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夢をよく見ます。 夢を見たことも覚えていないくらいにグッスリのときもあるのですが夢にはどんな自分が表れるのかにとても興味がありフロイトの書いた「夢分析」の本を買ったのは確か、小学生のときでした(はい、まったくといっていいほど意味わからず) 丁度その頃、ご近所の方がノイローゼ(その時はそういっていました)になって精神科に入院することになり、その方のご家族が(精神科に入院するなんて、なんてことに・・)と嘆いていました。 子ども同士でも、精神科の救急車は「黄色」とか「緑」とかまことしやかな噂が立っていた頃です。その知り合いを迎えに来た救急車がその色だったのを見たとか見ないとか。 とても、不思議な気がしていました。体がどこか悪くての「総合病院」への入院と、「精神科」への入院とどうしてこんなに違うのだろう・・。同じ「一人の人」の中に起こったことなのに?? その当時に比較すれば、精神的な医療の現場へのハードル(?)が、とても低くなって身近なものになってきたことありがたいなぁ、と思っています。 また、私自身の「心」という目に見えないものへの興味もこの頃からだったんだなぁ、と改めて。 その「人の心」へのアプローチにはいろんなやり方があります。「過去・今・未来」のどこを入り口にしていくのか「何を」を対象にしていくのか。 「未来」に向かうのにその「過去」や「今」に折り合いをつけなければ足がすくんでしまって「未来」に向けない。と、いう場合もありますね。 カムレイドシップナー養成講座の8日目(12月)はメンタルクリニックでカウンセラーとしてご活躍中の「太田ゆり子講師」が、そのアプローチを「精神分析」に置いての事例や・支援者の関わり方(見立てや支援者自身の変化)についてもワークを取り混ぜてで担当してくださいます。 これは、個人的な(大いに)想いなのですがこの講座を通して、よりクリニックそのものやメンタルヘルスについての理解が深まってより「身近な支援者のいる場」と、なっていくといいなぁ、とも。 詳細・お申し込みはNPO NCRSA(通称 ナッカーサ)のHPからお願いします。(http://www.ncrsa.net/)または、私(再木奈生)のHPからでも大丈夫ですよ。(http://www.takebythehand.net/)
April 30, 2008
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おはようございます!と元気に言える今の自分がいます。 このところ出張続きで、身体は疲れてはいるのですが今日も、好きな研修(いやもとい!!嫌いな研修はないので「特に好きな」ですね)をやらせていただくので気分はとっても「HAPPY」です。 私自身は、こんな朝を迎えているのですがこのプログを読んでくださっている皆さんは今、どのような状況でしょうか。心の中にどのような感情が渦巻いていらっしゃいますか?もちろん、気持ち・感情は、一つ所に留まるわけではないので(あ~、もうダメだ・・)と思った次の瞬間に(いや待てよ。まんざらあきらめることもないんじゃないだろうか)と思ったりもします。また(やっぱり・・)となることもありますね。 いや~な感情(不快モード)の場合には、人や社会のせいにしたくなるかもしれません。また、自分のせいにしたくなるかもしれません。この「○○のせい」にしたくなっちゃう部分に関しては著書「あなただからできること、あなたにしかできないこと」に書かせていただきましたが、自分が追い詰められていたりした時はそんな気持ちになりやすいし、そこに「ど-ん!」と目が向きやすいものですね。 反対の場合(快モード)はいかがですか?すごくモチベーションが上がっているとかとても幸福だと思えるとき。(あ~、この世に生まれてきて良かった!!)と思えるような時です。 いかがでしょうか。「そんな時ってないよ」っておっしゃるかもしれませんね。 私もそうした時が長かったからこそなんですが「そういうことが何もない」は決してないんだと思います。何もかもが上手くいかないように思えても上手くいっていることは必ずあるのにそこには「目が向きにくいだけ」なのではないでしょうか。 今、しきりに「あ段」のHAPPY言葉を活用しましょう!なぁんて言っていますが(これについては、すみません、ブログをさかのぼっていただいて2月29日の「快モードへまっしぐら・・「あ段」のHAPPY活用で」を読んでくださいね)これも、HAPPY言葉を自分に投げかけたりすることでその部分(自分の上手くいっている部分・まんざらじゃない!と思える部分)に目を向けて・見つけていただきたいからなんですよ。 そちらに目が向くようになってくると、いいサイクルが起こってきていい変化をもたらすようになってくる。ちょっとした「自分を生きやすくするコツ」といってもいいかと思います。 と、いったことを私もブリーフセラピーとニューソート(新思想)から学んできました。そうして、その実践でとても楽になってきました。(余談?!ニューソートは‘健康と幸福と繁栄'の思想と言われています。 これ自体がすでに「いいことへの種」でしょ) その部分を追求しながら自分らしく自分に優しい「自己実現」を考えていきませんか。カムレイドシップナー養成講座の7回目(11月)は私「再木奈生」が担当させていただきます。日程等の詳細・お申し込みはNPO NCRSA(通称ナッカーサ)のHPからどうぞ。(http://www.ncrsa.net/)
April 29, 2008
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これまた10年以上前の話ですが(毎度、古くてスミマセン・・) 「グロリアと3人のセラピスト」というビデオを観ました.(ごらんになった方もいらっしゃいますか?) グロリアという女性に対して3人のセラピストロジャーズ・・来談者中心エリス・・論理療法パールズ・・ゲシュタルトの3人がそれぞれのやり方で行ったカウンセリング(セラピー)場面を収録したもの。 観終わって、正直(カウンセラーを辞めよう・・私にはどれもできない)と思ったものです。もちろん、このそれぞれのやり方のパイオニア達のグロリアにへの関わり方が「すごい」もありましたが、それ以前にどれも私には「怖い!」でした。 パールズの「ゲシュタルト」に至っては「金輪際近寄ってはいけないおじさまでありその領域」とさえ・・ でも、人生にはいろんな出会いがあるのか出会うことが必然だったのかは、わかりませんがそのビデオを観た数年後に今ご紹介をしているカムレイドシップナー養成講座で6回目(10月)を担当する「岡田法悦講師」の「受容的ゲシュタルトセラピー」を受講(体験?!)する機会があり、以来すっかり「受容的ゲシュタルト」にはまった私。出席率の恐ろしくよくない受講者でしたが何だかんだと5年弱は学びの中心になっていた時期があります。 岡田講師もさることながら、共に学んだ仲間にも本当に恵まれその空間にある自分がとても「心地がいい」「安心して」いられるという体験をしました。そして、そうした自分の「自分らしさ」にも気づきが生まれてきます。自分を取り巻く人との関係・自分を取りまく世界・自分の周りの様々な問題に対して(あ~、私、こんなふうにこうしたことを感じていたのね。 こういう世界観の中にいるのね)といったことがごくごく自然に自分にとって身近になる!といった感じでしょうか。今年に入って、久しぶりにその懐かしいメンバーとお会いできた時も目が合って涙・言葉を交わしてまた涙でしたがゲシュタルトのワークをしていたときも人のワークに参加させていただいたときもとにかく、とにかく、よく泣きました(帰りはいつも目がはれていた!←終わった後に飲むお酒かな?!) 今日、この「受容的ゲシュタルト」のことを書いていてその「涙」の自分の意味を少し考えてみようかな、と思っています。 その「受容的ゲシュタルト」の講座は10月に2回です。詳しくはNPO NCRSA (通称 ナッカーサ)のHPをご覧ください。(http://www.ncrsa.net/) 4月最後の週ですね。「あ段」のHAPPY言葉で埋め尽くせる一日になりますように。
April 28, 2008
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人と食事に行ったり飲みにいったりする機会がたくさんあります。 その時に「再木さん、何食べたいですか?」と訊かれます。正直なところ、あまり「食」に関しては「コレ!」といったものがないのでずーっと「何でもいいですよ」と答えていました。今は、違います。「私は○○が食べたいけれどAさんは?」といえますし特になければ「苦手な「ザ!鶏肉」以外なら、何でもオーケーです!」と言ったりします。 これもだいぶ前の話しですが、友人と二人でランチにいく機会があって私がその友人に「何を食べたい?」と伺ったところ友人は「何でもいい。再木さんが食べたいものでいいよ」と。そう言われても「私も何でもいい」と習慣のように答えてましたのでいつまでたっても「何でもいい」でお店に入れずに~! いや~な空気が「どよよ~ん」とでとても気まずい思いをしました。(その友人も同様だったでしょうね) そのこと、実は私にとってとても印象深かったことでした。家に帰ってから(どうしてこうなっちゃた)と真剣に考えてしまいました。 著書「あなただからできること、あなたにしかできないこと」にも書かせてもらった部分ですが息子の発達障害のことで、人に遠慮をするというか「悪いのは息子の障害なんだからこれは私が主張することではない・言ってはいけない。私が我慢しなくちゃいけないこと」と卑屈(?!)になる習慣ができてしまった気がします。 そう「卑屈」なんです。だから、ちがう場面でその「もやもやした卑屈さ」を爆発させることなってしまう。まったく悪いパターンですよね・・。 そうした頃に「アサーション」に出会い学ぶ機会を得ました。「自分の言いたいことを、ガンガン言える方法」と思い込んで研修に臨みました!「自己主張」と「自己主張」がぶつかりあっての「バトル」さえ覚悟して!! 「アサーション」に対する大きな誤解がその研修に参加の時間を経るにつけ解けていきました。たしか2泊3日の宿泊施設をともなった場所での研修でしたが終了後にその研修会場を後にした時のすがすがしさは忘れられません。 私が最初に思っていたようなことではなく自分らしく、また自分と相手を心地よくつなげるやり方の一つなんですね。 NPO NCRSA のカムレイドシップナー養成研修の5回目(9月)はその「アサーティブネス」です。アサーティブジャパンから認定トレーナーの中野講師と六波羅講師がワークを通してのアサーティブネスを体験させてくれます。お申し込み・講師からのメッセージはNPO NCRSA(通称 ナッカーサ)のHPからどうぞ。(http://www.ncrsa.net)いいお天気になりそうですね。GWに入られた方もいらっしゃるでしょうか。「あ段」のHAPPY言葉に包まれた、楽しい一日にしましょうね!
