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少年少女、一般共、個人戦入賞を果たしたのが渡波では二名。惜しくも負けた選手は私を含め数人いる。勝ち上がった選手とはどこか何かの違いがある。それを何かのせいにしていては来年も何かのせいで負ける。 入賞を情けない話、私は一つの勝利と思っている。等の本人はくやしいだろうが、私としては三位でも準優勝でも嬉しい。決定戦の場所に立てただけで、すごくうれしい。それは、優勝する内容の練習をしていないこともあるし、ものには段階があって、その順序を間違えると、勝ちは手にしてもその先の何かが狂ってくる。個人実戦で館長を倒した掛け橋選手は何度も舞台に立ち、それでもつかめなかった頂点をようやく手にした。私らが想像を絶する努力をしたに違いない。勝ったことによってその団体はさらなる成長をするように思う。ただの勝ちではなく、本当の価値あるものだったと思う。そういったことを私は子供たちにも願う。テレビやなんかをみてもわかるように、親や政治家、先生がでてきて無理矢理勝ちをもぎとるようなことは、それらの人生を壊すことにしかならない。自分が努力するから周囲は支えたいという欲求が生まれるのだ。それを知ってほしい。二日間を通して、mの二回戦(和歌山の選手)が私の目では安心ならぬ観戦であった。二対一で勝ったときには心底ホッとした。決勝戦ではこれまでで最高のものを観ることができたし、初めて館長の法形を見たときの次くらいの衝撃があった。負けた試合だったが、本当に真剣にがんばったと褒めたい。Tの三位は準決勝での危なっかしさをみじんも見せずに取れた。Mの話をもちだせば、Mの決勝の集中力を身につけることができればこれからの困難に面白みすら感じて望めることだろう。順位は素晴らしいが、これからの厳しさに負けぬようなら変化もあろう。 団体戦。少年少女の団法と展開。どちらもよかった。最高にやった。展開の順位はハート(渡波気質)で二つ三つ順位を上げただろう。団法は個人個人の意識を高められないままの演技だったと思ったが、試合度胸はついているようだった。いざというとき強いだろう。ただ、基本の構えが悪すぎるのと個人出場者も同じで下半身の強化が求められる。親の過保護を振り払ってたくましくならないと、問題は解決に向かわない。消化できる分を食らい、排泄する。排泄物(うんこ、おしっこ)がでなくなるほど、エネルギーを燃やせ。 団体実戦。少年少女はKがでてたが相手の負傷により勝利。負傷するまえにくりだした捻技は褒めたい。てか、褒めた。 一般のほうは、メンバー紹介から入る。ゼッケン一番A木。二番M浦H。三番天空の城ダチュラ。四番松U。五番Y信。仲間以上兄弟未満だ。 一回戦、広島戦。結果は五勝無敗で勝利したが、一本勝ちしたのは二番と四番の二人で、圧勝とは程遠いものだった。相手の実力も癖もまるでわからないので作戦の組みようがなかった。作戦の全てを私が担当したが、このときは、先攻の順序で行ってみた。結果がいいほうに転んだ。そして、第一鬼門といっていい山梨戦。メンバーを見る。勝つ確率を計算するも、算段がうまくいかない。どうすっぺ。S本弟はA以外の誰がやっても勝てそうに思わなかった。後攻で、旋技に同じもち技をあてるのは心ぐるしかったが、しかたがない。これが作戦。そして結果は正直予想以上の引き分け。 D息子がでてきたらYをだそうと思っていた。過去、さくら大会で二回対戦し、一敗、一引き分けと分が悪いはずだ。これが引き分ければ絶対勝つと思っていた。作戦なので強気の予想はしていなかったのが正直なところ。次鋒戦では後攻の我々から先に選手を立たせる。H先輩に頼む。「絶対に白熊がくるはずだ」と決めてかかってのこと。私と松uが合計三度戦っているから互いにやりづらくなる恐れがあった。対彼は渡波の三戦二勝一敗。飛燕突きだけ気をつければ絶対に負けないという自身があった。結果は負けたが、それ以上のものに火をつけた。勝利への火を。その内容は松uの言うとおり私以外の感動した人間の言葉を待ちたい。 中堅戦。出てきた。D息子。Yしかいない。結果は負けだった。ビデオを何度も見たので、Yへのアドバイスを書く。着眼の遅さが勝敗の切れ目だった。センジョウ蹴りなど、相手の離れ際や、動後、カウンターぎみの技で、どうしても腰の回転に着眼が負けている。下半身の安定は上半身の安定が必要。その逆も同じ。 副将戦。相手はD父とS本兄。松Uが、あんたがD父と戦ったほうが確実と言ってきた。正直言うと、S本兄と勝負をしたかったし、彼を私が倒すと精神的に楽になる気がした。山梨では白熊とS本兄に絶大な信頼を置いていたと思ったし、向こうが私とS本兄をやらせたい汁が目に見えてでていたのであった。