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一昨年の秋に、ストレスから身体に異常が重なり、後先考えず逃げるように会社を辞め、ニート生活にはいっていた時期がありました。辞めた当初はすごい開放感で、身体の異変は一時的になくなりました。異変と言うのは、“血尿”“動悸”“めまい”“嘔吐”などで、毎朝苦しんでのた打ち回っていたのが嘘のようでした。一時は医者に「ガンの疑い」をかけられて不安に飲み込まれてしまった謎の異変も、仕事(会社)のストレスが引き起こしているものでした。このままニートでいられたら幸せだなあと思っていたのもつかの間、収入が途絶えてあっという間に生活が困窮してしまいました。そりゃそうだ。それで、何とかせねばとあせるのですが、気がつくと治ったと思っていた身体が、またおかしくなっています。ようやくそれが“仮面うつ病”であると解って、うつ病の本を読み漁ることになります。そして、“ヨーガ”に効果があると知り、しばらく遠ざかっていたヨーガを再開したというのが、ヨーガと僕の話です。ヨーガのエッセンスは3つから成り立ちます。“ポーズ”と“呼吸法”と“瞑想”です。この中の呼吸法について今日は書きます。ヨーガを習っている人なら呼吸法でいいのですが、そうでない人にはわかりやすく“深呼吸”といっています。深い呼吸です。ただし、“腹式呼吸”で行うことが必要です。一般に呼吸の方法には、“腹式呼吸”と“胸式呼吸”の二通りがあります。お腹を膨らませて空気を吸うのが腹式呼吸で、胸を膨らませて吸うのが胸式呼吸です。なぜ、腹式のほうがよいのかというと、まずたくさん吸えます。胸式で目いっぱい吸い込んだ後で、腹式で吸うと吸えますが、逆では吸えません。ゆえに、腹式の方がたくさん吸えます。でも、たくさん吸えるからという理由だけで腹式呼吸を推奨しているわけではありません。そもそも“動物”の呼吸と言うものは、腹式で行うことになっているものです。犬でも猫でも馬でもライオンでも、みんな呼吸は腹式でやっています。呼吸とは、腹式で行うものなのです。では、何故胸式でも呼吸ができるのでしょうか。僕の思うに、それは呼吸のためでなく、胸を膨らませる目的のため空気が入っているだけなのではないでしょうか。動物が胸を膨らませるシチュエーションとしては、敵と遭遇した時が考えられます。敵を威嚇するためか、体に臨戦態勢を伝達するための行為だと考えられます。そうなると、胸式呼吸はやすらぎとは逆の、ストレスを自ら発生させるものかもしれません。何かで興奮すると、自然に胸式呼吸になってしまいますが、この時ストレス物質を自己生産しているのではないかというのが僕の仮説です。ストレス物質=興奮剤であるとして。そういう自己生産式ストレスは、自然界で生き抜くためには必要なシステムなのかもしれません。でも、今僕が推し進めるゆったりのんびり100まで生きるためのメソッドには必要ありません。だから、呼吸はすべからく“腹式呼吸”でいいのです。長寿健康法として。で、その腹式呼吸なのですが、ただお腹を膨らませたりへこませたりするだけでは、ヨーガににはならないのです。腹式呼吸が苦手だと言う人に、“おへそ”を意識して上下させることから練習します。おへそを突き出すようにして息を吸い、おへそを背骨にくっつけるようにして息を吐きます。僕も、ヨーガ教室で初めはそのように教わりました。でも、ヨーガ的にはそれだけでは足りません。おへそをへこませて息を吐いた後、更に、おへその下の部分、“丹田”と呼ばれる下腹部を、ぐっと絞りあげるようにして息を吐きつくします。しかる後、ゆっくりじんわり息を入れていきます。吸うと言うより、おなかをゆるめてふくらませて、それで空気が入ってくる感じ。息は、吐いてから吸うものなのです。で、その“丹田呼吸法”ができるようになると、息を吐いたときおなかがペッちゃんこになるのが自分で見られます。風呂上りの鏡の前でやると、驚くほどおなかがへこんでいます。実は、ニート生活時代、ろくに動かずにいたがために、下腹部だけポッコリお肉がついてしまいました。体重は増えてないのに、ズボンだけ苦しくなっている。これはまずいと思いました。とりあえずジャージはやめて、ちゃんとベルトのズボンにしてみたのですが、苦しくって半日持たない。ワンサイズ大きなズボンが必要になってたのです。腹筋運動を日課に励まねばと悲壮感が漂いだした時“丹田呼吸法”にめぐり合いました。目的は“うつ病”対策で始めたのですが、あら不思議、いつのまにやらポッコリおなかが解消されているではありませんか。サイズアップどころか、きつかったズボンがゆるゆるになり、はけなかった昔のズボンがはけるようになってしまいました。考えてみれば、動物でおなかの周りに脂肪を貯めている奴はいないですよね。腹式呼吸をしていれば、常に腹筋運動をしているのと同じではないですか。歯を食いしばって腹筋運動などしなくても、“丹田呼吸法”をすればらくらくに脂肪を燃焼させられます。「呼吸法だけダイエット」という本を書こうかとも思いましたが、内容はこれだけなので、本にするにはちとつらい。でも、体験的には効果抜群。是非お試しあれ。
2007年02月21日
