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監督・主演:トミー・リー・ジョーンズ脚本:ギジェルモ・アリアガ出演:バリー・ペッパー、ドワイト・ヨーカム、ジャニュアリー・ジョーンズ、メリッサ・レオ、フリオ・セサール・セディージョほか試写会に行ってきた。昨年の東京国際映画祭にも来ていた映画だ。私は映画祭には行かなかったが、「変なタイトル」と思ったことだけよく覚えている。あらすじ:メルキアデス・エストラーダは、ある日突然、放牧場で銃弾に倒れる。親友のピート・パーキンズは彼とある約束を交わしていた。「俺が死んだら故郷ヒメネスに埋めてくれ」。ピートは犯人である国境警備員マイク・ノートンを追い詰めて拉致。メルキアデスの遺体を掘り起こさせラバに担がせる。約束を守り抜こうとする男、人を殺めた男、最後に夢をかなえて欲しい男。それぞれの思いが交差する中、3人は心張り裂けるほど美しい故郷ヒメネスを目指す。旅の果てに彼らが見たものとは?いやー難しい映画だった。何が難しいって、各場面の時制をつかむのがえらいたいへんだった。場面場面が細切れで、どれがどの場面の後か前なんだか、よくよく見ていないとわからない。そしてストーリー自体もなんつーか……いわくいいがたし。筋はシンプルなんだけど。以下、ネタバレが出て来るので、これから観に行くひとは読まないでください。(だいたい滅茶苦茶な印象が書かれているだけなので、何の参考にもなりませんきっと……)文章にまとめようと思っていたけど、全然まとまらない。というわけで、箇条書きに逃げてみる。●人称のことマイクはピートに拉致されてからずっとピートのことを Man だの You だの「あんた、おっさん」みたいな呼び方で呼ぶ。「Hey, man」って感じ。ピートが自分の名前を告げたあとも、ずっとそうだった。それが、最後に存在しないヒメネスに着いて、「ここに違いない。なぁ、写真のとおりじゃないか」と同意を求められたときに「ああ、見つけたな、ピート」と名前を呼ぶ(「You made it, Pete」みたいな感じだった)。あんまり自分の記憶に自信はないけれど、それまでマイクが彼のことを名前で呼んだことはなかったような気がする。そこで初めて名を呼んだんじゃないか。Man や You のような一般的な呼称ではなく、その人の名前を呼ぶということは、相手と対個人の関係性を持つということだ(ひらたく言えば「親しくなる」ってこと)。マイクはこのとき初めてピートの悲しみを思いやったんだろう。実はピートの側にも人称の仕掛け(?)があって、彼はマイクのことは呼びもしない。「彼の服を着ろ」だの「逃げようとしたら殺すからな」だのといったことは言うが、それだけだ。それが、最後に別れる前に「若造」とマイクに呼びかける。英語では「Son」だ。非常に親しみを込めて呼ぶ呼称である。マイクの贖罪が果たされて、彼は初めてマイクを人として認めたのかもしれない。そうではなくて、ずっと「Son」のように思っていたから、憎まれようが追われようがお構いなしに、最後までしつこく連れていったのかもしれない。●失われた故郷のことさて、お騒がせにも国境警備員(マイク)を攫ってまで行こう、行かせようとしたメルキアデスの故郷ヒメネスであるが、実はどこにもない。彼に教わった道順どおりに進んで、あと少しというところでヒメネスの場所を尋ねると、だれも知らないと言う。そんな村はない、と。しかもメルキアデスが自分の妻だと語っていた女性は、(女性の側からすれば)見も知らぬ他人で、さらに赤の他人の奥さんである。メルキアデスが嘘を言っていたかどうかはおくとしても、彼の故郷が現に「存在しない」のは確かだ。正直、このエピソードがどういう意味を持つのかは、よくわからない。ただ、メキシコの人々のアイデンティティってこういうものなのかなとぼんやり思った。メシカ(日本でいうアステカ)が滅ぼされて以来、かの地では混血が進み、旧来の言語も失われ、文化もスペイン文化と分かちがたく交じり合ってしまった。だから、自分たちのルーツを求めるのが非常に難しい。