創刊号より11回続いた当連載もついに最終回である。検証の開始から数えて足掛け3年、実験に用いたワインは、ボルドー、ブルゴーニュあわせて合計2ケース。2002年8月に創刊号が発売された時点では、ようやく寝返りがうてるようになったばかりだった子供が、いつしか幼稚園児となり、さらには次男も生まれ、私も気がつけば二児の親である。
そう考えると3年というのは短いようで長いものだなあと改めて思う。
ワインにとっての3年という歳月も同様である。何十年も熟成しつづけるワインは、世に流通している多くのワインたちの数からすればごくレアケースで、多くのワインは3年も手元に置いておけば、その風味も異なったものになる。まして、それがセラーのない環境であれば‥。
もともと、「セラーのない環境でワインを1~2年程度、もしくはひと夏程度保存するにはどのような保存方法がよいのか?」「従来から言われてきた『北向きの押入れに保存』は正しいのか」といった疑問を出発点にした当連載であったが、これらのテーマについては、前号まででおおよその結論は導き出せた。
ということで、以下、簡単に今までの号の内容を振り返ってみたい。
<創刊号>問題提起、検証の全体計画とスケジュール紹介。
<2号>冷蔵庫とエアコンのない常温下でひと夏保存したボトルの検証。
→冷蔵庫に保存したものは野菜室、通常室ともセラー保存にほとんど遜色のないレベル。
対して常温保存のボトルは部屋の温度が最高36度まで上がったこともあり、ひと夏経過
しただけなのに、激しく痛んでいた。
<3号>1年間「ずっとリビングに保存」「夏場冷蔵庫に保存+それ以外はリビングに保存」していたボトルたちの検証
→ずっとリビングに保存していたものはそれなりの変化が出ていたが、十分美味しく飲 めるレベルだった。夏場冷蔵に保存したものはされに良好で、セラー保存のボトルに比べてもわずかな変化が見られただけだった。
<4号>1年弱冷蔵庫に入れっぱなしだったボトルとセラーに立てて保存したボトル
→冷蔵庫に入れっぱなしのボトルはセラー保存のボトルとの違いもわずかで良好な状 態。立てて保存したボトルは、ボトルのコンディションの問題か、やや回答がバラけたので評価保留とした。
<5号>常温でふた夏越したボトルとリビングでふた夏越したボトル。
→どちらも変化は大。常温のボトルは果実味が抜けてすっかりフラットになっていた。 リビング保存のボトルも熟成感が出て、セラー保存とは別物になっていたが、こちらはそれなりに美味しく飲むことができた。
<6号>それまでのおさらい。
<7号>立てて保存したものと寝かせて保存したボトルの1年後を再度検証。
→違いがないとはいえなかったが、その違いはボトル差なのか、保存の仕方が原因なの かわからないレベルだった。
<8号>3年間常温で保存したボトルと、2年間「夏場冷蔵庫+それ以外はリビング」で保存したボトル。
→3年間常温保存したボトルは、すっかり干からびた味わいになっていた。「夏場冷蔵庫+それ以外はリビング」のボトルもセラー保存のものとはかなり違いが見られたが、こなれた味わいでそれなりに美味しく飲めるという人もいた。このことから、やはりセラーを使わない保存はいいところ2年程度が限界ではないかと結論づけた。
<9号>今までの検証結果について、徳丸編集長との対談。
<10号>2年間ずっと冷蔵庫で保存したボトルを検証。
→セラーに保存したものとあまり差がない状態をキープ。いろいろな言われかたをする冷蔵庫だが、1~2年以内の保存であればよほどの極端な環境下でない限り全く問題ないだろう、と結論づけた。
以上の結果を要約すると‥、
1.昔から言われている『北向きの押入れに保存』というのは、現代の密閉度の向上した現代の家屋事情や地球温暖化による夏場の高温を考えると、一般化しずらいものがある。