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四半世紀前の若かりし頃、『広池秋子健康ヨーガ教室』に通っていました。その後通い続けていれば、病気知らずの人生を送れたはずでした。でもあの頃僕は若かった。治したい病気も怪我もなかったので、ただの経験と知識を得ただけで、実行を絶やしてしまっいました。来るべき身体の異変にあの頃は気がつきませんでした。その代わり、体を動かしたい衝動が高くなり、『ジャズダンス』に興味の対象を移してしまいます。そのダンスのレッスンに“ストレッチ”と言うものがありました。『ヨーガ』と同じように、体を曲げたりひねったりして筋を伸ばし、体をやわらかくするメソッドでした。ヨーガのポーズに良く似たものもあり、“呼吸”をつけたりもしますので、同じと言ってもいいものもあります。ただ目的が違うので、強度が違いました。ヨーガは例えば体をひねった場合、痛いと感じる直前で止めます。「痛気持ちよい」位置を探って、そこで呼吸を入れます。ダンスの方は痛いのを我慢して、更にひねり筋を伸ばし、体の曲がり度を増やしていきます。一つ間違えると、逆に体を壊す危険を抱えています。ヨーガの教室でも勘違いしている人もいて、一生懸命無理して曲げたりひねったりしてしまいます。先生はむしろ、やり過ぎないようにセーブするのに忙しかったぐらいです。僕もこの歳になって、ようやくその辺の加減がわかってきた感じです。ヨーガにはあせりは禁物です。ゆっくりのんびり少しずつ、ポーズを完成させるのが目的でなく、血行を体の隅々まで送るのが目的なのです。そこが理解できれば、ヨーガのポーズに固執することなく、いつでもどこでも“マイポーズ”でヨーガの効用を得ることが出来ます。生活の意識の中で、常に体のすべてを動かして血をめぐらせる工夫をすればいいのです。テレビを見ながらでも、パソコンに向かっている時でも、湯船に浸かっている時でも、できるときにまめに少しずつやり続けるのです。形に囚われず、自分のオリジナルな、やりやすいポーズを試して見ます。悪い所がすぐ良くなることはありません。だけど、血が巡ればすこしずつ自然治癒能力が高まります。少しずつです。特に勧めたいのが、指です。手の指と足の指。痛くない程度で、曲げたり伸ばしたりひねったり、もんだりさすったりしてください。足の指をグーパーさせるぐらいなら、いつでも出来るはずです。是非それだけでもして欲しいと思います。ヨーガを教えようとしても、言葉だけではうまく伝わらないので、ポーズとか呼吸法とかにこだわらないで、わかりやすくヨーガの効用を理解してもらいたいと考えています。それで、これならばと「手足指ストレッチゆっくりヨーガ」を提唱しているのですが、こんなことでもやり続けるのは難しいんです。でも、やってください、ほんとに。
2007年02月19日
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昨年、心療疾患で苦しんだおかげで、今までの五十年をすっぱり切り捨てることが出来ました。自分を苦しめてきたのが、自分自身だったという真相が、未練も執着もなくリセット人生を選ばせてくれました。と言っても、実際には今まで培ってきた僕の土台は崩すわけにも行かず、やっていることに新たなものはなく、心構えが僕としては新鮮になったと言うことです。まず、“健康”については最重要課題になりました。なんたって、100歳まで健康でいようと言うのです。今までは、何をすれば(何を摂取すれば)健康に良いかを追求していたのですが、今はむしろ何をしてはいけないか(何を摂取してはいけないか)に目的が変わっています。だから、納豆を朝晩食べればダイエットになるなどと言う情報は無意味になります。理論上健康に良いものでも、食べすぎは思わぬ弊害も招きかねません。何事も“過ぎ”たるは敬遠しなくてはいけません。ただ100歳まで生命を維持させればいいのではなく、いかに健康な生活を送って暮らせるかが焦点となります。第一条は、とにかく『心の安定』これは若かった時にはなかった観念です。そのためには、心を安定させる“思考習慣”の改善と、“不安事項”の除去が必要になります。生活不安を除くため、収入の確保のために“サクセス”を目指す戦略を立てていた訳ですが、結果的にこれが自分を追い込む元凶になっていました。自分で立てた目標が、自分にプレッシャーをかけて苦しめていたのです。その反省に立って、生活様式を質素倹約型に定着させることにしました。もともと贅沢に興味があったわけではなく、“成功法則”のマニュアルのために夢を捏造していた部分もあったので、元来の素の自分に帰った感じです。物欲から開放されれば、素直に心の問題に向き合えるので、これから目指す形が整って来るのではないでしょうか。そして、健康のため考えなければならない第2条は“血行促進”健康のための本も読みました。実施研究もしました。結論として得たことは、健康維持のためには、血行を良くすることが一番大事だということです。考えれば当たり前のことでした。健康維持のための、栄養も、酸素も、防衛物質もすべて血液が運びます。血液の行き届かない部分から、体の異常が始まります。体の隅々まで、良質の血液を循環させていれば、いつまでも細胞は若々しく、病気も遠ざけてくれます。血行を良くするためのメソッドが、「ヨーガ」と「半身浴」と「呼吸法」なのです。昨年もこの3つをテーマにコラムを書いていました。その時は、心療治療が目的でした。でも、改めて考えれば、この方法は健康全般に有効なことなので、100歳まで健康に生きるという目的でもそのまま使えることです。リセット再起動人生でも推進しようと思います。さらにもうひとつ、現在「使い捨てカイロ」を、血行促進に役立てています。もともと腰痛対策で始めたのですが、血行促進にかなり効果があるので、ぜひ取り上げたいと思います。そして第3条をあげるとすれば、『小食』の薦めでしょうか。腹いっぱい食べて良いのは“家畜”だけです。やせたソクラテスめざして、小食に目覚めましょう。ざっとこんなメニューで散智庵の健康談義をする所存であります。誰かの役に立ってくれたら嬉しいけど、とりあえず自分の覚え書きとして。
2007年02月18日