April 26, 2008
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今年、本当にありがたいご縁をいただき ある大学で非常勤講師の仕事をさせてもらっています。 先日、その一回目が終わったのですが真摯に授業を聞いて、参加してくれる学生に(やっぱり、若年者への支援ていいなぁ)と。 過去に中学校に勤務していたことがありました。相談室に来る生徒がとてもいとおしかったのを改めて思い出しました。みんな、一生懸命だからこそその想いが空回りになってしまって悪循環になったり。悲しみや苦しみがたくさんあるけれどそれも「自分探し」をしながら、自分に正直に生きたいからこそ。でも、できない・わからない・混乱してしまう。そんなもどかしが私にも伝わってきました。 そうした彼らの役に立てることはなんだろうか・・。その私の思いが先走ったのか先生方や、他の支援機関の方々と対立した場面も何度か(相当?)あります。今思えば、その時間(対立してこちらもカッカとしていた時間)て懐かしくもありますが、やっぱり「もったいなかった」 そのお互いに(私だけかな?)カッカしていた時間てその生徒・学生のものではなくてまったくカッカしている当人同士の問題になってしまっていました。 もっと、もっと連携をとったり話し合ったり譲りあったりしていればその生徒・学生にとって「一番役立つこと・必要なこと」についてお互いが持っている知識や経験を通しての模索ができたのかもしれませんね。 教育現場は「明日の社会を担っていく宝物たちが集まった場所」私は、そんなふうに考えています。 その頃の宝物たちは、今と違って!などと、年よりめいた?ことは言いませんがでも、いろいろなことが複合的に起こってきているのかなぁ社会の縮図が教育現場にはあるのかなぁとは、ちょっと思っています。 NPO NCRSAのカムレイドシップナー養成講座の4回目はその「教育現場のカウンセリング」を臨床心理士でスクールカウンセラーの「荻久保巳津子講師」が担当します。学校という現場だけでなく「思春期の子どもたち」という視点からの研修ですので若年者の支援という観点でも支援者の連携ということについても大いに役立っていくのではないでしょうか。 折りしも?!時期も8月。夏休みをとられている教育現場の先生方もいらっしゃるかも知れません。(自校のスクールカウンセラーにはちょっと聞きにくい・・)(広く意見を求めたい)という方も是非、ご参加ください。また、4月中の申し込み特典も活用してください。お申し込み・お問い合わせはNPO NCRSA(通称 ナッカーサ) HP (http://www.ncrsa.net/)からどうぞ。
April 26, 2008
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私自身が成人式を迎えたころ(また、古い・・) 同じ学校で学んでいた友人が(と、いってもそう親しいわけではありませんでした)整形手術をしました。彼女は一重まぶたにコンプレックスを持っていてそのまぶたを二重にするために手術をしたそうです。 まだ、整形手術が珍しい(そうでもないのかな?)頃ですし友人達は「身近な、しかも若い友人がその整形をした!」で蜂の巣をつついたような大騒ぎになりました。(一人、その当の本人だけがそれを静かに見ていたような感じもします) 正直な話、その手術箇所の違いは私にはよくわかりませんでした。あまり親しいというわけではなかったのでそう、マジマジと顔を見ていたわけでもありません。「言われてみれば・・?!」みたいな感じです。 でも、彼女はその整形をきっかけに結局は別人のようになったんです。とても、明るくなりました。よく笑うようになりました。グループの中にいてもいつも発言などをすることはなくどちらかといえばおとなしい印象。いつも人の影にひっそりみたいな。それが、着る洋服の感じも変わったし、なんだかいつもはつらつ!と。「明るいから!」「暗いと・・・」ということではまったくないのですがその術後の彼女がとても魅力的に映りました。自分に自信を持っている!自分らしい!そうした魅力です。 整形手術は、彼女にとって、ただただ(強調!)一つの自分で自分を変えるための「きっかけ」だったのだろうと思います。そうして、その彼女は、自分でその「きっかけ」を創りそれをちゃんと「自分のモノ」にした。 その「きっかけ」は、意外と身近なところにたくさんある気がしますしなにが「自分にとってのきっかけ」となるのかは実際に体験してみないとわからないのかもしれませんね。(整形の体験のおススメじゃないですよ~!!) カムレイドシップナー養成講座の三回目(7月)は「カラー de セルフプロデュース」と題して「堀本恵子講師」が「色」という入り口(きっかけ)からみなさんの「自分探し」のお手伝いをしていきます。 また、単に「色により自分を知る」に留まることなくその色の力を自分の味方につけての「セルフプロデュース」(自己演出)の方法もレクチャー!!「セルフプロデュース」は女性だけの特権ではありません。男性の方にとっても「自分が人にどういった印象を与えているか」を振り返り・それをよりよいものにするいい機会になると思いますよ。 堀本講師から皆さまへの素敵なメッセージもあります。お申し込みやメッセージは、NPO NCRSA の HPをご覧ください。(http://www.ncrsa.net/)
April 25, 2008
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昨日の夕方から門司に来ています。 今日は、真下に門司港を見下ろせる気持ちのいい風景の中でこのブログを書いていますよ。 観光ではなくて仕事できているので ゆっくりその景色を楽しむ!というわけにはいきませんが それでも、昨日の夕方から入っているおかげで気持ちもゆったりしています。 今年になって、少しだけ意識して出張の時の日程をゆるやかにしています。 これまでは、日付が変更のころ現地に入って朝から仕事をこなして、また日付の変わるころに自宅にもどる!を繰り返していました。 ちょっとだけ、そんな「忙しくある自分」もいいなぁ、と思っていたので(でも、やっぱり無理があるんですよね) そこに、救いはあったものの、もし、そう思えなかったら・・ 。そうとうストレスを溜め込んでしまったような気がします。メンタルヘルス・・・心の(精神の)健康を害していたかもしれません。 著書「あなただからできること、あなたしかできないこと」にも書いたのですが息子の発達障害という病気を受け入れられずにもがいていた時に まったく「飲み薬の問屋」でした。眠れない・頭痛が~、肩こりが~、食欲がない・・・。悲観的なことばかりが頭をよぎる ・・。 今も、もちろん別の意味での「ストレス」も抱えています。でも、そのストレスとうま く付き合っていったりストレスを溜めないような工夫も何と なくは身についてきています。 また(心と体ってすごいくらいに密接なんだなぁ)と 私がカウンセリングやこのメンタルヘルスに興味をもったのも あのころの体験がスタートでした。 言い古されていますが、WHO(世界保健機構)の健康の定義 です。 「健康とは、何事に対しても前向きの姿勢で取り組めるような 精神および肉体、さらに社会的にも適応している状態をいう 」 この定義自体が、いろいろな議論もかもし出してもいますがそれでも「身体と心の関係」はしっかりと示していますね。 誰もがあるストレス。 それに押しつぶされそうになったら?実際に「サイン」を感じ たら?また、身近な人でそうなりそう・なった人がいたら?どのように、それを知り、どのように関わっていけばいいのか 。メンタルヘルスのことは、決して他人事ではありません。( 経験者の私がいうと説得力が?!) その「メンタルヘルス」カムレイドシップナーの養成講座で「事例」を通し て考えてみませんか。 今回の「メンタルヘルス」はEAP(従業員支援プログラム)が入り口となっていますが なにも企業で働く方ばかりを従業員というわけではありませ んね。「組織」「所属している」と大くくりをしていってください。また「人間社会というおお~きな組織に生きている私達」と いう考え方でも活かしていくところは、たくさんあるのではないかと思ってい ます。 「メンタルヘルス」の研修はカムレイドシップナー養成講座の 2回目(6月)に現実の事例を数多くお持ちの「阿竹光志講師」がお伝えします。4月までのお申し込みが大変お得です。是非、NPO NCRSA のHPから! (http://www.ncrsa.net)
