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Blog 誕生日 今日はrakutenの「愈々庵気まぐれ日記」の6回目の誕生日である。60歳から70歳の間に自分で判断して引退を決められ選択定年制と云う恵まれた条件下67歳でリタイアして色々後始末も終り古希を迎えた時、何かを始めなければと半ば義務感から始めたのがこの日記である。旅行記が中心で毎日の記録ではなく、”気まぐれ” で書く気になった時だけ綴るので記入率は34.6%、つまり 6X365X0.346=758編 もの駄文・駄画像を記録したことになる。 思い起こしてみると我が人生でこんなに一つのことを続けたことはあまり記憶が無い。大体私は子供時代から病弱では無いが体弱の方で若い頃は還暦まで生きれば幸運と思っていた。予想に反して古希(古来稀な歳)まで生きてしまった。私にとっていわば付録で貰った人生の時間なのでどんなふうに生きているかの一端だけでも記録に留めて記憶を呼び起こす一助にするためのものである。人はよく記録よりも記憶に残ることをしたいなどと言うが、歳を取って来ると記録しておかないと記憶が蘇らないのである。今一覧表で確認してみると初期のブログからは写真が脱落している。前述したように記録重視のため写真を多用したが、無料の「楽天写真アルバム」がすぐパンクしてしまい仕方なく写真を削除したためである。後で「フォト蔵」の存在を知りその利用で容量を気にしなくてよくなった。他にも写真保存のクラウドサイトは多くあるが多くは同じ関連サイトのブログサイト用なので今のところ自由に使える「フォト蔵」は有難い存在である。 視力を誇った私もパソコンに長く向き合っていると眼が霞んでくるようになった。幸い指の方はまだ腱障炎にもならず健在なのであと何年かは続けられそうな気がする。しかしサッカーで云えばもうsudden deathの延長戦、次の瞬間私の人生ゲームはゲームオーバーとなっても何の不思議もない。ある日突然私だけに聞こえる音量のホイッスルが吹かれBlog更新も無くなることだろう。
2012.08.31
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御正体山 芋虫の引っ越しについては昨日のBlogに記したが、その帰り数日前まで 取り換え工事で止まっていたエレベータホールから西の方を覗くと夕焼けに 浮かぶ富士山のシルエットが綺麗に望めたので早速カメラを持出した。 山の右側はすぐ近くの大学病院、そして富士の左は駅前マンション。 30数年前ここに移って来た時には当り一面の畑や農家の屋敷森がある だけで富士に続く丹沢・箱根・天城連峰と見渡せたものだが、数年前に 左のマンションが建ってから我が家の部屋からのこの景色は失われてしまった。 残念なことにこのマンションの横幅が丁度富士山をすっぽり覆い隠すサイズなのだ。 今ではこの景色を見るのに廊下を20mほど移動して他の家の前まで 行かなければならない。 ずっと昔から気になっていたのは我が家からの富士の景色には必ず前座が映る、 これがまた富士に似た秀麗な山容を呈している。地図からこれが御正体山 と言うことは知っていたがそれ以上のことは知らなかった。 我が家の近くに江戸時代から「富士街道」と呼ばれている通りがある。 古来関東地方から信仰の山としての富士山に詣でる「富士講」の街道であった。 「富士街道」からは常に富士山に重なり合う御正体山が見えたはずである。 そんな訳で私は単純に富士の正面に見える山くらいのものだと考えていた。 たまたま今回調査してみると、どうして、もっと深い意味のある御正体の山である。 大体今まで”ごしょうたいやま” と思っていたが、実はもっと尊い ”みしょうたいやま”であった。 御正体山は山梨県の都留市と道志村の境に有る山で1682mの道志山塊 最高峰である。江戸時代、僧妙心がここに入山して信仰を広めた後ここで 入滅してミイラ化する。妙心のミイラは山中に祀られていたが明治の廃仏毀釈に よって山から下ろされ、博覧会などで展示されたのち現在は故郷の岐阜県 揖斐川町の横蔵寺に祀られているそうだ。 現在山頂には「御正体権現」が祀られている。 「正体」の意味であるが、日本の八百万神の正体はインドの仏であるとする 仏教の説。そして「権現」の意は逆にインドの仏こそ日本の神々の仮の姿と説く したがって両者は相反する概念である。相反する「正体」と「権現」を一体化した 「御正体権現」の宗教上の位置付けは不明であるが、ここにも外来のものと 土着のものを上手く融合させて自分のものとして取り込む日本人の器用さが 現れている。「和」の精神土穣の上にキリスト教の下で成熟した 「西洋の智(洋才)」を取り込んだ「和魂洋才」思想で大変なスピード感で 成し遂げた近代化は特筆すべきだろう。 山頂には一等三角点があるが、頂上はブナの林に覆われて眺望は一切ないそうだ、 国土地理院が測量に使った時は木を切ったのであろう。 その後GPS測量ではもう三角点 もモニュメント的存在でその間に森が成長したのだろう。 平成4年には皇太子殿下も登頂されたそうだが、それにしてもそんな山に 登られるとは皇太子の登山もかなりマニアックなものだと感心した。