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バレンタインデーのチョコレートを、その後もらった経験がない訳ではないのですが、お返しのプレゼントを贈った覚えがありません。まあ、たいがいが義理チョコというか、付き合いチョコが多かったので、お返しをしたらかえって変というケースなのですが。彼女がいなかったわけではないのですが、イベントとしてチョコの受け渡しがあった記憶が何故かありません。寒い時期は恋の燃えないシーズンなのでしょうか。もらった方は、もらったかもしれないけど忘れてるんですけど、お返しの方は本当にないと思います。バレンタインデーに限らず、プレゼントに対する“お礼返し”をしないことにしているからです。何か物をもらって、お礼にお返しをしたいとは思うのですが、どうも苦手です。お返しの“軽重”のサジ加減が難しいと思っちゃうんですね。あまり軽いものだと失礼だし、重いものだとかえってそれも失礼だし、そもそもお返しをしていいものかどうかも迷ってしまいます。人に、何かをしてあげて、お礼に何かもらってしまうと“不快感”抱きませんか?そんなつもりじゃなかったのにと。僕は常にそうです。お礼の“言葉”は嬉しいのですが、“物”は淋しいです。僕がそうだから、みんなもそうだと思うのもいけないのですが、相手によって分けるのも面倒なので、一切お返しに物は贈らないことにしました。そもそも、プレゼントは贈られる人より、贈る人のほうが嬉しいものです。贈る人が幸せになるように、贈り物を喜んで貰っているのです。極端に言えばそうです。北米インデイアンの習慣に『ポトラッチ』というのがあります。贈り物に対して、“倍返し”をしなければならないと言うルールです。だから、敵対する部族がいたら、贈り物をどんどんします。どんどん贈られた方は、ルールに従い倍にしてどんどん返します。特に戦略上重要なカヌーを贈ります。相手が倍返しでカヌーを贈り返してきたら、その機を狙って攻めにかかります。軍艦を相手に贈ってるようなモンですから間抜けです。中国の王朝時代もこういう暗黙の申し合わせが存在しました。東アジアは、中国と属国という二つのカテゴリーで国が分かれていました(今でもそうかもしれません)属国は、中国に対し貢物をします。税金を地方から徴収するようなものでしょうか。さぞや貢物は負担を強いるだろうと思いきや、属国は逆に喜んでやっていました。なぜなら、貢物に対し何倍ものお返しがもらえたからです。地方交付金がもらえるってことですね。この交付金の多寡がその王朝の安定度を決します。長期安定政権を続けた王朝はそれだけ支出を弾んでいたと言うことです。又、それでどの王朝も末期はいつも疲弊していました。家計においても同じ法則が立ちます。ホワイトデーというのが、一ヵ月後に来ますが、まったくひどいイベントです。僕の記憶では、バレンタインデーでのチョコレート会社の大当たりを目の当たりにして、マシュマロ会社が思いついたモンだったと思います。マシュマロだから「ホワイトデー」だったのですが、マシュマロ自体にチョコレートほどの人気はなく、名前だけ残って、とにかくバレンタインデーのお返しをする日になってしまいました。そんなわけで、日本だけの決まりごとだと思います。我が家のトイレに何故かアメリカのカレンダーがかかっているのですが、2月14日は休日ですが、3月14日は平日です。で、そのお返しに苦慮すると言う声が結構聴かれます。“義理チョコ”の“義理返し”に多大な出費がかさむという。会社員は、会社の中の人間関係が“世界”な訳だから、ないがしろには出来ないし、盆暮れの付け届けと違って、出世に直接関わるものでもないし。いっそ、社命によって禁止してもらいたいだろうなあ。僕の場合は、新しい職場だったのですが、バレンタインは自粛しているようで、誰もやり取りはしていませんでした。過去に何か問題が発生して取り決めたのかもしれません。義理チョコも貰って嬉しい部分はあるのですが、なければないで必要ないことが判明しました。それで、ホワイトデーの苦痛はなくなってほっとしています。アメリカの映画やドラマではしょっちゅうパーテイーが出てきて、プレゼント交換をしています。今はテロの関係で少なくなったかもしれませんが、まあ大変だと思いますね。連中はキリスト教徒で、彼らは贈る事によって幸福になるのですからかまわないのですが、異文化の人間には、ただ面倒くさい。景気浮揚のためには、みんなが無駄遣いをする必要もあるのでしょうが。
2007年02月15日
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明日は2月14日、バレンタインデーです。僕が、この日にチョコレートを初めてもらったのは小学6年生の時、小学校卒業を控えた頃でした。40年近くも前の話です。あの頃はまだ“バレンタインデー”にチョコレートを贈る習慣など知られていませんでした。ただ、TVで人気絶頂だった「ザ・タイガース(阪神ではありません。沢田研二、岸辺兄弟などを擁するグループサウンズです)」が盛んに、『チョッコレート♪チョッコレート♪チョコレートは メ・イ・ジ』と歌っていたのを覚えています。当時“ジュリー”と呼ばれていた(貧乏で床屋へいけず、髪が長かったので)僕は、当然あの体をくねらせて歌うしぐさをマスターしていました。『長い~坂道の~落ち葉の丘に~やさしい~あの人が住んはいるのです~コートに~包んだ~愛のチョコラテ~あたたかい~まなざしが~僕を待っています~♪』という歌も、よく歌っていたのですが、その後聞いた覚えはありません。よく覚えてたなあ、小学生の記憶力はたいしたもんです。この歌がバレンタインデーの歌だったとわかったのはチョコレートをもらった後です。あの日のことは良く覚えています。夕暮れの薄闇が近づいた頃、僕の家のブザーがなりました。出てみると、クラスメイトのK子がいます。K子はクラスで一番のチビで、あだ名もチビと言っていました。今じゃ差別用語で使えないでしょうね。体はチビだけど、どこか大人っぽいしっかりした考え方をする、ちょっと一目置く存在。目に少し憂いがあって、あのころ人気の歌手“奥村チヨ”に似ている感じでした。字が上手で、それも大人っぽい字で、子どもにとってはそういう少し先へ行ってることは凄いことなのですね。