April 24, 2008
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一体何のこと?と思われるかもしれません。「CRS」・・カムレイドシップナーの略で「自分自身にも友愛の気持ちをもちまたその気持ちで人に接することのできる人」と、意味づけをしました。 自分も相手も共に「HAPPY」で在るためにいろんなやり方や学び方がありますね。 昨日・おとといと書いた「外見・内面のおしゃれ」も自分を「HAPPY」にするための一つの方法。内面のおしゃれであれば、本を読むとか好きなことをする、好きなところにいく!も、あります。 「自分も相手も共に」であったらどうかな?これまた、いろいろな方法があると思いますが自分と相手を「つなぐ」ものもでやっていくのであれば「コミュニケーション」をしっかりと取っていくというのはあまたあるやり方の中でとても素敵な方法と言えますね。 コミュニケーションの語源て英語でもラテン語でもともに「共通」という意味だそうです。何が「共通」なのか?そう「気持ちが共通化」するということでしょう。目的がそこにあるのだとしたらそれこそまず話し手がどういう方なのかを、とにかく知りたい!!と思うもの。といって「言いなさいよ!」「あなた何者?」と迫っても相手はひいてしまいそうですね。(私にだってわかりましぇん・・)「仲良くなって、気持ちよく(警戒心をなくして安心して)自分のことを話してもらえるようにしていくことが大切」 「それだから、反射して質問して要約するんですよ!」「それだから、話しやすいように黙ってきくんですよ!」 そうなんでしょうか?他の例でいうと 「気持ちを率直に聞けばいいんです!例えば「困っている」っていったら 困っている、ってどんな気持ち?ってね」(はい~~?!) この3つの例はとてもよくあるものです。(私は首を大いにかしげてしまうのですが)。そして、それを「アクティブリスニング」の定義?とされている方も多いです。 「アクティブリスニング」・・そのまま「積極的な聴き方」ですが「アクティブにってどうやる?」「聴き方は?」と分解?してしまうとなんていうか、こちらのそれこそ「気持ちが」こもらずでとっても機械的な感じがして結局相手には届いていかない。 「習ったアクティブリスニングに忠実にやっているのにどうも上手くいかない」方も「アクティブリスニングって何?」という方も人が人にできる心に優しい支援(自分にも優しく)のアクティブリスニングを学んでみませんか。「CRS アクティブリスニング」はカムレイドシップナー養成講座に初日(5月)に私が研修を担当します。日程等は NPO NCRSAのHPをごらんくださいね。(http://www.ncrsa.net/ )4月中のお申し込みには受講料に特典があるようです。 今日も「あ段」のHAPPY言葉をね!(今日の「あ」はアクティブリスニング?!)
April 23, 2008
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その去年の今頃、私は苦しんでいました。 前のブログにも書きましたが「自分のストーリーが描けない!」です。何かを変えたい!何かをという事でもがいていましたので正直「心のおしゃれ」という事にもそうアンテナが上がっていませんでした。 そのあたりの「もやもや」が徐々に晴れてきてグン!と「心のおしゃれ」という言葉にもアンテナが上がり!!すると「シンクロニシティ」が働くものですね~~。今年に入ってまさしく「心のおしゃれ」というそのもの「ズバリ」のタイトルのとっても素敵な本と出会いがありました。 それがまた、私のカウンセリングの一本の柱でもある交流分析に関係している!ので、何だかもう自然と心浮き立ちます。(私の行う交流分析の研修については、NPO NCRSAのHPをご覧くださいね。 http://www.ncrsa.net/ ←HP充実してきましたよ) 「TAを楽しむ本 心のおしゃれ」全7巻加藤浩一 著 心理・教育センター +1 もう、この本との出合いも「サイコー」でそれだけでうれしかったのにもっと「HAPPY」なおまけがついていました!注文した本を送っていただいた包みの中にもたくさん散りばめられている著書 加藤浩一先生のとっても素敵で暖かい言葉や考え方。TAをわかりやすく一人ひとりの方に届けたい!という手作りの熱い想い。(この全7巻も20年かけられて全巻を書かれたそうです)文章・言葉を通じて加藤先生そのものが伝わってくる!という感じ。(お目にかかったことはないのです) 本の内容にももちろん、そこにも感動して(うれしくて)それを私も形にしたくメールをさせていただいたところ、またまた後日にお返事をいただいて!!ととっても幸せな形で「つながって」いただくことができました。ぬくもりある、人と人のつながりって、やっぱり一番うれしいしそれを実感させてくれる本ですよ。 昨日は「外見のおしゃれ」今日は「心のおしゃれ」を紹介させていただきました。これも、どっちがどっちだからイイとか良くない!の話ではまったくないと思います。(強調しちゃいますが!!)外も内も両方あっての「自分・私」ですものね! 今日は気持ちのいいお天気になりそうです。(やっと、朝書くペースにもどせました・・)「あ段」のHAPPY言葉で、「自分」を大切にしていきましょう。
April 22, 2008
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週末に行っていた仙台での話ではないのですが 「雨」で「業務が少し早く終わった」と「宿泊」がつながって、思い出したことがありました。 ちょうど昨年の今頃だったのですがやはり出張先で17時には業務が終了!翌日も同じところでの仕事でしたので、その晩もホテルに宿泊。研修会場からホテルに戻るまで(何しようかな)とブラブラ(ふらふら?!)心の中では「リフレクソロジー」「温泉」「岩盤浴」などを探しながら。 やっぱり「アンテナ」が上がっているとビビッと引き寄せるものですね!「ハンドマッサージ」「足つぼマッサージ」の看板がありましたよ!! 私がジーッとにらんでいた?おかげか?!お店の中からすぐに店員さんが出てこられて「オープンしたばかりなので、かなりお安いです。 また、今日は「雨」の日のご来店感謝デーでもありますよ!!いかがですか?」もう、その彼女の満面の笑顔に吸い込まれるように「即」入店! 私は「ハンドマッサージ」と「足ツボマッサージ」にしか目がいかない!というか見ていなかったのですがいろいろやっているお店だったのを施術がはじまってから発見。 (大多数の人が何か私と違うことをやっている?何だろう)と思って訊いてみたら「まつげのエクステンション」と「ネイルアート」だそうです。(初めてきいた・・ネイルアートは知っていましたが・・)「オープンと雨の日の感謝デーと重なっていますから だいたい市価の三分の一程度のお値段なので 今日は「まつげエクステンション」のお客さまが絶えませんね。 また、ネイルアート(と言ったと思う)も大評判をいただいています!!! 今からですと、だいぶお待ちになりますがお客さまもいかがでしょうか」彼女の言葉は止まりません・・。 でも、ハンドマッサージの為に私の手を取られてから一挙に「静か」に・・。 ネイルアートどころかマニキュアをしている訳でもなく(たまには塗るのですが)爪も伸ばしているとイロイロうっとうしいので全然、伸ばしていない。「まつげ」に至っては・・・、書くまい。 彼女ポツリと。「腕も足もこんなに細くてきれいでいらっしゃるのに・・ (もちろん、営業トークですよ!夫には「棒」と言われてます) お客さま「おしゃれ」に興味がないのですか?」 いえいえ、決してそんな事はないのですが「外見のおしゃれ」よりも「心のおしゃれ」の方が私にとっては価値のあること。それだけなんですよ。 これが昨年の今ごろの出来事でした。さて、今年の今の「心のおしゃれ」は?後半で書かせてくださいね。
April 21, 2008
