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ピンクという言葉のまえに桜はあった。花びらの存在。仮に生まれたばかりの人間を二十年間コンクリートにかこまれた部屋で監禁し、春のあるとき外界へつれていく。はじめてみる世界にその人間はとまどい、そして、おびえ、人々の目の輝きに不思議さを感じる。左右に動かす首が自然にとまる。目の前のつややかな木の幹を前にし体は静止する。何の力ともなくあごが持ち上げられる。さわやかな風にゆられた花びらが目に入り、ゴゴンと目を通り背中から衝撃がぬけていく。 指をさす。夫婦がまだ春の象徴の色をした皮膚の赤ん坊をかかえ、桜のさく公園につれていく。その坊やはそよ風の中母親の腕で寝返りをうち、ふいに目をあける。ぼやけた視界の中で花びらが手をふっている。坊やは手をふりかえし、やがて指をさすことを覚える。 覚えるとは進むべき道で、ひとつの段階、一歩がそのことである。母の顔を覚える。ドクンドクンと打つ脈は山々を流れる清流は雫の集中であり、物の集中を分解することが固体の存在をみとめることであれば桜の開花もまたおなじことである。母の中にいた、あの数ヶ月。感じる音と色は薄いタラコ色。分解すればタマゴとみれるがそれを集中し膜につつまれたものをみると「タラコ一個」になる。そんなタラコの本当の感動は口の中に入りその中で散っていき名残惜しむことで感動が生まれる。桜も同じく満開のときは一目で満足し、花より団子の言葉どおり美味や異性に意識が傾く。そんなひと時がすぎ、気づくと木にボリュームがなくなっている。皮肉なことに満開のときより桜の存在に感謝している。 バランスを崩すときが、あたりまえに保っていたものへの感謝や絶望を感じるときだ。 さくら祭り大会で感じることは単に試合をするだけではなくその旬のものを吟味し大きく影響されその空気を吟味することにある。するとルールなどがバカらしく思え、本当の調和が生まれると思うのだ。 後日写真をおりまぜたかたちでブログで競技の成果について発表したいと思います。
2006年04月29日
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ぜひ買ってください。わたしは未確認。
2006年04月09日
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I道場のS範士が、オーストレイリアの数日間について語ると決まって「オーストラリアの指導陣を中心に躰道の大学を作りたがっている」というお言葉がある。 飛行機が着いてすぐに大会があったということだ。先生の話題では創作法形についてだった。国際大のT選手がよかったというふうにおっしゃっていた。優勝は私が実戦で二度負けた掛け橋君だとか。そうとうな盛り上がりをみせた大会だったということであった。この次の海外は絶対一緒にいくぞと背中を押されたきがした。二万円ずつ貯金をはじめる私。 後日、審査会という形で日程は進んでいく。オーストラリアのことを話す先生はとにかく躰道大学ということだった。現時点で目的達成というわけではないかもしれないが、そういった思想を行動にうつしている人間がいるということに深く感銘をうけたのだと思う。 全てのものごとにおいて我々が教訓にするものといえば「歴史」でしかない。つまり過去。今、起きた事柄。 こういった時間に制御されて何かを学んでいく。ところが、ここで新しいことがある。それは『時間の先取り』だ。これから起こる事を予測……、いや、計画、いや。そう、創造することによって時間をさきどりできるのだ。一旦、頂点にたったものは、自身を敵として観る。つまりは客観視する。してみて、自分の弱点を探し、脳内の戦いで過去の自分に創造の自分が打ち勝つことができる。すると、攻撃パターンをよみマニュアル化されたものを一網打尽にできる。 躰道大学。宗教学校にも似たものに思えるが、人材派遣学校、信頼一番でおくりだせる学校になると思うな。人間の本心、裏表。陰と陽。それらを正直に公表できる。就職後、そういったものこそが教育期間の短縮になり本当の意味で即戦力になるのではないだろうか。
2006年04月05日
