全11件 (11件中 1-11件目)
1
![]()
熱海・起雲閣 1熱海駅には何度も降り立ったことがあるが、以前MOA美術館に行ったくらいであまり観光をしたことがない。もちろんこの街は明治から大正にかけて華やかな観光地でもあり、昭和にいたるまで新婚旅行のメッカであった。その後団体宴会旅行が衰退し凋落は激しく、旅館は次々廃業に追い込まれた。温泉を利用して老人マンションなどへの変身が流行ったが老人が増えすぎると厚生費が膨らみ市の予算への負担が重くなりこれも流行らなくなった。そんなこんなで最近は駅前にも人影が薄かった。ところが驚いたことに今回の訪問ではウイークデーの昼間というのに街は人で溢れていた。地元の人に聞くと最近若い人で賑わうようになり活気を取り戻しているという。春休みとて大学生らしい若者や若いカップルで華やいでいた。最近の若者には海外旅行への興味が薄くなりワーキングプアも重なってもっぱら近場での行楽が増えたとか。学生たちも春休みの海外旅行から仲間での近場の行楽が増えたようである。駅前には明治から大正の関東大震災まで小田原と熱海を結んでいたという軽便鉄道の機関車である。熱海小田原間を2時間40分かけて走った、以前ブログに記したことがあるがその前には人間が押して走る人力鉄道が走っていたところである。坂道では別の人が待機していて押し上げたという信じられない鉄道の歴史がある。今回は「起雲閣」と言う現在は熱海市が運営する史跡を訪ねた。起雲閣は大正8年(1919)海運王・内田信也によって建てられ、後に鉄道王・茶人として有名な根津嘉一郎によって庭の拡張・整備が行われた。戦後は旅館として使われ多くの文人たちが逗留したことで有名である。屋敷にふさわしい門を入ると大きな苔石があり、その苔の上に白くて丸い苔であろうか茸であろうか着物の絞り模様のような美しい文様が生えている。玄関前にある鉢植えの寄せ植えが美しい。庭の桃の花が素晴らしい桃色をして客人を迎えてくれる、そして玄関では桃枝の生け花がしなやかに迎えてくれる。粋人とはほど遠いrakutenであるが身が洗われる気分になる、生け花には桜よりも梅や桃が似合うのはなぜだろうか。
2014.03.31
コメント(1)
![]()
湯河原 万葉公園国木田独歩は湯河原に何度か湯治の旅をし、詩人ワーズワースの世界に似ていると勝手に解釈してこの地を愛したとか。万葉公園には「湯河原の渓谷に向かった時はさながら雪深く分け入る思いがあった」というあまり感動を呼ばない文学碑が、そして最奥の足の湯は「独歩の湯」と命名されている。以下多くの歌碑が建っているが石碑と言うでもなく木札だけの物が多く大いに失望した。 春の海 観音丸に 鯛釣るゝ 獅子文六 秋の蚊を あわれむ我や 旅に病む 岡本綺堂 2句とも私には感動を起こさない。 木がくりに 滝の音とよむ万葉人 来遊ぶらむと思ひつつ歩む 佐々木信綱 一生一瞬に去来す もずの声 山本有三 たそがれに 咲ける蜜柑の 花一つ 老いの目にも見ゆ 星の如くに 谷崎潤一郎 湯河原の 春吟堂に 客絶えず さくら咲く日も みかん実る日も 谷崎潤一郎 どの句も真髄を理解するぬはかなりの人生経験を必要とする。「歌詠みの 心汲みえず 我あわれ」 この公園の石垣は穴太「あのう)積み」と言う近江穴太地方の石工(穴太衆)達の造った石垣で、戦国時代の城で多く用いられた野面積み様式が多いのか修復再現例が展示されている。 公園奥部にある数々の足湯「独歩の湯」の湯源はこの大きな木樽からあふれる温泉である。文学素養に乏しいrakutenとて多くは語らないが 「万葉公園」の名前から万葉集しか連想できなかった自分を恥じるのみ。湯河原温泉に湯治に訪れた文人たちの歌を集めた公園と言えそうである。
2014.03.30
コメント(0)
![]()
