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昨日の朝、5時半頃から庭の草取りをした。藪から真っ紅に色づいた酸漿が出てきた。袋が網目条に透けて中から橙色の実が見える。仕舞には全部が網目状になるが、食害に遭ってそうなるのか、酸漿そのものが変身するのか分からない。*平安時代にはその実が鎮痛剤として、江戸時代には堕胎剤として使用され、また、ある地方では、冷え症に効くと今でも重宝されているらしい。その間、子供の遊びになくてはならないものの一つになっていて、その遊びの中から命名されたという説もある。庭の片隅に息づいている酸漿でも、人間との関わりは1500年以上もの長い歴史がある。それなのに、一番怖がられていた地震、津波は、メカニズム分析のみに執着して、歴史の教訓を疎かにされていた事が悔やまれる。
2011.08.31
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巨大地震後、野鳥、昆虫などの世界にも、異変が起きているように感じられる。これは3月11日の写真であるが、このような目白、四十雀などの小鳥が来訪しなくなった。烏は、人家の周りを旋回してゴミの管理の悪い町内を荒らし回っていたが、地震発生後、公園等の森に集結する傾向が見られた。ウォーキング中、公園の芝生にたむろしている群れに脅威を感じたことがあった。*巨大地震の異常な振動をキャッチした烏は、迫り来る危機を逃れ、森へ避難したのかも知れない。お陰で、生ゴミに網を掛けなくても荒らされる心配が激減し、鵯も安心して4羽も子育てをしていた。が、その鵯も、子育て後は姿を現さなくなり、ブルーベリーも啄まれず、完熟して寂しく落下していた。何か変だ。
2011.08.29
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早朝の庭を散策しているとオニヤンマがやってきた。1週間前からこの辺りを飛び回っていて、次第に人間に馴れ、カメラの相手をする気になったのかも知れない。それとも、朝露がかかり羽が重たいのかもしれない。黒の色に黄色の横縞がくっきりと染まり勇壮だ。複眼の色艶も見事である。*この近くには沢の流れがないから、1キロ程度離れたもみじ谷の湧水の流れで生まれたのかも知れない。相手を捜している間に此処まで迷い込んでしまったのであろう。この辺りには、相手が居ないから早く公園地帯に戻って子作りを開始した方がいいぜ。この残暑が過ぎれば、直ぐに秋も終わってしまうぜ。
2011.08.28
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住まいの地盤について巨大地震発生後5ヶ月を経過し、住まいの安全管理上いろいろな問題が反省されています。建物の立地、地盤の問題、建物の形状の問題、増加の一途をたどる高層マンション生活の問題等々。今回は、宅地の地盤について検討します。*当地は、今回の地震でさほどの被害がなく、ライフラインも2、3日で正常に復旧しましたが、地盤的にはどのような立地になっていたのかと調べました。当地の地層は900万年前から600万年前に起こった海進によって生じた堆積層で「水戸層」と呼ばれ、平坦な台地の基盤となっています。その上に「上市層」と「見和層」と呼ばれる30メートルの砂礫層が重なっています。その上部に、「関東ローム層」と呼ばれる火山噴火物が2メートルから3メートルの厚さで堆積しています。*それに比して水戸市役所は、海退の過程で那珂川の堆積物で堰き止められてできた千波湖のど真ん中であったのです。湖が干上がって陸地化したとしても、沖積層の柔らかい物の堆積ですから地盤的には脆弱だった。しかも、湖の一部を埋め立て造成して宅地化したのですから、液状化が発生することは、建築前に明らかであったはずです。市役所には、建築関係のエキスパートが仕事をしていたのに気づかないはずはなかったがーーー、今更愚痴っても始まらない。*此所まで考えて、自分が住むべき土地や建物を選択する場合は、地層の歴史を紐解くことも安全安心生活を送る上で必要なことと痛感しました。
2011.08.27