2012.08.30
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芋虫 先日散歩中に一軒の家の金網フェンスに紫色のしっかりしたヤブカラシにも似た蔓性植物を見かけた。丁度その屋の主人が水やりに出てきたのでその名を聞くと「ツルムラサキ」と言う植物で野菜だと言う。そして成長が盛んなのでゴ―ヤやヘチマのように日除けにもなると教えてくれた。何本か先端をちぎって食べて御覧なさいと差し出された。日除けとしての用途に興味があると告げると、今度は鉢から根っこごと引き抜いたものをくれた。我マンションの東側ベランダにはエヤコンノ室外機が置いてあるが朝は熱交換機に直射日光が当たって冷却効率がを落ち、電力を消費する。世の中今や節電時代なのでツルムラサキで日陰を作り気分だけでも協力しようと云う訳である。さてそのツルムラサキの小さな花が咲きだしたので覗きこんだ時、同じ目的で手すりに這わせてある西洋朝顔の葉っぱが見事に無くなっている。 先日この朝顔に尺取り虫を発見してブログに記したばかりである。辺りを見回す今度は巨大な芋虫がいました。丁度私の手の中指くらいの大きさで斑点のある茶色の胴体をくねらせ、朝顔の葉っぱをかじって落とした枝から樹液を吸っているみたいだ。 お尻にはつんと尖がったアンテナの様なものを立てている。胴体の左側の葉の上に黒い粒が見えるがこれは彼のウンコ。そういえば昨日から急にベランダに黒い粒が散乱しており何だろうと思っていたところだったのである。幼虫が8階まで登って来たとは思えないのでツルムラサキを植え込んだ培養土の中にいた卵が孵化して出てきたのだろう。 それにしても大きくてぐにゃぐにゃしており手で捕まえようと思ったがしっかり蔓に掴まっており、気持ち悪くて捕まえられない。結局割り箸の御厄介になり捕まえたが細い蔓にしがみついているのが快適らしくツルムラサキの葉っぱに載せるとぴょんぴょん跳ねて口から今吸い込んだ緑色の食物を吐き出す。 角と間違えやすいがアンテナは尻尾である。結局また割り箸に手伝ってもらって葉っぱとともにビニ―ル袋に移動してもらい、エレベータに乗って地上に降りて草むらに移住してもらった。Webで調べてみると下の“セスジスズメガ” の可能性が極めて高いことが分かった。我家の芋助はまだ摸様がはっきりしないが間違いないだろう。Wikiによるとこの卵は数ミリんで小さく幼虫に孵化しても初期は数ミリそれが後期になると何十倍もの大きさに成長する。食用する葉っぱの量も90%以上はその終期に消費する。面白いのはその蛹は触るとぴょんぴょん跳ね西を指すと云われて ”にしゃどっち(西はどっち)” と呼ばれたそうである。 セスジガスズメ幼虫も迫力があるが成虫の蛾はもっと迫力がある。色と言い形と言いスズメと言う命名には納得である。
2012.08.29
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時刻表夫婦して不整脈を患うことになった。別に命に関わることは無いらしいが不慣れな土地で心臓がパクパクするのは文字通り生きた気がしない。そんな訳で海外旅行は断念したが国内旅行はまだ続けている。海外旅行の時は私が企画、調査、準備と一切引き受けていたが昔から国内旅行のそれは相棒の仕事である。私は各種の資料は分類してファイルしてしまっておくがそのファイルの行方を探すのに苦労する。一方相棒は殆んどの資料は段ボール箱に詰めている。ところが必要な時にはさっと相応しい資料が出てくるので批難しながらもいつも感心している。年三回の三家族でのFamily-tie旅行の手配、月一回の新聞休刊日に出かける一泊小旅行、月1,2回の2-3泊旅行と殆んど一年中旅の準備に追われている。今も隣室で去年の大型時刻表をめくっている姿が見える。。 私はと言うと地球上には旅行し残した所も無数にあるが、今は諦めてWebとGoogle Earthでサーフィンしながら海外旅行を楽しんでいる。ある有名なエッセイストの文章に生涯独房に入る時一冊だけ本を持って行けるとしたら、間違いなく大版の時刻表を持って行くと書いてあった。インターネットが普及した今は色あせてしまったが、かって私も年に一度丸善に出かけてトマスクックの時刻表を買い、Eurail guideと言う本を片手にvirtual tripをして旅行願望への欲求不満を軽減したものである。このguide本はよく出来ていて主要都市からのday tripの例が列車の時刻表と共に数多く記されている。さらに驚くことは本の出版から10年も経っているのに列車の運行ダイヤは殆んど変っておらずそのまま使えた。ミシュランの旅行案内は車でなく汽車旅行で高級レストランなど縁の無かった身には余り役立つことはなかった。