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いよいよ、10月19日~20日の2日間の出張が終わり、九州から関西への帰路につくことになりました。(ほんとうに仕事もちゃんとしましたからね > 職場の方々へ)東海道新幹線を使って行ったり来たりするだけの出張が多い私にとっては、九州の列車たちはとても斬新なデザインで新鮮な印象を受けました。大分から由布院への「ゆふいんの森」の車中でお土産を見ていたときに「お仕事帰りですか」と声をかけられたり、タクシーの運転手さんに由布院の由来を教えてもらったりして、地元の人たちの「おもてなし」を感じることができました。九州新幹線の新八代~博多が開業すると、また様相が変わるでしょうね。「リレーつばめ」の787系が余剰になると、また配置換えがあるかもしれません。さて、最後を飾るのは、まだまだ健在な100系です。ほんとうはこれか0系に乗って帰りたかったのですが、博多駅でちょっと油を売りすぎたので、700系「ひかり」で帰ることにしました。お土産は「かるかん饅頭」にしました。ほんとうは鹿児島のお土産なんですけど、お手ごろで軽かったんで(笑)。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。
2006年10月20日
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こちらの写真は、キハ183系1000番台、特急「ゆふDX5号」です。キハ183系を名乗っていますが、北海道のキハ183系とは別の車種です。1988年に登場したときは、トリコロール色(赤、白、青)に塗装され、「オランダ村特急」として使われました。 翌年の485系特急「有明」との協調運転のため、先頭部の連結器は「双頭連結器」になっています。「双頭連結器」とは、2種類の連結器が1ヶ所に装備されていて、必要に応じて連結器頭部を約90度回転させることで、使い分けることができるものです。上の写真で、正面に向いた連結器と、向かって右側に向いた連結器とがあるのが分かるでしょうか?(ちょっと無理かな?)1992年、485系特急「ハウステンボス」の運行開始で「オランダ村特急」は廃止され、「ゆふいんの森II世」としての運用につきました。しかし、キハ72系「ゆふいんの森III世」が新造されたため、今度は大村線の特急「シーボルト」として、廃止される2003年まで運用されました。2004年からは「ゆふDX」として転用され、現在に至っています。
2006年10月20日
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特急「みどり」「ハウステンボス」「かもめ」用の色に塗り分けられた783系の3編成(5両+4両+4両)が連結されて止まっていました。ハイパーサルーンと呼ばれる車両です。駅の行き先表示は「かもめ37号・みどり21号 長崎・佐世保行」となっていました。上の写真はその中間に使われていた「ハウステンボス」色の編成ですが、「みどり」色の編成と合わせて「みどり」としての運用ですね。特急「ハウステンボス」として運用されるときには、早岐(はいき)駅までは特急「みどり」との並結となり、「みどり○号・ハウステンボス○号」というときの「○」には同じ数字が入ります。時間帯によっては特急「かもめ」「みどり」「ハウステンボス」の3つの特急の並結見られます(いわゆる3階建て列車です)。残念ながら13両全体をまとめてカメラに収めることはできませんでした。上の写真の右端に少しだけ写っているのが「かもめ」色の編成です。こちらは「みどり」色の編成です。なんとか全体を撮りたいと思いつつ、荷物を持って階段を昇り降りしたりホームをうろついたりしたので、変な目で見られていたかも(笑)。
2006年10月20日
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787系特急「リレーつばめ21号」です。形式はさきほどの「有明」と同じです。787系の色は2種類あり、どちらも同じグレー系ですが、さきほどの「有明」は「ツートングレー」、こちらのほうは「ダークグレー」で少し濃くみえます。787系は1992年に鹿児島本線の特急「つばめ」として登場以来、九州の代表的な特急車両として活躍してきました。九州新幹線「つばめ」が走り出してからは、新幹線に連絡して博多~新八代間を結ぶ「リレーつばめ」としても使われています。列車の号数は、新八代で接続する新幹線と同じになっています。つまり、この列車は新幹線「つばめ21号」と接続していることになります。先頭車両、クモロ787-2です。「Relay tsubame」のロゴです。先頭車の入口です。行き先は「鹿児島中央」となっています。新八代駅では同じホームで九州新幹線800系に乗り換えなければなりませんが、気持ちとしては1本の列車なんです(笑)。号車を表す数字「1」がドットになっているのも特徴的です。
