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WT3004号WT3004号の車体形式↑写真はWT3004号で、末尾の「4」に合わせて「さくら4号」と呼ばれています。現役の車両としてはこのほかに、WT3001号「さくら1号」、WT3003号「さくら3号」と、WT3301号「宝くじ号」の、合わせて4両が活躍しています。車両によってそれぞれ違うイラストが描かれています。「さくら4号」には、清流の町・若桜の名産・鯉と、鬼ケ城にちなんだ鬼のイラストが描かれています。さあ、そろそろ発車の時刻です。若桜駅に向けて出発です。
2007年12月31日
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若桜鉄道WT3000形↑鳥取駅4番線に到着したのは、若桜(わかさ)鉄道の車両、WT3000形です。若桜鉄道は、鳥取県八頭(やず)郡八頭町の郡家(こおげ)駅から、同じく鳥取県八頭郡若桜町の若桜駅まで、全長19.2kmの路線です。かなりの便がJR因美線に乗り入れて鳥取駅まで直通します。旧国鉄の若桜線(1987年4月1日以降はJR西日本の路線)は、特定地方交通線の指定を受けて廃止対象となっていましたが、1987年10月14日、鳥取県などが出資する第3セクター・若桜鉄道に引き継がれて再出発しました。
2007年12月30日
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快速「とっとりライナー」キハ126系の快速「とっとりライナー」で鳥取駅に到着しました。12時32分着ですが、2~3分の遅れがあったようです。鳥取駅舎12時40分ごろの鳥取駅です。駅前のお店で腹ごしらえをして、ふたたびホームへ。キハ187系(右)とキハ47形それにしても、キハ187系とキハ47形には堪能させていただきました。もともと本数が少ないだけに、撮影をしていてすごく単調に感じるんです。「特急○○」と名乗っていても、どれもこれもキハ187系。「スーパーはくと」を見かけるとホッとします。(だからHOT7000系なのか?なんてわけないね)ホームの行き先表示さて、13時48分発、若桜(わかさ)行きの普通。これが今度のお目当てです。新鮮な出会いを待ちましょう。
2007年12月29日
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再び、米子駅に戻ってきました。地図を見ると、駅の西方に転車台らしきものがあるので、駅を出て西に向かって歩いてみました。急にまた黒い雲が出てきて、雨がぱらぱらと降ってきました。荷物を持って傘をさしての移動です。少しうんざり。これから冬の季節、こういった天気が続くのでしょうか。米子駅構内上側の写真は普通の露光で、下側の写真はかなり露光オーバーで撮りました。昔なら、転車台の周りに蒸気機関車が並んでいたのでしょうが(ちょうど、京都の梅小路機関区のように)、ここではディーゼル機関車(ED10でしょうね)が並んでいます。東方に米子駅ホームを見る左寄り、緑色の陸橋が見えるのが米子駅のホームです。その右手にはキハ47が並んでいます。電化されているのですが、見たところ、ディーゼルで動くキハばかりが目に付きます。さて、そろそろ米子ともお別れです。米子発10時50分の快速「とっとりライナー」で鳥取駅に向かいました。始発から終着まで、約1時間40分の旅です。疲れが出てきたのでしょう、途中はずっと夢の中。気付いたときには、鳥取駅近くでした。車内では乗り継ぎの案内をしていました。
2007年12月27日
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境港駅をあとにして、ねずみ男列車に乗って米子へ戻ります。米子空港↑途中、車窓から米子空港が見えました。いま、米子空港は滑走路の拡張計画があり、現在の境線を迂回させることになっているそうです。鬼太郎列車行き違いの駅で、鬼太郎列車と遭遇しました。赤いライトが目玉おやじの目になっています。この鬼太郎列車は3代目だそうです。ねこ娘列車↑今度はねこ娘列車と行き違いです。ねこ娘さん、ちょっとご機嫌斜め、かな?残念ながら、目玉おやじ列車には会えませんでした。
2007年12月25日
