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電鉄出雲市駅ホーム↑電鉄出雲市駅は、平成12年(2000年)に高架駅となりました。島式1面2線のホームを持ち、写真の左手が1番線、電車が停まっている右手が2番線です。1番線のほうが短いですね。2番線に停車中の電車は14:59発の松江しんじ湖温泉行き。一方、1番線の表示は18:41発になっています。ほとんどの電車は2番線を使うようです。電鉄出雲市駅の入口↑駅を出たら通路があって、通路に出てから振り返ったらこんな感じ。左側のガラスのドアを入ると、そこが待合室です。頭上に「電鉄出雲市駅入口」と書いていなかったら、うっかり見過ごしてしまいそうです。電鉄出雲市駅への通路通路の外側には「電鉄出雲市駅」と書かれています。この駅名表示の上方に一畑電車のホームがあります。右側がJRの高架です。これで一畑電車の旅は終わりです。でも、山陰の旅はまだまだ続きます。
2007年11月29日
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「しんじ湖ラムサール号」川跡駅から電鉄出雲市駅まで乗ったのはラッピングが施された3000系でした。このラッピング電車は「しんじ湖ラムサール号」と呼ばれており、宍道湖に住む生き物がデザインされています。ヘッドマーク↑こちらは車内に掲示された「ラムサール条約と宍道湖・中海」という説明文です。1971年にイランのラムサールで採択されたことで一般的に「ラムサール条約」と呼ばれており、正式名称を「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」と言います。水鳥の保護だけでなく、魚介類をはじめ、「湿地の持つ広い機能を保全する」ための条約で、2005年11月の会議で宍道湖と中海が同時に登録されました。ラッピングのデザイン車内に掲示された説明には、「私たちはこの二つの湖を誇りに思い、自分たちだけでなく、これから生まれてくる人たちにも、この湖の恵みを残していかなければなりません」と結んでいました。
2007年11月27日
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さて、出雲大社前駅を出て川跡駅まで戻り、また3000系電車に乗って電鉄出雲市駅にたどり着きました。電鉄出雲市駅2番線に到着電鉄出雲市駅の車止め駅標駆け足ではありましたが、一畑電車の2つの路線を通しで乗りました。0キロポストおっと、電鉄出雲市駅2番線に0キロポストを発見。だれもが見過ごす目印ですが、すべての出発点という意味で、これを見つけるとなぜか嬉しくなります。
2007年11月26日
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出雲大社前駅1番線↑大社線の終点、出雲大社前駅に着きました。出雲大社前駅の構内1面2線の構造で、いわゆる頭端形(櫛形)をしています。出雲大社前駅舎洋風の駅舎です。国の登録有形文化財になっているそうです。駅前の道を北(写真でいえば左手)の方に300mほど行けば、出雲大社の境内があります。しかし平日だからでしょうか、観光客もまばらで、ひっそりした感じ。客待ちのタクシーも手持ち無沙汰といったところ。反対に南(写真の右手)方向に700~800mほど行くと、1990年に廃止されたJRの旧大社線大社駅が、当時の面影をとどめているそうです。少し観光巡りをしてみようかとも考えましたが、今にも雨が降りそうだし、なにしろ仕事帰りの背広姿、レンタサイクルはちょっとねえ。電車は1時間に1本だし、夕暮れになるのも早いですし、、、、ということで、このままここから折り返すことにしました。(もったいなかったかなあ)駅標14:01発の折り返しの普通電車が発車待ちです。3000系@出雲大社前駅行先表示3000系には、行先表示の幕やLEDがありません。わずかに前後の窓の内側に表示を掲げているのみ。「松江しんじ湖温泉」では長すぎるので、「松江温泉」となっています。ちなみに、出雲大社前を出発する電車は基本的には川跡行き。1日に1本だけ、松江しんじ湖温泉まで直通します(土日は15:49発の急行になります)。
2007年11月25日