2006年10月20日
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次に出会ったのは787系特急「有明15号」光の森(熊本)行きです。前日、小倉駅でも出会いましたが、屋根に覆われている小倉駅より、博多駅のほうが撮影に向いていますね。ロゴもしっかり撮れました。
2006年10月20日
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博多駅の駅ビルです。博多口側です。 博多駅はやはり、九州の玄関口です。九州各地とを結ぶ様々な列車が入れ替わり到着したり出発したりしています。それに個性豊かな車両がたくさんあって、わずかな時間でしたが、たいへん楽しめました。 初めに出会ったのは近郊形電車817系。ワンマン運転に対応しており、VVVFインバータ制御。回生ブレーキも持っています。こちらは同じく近郊形の電車811系。鳥栖行きの各駅停車。
2006年10月20日
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博多駅に着きました。予想通り、適度な列車の揺れのおかげで、博多駅に着くまでうとうとと眠っていました。九大本線の景色や久留米、鳥栖などの街の様子も知らずに過ぎてしまいました。ちょっと残念。今度は、博多駅で地下鉄空港線に乗り換えました。福岡市交通局の空港線は、福岡市西区の姪浜駅と福岡市博多区の福岡空港駅を結んでおり、地下鉄としては日本で唯一つ、空港へ乗り入れている路線です。姪浜駅ではJR筑肥線とつながっており、相互に直通運転をしています。JRは姪浜駅を経由してすべて福岡空港まで乗り入れ。地下鉄は一部が姪浜駅を経由して筑肥線の筑前前原・筑前深江まで乗り入れています。さて、地下鉄の博多駅でJR筑肥線・九大学研都市駅までのキップを買うために券売機の前に立ってから、「??」。関東や関西の私鉄でキップを買う感覚では、まず先に乗り入れ線のボタンを押してから金額ボタンを押すと思っていたのですが、「JR線」とか「筑肥線」というボタンを探しても見当たらない。1983年3月に地下鉄乗り入れのためにJR筑肥線の博多~姪浜間が廃止されたのですが、それ以降、空港線と筑肥線は1本の路線として意識されているのでしょう、券売機の扱いを見てそう感じました。九大学研都市駅です。九州大学伊都キャンパスのオープンとともに2005年に開業しました。福岡市地下鉄空港線の車両とJR筑肥線の車両がほぼ交互に到着します。こちらは地下鉄の1000系。こちらはJRの303系。駅の周辺を見ていただくと分かりますが、まだまだ更地がたくさんあります。九州大学の伊都キャンパスの規模が次第に大きくなっていくのに合わせて、街づくりはこれからといったところです。
2006年10月20日
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由布院の町並みが朝霧に覆われています。春や秋、晴れた日の翌朝、ぐっと気温が冷え込んだ朝に現れます。放射冷却のため、近くの金鱗湖や由布院を流れる川の水温より外気温が下がり、水蒸気が発生するそうです。地元のタクシーの運転手さんによると、朝霧が見えたのはラッキーだそうです。わざわざこの朝霧を見るために来る人もいて、それでも見られないときにはどうしても見られないそうですから。さて、次の目的地、博多に向かうべく、朝の8時半に宿を出て、由布院駅にやってきました。向かい側のホームには、キハ125形が停まっています。行き先表示は「久留米」。ところが、同じホームにもう1両、キハ125形が。この行き先表示は「由布院」となっています。しかし、数分後、「大分」に変更。ということは、同じホームに反対方面の各駅停車が停まっていることになります。どちらも単行のワンマン運転で、乗客もほとんどいないからなんでしょうけど、間違って乗ってしまうことはないんでしょうねえ。さて、いよいよ、博多行きの特急「ゆふ2号」の到着です。キハ185です。旧国鉄時代の最後のほうで、九州や四国の特急用として作られた車両で、編成の組み替えに制約が少ないことが特徴です。朝風呂に入るために、朝早く起きたので、そろそろ眠くなってきました。これから博多まで、しばらく眠りにつきます(爆)。
2006年10月20日