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各地で大雨注意報が出て居る。雨の手数とはよく言ったもので、露草も天を仰ぎ昆虫の来ないのを愚痴っていた。でも、露草は、昆虫による他家受粉ができなければ、自家受粉があると高を括っている。この余裕が蛍草の可憐さをひときわ高めている。*でも、そのような情緒的観察をしていては、露草の繁殖で我が身を滅ぼされる。露草は、環境変化に機敏に対処するため、種の多様性を犠牲にしてまで自家受粉を活用するが、さらに、除草剤など環境変化、人間の自然攪乱をキャッチすれば、地上茎は節々に根を蓄えて匍匐体制に入り、土をキャッチしたら直ちに根を差し込み地下に逃げる生き残り作戦に移転する。露草は、米作民族の移入とともに日本にやってきたというが、有史以前から耕作民の敵であった。露草の花に魅力は、敵を欺く冷艶な懐柔策と信じ、油断せずに即座に退治すること、これが遠祖からの教えである。
2011.08.26
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木槿が咲き出した。当地では、「ムクゲ」とは言わず、「モッキン」といっているが一般化せず、漢方薬で辛うじて「モッキン花」(木槿花)という名称に出会うくらいである。また、「槿花一日の栄」は「キンカ」と読むようだ。中国、インド原産らしいが、移入当時に普及した地域は、移入先の言葉が用いられる傾向にあると考えると、この辺りも木槿移入に何らかの関係があったか、好事家が居たのかも知れない。あるいは、各種信仰の布教足跡に関係があるのかも知れない。*モッキンは徒長が激しく、狭い庭では他の植生と競合して庭を暗くする上、枝葉の組み立てバランスからすると樹相としてはイマイチである。そのため強剪定をせざるをえない。今年は、去年の強剪定がたたって花数が少ない。少ないというとカメラのレンズも、物珍しく愛おしげに観察している。でも、一日花ではなく朝になるとまた花弁を開くから栄華の儚さにたとえるのは迷惑だとモッキンは言っている。
2011.08.25
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木石は水持ちが悪いと雑草にも敬遠されていたが、最近は、小さな洞に蜻蛉草が棲み着いた。雑草が棲み着くとその根に絡みつくようにいろいろな植生も生息を試みる。雑草こそ草原の生みの親であり、地球を青く生成させた根元的役割を担ったものなのであろう。*蜻蛉草と言っても、当地方だけのカタバミの異称かも知れない。近所の子供が、籠に入れた蜻蛉になにを食わせたらいいのかと問うたので、近くにあった蜻蛉草を差し出した。果たして食したかどうかは不明である。蜻蛉がカタバミを好きだと言うことは誰が発見したのであろうか、昔の子供も昆虫と戯れそして自然の中で生き生きと活動していたことが滲み出た異名である。
2011.08.24
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妻が、ミンミン(「ミンミンゼミ」とは言わず、「ミンミン」だけで通じている。)が堕ちていたと言って持ってきた。緑の斑点が鮮明でこんなにも綺麗だったのかと驚き、早速、撮って外へ放した。堕ちた割には飛翔力があり、大きな木の頂にわけなく飛んで姿を消した。子作りを終えて放心し、生きる目的を失い飛ぶのをやめてしまったのかも知れないが、これからが自分の時間なのだから木々の緑、太陽のギラギラを堪能しなさいと告げてあげたい。*かつては、オオ蝉(油蝉の当地の異名)の2割程度がミンミンであったが、今では、1パーセント程度で滅多に鳴き声が聞こえない。それでも、堕ちているところから見ると沈黙している雌のミンミンがかなりの数が居るのではないかと安心した。ミンミンは、生息する地域の夏の暑さによって自らの色を調節し、また、生息地は、気候条件に左右されるという。だんだん減少傾向にあり、体色の緑色が多くなるということは、地球温暖化が進行することの7年先を予測しいるのかも知れない。結局、当地の真夏の気温は28度前後であったが、これからは夏の平均気温は38度になるのではないかとミンミン占いをしている。
2011.08.24