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川跡駅川跡駅です。ここで大社線に乗り換えます。川跡駅は島式ホーム2面4線の構造で、北松江線と大社線は別のホームになっています。したがって、大社線に乗り換えるには、駅構内の踏切を渡ります。川跡駅構内↑駅構内の踏切横にある、大社線の0キロポストです。ずいぶんと大きいのですぐに目に留まりました。川跡駅での乗り換えはスムーズで、北松江線の上下の電車と大社線の電車がほぼ同時に発着するようにダイヤが組まれています。普通の乗客の感覚ならたいへんありがたいダイヤなのですが、おかげで写真を撮る余裕もありませんでした。1本見送れば余裕を持って撮影できるのですが、そうすると次の電車は1時間後。すぐに日が暮れてしまいますので、そうもいきません。実は上の写真は、大社線の出雲大社前駅まで行って戻ってきたときに撮ったものです。大社線の電車は、ほかの電車より1~2分早く川跡駅に到着します。乗り換え客の合間をぬっての撮影となりました。さて、この「川跡」という地名、ちょっと気になって調べてみましたところ、先日も触れました斐伊(ひい)川に関係があるらしいということが分かりました。斐伊川は昔から何度も氾濫を起こしていたようで、しょっちゅう流れが変わっていたそうです。現在は川跡駅の近くから東に流れて宍道湖に注ぎ込んでいますが、1635年(あるいは1639年)の洪水以前は、西に向かって日本海に直接流れ込んでいたようです。川跡という地名からも想像できるように、このあたりは川が流れていた跡のようです。
2007年11月24日
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一畑口駅でのスイッチバックのあと、電車はさらに西に向けて進みます。一畑口駅から2つめ、「湖遊館新駅」という駅があります。Googleマップには「一畑口」「園」「湖遊館新」と表記されており、「駅」の文字がありません。一方、yahoo地図には、「いちばたぐち」「その」「こゆうかんしんえき」と並んでおり、ひらがなですが「~えき」と書かれています。一畑電車のHPには「一畑口」「園」の次に「湖遊館新駅」と書かれています。Wikipediaによると、路面電車の電停などを除くと、末尾に「駅」が付く駅名は、現在のところ「湖遊館新駅」駅だけと書かれています。どうやら「湖遊館新」駅ではなく、「湖遊館新駅」駅が正しいようです。沿線風景(車窓より)↑写真中央左寄りに、四角い屋根が見えています。これが宍道湖畔のスポーツ施設「湖遊館」です。「湖遊館新駅」はこの施設の最寄り駅として設置されました。一畑電車北松江線は、松江しんじ湖温泉駅を出てから宍道湖の湖岸に沿って走ってきましたが、この辺りから次第に湖から遠ざかっていきます。一級河川斐伊川に沿い、出雲平野と呼ばれる平地を出雲市へと向かいます。布崎駅の駅標↑布崎駅の駅標です。次の駅は「ひらたし」となっています。しかし実際には「雲州平田」駅です。もともと島根県平田市だったのですが、2005年3月に旧出雲市や周辺の4つの町が合併し、出雲市となったので、合併と同時に駅名が変更されました。この「雲州平田」というのは開業時の駅名ですから、戻されたというのが正しいのかな。雲州平田駅構内には一畑電車の本社があり、運転司令室や列車区・車両区など、一畑電車の運行に関わる中心となる機能が集まっています。5000系↑車両基地に停まっていた5000系です。車窓越しで写りもアングルも悪くてすみません。5000系はこの1枚しか撮れなかったんです。2100系と同じく、京王から譲渡された元京王5000系ですが、前面は非貫通に、ドアは3扉から2扉になるなどの改造を受け、京王5000系の面影はあまりないかもしれません。
2007年11月23日
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ではこれから、出雲方面に向けて出発です。出雲方面には、平日の夕方と土休日の午前中に1本だけ急行があります。また、出雲方面からは平日の朝、通勤用に特急「スーパーライナー」が設定されています。しかし、それ以外はすべて普通で、昼間はほぼ1時間に1本なので、逃してしまうとやっかいです。宍道湖畔北松江線は宍道(しんじ)湖の北側に沿って走ります。この日は雨でしたが、晴れるときれいな夕焼けを見ることができるとか。今度はゆっくりと来たいものです。宍道湖で有名なのは、蜆(しじみ)の貝ですが、今年は不漁とか。これも温暖化のせいでしょうか?津ノ森駅宍道湖畔も半分以上過ぎた辺りに、津ノ森駅があります。次が伊野灘駅、そしてその次が一畑口駅です。一畑口駅の手前↑一畑口駅の手前まで来ました。ここでスイッチバックします。写真左手方向に延びているのが出雲方面です。もともと、この線路の先は北松江線の一部(一畑口~一畑、3.3km)が続いていたのですが、1944年(昭和19年)に営業休止、そのまま1960年(昭和35年)に廃止されました。一畑口駅から北方向↑この先は廃線となった部分です。この先がどうなっているのか、ちょっと興味がありましたが、ここは自重して。スイッチバックのあと、出雲方面へ↑一畑口駅を出て、出雲方面へ進みます。これまで先頭のかぶりつきにいたのに、ここからは後ろの景色を見ることになります。
