっこ。あほらしいとおもったが体を動かしていると心が妙に優しくなってくる。小さなシンデレラ?との2回目のデートだからかもしれない。こんなに運動すればビールがおいしいな。コーラだって。娘はまだ遊び足りないのかブランコにむかっていった。今日、ママは、二日酔い。体は、ぼろぼろ 大体わたしに挑戦するなんて身の程知らず。まあ単純なところが可愛いとしておこう。だから頭ガンガンでベットが恋人状態。娘にもあきれられてわたしにポイントが加算されたらしい。おぇえーーというむかむかする叫びはどこかエイリアンのような趣がある。反省しろよとはいわないがものには限度というものがある。キスは、当分おあずけ? それもちと寂しいわい。シクシク。実は妻がここまで二日酔いになったのはわけがあった。 夫の浮気?? 100パーセントなし。酒飲みバトルに勝ったらブランド物約30万円相当のバックのプレゼントがかかっていたのだ。負けられない。そしてわたしの勝利。これがわたしの生きる道 ??? どっかで聞いたな。わたしは、勝利に酔いしれていた。当分お酒とはさよならだ。と思った矢先、体は酒屋へ強力な吸引力で吸い寄せられていた。一応形だけはもう一人の自分が抵抗したようだったがそれこそ無駄なことだった。娘は、コーラとチョコレートをおねだりした。二人は、周りの不思議そうな視線を浴びながらコーラとビールで乾杯していた。コーラビール同盟でママに対抗だ。家に戻るとママがいない。ベットにはなにやらロシアの書置き。まさかプチ家出?それとも誘拐。 たぶんそれなら新聞のタイトルはロシア人美人妻誘拐される。心痛の夫は語る。犯人へ一言。代わりにわたしを人質にとれ! 犯人からの返答。嫌なこった。それより3億円用意しろ。銀行、サラ金 闇金からでも借りて準備せよ。てな感じかな。そこへ妻が大きな買物袋をもって帰ってきた。「どうしたんだい?」「日露 グルメ対決」「???」「肉じゃがに対抗して、ロシアのスープ、ボルヒチ」「えっまだやるの?」わたしはあきれて声がだせなかった。
2003年09月12日
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わたしの東京の小さな家にも彼女は慣れてきた。というよりこんなものだとおもったのだろう。彼女が本当に、結婚したいと思っているかは、分からなかった。別に聞き出すのが怖いわけでもないし、後は野となれ山となれといういつもの自然体でいたからだ。お互いに、なるようになると思っていたのだったから。そうはいっても、このままずっと日本に観光ビザのままいることは、できない。ある朝、彼女の顔がわたしのすぐ前にあった。バツイチ同士の結婚である。ある意味では冷静だ。さめているかもしれないお互いがその気ならば今すぐでも結婚できる。それに彼女の娘は、どう考えているのだろうか。わたしを新しいパパと認めくれるかだ。しかしお互いに、前からずっと暮らしていたようなそんな感覚があった。だから婚姻届を出したからといって気持ちに大きな変化は起きないだろう。だからといってこのままで良いわけはない。そのとき窓辺に座っていたわたしと彼女にさわやかな風が通り抜けていた。彼女の長い髪がわたしの頬をなでた。ふたりは、どちらともなく抱き合っていた。とそのとき、いつの間にか起きて来た娘が、口を大きく開けてアカンべーをして大声で笑った。わたしと彼女は、娘を受け入れて三人で抱き合った。心地よい風が再び通り抜けていった。その日、二人は結婚した。ささやかに街角の小さなレストランで三人で食事をした。彼女は豪華な結婚式も、指輪も望まなかった。望んでも無理だとおもったのかもしれない。窓の外の並木道から真珠のようにきらめく木漏れ日があった。その光が娘と妻の瞳を優しく輝かせていた。
2003年09月10日
