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8月20日21日に仲間6人で行ったキャンプの写真をアップしました。なにせ400枚以上もYくんが今回撮ってくれたので、全部お見せできないのが残念です!Diary『旅話』に分類されている日記、8月20日、21日をご覧下さい。
August 30, 2005
今朝起きたら太ももに軽い疲労は覚えたものの、筋肉痛らしい症状はまったくなかったので、「おぉー、普段のジム通いがよかったのかなー。」なんて思っていたのですが、昼あたりから太もも、足首に筋肉痛が走り、歩行もちょい困難な状態に。背中とか肩とか首にもちょっとだるさを感じるしぃ。8Km走っただけでこれだけの疲労感が来るのですから、フルマラソンをしたら翌日は一体どうなってしまうのでしょうか??こわいこわいっ。明日とかちゃんとベットから起き上がれるのかなー(心配)。
August 29, 2005
今朝は5時就寝で仮眠3時間程度。金曜日土曜日と散々遊んでいるのですが、この日もその勢いは留まりません。Mちゃん、Hくん、Kくん、Tくん、Yくんと週末にやっているというゴスペル・ブランチに行ってご飯でも食べようということになり、11時に Iridium Jazz ClubにYくん宅から徒歩で行きました。ブッフェスタイルのブランチとゴスペルステージのセットで$21。ゴスペルってとにかくエナジー爆発ってかんじですごい!観客も巻き込んで、ついついこちらも手拍子足拍子。1曲終わるたびに割れんばかりの拍手に喝采。シンガー達からエナジーを逆にもらったって感じで「今週も仕事頑張れるぞ」って気分になりました。食事を終えて、Yくんは仕事に呼ばれ帰宅。MちゃんとTくんは美術館巡りに出かけるということでGood Bye。さて私はといえば、今日はHくんKくんとセントラルパークをジョギングする約束をしていたので、着替えのために皆でKくん宅にひとまず寄りました。HくんとKくんはこの秋にあるNYシティ・マラソン(42.195Kmフルマラソン)に参加するとのことで、各自トレーニングメニューをたてて、結構走りこんでいるようなのです。私もジムで8Kmを週末は走るようにしていたので、今回は彼らに混ぜてもらって一緒にセントラルパーク内8Kmコースを走ることにしたんです。カモシカのように走るHくんは8Kmを余裕で30分台で走るらしい。。。んなのついていけないよ(泣)。でも今回は私がいるのでゆっくり走ってくれたようです。実際同じ距離でもジムで走るのとグラウンドを走るのでは違いますねー。貯水池の横を通ったりして心地よいのはやはり外ですが、その分勾配が厳しいところも何箇所もあってかなりキツかった。。。ウェストサイド100Stから72St あたりまで南下し、そこから東に向けて走り、イーストサイド側から北上してハーレムを横切り戻るというコース。3分の2地点のイーストサイド90St地点あたりで私はかなりバテバテ。HくんとKくんが親切に待っていてくれました。ハーレムから回って再びウェストサイドの出発地点に行くまでに「魔の上り坂」があって、あれはさすがに走れなかった(苦)。ゴール地点ではまたKくんHくんが待っていてくれて、「Yukoさん、あの信号がゴールだよー。がんばれー」と応援しつつ皆でフィニッシュを決めました。結局8Km走るのに1時間要した。二人とも「よくがんばったねー」と褒めてくれましたが、次回はあの魔の上り坂をなんとかして攻略したいなー。走るのは苦しいけれど、達成感も同時にあって、体に覚える軽い疲労感とともになんとなく心地よい気分になれました。自分ひとりでジムで走るとどこかで甘えが生まれて手加減してしまうのですが、外で友達と走ると、疲れたからといって途中でやめられない。とにかく走りきらないと家に帰れませんし、友達が一緒に走ってくれるから、なんとかついて行こうと自分を極限までプッシュしないといけない。逆にそれくらいしないと身体も絞れないってことなんですよね。走り終わったあと1時間はしばらくバテバテだった私。。。回復に結構時間がかかった。。17時にKくん宅を後にし、自宅に戻る。今日はたまりにたまった洗濯をしないといけないし、1ヶ月に1回まわってくるアパートの掃除当番でもあるので、疲労した体にムチを打って雑用をこなさないといけない。15Kgはあったであろう洗濯物を徒歩10分のランドリーまでウンウンいいながら運び、あと1時間で閉店という中洗濯をこなす。時間ギリギリで終えた洗濯物をまたバッグに詰め自宅に帰れば、今度は部屋の掃除機がけにキッチンの掃除。お風呂場の掃除。。。ここ2,3日遊んでいて睡眠もロクにとっていないのに、今日は朝からん肉体労働の一日でしたー。はっきりいってご飯を食べる時間もなかった。疲れていて食欲もなかったので、スープで間に合わせました。0時に就寝。明日太ももに筋肉痛がなければいいのですが(苦笑)。