やがて「地球の歩き方」が出始めたがこれも初期はヨーロッパが一冊の本でローカル線の旅には余り役立たなかった。 私が慣れ親しんだトマスクックは1970ー2000年代の上の表紙のバージョンである。この地味な時刻表にはヨーロッパ中の鉄道・航路情報がくまなく記されており、主な都市のターミナル駅の案内図も便利であるが何より便利なのが地名索引である。我が国にもJR,JTBなどの時刻表があるが地名や駅名の索引は見たことが無い。ぜひ真似してほしいものである。 現在ではもう購入していないが今私の本棚には上の表紙の2007年版がある。これとて今は殆んど使うことはないが一種の記念品として飾られている。 ヨーロッパでは市民の間に日本の時刻表の概念が無い。時刻表と言えば無料でピックアップ出来る路線別や区間ごとのポケット版だし、これで十分である。分厚い時刻表など市民には縁が無く、旅行業者だけが持つものであった。1984年イギリスのNewcastle upon Tyne駅に”New timetable available”の張り紙を見つけてその存在を知った私は窓口で購入したい旨告げると駅員は奥の方から分厚い時刻表を手にし、不思議な顔をして「本当にお前が欲しいのはこんな厚いものか」とたずね、何度も念を押されてやっと手にした思い出がある。 ドイツでは1984年当時本屋で各種のDB(Deutsche Bundesbahn)の時刻表を販売していたが乗客がこれを持っている光景は見かけたことが無い。情報量としては日本の大型時刻表ほどのものは世界中どこにもないだろう。インターネット時代であるがわが相棒は今だこのファンで年一度購入して常に身近に起きクリスチャンのバイブルのように愛用している。
2012.08.28
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上高地大正池昨日の朝日新聞朝刊によると「大正池が危機」とある。この景観を守るため東京電力が毎年一億五千万円ものお金を使っているそうだ。下流にダム発電所があり、その調整池としての役割をもたせるため土砂を浚渫(しゅんせつ)しているのだそうだ。大 正池は大正四年(1915)の焼岳の噴火で梓川が堰き止められて出来た上高地の湖で典型的な堰き止め湖である。今まで多くの湖を見てきたがやはり大正池の 景観はずば抜けている。昔の写真と見比べると狭く浅く、砂漠の水溜りの感がするがあくまでも清い水の浅瀬のため支笏湖や田沢湖のような深い湖とは全く異な る印象の湖である。穂高連峰の岩山から雪が削り取った岩屑が毎年膨大な量大正池に流れ込み、湖を満たしている。堰き止め湖ー湿原ー平原ー高 原という一連のの変化は自然史そのもので、尾瀬ヶ原や日光戦場ケ原に見られる自然界の自然な変化である。なだらかな山は雪や雨風に侵食されて渓谷を刻む、この自然 現象を「自然景観保全」と称してコンクリート製の堰を造って「自然破壊」をしているのも我々である。人間は実に勝手気ままな生き物である。「破壊」を「保全」と言 い換えて自然現象を無視し我が身の保全だけを図っている。まあ人間も自然の構成員と考えれば不思議ではないかもしれない。話を大正池に戻そう。 昭和三年にこの大正池からパイプラインで水を導き霞沢発電所が稼働している。昭和三十年代から東京電力がこの梓川・犀川電源開発に乗り出し、昭和四十四年(1969)に奈川渡ダム、水殿ダム、稲核ダムと大規模な発電ダムが完成した。 そ こで調整池保全目的で有り余る資金を持った東京電力が毎年一億五千万円の大金を投じて大正池を浚渫して「保全」して来たわけだが、原発事故で苦しむ東電がどう出るかが注目されている。今までは一種の社会貢献として持続してきた訳だが、乱暴な話大正池が干上がっても下流ダムの貯水には対して支障はない気がするので国に代替わりしてくれなどと言い出しそうである。私としてはあのあの美しい景観を維持したいので少々の税負担は受け入れようと思っている。 昭和三十年代まで尾瀬ヶ原は近いうちにダムに沈むと信じられており、「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空ーーー」 と歌われる景色を記憶にとどめようと夜行列車を乗り継いで尾瀬に詣でた人も多いはずだ。実際今でも尾瀬は大部分の地域東京電力の所有地だ。 当時人々が泊まったのは元々東電が管理用に作った東電小屋であり、現在でも東電小屋派設備の良い小屋として多くのハイカーに利用されている。一方大正時代この尾瀬を守ろうと一人乗り込んで小屋を立、身を張って保護運動を展開したのが長蔵小屋の平野長蔵である。この小屋も三代にわたり受け継がれ今も健在である。尾瀬の山小屋に風呂論争が起こったのも記憶に新しい。普通山小屋に風呂は無いが尾瀬には清水が無尽蔵にあり、現代のハイカーは風呂の無い小屋を敬遠する。現在ではしっかりした浄化装置を設置して、石けん・シャンプ―・歯磨きペースト禁止で風呂を備えた山小屋が多いと聞く。 平野長蔵の運動は実を結び尾瀬が湖底に沈むことはもうあり得ないと思うが原発からの脱却を思う時全くあり得無い話と決めつられる話でもない。