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妻(正確には、まもなく妻になる人)がいつまでも美しくいて欲しいと思うのは、最もなこと思っている。そして化粧だの服だの、靴だのにお金もかかるのは多少しょうがないだろうもともときれいなんだからどんなものを着てても美人は美人でしょと言いたいのをぐっとこらえてだが・・・・。そして永遠という言葉は、妙に魅力的だが・・・。永遠に君を愛するだから結婚しょう。そう真剣なまなざしでいわれて、少しでも心が動かない女性は、いないだろう。そしてお互いにそんなことは無理だとわかっていてもねねね。まあそれは暗黙の了解ってやつ。たぶん????買い物に付き合わされて、服だの靴だの、またランジェリーだのと、お付きをさせられて手にイッパイに買い物した大きな包みをもって美人の妻に寄り添う旦那のあわれな姿を外国映画なんかで見て苦笑していたことがあった。奥さんは、女王様のように悠然とデパートの中を闊歩し、旦那は、汗を拭き拭き、ちよこまかふらふらその後をついて行く。パパは、お金持ちで優しいってまわりに誇張するように。おのれ何様だ!あなたの美人?妻 夫は、す、すいませんってなかんじかな。永遠に君を愛すといった代償がこれなのか。なんておもったがまさかわが身にその災難??が降りかかろうとは、思いもよらなかった。女性は買い物好きということはわかっていたがこんなに歩き回って、物に執着するものなのか。考えてみればあの阿鼻叫喚の大バーゲンセール会場での髪振り乱す女性たちの行動に象徴されていたけれど。あれは特殊な集団の異常な行動だと信じていたが。その確信は完璧すぎるほど破壊されて。もちろん学校でも教えていない。あんなに教育期間が長いのに数学だの物理だの英語だのいっぱい時間をさいているが、こと人間生活に必要な女性(男性)の行動学や、女性(男性)の心理その傾向と対策とか、人間の心と体の研究とかなんで教えないの?それのほうがもっと大事でしょ金返せ、時間返せ、といいたくなってしまう。大学入試で、ベットインまでの効果的なキスの仕方について2百字以内で述べよ。なんてあってもおもしろいじゃん。へへへあほか俺は???。ところでわたしだが、誓って言う例えそれが寝言でさえも永遠に君を愛すなどと言っていない。まあ、寝ている人間には分からないが。多分、言っていない。しかしだ。まさにそのときは、突然にやってきた。きょうは、彼女が妙に機嫌がいいし、やさしい。肉じゃがもすきになりそうなんて言いそうな雰囲気。やっぱり俺の気持ち分かってるんだ。と調子に乗っていると「ランジェリー見に行きましょう」「ラ、ランジェリー」とゴックンと生唾をのみこむ。二コリとした彼女の妙に色っぽい瞳にほとんど全面降伏。まさに、洗脳された信者のごとく買い物へと旅立った。そしてようやくその洗脳から解き放たれた時、わたしはあの外国映画のようにぶざまな旦那を演じなければならなくなっていた。「ちょっとまって」といっても妻は、もう思い切りの女王様。視線は、怪しくデパート内の品物に注がれている。わたしなど眼中にない。周りの痛いほどの視線を浴びて、わたしは妙に快感。おそろしい、まさにマゾへの入口にむかって一直線か。ムチでも鉄砲でももってきやがれ。はたしてリベンジの時は、来るのか。ああそれにしてもおなかがすいた。色気より食い気。美人?妻より肉じゃがですよ。その日、大量の牛肉がある売店から消えていたことはいうまでもない。
2003年09月09日
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ディズニーランドの人の洪水の中でわたしは、ほとんどまるで溺れかけていた。娘と妻は、というとスイスイその中を泳いでいた。人、人、人、わたしは軽い立ちくらみの中、娘と妻を自由に泳がせていた。しかし、暑い。こんな時は、冷たいビールだ。売店に行くとこの中では、ビールは販売していません。とすごく冷たい言葉がかえってきたが。その冷たい言葉とは裏腹に暑い。がっくりして座り込んで。しょうがなく買った。ミネラルウオーターを飲む。ああービールは、ミラクルウオーターなんだよなと訳の分からないひとりごと。そこへ娘と妻が水を得た魚のようにやってきた。わたしだって負けてられるか。わたしはミネラルウオーターを一気にのどをゴックン、ゴックン言わせながら豪快に飲んだ。娘が面白がって笑っている。どうやらママがトイレに行ったチャンスにコーラをおねだりだ。「ママにないしょ」とわたしが言って、そばの売店からコーラを買って渡すと娘もわたしの飲み方を真似してゴックン、ゴックンと飲んだ。今度は、わたしが思い切り笑った。娘がわたしの手を取ると歩き出した。「おいおい、わたしを誘拐するのかい、ママが心配するよ」といって笑うと娘も笑う。わかっいてるのかな・・・もう笑いのキャッチボールで二人は大盛り上がりた。ママはおいて逃亡者になろう。