August 28, 2005
前夜のPartyで夜更かしをしたので、今日は睡眠4時間程度。お昼前にMちゃんから中華街で飲茶ブランチをしようとお誘いを受け、13時過ぎにお気に入り飲茶プレイス『金閣麒麟(GOLDEN UNICORN)』に行きました。以前にもこのお店を紹介したように、シュウマイなどをのせたカートをチャイニーズの売り子娘が各テーブルをまわってくれるんです。食べたいと思ったものを指差して、もらうという仕組み。すでにMちゃん、Hくん、Tくんが来ていて、20分ほど遅れてKくんも到着。今日のお目当ての海老シュウマイとマンゴープリンを堪能!やっぱり何度来てもここはおいしいですねぇー。食後はチャイナタウンをぶらぶらし、お隣のリトルイタリーに足を踏み入れて、カフェでサングリア(赤ワインと果物のお酒)を飲んで小休憩。そのあと、天気も良いことから皆でブルックリン・ブリッジを渡りました。以前はMちゃんも私もヒールの細い靴を履いていて、横板張りの橋の間に靴がはまって大変な思いをしましたが、今回はスニーカーだったので、ラクに渡ることができました。夜にMちゃんとTくんは舞台を見に行く予定があるということだったので、彼らとは一応ここで解散。HくんKくんと、私が一度行ってみたかった South Street Sea Portという、イーストリバーのウォーターフロントに行きました。ここはショッピング総合施設のような場所で、色々なカジュアルなお店やレストランがテナントで入っており、ブルックリン・ブリッジの目の前という絶好のロケーションにあることから、デートスポットでもあるようですね。そこでお買い物をしたり、お店をぶらぶらみたりして21時まで堪能。夜はブルックリンブリッジ、マンハッタンブリッジがイルミネーションでロマンティックに輝き、なんともステキな光景でした。実は来週末にアトランティックCityのカジノに行く予定を皆でたてており、カードGameの“BlackJack”をマスターするために練習が必要だという話になり、Yくんの豪邸にお泊り/ゲーム会を今晩することに急遽なりました。一旦解散して各自家に戻り、お泊り準備を持参して22時すぎにY君宅に到着。前回のキャンプで撮った400枚に渡る写真の上演会を巨大フラットスクリーンTVで行ってYくん、Kくんと楽しんでいると、Hくん、Mちゃん、Tくんがご到着。Yくんの解説をもとに色々なルールやマナーなどを教わりました。ブラックジャックを遊ぶには親の手札をいかに「読む」かがかなりキーポイントで、読み方は当然「確立」の問題になるわけです。どうやらチップの賭け方には個人の性格が反映するらしく、株アナリストKくんの鋭い分析によると、私の性格は「堅実派だね。あまり波に左右されずに堅実に安定したチップ額を賭けるタイプで、儲けがあった次の回にはチップ額を増やすという感じだね」と分析されました。ブラックジャックを連発したHくんは「思いっきりがいい賭け方をするから、運に恵まれていた時は大きく儲けられるね。でも波が離れているときにも今までと同じようにデカく賭けるから、失う時は一気に失うタイプだね」らしい。つまりギャンブルをするには「波」「運気」をいかに読むかが重要だってことですよね。私は「堅実」と言われたけれど、カジノで儲けたいならば、堅実的な賭け方をしていては絶対無理だと思う(苦笑)。その一方で株や経済の動きに敏感なYくんやKくんは実に「波」をよく読んでいるなとかんじました。ツキが向いているときは、ためらわずに大胆にチップを賭け、運が離れているときは手を出さずに、ショートブレイクをいれて時期を待つという巧みさ。まー、私も自分の性格はギャンブラーではないと思う。宝くじとかまず買った事ないし。父親が買ってきたりするのを見ると「買うだけそのお金が無駄だよー。どうせ当たらないんだからそのお金を堅実に貯金するほうがましだよー」という反面、当たったら何気にタカるというおいしいところ狙い(笑)。買わなきゃ当たらないし、リスクをある程度負わないとギャンブルなんかもできないんですけどね(笑)。まだそのへんは小心者です。今回のカジノ遊びも、雰囲気を「楽しむ」程度に行きたいなって思います。結局Yくん宅での練習はその後も夜な夜な5時まで続きました。
August 27, 2005