湯河原3月26日所用があって熱海に出かけた。時間に余裕があったので一駅手前の湯河原で途中下車した。湯河原駅は崖の下にあるがホーム前の崖に一本の桜が咲いていた。 離れているので花型までは分からないがソメイヨシノはまだ満開の筈はなく大島桜にしては色が濃いので彼岸桜の一種であろう。若葉もちらほら混じっているので豆桜の可能性もある。駅前にも一本の桜がほぼ満開でその下に土肥實平の像、土肥は源頼朝の挙兵にいち早く呼応して石橋山の合戦に勝利し鎌倉幕府の幕開けに貢献した。土肥はこの地の武将、そしてここはその城址である。その横には一か八かの決断を意味する「乾坤一擲」の碑が寄り添っている。湯河原に降り立ったのは万葉公園を訪ねるためである。公園入り口のトンネルをくぐると二つの滝があり秋の紅葉時には見事な景観を呈すると思われる。 渓流に沿って少し上ると比較的新しい小さな祠があり、傷ついた二匹の狸がここで出会って結ばれ爾来温泉の効能を説き今の湯河原温泉を守り続けているとのこと。遅咲きのしだれ梅が赤い橋によく似合っていた。公園の最上部には数個の足湯槽があり多くの人がのんびりと足湯を楽しんでいる。渓流に沿った公園は湿気が多いらしくいたるところに苔むした石垣がある。万葉公園とは万葉集の和歌とともに何か植生でもあるのかと思ったが実は渓流の散歩道に湯河原温泉にゆかりの歌人たちの歌碑が経っているだけであった。タダ渓流散歩は気持ちの良いものである。
2014.03.29
コメント(0)
![]()
パソコン周辺事情現在のデスクトップのDell PCに変えてもう数年が経つ。何度か不適切な操作でダウンし,システムを入れ替えたが現在いたって好調で買い替える必要性を全く感じない。ただ下の写真下段に見るように無線キーボードがやたら大きくてデスクが狭く感じる。さらに私は使わないテンキーなどがやたら多くディスプレイからかなりずらして使っていた。これではデスクが有効に使えないのでこの際Bluetoothを導入してこじんまりとしたキーボードが欲しくなりBuffaloのホワイト製品を通販の激安セットで購入した。購入品はサイズは小さいし膝の上などどこでも使えて良いのだが、マニュアルでは25分経つとスリープすることになっているのに実際には5秒でスリープしてしまう。IT知識は無いがいつも「Yahoo知恵袋」に質問して時間をかけて解決してきたので今回もそうしたが、PCソフト面の設定ではどうにもならなかった。Webで調べてみると他にも同様の現象を訴える人が何人かおり、憤慨している人が多くいる。Buffaloが不良品を売り続けているとも思えず通販の特価品と言うのが問題だったのだろうが後の祭りである。外出したついでにヤマダ電機によってみるとさらに一段小さめのElecomのBluetoothキーボードがあり、これまた超特価だったので使ってみることにした。一番上の写真から分かるように非常に小さく、WindowsにもiPADにも使えてさくさくと動いてくれる。携帯用にも便利であるが、サイズが小さすぎてキーがやや小さいのが難点である。iPAD用に作ったのだろうから仕方がない面もある。実は同じ陳列棚にならんで同じ規格のホワイト色のがあり、同規格品どう見ても色違いだけなのであるがブラックのほうがかなり安い。そしてもう一つ設定に苦労したのが下のFlashAir SDカード。実はデジカメで撮った写真をiPADやiPod Toutchに転送するのに苦労していた。このSDカードをデジカメに挿入するとデータ保存と同時に直接タブレットに無線で繋がると言うので購入し、Webでマニュアルを見ながらの設定である。いろいろまごまごしているうちにデジカメがフリーズしてしまった。カメラの内蔵ソフトは手がつけられずon/offボタンも充電機能も無効になってしまったので仕方なく電源が無くなる翌朝まで放置しておいた。翌朝充電できたのでスイッチを入れると何事もなかったように動いてくれた。狐に化かされた気分であるが、きっと夜中に誰か来て直してくれたのだろう。おかげで私の生活手当の相当分が節約できて助かった。こんなことでこの数日はほとんど付属品のカスタマイズに無為な時間を費してしまった次第である。
2014.03.25
コメント(0)
![]()