どうせケイタイがあるし。わたしと娘は恋人たちのように、はためには、誘拐犯と人質のように手をつないで走りだしていた。二人の向かった先はシンデレラ城。わたしには、おもいきり不似合いだが。娘はすでに小さなシンデレラだった。ケイタイがけたたましくなった。「どこにいるの?」案の定、妻からだった。「シンデレラ城」「どうふたりのデートは」あれあれ、このことは妻と娘の計画的犯行だったのか。やれやれでもね、こんな計画ならいつだってOKさわたしは額から噴出す汗をぬぐっていた。むすめが花柄のハンカチを差し出した。「ノー、サンキュー 大丈夫」とわたし。むすめは、おかまいなくわたしの額を拭きだした。そして髪を好奇な目で見つめた。おい、やばい・・・・娘は私の髪を引っ張った。「これは、だめ」わたしが娘の手を振り払う。何とか無事な髪。娘はすでにわたしの秘密を知っていたのだ。わたしがアカンべーをすると、むすめはおもいきりくちを開いてアカンべーをしてかえした。二人は意味もなく笑いあった夜になってエレクトリックパレードの光の中わたしと妻と娘は幻想的なパレードに酔いしれていた。
2003年09月08日
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遅れてきた天使。 二週間後、彼女の8歳の娘がやってくることになっていた。ロシアを訪問した際、一回は、会っているが仲良くできるだろうか? ちょっと不安がある。それにコミュニケーションも問題だ。色々考えたらきりがない。多少ロシア語を覚えたとしてもあとは、ゼスチャーか。40歳台後半になっていきなり娘ができたんだからうれしい。うれしさ無限大だ。以前私は、血がつながらない他人の子供をよく育てられるな。わたしはごめんだね。といった考えを持っていた。それに、子持ちの女性と再婚するのなど考えも及ばなかった。その変化は、やっぱり体の具合を悪くして1年寝込んだことがあってからだつた。色々と考えたりする時間があった。もし体がよくなっても、このまま人生なにもなく終わるのもさびしかった。人生気ままに生きるのもいいが何か人と違うことでもしてみたい。仕事で忙しいと、まわりのものが見えない。感動すらない、物事に感動して泣いたり 大声で笑ったり。いつごろそんな気持ちをどこかに置き忘れたのだろうか・・・・そして、よーし、探しにいこう、そう思った。それから体の具合は、みるみるうちに良くなっていった。来た。来た。来ました。ママから遅れること2週間8歳の娘は、あどけない笑顔をふりまきながらやってきた。ピアスなどして漫画チックなピンクのサングラス。よーーしデズニーランドでも行こう。そしてデズニーランドに行く日がやってきた。「しかし、どうみても親子にはみえないし、まったく、変なおじさんに誘拐された娘って感じね」わたしの妹が冗談ぽくいった。「うるさいの、これが地球家族なのだよ」とわたしが自慢げに言った。「ほらね、天気だってわたしたちに味方しているだろ」わたしが空を見上げると夏の青空に入道雲が浮かんでいた。
2003年09月06日
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日露恋人カップル開戦前夜。二人は心も体も一体になっていたと信じ込んでいた。だがおもわぬところからバトルがはじまった。それは二人にとって予期しなかった。はじまりは、肉じゃがから・・・・そりゃないだろせっかく作ったわたしの肉じゃがが好きではありませんとやんわりと拒否された。わたしをとるの肉じゃがをとるのといった感じだったから思わず肉じゃがといってしまった。口が滑ったとはこのこと。口は災いの元。肉じゃがに負けた彼女は、おいしそうに肉じゃがを食べるわたしに大嫉妬。わたしだって負けてないだいたい彼が心を込めて作ったものだったら毒だって食べるのが純愛だろ。てなことをいった。純愛といってしまってそんな歳じゃないなと苦笑したらそれが気に入らないと彼女が膨れ面。どうすりゃいいんだと地団駄をふんだが。後の祭り。ぷいと外へ。勝手にしろ。怒りは食欲を増進させる。世間で言うやけ食いとは、ちょつと違うんだな。やっぱり肉じゃが。だれがなんといったって肉じゃが。おれが作った肉じゃがにケチをつけるなんてと拳を振り上げたが ほんとこれが文化摩擦なのだ。少しぐらい嫌いでも食べるのが作った人へのせめてもの感謝だろう。