全3件 (3件中 1-3件目)
1

コロナコロンナで気が散っていたらなんと今日はもう4月の最終日Stay Home とやらでここのところ電車に乗ることもなく近所の散歩だけで過ごしてきた。振り返ってみると4月は初めのころに2編のブログを挙げただけである急いで散歩中スマホで射ておいた4月の残像を挙げてこの月を送ることにする。確か4月の満月はスーパームーンだったよな気がする、4月5日の月は黄昏を待たず、まだ行きそびれた桜の花びらを通して白く輝いていた。息子たちが卒業した中学は街中とあってファウルボールが飛び出さないように高いネットで囲まれているがそこに茂ルモッコウバラが毎年この時期になるとネットを黄色く染める。もっとも今年はネットの向うに元気な掛け声は無い。 ハルジオンとヒメジオン、区別の仕方を調べてブログした記憶があるが今はもうどれがどれだか、あるいは同じものかもしれないなどと言う心もとなさである。空地にはハナニラに似た、しかし遥かに気品のある園芸花のペンタスに似た五弁の白花が咲き乱れている。いずれがアヤメかカキツバタ、この区別もブログしたことがあるがもし論そんなことは忘却の彼方である。そういえば月初めにはまだ花だったたんぽぽも風に吹かれてもう今はほとんど柄を残すのみ。時間というものは一方に向かってしか流れ方を知らない不憫な存在。月日はまさに光陰矢の如し。どう考えても明日やもしれないわが命今年も季節の移ろいを実感できたことに感謝、感謝
2020.04.30
コメント(0)

今年の桜は散り際が良くない。例年より10日も早くやって来たのにぐずぐずしてまだ居座っている。小人(COVID)に脅されて動きは取れないようだ、少々みっともない。ことらも脅されてあまり外に出られない。ぼんやり外を見ているとなんと植え込みのつつじがもう満開である。両脇のさつきはさすがにまだ蕾もない。そういえばいつの間にかてゅーリップも終焉を迎えている急いではダメ、あなたの出番はこれからのはずだ!何年か前から我が家に勝手に来てくれた《水仙あやめ》葉っぱが円状ではなく南北に広がる面上に集まる習性をもつ、どこかの植物園でバナナのような大きな草がやはり南北に葉を広げ磁石代わりに使われ《旅人の樹》と言われていることを知った。そこで我が家では水仙あやめを《旅人のk樹》と呼んでいる。CIVIのせいでどこの展望台も休業中だとかそれでも我が家から見る限りスカイツリーもすクランビルスケアも客もいないのの照明だけは煌々と点灯している。盛夏が日本に到着した頃からすかいつりーの照明が少し変わった。以前は塔の先端に照明は無かったが五色の照明が付き順次入れ替わっている。多分オリンピックを意識してだろうが赤緑黄青で、あと黒を加えればオリンピックの五輪マークの色となる。さすがに漆黒の空に黒い照明は出来ないみたいである。ちなみに五輪はヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカ、アジア、オセアニアをシンボライズしたものでクーベルタン男爵の発意だそうだ。ユーラシア大陸を二つにカウントし、南北アメリカを一つにしたのは男爵に感謝である。たださすがにコストのかかるこんな派手な署名は最近見かけなくなった。
2020.04.07
コメント(0)

東京の今年の桜開花は3月16日であった。それからもう3週間が経過したのにまだまだ姥桜なんてものじゃない、さすがに青春期とは言えないがまだまだ葉桜には程遠い壮年期の風情である。そしてこれからは枝垂れ桜、八重桜とまだまだ桜の季節は続く。そしてソメイヨシノと共演するのは山吹の花太田道灌ではないが八重の山吹には実が成るが一重には実がない。「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき」貧しい一家に蓑(実の)は無くとも心は豊か。一方使い捨てビニル傘は多々あれども心貧しき現代人。散歩道の川面には多くの鴨たちが泳いでいたり、お尻を空に向けた姿勢で潜り食事している。この春に生まれた若鴨たちも、もうこんなに成長している。どこか痒いのだろうか、この子は勢いよく水しぶきを上げて水浴の最中散歩ルートでは三羽のシラサギが人の目には見えない魚・虫をあさっている。片足で立ち、もう一つの足を水中でびりびりと振動させて餌を水藻から追い出す。多分大人の二羽は夫婦と思われるがいつもかなりの距離を置いて行動している。三羽目の鷺は明らかに子供で、エサ取りもたどたどしいそれどころか奇怪な行動をとる。この日は高い桜の枝にとまって動かない。長い人生で枝にとまったゴイサギはよく見かけたがシラサギが桜の枝高く留まっているのは初めて目にした光景である。大志を抱く若きシラサギに栄光あれ!!
2020.04.06
コメント(2)
全3件 (3件中 1-3件目)
1