何年も前に、ナショナル・ジオグラフィックのメキシコ特集で十字架を背負った男の影が映る写真があって、非常に印象的だった。その十字が外来のキリスト教のものなのか、在来の土着の信仰のものなのか、わからないのだ(土着で十字に対する信仰があったゆえにキリスト教の浸透が早かったというのはわりと有名な話だろう)。渾然としてルーツを求めようにも求められない、アイデンティティの危うさを、彼らはおしなべて持っている気がする。長くなってしまったが、私には「ヒメネス」が彼らのルーツのように思えた。存在するように語られるが、現実に行ってみると存在しない。在るはずで無い故郷。って、何を書いてるかわからなくなってきたぞ。やめよう。女優たちについてもいろいろ思っていたけど忘れちゃったし。だいたい半分以上はこっちの勝手な思い込みで、適正な感想にはなってないだろう。最後に一言だけ。たぶん。いろいろな感想があるだろうけど、たぶん。この映画は、見て、「人生、捨てたもんじゃないかもしれない」と思わせる側の映画だろう。マイクは最初、死んでいたも同じだった。他人のことは考えず、食って寝る動物のような男。女と寝るのも生理的欲求を満たすためだけ。彼にとって現実感を伴うのは暴力を行使するときだけで(でも暴力的な人間というわけでは本来ない)、怠惰に日々を過ごす無感覚さは、本当に死人のようだった。それがピートに拉致され、逃げようと試みながらも最後に贖罪を成し遂げた彼は、生きた人間だった。これは役者が素晴らしかったんだろうと思うが、本当に「今ここで生まれた」感じがした。最後に、自分を解放し去ってゆこうとするピートに、マイクは後ろから声をかける。「ひとりで大丈夫か?」と。これは強烈だった。ものすごい転換。現実の人間、それも固定されたオトナにそんな転換が訪れるなんて。ストーリー的に見れば中途半端なようで、深く印象に残るエンディングだった。
2006.02.28
実は昨日、日曜でも開いているというので確定申告に行ってきた。確定申告はできたんだけど(できたんだろーな…どうもあの受付のおねえちゃんがちゃんと書類を見てくれたかアヤシイんだけど……)、贈与税免除の申告をしなければならないのを最近まで忘れていた。というわけで、今日の午後はあちこち回って必要書類を掻き集める羽目に。区役所行って戸籍謄本と戸籍の附表たらゆーものを取り(しめて750円)、法務局行って登記簿謄本取って(一通1000円って高いよ!! なんでそんな高いの!?)、すでに取ってあった住民票と自宅の登記簿謄本と申告書類2通にその控をまとめて(ヒー)、税務署の受付窓口へ提出した。なんか今、受付って確定申告一色なんですけど。贈与税の申告も出していいんだよね…?「贈与税なんですけど」と出したら、若いにーちゃんがハイハイと受け取って見て、「確定申告は?」という顔をしている。確定申告は昨日先にしてしまったと説明したら、そうですかと言って、添付書類をろくろく見もせずにひとつにまとめて下の容器(?)へ投げ入れた。えっ。それでおしまい?添付書類の日付とか、不足がないかとか、何もチェックしないの?さんざん「出せー出せー」と騒ぐわりに何ともずさんだな。……ま、いいや。書き直しがあったって、とにかく期限内に出したんだから。受け付けたのはあっちだし。それにつけても、本当は誕生日記念で半休とったのに(さすがに全日休暇はとれない)、それが税金の申告なんてイロケのないもので終わっていいものか?……………ま、いっか、納付じゃなくて還付だから。
2006.02.27

お正月じゃなくてひな祭り。実家に夕飯をごちになりに行った、そのついでに雛人形を並べてきた。もう七段作るのはたいへんで面倒なので、最近流行りの(流行って、うちでの流行ね)簡易セッティング。丸テーブルの上に人形だけ平らかに並べてしまう(笑)。去年も写真を載せたかもしれないけど、今年もかわいいので載せちゃう。小さくて見にくいが、お雛様一団。サービスで右近の橘、左近の桜も出してみた。妹も一緒にご飯を食べに来ていたので、「たまには並べてあげる?」と、お膳の道具箱を差し出してみたが、「本当に食べられるわけじゃないからいい」と、断られた。それよりもホンモノのひなあられに興味があるようだった。