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さて、9時30分発の普通で米子まで戻るため、水木しげる記念館をあとにして、再び境港駅前に戻ってきました。境港駅前境港駅のホームに、すでに気動車が到着しています。切符を買ってホームまで急ぎました。キハ40-2115↑ねずみ男が描かれた、キハ40-2115です。ちょうど目のところが赤いライトになってますね。境港駅ホームのキハ40↑まもなく米子に向けて発車するキハ40です。車体の下半分はねずみ色、ねずみ男がたくさん描かれています。来年は子(ね)の年ですが、ねずみ男は特別扱いされるのでしょうかね。キハ40-2115の車体↑ねずみ男のイラストだらけ、という感じですが、どれもこれも、ぐうたらと寝そべっている絵ばかり。「ぐうたら」という意味では親近感も感じますが。車内↑車内に入っても、寝そべったねずみ男の絵が天井に。徹底してます。
2007年12月24日
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水木しげるロード水木しげるロードを進むと、アーケードが見えてきました。このアーケードの中に入っていくと、水木しげる記念館があります。水木しげる記念館の入口まだ開館前でした。開館準備中の係員が「よかったら中でお待ちください」と声をかけてくれたのですが、ご遠慮させてもらいました。だって、先を急ぐから、今日は入館しないんです、ごめんなさい。水木しげる記念館水木しげる記念館は、2003年3月にオープンしました。老舗料亭を改装して造られたものということです。目玉おやじ?入口近くのプランターに、目玉おやじが咲いていました。南米原産のスピランサスというキク科の花だそうです。その形から、「タマゴボール」とも呼ばれるようです。
2007年12月23日
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目玉おやじ逆光で見づらいですが、目玉おやじです。茶わんの湯舟に入っています。鬼太郎の下駄鬼太郎の下駄だけが置いてあります。というより、下駄だけが歩いているようにも見えます。後から聞いたところでは、人が近づくとセンサーが感知して下駄の音が聞こえるとか。から~ん、ころ~ん、と鳴るのでしょうか。確認しませんでした、残念。鬼太郎何を見つめるのか、鬼太郎の像。
2007年12月21日
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ねずみ男水木しげるロードを歩いていくと、橋のたもとで寝そべっているねずみ男に出会いました。「ちょっと、そこ行くお兄さん‥‥」と声を掛けられそうになったので、目を合わさないようにして足早に立ち去ることにしました。こなきじじい妖怪の像が並ぶ通り妖怪たちの像が商店街の通路に並んでいます。まだ観光客もほとんどいない、朝の9時過ぎ。商店街を歩く人の数より、妖怪の数のほうが圧倒的に多かったわけです。
2007年12月20日
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港から再び、駅前方向へと戻ってきました。 鬼太郎交番↑鬼太郎交番です。鬼太郎が町の安全を守っています。境港駅前 ↑そこらじゅうにいる妖怪の像を除けば、どこにでもありそうな駅前といった感じです。水木しげるロード↑駅前から商店街へと続く、800mほどの「水木しげるロード」です。見た目には普通の道路ですが、歩道のいたるところに妖怪の像が置かれています。その数、120体とか。昔は、身の回りにたくさんの妖怪が潜んでいると考えられていたわけですから、それらを見えるように具現化したと言えなくもないですね。道路脇に建っている街灯。どれもこれも、目玉おやじに見つめられているようです。残念ながら夜間の様子は想像するしかないのですが、暗がりを照らすだけでなく、街中をしっかり見張ってくれている、きっとそんな感じなのでしょうね。平成5年(1993年)に「水木しげるロード」のオープン式典が開催されました。その年、ロードを訪ねた観光客は2万人。今年は夏休み時点で100万人を突破したそうですから、町おこし大成功ですね。妖怪配置図↑水木しげるロード周辺に配置された妖怪たち。駅前から水木しげるロードに入っていくと配置図が設置されています。お気に入りの妖怪がいるなら、ここで確認しましょう。なお、設置図の下に写っているのは、妖怪ではありません。ぐうたらたぬきの影であります。(いや、やっぱり妖怪かも)
2007年12月19日
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境港の乗船場フェリーの着岸場所境港は、名前のとおり、港湾で発展してきた町です。上は隠岐の島と本土を結ぶ隠岐汽船の乗船場です。この海は、中海と日本海を結んでいる境水道です。ちなみに、境水道にかかる橋を渡ってさらに北に行ったところに七類港(島根県松江市)があります。隠岐に向かう船便は、七類港からのほうが多いようです。境港のモニュメント「重要港湾指定50周年記念碑」境港が「重要港湾」に指定されて50周年を記念して建てられた碑です。平成13年(2001年)7月の日付があります。開港は明治29年(1896年)で、戦前は中国大陸や朝鮮半島との定期航路もあり、大陸貿易の拠点として重要な役割を果たしていました。戦後は昭和26年(1951年)に重要港湾の指定を受け、近代化され、昭和40年代には大型外航船の入港も増え、貨物の取扱量も平成12年(2000年)に過去最高の479万トンを記録しました。