2007年11月21日
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松江しんじ湖温泉駅は、一畑電車北松江線の駅です。一畑は「いちばた」と読みます。昔からずっと「一畑電気鉄道(一畑電鉄)」だと思っていたのですが、2006年4月から「一畑電気鉄道株式会社」はグループの持ち株会社となり、傘下に新設された「一畑電車株式会社」に鉄道事業を承継させたそうです。一畑電車のホームページを見ると、会社概要のところに「一畑電気鉄道株式会社より事業継承」と書かれてありました。一畑電車は現在、北松江線(電鉄出雲市~松江しんじ湖温泉)と、 大社線(川跡~出雲大社前)の2つの路線を持っています。2100系(左)と3000系 ↑松江しんじ湖温泉駅で出迎えてくれたのは、2100系と3000系の黄色い車両です。おや、ちょっと馴染みのある車両だな、と感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。写真左側の2100系は、もと京王帝都電鉄(現在の京王電鉄)の5000系です。写真右側の3000系は、もと南海電気鉄道の21000系です。私は3000系に懐かしさを覚えました。どちらもワンマン化のために、サイドミラーが設置されていますが、ほとんどそのままの顔をしています。ホーム前方から写す↑ホーム前方からの写真です。後方が駅舎になります。左の3000系のほうが少しだけ車体が短いんですね。留置線の2100系↑ホームの脇には、2100系がもう1編成、留め置かれていました。駅標↑松江しんじ湖温泉駅の駅標です。次の駅が、あの「松江イングリッシュガーデン前」です。どちらも長い名前ですね。そう、以前にも取り上げましたが、「ルイス・C.ティファニー庭園美術館」が今年の3月末まで閉園になったため、「日本一長い駅名」の称号を返上し、5月21日から駅名を「ルイス・C.ティファニー庭園美術館前」から「松江イングリッシュガーデン前」に変えたといういきさつがあります。
2007年11月19日
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松江に着くころには、雨が降り始めていました。JR松江駅前↑JR松江駅前のロータリーを窓越しに撮った写真です。雨のせいで、ガラスに雨粒がついていて、少し見にくいかもしれませんが、ご容赦を。仕事が少し長引きましたが、ようやく終了しました。普通の出張ならこのまま列車に乗って帰るだけなのですが、日記はこれからが本番です。まず、松江の駅前からバスに乗って、一畑電車の松江しんじ湖温泉駅に向かいました。一畑バスで約15分、松江市営バスだと運行経路が少し違うようで、約20分ほどです。一畑電車・松江しんじ湖温泉駅↑真新しいガラス張りの駅舎です。2001年に竣工したとのことです。駅舎の左手前(写真の左端)には足湯があり、何人か入っていました。無料だそうです。正面入口↑入口を入って左手が駅の窓口。2台ほど券売機もありました。正面奥が改札で、さらにその奥に黄色い電車が見えているのが分かりますでしょうか。
2007年11月18日
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クモハ115形G編成↑5番線に到着したのは、115系G08編成、伯備線の新見発米子行き普通電車です。伯備線は電化されており、岡山からの電車特急も米子に乗り入れてきます。上の編成の先頭車は、モハ114形に運転台をつけてクモハ114形とし、ワンマン化対応にした電車です。後方の相方を確認できなかったのですが、おそらくクモハ115形だと思います。キハ126系0番台↑こちらが4番線に停車中のキハ126系(126-3)です。キハ126系0番台と呼ばれています。乗車扉をよくご覧ください。前にご紹介したキハ126系10番台にはあった乗務員専用の扉がありませんね。さて、この列車に乗って松江まで行きます。
2007年11月16日
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米子駅↑次の朝、再び米子駅です。ひんやりとした空気が心地よく、清々しい朝です。でも今日の天気は、午後から下り坂とか。せめて仕事が終わるまでは降らないで欲しいな。米子駅構内↑米子駅の西方にある基地です。線路の向こうのほうに見える建物の手前には転車台があります。昔はここに蒸気機関車が並んでいたのでしょうね。平日の朝8時半といえば、ラッシュが終わりつつある時間帯ですが、まだまだたくさんの通勤客でごった返している時刻。しかし、ここ米子では、そんな雰囲気はまったく感じられませんでした。案内板↑米子始発8時37分の快速「アクアライナー」益田行きに乗ります。松江まで30分ほどの旅です。