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フェンスに屁糞葛が咲いていた。かなり前から咲いていたらしく、もう落花して子作も始まっていた。部屋の中で撮ろうと思って、蔓を引っ張ったがなかなか切り取れない。絡まれた植物は、さぞや迷惑千万であろうなぁ。*切り取ったその瞬間は例の臭いがしたが、部屋で撮影準備をしている中では、さほどの悪臭も出さなかった。多分、食害する動物を追い払うために防御の手段として臭いを発するのであろうが、愛着を以ってみる者には無抵抗なのであろう。別名で、早乙女花と言わしめているくらいだし、事実アップすれば品のある花ではあるものーーー。要するに「屁糞蔓」とか「灸花」と有り難くない名称は、長い間人間の周辺に生息して親しまれていたということに帰する。
2011.08.22
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今夏は、早朝の庭の除草を止めた。熱中症と脅されているから。それを良いことにしてあちこちに雌日芝が蔓延ってきた。既に花穂を垂れて一見のどかな光景を醸している。しかし、お盆に来訪した祖霊は、この花穂を見てさぞや嘆いていたろう。*当地方では、雌日芝は「ハクザ」と呼んだ。「葉草」を意味した方言である。雑草の中でも、特に農作業泣かせの代物であったに違いない。学齢の頃は、ウサギや羊の餌として与えていたが、今のようにどこにでも 蔓延っていたわけではなかった。それにつけても、昔の人の丹精に脱帽で、此処まで来たら除草剤の手を借りなけりゃなるまい。
2011.08.21
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五葉松の根本に増えてきた片檜葉に白いものが混じっている。斑が入ったのであろう。周りの葉はずんぐりとして健康的であるが、斑が入った葉は華奢である。*不治のウイルス病に罹ったのであろうが、急に枯れることもないからウイルスと仲良くするといい。世に一病息災という言葉があり、主役より目立つなとも言われている。斑入りの植物に目がない人もいるから、巡り会いを楽しみに待つのも良い。
2011.08.20
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久しぶりの雨の中、高砂百合が咲き始めた。忌地の性格があってか気に入った土地であれば、3年も4年もの間居座るが、いつの間にか姿を消す。気が向かなければ、種を蒔いても発芽せず、苗を植えても育とうとしない。高砂百合の好む場所は、概して、瓦礫の中、密生したグラゥンドカバーの中、大木の根本、垣根等の叢生の中。*この花も、道路脇の電柱の根本に4年ほど前から棲みつき、株数を増やさずに辛うじて生き延びている。周りは、アスファルトで固められて、日照りが続けば青息吐息、丈の半分まで葉を枯らして水分の調節をしながら強かに花を咲かせようとしている。黒い柔らかい土、園芸に適したスペースは周囲にいくらでもあるが、自ら此処を居場所と定めている姿は、執念がそうさせているのか。不思議な花で何年か後にはこの一帯から姿を消してしまいそうな気がする。フーテンの寅さんのように頼りがいがないが、それでいて何となく気に掛かる花である。
2011.08.19
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市道縁石の隙間に、スベリヒユのような草が生えていた。肉厚の葉、茎が赤みを帯び地面を這うように円上に広がって繁殖する。しかし、白い花であり、葉先がとがっていて幹の色もさほど赤くない点、スベリヒユとは断定できない。このような雑草は、放っておいたら瞬く間に繁殖し手に負えなくなると思い抜いて処分した。*スベリヒユは、繁殖力のある雑草中の雑草であるが、当地では、いろいろな方言で呼ばれ、親しみをもって見られていた。蜻蛉草、のんべい草、蠅取り草、お天気草などなど。日照りには強いが、背丈のある雑草の繁殖には負けて生きていけないから、人の生活圏内につかず離れずに生きてきた様子がうかがえる。今では、園芸品種が広まってきたが、飽きられて雑草化し、除草剤で退治される宿命にある。
2011.08.19