2.ではどうすればよいのか、ということだが、単純に状態をキープすることで言えば、冷蔵庫に入れっぱなしにしておくのがベスト。しかし、通常一般家庭で、年単位で冷蔵にワインを入れっぱなしにしておくわけにもいかないだろうから、より現実的な方法として、『通常はリビングに保存し、夏場は冷蔵庫に緊急避難』させるのがよいだろう。
3.いずれにしても、セラーのない環境で、ワインを保存するのは、よくいって2年、できればひと夏程度に留めたほうがいいだろう。
ということかと思う。
さて、最終回にあたる今回は、「セラーで寝かせて保存したボトルと立てて保存したボトル」の3年後の違いを検証したい。
ここで今一度、「立てて保存vs寝かせて保存」論争のおさらいをしてみよう。
~一般的に「ワインは寝かせて保存したようがよい」といわれている。その根拠となるのは、液面とコルクが常に触れていることにより、コルクが湿った状態を維持できること、その結果、コルクが乾燥して縮むことがなく、長年に亘って空気の侵入を防ぐことが出来るということだと思う。
~しかし、これについては異論も多く、立てて保存しても問題ないという識者の意見も少なくない。
~たとえば、ワインボトル上部のコルクと液面との隙間(ヘッドスペース)は、常に湿度90%以上の状態となっているから、よほど極端な環境でない限り、立てて保存してもコルクが乾ききってしまうということはない、という説は説得力があるように思える。
~米国のワインジャーナリストであるマット・クレイマー氏も、その著書「ワインがわかる」の中で、横に寝かせることの必要性に疑問を唱え、その論拠として、
1. ハンガリーのトカイ・エッセンシアやバローロやバルバレスコの多くは伝統的に立てて貯蔵されてきた。
2. 英国のロング・アシュトン研究所の研究によれば、2年経過した後ですら、立てて保存したボトルが抜栓時に骨が折れる以外は目に付く差異を感じないという結論だった。
ということを挙げている。
このテーマについては、前述のとおり、当連載でも4号(1年後の検証)と7号(2年後の検証)でそれぞれ検証したが、4号では評価保留、7号でもややボトル差と思しき違いが見られる、など、すっきりしない結果に終わっている。今回検証するボトルは、セラーで3年、それぞれ立てて保存したものと寝かせて保存したものである。最終回ということもあり、白黒はっきりさせたいところである。
<検証のあらまし>
~当日参加したテイスターは徳丸編集長と編集部2名、それに私の4名。~セラーの中で3年寝かせておいたものと立てておいたものを比較。また、今回は、最後の検証ということで、参加者たちがみな残されたテーマが何かを知っていたので、あえて隠しだてせずに、ボトルの素性をオープンにして検証を行なった。
~用いた銘柄はいつもの通りミシェルグロの99ニュイサンジュルジュ(村名)と99Ch.タルボ。
<結果> ~3年間立てて保存したボトルは、寝かせて保存したボトルと比べて‥
| 違いがある | わずかに違いがある | わずかにあるが気にするレベルでない | ない | |
|---|---|---|---|---|
| |
● | ●●● | ||
|
ボルドー
|
● | ●●● |
さすがに3年経過しただけあって、ブルゴーニュ(99ニュイサンジュルジュ)の方はほどよく熟成感が出始めていて、素直に美味しいと言える味わいになっていた。ボルドー(99タルボ)についても、オーキーな香りがだいぶ後退して、まだまだ強いタンニンを残しながらも、早すぎるということはなく、若飲みスタイルの人であれば楽しめそうな味わいになっていた。
肝心な立てたボトルと寝かせたボトルとの違いについては、4人中3人は違いはないと答えたが、1名はわずかにある、と答えたように、やや微妙な結果となった。全く違いがないか、と言われると、わずかに違いがあったような気もするのだが、私自身は、これをボトル差だろうと解釈して「ない」と回答した。