道路端花壇 お彼岸墓参の帰り道、駅から自宅までの5分余りの間に中学校があり、グラウンドと歩道の間のわずかな溝にPTAのお母さんたちが四季折々の花を植えて子供 の情操教育や近隣住民の心を和らげてくれている。二段目には芝桜が敷き詰められ、さらにその上の高いネットにはモッコウバラが這い上っていてこれから 夏にかけて季節感あふれる街並みを呈してくれる。教育目的もあり珍しい花には標識が立てられている。「オステオステルマム」とは聞きなれないが、(アフリカキンセンカの園芸名もあるようだ)。園芸店に並ぶ」珍しい花には難しい名が多いが、多くは属名・種名からなるラテン語の学名の属名をそのまま カタカナ表記している場合が多い。Wikiで調べるとこ の場合もギリシャ語のosteon(骨)とsperma(種子)からOsteospermum(オステオスペルマム)となったようだ。Webで調べるとオ ステオスペルマム と オステオステルマム の両名が使われている。ちょっとした間違いで後者が流布してしまったのだろう。細かいことにこだわったのは かって我が家にもこの花があり名前が分からなくて気になっていたからである。次はいたるところで見られるのでキンケイギクだろう。クロッカスも今まさに開花しそうである。高貴な色のアネモネも開花直前、そして今はなんと言ってもプリムラの季節、サクラソウのなかまで確かに葉っぱはそっくりである。なんと言っても色のバリエーションが素晴らしい。プリムラの数に圧倒されているがこの時期ひときわ背の高いストックも奥のほうに見られる。おもな種はプリムラポリアンサ と プリムラジュリアンであろうが区別は調べたことはない。ジュリアンは比較的近年の出現で花びらにフリルが付いたもののような気がする。 さきにポリアンサとジュリアンの違いを花びらのフリルではないかと記したが下の3種がポリアンサとすればあるいは花びらが単色と絞り模様の違いかもしれない。
2014.03.22
コメント(0)
![]()
白山上界隈菩提寺の墓地には時期遅れとも思われるクリスマスローズがまだ初々しく咲いていた。いろんな色のバリエーションがあるがこんなにきれいな淡いピンク色は珍しい。淡いピンクと言えばこれまた時期外れとも思われるまんまるい椿のつぼみも可愛い。ピンク色の花の次は黄花のサンシュウ(?)、「庭のサンシュウの木鳴る鈴掛けて 鈴の鳴るーときや ああ 出ておじゃれーーー」確かに鈴をかけるには形も良いし見つけられにくい木だろう。 もっと淡い黄色(ウコン色?)はシキミ。 今まであまり気に掛けなかったが日本の木々も春にはそれぞれ頑張っていることが分かる。さて寺からバス停までの間にいつも楽しみにしているのがこの木彫でこれは明らかに女性の手である。 手首には繊細なブレスレット、そして弥勒菩薩像によく見られる繊細な小指のそり具合である。ごく普通の家の玄関わきにあるのがうれしい。 人差し指の周りから始まって弧を描き、果実の上を左に下がってゆく蟻の行列のような万里の長城のようなものは何なんだろう。数年前の新しい時にはこれらの溝には後方に見えるように杭が刺さっていたが今はもうほとんど剥がれ落ちている。この彫刻のある家の道路向かいは最近改築してすっかり様子が変わった東洋大学が位置している。寺院の庭園を思わせる松の配置とそこに建つパリの新凱旋門のようなエントランスを兼ねた建物が結構調和しているのは驚きである。この建物は事務所を兼ねているらしく一階一番手前の部屋にはコンピュータを前にして守衛さんが座っていた。何時かゆっくり探索したいものだ。
2014.03.21
コメント(0)
![]()
お彼岸墓参り早いものであすはもう春分の日、昨日は五月の陽気、そして今日は真冬の寒さ。こうして三寒四温どころでではなく目まぐるしく変わる、しかし確実に春は近付いている。天気予報と相談して昨日本郷の菩提寺に彼岸の墓参りに行ってきた。此方は妻の実家の菩提寺であるが代が途絶えるため我々が代行している。向ケ丘一帯は寺町で多くの寺がひしめいているが、この寺は「八百屋お七」ゆかりの寺とされている。そんなわけで山門をくぐると直ぐに在るのは「ほうろく地蔵」、お七の罪業を救うためお地蔵さんが灼熱の焙烙を頭にかぶって灼熱に耐えたという伝説に基づく。参詣者は絵馬よろしく素焼きの焙烙に願事を書き奉納する。手前にいくつか積み上げた焙烙が見える。この寺の山号は浅草寺と同じ金龍山、本堂前には大きな観音像、このあたりは東京大空襲で火の海となったためこの台座や墓石、庭石なども近年までぼろぼろと崩れていたが最近10年くらいの間にほとんど取り換えられて様相が一変した。立派な庭石の近くに(エド?)彼岸桜の小木が満開で、花の下には筆塚がある。