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嵐山駅のホームです。 嵐山駅ホーム桂方面に向いたところです。ホーム長は6両分ですが、車両は4両で運行されています。点字ブロックも4両分の設定になっています。山を背景に嵐山と呼ばれる山は、写真左手奥になります。上の写真に写っている山は愛宕山でしょうか、高雄山でしょうか。。。嵐山駅を出てしばらく行ったところに、渡月橋という橋があります。この橋を渡ると、京福電鉄の嵐山駅やJR山陰本線の嵯峨嵐山駅があり、トロッコ列車のトロッコ嵐山駅も近く、また保津川下りの到着場もあります。周辺は嵯峨野といわれる一帯で、寺社も多く、散策に最適な土地です。もうしばらくしたら、嵐山一帯は紅葉に覆われることと思います。
2007年10月31日
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さて、切符を買いなおして、再び改札内に入りました。嵐山駅ホーム1号線ホームでは、さきほど乗ってきた2300系が折り返しの発車待ちをしていました。嵐山線は最大6両に対応していますが、通常は4両編成の2300系が使われています。通常は左側のホームだけが乗降に使われ、多客期には右側のホームが降車専用として使われます。左のホームの反対側が2号線です。2号線の降車専用ホーム2号線の向こう側に、降車専用のホームがあります。そのさらに向こうに、ホームらしきものが見えますね。実は嵐山駅は昔、6面5線の大規模な駅だったそうです。使われなくなったホームは、写真のように植樹されているということです。
2007年10月30日
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桂駅から、嵐山線の各駅停車に乗りました。嵐山線(桂~嵐山)は全線単線の4.1kmの路線です。通常は4両編成の電車が、日中15分間隔で運転されています。桂~上桂間↑車両の先頭からの景色です。単線ではあるのですが、複線分の敷地があります。これは複線化計画があるとかではなくて、そもそも1928年の開通当時は複線だったそうです。しかし第2次世界大戦において、鉄材として線路などを供出したため単線になり、現在に至っているとのことです。嵐山駅嵐山駅です。日本風の照明が特徴的です。駅の改札(写真中央)を出たところは広場になっています。行楽の季節には人でごった返すのでしょうね。右側に緑色の階段が見えますが、これは降車専用ホームにつながっている改札です。多客期のみ使われます。
2007年10月29日
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お久しぶりです。先日、所用で京都に行ってきました。京阪電鉄の四条駅から阪急電鉄の河原町まで歩きましたが、とてもよい天気でした。途中、鴨川にかかる四条大橋を渡ります。鴨川↑四条大橋から北の方向です。向こうに見えるのが三条大橋です。以前なら、この川の右側に沿って走る京阪電車を見ることができたのですが、いまはもう地下線となっています。左側には、川辺に等間隔に並ぶカップル。鴨川の「等間隔の法則」と言われるほど、ほんとうに等間隔に並んで座っています。四条河原町阪急さらに西に向けて歩くと、京都の繁華街、四条河原町の交差点(上の写真)に出ます。南東角に建つのが阪急百貨店です。南西角には高島屋京都店があります。この道路の下が阪急京都本線の河原町駅です。阪急河原町駅河原町駅は島式1面3線のホームで、北側が1号線、南側が3号線、3号線の西寄りに切り欠きの2号線があります。しかし、2号線が使われることはほとんどないようです。さて、特急に乗車して、桂駅までやってきました。桂駅C号線桂駅のホームは、島式3面6線で、嵐山線用の1号線、京都本線用の2~5号線のほか、1号線と同じホームの向かい側には、C号線と呼ばれる線があります。ホーム上、背中を向けている人のちょうど頭の上あたりに「C」と書かれた表示があります(下の写真参照)。それにしてもなぜ「C」なんでしょうね?C号線の表示。視力検査ではありません(笑)。このときC号線に停まっていたのは、回送の表示を付けた9300系です。9300系は、2003年10月に登場し、優等列車中心の運用に入っています。少し時間があったので、ここで寄り道して、嵐山に向かうことにしました。(つづく)
2007年10月28日
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北神急行電鉄の北神線は、神戸電鉄有馬線の谷上駅と神戸市営地下鉄の新神戸駅を結ぶ路線です。新神戸駅から先は神戸市営地下鉄に乗り入れており、西区の西神中央駅まで一つの路線として運行されています。ほとんどが六甲山を貫くトンネルで、建設債務の負担増から、線路などの施設を神戸高速鉄道に売却し、現在はそれを借り受ける形で第2種鉄道事業者として事業を継続しています。駅標↑谷上~新神戸間は六甲山を貫くトンネルの中で、途中には駅はありません。7000系(谷上側)7000系(新神戸側)↑1988年の北神線開業に伴い製造された北神急行電鉄7000系の第1編成です。ヘッドマーク↑この日は、神戸市営地下鉄の総合運動公園駅に隣接するスカイマークスタジアムでオリックス対楽天の試合があったようです。さて、長々と続いた神戸周辺の列車の旅は、このあたりで終了です。ぐうたらたぬき君は、夜の三宮へと消えていったようです。長らくのお付き合い、ありがとうございました。次の企画も練っておりますので、またよろしくお願いいたします。