小学生なので、恋愛感情など芽生えなかったのですが、よく覚えているということは意識はしていたのでしょう。その彼女が家の前にいます。何かと思うと、無言で赤い包装紙に包まれたものを渡します。受け取ると、さっさと帰ってしまいました。何がなんだかわからず、あけてみると“グリコ・アーモンドチョコレート”でした。先ほど書いたように、バレンタインデーなんてまったく知らなかったので、ほんと解んなかったです。卒業のサイン帖を回しっこしてたりしてたので、今度はプレゼントの交換が始まったのかと思ったぐらいでした。チョコレートをもらった事実は忘れられないことですが、その後彼女にお礼を言ったのか、どんな反応を示して見せたのか記憶にありません。「ホワイトデー」などという劣悪な習慣はまだ存在していませんでした。たぶん何も聞かず、何の接触もなく、二人とも近くの公立中学へ進学し、僕の方は転校してしまいました。それで終われば、この想い出は"初めてのバレンタインデーチョコ体験"だけだったのですが、終わりませんでした。運命が僕ら二人を再会させたのです。八年後の20歳の時、クラス会があって、そこで再び巡りあったのです。当たり前ですが、二人は大人になっていました。K子は相変わらずチビでしたが、化粧などして、すっかりOLでした。僕も社会人ではありましたが、まだ道に迷っているヒヨッコで、彼女の大人の色気にいちころでした。そして、K子もその後引越しをして、偶然家が近いことがわかった時、運命の鐘が鳴り響いたのを覚えています。話題には出さなかったのですが、とにかく向こうはバレンタインデーにチョコを贈ったんだから、僕に気があったことは自明であり、僕がそれに答えれば、恋愛成立するわけです。K子も8年間思い続けて、今それが叶うことになるのです。運命の導きに従い、僕らは付き合い始め、とてもいい感じに何の障害もなく進んでいきました。そして、交際が始まってからの、初めてのバレンタインデーを迎えることになります。この日を迎えるに当たって僕は、今度チョコレートをもらったら、正式に真面目に交際を申し込もうと決心していました。結婚はまだ早いけど、男の"誠意"を見せねばと思ったわけです。とにかく、8年も待たせたのです。僕も真剣にならざるを得ないでしょう。ところが、2月14日の当日になっても、K子からチョコレートは届きません。チョコレートじゃなくて、何か別のプレゼントが待っているのかとも思ったのですが、それも違うようです。デートの帰り、K子の家についてしまいそうになって、恐る恐る聞いてみると、「あら...、T君はそういうの嫌いかと思ってた」何を根拠にそう思ったのかは知りませんが、彼女の脳裏にはまったくチョコレートはなかったようです。「でも、僕らの運命は、8年前のこの日のチョコレートから始まるんだぜ」K子は、ぽかんとした顔で僕を見ています。「僕はあの日君にグリコアーモンドチョコレートをもらってからずーと君の事を思ってたんだよ(ウソですが)」「私があなたに、チョコをあげたの?」なんと、彼女は忘れていました。そして、しばらく考えて、「あっ、思い出した。あれはね、S君にあげようと思って買ったんだけど、S君いなかったのよね。それでT君にあげたのよー」確かに、僕の家はS君とK子の家の途中にある。それを言い終わると、K子はけらけらと笑い転げました。そういえば、K子との思い出話の中に、よくS君が登場していましたっけ。僕は隠し持っていた"誠意"のやり場に困ってしまいました。そして、気づかれないように、傍らを流れる石神井川に捨てたのでした。
2007年02月13日
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ある人と待ち合わせをして、その人の知り合いの人とその人を待つ間、話しをしなくてはならないシチュエーションに遭遇しました。初対面ではなかったのですが、その方のことよくは知りません。黙って待っていてもよかったのですが、自分のトレーニングとして言葉のキャッチボールを試してみました。相手の話したいことを聞き出す術を、今研究中なので。とりあえず、住まいとか出身地とか、具体的であり、話の続きが出来そうな所に探りを入れてみました。すると、驚いたことに、お互いの実家がすぐ近くだと言うことが判明しました。共通項ができたので、あとは楽ちん。同年代に見えたので、歳を尋ねると、僕より7歳上の団塊の世代。意外に老けてました。それでは、中学の先輩に当たる人かと思いきや、中学は僕の行った所へは行かなかったとのこと。「僕はいじめられっこだったんです」小学校は地元の小学校だったそうなので、中学受験をしたと言うことなのでしょう。あの頃中学受験は珍しい。きっと金持ちの家だったのでしょう。でも僕のほうは、中学の話をふっておきながら、一方で僕の“暗黒の中学時代”が甦りにわかに気持ちが沈んでいくのを感じました。あんなつまんない時代はなかった。学校に行くのが嫌だったという、精神的外傷だけは残っているのですが、具体的なエピソードはなかなか出てこない。人間、忘れてしまいたい嫌なことは、安全装置が働いて、記憶から除去してくれるものらしいです。「行かなくて正解だったと思いますよ。僕の学年は、3人鑑別所に送られましたから」荒れていたんです、その中学。僕はもともとそこで生まれ育ったわけではありませんでした。中学1年の3学期に越してきました。同じ東京だったのですが、引っ越してきた時、だいぶ印象が違いました。前の中学では「プロレスごっこ」などはしていなかったのですが、こちらは全盛でした。そして、転校生である僕は、当然のように標的となり、様々なワザをかけられる羽目になりました。おかげでいろんなワザの名前を知ることが出来ました。それがどれだけ痛いかも。前の中学とその中学、文化とか価値観とか、正邪善悪すべての基準が違うような、別世界でした。この中学は、いじめ問題とかいうレベルではなかったと思います。「プロレスごっこ」でしごきをかけるのはかわいい方でした。