筆塚は多くの寺にあるがここは小さな祠までたっており立派である、中には何が祀られているのだろうか、やはり一本の筆だろう。墓地に歩を進めると黄花の向うに新しいお地蔵さんが立っていた。私のつたない知識からしてレンギョウ、マンサク、ミツマタとは違う、サンシュウかもしれない。ひえつき節で歌われたあの「庭のサンシュウの木」のあれである。シキミは近年までは墓前に飾る花の定番であったが最近はあまり見かけなくなった。これには猛毒があり墓前に供えられた供物を野生動物や鳥から守ったのであろう。そういえば最近は御団子など人間が食べるもので墓前にはあまり供えなくなった。今回写真に撮ってみてこんな美しい花を咲かせることを初めて知った。 墓地の端にもう一種類の桜が咲いていた。花はよく似ているが先ほどの彼岸桜 とは明らかに咲き方をしていた。やや小ぶりなところからするとマメ桜の一種かもしれない。住職の奥さんが書院玄関に大胆に生けていたが桜の種類は分からないないとのこと。
2014.03.20
コメント(0)
![]()
スポーツ2題女子レスリングワールドカップ知らなかったが女子レスリングにもワールドカップが有るらしい。そして昨日の新聞は日本が全勝でロシアを下し優勝したことが伝えている。日本チームのコーチであり、エースでもある吉田佐緒里選手の父栄勝氏が急逝した悲報は広く伝わり、吉田選手が斎場から直行して出場し全勝しての快挙である。その場面をテレビや新聞紙上で見ていささか違和感を覚えた。なんとリングサイドのコーチが故吉田栄勝さんの遺影を掲げているではないか。コーチはいわば選手とともに戦っている当事者である。コーチや選手の心情はよく理解できるがこれは道義的ルール違反だと思った。これでは相手選手の戦意はそがれてしまいフェヤーナな試合にはならない。観客がどんなことをしようが仕方ないし、故人への哀悼の意をこめて大きな遺影を掲げる ことはごく自然なことである、しかし試合の当事者がそれをやっては出場する選手に失礼である。アマテュアスポーツではそれは守られなければならないと思う。あの柔道の山下さんがオリンピックで優勝した時、山下さんは足を痛めて歩けない程であったが優勝戦でエジプトの選手はその足を攻めなかった。金メダルを取ろうと思えば大けがの足を攻めれば容易だっただろう。そのときエジプトの選手はそれをやったのでは真のチャンピオンにはなれないと考えたわけだ。それこそスポーツ精神であり、オリンピック精神そのものだ。期間中は戦争さえも休戦したという古代ギリシャや近代オリンピックの精神は常に思い出したいものである。吉田選手の偉業と心情を思う時少しの汚点を与えてしまった周囲の無配慮が残念である。それはそれとして吉田選手おめでとう、そして心よりお悔やみ申し上げます。 韓国キムヨナ選手オリンピック2回連続して金・銀メダルに輝く韓国のキム・ヨナ選手が少々可哀そうな事情に於かれているらしい。韓国の世論は判定が不正でキム選手が一番だからロシアの選手はメダルを返上して謝罪しろということらしい。これまたスポーツの精神を侮辱した話である。確かにキム選手は世界最高級のスケーターの一人であり、私もその実力はきわめて高く評価しているが審判のいるスポーツでそれを言ってたら競技自体が成立しなくなる。ホームタウンデシジョンは昔からどの競技でもあることで観客の後押しでプラスなにがしかの加点を含めてのスポーツである。これが事情が逆で仮に次の韓国大会で韓国選手にホームタウン加点が有ったとして抗議の世論が沸き立つであろうか。キム選手自身が失敗なく競技できて満足していると言っているのに周りが騒いで何の得が有るというのだろう。次期開催国としての信頼度が低下するばかりではないだろうか。 もうひとつ出身地の街でキムヨナ通りを作ろうとして地元自治体とキム家との間のトラブルが有るそうだ。これも単純にキム選手の名誉のための命名なら良いのだが何やら利権の匂いがする話である。一方の当事者であるキム選手が気の毒でならない。
2014.03.18
コメント(0)