今日は仲良しKくんの26歳の誕生日。ということで、B-Boy(バースデーBoy)Kくんを慕う仲間がY君のアパートに集結してHome Partyをすることになりました。日本ではもうこの年齢になれば誕生日Partyなんてものもしなくなりますが、ここはアメリカ。親しい友達を招いてわいわいHomeParty形式で誕生日を祝えるというのは、アメリカのいいところですし、やはり何歳になっても嬉しいことですよね。Yくん宅はセントラルパーク南西にあるコロンバスサークルに程近い高層ゴージャスアパートメントで、25階角部屋のリビングからは摩天楼の夜景とハドソン川、NJサイドが余すところなく一望でき、正面には小さく自由の女神像も見えちゃうという、ま~贅沢豪華きわまりない「雲の上」のお住まいに、私を含め来客は感嘆。今まで実は「地」を這って生きていたんだなーみたいな気になっちゃいまして(苦笑)、このロケーションに比べたらQueensは穴蔵かぁ~!?みたいな(苦笑)。「この夜景をこのバルコニーで見たら、女の子を落とせるよ!」と皆口々にそのロマンティックさに魅了されていました。Partyには10人ほど友達が集まり、Whole Foodsでささっと買ってきたピザなどのお惣菜に加え、CちゃんのサイコロステーキやMちゃんのお手製ロールキャベツ(旨!)などが豪華に食卓に並び、スパークリングワインで乾杯!デザートタイムには私が家で作ってきたチーズケーキにロウソクを立てて、皆でBirthDayソングを斉唱。願いをこめてロウソクの火を吹き消してもらいました。いやぁ~、こんなに多くの人に祝ってもらえるのも、B-Boy Kくんの人徳があってからこそなんでしょうね。Partyは1時ごろに一旦お開きに。今夜はルーミーのKJとTくんも参加していたことから、KJが「Kさん、今夜は帰しませんよ~。」ということになり、結局Cちゃん、Cちゃんのお友達Mちゃん、Kくんと6人で私の家の近くのビリヤード/ダーツのできるBarにTaxiで移動。そこで3時すぎまでAfterPartyを楽しみました。5時就寝。
August 26, 2005
9月10日から30日までの日本一時帰国。(父親がくれたメールで日本「来日」と形容していていつから私はそんなに有名人になったのかと、父親のユーモアさがちょっとおもしろかった(笑))日本に会社のJと一緒に行くことになった。私は就労ビザ面接やバケーションも兼ねていくので、20日間の滞在だが、Jは1週間。私の予定とあわせると、実際に彼と会社周りをできるのが3日間だけなのだが、結構タフなミーティングスケジュールになりそうで、帰国早々時差や残暑に苦しんでいる暇もないくらい立て込みそうな予感。さっきどのレコードレーベルに訪問したいかという打ち合わせをしたのだが、ざっと10件はくだらない。狭いマンハッタン内のレーベル巡りなら分かるが、広い日本都内だけあって、同じ港区所在って一言で言ったって結構移動は大変だぞーーー。会社経費でタクシー使いたい。。。そんなわけでミーティングをセッティング中。それが確定すれば大量のデモCD作成。アーティストに合わせて盛り込む曲も変わる。今回はJが一緒なので、かなりネットワーク作りも大々的になりそうで楽しみ。
August 26, 2005
アメリカは肥満大国。その分いろんな種類のダイエット法がそこら辺に転がっていて、一つ消えてはまた一つ生まれるといった感じ。アメリカ料理といえばフライドポテトにバーガー、チーズ、ピザにパスタと炭水化物がごっそり。そういう食のあり方を見直そうと、炭水化物を極力とらないというLow Curb ダイエットが流行ったときもありました。又、パン、ご飯、パスタなどの炭水化物をカットし、代わりに肉、チーズなどの高タンパク質や、魚、野菜を「たくさん」食べるAtkinダイエット。あるいは、良くない炭水化物、脂肪を一切入れない食生活を2週間行い、パン、パスタ、菓子、果物、アルコールなどは「すべて禁止」し、良い炭水化物と脂肪のみを摂取するSouth Beach ダイエットなど。アメリカ人にありがちなのが、「だめ」と聞けば一気にその食材に対して敵対視を持ち、一切食べない。良いと聞けば過度に固執し異常摂取し、結局“適当”な量以上を食べて元の黙阿弥。アメリカ人は「ほどほど」ということを知らない人種なんですよね。私もアメリカに留学してから、4年前に比べたら体重も増えてしまったのが現実。でも最近ジムに週3回は通っては毎回8Km走ったりなど定期的に運動をし、又たんぱく質を肉からではなく、豆腐やおから等の豆類や魚から取るようにしたせいで、4kgほど痩せることができました。やはり運動しただけでは痩せられなくって、自分のEating Habit(食事癖)をいかに見直すかが大事ですよね。特に食事は個人差でよく吸収されるものとそうでないものがある。