というのも、通常言われているように、ボトルを立てて保存した結果、「コルクが乾燥して、生じた隙間から空気が入る」のであれば、想定される変化は「酸化」であり、テイスティングすれば、大なり小なり、我々がよく経験している酸化のニュアンスを示すはずだが、今回検証したボトルには、そうしたニュアンスは全く見られなかったからだ。
ということはすなわち、(ボトル差に起因する味わいの差はあったとしても)ボトルを立てて保存したことに起因する変化はなかったと判断してよいのではなかろうか、というのが当日検証に立ち会ったテイスターたちの結論である。
また、抜栓したコルクを改めて確認してみると、3年間立てっぱなしにしておいたボトルにおいても、コルクの下部はしっかりと湿っていた。これは私たちにとってもやや意外だったのだが、やはり保存する場所が十分に湿度が高い環境であれば、コルクがそう簡単に乾ききってしまうものではないらしい。
ところで、このテーマに関しては、今回の検証結果を待つまでもなく、前述の通り、著名ジャーナリストやソムリエの方などが「立てて保存しても大丈夫だ」と明言している。にも関わらず、私の周囲を見回しても、相変わらず、横にしたほうがよい、と頑強に言い張る人が多いのは不思議である。
なぜだろうか、と思うに、そもそも立てて保存する、というのは、今回我々が行なったように、セラー内のようなワインにとって最適な環境下で立てて保存するケースは極めてまれで、「立てて保存」=押入れや茶箪笥など、温度管理されていないところに置かれることが多いからではないかと思う。高温や光、極端な乾燥など、他の原因による劣化を、「立てて保存したのがいけなかった」と思い違いをしている人が多いのではあるまいか。まあ、これはあくまで私の想像なのだけれど‥。
もうひとつ、百貨店などの陳列棚で、「あそこの店は立てて保存しているからよくない」「ワインをわかっていない」と揶揄されることがあるが、今回の結果からすれば、実際は、まず問題にならないと「安全宣言」してもよさそうだし、店側もそれを経験的にわかっていて立てて保存しているのだろうと好意的に解釈してもよいと思う。
長くなったが、これで当連載も終了である。
創刊号の冒頭で、私は自分の家の茶箪笥に6年もの間置き去りになっていたシャルドネがすばらしい熟成を遂げていたことについて、「バッカスの悪戯だったのかも‥」と書いた。連載を終えた今、改めて振り返ってみると、あのときのボトルの状態は、我々が検証したもので言うところの「リビング保存」の上出来な部類だったのだろうと解釈できる。セラーで保存したものと比べれば別物となっていたはずだが、促成栽培よろしく熟成が進み、一方で果実味が枯れ果てていなかったので、それなりに楽しめた、ということなのだろう。長期の保存にも関わらず、比較的状態がよかったのは、夏場終日、滅多にエアコンを切らない環境下にあったことが大きな要因だと考えられるが、そもそも出自が現地からのハンドキャリーだったり、アルコール度が高くボディがしっかりした銘柄だったということも好ましい方向に寄与したのかもしれない。しかし、こうしたケースは例外中の例外なのは言うまでもない。わが国の夏場の気候を思うと、偶然の産物としてすばらしい熟成を遂げたワインに遭遇するということはほとんどありえない、ワインを美味しく飲もうと思ったら、それなりのケアをしてやらないといけない、ということを、何度も痛感させられた当連載であった。
もっともバッカスの悪戯はなかったが、ご加護はあった。それは、3年間で2ケースという本数を抜栓したにも関わらず、一本もブショネに出くわさなかった、というありがたい事実である。
(05.8.19)
【過去記事】川島なお美さんの訃報に接し… 2022年04月13日
私のワイン履歴その2(RWGコラム拾遺集) 2021年07月17日
私のワイン履歴その1(RWGコラム拾遺集) 2021年07月16日
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