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年度末というと、もう走り廻りの日々である。なぜか同じような顔ぶれであの仕事、この仕事とこなしていくのが不思議なのだが。あぁ、今週からは学生便覧の編集も(大幅に遅れて)始まる…… 同僚さんが、日経新聞掲載の大学院の質低下の話を見せてくれた。大学院重点化政策が裏目に出ているというのだ。衝撃的だったのは<“私大の雄”の学部で内部進学できない学生が“赤門”の大学院なら入れる(理工系)>という話。大学院は学問を自ら開拓する場所である(本当は学部でもそうあるべき)から、大学名ではなく、教官・教員や研究設備で選んで当たり前なのだが、記事を読んでいると、全体的な低落ぶりに背筋が寒くなる思いがした。 ほっといても就職がバンバン決まる、ちょっと企業を受けてしまうと辞退の言い訳が大変なほどに売り手市場だった時代に、あえて大学院に進んでいる無謀者が我々の前後の世代である。現在はそういう(就職もできるけど)もっと研究したいという高い志の学生と就職もできないから院に進もうかという学生とが混在しているのではないかと思う。それに拍車をかけるのが、大学院枠の増加なわけで、質の低下は止まるわけがなかろう。 だが、もっとも気にかかったのは、大学院の教員が学生指導をしない……という批判。「指導されない」と不満を抱くっていうのは、ちょっとおかしい。大学院っていうのは自分で問題を見つけ、それを煩悶し、その疑問を抱えながら世(研究者・学会)に問うというものだと教えられたし、佐藤もその通りだと思う。佐藤のお師匠さんは幸運にもマメに指導してくださる方々だったが、それでも自らがまず問うという姿勢は、いつも実感させるようなご指導だった。自分がまず問題を見出さないで、指導してくれないと現状を憂うのはお門違いであろう。……あぁ、でも確かにそういう人も中には居るよね……とふと思い出した。 就職売り手市場だった我々の世代が猛烈にデキて進学したかといえば、そうでもないわけで、佐藤も学生時代は無知であることの恥ずかしさを充分味わった(今でも無知であるけれども)。なにせ、昭和40年前半生まれの世代は学習内容の削減スタートにかかっている。「n進法」が消え、英単語数が減り、暗記が不毛だと言われ始め……という時を中学高校時代にくぐってしまった。応用力を発揮するための基礎の学力が確実に落ちているのだ。だからといって嘆いても始まらないので、地道に進むしかないのだろう。日々勉強である。
2005/02/28
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「雨水(うすい)」も過ぎて暖かくなった。今日は宝生流の勉強会、今回から“青雲能”と晴れやかな名前に変わった会。会の回数も増え、どんどん若い人々が研鑽できる。めったに行けぬ会ではあるけれども、今回は行けそう……佐野玄宜クンの『箙』楽しみだなぁ♪と思っていたのだが、心に任せぬ身は上手いこと予定が運ばず、時間がどんどん過ぎていく。まぁ、これも運命さ、ということで諦めた。 まぁ、やらねばならぬことは山ほどあるし、目の前の雑事を黙々とこなすのみ。チェッ。
2005/02/22
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ならカッコがつくのだが、ただの風邪で読書生活。いや、“ただの”などと侮れない風邪のおかげで読書三昧。 めったに公開されない番組を含む貴重な雅楽の会をあきらめた金曜日、病み途中の身体で水道橋に出かけた土曜日、その反動で再びダウンして式能をあきらめた日曜日。五雲会のために雅楽と式能を捨てた男……哀れである。 こんな状況で読破できたのは、北山猛邦「『ギロチン城』殺人事件」(講談社ノベルス)。今回もまた仕掛けが強烈で、理解の範疇を超えるトリックだった。物理的にどうなんだろう?という疑問をねじ伏せる迫力を持つ。前作「『アリス・ミラー城』殺人事件」と叙述上のトリックが似ているので、「あれっ?」と思った辺りがやはり鍵となっていたが、それにしてもすごい設定を思いつくものだ、と感心。 もう1つは北原保雄先生が編者となった『問題な日本語』(大修館書店)。同僚さんがちょっと前に「知ってますか~?」と教えてくれたと思っていたら、あれよあれよという間に話題となり、増刷に次ぐ増刷となった現代日本語の表現に関する本。同社の『明鏡国語辞典』の関連書籍として出たものだが、これが面白い。最近の「あれっ?」というような表現を質疑応答形式で説明していくのだが、わかりやすくてためになる(この辞典自体も面白い)。 ひと頃話題になった<ら>抜きことばや<すごい○○(用言)>の用法などは最近の人のことばはおかしくてイカン!という批判に晒された。だがそういう批判をするあなたのことばだって平安王朝の文献に見られる文法からはおかしいですから♪と反論できるわけで、ことばなんて道具なのだから、どんどん流動するものだ(佐藤は今でも<ら>抜きは違和感を持つものの、若い人のことばがイカンとは思わない)。そういう流動する道具という立場を持ちつつ、どこまでが現時点で許容できるのかが解明されている。 んー、さすが北原先生、やはりこういうところに目を付ける辺りが「らしい」なぁ、と。実は佐藤と同僚とで、こういう表現の問題を話題にしていたことがあり、あれこれ調べていたのだが、あぁ、やはり北原先生がやってくれたか、という感じであった。 ちなみにかの先生は佐藤の院生時代の教官である上に、かつて佐藤の出身高校で教壇に立っていらしたこともあるのだった(と言っても、佐藤がまだ影も形もない頃の話)。