2006.02.26

この間から肉団子を作ってみたくて、いよいよ今日やることにしたら今度はやる気がいまひとつあがらなーい。というわけで(?)揚げ団子は挫折して、鍋で煮てしまうことにした。それでも肉団子は肉団子だから(そうとも)。干ししいたけと春雨をもどし、にんじんや長ねぎを切って、野菜類を準備。それから、ねぎのみじん切りとしょうがのすりおろしを豚ひき肉に合わせ、溶き卵を入れて練る。練り練り。かなり練ったつもりになって終了(あとから思うともっと練るべきだったかも)。肉団子だけフライパンで焼く、その間に土鍋に鶏がらスープを沸かしてオイスターソースを溶かし、焼き色のついた肉団子を入れてざっとあくを取る。時間のかかる野菜から鍋に入れていって、最後に青菜を煮ておしまい。(こんな感じだったと思うが……)見た目がなかなかおいしそうにできたので、パチリ。まあまあおいしかった(まだ残ってる)。鍋はいいね。ラクだしおいしいしあったまるし。ただ、ちんげん菜がないので仕方なくほうれん草を使ったけど、やっぱりちんげん菜のほうがいい。せめて小松菜にすべきだった(どのみちなかったけど)。
2006.02.25
■演奏:バッハ・コレギウム・ジャパン■独唱:野々下由香里(ソプラノ)、ロビン・ブレイズ(アルト)、ジェイムズ・ギルクリスト(テノール)、ドミニク・ヴェルナー(バス)■日時:2006年2月23日(水)19:00~■会場:東京オペラシティコンサートホール(タケミツメモリアル)■曲目:おお神の小羊、けがれなき BWV656★ カンタータ第42番《その同じ安息日の夕方》 BWV42 カンタータ第108番《私が去り行くのは、あなたがたの益となる》 BWV108 カンタータ第6番《留まってください、私たちと共に》 BWV6 カンタータ第103番《おまえたちは、泣き喚く》 BWV103 ★…オルガン独奏・今井奈緒子去年、12月のメサイアやロ短を聴きに行かなかったので(ロ短、あることを忘れてたのよ~しまったな~)、半年振りのBCJ。今回は客演楽器が3種類あって、見応えある(笑)演奏会だった。しかしなんだか泥のように眠くて、オルガンも42番もほとんど寝ていた。108番もかなり寝ていたし、20分間の休憩中すべて寝たにもかかわらず直後の6番でもずっとうつらうつらしていた。(いったい何しに行っとるんだ………)6番なんか、「見どころその1」であるヴィオロンチェロ・ダ・スパラ(肩掛けチェロ! 演奏者自作!!)が登場して、楽しみに聞き始めたのに、けっこーな割合で睡魔に負けてしまった。本当に泥のように眠かった。こんなに眠いのはオカシイ。いくらなんでも。…まぁいいや。今さら。最後の103番の前になって、突然、目がぱっちり開いた。「これは寝ないで済むかも」と思ったら、思惑通りずーっと起きて聞いていられた。よかった(涙)。この曲にはソプラニーノ・リコーダーとトランペットが登場。「見どころその2・その3」である。トランペットは島田さんで、リコーダーはダン・ラウリンというおじさん。なんかおっきなおじさんが、ちっさなかわいらしいリコーダーで高い澄んだ音を出すっていうのは、あとから考えるに妙な図式かも……演奏中はそんなこと考えなかったけど(笑)。リコーダーの音色が耳に届くと、そこから異世界が広がるようだ。普通のカンタータは室内のイメージが強いのに、リコーダーの音色がするだけで、野原にいるような気がする。(というわけで?気になってリコーダーのCDを会場で購入してしまいました。レビューはいずれ)今日のテノールはよかった。いつもね、ゲルト・テュルク以外のひとが歌うと、なんとな~く物足りなかったりするんだけど、このジェイムズ・ギルクリストさんは声量も豊かで、しかも声の強弱やら抑揚をつけるのがうまい。ピアニッシモからフォルテッシモまでなんでもござれって感じで、聞いてて飽きなかった。……おかしいなぁ、私、この人の歌、聞いてないよなぁ。忘れてるわけじゃないよなぁ?でも本日のプログラムのラストを見ても、人物紹介が載ってないし……ってことは、初めての共演じゃないんだよね? うぅ~ん、覚えが無い……。まーなんつーか一曲聞くためだけに金払って行ったような結果になってしまったが(笑)、その最後の一曲(103番)がほんとうに素晴らしかったのでよしとしよう(負け惜しみじゃなく)。素晴らしい演奏で、拍手がずっと鳴り止まなかった。みんな同じ気持ちだったんだな、きっと。