徐々にやることが乱暴になり、次第に形成された“不良グループ”の暴力が、日常に行使されるようになりました。そうなると、いじめるいじめられるなどと言う区別ではなく、不良グループと、暴力の恐怖に怯える一般生徒という図式になります。とにかくそのグループに目をつけられないようにするにのに必死でした。先生に何かを期待するという希望は、すっぱり捨てました。明らかに、先生自身が不良グループから逃げていましたから。あの頃学んだことはなんだっただろう。“正義”は力を伴わない場合、まったくの無力だ。嵐は身を低くして行過ぎるのを待つしかない。災難から逃れるために、とりあえずできる事をやってみる価値はある、気休めとして。“祈り”は弱者のせめてもの“良心”。“友”と“敵”は背中合わせの同一物。世の中で一番効果のあるパワーは、“暴力”。めだってはいけない。ほめられてはいけない。先生と距離を置いていなければいけない。どんな弱い奴も、傘の下なら強くなれる。正しいことを思う人は多くても、正しい行動をとる人はいない。「たすけて」と言う声は、友にかけるべきでない。神様だけにしておけ。裏切られるのが嫌だったら、信じるな。楽しみを見つけたら、自分だけのものにしろ。等々…改めて考えると、けっこう学んでますね。いじめ問題を書こうと思ったらずれてしまいました。「いじめ問題」はいつの時代にもあった。今の緊急課題は「いじめと自殺」なのです。自殺は絶望と言う幻覚に執り付かれた時陥る結論です。なぜ、いじめられると絶望するのか。救いがないと感じるから。僕の中学時代も救いがなかったけれど、やられる対象が複数だったので、心理的に孤独ではなかったのかもしれない。“孤独”がキーワードかもしれない。「戦争中はいじめなんてなかった」という先輩がおられましたっけ。みんなが不幸なら、本当の不幸ではない。
2007年02月10日
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初めこのニュースを聞いた時、何が問題なのかわかりませんでした。“女性”を「機械」と表現したことが差別的だということらしいです。つまり、「機械」というのは卑下した見下した意味を持つと言うことなのですね。でも、僕は「機械」に対して差別の感情は持っていないので、侮蔑の言葉に聞こえなかった訳です。「機械」を侮蔑したりすれば、“鉄腕アトム”の世界なら、ロボットを差別する発言だと逆に訴えられてしまいます。ニュースによると、世界でも取り上げられた大事件だったらしいのですが、そう思いますか?何かあると、外国メデイアに御注進申し上げる輩がいて、それにあおられた期待通りのコメントが、それ見たことかと歩き出す、いつもの感じ悪いパターンの気がします。僕が男だから、女のデリカシーが解ってないのでしょうか。アメリカン・フットボールでは「マシーン」といえば、正確無比なプレイをする選手をリスペクトして使う言葉なので、僕の印象は悪いものではありませんでした。でも日本語の「機械」は違う意味を飲み込んでいるのでしょう。それで、とにかくこの厚顔無恥な、無礼極まりない発言を調べてみました。文面だけなので、ニュアンスに違いがあるかもしれませんが、とりあえず以下の通りです。(松江市の自民党県議の決起集会で、厚労相として少子化問題に触れての発言)『なかなか今の女性は一生の間にたくさん子どもを産んでくれない。人口統計学では、女性は15~50歳が出産する年令で、この数を勘定するとだいたい解る。他からは産まれようがない。産む機械っていっちゃあなんだけど、機械っていって申し訳ないけど、機械っていってごめんなさいね、あとは産む役目の人がひとり頭でがんばってもらうしかない。一人当たりどのくらい産んでくれるかという、合計特殊精算率…』という中にあったわけです、問題部分が。自分でもまずいこと言っちゃったなあという気づきが覗いてます。すぐ謝ってるから、目の前に女性がいたのでしょう。この、地方の内輪の集会の発言に抗議が殺到したとは考えにくいですよね。何か足を引っ張ってやろうとしている工作員がいたってことでしょう。僕は自民党支持でも、安倍晋三ファンでも、柳沢シンパでもありませんが、この報道には作為的なものを感じます。それはまあ置いといて、何故この発言が、国会の審議拒否までに発展する大事になったかということを考えてみたいと思います。理由は一つ。発言が、女性に対してのものだから。今の世の中は、女性に対するコメントはタブーなのです。話に乗せるのなら、敬意を払って、持ち上げて言わなければならない。批判などとんでもない。個人の場合は女性でもかまわないのですが、一くくりにして論じてはいけない。それが正しいか間違っているかは関係ありません。とにかく「女性は~」という言い方は、すべて差別発言に繋がってしまいます。仮に、この問題発言が、男女逆だったらまったく問題ないのです。例えば、田中真紀子が、「男性は種をまく機械なんだから、もっとせっせと女性にサービスして励んでくれないと…」と言ったとしても、場内爆笑で問題化などありえないでしょう。これって逆差別なんだと女性は気づいてないんですかね。って言い方も、きっと差別発言に聞こえるんだろうなあ。否定はしないけど、差別ってなくならないんですよね。“女性”がということではなく、“差別意識”そのものが。本能的に、DNAに自分の優位性が組み込まれているので、自分以外のものは差別の対象になるわけです。自分が優れていると思うから、自分の遺伝子を残そうとするわけで、その自尊心のために生命を維持し、性欲を抱くわけです。そこには客観性も、多数決も、一般論もありません。ただ自分あるのみ。それぞれの「唯が独尊」状態。差別が悪いということの意味は、差別によって不利益を与えることがいけないということなのです。「機械」と言われたことで、どんな不利益を受けたのでしょう。でも、この柳沢氏の全体の発言自体を肯定しているわけではないので、そこんとこ勘違いしないでくださいね。この人、あまり考えてないですね。おざなりで言うから、うっかり地雷を踏んじゃったんでしょう。