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丁度、一週間前に「希望の星」というタイトルで 彼らの希望の星である若い店長を慕う若者の話を書かせていただきました。(よろしかったら「希望の星」を読んでくださいね) 実は、その若者達。私の知る限りでは、みんなそのお店をその後すぐに辞められたそうです。どうしてか・・。その店長のいるお店ではない店に配属になってそのまま、いつのまにか行方しらずに。 後になってそのことを教えていただきました。 よく「モデルになる人を探す」という「モデリング」という言葉を聞きます。そのこと自体は、とてもいいこと!だと思うのです。こんな人になりたい!あの人みたいになりたい!!そういった目標を持つ、ってすごく大事なことだと私も強く思います。 でもね、ちょっとだけ見方を変えていただけたらうれしいなぁ・・とも思います。 そう。「モデル」というとその「モデル」になる方の完成形?!だけを追ってしまう。自分もその人みたいに!!と「結果」をつい見がちです。そうではあるのですが、あまりに「結果」ばかりを追ってしまうとその「モデル」になる方たちがどういった「プロセス」を経て、その「結果」に到ったのかを見ずじまいになってしまわないでしょうか。大切なのは、その「結果・・完成形」よりもその方が、そこに到った「プロセス」を知りそのやり方や考え方に、それこそどう行き着いたのかその苦悩や、変化を「モデリング」していくこと自体こそが必要なのにそこは「すっ飛ばし!」てしまう・・。何だか、もったいないしそれこそ「モデリング」とはちょっと違っているのかなというように感じています。そのモデルと慕う方の「結果」よりも「そのプロセス」や「軌跡」に目をやっていただきたいなぁ、と思っています。これは、まったく想像でしたかありませんがその店長を慕う彼が、その店長のそこに到るプロセスをすべて省いてしまって「結果」ばかりをすこ~急いでしまったかな?そんなことも感じてしまう。彼らには、まったく大きなお世話だとおもうのですが彼らを応援したい人間の一人としてそんな事を思っています。
April 20, 2008
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昨晩、無事にこちら(どちら?・・仙台です)に到着しています。朝、このブログが書けなかったということもありご心配いただいてメールやお電話をくださった方申し訳ありません、ありがとうございました。思った程に強烈な雨風ではなくて、元気?!でやっています。 今日・明日のこの出張は以前から決まっていたのでまさしく今日この日は「またまた桜を追いかけて!」とこちらで見た桜のことを書けるのを実はと~っても楽しみにしていたのですが残念・・、思ったようにはならず昨日からの雨風でこちらの桜もいい時期が終わってしまったようです。 そう、予定は未定!になったのですがそう書ける!!とずーっと楽しみにしていた「期間」があり、それを満喫させていただいたので、とても満足です。(ちょっとだけ、負け惜しみもありかな?!) 思ったこと(願ったこと)や、描いたことがそのようには上手くいかないことも人生にはままありますね。でも、なんとなくですが楽しいことを追いかけて描いていると例えそうならなくても、その期間が楽しめたりうれしかったりと感じられるのも大有り!!なのかなぁなんてことを思いました。 そのアンテナのおかでか、桜ではなかったけれど今日も「楽しい」「ありがとう」「大切にしたい」の再発見がたくさんありましたよ!(まだこの時間、もっとありそうです)
April 19, 2008
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朝から、微笑ましいというかウケた!というか。 こちら関東は昨日から大雨。その事は朝のTVでも時間を割いて取り上げています。ある番組の中で東京の某場所から、今の状況を局のリポーターの方が中継していたのです。 とっても気せわしく「こちら○○では、昨日から力強い雨が降り続いています!!」って!! 「激しい雨」ではなく「力強い雨」!! この雨が何かの惨事を引き起こしたらとても、微笑ましいなんて言っていられないのですが何だかこの表現って「へぇ~~」「ほぉ~~」(感心したということなんですが)みたいな感じでやけにウケてしまいました。 言葉って、やっぱり使い方によって大きく印象が変わるものですね!このリポーターさんが意識して使ったのか、間違っちゃったかは不明ですが 「激しい雨」「力強い雨」・・・この表現の違い(意味づけの違い)も人それぞれなのだろうなぁ、と感じてより微笑ましくなったんです。 と、朝からニコニコなのですがこの「力強い雨」はこれから東北に向かうそうです。ニコニコばかりもしていられない!! それに合わせたように私も夕方から東北に行きます・・!。(この語尾を「・・・」にするか「!!」にするかで これまた印象が変わりますね。とりあえず両方!?) 今のところ新幹線などに遅れは出ていないということなのですが移動は、一仕事終わった夕方になりますので何か状況に変化があるのかなぁ、とも思っています。 でも、今から心配しても仕方がないですね。 向こうに着いて「あ段のHAPPY言葉」をつぶやく自分を想像しながら「今、やること・やれること」を楽しむことにします。 お出かけの皆さまも、足元など気をつけてください。
April 18, 2008
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講演やセミナーで全国各地に行かせていただいています。 (移動がしんどいなぁ・・)と思うこともありますが(年々?)もちろん、うれしいことの方が多くて「出張好き!!」を自認しています。 その大好きな出張なんですが時には「困ったこと」もあります。 そう、気候・気温があまりに違っている場合!!九州からそのまま北海道へ!なんてこともありそれなりに着るものとかの準備はしているのですがその準備が行ってみたら全然役に立たない!というちょっと「ガックリ」なことも。 そうなると、現地に行ってから洋服や靴などを購入せざるを得ない・・。 普段からの買い物嫌いも大いに影響するのかもしれませんがとにかく、デパートとかは苦手・・。欲しいものをゲットするのに大いなる「労力」がかかります。 丁度、何年か前のこの時季だったと思うのですが東北への出張。こちら(東京)は、春らし「いい陽気!」その感じで現地に着いたら?!雨交じりで、寒いのなんの!大げさでなく「ブルブル」着いた時間が遅かったのでデパートとかはみんなしまっているし翌日の朝は、早い! その翌日の夕方、仕事を終えて一目散にデパートに飛び込みコートと服、肌着やマフラーをがさごぞと買い込んだ思い出があります。でも、時季的にほとんどが春・夏ものに変わっていて探すのにとても苦労しました。おまけに、その翌日はとても暖かくて購入したものはすべて「重い荷物」としてお持ち帰り・・。(でも、いいんです!その晩はとても暖かかったもの?!) すみません。何ということのない話なのですが昨日は、初夏の陽気だった所もあったというニュースにスイッチが入ってしまいました~!どこかに移動という事ではなくても気温が定まらない時期です。皆さまも気をつけてくださいね。
April 17, 2008
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先日、新聞の書籍紹介のところを見ていましたら とても素敵な「書評」というか「推薦の言葉」に出会いました。 矢口敦子さんが書かれた本「償い」の紹介。(私もこの本は、読んでいましたので他の紹介文より目に留まったのかもしれません。)その「償い」に対して、ノンフィクション作家の小松成美さんがこのように書いていらっしゃいました。 ギュッと心をつかまれたので一部分引用させてください。 「心を救えるのは、心でしかない。絶望を食い止めるのは希望でしかない。誰かに必要とされるだけで、人は生きていける」 と、ありました。どのフレーズも心ときめくというか「ウンウン、そうだよね」だったのですがそれから「希望」という漢字二文字が頭から離れず・・。(いつも、何かこういうのがありますね) 「希望」って一体なんだろう。 「希な望み」と書くので、あまりたくさんあるものでもなさそう。また、「目標」とか「達成」といった行き着く先・ゴールのこと自体をいっているのではなさそうです。そういう物理的なものではなくて、それこそ「望み」という抽象的なもの。 散々考えて(暇なのかもしれない・・)「望んだところ」「行き着く先」「そのゴール」への向かうための「プロセス」を「希望」というのかな。なぁんて、いうふうに思いました。 「希望」・・かなうかもしれない、叶わないのかもしれない。でも、それこそ「希望」を持ち続けたいですし人間社会でみんなが「つながって」いる中でお互いがお互いの希望をかなえる「応援者」であるといいですね。 NPO NCRSA(通称:ナッカーサ)もそうした「希望」を持つことへのお手伝いをしていきたいと思っています。その活動の一つである「支援者」のための研修「カムレイドシップナー養成講座」それぞれの担当講師よりのメッセージを順次UPしています。是非、いらしてください。http://www.ncrsa.net/