2007年10月13日
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まだ少し時間があったので、神戸電鉄三木駅から粟生線で鈴蘭台まで行き、有馬線に乗り換えて谷上駅まで行きました。谷上駅から三田方面へ↑谷上駅3番線を出て、下り(三田方面)に向かう、1370形です。左側に見えているホームは1・2番線ですが、昼間は使用されません。上り・下りとも、この3番線を利用します。神戸市営地下鉄3000形↑3番線と同じホームの反対側、4番線に停車しているのは神戸市営地下鉄の車両、3000形です。線路は同じですが、反対側のホームを5番線と呼んでいます。向うに見えているのが6番線に停車中の北神急行電鉄7000系の車両です。このとき、6番線の電車が先に発車することになっていました。3番線で降りた乗客は、両扉を開けている車両を4番線から5番線へと通り抜け、6番線の列車に乗り込みます。七夕のヘッドマーク↑神戸市営地下鉄3000形のヘッドマークです。海岸線の開業日が2001年7月7日ということで、路線は異なりますが、この3000形の車両は「たなばた列車」として運行されていました。七夕の飾り付け↑たなばた列車の車内は、七夕の短冊の飾り付けがされていました。(もう、季節外れの話で、すみませんです)
2007年10月11日
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三木鉄道三木駅↑三木鉄道の三木駅の外観です。訪れたのは7月末なので、入口右側に「花火大会」と書かれております。ミキ300-105この駅舎の右手のほうに行くと、2番線に停まっているミキ300-105を違う角度から撮ることができました。この場所はもともと、貨物を扱うためにあったそうです。旅客の流れは神戸・大阪方面へ向かっており、三木鉄道は旅客の「流れ」に合っていないため乗客が減り続けてきたと言われています。たしかに、加古川経由で神戸に向かう場合、かなり大回りの経路になります。しかし、神戸電鉄も山間部を走っているため、三木鉄道・三木からJR三ノ宮までと、神戸電鉄・三木から阪急三宮までとを比較した場合、所要時間の差はほとんどありません。おちらも約1時間です。三木鉄道にとって不利なのは、三木鉄道が1時間に1本(昼間)なのに対し、神戸電鉄は1時間に4本(同)であること、加古川経由だと1070円かかるのに対し、神戸電鉄だと740円と割安なことです。美嚢川(福有橋にて)↑三木鉄道と神戸電鉄の双方の三木駅は、徒歩で15分ほどです。間には加古川水系の美嚢川(みのうがわ)が流れています。この写真は、「福有橋」という橋から下流(西方向)を撮ったものです。正面の橋は「末広橋」といい、そのずっと左手のほうに三木鉄道の三木駅があります。一方、神戸電鉄の三木駅は写真右手、福有橋を渡りきったところにあります。神戸電鉄三木駅↑こちらが神戸電鉄の三木駅です。もし、三木鉄道が川を渡って神戸電鉄の三木駅と隣接していたら、あるいはせめて、福有橋の両側で向かい合っていたら、三木鉄道の将来は少しは異なっていたのでしょうか?あるいは、川を渡らずに1km強の延伸で、市役所などがある三木上の丸駅と接続できます。神戸電鉄から直通で、、、なんてことも、いまでは妄想にしか過ぎないのでしょうか。そもそもの始まりが貨物輸送主体だったことが、三木線の運命を決めてしまったような気がします。
2007年10月09日
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三木鉄道は、北条鉄道と同じ1985年(昭和60年)4月1日に、旧国鉄の赤字ローカル線を継承した第三セクターの鉄道として誕生しました。しかし、2007年7月23日に廃止届が提出されました。通常の手続きでは届から廃止まで1年かかるのですが、地元自治体も「廃止やむなし」と考えているため、廃止は2008年4月1日に繰り上げられる予定です。ミキ300形三木鉄道のマーク↑現在の車両は2代目で、ミキ300形と呼ばれています。 3両が在籍しています。厄神~三木間6.6km全区間がひとつの閉塞区間になっており、1台のワンマンカーが往復しています。ミキ300形の車内↑後ろ扉から乗車したときに整理券を取り、前から降りるときに料金を支払います。ただし、始発駅では前後どちらからでも乗れて、整理券は無し。 三木駅構内↑厄神駅から数えて8つ目、6.6kmの路線を13分走ると、もう終点の三木駅です。1番線(右)と2番線↑右奥の1番線に停まっているのが、いましがた到着した車両です。駅舎の改札口の前に停まります。左手前が2番線で、昼間はずっと車両が1台、留め置かれています。