2007年02月08日
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例の試合は、中学2年の息子と見ました。僕自身は亀田家と同じ、男3兄弟で育ったので、格闘技は生活の中に普通に存在していましたが、息子は姉弟なので、ボクシングに興味を持つなどということはありませんでした。僕もチャンネル権は無いので、我が家のTVにはボクシングは映りませんでした。でも、亀田興毅の試合は、話題づくりがうまかったせいで、学校で話題になったのか、息子も少し興味を持ったようでした。問題は、その話題づくりの手法でした。相手選手を挑発したり、侮辱したり、スポーツマンとしてはほめられたものではありません。でも、ボクシングやプロレスなど、興行として行われるスポーツ(?)には良くあることで、特にアメリカ発のものでは見慣れた風景です。ただし、未成年の亀田がやるのは、あまり感じのいいものではありませんでしたけど。不良同士の喧嘩で、こんなやり取りをしても、それはその世界の言語感覚なのでまったく問題ありません。むしろ、不良の世界では、不良を証明するために必要なことです。でも、ボクシングを普通のスポーツと同様に考えている人たちの前で、あれをやってはいけません。人間は、言葉遣いによって、簡単に敵と味方を区別してしまいます。父親がついていながら…、いや父親がやらせてたんでした。我が息子は、不良系の子どもではないので、もともと亀田にシンパシーは感じてなかったと思います。ただ、話題になっていたので、話題についていこうという、情報収集程度ではなかったでしょうか。見てはいましたが、熱心には見ていませんでした。僕は、息子と居る時少し気を使います。ニュースを見たりしていて、ここはちょっと押さえておこうと思ったら、解説を入れたりします。ありきたりな一般論で片付けてはいけないこともあるからです。主に、一つの事柄を、一面だけで判断するな、ということを伝えたいがためなのですが。“逆説”をあまり大真面目でやり過ぎると、裏読みばかりするひねくれモノになりかねないので、言い方を冗談めかしたりとか工夫はしているつもりです。息子というのはありがたいもので、多少おふざけで言った事も結構真に受けてくれたりします。で、この例の試合の、例の採点結果なのですが、コメントに窮しました。結果が出る前に、息子に聞かれて、「いくらなんでも、これは無理でしょ」と答えた後だったからです。“いくらなんでも”には、ボクシングにつき物の、ホームタウン・デシジョンといういんちきが加味されてもという意味が含まれています。たぶん、亀田本人も含めて、大方の予想は“負け”だったはずです。ところが、さすが『協栄ジム』と『TBS』試合はシナリオを外れてしまったのに、結果はシナリオ通り勝ってしまいました。初めてボクシングを見る息子に、試合中は薀蓄を傾け解説をしてたりした僕ですが、これで一気に面目丸つぶれです。「ボクシングにはこういうことよくあるんだ」というのがやっとで、何が“こういうこと”に当たるのかも説明してなかった気がします。僕としては、“またやったか”、ぐらいのものなのですが、“また”についても長い説明が必要になってきてしまいます。この事件(?)がこのあと大事に発展してしまうのは、息子同様、普段ボクシングなど見ない人たちも巻き込んでしまったせいだと思います。まあそれはそれで仕方ないことなのですが、今回この事件を俎上に上げたのは、亀田興毅の言葉遣いについてでした。亀田の不良性を、すべて塗りつぶしていい子に見せろなどとは言いませんが、マスコミに出る時はそれなりに“言葉遣い”を変える努力を見せるべきでした。悪役パフォーマンスも余計なことでした。不良仲間に強がるのは勝手ですが、公では慎むべきものです。気持ちとしては、自らを鼓舞し、退路を断つことで自分を追い込んだつもりなんでしょうが、ただのマンガでしたね。結局、まわりの大人が教えなかったのが悪いってことになりますが、歳をとっていれば大人ってわけでもないですから、大人がいなかったというのが真実かもしれません。ボクサーはボクシングの試合で結果を出せば良いことなので、再戦で勝った亀田は、差し引きゼロに戻ったはずですが、この間に浴びたバッシングの“負”の部分はかなり大きい。再戦で見せた、ボクシングスタイルの転向と同じく、言葉遣いも変えてしまった方が良いでしょう。
2007年02月07日
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言葉使いが間違っていて、災難にあった人パート2、ボクシングの亀田興毅。僕らの世代(昭和30年代生まれ)は、ボクサーはヒーローでした。今やテレビタレントとして活躍している“ガッツ石松”も現役チャンピオンでした。チャンピオンになる前に、池袋のヤクザ8人をぶっ飛ばした話も有名です。輪島功一もそうでした。遅咲きのボクサーで、年齢のハンデイを奇抜な頭脳作戦で補っていました。僕が一番好きだったのは、大場政夫というフライ級のチャンプで、5回防衛をして交通事故で無敗のまま世を去ってしまいました。いつも逆転KO勝ちで、試合の後はかなり興奮しましたっけ。他にも、西城正三、柴田国明、上原兄弟、具志堅用高…魅力的な選手がいっぱいいました。世間のボクシング人気が下火になるにつれ、TV放送がなくなったせいもあって、僕も興味を失ったまま30年が過ぎました。亀田選手のことは、移籍問題が3面記事にチラッと出てたのが最初だったでしょうか。大金を積んでまで引っこ抜きたい選手がいるのかと、昔のボクシングファンとしてちょっと気に止まりました。それから、トレーナーが父親の親子鷹であることや、3人の団子三兄弟であることなどが徐々に報じられ、ストーリー性を持った珍しい素材ということで楽しみが生まれました。