April 16, 2008
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唐突ですが、この「もったいない」という言葉、私大好きなんです!! (!をもっとつけたいくらい)とっても良く使っている、思っている言葉の一つでもあります。 「もったいない」って、ちょっと古臭いような貧しい象徴?のような印象もありますか。 ちょっと、辞書を引いてみました。・ ものの値打ちを無駄にするような気持 ・ありがたすぎて、おそれ多い と。 最初のには「ものの値打ち」とありますね。次のには「ありがたい」とあります。良すぎる?解釈になるかもしれませんが「ものの値打ち」がわかっているからこそ!「ありがたい」という気持ちがあるからこそ!です。 そういうことを踏まえて「もったいないね~」と使えば相手やその物事を認めての、素敵な「HAPPY言葉!」そんな気がしますよ。(「あ段」じゃないのが、もったいない?!) そう言いつつの最近の私の「大いにもったいなかった」は実はこのブログなんです。このブログを開設してしばらくは原稿を書いて、それをお渡しして「UP」してもらっていました。(やり方がわからなかった・・)でも、自分で書いてUPできるようになってこの「楽天ブログ」の使い方も少々理解ができてきました。 この「楽天ブログ」でブログを開設されている方が私のブログに来てくださると、それが相互でわかるようになっているんですね。その事を最初に知ったときに今度は私の方がお邪魔させていただこうと訪れてみたら!?しょっぱなから「アダルト系」?の画面が目に飛びこんで~~~!!!(私も年だけでいえば十分すぎる「アダルト」ですが・・) 以来、まったく訪れてなかったのです。でも、ここ数日(いや、みんながみんなそうなんだろうか?!)と思い直して、勇気を出しクリックすると・・「あ~、なんて素敵な発信をされているのだろう・・」と思わず見入る(読み込む?)ことが本当にしばしばです。 もったいないことしたなぁ~~と、心から。これからも、果敢にチャレンジ(最初のがトラウマのようになってる?!)させていただきます!! その最初に私のブログを毎日UPしてくれていた当の本人「NPO NCRSA」のスタッフであるホーリーも「心のバンソウコウ」という素敵なタイトルのブログを開設しています。http://plaza.rakuten.co.jp/ncrsa/ こちらにもつながっていただけたら幸いです。
April 15, 2008
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昨日からの続きになります。 今日はじめてこのブログを読んでくださる方申し訳ありません。昨日の「希望の星」を読んでくださいね。 その「若い希望の星」のカッコイイ店長ですが一つの口癖がありました。「それって、サイコー!」です。 今でも良く聞きますが、その頃って特に「さいてぇ~」とか「うわっ、最悪じゃんか」といった言葉が特に若い人たちの間で飛び交っていました。彼らが集まって話していたときも「あの客が」「社長や常務が「「彼女が」「自分が」と、誰かが何か言うと、お決まりのように「さいてぇ~」「まじ、最悪っすね、それって」とか。 でも、その店長はそういう時に、「さいてぇ~」ってゼッタイに言わないんですね。そこで本来入るはずの?話の合いの手?はすべて「おぉ、サイコーじゃん」「まったく、サイコー!」という感じ。自分の辛い話をするときも「バイトの使いすぎって、社長に毎日うるさくいわれちゃっててもう、サイコー!っすよ」って感じです。もちろん、ちょっと自嘲気味の言い方だったり人を揶揄したような印象もなくはないですがでも、口に出す言葉はいつでも「サイコー」です。 中学生の時は、学校中の先生を困らせて遊んでばかり。バイトで慣れた職場とはいえ、そこの社員になって「全然、勉強してこなかったから、覚えられないことも多くて苦労しました」「中卒という事で、馬鹿にされたことも多かった」「先輩や上司とぶつかって、何度「俺、やめます!!」と言ったことか」と、彼は良く言っていました。 若くして店長になるまでに、とても多くのことがあったと思いますが彼は、それらのすべてを「サイコー!」という言葉に置き換えて頑張ってきたのでしょうね。人知れず、悔し涙を流しながら(まったく、サイコーだよ。俺の人生)とつぶやいてきたのかもしれません。 今、「あ段」のHAPPY言葉を!!と提唱?していますが(こちらについては、2月29日のブログ「快モードへまっしぐら・・「あ段」のHAPPY活用で!!をご覧くださいね」この店長の「サイコー!」もまったくそうですね。「さいてぇ~」とつぶやいたり言ったときから同様の「意味づけ」を自分にし「サイコー」「ありがとう」と自分や人に言えたときから「サイコー」「ありがとう」の意味づけが、自分の中で行えるのでしょう。 そう、自分に起こったことの意味づけは自分でしたできないのですものね。 週明けですね。そうした「あ段」のHAPPY言葉でその通りの意味づけをしていきましょう!
April 14, 2008
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今でいう「イケメン」っていうのでしょうか? (イケメンの意味って「いけてる顔」でいいんですよね?)20歳前後のカッコイイ(あぁ、この言葉の方がしっくりきます・・)お兄ちゃん達数名が妙に慕ってくださって(その頃私は30代・・ちょっと悩みを話しやすいお姉さん感覚だったのでしょうね)定期的に相談にのったり、食事にいったりしていた頃があります。 その男性達は、とある外食産業の同じ店で働いていたという共通点がありました。偶然、その中の一人でその店で店長をやっていた方と知り合いになってイロイロと話を聴いていくうちに何だか、そこで働いている若い男性達にも相談をもちかけらるようになりました。 その店長もその頃21歳か22歳だったか。その位でとにかく若かった(私からすれば?)です。中学生のときに(とても「ワル」だったそう・・彼いわく)その店でバイトをしていて、中学を卒業してそのままその店に入ったと。またまた、彼いわく「とんでもないワルの俺をここの社長が拾ってくれた恩義を忘れたくない」 店長以外の方たちも、同様の事情があって16歳にして郷里を出てこざるを得なかった人も。「再木さん、俺らのこと怖くないの?」とよく訊かれたものです。(怖いなんて全然、だってみんなすごく輝いてました~!! ・・・「ワル」の名残はけっこうあったけれども?!) 本を読む習慣がないから読みやすい本を貸して!とか。(私も、面白い漫画とか教えてもらったり)若い彼らの恋愛(まったく得意分野ではないですが)や仕事のことなどいろいろな話しをしてくれていました。 その中で、強く思ったこと。彼らにとって、その店長が「希望の星」なんですね!二十歳くらいでは乗れないような車にのって会社の上層部からは「若きエース」と思いっきり頼りにされている。そして、恐ろしく女性に「モテル」?! 何より、親の力などはまったくなくてその店長自身の努力によって「今」がある。でも、それをひけらかすようなことはしない。 「今にみていろ!俺だって(店長のように)!」(古い・・・)という思いや「これまではハンパなことをやってきたけど 店長のようになりたい、という思いはハンパじゃ終わらせない」ということが、若い彼らを奮い立たせていました。 また長くなりましたね。明日、続きで「その店長」のことをもう少し書かせてください。 「やっと、日曜日・・」の方もいらっしゃるかもしれません。リフレッシュできる一日になりますように!