仮に松Uが四番手をつとめていてもD父が出てくると思っていた。先にS本兄を倒すことが勝利への精神的リードにつながると思っていたし、D父が私をやりにくいと思っていると仮定し、それ以上のクールさをもっている松Uが負けるとは一つも思わなかった。S本兄は一昨年前のさくら大会で私を知ったようだが、私は彼が高校生のとき法形二連覇、実戦二年連続の準優勝をかざったときから見ていた。絶対にやりたくない二人だと思った。もう一人はもちろん白熊君。結果、どちらともやって勝った。私が無名で彼らが有名のさは研究深さの差があったのかなと思う。 大将戦、予定どおり勝ち。ここが予定の狂いどころなら作戦の段階から負けだったのだろう。作戦に不備はなく、勝てた。どこまでも相手のペースにのらない松uのなせる業。D父と戦ると、つい合わせたくなる躍動感をもつベテランらしい戦いかたをするが、スタミナとスピードが桁違いだ。そういった情報を「あっそ。で?」みたいに聞き流す男こそが勝てると確信を持っていた。あと、松Uは舞台の大きさに比例して力をだすところがある。予選の二回戦。二敗一分け一勝、ときて、絶対に勝たねばならぬ場面、普通なら不安がつもるところだろう。しかし、彼は小学生の実戦日本一。翌年、中一で中学実戦三位、いいわけすると準決勝の相手がそのとき三年のKN淵選手だった。そんな男に不安をいだくほうがむずかしい。昨年のさくら決勝で同じ状況があった。二敗一分けの場面で私が一本勝ち。大将の彼が足がらみで今年高校生チャンピョンに一本勝ち。代表戦で私が勝って優勝。そのときとほぼ同じ戦略だった。 本当に考えて、正攻法を選んで、そのとおりことが運んだ。「スラムダンクのさ、なんだっけ、一回戦で優勝候補に勝って二回戦ボロ負けのやつ」「あー、山王と湘北がやって、勝ったと思ったら二回戦で愛知だかにまけたやつな」 この会話があったのは全日本前日。黒豹(松U)と私。これからはもっと自信をもって、相手に恐れおののくことなく優勝をめざしたい。 このあと、神奈川代表に負け、三位決定戦の城西に負けて四位に終わるが、私の誇る先輩の存在が魂が、全日本選手、それを目指す選手を何らかの形で浄化もしくはパワーアップしたことを確信し、キーボードを叩き終えます。 みなさま、ありがとうございました。
2006年10月31日
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カナ変換からローマ字に戻す方法がわかりません。だれか、お助けを!
2006年10月30日
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タイトルの響きは「ぜんにほん」 それほど意識のない中で今日の出発を迎える。 全日本にちなむ話をどうぞ。 『中学二年の女の子がいました。いる場所は枯葉の姿がチラホラ見える道路です。散歩にでる前は西の空がまだ紅かったのですが、もう、すっかり暗くなりました。しかし、さほど怖くありません。一緒にサンタがいるからです。サンタはフカフカの毛でおおわれた中の上型犬です。ロープを手にグルグル巻いているので歩くたびにサンタの横っ腹が女の子のひざとぶつかります。かといってロープをゆるめていてもサンタはひざに腹をあててきます。一心同体とはこのことでしょうか。サンタが急に立ち止まって女の子は跳び箱の直前であたふたするように犬の腹に両ひざをぶつけて立ち止まりました。こころの中で「こら!サンタ」と言いそうになりましたが、やめといてよかったです。女の子の鼻先をかすめるように無灯火の自転車が猛スピードで通り抜けていったのです。振り向いてその自転車をしばらく眺めました。マフラーをなびかせバランスをくずしながら信号無視をして自転車をこいでいきました。サンタが甘えるようなおかしな声をだしているのに気づき、女の子は腰をおとしてサンタの顔をみました。サンタは舌をだして左前足をちょいちょいと浮かしていました。通り過ぎる車のライトをたよりに女の子はサンタの足を注意深くみました。薄っすらですが、黒っぽい跡がついています。さっき、女の子をかばうためにサンタの足がひかれてしまったのです。サンタは家のほうに向かって歩き出そうとしています。女の子はサンタを歩道の端によせ、首をムギュッとだいて心の中でささやきました。「少し休も」すると返事をしたようにサンタがクーンとなきます。女の子はめじりに涙をたずさえますが、それをがまんしてサンタの首にグリグリ顔をうずめます。女の子はだんだんお尻が冷たくなってきました。そろそろいかなくてはと、思ったときです。サンタにうずめた顔に首輪以外の金属があたるのを感じました。