2007年10月08日
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厄神駅↑駅舎の出入口は、狭い道路を挟んで民家と向かい合っています。そのため、駅舎の全景を撮ろうとすると、どうしてもこういうアングルになってしまいます。駅舎を見る限り、JRの駅としか思えません。駅に入っても三木鉄道の切符は売っていません。三木鉄道に乗る場合には、JRの改札を切符無しで通り、降車時に車両の中で運賃を支払います。駅標↑2番線のJR厄神駅の駅標の裏側は、3番線に向けて設置された三木鉄道の駅標です。三木鉄道0キロポスト3番線の線路脇には0キロポストが設置されていました。ミキ300形↑ようやく車両が到着しました。ミキ300形です。
2007年10月07日
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JR加古川線は、加古川沿いに走っています。粟生駅を出てしばらくは、加古川右岸に沿って川下に向かいます。加古川(市場~厄神間)厄神駅に到着する直前、大きく左に曲がって加古川を渡ります。 加古川は一級河川で、長さ、流域面積ともに播州平野(播磨平野)の中では最大です。厄神駅↑厄神駅に到着した103系3550番台です。ここで乗務員が交代しました。 ここには車両基地があり、また、加古川駅からの列車の半数はこの駅が終着です。125系@厄神駅↑加古川発厄神止まりの125系が1番線に入ってきました。いったん車両基地に引き上げていきましたが、しばらくしたら同じ車両が手前のホーム(2番線)に加古川行きとして入ってきました。
2007年10月05日
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北条町から折り返して、粟生駅まで戻ってきました。3番線に到着です。前のドアから降りるときに、運賃400円也を料金箱に入れます。125系(クモハ125形)しばらくすると、加古川方面からJRの列車(写真左)が到着しました。クモハ125形です。2004年12月に加古川線加古川駅~谷川駅間が直流電化されたのに合わせて、4両が投入されています。粟生駅1番線と3番線学生を中心に、20人くらいの乗客が北条鉄道の車両(写真右側)に乗り換えました。北条鉄道は1時間に1本しか運転されないのですが、加古川線とはうまく接続されているようです。しかしその代わり、それぞれの方角に列車が出て行ったあとは、しばらくの間、ローカル線らしい静かな時間がやってきます。125系@粟生駅2番線↑こちらは駅舎側・2番線に到着した125系です。103系3550番台↑北条鉄道に乗車する前、粟生駅下り1番線(西脇市方面)に到着した西脇市行きの103系3550番台(クモハ103形3553番+クモハ102形3553番)です。2両編成・ワンマン化に対応するために改造され、加古川線の電化と同時にやってきた車両です。103系3550番台↑北条鉄道を往復して戻ってきたとき、西脇市から折り返してきた同じ列車にまた出会いました。2番線上りホーム(加古川方面)に入ってきた加古川行き103系です。この電車に乗って厄神駅に向かいました。
2007年10月03日
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北条町駅 北条鉄道の終着、北条町駅です。この駅のホームは、この1本だけです。フラワ1985形(左側)が留置されていました。フラワ1985形フラワ1985形は1985年の北条鉄道開業とともに導入されたレールバスで、当初は3両ありました。上の写真は1号機です。2号機はフラワ2000形の登場と同時に紀州鉄道に移籍したようです。3号機は2001年に廃車されました。正面には商業施設が駅前再開発事業に伴い、2001年にそれまでの木造の駅舎から、現在の駅舎に変わりました。場所も少し南側に移動しました。駅の正面に見えている建物は「アスティアかさい」という商業施設です。「コープこうべ」が核となって、専門店などのテナントが入っています。また、加西市立図書館など公共施設もあります。「アスティアかさい」は「(株)加西北条都市開発」という第3セクターが経営しており、同じく第3セクターである「北条鉄道(株)」とともに、加西市長が社長に就任しています。駅舎ずいぶんとしゃれた駅舎です。左側に見えている歩道橋が、正面の「アスティアかさい」へ続いています。時計台のように見えるのは、歩道橋に上がるためのエレベータだと思います。写真正面になにやらモニュメントのようなものが見えますが、これは、フラワ1985形の動輪です。開業時に導入された3両のフラワ1985形のうち、紀州鉄道に移籍した2号機のものだそうです。
2007年10月01日
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