STAP細胞騒動 どうもSTAP細胞は旗色が悪いようだ。論文に関して6つの疑惑点が挙げられている。私も論文を読んでみようとNatureから無料で公開されている論文を眺めたが専門用語の略号など多く、門外漢の私には真偽を判断する端緒もつかめない。しかし報道されている疑惑点が本当であればそれだけでSTAP細胞は黒子の域を出ないのではないだろうか。なにが彼らをそこまで駆り立てたのだろうか、なにか深い物語が有りそうな気がする。 近世以前科学の研究成果は有志に手紙で知らせたり、自費出版して世に問うしか無かった。やがて同好の有志が集まって学会を組織し、定期的に集まって成果を報告し論文集を発行するようになった。この状態が近年まで続き近年では学会での口頭発表で成果を速報し、同好の志に批判を仰ぎ、研究成果の盲点や弱点を補追して改良されたものを原稿に起こし論文誌に投降する。論文誌の編集者は世界中からその道の達人に原稿の評価や不備な点を指摘してもらう。それら査読者の意見を著者に知らせ改稿した原稿をもとに論文掲載の採否を判断する。 ところが近年科学が技術と直結してきたため時間的優先性が特許権で重要となり、成果を大げさに吹聴して記者者会見をするようになった。STAP細胞の騒ぎがまさにこれである。今回の騒ぎは査読・編集を経た論文にまでなってしまったところにの深刻さがある。何事も人知のなせる技で、ある程度の失態は認められるが今回の件は研究の開始から成果の発表まであらゆる段階で瑕疵が有りそれが発見できなかったところが悲しい。研究者の倫理、著者はもちろんのこと、発想から論文までに関わった人々の誠意、マスコミをはじめ好奇の目でしか捉えない世論の薄っぺらさなど頭をよぎる。今後の科学研究の在り方に大いなる一石どころか巨大なな隕石が落ちてきた感じがする。 極端な言い方をすると現在では本当の意味での科学は存在しずらい状態である。科学が発展しその成果に基づいて技術が興り、人間の幸福に繋がるのが本来の姿でるが、現代においては科学が技術に従属されている、あるいは呑み込まれて一体化している。特に我が国では明治以降技術最優先で科学はその補填分野であった。さらにそれが近年では技術の上に経済が位置するようになり、科学はますますいびつな姿に変わっている。大体いま研究費の申請をする時それがどのような技術に発展し実用化されえるかを具体的に記さないと不利と聞く。そういう目的の研究が小さな成果を生み、決して時代を変えるような大発見につながらないことは歴史上の発明・発見物語で熟知している。 そんなつもりはなかったのに読み返してみるとわが身も顧みず偉そうなことを記してしまった。汗顔の次第であるがせっかく時間を費やしたので記録しておくことにした。たまたま目にした人は批評も批判もなく無視していただいて結構です。
2014.03.17
コメント(0)
![]()
まだかまだか今年の春・3月11日今年もまた3月11日が巡ってきた、当然ながら計画は計画で復興は進まない。想定外の災害で想定外の復興計画なのである面で仕方がない。「心から同情、心ばかりの心情的・経済的援助」をして過ごさなければならないわが身が恨めしい。故郷を無くした人に追いうちをかけて心苦しいが、原発中心はほぼ永久に人が住める街に戻ることはない。鎮魂の地として沖縄の「平和の礎」のような施設とすべきだろう。 今年はいつまでも寒い、すぐ気象異常などと言うつもりは毛頭ないが大きな気象変動のうねりの波高い年なのだろう。ここ二三日は気温も7-8°、何よりも空っ風が強くて体感温度は氷点下だ。69年前の3月10日は東京大空襲が有った日である。この作戦の主眼は軍需品の下請け工場が集中する隅田川周辺を破壊することで莫大な数の焼夷弾で木造の街を焼きつくすことであった。そのために風の強い時期を選んで作戦を遂行したらしい。そして3月11日は東日本大震災、これが太平洋側に高気圧が発生する3月でなければ風向きは違っていたであろう。原発のベントによる放射能の流れが飯舘村の方向に向くこともなかったのではなかろうか。そんなことを考えながら啓蟄も過ぎたし、紅梅の季節も終わり白梅のころ合いかと期待して10日に近くの梅林公園へ出かけた。バスを降りて公園に近づいてもあたりには香りもなく、赤いものも白いものも目に入らない。公園に入っても咲き始めた枝はチラホラとまで行かないほんのチラだけ。梅の枝には珍しく幼い鶯が数羽飛び交っていたがまだまったく鳴き声を発しない、そして愛でる花もないのでタダ忙しく枝から枝へと移る。