2005/02/20
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JR市川駅の改札前で茨城県の物産展をやっていた。北海道とか沖縄とか比較的遠方の地が多いが、近隣県は珍しい。何気なく見てみると……おぉっ!?そぼろ納豆があるやんけ!というわけで、ためらうことなくまとめ買いをした。“そぼろ納豆”とは納豆に、水でもどした切干大根を交ぜて、醤油などで調味したもの。これが危険なまでに美味く、ご飯にのせると、もぉ~止まらない。 茨城の上のほうでは家庭料理のようであるが、佐藤が在籍していた学園都市の近所のスーパーでは見たことがなかった。まぁ、塩分の多い料理を食べてはいけない時期ではあったのだが。 家に帰ると、そぼろ納豆のまとめ買いに歓喜の声があがる。かくして、300g入りパックは1回の夕食で消えてしまうのだった。
2005/02/17
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昨晩というか今朝の話 なつめは佐藤の布団の上で睡眠。そして明け方、自分の胸の上に乗り、しきりに にゃあああぁ~と鳴いて起こそうとする。どうした!?と思って起きると、なつめは襖の所で立ちあがり、ガリガリ。いつもは爪砥台以外で爪を立てないのに、おかしい。襖を開けるとタタタと走り去り、妹の部屋へ突入。同じように妹を起こし、同じような行動を繰り返して弟の部屋へ。そして、次に階下に移動し、両親を起こす。母は「いつもよりご飯を食べる時間が早いわねぇ」なんて言っていたら、 ユラユラユラ~~……これって地震?あ、水槽が危ない!とヤゴ水槽を手で押さえ、妹はラジオをつけた。佐藤は昨晩帰りが遅かったので見ていないのだが、聞けば、昨夜も気味悪いぐらいに走り廻り興奮していたとのこと。首輪に紐を結んでも、外そうと暴れていたらしい。 ってことは、やはり地震がわかっていたのか!?という結論に達した。「もしかして、先日の家出も今日のことを予知していたのかも?すごいわ~」なんて母は言い出したが、それは多分違うと思うよ。 で、当のなつめは地震が来た時には、いつものようにボンヤリ佐藤の側で丸まっていた。
2005/02/16
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なんて、意味深なタイトルだが、パラサイトな佐藤に娘が居るわけがなく。 実は、退院から日の浅い愛猫なつめが再び色気づいて、「危ないな」と思っていたら、案の定、間隙をぬって逃走してしまったのだった。先日の日記のように卵巣も子宮も摘出したのに、金曜夜、怪しい動きを見せていたのだった。なつめはお座敷猫ゆえ外には出さない生活、たまたま来た近所の親戚が戸を開けたまましゃべっている間にこっそり逃走したらしい。金曜夜(=土曜夜中)に捜索するものの、ついになつめは見つからず。土曜日昼は家人が捜しまくり、佐藤も夕方帰宅後、捜し回った。そして日が変わって日曜真夜中。 にゃあぁ~ というかぼそい声が聞こえた気がして飛び起きた。近所迷惑も顧みず なつめ~っ!!! と窓を開けて呼ぶと、遠くから鈴の音が近付いてきた。慌てて外に出ると、なつめも寂しかったらしく、一気に佐藤の懐に飛び込んできた。まる1日以上の外泊娘は、埃まみれの匂いがした。佐藤家は明け方4時ちょっと前だというのに、大騒ぎとなり、急いで餌をやると「ガツガツ(←下品だ!)」と食した。外傷もなく、猫エイズは大丈夫だろう。ざっと身体を拭いてやると、安心したのか、佐藤の布団の上で丸くなってグースカ寝入ってしまった。家族は皆へとへと……
2005/02/13
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後期試験といっても、学内のことである。今日は保育士課程向けの「教育原理」これは純粋な講義なので、試験を実施。問題を見たとたん絶叫する学生もあり、この後しばしカオス世界に突入。それにしても、座った位置の順に答案を並べるととても面白い。小さい教室なので、自然と見えてしまうこともあるのだろうが、まず頼りになるのは自分だけと心得てほしいところである。 また、ノートの貸し借りが垣間見えるのも試験ならでは。伝言ゲームのように、写し間違えが他に伝播する……文芸作品の本文流動を研究する立場から言っても、これは非常に興味深い。日頃見えている人間関係が、試験前のノート貸借においては違った様相を見せる。そして試験になると「カマラ」がなぜか「マカラ」になるなど、など珍妙な語彙が席の離れた学生で同時発生する。だめだよ、ノートは複数借りて、本文校訂しなくちゃ、なんて思うわけである。 論述は最近はやりの「ゆとり教育の展開」。これは後期授業開始早々に問題提起し、試験の論述に出すと宣言したもの。学生たちもその後、この問題が新聞などで登場するのを見て驚いていたし、問題の取り組みにも熱意が感じられた。
2005/02/12