試合をTVで見たのはいつだったか定かではないのですが、内容に関してはいい選手だと思いました。ガッチリとガードを固めて、一撃必殺のKOパンチを狙うと言うスタイルで、アメリカのマイク・タイソンを意識してる感じです。軽量級の選手には珍しい戦法で、珍しいということは、ふさわしくないということでもあります。でも、個性的であり、魅力的なスタイルです。というような感じが僕の亀田選手に対する印象でした。それがTVに露出する機会が増えるにつれ、彼の人となりも個性的であることが喧伝されるようになります。世間一般の礼儀正しいスポーツマンに相反するような、不良丸出しの、露悪趣味の態度をことさら強調します。これも、マイク・タイソンを意識しているのでしょう。テレビで「よいこはまねをしないでね」というテロップが流れなかったのが不思議です。誰かの入れ知恵か、営業サイドの要望かは知りませんけど、意識的にそうしているのは感じました。それは、本人とかけ離れたイメージを作っている訳ではないでしょう。たぶん、素のまんまがあの悪がき態度なのです。でも、出る場に応じては、人は言葉遣いを変えなければならないのです。それが世間の掟なのです。でも、彼は掟を破った。本人が意識してのことなのか、誰かのさしがねか、ただ誰も注意をしなかったがための無知の所業なのか解りませんが、後ろであおっていた存在があったのは確かでしょう。そして、例の試合を迎えてしまうわけです。
2007年02月04日
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去年一番印象的だった“社長”はホリエモンこと、堀江貴文氏です。この人は、去年だけ話題になったわけではなく、ここ数年話題だったのですが、“時代の寵児”がものの見事に一夜にして凋落してしまった姿が、あまりに激しかったので、印象として去年の出来事でした。僕が始めて堀江氏の名前を耳にしたのは、2年前?の「近鉄球団買収騒動」の時です。一報を聞いた時、ただの売名行為だと思いました。それがだんだん現実味が出てきて、同時に在来オーナーの反対運動なども重なり、なんとなく応援したくなったのです。敵役の読売新聞のナベツネが、ほんとにやなジジイに写ってましたから。サッカー好きな僕は、ヴェルディ問題の時からナベツネは悪役です。その時は、近鉄がどうなろうと、プロ野球が一リーグになろうとどうでもよかったのですが、解せなかったのは堀江氏に対する経済人の総反発でした。IT産業の成り上がりや、M&Aの乗っ取り屋を嫌悪してるのかと思ったら、プロ野球側が参加を認めたのが『楽天』と『ソフトバンク』でした。ハァ?どこが違うんだ。会社の規模や歴史に多少違いがあっても、おなじカテゴリーに入ると思うんだけど。孫正義氏など乗っ取り屋そのものだと思ってました。まあ、僕の誤解だったのかもしれないので、堀江側に何かあるんだろうと、なんとなくは感じましたが、解らないと言うことには変わりません。その後、ニッポン放送株買占めや、選挙など話題を次々提供してくれましたが、何かをやるたびに“儲け”を生み、雪だるま的に太っていく様子が、臆面もなくあからさまになっていました。日本に新しい形のヒーローが誕生した観?それが、一転、逮捕です。判決はまだ出ていないのですが、どうも旗色が悪そうです。で、その裁判の過程が報じられるのを見て、初めて解ったことがあります。何故、彼が既存の勢力に嫌われたのか。僕の思うにそれは、“態度が悪いから”です。裁判での、検察側とやりあうところで、その態度の悪さがよく解りました。口の利き方が悪いんですね。“言葉使い”と言うものは、TPOによって変えるべきものなのです。“言葉使い”は、“言葉”そのものよりも意味を持ち、表現し、伝達します。相手によって、状況によって、言葉遣いは変えなければなりません。例えば、サッカーと野球ではルールが違うから、お互いのルールから歩み寄らない限りゲームは出来ないのです。言葉遣いを、状況に応じて変えることは恥ずかしくも卑屈でもありません。使い分けない方が、社会人として恥ずかしい。それ以前に、テーブルに着くことを許してもらえない。人に注意されて、腹が立つ時ってありますよね。注意を受けてるんだから、相手の言っていることは正しいはずなのに無性に腹立たしい。そういう時は、言い方にカチンときているのです。度を越せば喧嘩になりかねない程の時も。そうならないために、知恵のある人は、言い方の工夫をするのです。“夫婦喧嘩”は、その工夫を省略して感情をぶつけるから絶えず起こるのです。今年年頭に起きた、夫殺しバラバラ殺人も、妻の言い分を聞いて、どこにこの夫を殺さなければならない理由があったのかトンと解りません。たぶん、ふたりとも言葉使いに知恵を使わなかったんでしょう。本当に聞いてもらいたいことは、相手を慮って、言葉使いに知恵を使いましょう。ホリエモンも、そこのところを考えて、味方を作っていれば違う展開になったかも知れません。
2007年02月03日
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「あるある~」の直前におきた、もうひとつの話題、『不二家』の事件。お菓子メーカーの『不二家』が、シュークリームの原料の牛乳のなかに、消費期限切れのものを使っていたという事件。第一報はこんなもんだったし、しかも消費期限切れといっても一日だし、もったいないと思って入れちゃったと言うぐらいだったので、何も大げさにしなくても、という感想でした。こう思ったということは、僕は厳密な正義の人ではないということです。多少なら、ばれなければいいと考える人です。問題は、良いか悪いかの“度合い”を測る線引きの部分だと思います。たぶん事件の当事者も同じだったんだと思いますが、会社がはっきりと“禁止”を確認してラインを明確にしていれば、おこらなかったことです。あいまい、もしくは黙認していた体質に原因があったのです。