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「こっちの水は甘いょ」は蛍に呼びかけた童謡である。が、実は、蛍草には蜜がないらしい。虻が好んで寄って来るが、蜜を吸っているのではなくて偽花粉を食しているらしい。*派手な黄色い雄蕊が偽花粉を作り、それを舐めている間に花の前方に伸びている(3本の)雄蕊の本当の花粉を虻の尻尾につけるという。偽花粉製造の雄蕊(黄色)に比べ、本当の花粉を作る雄蕊(茶色)は実に地味な色である。真実は、必ずしも、華やかでもなく、絶唱もせず、厚化粧もしていない。テレビコマーシャルも蛍草を見習っていただきたい。
2011.08.18
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17日まで盆休みの会社があって、まだお盆気分が抜けきらない。 盆棚の飾り付けは16日に崩しても、花はそのままに挿してあり、残暑厳しい中、日持ちする花が喜ばれる。今のように園芸が盛んでなかった頃、庭先に栽培している花は仏壇に挿すことを目的としていた。特に花屋さんがないし、食うに精一杯の時代には花にまで支出が回らなかったせいもあった。*その中で、紫苑、花魁草は盆花として頼りにされていた。庭先の紫苑に蜂が来ていた。紫苑には、紋白蝶、黄蝶、各種虻が寄ってきたが、このような蜂は珍しい。紫苑は神にも仏にも、そして、蝶、虻、蜂にも喜ばれ八方美人である。
2011.08.16
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今年は、例年にない蝉の大発生年。梅の小枝に蝉殻を発見した。地上1.5メートルの梅の枝垂れ部分に上を向いて張り付いていた。この格好からすると、小さな羽をばたつかせて飛び上がり、この場所にたどり着いたのではないかなぁ。梅の幹から登ったとすれば、小枝まで延べ5メートル。羽化地点まで到達するまでに天敵に攻撃されるおそれがあり、地下で長期間生き延びた賢者がそのような危険な行動を選択するわけがない事から考えると、あながちあり得ないことでもなさそうだ。*地下生活猛者は、もっとも安全な場所と時刻を見定めて此処で羽化した。凛々しい鎧姿。勇者が偲ばれる大きな武器。爪も鋭く、7年間、地下生活を戦い抜いた姿である。人間の一生も、「苦しきことのみ多かりき」と詠われ、地下生活の方が楽ではないかと思ったりもする。しかし、地下での生活も一寸先は闇。いろいろな天敵が右往左往していて、熾烈な戦いが繰り広げられているのであろう。
2011.08.15
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今年は椿の実が豊作である。真夏の太陽を浴びて赤焼けしている。それでいて臍の緒らしいものをつけている。
2011.08.15
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昨日の朝6時頃墓参し、祖霊のお迎えをした。子供の頃は、夕刻に行ったものであるが、最近は早朝に墓参する事が慣習化した。でも、祖霊は、太陽光が眩しくて夜のとばりが降りた頃に来訪するのではないかなぁ。*帰ってきたらアプローチに藪蘭が咲き誇っていた。お盆前にアプローチを清掃したから、花が一層引き立っている。祖霊御来訪の節は、藪蘭の花を目印にしていただきたい。
2011.08.14
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昨日の朝、ミンミン蝉の初音が猛々しく聞こえた。個体は、1週間前に見つけたが羽化したばかりで、成長を遂げていなかったので鳴かなかったのだろう。暫くすると、「ミーン」と延ばす音が消え「ミンミン」だけになったから、近くに相手を発見して喜んでいたのだろう。ミンミンゼミは、「トウミギ」(トウモロコシ)が収穫できると同時に鳴き始め、「とうみぎができたぞ。」と絶唱しているように聞こえたものだ。*「トウミギ」は食糧難時代の子供の格好のおやつで、ミンミンゼミが運んでくれるとも思っていたくらいだ。トウミギは栗色の毛の色や縮れ具体で食べ頃かどうか見分けるが、市販されている粒が揃って付いているものはなかなか出来ず、いわゆる「じゃんか」が多かった。それでも、一粒一粒食べた記憶がよみがえり、店頭の立派な商品を見るたび生産者の苦労を忍ぶ。「トウミギ入荷」の折り込みチラシを見ると、妻は、ミンミン蝉にせき立てられたように開店時刻を待って買いに行き、満面に笑みをたたえて買ってきたと告げる。