April 13, 2008
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発達障害を伴った21歳の一人息子。 昨日は、通っている自立支援センターの公休日でした。 息子は、決まったように(決めたように?)特に予定の無い休日は10時まで起きてきません。(休みの日は、10時まで寝る!という習慣なのかな?) 朝早くに仕事で家を出た私は朝に息子と顔を合わせることはなかったのですが夜、帰宅していつもどおりビックリ!家がきれいになっている!!! 掃除機をかけておいてくれたり台所もレンジフードを取り替えたりしておいてくれたらしくそこここがピカピカ!! もう、お礼を言いまくったのはいうまでもありません。 しょっちゅうこんな感じですし「コレ、やってくれる?やっておいてくれる?」にも「イヤです」という事のない息子なのですがこのところ、あちこち(というほど、あちこちではないですが)で「言葉が乱暴」「人が嫌がることを言う」「声を荒げるときがある」などを教えていただくことが・・。 家では、まったくそんなことがないし、そんな様子もなくて・・障害ゆえなのか(何かの間違いじゃないだろうか・・)と思いつつもその都度、息子と話したりしていますがなかなか変わっていきません。 昨日も、息子の友達からそういった内容の電話をいただき(ん~~、家と外とこうも違うのは?)と改めて考えた訳ですが。 いろいろ(こうかな、あれかな)と思う事がありました。やってくれてるに甘えすぎなのか、とか。もちろん、親の接し方にも考えが及んで「変えてみよう!」もありました(やってみます)。 もう一つ思ったのは、息子が家の中で「いい子」であったり「何でもできる子・してくれる子」でいることにストレスを溜めているということは無いだろうか・・。そういえば、息子のストレス発散って?ストレスの発散場所って、どこなのだろうか? ストレスが無いわけがありません。私達よりも、ストレスになることをたくさん持っているでしょう。私だって、どこかでストレスの発散をしなければとても厳しい状態になって、とても平静ではいられません。 ちょっとこれまでと違う角度で考えてみようと思っているところです。
April 12, 2008
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何だか、段取りが格別に悪くなってきました。 ○○のせい?!か←久しぶり!(相変わらず、言葉に出したくない?!)落ち着いて、取り組む時間がなくて日々バタバタしているせいか。(こちらも「時間のなさ」のせいにしていますね)集中力に欠けてきたのか。 もともと、整理整頓は苦手・・(実は、とっても)研修などをやっていても、私の机の上はけっこう乱雑になります。(はい、自慢じゃないですね)でも、段取りのよさ!には自信があったのですが最近は、その「自信」が大いに揺らいでいます。 (あれっ?!私こんなに段取り悪かったかしら・・)に、まず行き当たったのが「料理」です。料理って「あれと、これと、それを作って」と完成形?が明確なので、そのいくつかの完成形からじゃあ、これとこれは一緒にやって、これはその次!でこれをやっている間に、そっちをやって!(あれとかコレばっかりですみません)と、段取りが頭の中で組みやすいものですね。 部屋の片付けのように、一日単位ではなくて(溜めちゃうからなんですけど)「短時間勝負!」も私向き!で、楽しみな作業の一つだったんですが。 冷蔵庫を開ければ(ヤダ~、何を出そうとしてたんだっけ・・)一つ野菜を切って、まな板や包丁を片付けてから(まだ、切る野菜が他にもあるじゃない・・)を繰り返して「ふぅ~」そのうちに、やることも台所もごちゃごちゃしてきて更に(ふぅ~・・・、もう作るのやめて、ピザでもとろうかな・・)と。 料理以外でも、あっちもこっちもと思っている間になにか抜けたり、中途半端になってしまったりしています。 と、ここまで書いていて思い出しました。息子を出産するときのこと。陣痛も長くて、痛くて、苦しくて・・その最中ずーっと思っていたんです。(生まれなきゃ、この痛みは終わらない。 生まれたら、とにかくこの痛みは終わる・・。 生まれたらこの子に会える。とにかく生まなきゃ。生もう!!)って。文章にすると、なんだか笑ってしまいますがそのときは、もう呪文のようにつぶやいていました。 そうですね(勝手に完結していますが・・)とにかく、やらなければ行動しなければ「結果」は出ない!描いていた完成形は形になりませんものね。(久しぶりに、ちゃんと朝食作ってみようかな!) 「やる」「大丈夫」でトライしてみましょうよ!!今日も「あ段」のHAPPY言葉でいきましょう。
April 11, 2008
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改めて「人とつながっている」から「できる」「頑張れる」を 感じています。支えられているなぁ、ありがとう、と思えることがとても多くあってです。 仕事の関係だったりもあるし仕事以外の部分での家族・友人もありますね。直接お目にかかって「つながる」場合もあります。直接ではないけれど、手紙やメールでも(このブログもそうですね)多くの方と日々「つながって」います。支えられているんだなぁ、と思います。(支えられている、というより助けてもらっている?!) ふと、そんな観点で物事をみてみたらたくさんの社会や人と「つながってる」を見つけられました。 日々、読まない日が無い(多分)本。どの本にも作者の思い入れや伝えたいメッセージがあるので読んでる側としてそれを受け取ります。ここでも著者と読者として「つながり」ができていますね。 そう考えたら、新聞の記事もそうですし(どの番組をみようか)と迷うTV番組も同様です。記事を書かれた方や製作者の方々と「つながって」います。今は、パソコンだけが心の支え!という方もいらっしゃるかと思いますがそれも、オーケー!十分社会とつながっていますよね。 「つながっている」の濃淡(変な言い方ですね)にはその時々の「自分の在り方」や個人の好み(これまた変な?!)・個人差があるようです。(相手にもよるかも) すごく「濃く」特定の人とつながっていたい時(いたい人)「淡く」つながっていたい時。 濃くでも淡くでも何らかで「社会や人とつながっている」ことに変わりはなさそうですし「つながろう」と思えばその手段は無数にありますね。 自分のペースでいきましょう!
April 10, 2008
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昨日からの続きになっています。 もう一つの支援者(私はカウンセラーですので特にカウンセリングという観点からです)の間で良く出る話でアンテナがビビッとのもの。 「クライエントさん(相談をする側)の成長を促すのがカウンセリング!」こちらも、実は、引っかかってる言い方なんです。(あちこちに、引っかかるでしょ?!←性格丸出し) 「成長」・・・この言葉自体は、大好きです!私自身も常に「成長」していきたいと思っています。そして、人はそもそも「発達」したり「成長」したりが自然とできるものだと信じています。 だからこそ、その「人の成長を促す」という言い方自体がなんていうのかしら・・。「不遜」というか支援者側の「おごり」や「力の入りすぎ」を生み出してしまうことがあるのではないかとどうも感じてしまう。 以前から「してあげる」という言葉が好きじゃない、使いたくない!と書いたことがありますが、そこに通じるものもあります。 カウンセリングばかりでなく、支援を受けてみよう・人の支援を受けてみたいという方の多くは「苦しんでいたり」「困ったり」「寂しかったり」「人とつながっていない感覚だったり」なのでしょうね。自分が信じられない・他人が信じられない、といった「うなだれている」(心身共にです)ような・・・。 昨日も書いたことなのですが支援というのは、支援を受ける方の「明日の(未来の)HAPPYにつながる今や今日を変える種」をお渡しするようなもの。であれば相談された方は「種」をもっている(もったことに)気づいてくださればいい。再度「自分の持っている力」に思いを寄せることができるだけでいいのだと思います。無理に「さぁ、成長しようよ!」「本来、成長できる力があるんだよ!」と支援者の側が声高に言ったり、そんな姿勢で挑まなくても。だって、誰もが「自然と自分で成長する」ようになっているのですから。 今現在は心や体が疲れているけれど「明日の(近い未来)自分のHAPPY」に向かうように落とした肩や頭をあげて、前を向いていく。それがいいんじゃないかと思いますよ。 コミュニケーションを良好にするやり方にはいろいろありますね。カウンセリング的関わりもその中の一つでしょう。いろんなやり方の中でもっとも「相談する方に優しい」ものでありたいと感じています。(「優しい」もあ段ですね!) こうしたカウンセリング的な関わりを中核に「あなたに優しい」学びの場を提供しています。NPO NCRSA(http://www.ncrsa.net/)のHPが更に充実してきました。是非、ご覧になってくださいね。
April 9, 2008
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私自身もカウンセラーという支援職ですので カウンセラー仲間が大勢いますし仲間というほどには近しくはないけれどカウンセラー同士であるいは支援職仲間で「支援とは何ぞや?」と言った話になることがしばしばあります。 いろんな話がでてくるのでそうした話し合い(激論?!)から私もたくさんの「考える種」をいただいていてありがたいなぁと日々感じています。 いろんな事があるのですが現在、気にいっている(というのも変ですね。アンテナが特にあがっているかな)のが「問題解決」と「成長」ということです。またまた長くなるので2回に分けてで今日は「問題解決」について書かせてください。 とあるカウンセラーは言います。「カウンセリングとは、クライエント(相談をする側)の 問題を解決することです!問題解決をしてこそカウンセラーです!」と。 そうそう!とうなずかれる方といや、そうか?とのご意見に分かれるでしょうね。私の考えは「そうでもあり、そうではなし」です。(えっ、それはずるい?!) 「カウンセラー」「カウンセリングをする人」「支援者」と一口に言ってもいろんな範囲がありますし「カウンセリング」「支援職」という言葉をどう定義するかによっても変わってきますね。(そんな「定義」云々をここで語ろう、という訳ではありませんよ)また、この「問題解決」を「誰がするのか」によっても変わってきそうです。(語らない、といいつつ語ってますね) 一番私にとって身近な「カウンセリング」で考えてみました。 「治療」を目的とした「カウンセリング」であれば「どこか不具合を感じているところ」(カウンセリングという括りでは、心とか精神とかになるのでしょうか)「問題」になっている「困った症状」という「問題」を解決するのかもしれませんね。でも、私も含めた方が行う「治療ではないカウンセリング」でもそうなのかな?とは思っています。 また「誰がするのか」です。これは「治療」という場も大いに含んでいいと思いますがそれは、クライエントさんであってカウンセラーではないでしょうね。クライエントさんが「不具合」や「問題」と感じていなければその「問題」自体が無いわけですもの。 「問題解決派」?!には「いや、クライエントがその事を「問題」と思っていないこと自体が「問題」なんだ」とおっしゃる方もいらっしゃいますし、そういう場合もあるのかもしれません。 なぁんだか「その力の入りすぎ」が双方の関係にまたもや新たな問題を呼び込んでしまう。そういった堅苦しさをどうしても感じてしまうのは私だけでしょうか。(もちろん、これはカウンセリングをいう場面だけでなくいろんな場でみられます) 私個人は「問題」「課題」「苦しい」はとても大事な経験だと思っています。それは「明日の(未来の)HAPPYにつながる今を変える種の一つ」ですから。 今日の関東は、台風のようなお天気です。こんなときこそ「あ段」のHAPPY言葉を活用していきましょう!