どうも思考回路がわからない、うーーんとため息をつく。わたしは怒りをおさえるのがやっとだ。そこえ彼女が帰ってきた。仲直りしないといけないと思ったが真っ赤になったわたしの顔をみて「いつお酒飲んだの?」「お酒じゃないの」わたしは、また肉じゃがをおいしそうにたべる「やっぱりこれだよ」俺は満面の笑顔。「豚になるわよ」手遅れだっうの 君はやっぱりさげまん、いや、にくまん。漫談やってる場合かよ。しかしよく考えてみると日本人のように相手を考えて嫌でもまあそれを受け入れてその場を丸くおさめるという発想はない。つまり自分にうそをついてまで嫌なものを食べるほうが相手に対し失礼だという考えなのだ。あいまいさは駄目なのだ。イエス、ノーがはっきりしているとは、このことか。頭でわかっていたが現実にぶっつかると感情がともなわない。確かに心にうそをついて笑顔を作って食べるより好きではないから食べませんのほうが理にかなってる。妙に納得。わたしがニヤニヤしてると「どうしたの?」と彼女。「これが、文化摩擦」「????」とびっきりの笑顔で彼女を抱きしめた。「わたしをとる?」「うんうん」肉じゃがを食べたから今度は君。そう心の中でつぶやいた。
2003年09月05日
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ついにその日がきた。待ちに待った日。首を長くして、伸びすぎてお化けのようだ。とにかく落ち着かない。トイレに何度も行く。また行く。訳もなく鏡を見る。見たってかわるものでもないが。奇跡でも起きてスリムになってないかってそうおもいたいがむりだろう。さあ迎えにいくぞ。えらい時間の経つのが遅い。今日は、時計が壊れているのか。時計を覗き込む。動いている間違いなく。電車に乗るが落ち着かない。また時計を見る。まだ充分に時間がある。新潟空港には、2時間も前についてしまった。がらんとしている。地方空港なんてこんなものだ。ようやく飛行機の到着となった。深呼吸。もう一度。いい大人が何、緊張しているの。とポコチン(息子)が起きた。黙れ。これが緊張せずにおれるか。到着ロビーに降り立つ人々。その中に彼女の姿。わたしを見つけて微笑みながら手を振っている。俺も手を振った。まったく不釣合いなカップルだ。胡散臭そうな視線があっちこっちから飛んできて痛い。フ、フィアンセですよ。一人ずつに説明してまわりたいぐらいだ。だがもう覚悟をきめた。わたしは、東京に向かう新幹線の中で、静かに目をとじた。彼女も疲れているらしくすぐ眠ってしまった。しかし目立ちすぎる。外国人が多くなったとはいえ、やっぱし目立ちすぎだ。家に着いた。午後8時をまわっていた。「そう、ロシアのひと」母親も父親も話しに聞いていたが現実に、彼女を目の前にして、目を丸くしている。パチクリもさせた。やっぱり信じられないらしい。ほんとに誘拐デモして来たじゃないのかいといった表情だ。「ママとパパ」と紹介する。「コンニチワ」彼女がいった。「ヨロシク オネガイシマス」と彼女。うなずくだけの両親。「今日は、疲れているから」と私。二人二階に上がると思い切り抱き合った。「アイタカッタヨ」「うん」と私。「マタ、フトッタ?」「たぶん、さみしくてね」「ウワキシテナイネ」「ビデオ、だけ」そして二人の日本でのちょっとトンチンカンな物語が始まろうとしていた。
2003年09月04日
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いよいよ、彼女が日本訪問する日がやってくる。長かったといえば長い、骨折が治ってようやくそんな日がやってくる。約8か月。パソコン電話でのやりとり。それが頻繁に続いた。心は躍っている。うれしくないと言ったら嘘になる。ひとり電車の中でにやけていると、わたしの前にたっていたOLが気味悪そうに顔をそらす。笑みがまさにあふれ出てくる。そっと新聞で顔を隠す。ナイスボデーの風俗記事がOLの顔の前に。やばいー変態におもわれる。ガ手遅れ。OLがわたしの足をおもいいっきり踏んづけた。「痛い!」誤解だ。が完璧にわたしに不利。痴漢にされなかっただけセーフ。痛さをこらえた。ところでわたしに一つの心配がある。それは、ロシアに比べたら狭すぎる家。それに一階には老夫婦。わたしの両親が住んでいる。しかし現実は現実よく見てもらおう。