2007年12月17日
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境港駅に到着境線の駅で駅員がいるのはここ、境港駅(鬼太郎駅)だけです。途中、通学の高校生で混雑していたので、車掌さんは改札業務に大忙し。時間帯によっては40分ほどのところを48分かけての到着です。そのまま8時49分発の米子行きになります。ホームから改札方向改札口「ようこそ妖怪の国へ」といって出迎えてくれる、妖怪の国の入口。 ここが駅の改札口です。境港駅の駅舎古くから交易や漁業の拠点として栄えた港町らしく、駅舎は灯台の形をしています。写真右側の出入り口の上には何やら白いものが、、一反木綿ですね。駅の前で机に座っているのは、執筆中の水木しげる先生のようです。ねずみ男と鬼太郎が傍らで見守っているのだか、口出ししているのだか。ここから妖怪の物語が始まるぞ、といったところでしょうか。
2007年12月15日
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米子駅の「ねずみ男」から始まって、境線の16の駅には、それぞれ妖怪の名前が付いています。すべての駅で下車して写真に収めたいところですが、そういうわけにもいきません。列車の車窓からいくつか写真を撮りましたので、ここでご紹介します。つちころび駅(和田浜駅)こなきじじい駅(余子駅)一反木綿駅(上道駅)鬼太郎駅(境港駅)境港駅に着くころには、はるばる「鬼太郎の町」にやってきた、という気分にさせてくれます。沿線全体、地域全体が、ひとつのテーマパークのような雰囲気になっているように感じました。
2007年12月14日
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米子駅舎駅前広場の記念碑を見てから、米子駅内に入りました。時計の針は午前7時43分。これから境線で境港駅に向かいます。米子駅ホーム改札を通って左に向いたところです。正面が東階段。階段の左手に見えているのが0番のりば。境線に向かうホームです。キハ47形気動車が停車中です。「ねずみ男駅」↑階段にはねずみ男が描かれ、「ここはねずみ男駅 ようこそ水木しげるワールドの玄関口、米子駅へ」とのメッセージ。「0番ホームはこの先」と、目玉おやじも案内役を務めています。ねずみ男の像2両編成の列車の中は通学の制服姿の高校生の一群。ホームには妖怪たちの一群。なんとも調和の取れていない、不思議な空間です。鬼太郎も旗を持ってお出迎え境線はほんとうに「ゲゲゲの鬼太郎」の妖怪たちに占領された感がします。境港市出身の水木しげる氏のブランド力を地域興しに使う、その徹底ぶりはすごいものです。キハ47形それでは、ねずみ男駅(米子駅)の霊(0)番ホームから、鬼太郎駅(境港駅)に向けて、出発です。発車の合図は、下駄の音、、、、ではありませんでした。
2007年12月12日
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「山陰鉄道発祥の地」記念碑↑米子駅前の広場にある、「山陰鉄道発祥の地」の記念碑です。左から、発祥の地の説明、C57-43の動輪、客車の車軸、歴史の概説です。明治35年(1902年)11月1日、境(現在の境港)~米子~御来屋(みくりや)間に、山陰地方に初めての鉄道が開業しました。 この碑には、開業当時の様子を伝える新聞記事が紹介されています。開通式に出席した人は1000人を超えたそうです。「国旗、球灯をかかげ、歓喜の様、非常なり」と書かれています。C57の動輪と客車の車軸↑「貴婦人」と呼ばれていたC57型蒸気機関車の動輪と、英国製の客車に使われていた車軸です。昭和13年(1938年)に製造されたC5743号は「全国各地で活躍し、昭和43年米子機関区配属となり、山陰本線の旅客列車の花形機関車として走り続け、昭和44年にその任務を終えました」と書かれています。山陰鉄道の歩み山陰線およびその周辺の開業の年表が書かれています。
2007年12月11日