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よく小学校の国語の時間でこういう質問がある。ある随筆や小説の授業中、「作者の言いたいこと、つたえたいことはなに?」こう先生が質問をする。正解をもらうのはイチローの打率より低いだろう。私は思う。言いたいことを伝えられない作者に責任がある。と。 生徒に考えさせるために、わざわざ分かりづらい物語等を選んでいるのだろうか。だとすればおもしろくもないものを読ませられる生徒は進んで本を読みたいとは思わない。文部省の悩みである【活字離れ】はおもしろくもなんともない、分かりづらいことを押しつけているから、どんどんそうなっていくのであると思う。 音楽はどうだろうか、先日道場の子供が吹奏楽のコンクールかなんかの演奏をCDにしたものをかりた。小学生の部だったが、どうあれ、風景はみえた。音楽素人、方向音痴の私が風景を感じたということは国語の時間で言う「筆者の言いたいこと」を当てたのと同じ意味のような気がする。 音を楽しむ。屁をして笑うこともあれば、生まれてはじめてピアノに触れるとき。こういう瞬間が音楽なんだと思う。あとは思い出。『思い出』と言ったのはあのときの苦しい思いを忘れてCDになった自分のソロパートを聞いたとき。涙がじわっとわきでてくることだろう。 躰道の鍛錬も同じなのだと思う。我々の道場が団体出場を目標とし精一杯頑張っている。その兆しも大いに……。稽古をしている連中は大変かもしれない。しかし、大会というものはどうだろう。特別な思いをして出場するものだ。音楽で自分の楽器を持ち、自分のできること、すべきことをする。楽器に魂が込められているか。どうだ。たましいというのは技術を磨き演奏するのがまちどうしくてしかたがない。常に貪欲になる気持ちになったとき自分の心の中から浮遊してくるものではないかと思う。 一つの技、展開競技なら五技の一種。もしくは主役。その役目を全うし、武道として演技し終える。するとどうだろう、勝ち負けよりもっとちがうものがみえてくるのではないだろうか。 音を楽しむ。 音楽 国の語り。 国語 部の道。 武道 躰こそ道。 躰道 武道家の瞬間と余韻。 武芸 ありつづけるものとは人が欲し、人に影響するものである。ありつづけながら人に目をそらされつづけるも一生。どんな形であれ人体の動きに影響があった事実には変わりはない。 この文章は誰かのために書いたのではないから誰かに礼を求めるものではない。 ユニコーンというかつて奥田民生らが所属したバンドで大迷惑というのがある。その大迷惑のビデオがオーケストラバージョンになっていた。自分も何かの機会あって催し物をしたときは、黒い服を着ていただき、どこかの吹奏楽部にオーケストラになっていただきたい。そのときのリクエスト曲は『スタンド・バイ・ミー』『マーチ(電気GROOVE)』『ダイヤモンド』『花(オレンジレンジのと石嶺聡子が歌ったもの』。 あのときのあの年代のあの思い出。だからこう想う今のあの年代への想い。同じ名前のあの年代のあの想い。略して念代。
2006年04月04日
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やる気と吸収力。大きなものがあるな、と思った。合宿に集まった学生は北里三陸と東北福祉のメンバーだった。稽古は真剣さがひしひしとつたわってきたが、そのあとの会議、意見交換会のときに学生の口からポツポツとでたことが少々気になった。それは「まんねり」という言葉だ。 マンネリとは字引で「マンネリズムの略である。一定の技法や反復慣用し、固定した型にはまって独創性と新鮮さを失うようになる傾向」とある。 伝統の稽古法にマンネリと言ってしまうのはどうだろうか。そういう思いは個人の自由だ。だからダメともイイとも私は言わない。 私が学院大で定点鍛錬の基本技を繰り返しながら、学生にこういったことがある。「一の号令で、一歳児から五歳までの感覚でやってみろ。二の号令で六歳から十歳。三の号令で十五歳前後の思春期のときの感覚。四の号令でそれ以降の二十歳をすぎたあたりの感覚。そして、五の号令でこれまでの集大成、つまり自分自身ありのままでおこなってみろ」 思考、判断、方法、結果、反省とあるが、現時点というのは到達点にいる人間でない限り【反省】をしていると思う。つまり、自分に嫌悪感を抱いたりしていると思う。そこで止まってしまう人間も少なからずいるが、少なくとも躰道の修練に努めている人間は【反省】から【思考】に移行しているのではないかと思う。だから、一本、一本の技を繰り出しながら、一つ目はヤンチャに無意識にもしくはモノマネで行い、二本目はわがままを制御しないと和(輪)の中に入れない年齢、ということはルールなど決まりを守る(基本技で言えばドウコウゴカイを意識する)三の号令は、もっと自分だけの世界、自分ならでは、自己主張や好き好みを優先的に技にあらわす。四本目は二十歳前後となり自分が進むべき方向性を探し始めるころ、技の意義を知って、その効果はいかほどかを意識する。五本目にその集大成、これは、自分の現時点での技が何歳かしることができる。つまり技を繰り出す人間の精神年齢が解る。 誰かの真似か、独自の世界観をもつか、反発をするのか、方向性をみいだしているのか。それとも極めているのだろうか。 マンネリの中には何も意識をしていないということが陰にあって反復稽古をしているのではないだろうか。そう思う。 一本を取れる技。これを毎日のようにだせれば、それはマンネリではなく満足を通過するのではなかろうか。あくまで、通過で、そのあとは通過したあとに見て知ればよいと思う。私は満足もなにもしていない。ようやくドウコウゴカイを意識し始めたところだから。基本技の反復稽古だけで時間がよう足りん。