2006.02.22
2回目。今回のほうがノリがよかった。全然空き時間がない。笑いどおし。(それとも前回、私のノリが悪かっただけなのかなー……)2時間、濃密な舞台だった。一緒に行った友人とあとで話したけれど、時間が長ければいいってもんじゃないよねやっぱり。2時間以下でも一幕しかなくても、見応えある舞台というのは充実しているもので、それがやはり演出家の裁量にかかっているわけだ。おっと、基本情報を何も載せてなかった。一応載せておこう。演出:蜷川幸雄 原作:ウィリアム・シェイクスピア 翻訳:松岡和子 出演:小栗旬・高橋洋・内田滋・月川勇気・山下禎啓・高野力哉・たかお鷹・鶴見辰吾・吉田鋼太郎ほか会場:彩の国さいたま芸術劇場(埼玉・与野本町)あらすじ:シラクサの商人イジーオンは、嵐で離散した家族を探す旅の途中、たどり着いた敵地エフェソスの港で逮捕され、公爵から死刑の宣告を受ける。イジーオンは公爵に、妻エミリア、双子の息子(アンティフォラス)、その従者の双子(ドローミオ)がバラバラになっている事情を説明し、夕刻までの猶予を得るが保釈金を都合するあてはなく、刑が先延ばしになっただけだと嘆く。一方、兄探しの旅に出ていたアンティフォラス弟とドローミオ弟も、偶然エフェソスに到着していた。エフェソスには彼らの兄たちが住んでいるが、お互いに傍にいることを知る由もなく、アンティフォラスもドローミオもお互いに兄弟を間違えられ、弟は未婚にして出現した妻に言い寄られ、兄は自分の家を締め出される。首飾りの代金の支払いや保釈金など、カネも絡んで事態はいよいよ混乱しだす----。非常に面白かった。前回も書いたが、この喜劇は全部男優がやっている。中心的な女役は4名だが、そのいずれもうまい。ちょっとおかしいんじゃないの(笑)。「あ~このヒト、『お気に召すまま』でも女役だったよな~」などと見つつ、不自然さがないのに舌を巻く。鶴見辰吾は、女役では初だったが、意外に上手だった。おかしいし(笑)。まぁ友人に言わせれば、彼は案外作中で女装する機会が多いのだそうで、そーゆー経験が結実してるのかな(それとも女装が好きなのかな)。エイドリアーナの内田滋は初お目見え(少なくとも私には)だったが、これがまたうまい。「えぇ~っ」って驚きを表すようなときの顔が、手塚治虫のマンガみたい(笑)。すごく特徴的な表情をしてみせるから、もう、おかしくって。タイミングもうまいし、要の役どころをきちんと演じていた。男優でも女優でも、エイドリアーナが面白くなければこの劇は立ち行かないだろう。ほかにもいろいろ面白かったんですけどね。いちいちあげているときりがないわ。舞台背景が、エフェソスの図書館ファサード(ホンモノがベルリンだかウィーンだかにある)をモデルにしたような、彫刻付きのギリシア風建物正面で、彫刻以外は鏡張り。鏡に後ろから登場した役者さんが映るので、これはすごくよかった。劇のテーマが「双子(鏡に映る私)」だから鏡を張ったんだと思うけど、それとは関係ないところで効果を発揮していたかも(笑)。蜷川の舞台って、客席全部使うから、前の席で見ているとしょっちゅう後ろを振り向かなきゃならなくてたいへんなんだもん。今回は振り向かないでも客席後方の雰囲気がわかって、しかもそのまま前方の舞台を見つづけられるという素晴らしいご利益を享受したのだった。毎回鏡を張ってくれるといいのに(笑)。ともかく、面白い、楽しい、充実した舞台だった。
2006.02.18