女の子は目を開けてひざ立ちでサンタの首もとをさすりました。その金属をつまむと一円玉をさわったときのような、いえ、それよりもっとスリムな感触があって、何かに似ているなと思いました。そう。ファスナーです。女の子は一瞬おもしろく思いました。しかし、サンタに悪いのでこらえました。それでも、ファスナーのつまみみたいな感触がどうも気になります。おもいきって下におろしてみました。すると、ほぼ治ったカサブタでもはがすように簡単に取れてきました。嫌な感じがしました。目の前のサンタが水溜りのように伏せてしまいました。女の子は背筋が凍り、あわててサンタの腹に手をやりました。手が吸い込まれるようでした。サンタの体の中身がまるでありません。まるで雪男のジャンパーです。女の子は、殺しちゃったのと毛皮になったサンタに顔をうずめました。サンタの毛が涙を次々にすってくれます。泣きながら、漫画のみたいに涙で生き返るとかはないのかなと思いましたが、あの大きいサンタのガタイの感触はよみがえりません。女の子はしばらく泣きましたが、やがて恐る恐るサンタのお腹に手をいれてみました。そして、考えました。さっきのファスナーが原因だったのかな?お腹の辺りをさぐると金属のものが当たりました。さっきのアレです。思い切って一気に首までファスナーのつまみをもちあげました。女の子はでっかい風船におされたようにやさしく尻餅をつきました。ほっとしました。すると現実が急によみがえり、こんなに遅くなって親にしかられることを考えました。ホッとしたり、あせったり、混乱した女の子はロープを引っ張って「サンタ、いくよ」と声をかけました。いつもより重く感じて、大事なことを忘れていた、と振り返りました。サンタは左前足をピョコピョコさせています。女の子は何度も心の中でゴメンを言って、叱られる覚悟をきめました。ゆっくりかえろう。そう決めました。ゆっくりでもサンタは苦しそうでした。でも、女の子にこんな大きな犬を持ち上げる力はありません。あ。そうだ。女の子は落とした目ん玉を急いで探すようにかがみ、サンタの首をさぐりました。あった。思ったときには腹までファスナーをおろしました。やはり、さっきみたいに毛皮へ変化しました。こうすれば抱いていける。そう思いましたが、歩いてみるとサンタの頭が重くて、ゴンゴンと固い地面に打ち付けます。かといって、首を持てば体が地面にすれてかわいそうです。閃いたのはオンブでした。おぶっていけばいいんだ。おぶるとサンタのアゴが女の子の頭をコンコンとうちます。前足と後足がプラプラしています。女の子は汗が冷えてきて寒気を感じました。サンタの前足に手をつっこみました。とてもあったかいです。もう片方もつっこみました。やはりあったかいです。足も入れてみました。顔も入れてみました。閉まった店の鏡で自分の姿をみました。すっかり犬ですが、立っているその姿には笑いがこみあげます。お腹のファスナーがパックリ開いているのがものすごく情けない。女の子は短い前足をつかってなんとかファスナーに手をかけて引き上げました。すると、急にバランスを失って立っていられなくなりました。慌てて両手をついて反応します。左手に激痛が走りました。痛かったのは手の甲です。まさか。まさか。と念仏のように女の子は繰り返し、痛みのないすでに前足になった右手で首もとのファスナーを探しますが、みあたりません。涙が出てくるのに反応して女の子は「ゥオーン」と動物のような鳴き声をだしました。家を目指すしかありません。とにかく、帰れば両親が助けてくれるだろう。家について、お母さんと玄関で呼びかけているつもりが自分にも「ワン。ワン」としか聞こえません。でてきたお母さんが自分になんとよびかけているのがよく理解できません。自分の家にどれだけの人が集まったのでしょうか。クラスの仲間、先生。小学校の旧友。女の子は自分の知っている人間全員があつまったように思えました。自転車でだれかがきました。自分の好きな人でした。マフラーをなびかせてとばしてきます。自転車をおりてこっちにきます。男の子は女の子の首をギュッとだきしめました。見た目はサンタだから、さっきはゴメンとあやまっているのでしょうが、女の子は不幸中の幸いだと思ってまた泣きました。誰の声も理解できなかったのが理解できてきました。「あれ、なんだ。このファスナーは」』 自分の信じる何かと一体になったとき現実が奇跡をもてあそぶ。さて、大会がんばりましょう。
2006年10月27日
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緊張した蛇が唾液と一緒にうっかり奥歯の毒を飲んでしまい自爆。
2006年10月27日