2012.08.26
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暑い花涼しい花夏風邪がはっきりしない。余りの暑さに下手に外出して熱中症で倒れたらと人迷惑とて自粛してきたが、さすがに8月も下旬となると夜は幾分過ごしやすくなったので昨夜は久しぶりに夕方の散歩に出かけた。。大柄の赤い花は憎たらしいほど夏の酷暑をあおるのに役立っている。白花もあるが赤いムクゲはその最たるものだろう。とに角美しいが激しい花である、韓国の国花だと言うが分からぬでもない。春先に咲いてくれれば随分印象が異なることだろう。 ムクゲと競って暑さを演出するのは夾竹桃、竹の清々しさも桃の甘味もなく毒を含むと云うこの花も散歩中には見たくないものの一つ。嫌な花ではないが百日紅(さるすべり)も暑い。樹皮は薄くツルツルしていることから「猿滑り」の名があるがこの木で猿が遊んでいるのは見たことが無い。白花も時々みかけるがそちらは「百日白」と綴らなくとも良いのだろうか。 黄花も目にするが赤花のカンナの暑苦しさも負けてはいない。ただ前3者が共に樹木なのに対しこちらは球根一年草なので好感度は良い。草花としては大きすぎるのが玉に傷である。願わくば水仙くらいの大きさであって欲しかった。 赤 は暖色と言われれ火との関連も囁かれるがそれはどうだろうか。人間に感じる光は赤・橙・黄・緑・青・藍・紫だが、赤より波長の長い光が熱を運ぶ赤外線で紫 より波長の短い光が紫外線である。赤色光と赤外線の境界光は赤い熱線と言うことが出来る。電気こたつの熱源を赤く見せかけているのはこの心理効果を狙ってのこ と。炎天下真っ赤な服を着た人も熱い人と言えそうである。 我が家ではほぼ一年中育てやすいジェラニウムの赤い花が咲いているが、真夏は勢いが衰える。そこで昨年あたりから涼しさを演出しようと植えたのが初雪草である。今ちょうど居間からバルコニーの植え込みを見るとこれが最盛期を迎えている。 8月に入ると先端部の葉が白い符入りになり、日に日に白さが冴えてきて正しく緑葉の上に積もった初雪の観を呈することになる。 アップしてみるとその白さが分かるだろう。 サルスベリは長く咲くので百日紅と綴るがこのハツユキソウも9月一杯は白いので「百日白」と書いても良さそうであるが、やっぱり「初雪草」の方が良い。 この時期花も満開であるが白い葉の中に埋もれた花びらも雄蕊・雌蕊も白いので気を付けて見なければ花があることに気がつかないくらいである。今我家は南面に有るルーフバルコニー全域と東側の屋根下ベランダにも数鉢のプランターがこの真っ白な葉っぱや花で包まれている。 こんな工夫も殆んど役立たないどはずれな暑さであるが、ここ2,3日夕刻に赤く染まった西の空を眺めながら水道ホースでこの初雪草に水をやるのが気持ち良くなってきた。後しばらくの辛抱である。
2012.08.21
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夏休み・ある土曜日のベランダ風景もう35℃では驚きもない日常になった夏休み。夕刻鉢植えに水をやる以外はベランダに出ることもない、それでも午後になり風が有ったりするとエヤコンをきって窓を大きく開けて室外に出ることもある。そんな時日除けにと手すりに這わせた朝顔の蔓に何やらうごめく物がある。見ていると大きく体をくねらせて 足を引き付け見事なアーチを描いた。 流れるような動作で手を離し、大きく頭部を持ち上げて大きく跳ねて着地する。 これはじっと見ていると金メダリスト内村航平君のあん馬か床体躁に見える。しかも落馬したり、着地で足が動くようなこともない。まあ10点満点の演技である。 暑いさなかの芋虫君の体操競技も終り、夕刻が迫ると直線ではるか14,5kmも離れているスカイツリーが夕日に映えている。手持ちの簡易カメラをズームにするとアンテナ部が美しく輝いている、1日約1万人を載せているいるこの見晴らし台のこと、この時も多くの人間を乗っけていることだろう。 そしてさらに時は過ぎ、我が家の夕食の席から見えるスカイツリーを眺めていると突然雷の音がする。雷雲もないのに変だと外を見ると、稲妻では無く丸い花火が上がっている。7月末・8月初めの東京では隅田川、戸田橋、お台場、多摩川など各地で花火大会がある。昨年は震災自粛で開催されなかったが今年はどこでもやっているみたいだ。この夜見えたのは我が家からは比較的近く、都心の高層ビル街を通さない戸田橋の花火らしい。音も形も結構楽しめた。 かって景気が良かった頃は我が家から直線にして約1kmの豊島園で夏休み中の毎土曜日に花火があり8階のベランダからの見物は光も音も大きすぎて閉口したものであるが、それも今は昔物語である。我が家からの花火はこの夜くらいの距離で見るのが一番楽しめる気がする。
2012.08.17