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書名:池袋ウエストゲートパーク 著者:石田衣良出版社:文藝春秋(文春文庫)発行年月:2001年07月ISBN:4167174030本体価格:543円(税込570円)最近話題?の作家、石田衣良のデビュー作(兼、代表作?)。両親が読んで、「あっという間に読める」ということだったので読んでみた。確かに、かなりのスピードで読める。紹介:刺す少年、消える少女、潰し合うギャング団…。ストリートの「今」を鮮烈に刻む青春ミステリーのニュービート。オール読物推理小説新人賞受賞。……う~ん、正しいことは正しいけど、全然中身がわからんなこの紹介文では。舞台は池袋。タイトルの「池袋ウエストゲートパーク」とは、「池袋西口公園」のことだ。池袋も、渋谷新宿ほど「終わっている」わけではないものの、一歩裏へ入ればあまりよろしくない環境が展開する街で、そこの高層マンションを購入するかどうか悩んでいるひとが必ず「環境が悪いのではないか」と掲示板に悩みを書き込む街だったりする。実際にどの程度アブナイのか、私なんかには全然わからないのだが、ともかくこの話はそういう「一歩裏に入り込んだ」ストリートを舞台にしている。登場人物は、青少年。だれも若い。主人公の真島誠、通称マコト(またはマコちゃん)は、高卒で実家の果物屋(駅前のアヤシイ果物屋(笑))を手伝ったりしながらぶらぶらしている青年。いろいろな場面でハードボイルドチックな振る舞いを見せてくれるんだが、マーロウなんかのようにオトナが対象のハードボイルドではないところがミソ。若者限定ハードボイルドなのだ。だから、どんな展開になっても、あんまりベタベタドロドロすることはない。恋愛はするけど、必要以上にウェットな展開にはならない。そう、今これを書いてて思ったけど、たぶん、どのストーリーも湿度があまり高くないのだ。マコトの周りではちょっとした事件が起こる。というより、最初(書名と同名のデビュー作)に友人の仇討に成功してしまい、そのせいで相談事を持ち込まれるようになる。そこから事件を追って、からくりを解いて、仕掛けを施して大団円、というのが基本パターンである。単純なハッピーエンドにはならないものの、どうしようもない不幸の影とかいったものはない(やっぱりドライなんだ)。基本的に、作者の視点は若者に優しく、世間一般に「エリート」と呼ばれる人々に冷たい(笑)。この「エリート」の扱いはひどいが、ありがちといえばありがちな設定ともいえる。下手すりゃ飽きてしまうところを飽きさせないのは「世の中不条理だ」で終わらせずに懲罰を与えているから。それも、世の「はぐれ者」が懲罰を執行するのがいいところなんだろう。アンチヒーローの時代劇みたいだ。この文庫には中編4話が収録されているが、どれもつるつると読める。面白い(次が気になる)し、非常に若々しい(単に言葉遣いがというのでなく、視点が)。私は買ってまで読もうとは思わないけれど、だれかが貸してくれるなら続きを読んでみてもいい(笑)。きっと駅のホームに立つなり、カバンから取り出して読み出すだろう。(ただ一つ、まぁたいしたことじゃないんだけど、「マコちゃん」という呼び名だけは最後まで違和感を拭えなかった。なぜだかは自分でもよくわからない。実は「マコト」や「タカシ」という表記も、その人物を表していないように思うことがあった。なんでなんだろう)わりとあ・かるいミステリの好きな方におすすめ。紹介文のとおり、まさに「青春ミステリ」だ(笑)。逆に、「重厚なハードボイルド以外はハードボイルドじゃない」「謎解きがないミステリは面白くない」という方にはすすめない。▼この本はこちら(4時間)
2006.02.17
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ美術:中越司音楽:伊藤ヨタロウ出演:堤 真一、小泉今日子、松尾スズキ、秋山菜津子、犬山イヌコ、田中哲司、明星真由美、貫地谷しほり、池田鉄洋、今奈良孝行、篠塚祥司、山崎 一 ケラリーノ・サンドロヴィッチ脚本・演出の舞台「労働者M」を見てきた。ケラ(以下略)の舞台は初めて(つーか割と演出家固定で見るので幅広くならない)。コピーは「近未来の収容所を舞台に繰り広げられるSF風味の奇妙な革命喜劇(レジスタンス・コメディ)」。