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やっと19日の最終目的地、由布院駅に到着しました。由布院温泉の最寄り、JR九州九大本線の由布院駅は、大分駅から特急で約50分、大分県由布市湯布院町にあります。標高453m。あたりは由布盆地と呼ばれています。駅を降り立つと、正面に由布岳が向かえてくれます。上の写真は、温泉宿の並ぶ辺りで撮ったものです。頂上が2つに割れているように見えるので、一度覚えたらどこから見てもすぐに判る山です。土産物店の店先に、「由布の名湯」が流れていました。手に触れると少し熱いくらいのお湯。いかにも温泉郷といった風情です。由布院温泉を代表する名門旅館「由布院 玉の湯」の入口です。ホームページには、1953年に「禅寺の保養所として設立」されたと書いてありました。客室は少ないのですが、立派な庭に心が洗われます。ところで、観光地としては「湯布院」の名前で通っていますが、駅名は「由布院」、地名は「由布市湯布院町」、温泉名は「由布院温泉」です。地元の観光協会の名前は「由布院温泉観光協会」です。私も、ちょっと混乱しながら使ってました(笑)。昨年の10月1日、湯布院町、庄内町、挾間町の3町が合併し、「由布市」になりました。その旧「湯布院町」は、1955年に由布院町と湯平村が合併した時に新たに作られた町名なんです。ですから、「由布院」がもともとの「由緒ある」地名で、「湯布院」は作られた地名なんですね。たとえば「京浜」とか「阪神」なんてのも作られた地名ですが、ちゃんとその地域を表す地名として通じていますから、作られた地名とはいっても、「湯布院」のほうがいかにも温泉らしくて、全国ブランドとして通じているのでしょう。地元では、JR由布院駅周辺の盆地を「由布院温泉」と呼び、湯平温泉、塚原温泉も含めた地域全体を「湯布院温泉」と呼んで区別しているそうです。由布院は、昨年の秋から今年春にかけてNHKで放送された「風のハルカ」の舞台でもあります。
2006年10月19日
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さあこれから、今日の宿泊地、湯布院へ向かいます。とはいっても、観光気分にはなれません。これから会議があるのです。ふ~。入線してきたのは、別府発博多行き、キハ71系特急「ゆふいんの森4号」です。キハ71系は1989年春に登場して以来、特急「ゆふいんの森」として使われています。4両編成で全車指定席です。キハ71系は台車などをキハ58・65形から流用し、車体のみを新しく製造したもので、客室はすべてハイデッガー構造で、デッキからさらに階段を上ります。したがって、荷物置き場があまり広くありません。冷房装置は床下にあります。ハイデッガーなので、運転席は客室より一段下にあります。先頭車両はグリーン車かと思っていたのですが、どうやら普通車だったのですね。知っていたら車両を指定していたのに。出発前に余裕がなかったのでチェックし忘れてました。でも、この日はほとんど自由席状態でしたけどね(笑)。暖簾の向うに見えている客室から、階段を下りてくると、こちらはサロンスペース。もともとはアートギャラリーがあったそうです。壁のアートポスターには「ゆふいんの森1世」の文字。ちなみに2世はキハ183系(1000番台)を使った編成だったのですが、3世(キハ72系)が新造されたときに余剰となって大村線の特急「シーボルト」へと転出。現在はまた戻ってきて、「ゆふDX」として走っています(あとで博多で出てきます)。アートポスターから左に目を転じると、そこには心地よさそうな椅子と机。ここで仕事をしたくなるような、そんな気がしました。窓の外に見えるホームの風景が不思議なくらいです。さらに後ろの車両に行くと、そこにはビュッフェ。ちょっとしたお土産を買って、大分特産の「かぼす」のジュースを飲みました(つづく)。
2006年10月19日
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さて、大分での仕事を終えて、また移動です。大分駅に戻ってきました。到着したときに883系「ソニック13号」が止まっていたホームには、今度は885系「ソニック23号」(白いソニック)が到着していました。2000年春、それまでの485系「赤いかもめ」に代わって885系「白いかもめ」が登場しました。そして同じときに885系「白いソニック」も登場しました。今は「白いかもめ」と「白いソニック」は別々の運用になっているそうです。883系と同じく振り子式で、最高速度130km。話はそれますが、赤はJR九州のコーポレートカラーです。そして485系「赤いかもめ」はJR九州を代表する特急だったのですが、車体が赤いということで、特急「みどり」のときには「赤いみどり」ということになって、何のこっちゃ? と言いたくなりました(笑)。話を戻して、この885系の先頭車両、白くて細長いので、私は「ラグビーボール」を連想するのですが、みなさんはいかがですか? それともアメフトのボールかな? いや、排障器の形まで含めたら、アメフトのヘルメットかも。いや、もう一度よく見ると、風邪を引いてマスクをしているようにも見えますねえ(爆笑)。(つづく)
2006年10月19日