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五龍高山植物園前日は栂池高原自然園で高山の湿原植物を中心に見てきた。この日は五龍高山植物園に出かけて主として乾燥地の高山植物を見て回った。7月末・8月初めとて全山に赤花シモツケソウが咲き始めていて道路脇に咲いた豊かなピンクに癒された。この花によく似た「シモツケ」と言う小木が有り花だけからは区別が難しいが、こちらは草である。。リフトを降りてすぐの小さな頂き「地蔵の頭」で見つけた何れも1cmにも満たない可憐な花にミヤマコゴメグサと八方タカネセンブリがある。珍しいらしく後にも先にも見かけることはなかった ミヤマコゴメグサ 八方タカネセンブリこごめ(小米)とは砕けたコメ粒でこの場合花びらの形がこごめのように不規則な形で崩れているのに由来する。タカネセンブリの模様は肉眼では見えない位小さなもの、たまたまマクロレンズ機構が働いてくれたもので私としては望外の写真である。センブリとは千回振ってもまだ苦みが出る生薬センブリである。ゲンチアナと言う苦味成分は古来の胃腸薬で私は良くお世話になったものであるが生のものは初めてお目にかかった次第。 イブキジャコウソウ タカネナデシコイブキジャコウソウ(伊吹じゃ香草)はもう末期ではあるがそっと葉に手をかざして見ると掌にまさしく芳香が乗り移ってきた。ナデシコの名は最近は国際的に盛り上っている、高嶺の花も綺麗だがロンドンでもタカネに登りつめ良く輝いたものだ。 ウツボグサ イワギキョ ウツボグサは花房のクラスターが矢を納めて背負う靫(うつぼ)に似ているところからの命名、海のウツボとは関係が無いのにちょっと怖いと思われているのはかわいそう。自然には岩の割れ目から生えると云うイワギキョウは高貴でこれが桔梗色だと主張しているみたいである。この色こそ皇帝紫であろう。 ウスユキソウエーデルワイスに近い花としてしれれるウスユキソウはあくまでも地味な花である。ウスユキソウには変種が多く左の写真のような葉や花びらなどに柔毛のある背の低いものと、右のもののように背が高くて毛のないものがある。前者がよりエーデルワイスに近いが何れにしても母子草と思えば良い。日本初の女性山岳会の名前がエーデルワイスと名ずけられていたため1960年頃までは幻のアルプスの銘花として慕われてきた。ここでは多くの区画にコマクサが植えられている。一番ポピュラーなのが赤い花で、私が今までに見たことが有る自然界のものはこれだけであるが白いものもあることを知った。 とりわけ白コマクサは実に可愛い、網走の流氷中に住むクリオネみたいである。赤花と白花が寄り添って咲いていたりするともう最高である。さらに薄ピンク色のコマクサを発見した。たぶん白コマクサの花の開花段階の一つと思われるが感動した。 この植物園の最大の呼び物は「アオイケシ」、何年か前、「幻のアオイケシを求めて」と言うテレビのヒマラヤ紀行番組を思い出した。何日もかけてやっと一輪見つけたと劇的に作られていたが何も知らずに出かけた植物園で「アオイケシはこちら →」の案内板をの区画にけっこう咲いている。「ケシ」と聞いて一瞬ハッとしたが いわゆる麻薬原料のOpium Poppyとは異なり、”ケシに似た”の意をつ”Meconopsis” 族の花で麻薬は産生しない。この属には青花ばかりでなく紅色や紫色などもあるようだ。この日(7・31)もう終焉に近かったがこの2色が種の違いなのか花の時期による違いなのかは不明である。 ケシの語は用法が難しい。アヘンを作るケシはアヘンケシと呼ぶこともあるがただ「ケシ」と呼ぶことも多く、一方「公園に咲くケシ」のように園芸種のヒナゲシを指すことも多い。Wikiによると英語では普通poppyはヒナゲシ、opiumu poppy がアヘンケシの様である。なおもう一種のケシとして近年都会の幹線道路脇に生える「ナガミヒナゲシ」は1960年代から侵入した外来種で近年爆発的に蔓延している。 花形と言いケシ坊主のような果房と言いアヘンケシを小型にしたようなものでおまけに茎を折ると乳液まで出てくるのでこれはアヘンケシによく似ている。しかしこれには麻薬は一切含まれておらず実害はない。麻薬性が有ればあれだけ幹線道路に広がることもなかっただろう。ゴマ粒の数分の一の大きさで黒光りした種は道端で簡単に採取できる。小さなガラス瓶に入れると真っ赤なオーストラリア砂漠の砂や真っ白なエジプト砂漠の砂などとともに恰好の本棚アクセサリーになる。最後に私の日ごろからの疑問に誰か答えて頂きたい。あの菓子パンについている黒いケシの種はどのケシなのだろうか。
2012.08.16