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10月19日は、松江駅から米子駅に戻り、そのまま同じホテルに宿泊しました。翌20日、雲は多めですが青空も見えていました。7時半にホテルを出て、米子駅に向かいました。米子駅前のモニュメント2日前、夕暮れ時に見たモニュメント。夕闇に溶け込んだときのような神秘性はありませんが、朝日を浴びて、清々しさを感じました。だた、青緑色の錆だけはどうしようもありません。駅前広場の案内駅前広場に設けられた「案内文」です。「『山陰鉄道発祥の地』-歴史的交通拠点としての出会いと、明日への更なる発展と平和への願いを込めて設置しました。広場に刻まれた星座は、代表的な星座ばかりでデザイン的に描かれています。下の四季の星座盤を参考に、今、あなたの頭上に輝く本当の星座を探してみてください。」と書かれています。山陰の歴史を紐解いていくと、交通の要所だった米子の位置づけが見えてきます。米子から北へは境線が延びており、交易の拠点であった境港に至ります。境港からは隠岐、朝鮮半島、中国大陸へと、交易が盛んだった時代もあります。山陰鉄道発祥の地とありますように、1902年に山陰地方で初めて、境駅(現境港駅)と御来屋(みくりや)駅の間に敷設されました。今年で105年が経つことになります。鉄道建設の当初の計画には、司令部のあった姫路と歩兵隊のあった鳥取と境港を結ぶ軍事戦略的な意味合いもあったようです。当然戦時中は、大陸方面に近い山陰地方は、軍事的に重要性が強くなっていったと思います。そのような思いが平和への願いとして碑に刻まれているのでしょう。
2007年12月10日
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山陰線で頻繁に見かけるのがキハ47形の気動車です。キハ47形1037キハ47形35キハ47形は普通列車用に使われており、各地の非電化区間で見かけます。片側に運転台があり、通常2両で1編成として運用されているようです。ちなみに両側に運転台がある形式はキハ40形です。キハ47形のうち、一桁または二桁の番号を持ついわゆる0番台にはトイレが付いており、1000番台にはありません。0番台と1000番台がペアなんでしょうね。出雲市行き普通列車↑反対側の3番線ホームにも、出雲市行きの普通列車が入ってきました。下校中の高校生たちがあわてて列車に乗り込みます。通学の足として活躍しているようです。松江駅の「停車場中心」↑3番線ホーム下に、こんなものを見つけました。「停車場中心」と書かれています。その横のキロポストは「1/2」(乙号距離標)、手前のキロポストは「5」(丙号距離標)と書かれています。どちらも500m(0.5km)のことです。ところで、山陰本線は京都駅を起点としているはずです。時刻表を見ると京都からの「営業距離」は351.9kmとなっています。キロポストには起点からの実距離が書かれているはずなのですが、写真ではなかなか読み取れなくて、、、353km500mと書かれているようにも見えますが、、、さてさて、営業距離と実距離に差が出ることはよくあることですが、その理由にはいろいろとあります。上記の差はどこからくるのでしょうね。1991年、山陰本線の嵯峨~馬堀間の旧線が新線に切り替えられました。新線は高速化のためにトンネルを掘りましたから、距離的にも短くなったと思います。このような場合、キロポストを設定しなおすのはほぼ不可能です(山陰線のほとんど全線にわたってやり直すことになってしまいます)ので、差分を示した上で、キロポスト自体は変えないそうです。上記のキロ表示は、旧線での数値かもしれません。。。。さて、実際はどうなんでしょう?
2007年12月09日
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松江駅松江駅まで戻ってきました。宍道湖を一周したことになります。381系特急「やくも13号」先頭車両同じく最後尾(鳥取側)↑岡山発出雲市行きの「やくも13号」です。出雲市駅でも見かけた381系特急「やくも」ですが、こちらは前方(出雲側)の薄紫色(「スーパーやくも」色)は正面非貫通で、後方(鳥取側)の緑色(「やくも」リニューアル色)が正面貫通扉になっています。振り子式のため、重量物はできるだけ床下に収納されています。通常は屋根の上に載っている冷房装置も床下にあるため、屋根の上はすっきりしてます。フリーゲージトレイン?↑松江駅に掲げられた広告板です。島根県が出しているようです。内容は、「東京・大阪が、グーンと近くに。フリーゲージトレインの導入で、伯備線(岡山-出雲市)と新幹線が直通化」と書かれており、見掛けぬ列車の絵と、東京タワーや通天閣、それに大阪城、右端には東京都庁が描かれております。「やくも」の現状を見ると、新型車両を投入するだけでもけっこうたいへんそうに思えます。もし実現した場合、振り子式でフリーゲージ?