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さあ、これから大分駅に向けて出発です。写真は、小倉駅に到着した883系特急「ソニック13号」。日豊本線の特急として活躍しており、別府駅では宮崎空港行き特急「にちりん」と同じホームで乗り継げるようになっています。車内の様子は、まるであのネズミの耳が並んでいるよう。「ソニック」は「音の」という意味なので、この「耳」にスピーカーでも備えてあって音楽が楽しめるのかと思ったら、ソニックって「音速の」という意味だったのね。いろんなところにデザインが施されていて、なかなか凝っています。上の写真は窓の遮光スクリーン。もう少し上手く撮れていれば、壁紙にでもできそうな(笑)。こちらは通路の床に刻印?されたソニックのロゴ? 883系は振り子式車両で、カーブの多い区間を軽快に走り、定時に大分駅に到着。快適な旅でした(つづく)。
2006年10月19日
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私が待っているのは、この快速が鳥栖に向けて発車した後に入ってくる特急です。しばらく待っていると、隣のホームに787系が入ってきました。特急「有明5号」(光の森行き)です。787系は、1992年に鹿児島本線の特急「つばめ」として投入されて以来、JR九州の特急車両の主力のひとつで、現在は主に「ありあけ」や「リレーつばめ」に使われています。かつては「にちりんシーガイア」や「ドリームにちりん」としても走っていました。ボディがダークグレーということもあり、屋根で覆われた小倉駅での撮影はかなり難しいです。こんなときには一眼レフがいいのですけど、出張にカメラバッグを提げて、というわけにもいかず(苦笑)。快速が発車したあとは、787系のボディがしっかり見えました。上の写真はデラックスグリーン席のクモロ787型です。↑こちらはクモロ787型のサイドのロゴ。あとで出てくる予定ですが、同じ787系の「リレーつばめ」の場合にはここに別のロゴが入ります。さあ、そろそろ特急「ソニック」の到着時間です(つづく)。
2006年10月19日
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とうとう九州の地に足を踏み入れました。いつ以来だったか分からないくらい、私にとっては久しぶりの九州です。この前来た時には、九州新幹線なんて形もなかったので、今回は是非見たかったのですが、残念ながら仕事の合間ではちょっと無理。さて、最初に迎えてくれたのは、813系。快速鳥栖行きが到着していました。813系は、JR九州としては初のVVVFインバータ制御が採用された車両で、福岡近郊で活躍しています(つづく)。
2006年10月19日
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19日から20日にかけて、九州に仕事に行ってきました。あくまで出張ですが、仕事とは関係ない部分を少しずつ、ここにご紹介します。このブログだけ見て、遊んできたのでは?という疑念を持たないようにお願いします(笑)。この日、九州に向かうべく、朝7時台の新大阪駅のホームに立ちました。少し所要時間は長くなりますが、同じ普通車指定席なら、2&3の5列シートの「のぞみ」に乗るよりも同じ700系の2&2の4列シートの「ひかりレールスター」のほうがお得感があるので、迷うことなく「レーススター」にしました。4列シートの指定席車両5両と、5列シートの普通席車両3両の8両編成でグリーン車なし。8号車には4人用個室(コンパートメント)もあって、3人か4人で使えば、一人あたりの特急料金は通常の普通車指定席料金と同額です。隣のホームを見ると、なつかしい0系こだま。新大阪駅での楽しみの一つは、0系が見られること。見た目にはくたびれた様子もなく、まだまだ元気という感じでした。ずっと頑張っていて欲しいものです。新大阪駅を定時に出発し、一路、九州へ。さすがに人気の列車だけあって、新神戸を出る頃には満席状態。岡山で乗客はかなり入れ替わりましたが、小倉までほとんどの席が埋まっていました。 小倉駅で下車。ホームを離れ終点・博多へと向かうレールスターを見送って、さてこれから在来線へと向かいます(つづく)。
2006年10月19日
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乗車券の区間変更の話の続きです。京都市内→東京都区内の乗車券は7980円(513.6km)。もし、使用前に海浜幕張まで変更するとすると、「乗車券類変更」の扱いとなり、1回までは手数料無しで変更ができます。京都市内→海浜幕張の乗車券は8510円(545.3km)。その差額は530円。一方、乗車後の「区間変更」なら差額は380円(あるいは290円)で済みます。適用ルールが違うために起こることなんですけど。大原則は目的地までのキップを事前に買うことかもしれませんが、旅客営業規定でちゃんとキップの変更を認めているわけですから、乗車後に行き先を変更することも正当な権利ではあります。上記のどちらの場合でも、東京都区内で途中下車できます(原券に制限があったら無理かも)。たとえば品川で降りて、山手線で池袋に行って買い物し、山手線を上野経由で東京まで行って京葉線で海浜幕張へ、といったことも可能です(東京付近の特定区間を通過する場合の特例)。