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白馬五龍テレキャビン76回目の嬉しくもない誕生日を挟んでここ10日あまり心臓パクパク不整脈、悪性夏風邪に悩まされてブログどころではなかった。幸い今日あたりは咳きも鼻汁も殆んど収まったので栂池高原への旅の報告を再開する。栂池自然園を訪ねた翌日、白馬村・小谷(おたり)村共同運航の村営バスで五龍岳の麓からテレキャビンと称するロープウエイとスキーリフトを乗り継いで五龍岳遠見尾根の取っつき迄登った。スキーリフトも随分山の天辺まで通じているものである。今回三種類のロープウエイに乗った、今まであまり区別を考えたこともないがゴンドラ、キャビンリフトである。やっと日本語が分かった気がするのでまとめておく。まずケーブルカーはロープで引っ張り揚げる鉄道、次いでロープウエイは数十人乗りの大きな箱をぶら下げているのが”ゴンドラ”、 2-4人乗りの小さな箱を吊るすのが”キャビン型”、椅子だけがぶら下がっている開放型の”リフト型” の3種である。今まで観光パンフレットを見てもよく分からなかったが今後は分かりそうである。さてキャビン・リフトを乗り継いで3,4分も歩くと地蔵の頭という小さな頂きになる。ここには案内標識とケルンが積まれている。我々のように花を見に来た人、尾根を歩き、後立山連山の景色を楽しむ人、本格的に五龍岳に登る人下る人と色々な人が入交うためこの地点では年齢・支度・装備もまちまちである。 リフトの下のスキーゲレンデは今は高山植物園となっており、花の楽しみ方としては発汗(努力)を伴わない安易なものであるが、体力の衰えた我々や花の名を知らない初心者にとっては有難い。 この日は雲の多い天気ながら空は青く白馬三山もよくその姿を現した。下の写真は八方尾根越しに浮かぶ白馬鑓岳、八方尾根の平らな部分に八方池山荘が見える。 その左方にはロープウエイ越しに右から唐松岳、五龍岳、鹿島槍岳へと続く。 高山植物園の上に連なるのは戸隠・妙高連山この地域も日本の代表的スキー場が多くある。。カメラを左に振ると遠くの鹿島槍から五龍、唐松そして雲が湧く白馬三山の雄姿が一望できる。 上の写真の中央部をズームしたのが下の写真の”不帰のキレット”、左の沢筋が唐松沢、次の沢筋が”不帰沢”、さらに右の大きな沢が”天狗沢”となる。今年は記録的大雪であったりして8月に入ったと云うのにまだ沢筋には稜線近くまで残雪が有り、山容がくっきり判別できて山岳景色を楽しむには最高である。この”不帰のキレット” 写真で見ると平に見えるが両肩からの落ち込みは約400m、しかも中央に”不帰の嶮”と言う鋭い岩峰が聳えている。ここを這いつくばってよじ登り、這い下りしなければ白馬鑓ー唐松岳従走が出来ない。昔は自分にも出来たと云う思い出は今自分を奮い立たせるのに役だつ。若い人は出来る間に自分の能力を限界まで使った経験をしておくべきだろう、これが後年大いに役立つことが有る。いまやシルバーエイジャーが軽々と高山を歩いているが、それが出来ない自分にも昔は出来たと云う自負心は残る。 疲れた体に檄を入れまた400mをよじ登ると唐松岳にいたる、向こう側には険しい黒部の谷を挟んで立山・剣岳が連なっている。深い深い谷を埋める雲の上に聳える信仰の山立山・剣の姿はわが国の山岳景色の至宝である。 五龍岳は雪と雪崩が多いためだろうか南面でも殆んど植生がみられない、したがって2899mの山でありながら4000m級の景観に見えてくる。上の写真の唐松岳には頂上近くまで這い松などの植生が見られるのに五龍には殆んど知られない。偉そうに山岳論をぶっているが我々が実際にいるのはロープウエイの山上駅のテラスである。この日余りの好天に2時間近くをこのテラスで過ごしてしまった。周りは上品なヤナギ蘭の紫に満ちている。この生命力の 強い植物は北米の高地では何週間も続く山火事のあと最初に生え出す植物でその名も”fireweed" である。 私の大好きなありふれた高山植物である。
2012.08.15
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栂池高原の高山植物 (2) まだ花を付けていないコバイケイソウのみずみずしい葉っぱの上に紫外線をたっぽ受けてかなり日焼けしたカタツムリ、これから蕾を出す草の芯は美味しいことだろう。 イブキトラノオも地味ではあるが若い緑とは良いマッチング。 まだ7月末日と言うのにナナカマの枝先が赤い。これは紅葉と言うよりはまだ葉緑素の生成が不十分なのだろう。そう云えばもみじ葉にもよくこんな現象が見られる。 クルマユリは群生はしていなかったが多くの場所で見られた鮮やかな花。 以前にも出したが地味なワタスゲと派手なニッコウキスゲはお似合いである。 キスゲの咲き乱れる木道歩きは楽しい。 タテヤマリンドウは秋の花と思っていたが結構咲いていた。もっと気のきいた名前が欲しいアカモノ、形はスノードロップに、色や綺麗な模様はツガザクラに似ていなくもないが小さな花である。 バスに乗り遅れた水芭蕉がまだ何株か純白な美形を見せてくれた。これは小さいのが良い、花が終わって巨大な葉っぱは見苦しいだけである。 一輪一輪は目立たない小さな花でも群生すると力強い、何千人かの雑兵が戦う大昔の戦陣に見えなくもな。(今毎日テレビで中国劇三国志を見ているのでつい浮かんだ突飛な連想、毎日50分今日あたり90話前後だが一体いつまで続くのだろうか)。 鮮やかなヒオウギ(檜扇)アヤメはさしずめ軍団を率いる将軍か。諸葛孔明の羽扇に見えなくもない。 最後に前ブログで同定出来なかった白花はモミジカラマツ、葉っぱが一寸違うだけのカラマツソウ、ミヤマカラマツと言うのもある。