世の中には、良し悪しを他人の判断にゆだねることがたくさんあります。『法律』もそうだし、『規則』もそうです。誰かが、ある理由のために設けたものです。理由が万人に納得されるものもあれば、意見の分かれるものも含まれたりします。でも、とりあえず決まったものに対しては、その囲いの中にいなければなりません。『法律』『規則』の中にいれば安全です。外に出たら、罰せられます。中にいるものを守るため。だから、外に出る時は“覚悟”がいります。ラインを踏み越えることの意味する重さと、覚悟は比例するものなので、まず“意味”の方の知識が必要になってくるわけですね。それを、社内でなあなあでみんなやってるからという、浅い所で見るか、何かのきっかけで露見した場合の、社会責任を追及された損失を考えた時とでは、大きく変わります。判断には、その人の立場が重要になります。どれだけ責任を負うのかのポジションによって、考えの深さが変わってくるということです。だから、消費期限切れの牛乳を混ぜちゃった人は、たいしたポジションにはいないんだろうから責めを負う度合いはたいしたことはない。だけど、そういういい加減体質を作った上層部は、覚悟をしていたことだと判断されるでしょう。それが“掟”です。事件発覚当初は、僕の意見は「見逃してやれよ」という方向でしたが、お詫び会見に出てきた社長を見て、「だめだこりゃ」に変わりました。この人、何の覚悟もなく社長してたんでしょうね。取り巻きも悪かったんだろうけど、会社はやっぱり社長ですから。深く広く考えの及ばない人は、そういう立場にはなってはいけないと言うことです。
2007年02月02日
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映画テーマ100本の目標を終え、次のテーマを模索していました。もともと自分の心療疾患の治療のため書き始めたコラムなので、書きたいこと、書いていて“楽しいこと”に絞りたいと思います。では、“楽しいこと”って何?、と追い求めると、すなわち“好きなこと”で、“映画”があったわけですが、映画を評しながら脱線していった昔話が面白くて、もう少し昔話に流されようかと思いました。それで、「あったあった大事典」という題名を考えていたのですが、例の事件の勃発。洒落にならないので、再考の憂き目に。本当は、巷のコラムのように“社会時評”を書きたいのですが、不満・批判・愚痴・悪口は精神安定に良くないので、もう少し建設的な考えができるものを目指したいと思いました。それでもっと自分を省みる場に使おうという結論に。現在の自分があるのは、過去の経験に培われているので、当然昔話も必要になりますが、目的とするのは、その過去事例に対して今の自分がどう思うか。過去の経験を“鏡”にして、自分の姿を見てみようという試み。「自分の姿は、環境(他人)という鏡に映さなければ見えない」これが最近はまっている僕の仮説なので、もう少し検証を深めたいと思っています。それを解りやすくするために、“真理の鏡”を設ける必要が生まれ、十年後の自分と言う基準線を引くことにしました。十年後の自分は、かなり成長した存在で、今の自分の“師”と仰げる人になっています。弟子である今の僕が、十年後の師である僕に話すわけですが、十年後の僕は応えないので、一方的に弟子がしゃべるだけになってしまいます。ちょっと成立するかどうか不安ですが、とりあえずやって見ましょう。行き詰まったら又考えます。というわけで、今回は先ほど話に出た「あるある大事典」について。僕の好きなTV番組に「所さんの目がテン」というのがあります。まもなく900回に及ぶ長寿番組で、開始当初からかなり見ています。そしてかなりの知識をえることが出来ました。雑学好きにはたまらない番組です。「あるある大事典」も方向としては同じ系列のものなので、雑学好きとして昔は見ていたのですが、最近は見ていませんでした。裏の「行列のできる法律相談所」を見てます。法律好きでもありますが、それよりただ笑いたいがためと言うこともあります。「あるある~」はかつては見ていたのですが、やはり胡散臭さが垣間見えてみる気がなくなりました。前出の「所さんの~」と比べると、実験のやり方が杜撰で、ある結論に導くために数字を利用している風でした。今回はその数字すらでたらめだったようですが、どっち道“科学”とは呼べない内容でした。水に落ちた犬を叩いても意味が無いのでこの話はやめますが、今回の、“納豆”が異常に売れてしまったと言う社会現象が驚きでした。納豆が体にいい食品であることは正しい情報であるし、よく知れ渡っていることです。何をいまさら、と思います。だのにこの騒ぎ。スーパーから納豆が消えたのですよ。オイルショックのときのトイレットペーパーのごとく。“ダイエット”に効果があると言う喧伝のために。よっぽど番組のつくりがうまかったのか、オーソン・ウェルズの「火星人襲来」なみのレベルの高さなのでしょうか。『健康』は僕のテーマの一つです。ただ、数年前と違うのは、体の健康と心の健康という、両輪を考えた健康を追求しています。納豆は当然、健康のために良い食品ですが、やせるためとして利用するのはどうでしょうか。一日に納豆2パック以外は食べない、というのならやせますが、健康的とはいえません。なにをするにも極端はいけません。“ダイエット”については、いずれ書きますが、結局、欲望との戦いになるんですね。“食欲”は、“性欲”と共にDNAに組み込まれた、指令による欲望なのですが、本来適量認知機能が備わっているはずなのです。その適量を認知するのに知識が必要になってしまったんですね、現代人は。でも、それをしないと100まで生きられないし、健康でいられなくなります。その意味で、太りすぎは是正する必要があります。
2007年02月01日
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