舞台は2重構造で、2つの世界がほぼ脈絡なく交互に現れる。ひとつは、自殺志願者の相談に乗る善意の仕事を表向きの看板に掲げながら、その相談者に高価な品物を売りつけている、現代日本のある会社(つまりねずみ講)。もうひとつは、土星人との戦争に勝利するも、混乱と貧困が蔓延してしまった未来の地球のどこかの収容施設。自殺者を助ける仕事をしていながら、結局やっていることはねずみ講である。そうやってだます側だったのに、詐欺にひっかかって全財産と家族を失う者もいる。収容された労働者だったのに、いつの間にか管理者に任命されている(しかも何の理由もなく)。他人が触れてもただの箱にすぎないのに、その女が触れるとまるで天からのような通信が聞こえてくる。記憶のない人間、失われた他者の記憶を語る人間、記憶がないように思われていたのに実は記憶を持っている人間、抜き出した記憶は缶詰にされ土星人に売られているという噂と、人の名前の書かれた缶詰。存在しているかどうか不確かな、出奔したきりの所長。……等など。このへんの不確実性というか両義性というかが、全編通して貫かれていたようだ。どの面から見るかによって、全く違う顔が現れる(演劇やるひとって好きだよね、そういうの)。面白かったけど、あの内容で3時間は長すぎる。絶対長すぎる。最終的にカタルシスは外的な破壊によって代替されてたよーな気がするし、うぅ~ん……。だいたい、笑いの要素はふんだんにあったけど、コメディじゃないよな(笑)。だまされた。笑って終われないのだからコメディじゃない。役者はみんな笑って終わってたが、そりゃ違うだろう!(笑)役者はみんなよかったと思う。特に松尾と犬山に注目、かな、私的には。あと、チラシを置いてきてしまったので登場人物の役名がわからなくなってしまってうろ覚えだが、どうも最後に現れる「宇田」さんは、ユダの言い換えではないかなどと思ってみたり。モリィ(マリアの言い換え?)が「悪魔の使い」と言い張るのはそのせいかな、などと。そうしてみると、女医で管理者のリュカも、使徒のルカだったりなんかして。(妄想だよ……(笑)))ああ、他の人物名を思い出せないのでこれ以上検証できない。まぁ、去年観たクドカンよりは好き。なんといっても空手バカボン(オーケン)の労働者Mだしね(笑)。
2006.02.16
先週からずっと『死の家の記録(別名・地下室の手記?)』を読んでいたのだが、なかなか読み終わらず、だんだん苦しくなってきたのでいったん休憩することにした。昨日一昨日でシェイクスピアの『間違いの喜劇』を読み終わり(この間舞台を見て、今度また見るやつ)、今日からは父親に借りた石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク』を読むことに。こっちはあっという間に読めそうだ。……終わったらもう一度『死の家の記録』に戻ろう。この本、面白いのは面白いんだけどな……面白いというか、非常に興味深い。ただ、俄然、他の本より読むのに体力が要る(笑)。
2006.02.15

夜になって、なんとなく思い立ってパンを作った。パンといってもフライパンで焼けるような簡単なやつで、本格的なものではない。粉と砂糖と卵とバター、それにインスタントコーヒーを溶かした牛乳を混ぜて、こねこねこねるだけ。(本に載っていた)20分くらい寝かせて、8等分してからそれぞれ棒状に延ばし、Sの字に整える。あとはフライパンで裏表8分ずつ焼いてできあがりである。ほっぺたが落ちそうな美味しさはないが(笑)、焼きたてを食べるとそれなりに香ばしくて美味しい。ちなみに、1~2日置いたあとも、そのまま焼かずに食べられた。もぐもぐ噛み締めるうちに味が出て、スナックパンのようで面白かった。S字のコーヒー風味パン。ちとこげてます
2006.02.12