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九州は異常に暖かだったそうな。東京地方は今日は雨で5度くらいにしかならなかったらしい。ふと気付いたのだが、東京での火曜日の雨は9月の台風以来である。4ヶ月以上、毎週からりと晴れていたのだった。 それにしても、非常に寒い!なんたって最高気温5度である。クサガメは外で冬眠中、家の中のメダカでさえボンヤリしているかのよう、ヤゴもじっと動かない(←いつもか?)。 そんなわけで研究日であることを幸に、自宅にこもって勉強勉強。「あっ、『平家』を学校に置いてきた……」という後悔の念がちょっと浮かぶが、本来やるべきことをせっせと行う。 この後は、父母の会会報の写真編集でよなべ仕事……
2005/02/08
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読売新聞2/6付朝刊のトップは<学力低下「不安」81%>というものだった。“ゆとり教育”反対は、読売新聞の調査によれば2001年から賛成を上回り、ついに71.9%に到達したという。まぁ、当たり前といえば当たり前の親心だろう。学力が高いに越したことはないのだから。 その中で興味を引いたのが、二者択一で、「国語や算数の力をきちんと身につける」(39.7%)よりも「早い時期から英語を学ばせる」(47.5%)が上回っていることだ。そもそも“外国語”ではなくて“英語”なわけで、英語への劣等感が根底にあるのだろうか。極論すれば、読み書き算術が苦手な英語圏の人間のほうが、英語を道具として使いこなせない日本人より優れているということになるが。不思議の国ニッポンである。 そんな“ゆとり教育”とは無縁の愛猫なつめは、本日抜糸。剃毛されて縦に傷痕の残る腹はまだまだ痛々しいが、エリザベスカラーも外され、この襟のせいで入り込めなかった所などをしばらく散策していたかと思うと、一気に爆睡に突入。きっとストレスが溜まっていたんだろう。
2005/02/07
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学校図書館司書教諭講座におみえになる社会人受講生の方の中で、希望者にのみ検索などの情報関係の演習を行い、その後は公開講座の終了茶話会と、社会人がらみの時間が続いた。 いつも思うのだが、皆さんとても熱心で、講義を担当するこちらも1回きりというのが非常に残念なくらいである。「一昨年の講座(鎌倉の文芸)の後、実際に鎌倉に行ってきました!」などと言ってくださる方が居るととても嬉しい。反応が良いというのは、教師のこちらもパワーを与えてもらう気がする。 来年は和紙に関わる話が幾つか講座に取り込まれ、その中で文芸について話す予定。 なんてやっている間に、勤務先の近くの市民会館でやっていた雅楽が終わっていた。当日券で行こうと思っていたのだが、残念ながら、それには参加できなかった。
2005/02/06
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袖ひちて結びし水の凍れるを春たつけふの風やとくらむ 『古今集』2番の歌をつい思い出すような、暖かな陽気。気が付けば半袖・ハーフパンツ姿でテニス……「脱ぎすぎ」と笑われたが、実際、ウォームアップスーツだとかなり汗ばんでしまう。休憩の時も、陽がぽかぽかと照って、気持ち良い。 だが、外気に曝け出した肌は、花粉の直接攻撃を受ける。やっている途中で、ハナミズ・くしゃみそして喉の痛みが発生。つらいわ~。 昨日は舞台鑑賞で帰りが遅くなり、節分の豆を食べそびれたので、今日年の数だけ食す。結構な数なので、固いだけの豆っていうのはなかなか進まない。 七草もそうだが、こういう年中行事モノってあまり美味くない。ただ我が家はそういう行事をわりとやっているので、習慣のように根付いてしまっている。こういうのも、かつて生活の知恵のような形で意味があったのだろうから、忘れないようにしたいと思う。 鮮やかな色の金柑もダンボールで到来。風邪をひかないように、ということで、これもバクバク食べる。あやまって種を噛んだりすると苦味が口に広がるが、これまたこの季節には欠かせないほのかな甘みである。
2005/02/04
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正確な時間を記すのははばかられるが、先週末からテニスが続く。あまり立て続けに行うと、筋肉の疲労が残り身体によくない……なんて反省していたら、こんなにはなっていない。 外気に当たり続けるせいか、花粉症の症状がだんだん出てきた。別の理由でステロイドを常飲していた時期は免疫低下で症状もなく、その後、ここ数年は甜茶のおかげで比較的快調だったが、もはや、甜茶の力だけでは抑えられないようだ。 まだ「花粉症」なんていう診断名の出る前から春のアレルギー性鼻炎でひっかかっていた佐藤としては、もう慣れっこではあるのだが、この季節、鼻・唇・喉、そして目などの粘膜系が揃いも揃って狂い出し始める。今年は特に喉がヒリヒリする。だが、今のところ口の上部奥(鼻とつながるあたりの柔らかい所)を剣山で刺したくなる痒さまでには至っていない。これからどうなるのかと思うと、気分が滅入る(だからと言ってテニスをやめるわけではないのがおバカさん)。
2005/02/01
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