April 8, 2008
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「タンジネスクラブ1kg超(活)がネットででてるけど 久しぶりにいかかですか?」と、夫からメールをもらったのは数日前でした。「即、手配おねがいします!日曜日なら夕方帰れます」を私も返信して、その日曜日が昨日でした。 そのメールをもらった晩に帰宅した夫が「休日にあなたがいるのも珍しいし、お義父さんも呼んで 食べてもらおうよ!昼間迎えに行ってうちに来ておいてもらって 食事のしたくもみんなしておくから」と、うれしいことを!「そうだね。一泊とまってもらって翌日は私が父を送っていくね」と、話はトントン! でも、話した翌日気がついたのですが父を送っていくといった日(今日)は、私が時間がとりにくくなっていてしかも、出張あけですから、疲れていそう・・な予感も。また「即」そのこと(残念だけど、父は今度の機会に)を夫にメールしました。返事がなかったけれど(大丈夫でしょう・・)とそのままに。 そして、その当日の昨日(ややこしいですね)おとといの夜遅くに大阪よりもどり、昨日は都内で研修担当。昼休みにフトメールを確認すると、夫から立て続けに3通。「お義父さん、来てもらっているけど、今日の話は聞いてない、って?!」「話、どうなってる?目がみえにくいからメールするのも大変!」等。 私も(え~~?!、どうしてこうなっちゃってるの?明日送っていけないし、部屋の掃除だって満足にしていないに~。メールしたじゃないの!!)と、一挙に不快モード・・。帰宅間際に夫に電話しましたが、ちょっとツンツンしている自分がいました。(帰ってからもやらなきゃならないことがあるのに、何もできない) 仕事が終わっての帰り道も、何だか帰りたくないような気持ちをグッと押さえながら「あ段」のHAPPY言葉を自分に投げかけ気持ちを変えようとして、帰宅しました。 自宅について、父親も何だか「?」のオーラが・・。「昼前にM(息子)から電話があって、これから迎えに行く!っていうので ランチでも一緒にかな!と思っていたら、「パパが車でまってるよ!」で何がなんだか・・。明日の英語のレッスンの話で電話がくることになっているんだけど」 こちらの連絡不足を謝りつつ食事。食べ物はおいしい!柔道のダイジェストなど観て共通の話題で盛り上がりだんだん気持ちが晴れてきました。(でも、まだまだ残っているわだかまり) 食事が終わり父が「あ~おいしかった。ご馳走さま。そろそろタクシーよんでくれる?」(あ~、早く帰りたいんだろうな・・)間髪を入れずに夫が「僕部屋まで送っていきますよ。そのつもりで全然飲んでいませんから!」 これには、ビックリ!休日の少ない会社にいる夫ですので日曜日に夕食の支度をしながら、食事をしながらの「お酒」は夫にとってとっても楽しみなリフレッシュ!の時間のハズ! 私が数日前に送ったメールを見る直前に夫がめがねを紛失事件があったようです(とても視力がいい人です。その分、年齢が高くなってきたら「老眼」が!)で、メールが読めなかったそう。その事で何らか感じることがあってのことでしょう。 自分の都合だけで「モヤモヤ」「ちょっとイラッ」としていた自分がとても恥ずかしくなりました・・・。 夫には、おそまきながら「飲んで」もらってその後すぐにマンションの入り口に来てもらったタクシーにのる父をみんなで見送り、部屋にもどって夫にお礼を言っていたとき自宅についた父から電話がありました。「すごくおいしかったし、楽しかったよ。再木君(夫をこう呼びます)にくれぐれもよろしく言ってね。ありがとう」 一日の終わりになって心がやっとなごみました。少しずつでしたが、やっと柔らかい心になれた気がします。
April 7, 2008
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この頃、私の周りでは(私も含めてですが) 何だか、いつもと違うなぁ、とかちょっと、ご自分のペースを崩されているのかなと思われる方がいらっしゃる気がします。 そうした方々に「大丈夫?マイペースでいけたらいいね!」と声がけさせていただきます。そう声をかけさせていただいた方のほとんどが「そうですか、やっぱり急ぎすぎに見えます?」「いつになく、やる気がないんですよね」「そういえば、最近寝不足で・・」とかお応えになりますね。 「えっ、マイペースじゃないようにみえますか? 再木さんから見てどこがそう思われます?」とおっしゃる方って意外を少ない。 面白いなぁ、と思いませんか。こちらが「あなたのペースというのは」などと言わなくても、そう投げかけさせていただいた方のほとんどが既に、しっかりと「マイペース」にご自分の「意味づけ」をしていらしゃるのですよね(もってらっしゃる)。 上の例でいえば「マイペース」• 普段はゆっくりと物事に取り組む・・・・のが自分のペースを思っている• いつもやる気にあふれている ・・・・のが自分らしいと思っている• 睡眠はしっかりとるように意識している・・のが自分には必要? 「えっ、マイペースじゃないようにみえますか? 再木さんから見てどこがそう思われます?」と、おっしゃった方は、人の目を意識しやすいのもご自分のペースなのかもしれません。 よく「自己分析」といいますが(私は、実はこの言葉が苦手・・また近日書かせてください)そんな、大仰に眉間にしわを寄せて、事を難しくしなくてもちょっとしたこと「私のペース」ってどのようなものだろうか「私らしいペース」ってに、思いを馳せてみるだけでもいいんじゃないかと思います。なにも「これが私のマイペース」って分析してわからなくても(ああ、わたしは自分のペースをこのように意味づけ(捉えて)しているのね)で、十分。そこから先は、意味づけされたご本人がそれをどうしていくのかをお決めになればいい事ですもの。 今日も、素晴らしいお天気ですね。「マイペース」を意識しながらHAPPYで!(マイペースも「あ段」でした~~!)
April 6, 2008
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まったく暖かい日が続いて気持ちがいいですね。 昨日から大阪に来ています。新幹線の中から、外を見るともう見事に「桜」「桜」「桜」!!!本当に、あちこちに桜が咲いていていい目の保養!(桜って、日本の象徴の一つなんだと、つくづく) 自宅を出るときにうちの側の桜はもう散り始めていて桜の花びらのじゅうたんができていましたがこちら関西は、今が見ごろ!朝のTVのニュースでも「お花見日和」としきりに。 特に「お花見」という訳ではないですが(仕事で来ています)何だかとっても得した気分がしています。 「今」しか楽しめないこと、「今」だから楽しめること(このフレーズ、以前にも書いたことがある気が?!)って、けっこう多いですよね。 そうした「今」を追いかけたり考えたりしながらその日、その瞬間を大事にしていく。これもまた「生きやすさ」につながっていくのかもしれません。 みなさんの「今」や「今日」は?そこでしかできないことはどのようなことでしょうか? HAPPYな一日にしましょうね!
April 5, 2008
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「春眠暁を覚えず」とはよく言ったものですね。 昨日は、ぽかぽか陽気もあったのか「暁」どころか昼間の電車の中でも、ウトウトされている方をあちこちで見かけました。すごくのどかな感じがします。(とてもお疲れでウトウトの方には「のどか」と表現したら申し訳ないですね) この4月から新しい環境で学んだり仕事をしたりしている方も多くいらっしゃると思いますので、丁度疲れが・・の頃かもしれません。一挙に!よりも徐々に!でいきましょうよ。 今日のタイトル「お目覚めはいつですか?」はどこかで聞いたことがあって「いいなぁ!」と思ったフレーズなのですがどこでだったかは・・・(相変わらず) 私自身も3月も末で「卒業」した役割もいくつかあってなぁんだか「心の春休み」をいただいていた感じです。(宇宙旅行もしたし?!)残念ながら心身共の春休みとはいかなかったですがそれでも「心の春休み」を2~3日とれたおかげでずいぶんとリフレッシュすることができて今は、とても「シャッキリ!」とした感じがしています。(お目覚めしました~~!!) そういえば、体調の悪いとき・疲れの溜まっているとき本当に(どうかしちゃったんだろうか?!)と思いながらも20時間くらい寝てた感じ!という経験があります。(皆さんもその経験がおありではないでしょうか) 心もまったく同様ですね。ストレスが溜まってきたかな、と感じたら「心のお休み時間」をとってください。 そして自分で自分に優しく(お目覚めはいつですか?)なぁんて投げかけてみたら見つかることがきっとありそうですよ。 学びの意欲が目覚めたら研修はいかがでしょうか。カムレイドシップナー(友愛のハートで人に接することができる人)養成講座ただいま受講受付中です。詳細は NPO NCRSA http://www.ncrsa.net 今日も春らしいお天気ですね。「HAPPY!」でいきましょう!