2012.08.08
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栂池自然園の高山植物 (1)2000m級の高地湿原自然園には小柄で可憐な花が多い。風車のような羽毛を巻きつけているのはチングルマの花のあと、一ヶ月ほど前だと白いイチゴの花にも似た花で溢れていたことであろう。この羽毛のような毛羽はだんだん曲がって本当の風車のようになる。 キヌガサソウ、高貴な名前に聞こえるが実際昔貴婦人が指す布製の布傘に由来するとのことである。 ゴゼンタチバナは対生6枚葉に4弁の花に見えるガク花、ハナミズキに似た花の草花である。 コバイケイソウはまだ時期が早いようであるがこの時期まだ葉はみずみずしい。個人的には花よりもまだ葉っぱが綺麗なこの時期が好きである。今を盛りと咲いているのはワタスゲ、高原の湿原には欠かせない役者である。 オニシモツケの花も地味な花であるが乾燥した道端にも良く咲いている。 次の白花は未同定であるが、 黄色のミヤマキンポウゲと共生しているところは美しい。ハクサンチドリは初めて実物を目にしたがウツボグサに似ていなくもない。 イワイチョウの白い花と光沢のある葉は地味だが好感の持てる花である。ニッコウキスゲも今を盛りと木道脇に咲き乱れている。数は多くないがノハナショウブも色鮮やかに色取っている。 池搪の周りで水玉をもてあそんでいるようなモウセンゴケは何時見ても魅力的である。いつの世も魅力あるものには裏がある。これらの露球は甘い粘液で素直な昆虫たちはこれに引きつけられ合われ囚われの身と葉が閉じて食されてしまうそうだ。 湿地とは関係ないがロープウエイの駅前で見たアカツメクサは平地のもの比べて符入り葉の模様が鋭く花もボリュームには欠けるが美しかった。
2012.08.07
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栂池高原 (3)栂池自然園は標高2000m近くも有るのに5.5kmにも及ぶ木道が整備されており、シルバーエイジャーにとって有難い限りである。 下の湿原からは約100mの登りになるが上の浮島湿原には文字通り多くの浮島を持つ池塘が現れる。もっとも浮島と言うよりは本当の小島に見える。ワタスゲの群生した島の水面に映る風景は秀逸である。下の北国の象徴的栂の木を映した池は北海道を裏から見た形に思えてならない。 次の池も想像を逞しくすれば裏側から見た日本列島に見えてくるから不思議だ。 雨具を出す暇もない位突然の驟雨に襲われた、木陰でウインドブレーカーを付け傘をさして木陰で避難している間に雷もごろごろと鳴りだしたが幸い短時間で雨雲は去って行った。雨に光る木道や周りの湿生花はますます輝きを増していたが、今を盛りのワタスゲだけはさすがに綿のような花びらにたっぷり雨を含んで可哀そうであった。 午後には多くの人が山を降りる、丁度その時刻と驟雨が重なったためか我々がヒュッテでコ―フィーブレイクをしている間にこの日初めて青空が顔を出した。われわれはここからロープウエイで20分の麓に泊っているので何を急ぐ必要があろうか。すっかり人気のなくなった木道脇のベンチに引き返し、青空と流れる雲と目前の高山植物に溢れる湿原の中で木道に足を投げ出して景色を二人占めすることが出来た。 木道の先には日本でも最古の山荘で幾多の岳人を育ててきたヒュッテ記念館の赤屋根が見える。この距離ならどんな驟雨が来ても慌てることもない。たっぷりと山景色を楽しんだ後ロープウエイで下山する途中、上は晴れているのに谷間からはまだ黙々と雲が登って行っている。 実を言うと麓に滞在していながら3日間白馬の頂上を見ることはなかった。4日目帰京の日の朝空は晴れわたり雲ひとつなく白馬三山がが鮮やかに見渡せた、左から天狗の頭、白馬鑓ケ岳、杓子岳、大雪渓、白馬岳、この大雪渓はうん十年前、私の初めての高山経験でアイゼンを付けての登山は後にも先にもこの時だけである。 間近に見る白馬岳にはまだまだ雪渓が多く残って見える。白馬に続いては 上の写真の右から杓子岳(2812、)白馬鑓ケ岳(2903)の左には下の写真の天狗の頭と呼ばれる尾根道が続き、次の唐松岳への間に約400mのキレット(切れ込み)がある。途中「不帰の劍」と言う急斜面を登ったり下ったり這いつくばって頑張ったのはrakuten20歳の夏なのでもう56年も前の出来事である。「シロウマ」の名が春の苗代を立てる時期に現れる馬型の雪形に由来することはよく知っていたが不覚にも数年前までその雪形は白い馬だと思い込んでいた。事実は下の絵に有るように黒い馬型なのだそうだ。夏にはもう消えてなくなっているので私自身まだ確認したことはない。
2012.08.05