2011.08.12
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躑躅の叢生にヤブガラシが覆い、開花し始めた。お盆の準備をかねて蔓を取り払い一汗した。熱中症の警報が出ていても、夏に汗をかくことは良いことだ。ヤブガラシのオレンジ色の小さな花は、揚羽蝶の好物らしく旋回している姿か見られたが、花を拡大すると黒い点が付いているところからすると、蟻を道連れにしていたのかも知れない。事程左様に、ヤブガラシの蜜はことのほか美味しいのであろう。*ヤブカラシは、それ自体が悪評なのにその上、「ビンボウヅル」と呼ばれて卑しまれている。巻き付かれた躑躅が光合成を阻害されるといわれても、炎暑をカバーしてくれる働きもしているではないか。幹を締め付けたり、害毒を発したりするわけではないからそのような悪態をされるに忍びなかろう。しかも、中国では鎮痛、解毒などの生薬に活用されて人のためにもなっているのに、日本では、格好ばかり気にして悪評のみをたてるのはどうかと思うと、小さな花は悲しみに暮れている。
2011.08.11
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いつもは機敏に飛び回っている大和蜆蝶。珍しく、カメラを50センチまで近づけても飛び立たなかった。除草剤の普及と都市化の影響で雑草のカタバミが少なくなって、蜆蝶の個体も激減し、同時に極刑を宣せられると戦いている姿に様変わりしつつある。*蜆貝の内側に似ていることから命名されたが、その蜆も、河川の汚染で年毎に少なくなり貴重品となってきた、この間は、涸沼蜆が、氷詰めのパックになって贈られてきて、贈答品として珍重されている様がうかがえた。贈り主からは、ノンベイは蜆を食べて肝臓を労れとの電話メッセージがきたが、俺の健康を気遣ってくれる人がいると実感した。
2011.08.10
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立秋を過ぎてやっと蝉の合唱が聴けた。まさに、蝉時雨である。一時は、地震で自然環境が変異し、蝉も戦々恐々としているのかと心配したが、杞憂にすぎなかった。* 揚羽蝶は飛翔力を見せびらかすように広く飛び回っている。産卵場所を探しているのであろうが、蝉の合唱にタクトを振っているかのようだ。四十雀も来て百日紅に吸い寄せられている。鵯も大空を波乗りのように飛び回って、雛鳥の訓練に勤しんでいる。長崎での総理大臣の非核方針を信頼できると確信し、みんながみんな元気づいたようだ。
2011.08.09
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蝉時雨の夕、油蝉に混じって軽い羽音がしたと思ったら、羽が透明で、身の丈の2倍の長さの蝉を見た。ミンミンゼミのようでもあり、クマゼミの格好でもある。当地では、油蝉を「おおぜみ」というが、油蝉やミンミンより大きいような気がした。クマゼミは、当地に生息していないと思ったが、温暖化現象で生息地の拡大現象かも知れない。*フランスでは、蝉は幸運を運んでくれるシンボルという。蝉時雨は、一瞬途切れるが途切れたときの静寂は何物にも代え難い。この静寂のなか、幸運が呼び寄せられているのかと思いこんだりして、晩酌の嬉しい話題となった。
2011.08.08
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浜茄子が咲いている。春に咲いたので当てにしていなかった。思いがけない土産である。浜茄子の自生の南限は茨城県であるから、本当は、東北海岸の花であろう。*未だ体験したことの無い、黒い大きな津波が脳裏を過ぎった。それに翻弄された浜茄子の精が此処まで飛んできたのではないかと連想した。だって、梅だって飛ぶのであるから浜茄子だってーーー。
2011.08.07