写真を撮ろうとしたが幼鳥の動きにはついてゆけなかった。五分咲きの紅梅かと思われる木が一本、近づいてみると「河津桜」の札がかかっていた。 いらいらしながら隣の椿園に歩を進めたがこちらもまだほんのチラホラ、今年の花はどうなっているのだろうか仕方なく横の桜の木を見ると小枝にはびっしりつぼみが膨らんでぎざぎざ空がモザイック模様で小さくなっている。寒空にいつまでもぐずぐずしていると梅を桜が追い越しそうな勢いである。帰宅してみると我が家の植え込みには光に誘われて春の芽吹きが見える。先日二度も深い雪に覆われたのにさすがに野草は心強い今年の春一番のホトケノザ
2014.03.11
コメント(0)
![]()
直線道路 いつも Google マップをご利用いただきありがとうございます。私が育ったカンザス州ローレンスには、碁盤の目上に東西と南北にひたすら伸びる道路しかなく、視界を遮るものといえば、たった一つ丘があるだけでした。ですから、いつで目的地に、道に迷うことなく行くことができました。私が、いつでも行きたいところにたどり着けるように育ってきたように、もっと複雑な世界を思うまま探検できる地図をめざして、10 年以上にわたり、チームと共に地図の開発に取り組んできました。ーーーーーーーーーーブライアン マクレンドン、Google マップ担当副社長昨日上のメイルをGoogleのMcLendonから頂いた。メイル自体は誰にでも出すものでどうでもよいが、「私が育ったカンザス州ローレンスには、碁盤の目上に東西と南北にひたすら伸びる道路しかなく、 視界を遮るものといえば、たった一つ丘があるだけでした」の文章です。私自身もアメリカ・カナダ・オーストラリアをドライブしたことがあり、ギヤを定速に入れてステアリングに手を添えるだけであくまでも一直線の道を延々とした経験が数えきれないほどある。McLendonのメイルにその感覚を呼び戻されてと言うか彼の罠にはまってGoogle MapでKansasあたりを彷徨うことになった。McLendonの故郷カンサスの田舎を見てみると、湖があるということは何メートルかの起幅はあるということであり、事実湖に連なる流れはアマゾン川を思わせる蛇行ぶりである。この水流の蛇行ぶりは如何にこの地が平坦なとちであるかを示している。日本であれば川があるということはすなわち道路も曲がっていると考えて差し支えないがここではあまり関係ないようである。国境線は歴史を反映して複雑な曲線となる筈であるがアメリカという国は文字通り国としての歴史が浅いのでいたって簡単、州境もほとんど直線で引かれている。現地調査などしないで地図上で線を引いたことは明らかである。私も40年前に訪れたことがあるが2本の直線の交点として4つの州が一点交わる所まである。長い直線道路をドライブして行ってみるとその点に小さな銅の印が埋められているだけだったことを思い出す。さてMcLendonのホームタウンを見てみると彼の言葉通り道路は直行しているが南北に長い四角のブロックからなっている、ここでは多くの家は東西の道路にに向かって立っていると思った。街に入りこんでみると家は道路から引っ込んで建っており、日照などは関係なさそうだ。中心街に近いところの交差点でもこのとおり。見透しも極めてよいがこんなところでよく衝突が起きるのは不思議である。同時進入の場合どちらかに通行優先権( right of way)があるはずである。街の中心を外れるともう交通規則なんて不要、この道路の広さです。 日本だって札幌や京都は綺麗な碁盤模様、昔は邸宅が広かったのだろう、「X条通り」で済んだのが今は細分化されて条の付かない通り名のほうが多い。東京のような街だったら京都観光は至難の技、観光フレンドリーな京都はその街並みも人気の理由でしょう。アメリカなら一度も曲がらない42.195kmのマラソンコースなんてどこにでも出来る。記録も上がりそうあがあまりにも単調で亀さんみたいに昼寝する人が出るかもしれない。なぜギネスが記録を取らないのか不思議な気がします。
2014.03.02
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1