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毎年秋の紅葉見物の仕上げとして石神井公園の近くにある三宝寺と道場寺の紅葉を楽しんでいる。コロナ下の今年はどこにも出かけなかったので先週両寺に出かけてみた。今年はさっぱりである。我が家の下を流れる石神井川には2キロ近く両岸に桜並木が伸びており、この時期になると真っ赤に紅葉する。一般に桜は紅葉樹としては顧みられない存在である。その理由は桜の葉が表が真っ赤に紅葉しても裏側はほとんど白っぽい色をしているためである。モミジやカエデのように薄い葉は裏からでも赤く透けて見えるが、桜の葉は厚く表の色はほとんど裏側からは見えない。我が家は八階にあり、桜葉の表側だけを眺めrことが出来るので並木は真っ赤に見えるわけである。しかし今年は夏の日照りが9月になっても続き、10月中にはほとんどすべての葉が落ちてしまって紅葉する葉がない。そんなわけで近所で見かけるモミジも赤い葉が半分と茶色に枯れて枝に残っている葉が半分と散々である。それでもせっかくの日和なので良いとこどりをして記録に止めておくことにする。三宝寺は豊島氏の菩提寺で江戸時代も将軍家の鷹狩りの拠点として使われ今でもいたるところに三つ葉葵の紋所がみえる真言宗の古刹で、境内には四国八十八か所の碑並び、江戸時代から庶民が遠く離れた四国八十八か所参りを手軽にできる場所であった。三重塔にはそれなりの威厳と風格がある。 三宝寺の隣には鎌倉時代禅の修行所として多くの修行者を集め、いざ鎌倉と言うときの拠点ともなった道場寺があり、ここは私の秘蔵紅葉の名所である。 そここにも立派な三重塔があり周りのモミジが美しい所である。この塔は30年ほど前に新しく建立されたもので、白く輝く木肌がむき出しの塔はそれはそれで美しく、モミジとよくマッチしていた。現在もう新築の輝きはなく、古刹のそれとあまり違わず堂々たる佇まいである。この塔を見ていつも感じるのは我が越し方である。この塔と共にわが身も少しは円熟の色を出せているだろうかと気になる。 まだ青葉のモミジ葉も多く、今後の気候次第ではまだ希望が持てそうである。本道の横には掲示があり、コロナのため日中も扉を閉めていると記されている。仏の代理として鎮座している仏像を拝めなくとも祈りの気持ちは板戸など何の抵抗もなくつき抜けるのでこれでもよかろう。地球の岩盤をも突き抜けるというニュートリノみたいだとふと思ったことである。
2020.11.30
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濃霧に包まれた朝であったが10時過ぎると霧はすっかりどこかへ消えてしまった。コロナ下ではあるがあまりの好天に近くの寺に紅葉見物に出かけようとして空を見ると薄い鱗雲が空一面に広がっていた。 どういった気象条件下で鱗雲が発生するのか知らないが勝手に考えてみた。まず風の強い日はすぐに空気が混じり合うので雲同士がくっ付いてしまい雲はこんなに空一面に広がらないだろう。地表近くに漂っていた霧の水分はほぼ真上に昇って行って薄雲が出来、弱い風に流されて鱗状になり、空一面に広がる。鱗雲は澄んだ秋空に広がる巻積雲の一種イワシ雲、サバ雲などの仲間で一つ一つの雲片が線状ではなく、少し丸みを帯びてくるとその程度によってイワシ雲、鯖雲となるが人によって判断基準は違うだろう。地表近くの霧は空気の流れによって集まり、群れから塊になるのではないだろうか。名前は分からないが薄絹のような印象を受けるので絹雲と呼ぶことにする。これだけでは魅力がないが地上の風景の背景としてはなかなかのものである。
2020.11.30
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先週26日朝起きてみると世の中が暗い。そういえば昨夜の天気予報では濃霧が告げられていた。朝食を済ませて外を見るとボーと明るいところが見えた。日の光がだんだん強くなったのか、温度が上がって霧が薄くなったのか分からないけれど、ややあって太陽の輪郭がはっきりしてきた。さらに時間がたつと周りが明るくなり、丸い虹とまでは言えないが心眼で見ると月の傘のようなものが見えなくもない。太陽も少しだけハレーションを起こしてその輪郭が少し黄色がかって見えてきた。カメラへの光量を減らすため網戸越しの映像を期待したが、手元のカメラにはマニュアルフォーカス機構がない。カメラの注目はどうやら網戸でしかないようだ。そういえば最近の野球中継では見かけなくなったが、かってのテレビカメラはバックネット裏から撮影しており、金網がボヤっと映っていた。画面が切り替わった時などピッチャーではなく、ネットに焦点が合った画像をよく目にしたものだった。今でもアナウンサーはよくファウルボールがバックネットに当たったなどといているが、たぶん今頃の球場はネットなど無いのではなかろうか。もっとも近所の中学や草野球では金属ネットが健在である。
2020.11.29
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ブログねたに窮すると助けを求めるのが家人の育てる花壇の花々。先週から咲き始めてあっと言う間に満開なのがオキザリス・グラブラ数年前に神代植物公園で求めた一鉢がこんなに育ってしまった。特に何も手入れはしていないで、春先に葉が枯れたら鉢を積み上げておき9月になると床に並べて水やりをするだけでこのように育っている。先日Google Earthを覗いていたら、勿論細部までは分からないが2,3年前のこれらの鉢がはっきりと認められた。米粒のような葉でとてもオキザリスとは思えないが、よく見るといくつかのオキザリスの要素を備えている。オキザリスの和名はカタバミ(酸漿草、片喰)で、酸漿草は生薬ではそのままサンショウソウと読むらしく、酸味の素はoxalic acid (シュウ酸, 蓚酸)でまさしくオキザリスの酸を意味している。片喰は夜間葉が二つ折れになって半分になることと関連がありそうであるがよくわからない。もう一つオキザリス・グラブラと時を同じくして咲き始めたのが小さくてまっ白い菊と思われる花でこれも数年前に園芸店で購入し、夏は醜いので短い茎だけを残しておくとこの時期こんな清楚な花を咲かせてくれる。初夏まで咲き続けるが花の色が紫がかってくるので刈り取ってしまう。次は今の時期多くの家の庭先で見られる千日紅、昔からある家庭菜園の花であるが花びらがセルロイドのように乾燥しているので、庭のままでも切り花にしてもドライフラワーにしても花の色があせない。確かに千日近くは赤い色を保つがたいがいは飽きて捨ててしまう。長持ちすると思ったら観賞する部分は花弁ではなく苞らしく、道理で長持ちすることが納得できる。時々白い品種を見掛けるが紫やピンクの品種もあるようだ。今日の昼食卓には紅白の花盛が添えられていた。 花盛の隣には隣家から頂いて熟れを待つ洋ナシが一つ、千日紅と一対の静物画のような佇まいで並んでいる。
2020.11.18
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