2006年04月03日
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ただいまかえりました。岩手躰道協会のみなさん、これからもがんばっていきましょう。
2006年04月02日
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辞書で【モルモット】と引く。でてくる答えはテンジクネズミ属の一種。各種実験用に改良、ともある。そして、比喩的に、実験される人。というふうにもあった。 ガンの研究のみならず、煙草の影響をつたえるためによくモルモットとよばれる目を赤く光らせた白いネズミが飼育されたクリアケースに煙草のケムリが投与されることがある。そのことをかわいそうだとか言うつもりはない。しかし、そのことによってネズミにもたらされる事実は本当にかわいそうなものだ。早期死亡である。 逆に、そういった障害やストレスを与えず、バランスよく食事や水分補給をしていけば平均寿命を超えた年齢まで生きていくだろう。人間の特に日本人の寿命がそうなったように。 アメリカ人に守られた日本人。カゴにかわれた日本人。コンスタントに餌を与えられ生産を抑えられ投与された日本人。ただし、君主国家から抜け出したことの事実はある。それでも、飼い主がかわっただけのような気もする。 私はシルバーアロワナとポリプテルスという熱帯魚とグリーンドラゴンという爬虫類を飼育している。飼育を。かわいがっている。みているだけで数時間も過ぎる。その生き物に何らかのストレスや悪影響があると判断するやいなや、私はそれらを取り除く。現代の親が我が子にふりかかる火の粉を完璧に振り払うように。実際に悪影響ではないことでも振り払うことが多くある。私も生き物に対し過剰ともいえるそうした保護をする。 一生手元において、そのカゴから水槽から逃がさないようにするのならばそれでも問題はないと思う。ただし、人間はいつかは巣立つものであり、じょじょに外の世界にならしていかなくてはならない。今日の午前中NHKの番組をみて特にそういう思いをした。それはオジロワシという尾の白い鷲のことだった。オジロワシの母親は雛に餌を与える。当然のことだ。人間の親が乳を与えるのと一緒のことだ。その鷲の母親はあるとき、獲ってきた餌を与えずに巣から少し離れた場所の枝にとまり腹をすかし鳴く雛に近寄ろうとせず動きをやめた。私はどうしたのだろうか?と考えてしまった。その答えは簡単だった。それは母親が判断した巣立ちのときで餌を持つ母親にむかって羽ばたかなくては生きていけないとなることを教えた瞬間だった。 自然界では巣立ちのタイミングに大きな変化はないと思うが、人間界、ことにアメリカ、日本のように高度成長をとげて多種多様な文化の刺激をうけて、統一感に乏しい世の中だからこそ、それらの変化に対応していきていかなくてはならない、と私は考える。 ある年代は高度成長の真っ只中でボンボンに育てられストレスなく生きてきた。ある年代は食べるものもなく物をかっぱらってでも生きてきた。 どういった親に育てられ、その感覚を植えつけられてきたのかを考える。すると、現世の中の事実に今の子供たちは保護者なしで行動をすることは難しくなってきていると思う。社会にでると田舎をでて密度の深い地域に根ざそうとする若者が増える。そうすればするほど多様な考えの中で我が子を育てることとなる。はたして、巣立ちの儀式を行えるのだろうか。その時期を誤ることはないだろうか。 自分の子はモルモットだろうか。オジロワシだろうか。少しずつでも自分の足で歩かせ世の事実を伝えそれに対応させる努力はしているだろうか。 人間はストレスや障害を乗り越え生きていかなければならない。その一つの家族が王国となり、権力で生きていかない限りは。 人はペットとは違う。 洗脳。洗礼。それらをボンボン家族の方針でしてしまうのか、これからの世の中の流れを先取りし、一人きりになっても生きていける精神を段階的にレベルアップする方針でしていくのかを判断し、自分でやっていくのか他にゆだねるのかはその保護者の判断によって決まる。オジロワシをみてこう思った。
2006年04月01日
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