2007年11月15日
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快速「とっとりライナー」↑米子駅に着いたキハ126系10番台の快速「とっとりライナー」です。ここで乗務員の交代です。キハ47形↑こちらは米子駅で見かけたキハ47形です。この塗装は因幡の白兎なんでしょうか。よくわかりませんが。米子駅前米子駅を出ると、すでに夕闇迫る時間帯です。ずいぶんと冷え込んできました。駅前広場のモニュメント↑「だんだん広場」と呼ばれている駅前広場に、いまにも空に飛び出そうとしている列車のモニュメントがあります。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を連想して(えーと、それよりも松本零士の「銀河鉄道999」のほうかな?)、なんだか童話の世界に来ているような雰囲気になりました。駅前のホテルにチェックイン。静かに米子の夜は更けていきました。
2007年11月13日
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次の普通列車は、16時18分発の米子行き。しかしそれに乗ると米子着が18時32分になってしまいます。HOT7000系「スーパーはくと7号」↑16時2分発、HOT7000系特急「スーパーはくと7号」倉吉行きが到着しました。終着の倉吉で先行の「とっとりライナー」に接続しています。そうすれば米子到着が17時29分。1時間以上の差があります。ちょっともったいないと思いつつ、自由席特急料金730円を払って、「スーパーはくと」に乗ることにしました。あと15分ほどで米子に到着です。午後5時を過ぎて、あたりはかなり暗くなってきました。車窓より(赤碕~伯耆大山間)↑車窓の景色を撮ると、どうしても車内の蛍光灯などが写りこんでしまいますね。秋からやがて冬を迎える山陰地方。暮れゆく景色が窓にうつる自分の顔とダブって、ちょっとセンチメンタルな気分になります。
2007年11月12日
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さて、鳥取といえば何を思い浮かべますか? 鳥取砂丘、二十世紀梨などが、全国的に有名ですね。砂丘には観光用のらくだがいます。「月の砂漠」にちなんだのでしょうか。砂丘近くの畑で採れるらっきょうは特産品です。鳥取市は山陰地方で最大の都市で、江戸時代には鳥取藩の城下町として栄えました。とはいっても、現在の人口は20万人ほど。鳥取県全体でも約60万人ですから、どうしても交通手段は車が中心になるようです。鳥取での仕事を終えて、次の日の目的地(島根県松江市)に近づくために、鳥取県西部の米子まで移動することになりました。午後4時前に鳥取駅まで戻ってきたのですが、15時42分発の快速「とっとりライナー」(西出雲行き)が出て行ったあとでした。キハ126系10番台↑次の普通列車は、16時18分発の鳥取始発。すでにキハ126系10番台が3番線に停車していました。キハ126系は、山陰線の改良工事によって高速化されたのを期に2001年から登場した車両で、最初に登場したキハ126系0番台には乗務員用の扉がありません(あとでまた写真で紹介するつもりです)。キハ126系(手前)とキハ187系↑ふと、キハ126系の向こうを見ると、同じ3番線にキハ187系の特急「スーパーいなば」が停まっています。キハ187系「スーパーいなば」↑16時17分発、キハ187系500番台の特急「スーパーいなば8号」岡山行きです。キハ187系は、キハ126系と同じく、山陰線の高速化に伴って投入された特急用車両です。2001年に登場したキハ187系は当初、「スーパーおき」「スーパーくにびき」に投入されました。当初投入されたのは、キハ187系0番台と呼ばれています。「スーパーくにびき」(2002年撮影)↑2002年7月31日に撮影した「スーパーくにびき」です。「スーパーくにびき」は現在は「スーパーまつかぜ」と名称を変更しています。これに対して「スーパーいなば」は、因美線、智頭急行を経由して岡山まで行きます。見た目には区別しづらいですが、智頭急行への乗り入れのための装備を施されたのがキハ187系500番台と呼ばれている系列です。
2007年11月11日