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その前に、何かを話してそのあとに『口止め』をする人間の話を信用できるだろうか。「~なんだってよ」「~って、あなたのこといってたよ」と言って、その後に必ず、「私が言ったって言わないでね」もしくは「本人に言うとアーダコーダ言われるから黙っててね」と口ぞえする人間が何らかの話の中心にいるとき、そんなメンバーの行く末は? そして、その話をまともに聞いて、同情したり、意気込み反発精神を持つ。そんなことを私は会社員の時代によくやった。だけど、ある日、そのことをまともに指摘されて、このままでは生きていけないと判断し、次の日から考え方を180度変えた。 自分が間違ったことをした認識がありながらも、人の話を聴きながら、それを指摘されそうなときは、それとなく話をそらす。それでもつっこまれそうな場合は「そーなんですよね」なんとか言って相手の話に合わせる。ところが、それではすまない人がいる。つまり、『いいわけ』と『嘘』と『同情させるための虚偽』をみやぶって「おまえは巧いよなー。話をすりかえて、誰かを悪者にしたり、自分の悪いところは一つもなくて」と指摘されたことがある。 過去の自分と同じことをする人間の行動、とりまきへの指示。個人の世界なら会社なら首になって終わり、いじめられて終わりだからいいものの、仲間やまして家族までそのようなことを正義と偽るのはどうだろうか。気づかない人は一生幸せ。少しでもうさんくさい、さっきの話とくいちがう。まるでちがう。と思ったら、そんな話をする人間からうけた口止めを暴露することも新世界への一歩だろう。 というところで、私も考えかたを少しだけ変えて生きてみようと思う。どうかわるかは自分にははからないが、ほんの中での一行。「人のことを批判したいと思ったときはだな、世の中のみんながおまえほど恵まれた環境で生きてきたわけではない」 これを読んだからだ。 嘘と知って、嘘をつくのがあたりまえの家庭に育つ人間に、それは違うというのは酷というもの。と思う。 ただし、期待できる人間にはそのかぎりではないと思う。
2006年10月18日
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森田まさのりと深見じゅんは大好きな漫画家で、森田まさのりの「ろくでなしブルース」「ルーキーズ」はとにかくいい。好い。 漫画、『べしゃり暮らし』はお笑いに命をかける高校生の話だ。作家、「井上ひさし」いわく、いい作品は一言でかたれると言う。 おもしろい。おもしろいのは芸がおもしろいのではなく、漫画がおもしろい。体調をくずし、休載する師の言葉だが、森田まさのりはおもしろいし、尊敬できる。 わたしが、尊敬したと思ったのはユウスケ君と昇と崇の三人しかいないが、この森田師は尊敬していた。自分がなにかの縁で漫画家にお世話になるなら、この森田さんと出会いたいと思っていた。ろくでなしブルースがとにかくいい。私は躰道という武道を習って、今、一生懸命がんばっています。この躰道を続けていけたのは前田太尊の存在があったからだとハッキリいえる。すべてが理屈じゃなく、理不尽もとおりこした究極の愛の戦士。 今、自分に迷いがあってイライラしている人や、無気力に悩む人がいたら、ぜひこの漫画をよんでいただきたい。なかでも「ろくでなしブルース」が一番。「ルーキーズ」も一番。「べしゃり暮らし」も一番。作者が一番なんだからその伝える伝えたい愛は何にも変えられないものなんです。 玄制流も一番だし、躰道も一番。人に感動、感激して初めて本当の熱中をしる。 森田がしばらく漫画を書かないことを知ったときはほんとうにかなしい。 だから、その一人の存在にすがりつく。 スラムダンクが曖昧に終わったことが、バガボンドを落としても花道をしりたい。心配だ。期待感がつのり、つのる。 あのとき、ろくでなし、ドラゴンボール、スラムダンク、個人的にジョジョがポイントゲッターだったころ。世の中をあのときの期待感にみちあふれたものにするかしないかは我々一人一人にかかる。 ろくでなしのキャラをおもいだしただけで、死んだおじいさんを思い出すようなリアルさがある。人を愛すものどおしの見えない何か。男女の枠を、家族の枠を超えた、寄せ合う肩をならべた仲間との……。何十回も読んで、n 本当に「ろくでなしブルース」「ルーキーズ」を読んで本当の人間の心、自分のありかたをしってほしいです。 本当にかっこいいとは彼らのことです。
2006年10月07日
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