April 4, 2008
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といっても、宇宙に行ったことは無いのですが・・ 昨日は、もし行ったらこんな感じもあるのかなぁ、を経験しました。 ・相手が何を言っているのかがサッパリわからない・その空気が、いつもの自分の吸っているものと違う気がする・一体ここはどこで、私がここにいるのは何故だっけ・・と自分の存在感がない・ 気分が悪い・・乗り物酔いした感じで、やたらと生あくびがでてくる(未だにおさまらずなんです) どこに行ったと思われるでしょうか。「パソコンショップ」です。 自宅のプリンターのインクが切れかかっていてどこかに寄れたら購入しよう!と思っていたんです。で、昨日は、折りしも出先で比較的時間の余裕もある中で大きな「パソコンショップ」を発見!! 入っていきました。どの辺りに置いてあるのかを店員さんに訊いて広い店内をヨロヨロと。すでに船酔い気分です。(これは一体ナニ?)という商品ばかりが並んでて・・。 売り場で商品番号を控えた紙を差し出して探してもらい目的のものは、ゲット! 何だか魔が差したのでしょうか。(次の待ち合わせまで、少しの時間もあったんです)ふと、隣のノートパソコン売り場に行ってしまいました。 常々、もう少し持ち運びに軽いのがあれば!と思っていました。インターネットさえできればイイのだから・・でも、今思えば、ここから「考え違い!」がはじまっていますよね。それならば、携帯電話をもっと使いこなせるようになればいいのに辛いことは、なるべく避けたいのか、そこには頭が回らず。(実際、できないし・・・) ちょっと見て、これまた何がなんだか分からないから店員さんに訊いて(訊いてばっかり・・)みました。そしたら、その店員さんの話している言語が全然わからないんです!!だんだん、その私には何を言っているのかが分からない言葉を連ねる店員さんの顔が異次元の世界、宇宙人のように思えてきて気分が悪くなり、生あくびがどうしても(店員さん、ごめんなさい!) 私のITに関する知識の無さ、買い物嫌いがまったくの「宇宙旅行!」になってしまった訳なんですが今、提唱している「カムレイドシップ(友愛の気持ち)って大切!(NPO NCRSA ・・http://www.ncrsa.netをご覧ください)カウンセラーっていいなぁ、と思いました。カウンセラーは、クライエントさんの世界を知ろう!と必死になります。分かる部分は少ないけれどそれでもわかろう!とします。寄り添おうとしますもの。 そんな感じで昨日は「すみません」「へっ?!」「わかりません」「それは、何のこと?」の連発でした。今日は気を取り直して「あ段」のHAPPY言葉でいきます!!皆さまもね!!
April 3, 2008
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と、書いているだけでもチクチクと心が痛くなってきます。 そう、チクチク・・人の心を痛くするストロークのことです。否定的であったり、Not-Okのものですね。 肌のふれあいという事でいえば「叩く」とか心のふれあいであれば「叱る」「注意」「反対する」とかになります。でも、これには愛情を感じる部分もあるのではないでしょうか。相手を思って注意する、とか忠告したりする場合もあります。「失敗しちゃった~!」と自分で自分の頭を「コツン」と叩くなんてこともありますね。なので、このチクチクは「自分や相手の存在や価値を認めるための行動や働きかけ」の中で否定的ではあるけれども、必要なものであるかもしれません。 もっとも「心が痛いチクチク」は「ディスカウント」(値引き!ってそのままの意味です)。「自分や相手の存在も価値も認めずに軽視したり無視したり」というものです。 殴る・蹴る・自殺・殺人・目をそらす・けなす・取り上げる・憎しみもっとも心が痛いのが無視する・無関心・仲間はずれにすると、なんだかいや~な気分になりますね。 この自分で自分をディスカウントし続けたり相手から(どういう相手を想定してもいいです)ディスカウントされ続けたら・・・。どんなにか精神的な面でダメージを受けることでしょう。 自分のこともディスカウントしないで欲しい。相手のこともそうしないで欲しい。そう、願わずにいられません。 チクチクしたもの。自分で持っていても「痛い」しそれをもらった相手も「痛い」です。以前に「過去と他人は変えられない」という考え方が私には、とてもスンナリきます。と書いたことがありましたがこの「過去と他人は変えられない」というのもこの「ストローク」という考え方を示した「交流分析」の基本の一つでもあるんです。 過去は変えられないけれど今を変えることで未来は自分で創ることができますね。(私は、自分の心の中で創るものだと、思っています)他人は変えられないけれど、自分は自分の意思で変えていくことができます。 まず、自分にたくさんの「フワフワ」を!そして、相手にはディスカウントになるような「チクチク」を投げかけない!(もらったら自分も痛いですものね。)そこからはじめていきましょう。 「あ段」のHAPPY言葉がとても役にたちますよ。 -お知らせ-この交流分析については、ちょっと学びの角度が変わりますがカムレイドシップナー養成講座の最終日に私が担当します。日程などは、NPO NCRSAのHP(http://www.ncrsa.net)もしくは、私のHPからどうぞ。(thhp://www.takebythehand.net)
April 2, 2008
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今日から4月に入りましたね。 新しい環境の中でスタートをきられる方や年度替りで、気を引き締めていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。その場での「自分らしく」を探しながらゆっくりやっていってくださいね。 フワフワ・・OKとか肯定的な「ストローク」のことでしたね。頭をなでるとか、手を握るとか(私の好きな!)が直接的・身体的なもの。 心理的なものでいえば、認める・励ます・ほめるなどの「あたたかい心のふれあい」というようなものです。(これまた、この「認める」が大好きなんです!) 細かく話すと、まったくいろいろあるのですが私も特に注意したい(している)ことが二つあります。 まず、一つは「フワフワ」は「無条件」で!ということなんです。よくありがち(私も!)なのが「条件をつけたフワフワ」 • 欲しがっていた○○買ってあげるね。テストでいい点とれたものね• あなたは、私の自慢の子どもよ!いう事をきくから• Uさん、今月は頑張ったね!など、です。一見、相手を認める「フワフワ」ではあるのですがそこに「テストでいい点がとれた」「いうことを聞く」「今月は」という感じの「条件」がついていますね。 その条件の部分を「グッ」と飲み込んでもいいのに「つい・・」は、よくあることかもしれませんね。でも、この「条件」がつくかつかないかでフワフワ度合いが大きく変わってきます。ちょっとだけ、気をつけてみることからはじめてみませんか。 もう一つ。これは、私自身の失敗の中からのことですが無理して、ほめたり、励ましたりせずとも「認める」だけで、十分!と感じていること。 この交流分析の考え方を自分の生き方の参考にしたくてたくさんの研修やセミナーに通いました。 ある時に、すっかり私自身の気持ちは「フワフワ」で満たされてセミナー帰宅後、息子を快く一日みてくれていた夫に「フワフワ」のシャワーを!!「パパのおかげで、こうして一日の勉強も行かれます」「女性の仕事や、学びに理解があってありがたいな、と思っています」とか、なんとか!!その度に夫が「そうでしょう」とか「だいたい、世の男性は」とかで反応するので、私、だんだん「チクチク」を受け取った気になってきて(え~?!私がここまで譲っているのにぃ!!)と。今思えば、これも「条件」をつけたストロークだったですし「フワフワ」の押し付け!でした。ただ「今日は、ありがとう!息子と二人きりで大変だったでしょう」だけでよかったんですよね。 お互いに「無条件のOKストローク」・・フワフワの交換ができるといいですが、相手のあることなので難しい場合もありますね。まず、自分で自分にフワフワ(フワフワが「あ段」じゃなくて残念!)になりえる「あ段」のHAPPY言葉を投げかけてみましょうよ。
April 1, 2008
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