2007年12月08日
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朝から怪しげな天気でしたが、出雲市駅を出たころから、とうとう雨が降ってきました。暗い雲に空が覆われ、ザーッと強めの雨がしばらく降ったかと思うと、西の空が明るくなって日の光が差してきました。虹が出現(車窓より)↑東へ向かっている列車の前方は、まだまだ黒い雲に覆われていますが、そこに突然現れた鮮やかな虹。夕方の日の光が列車の後方から差してきたようです。線路の向こうに虹が↑車掌さんが車内を巡回したあと、運転席側に入りました。次の駅の改札が前方にあるからでしょうか。ねえ、虹を写真に収めたいんですけど‥‥。車掌さんも虹に見とれているのかな?↑宍道湖に架かる虹です。特別に大きな画像にしました。よく見ると、虹が二重になってますよね。はっきり見える虹の外側に、もうひとつ虹が。しかも、色の順番が反対になっています。いわゆる二重虹。ふたつの虹の間は、周囲より暗くなるのだそうです。そういえばなんとなく、暗いかな。
2007年12月06日
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キハ126系0番台↑出雲市駅15時30分発の米子行き快速「アクアライナー」です。キハ126系0番台です。そう、乗務員用乗降口がない、0番台です。おっと、よく見たらこの車両は「キハ126-3」です。この日の朝、米子から松江まで乗った快速「アクアライナー」のときと同じ車両です。また出会いました。調べてみると、朝、米子駅で乗った8時37分発の快速「アクアライナー」は終着の益田駅に12時30分に着き、そのまま折り返して12時51分発の快速「アクアライナー」米子行きとして運転されていました。運賃表示板↑運転席側の頭上に設置された運賃表示板です。山陰本線の米子~益田と、伯備線の米子~生山(しょうやま)の駅名が書かれています。キハ120形200番台(車窓より)↑宍道(しんじ)駅の辺りで、木次(きすき)線で使われているキハ120形が側線に留置されているのに出会いました。行き先表示には「木次」と書かれています。キハ120形はローカル線区に投入された小型の気動車です。木次線にはキハ120形0番台(1~5番)とキハ120形200番台(206番~208番)が使われており、塗装が異なります。
2007年12月04日
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一畑電車にお別れして、JR出雲市駅にやってきました。JR出雲市駅北口↑JR出雲市駅の駅舎です。出雲大社の社殿のイメージですね。当日は雨が降って空は黒い雲に覆われていたのですが、この写真を改めて見ると、なんだか後光が射しているようにも見えるし、駅の後ろから煙が出ているようにも見えますね。出雲市駅の駅標381系特急「やくも」↑ホームに上がると、振り子式の381系特急「やくも」が停まっていました。15時27分発岡山行きの「やくも24号」です。L特急のプレートをつけてますね。こちらが最後尾になります。特急「やくも」は、伯備線を通って岡山~出雲市間を結んでいます。1982年に伯備線全線と山陰本線の一部が電化されたのを受け、381系の特急「やくも」が走り出しました。一部の列車は「スーパーやくも」という名前になりましたが、2006年3月、ふたたび「やくも」に統一されました。381系の連結部分↑緑色は「やくも」のリニューアル色、紫色は「スーパーやくも」色です。いまでは区別無く使われているようです。何かの事情で塗装の違う編成が連結されたりすると、それはそれで面白いのですけど、いつもこのような編成で走っているのでは、ちょっと特急としては品がないなあ。そう思いませんか?381系特急「やくも」↑同じ列車の先頭車両です。こちらは「スーパーやくも」色の先頭です。同じ381系ですが、こちらには貫通扉が付いています。
2007年12月02日
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