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HOT7000系「スーパーはくと」は東海道本線から山陽本線へと進みます。須磨駅を過ぎると、左手に大阪湾が見えてきます。この辺りは須磨の浦、あるいは須磨浦公園などと呼ばれ、並行して走る山陽電鉄には「須磨浦公園」駅があります。源平合戦で有名な、「須磨一の谷の古戦場」もこの辺りです。また、松尾芭蕉の句、「蝸牛 角振り分けよ 須磨明石」の句碑が公園内にあるそうです。左手に大阪湾を見ながら進んでいくと、左前方に島影が見えてきます。淡路島です。百人一首にも「通う千鳥の鳴く声に」とうたわれていますね。須磨の関守も、この景色を眺めていたのでしょう。明石海峡大橋(車窓より)淡路島と本州を結ぶのが明石海峡大橋です。高度成長期のころから「夢の架け橋」と呼ばれて「いつかはここに橋を」との構想があったのですが、いざ完成してみると、やっぱり長大な橋ですね。さあ、先を急ぎましょう。適度の揺れにうとうとしながら、列車は姫路を過ぎ、上郡駅から智頭急行の智頭線に入ります。智頭線は、非電化ながら高規格化工事が施され、「スーパーはくと」や「スーパーいなば」の特急が振り子制御を活かしながら最高速度130km/hで走り抜けていきます。智頭急行は帰りにまたご紹介する予定です。鳥取駅智頭駅から因美線を経由して鳥取駅3番線に到着しました。この列車は倉吉行きですが、大半の乗客はここで降りたような感じです。鳥取駅さて、これから仕事です。戻ってくるまで、少し待っていてくださいね。
2007年11月10日
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先月、鳥取県と島根県に出張してきました。鳥取県と島根県の位置はよく混同されるらしく、とくに関東では逆に答える人のほうが多いという調査結果もあるとか。ほんとうでしょうかね? これを機会に、日本地図を見直していただけると嬉しいです。HOT7000系スーパーはくと↑大阪駅の3番線に停車中のHOT7000系「スーパーはくと」です。現在は、京都~鳥取・倉吉間を結ぶ代表的な列車で、東海道・山陽・智頭急行・因美・山陰の各線を通ります。智頭急行線内では、振り子方式による時速130km運転を行っています。HOT7000系はすべて第三セクターである智頭急行の車両で、JRが管理をし、スーパーはくと専用に使われています。「HOT」というと温泉のことかと思っていましたが、さにあらず。智頭急行の沿線である「兵庫県」「岡山県」「鳥取県」の頭文字をとったものだそうです。車内モニター↑先頭車両の運転席近くに設置されたカメラの映像を、各車両の液晶モニターで見ることができます。この日は車内販売のワゴンが何度も往復していたのですが、どうやら11月に入って無くなってしまったみたいですね。そうと知っていれば何か買っていたのに、なんだか惜しい気がします。
2007年11月06日
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高槻市駅です。 2300系@高槻市駅嵐山線を走る2300系は4連ですが、京都本線では現在は7連で運用されています。3300系桂駅で見かけた3300系(3325号車)が追いついてきました。3300系は、1969年から始まった大阪市営地下鉄堺筋線への乗り入れのために製造された車両です。かなり西日が強く、写真を撮るには条件が悪くなってきました。阪急の塗装は滑らかなので、なおさら光の反射が気になります。大阪市営地下鉄66系↑大阪市営地下鉄堺筋線の66系です。淡路駅を経由して高槻市駅まで乗り入れてきます。乗客をすべて降ろして回送として京都側へ引き上げていくところです。それにしても、西日が反射して、見づらいですねえ。とほほ。
2007年11月02日
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桂駅にて再び、桂駅に戻ってきました。1号(左側)には、乗ってきた2300系が、2号線に停まっているのは河原町行きの7300系です。桂駅5号線5号線に入ってきたのは梅田行きの3300系・準急です。特急との接続待ちです。7300系特急梅田行きの特急を待っているあいだに、向かいの3号線には、河原町行き7300系特急が到着しました。9300系特急やってきたのは、嵐山線に乗る前に見かけた9300系トップナンバーです。さきほどは「回送」になっていましたから、河原町駅まで回送され、そこから特急になって折り返してきたのかもしれません。京都線は、神戸線や宝塚線と車両限界などが違うので、京都河原町発神戸三宮行き、と簡単に言えるわけではないようです。現在のところ、京都線を走る電車は百番台に「3」が付いていて、きっちりと区別されています。さて、この特急に乗って、高槻市駅に向かいます。
2007年11月01日
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