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アプローチ周辺のグランドカバーを張り替える作業が一段落した。水洗いしていたら、雲に隠れていた太陽が燦々と顔を出し、虹を作ってくれた。光の角度が織りなす模様ではあるが、足下に虹を見ると心浮き立つものがある。*早速カメラに納めるとアプローチをまたいでいる。アプローチに沿ってやって来るのならいいけどと思った。でも、ものは考えようで、虹の関所と考えれば、我が家族を守ってくれる殊勝なものと有り難くもある。
2011.08.07
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当地では、花魁草もお盆花という。盂蘭盆会のころに咲き、仏前の飾り付けに利用するかららしい。花魁草にも早生、中手、晩生があり、写真は中手を剪り戻し再びに咲かせたが、それも既に散り始めている。*紋白蝶が、花から花へと伝わってお盆花に留まった。前後の羽を別々に動かしているのはカメラでなければ捉えにくい。ひらひらと飛んで優雅に見えるが、実のところは捕食者の目から逃れるためなのであろう。実に、生きとし生けるもの、華麗と悲哀が表裏一体になっている。
2011.08.07
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蝉の初音を聞いた。けたたましい声で、正に、雄叫びである。いかに猛暑であっても、夏を謳歌する生き物が居なければ夏の実感がない。地球上、人間だけで生きているわけではないことを思い知らされた。*昨年は、7月29日に初鳴きを聞いたとブロクが記録している。実のところは蝉の声が聞けないと心配していたが、聞けただけで安堵し多少の遅れは不問にした。どうせ、何事も、巨大地震にかずけるのであろうからーー。すべて自然の中に身を委ねずして生きていけないのだからーー。でも、人間の行動で子孫の生存が脅かされることだけは、黙ってみていられないもどかしさを禁じ得ない。
2011.08.06
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今朝5時、新聞を取りに行って夜半に雨が降ったことに気づき、立秋を肌で感じた。昨日、姫龍のグランドカバーを剥いだ跡の黒土がしっとりとしていた。黒い土を見て、何となく郷愁らしいものを感じた。* 遠祖はこの黒い土と格闘して、死しては生き、生きては死して現代に引き継いでいる。が、福島原発の周辺は、土と格闘しようにもそれを禁じられている人たちが沢山居ることに思いをはせた。黒土を見て業を煮やしている人、逃げるに逃げられない動植物の気持ちが痛いほど分かる思いがする。
2011.08.05
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映像は、奥久慈ドライブの際に土産店で買った磐松。山の風情を味わいたくて庭石の側面に張りつけようとしたが、雨で流されて失敗し、石の上に載せて動かないようにしたら活着した。常態的に葉を巻いて枯死の状態で奥久慈の滝の夢でもみていたのであろう。古里は霧が立ちこめていつも葉が潤っていたのにと愚痴っていたのに違いない。*ときには散水するが、直ぐにカラカラになり葉を巻いてふて腐れ寝していた。でも、先日のゲリラ的豪雨で目覚めた。左の下には2世をこしらえ「住めば都だ。」と喜んでいる姿に映る。生まれた2世が毎年大きくなっているところからすると、葉を巻いて眠っている状態でも、着実に増殖活動をしているのかなぁ。
2011.08.04
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15年前、筑波登山道入口の土産店で、軒忍を見て郷愁らしいものを感じ買ってきた。その胞子が軒先の鳥海石に飛んで活着し、年に1枚の葉を増やしている。炎天下、磐が干し上がってしまっても、葉を糸のように細くして水分蒸発を止めて生き延び、先日の記録的豪雨で生き返って5センチほどの葉を青々と広げている。*強かな野草で、人類発生前、人の背丈以上の大きさで地表に繁茂し草食恐竜の餌になっていたのかなあぁその後、幾多の環境の変化を乗り越えて生き延びてきた。身を小作りにすることが生き延びる秘訣とすれば、必ずしも「でっかいことは良いことだ。」とは言い切れない側面があるような気がした。
2011.08.02
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