秋葉原から総武線を使うなら、ほんとうに290円の差額でOKのはず(総武線経由で行くことを新幹線の車掌が納得する必要あり)。もし京都市内→東京都区内のキップでそのまま京葉線の海浜幕張まで行ってそこで乗り越し精算するならば、東京都区内での途中下車はできません(東京都区内着ですから、下車したとたんに前途無効)。しかも、厳密に言うと区間変更は「あらかじめ係員に申し出て、その承諾を受け」る必要がありますから、東京都区内を出たとたん、乗車券を持たない状態になっています(とは言っても、改札を出てしまうまでは大丈夫ですけど)。さて、京都市内→海浜幕張の片道乗車券は8510円(545.3km)と申し上げましたが、神戸市内→海浜幕張までの乗車券を往復で買うと、片道600kmを超えるために1割引となりますので、片道8410円になります(5円は切り捨て)。もっと安く行ける経路はないかと探すことは楽しいのですが、ほんとうは、知らなくても損をしない計算をしてくれるのが最もありがたいはずなんですけど。
2006年10月08日
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↑ 東京駅京葉線地下ホームにて、出発前の205系。右は快速、左は各駅停車で、どちらも蘇我行き。京葉線海浜幕張駅にて、205系各駅停車東京行き。この日は台風並みの低気圧の通過で、千葉方面でも運転見合わせや遅延でダイヤが乱れていました。ホームに着いてドアが開くたびに、雨が電車の中まで入ってくるのには閉口しました。海浜幕張駅での写真、ホームの端からなので、傘を差しての撮影です。風が強くて難儀しました。
2006年10月08日
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上の写真、行き先を新幹線の車内で変更してもらったときの乗車券です。原券は、京都市内→東京都区内(経由:京都・新幹線)で、これを京葉線の海浜幕張までに変更してもらいました。使用開始後に乗車区間を変更する場合のルールはいくつかありますが、本件の場合は、「東京都区内」から「海浜幕張」までに相当する運賃を払うことになります。実際、券面にもあるように、京葉線の東京都区内最後の駅「葛西臨海公園」から「海浜幕張」まで(21.1km)で380円を払いました。ところが、海浜幕張駅では、東京都区内までの乗車券を持った乗客に対しては、290円を請求しています。駅構内の放送でもそう言っています。この290円は総武本線の東京都区内最後の駅「小岩」から「海浜幕張」(18.9km)に相当すると思われます。この運賃の差を認識してはおりましたが、この日は大きな展示会があって海浜幕張の精算窓口が混雑していることを知っておりましたので、あえて高いことを覚悟で新幹線車内で変更しました。車中でも到着駅でも同じ「使用開始後の区間変更」の扱いだと思うのですが、なぜ精算額が違うのでしょう?駅だと経路が分からないから? 実際には葛西臨海公園経由なのに、小岩経由とうその経路を申告した乗客だけが得をするのではよくないので、乗客が不利にならないように駅で便宜を図っている? それとも、東京都区内で「小岩」まで行ったと認め、そこから「海浜幕張」までの料金を取る(そんな規定はどこにあったっけ?)JR東日本のHPには 「特定の都区市内または東京山手線内(『特定の都区市内駅を発着する場合の特例』のゾーン)の駅着となる乗車券で乗り越しされる場合は、乗り越す駅の方向にあるゾーンの出口の駅から乗り越し区間の運賃をいただきます」とあります。出口とは京葉線を利用した場合には「葛西臨海公園」だと思います。車内で発行された乗車券なので、駅員のいる窓口に行かなければ出れません。ところが要領のいい乗客はここで精算を強行してます(多くの乗客は精算窓口に並んでいるのですが)。結局、駅を出るのに4分ほどかかってしまいました。何年か前、30分ほど精算窓口に並んだことを思えばずっとましですけどね(苦笑)。
2006年10月08日
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長らくご無沙汰してしまいました。企業に勤めていると、毎年9月末や3月末というのはいろいろと多忙になる季節ですが、多忙になると出張ばかりになる人と出張もままならない人があるようです。 私の場合、今回はどうしても出張ままならず、ほとんど机の上で仕事をしてました。1週間ぶりにすぐ近所ではありますが外出して、そのときに出会ったのがこれ。遠目からでもすぐ判りますから、カバンからさっとデジカメを取り出して撮ったのがこの写真。「きかんしゃトーマス」のラッピングトレインの件は以前から何度か取り上げていましたが、やっと雰囲気を解っていただけそうな写真が撮れましたのでアップします。いつもの通勤時間帯にこの車両がやってきたとき、スーツ姿で遊園地に来たような違和感を感じるのは私だけでしょうか。
2006年10月08日
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