見栄をはったところでもう手遅れだ。庭といっても車を入れると、庭は、それにすべて占領される。それに置いてある車だってもう何年も乗っている国産車だ。まあベンツなんておいてあったら不釣合いだけど。久しぶりに家の二階を整理しなければ。変な写真や雑誌は、早めに処分。大体男を白馬に乗った王子様とか思い込んでいる女の人にとって卑猥な写真や雑誌を彼氏がもっていたりするとショックで大変らしい。声を大にして言いたい。男は100パーセントスケベーのかたまりだ。ほとんど変態だ。変な夢など持っているとそれは悪夢に変わりかねない。紳士などはいない。それはそう振舞っているだけだ。立場上。男とは、よく解釈すれば女性なしに生きていけない動物なのだ。よく考えてみると生まれて最初に接するのが母親だ。母親の胸に抱かれて育つ。もうそこから、いや母体のなかにいる胎児のころから支配されているのだ。だからマザコンでない男は、いない。個人差はあるが。「浮気しないでね」「もちろん」そんな会話がいつもあった。「大丈夫、自分でなんとかするから、」とかいった。どういう意味だか分かってんのかな??ギヤハハハハと彼女。類は友を呼ぶ。本当かな。「待っててね」そうきたか、「いまは、ビデオが友達」ハハハハハハとやや脳天気な彼女。もうすぐ日本にやってくる。そのときは、ただじやおかないぞ。こりゃあ国際変態カップル誕生か???
2003年09月03日
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悪戦苦闘の末ようやく仕事が見つかった。それは私に、とっての通過点だと自分を納得させた。いきなり以前の独立した仕事に戻っても、ブランクがあるのでその間、法律が改正になっていたり新たに出来ていたりして、顧客に対してちゃんとしたサービスなどできるものではない。やはり国際化に対応するため国際私法や渉外戸籍の勉強も徹底的にするべきだと痛切にも思った。そのため、給料が安くても、勉強時間がとれるほうがいい。もちろん通勤時間だって本とにらめっこだ。目標が決まるとまた心がわくわくしてくる。ポジティブな思考を持たなければというかそのためには、明確な目標が必要だ。そしてなぜその目標に向かいたいのかの動機付けだ。私の場合は、早くロシアの彼女を日本に呼び結婚することなのだ。それに、通過点と思っている仕事は、結構歩きまわるので運動にもなる。へたなスポーツクラブで金を出して運動するよりこちらは、運動して金になる。物事は考えようだ。少しは、やせられるかな?ふと私は腕組みをして考えていた。 今の時代とはいったい?過去の経験が未来を必ずしも予想しえない。それにしがみついていることで自滅していく人もいる。年功序列や終身雇用制の崩壊。大会社でさえ明日は分からない。日本国自体がすでに破産しているとさえ言う人もいるくらいだ。しかしそれは、おそろしいほどの現実味を帯びている。しかし時代の変化を認めない人は、過去の栄光へと逃げ込もうとする。すでに崩壊しているのに・・・・・それは過去であって現在でも未来でもないのだ。もしかしたらすべてのシステムが崩壊しょうとしているかもしれない情報のツールが飛躍的に発展した現在小学生中学生でさえパソコンや携帯電話を使いこなし、大人たちよりもより早く習得している。今時間と距離という概念が急速に崩壊しようとしているのかもしれない。試行錯誤の末、何らかの社会システム構築されるだろう。それは一体どんなものなのか?私は途方もない暗闇の中に放り出されたような不安を感じた。いつの間にか眠ってしまって、気がつくとベットで目を覚ました。汗まみれだった。それに頭の芯が重い。二日酔いだ。酒とは何度も決別していた。しかしどちらからともなくまたいい仲になっていた。まさに腐れ縁だ。今日こそ、さよならだ。時計を覗くとすでに7時30分を回っていた。やばいー遅刻だ。今日から仕事だったんだ。起き上がろうとするとロシアの彼女がすごい顔で立っていた。「あなた浮気したでしょ」まるでこの世のものとは思えない。鋭い声だ。「違う」わたしは思いっきり叫んだ。ぶーぶーぶーーーーーわたしは今度こそ本当に夢から目覚めていた。そのにおいと大音響がわたしを覚醒させていたのた。
2003年09月02日
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