蜷川演出のシェイクスピア喜劇。面白かった。しかし「夏の夜の夢」のときのような、全編通して笑い転げる感じはなかった。ときどき「間」が空いてしまう。喜劇って難しい……。でも面白かった。この彩の国さいたま芸術劇場で上演するシリーズ、前回の「お気に召すまま」から、男優オンリーの上演を試みている。エリザベス朝風、というわけだ。今回も、奥さん、その妹、料理女、娼婦、尼僧長などが出て来るが、み~んな男である。しかしこれが案外うまいので、おかしい(笑)。特に奥さんのエイドリアーナは必見。だれだか最後までわかんなかったよ。3,4日経ってから思い出して「えっ、うそ!?」と思ってしまった。主役の小栗旬は、活力にあふれていて、一所懸命で、見ていて素直に好感が持てる。同じく主役の高橋洋、今までのイメージが全部崩れた感じ(笑)。しっかり道化役。脇役もいろいろ面白さ満載だった。特に金細工商人(アンジェロ)。面白いキャラだ。彼が何か言ったりちょっとした仕草を見せたりするたび、客席に笑いが洩れていた。私は2回目を18日(土)に観に行くので、残りの感想はそのあとにしよう。公演は2月19日(日)まで。興味のあるひとはぜひ観に行くことをオススメ。ちと遠いけど、非常に質のいい中劇場である。
2006.02.10
先日、口座の住所変更その他を手続きするため、近所の郵便局へ行ったときのこと。窓口の若い男が、それはそれは感じ悪いヤツだった。嫌味だとか処理が遅すぎとかそういう具体的な感じ悪さじゃなくて、なんだかわからないけど、いちいち対応が感じ悪い。私は割とにぶいほうなので、最初のうちは「なんだか変だな~」くらいにしか思っていなかったのだが、その感じ悪さは時間と共にどんどん増していって、ついに最後は耐え切れず「もういいです」と出てきてしまった。いや、あんな感じ悪い職員って、いるんだ。信じられない。(どうやら母はその職員と喧嘩したことがあるらしい)顧客の望む何かができない、あるいはそれが迷惑なことだとしても、普通はそんなに角を立てずに断ったり遂行したりできるはずである。それが、角立ちまくり(苦笑)。あの程度のことでそんなに角を立てられるって、逆に侮れないかも(迷惑千万だ)。「もっと手際をよくすればいいのに」とか「もっとマナーを身につけて欲しい」とか「お高く止まるな」とか、そーゆー単純な説明で済むレベルじゃなく、とにかく徹頭徹尾感じ悪い。あとで思ったんだが、言葉遣いとか態度とかの以前に、彼は窓口に来る客に対して悪意や蔑みをもって接しているんじゃないか、と。その悪意が伝わってしまうから、これだけ感じ悪いんじゃないかな。ちょっと稀に見る感じ悪さだった。その後、駅前の郵便局に移動したら対応が親切で(実は「普通レベル」だったのかもしれないが、すごく親切に感じられた)、そこでやっとむかむかが収まった。いろいろやってもらったし、少し遠くても今度から全部こっちでやろうっと。もうあの郵便局では二度と貯金しないと固く誓ってしまったのだった。(他の局員にしてみればいい迷惑……)
2006.02.08
一年ぶりにあさりを食べた(味噌汁~)。おいしくて幸せだった。それだけ(笑)。(すみません)
2006.02.07
今年は確定申告しなければ。妹がネットで申告書を書いてみて、「できた」と言っていたので、自分も試してみることにした。ふんふん、なるほど、聞いていたとおりわかりにくい選択画面だ。色彩のセンスもとてつもなく悪い(笑)。なんだ? ここでこれにチェックを入れるのか??じゃあこうして、次へ、と(ぽちっ)。次の画面は真っ白。「Not Found」が出てしまった。なぜだ。うちがMacだからか。じゃあ最初にそう書いておけよ(怒)。国税庁ともあろう者が、ひでぇホームページだった。もうちょっとレベル上げて、せめてスタートラインに立ったほうがいいんじゃないの(今はそれ以前の印象)。
2006.02.05
『愛のゆくえ』読書日記スペースとして予約。
2006.02.02
今週月曜日から不調。昨日は午前中お休みしてしまったし、今日もあまり長く働けそうにない。熱はないんだけどな。あちこち痛いようなだるいような。おかげで本を読むのも文章書くのも気力が湧かない。こうなると途端に日記も書けなくなる。ましてや仕事なんか全然やる気なし(ちゃんとやるけど)。早くお家に帰りたい。
2006.02.01
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