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栂池高原 (2)この日の山歩きは1850-1950mの高地に広がる湿原・栂池自然園の歩き。大別して1800m台の下の水芭蕉湿原・ワタスゲ湿原、そして1900m台の浮島湿原・モウセン池を巡る。約100mの高度差は登山道を歩かなければならないがあとは木道の楽チンコースである。特に水芭蕉湿原の半分周回路はバリアフリーで車いすでも巡れるので、幾ら歳を取ってもアルプスの醍醐味を味わえる。私も足が動かなくなったらここに来て高山植物を愛でたいと思っている。バリヤフリー地域を外れての木道も終始2車線で実に歩きやすく出来ている 2000m近い高原で一日遊べる湿原と言うのはおそらく北海道以外ではないのではなかろうか、尾瀬ヶ原や戦場ヶ原でも1400-1500m止まりである。それに燧岳や男体山と白馬三山、唐松岳、五龍岳、鹿島槍と続く後立山連峰の景観は比べようもない。ガス(雲)さえなければその3000m級の北アルプス白馬三山(白馬岳、杓子岳、白馬鑓)を眼前に望めるのだがガスは目前の尾根を隠している。腰をおろしスティックを横たえると変わった趣向のシジミチョウが無味なプラスティック棒を舐めまわしてはなれない。ビスケットと水を腹に納め、また花の咲く木道歩きである。 ワタスゲの咲き乱れる所には小さな池塘が寄り添っている。多くの池塘は優しい形をしておりその形で心を和ませてくれる。 池の中には樹木は生育しないが間際でも一寸持ち上がった傾斜地には岳樺や白樺の木が生育している。 小さな池の周りには休憩ベンチが有るが池面にはまたもう一つの山景色があり、栂の木が下に伸びている。池畔には特有の針のような草が茂っている、どのような花が咲くのであろうか。 池面はまた動く人をも映してくれる。美しい人や---かなり待たなけれならないが-――赤い衣装の人が通りかかるとその影を水面に追うのもまた湿原歩きのもう一つの楽しみである。
2012.08.04
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栂池高原 (1)先週末から今週前半、白馬高原周辺に高山植物を見に行ってきた。昼出発・昼帰京、ホテル3泊の老人向け格安チケットでのゆったり旅である。とは言ってもせっかちな吾等終ってみれば結構せわしない旅であった。宿泊はロープウエイの栂池高原駅から3分のホテル。暑い曇天の日だがロープウエイで山上の気温約20℃の湿原・栂池自然園に向かう。ロープウエイの終点は1560m、岳樺、白樺、栂の木と下界とは異なる植生である。 もう一つ大型のロープウエイに乗り変えて1829mの栂池ヒュッテ・栂池山荘へと登って行く。途中キャビンからは栂(つが)の木の美しい樹形と松ぼっくりが見えて高山に来ていることを実感させる。自然園入口のビジターセンターを通ると「栂池ヒュッテ記念館」があり色々な山岳資料を展示している。このヒュッテは昔の山小屋で、米山正夫作詞・作曲、近江敏郎歌の「山小屋の灯」が生まれた所とされている。「黄昏の灯はほのかに点りて 懐かしき山小舎は麓の小路よ 想い出の窓により君を偲べば風は過ぎし日の歌をば囁くよ」 「昏れ行くは白馬か穂高は茜よ 樺の木のほの白き影も薄れゆく 寂しさに君呼べど我が声空しく 遥か谷間よりこだまはかえり来る」 「山小舎の灯は今宵も点りて独り聞くせせらぎも静かに更けゆく 憧れは若き日の夢をのせて 夕べ星のごと空に群れ飛ぶよ」 米山はかなり創作景色を歌っていて2番の歌詞「暮れゆくは白馬か 穂高は茜よ・・・」と歌っているが、二つの山が同時に望める場所が無いことは誰にもよく分かる。それにしても抒情溢れる歌謡曲である 今も昔も霧の山中や夕闇せまる刻の鐘の音に導かれて小屋の灯を発見するとホッとすることだろう。ふと若かりし頃の情景が浮かぶ小屋風景である。今この小路を行き交うのは殆んどがシルバーエイジの人達である。 背は低いが真っすぐ天に向かって伸びている栂(つが)の木がこの高原湿原の名の起こりである。「栂の木」はこの地の呼び名で「オオシラビソ(大白檜曽)」「アオモリトドマツ」の方が通りが良いかもしれない。シラビソとともに高山特有の植物でモミの木の一種である。 根元は雪と強風で形が崩れているが上部はすっくと天に向かい、ゴシック建築の教会の尖塔を思わせる。そして最上部にだけ紫色の松ぼっくりが成るが松の木の松ぼっくりと違ってその形で地上に落下することはなく、パラパラの種を落として風に運ばせるそうだ。 歩道脇には樅の木の一種と思われる美しい樹形の低木が見られ 新しい枝の先には美しい覆皮を付けている、這い松の一種かもしれないがとに角美しい。 この日は一日中動く雲の下で驟雨や軽い雷にも会い、青空や間近に聳える白馬三山を望むことはできなかったが、小蓮華岳の麓の雪渓を眺めながら多くの美しい高原植物の花を見ることが出来た。次回は花について記すことにしよう。
2012.08.03
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