私の場合、最近は特にお肉はうまく体が消化できないなって感じてきていて、まったく食べないほうがかえって体の調子がよかったりする。そのかわり、豆類製品はどれだけ食べても体が上手に消化してくれる感覚がある。以前血液型別ダイエット法なるものをみたことがありますが、祖先の起源をたどって、農耕民族だったか狩猟民族だったかなどによって体の消化機能や摂取すべき食物郡も異なるというのは、ある意味正しいのではと思いますね。自称ダイエット法といえば「飲酒ダイエット」でしょうか。ダイエット時の飲酒はご法度というのが世間的に広まっていますが、私の場合はこれが結構いい方向に行っているのではと最近思うのです。というのは、私はもともとお酒の量はそれほど飲めない。ビールなんかは特にお腹を膨れさせるので、コップに3分の2量も飲めば十分。なので、大抵はそのあと焼酎ロックとか日本酒とかを責めるのですが、これも2~3杯のめば十分。お酒を飲めば血糖値が上がるので、自然に食欲が抑制される。かといって何も食べないわけにはいかないので、炭水化物やお肉を極力避けた肴に箸を少々つけ、満腹になるわけです。飲み会がある日はお昼を軽くしたりして調整して挑むので、一日の消費カロリーはアルコールを換算しても低いことが多く、週末飲み会の後体重計にのると、決まって痩せていることが多いのです。ただ痩せているのが良しとは思わないけれど、体は自分のものですし、「健康的で調子がよい」と感じる体型、体重値でありたいなって思います。
August 25, 2005
今週はめちゃくちゃ過ごしやすいNYC。先週までの蒸し暑さはどこへやら、今日なんかは25度で太陽燦々、涼しい風が吹き、湿気も感じさせない最高の日和。こんなに気持ちがいい天気にはアウトドアで過ごしたくなっちゃいます。セントラルパークを走ったり、オープンエアなカフェやレストランでサルサやJazzといったライブ音楽を聞きつつ夜風を楽しんだりと、楽しみ方も色々あります。お店なんかにはすでに秋物が並びはじめていて、「あー、もう夏も終わり。短い秋を通り抜けてすぐに長い長い冬になるんだぁ」とちょっと寂しい気持ちにもなりますね。日本では秋物の洋服を十分に楽しむ時間があるけれど、こちらは10月になれば相当寒くなるので、薄手のコートなど買っているほうがちょっと金銭的にもったいない気もしないでもありません。冬になれば、おしゃれに関心が向かなくなるほどの極寒に見舞われるので、なおさら。薄着のできるおしゃれも、あとちょっとでサヨナラです。
August 24, 2005

キャンプ地で迎えた朝は寒かった。。。分厚いパーカー、毛布、靴下をはいていたにも関わらず、朝方は真底冷えた。テントと地面のあいだにクッションをなにも入れていなかったので、おそらく地面からの寒さがあったのかもしれない。朝8時に起き、25¢で3分間使用できるホットシャワーを浴び、皆を起こす。朝はやはりすがすがしい、いい空気で森林の中は満ち足りている。最近はまっているボサノバ音楽を車のCDプレイヤーで流し、木漏れ日の差し込む森林の中で朝コーヒーを飲む。あ~、これぞ最高の日曜のあり方だと幸せになった。10時ごろに皆で2マイル先にあった60年代風ダイナーで激安朝食を食べる。その後テントをたたみ、帰り支度。そんなことをしていると腰あたりにチクっと痛み。どうやら蜂に刺されたらしいのだ。蜂に刺された経験がないので、蚊にでもかまれた感覚でいたら、チクチク感が取れないばかりか、段々腫れてきて刺された右腰に軽いだるさを覚えてきた。するとHくんが「応急手当しないとだめだよ!そんなにすごい蜂はこのあたりにはいないけど、それでもある程度の毒性はあるからね。」とナースYuko、今度は自分が手当てを受ける事になってしまいました(苦笑)。オフィスに行くとちょうど刺され傷に塗る薬が売店で売っていたので、それを購入し、傷口に塗ってもらいました。2時間後には腫れもすっかり引き、事なきを得てよかったー。今度はHくんがダンボールで指を切り、出血。手当てのお返しにナースYuko、またまた回診です。キャンプって何が起こるかわかりませんねー。今回の旅には写真のセミプロ/マスコミで働くYくんの最新デジタル一眼レフがすべての旅記録を撮ってくれ、その枚数なんと400枚!!アメリカの大学で写真を勉強していたり、日本の某テレビ局の現地取材班として現場の写真を押さえる仕事もしていたYくんだけあって、写真はアーティスティックかつ瞬時のおいしいタイミングを逃さないジャーナリストとしての眼力が多いに生かされていて、「これ、削除して!!!」というような変な顔をしたおもしろ写真から「お見合い写真にい~んじゃな~い?」というステキな写真まで撮ってくれました。どさくさにまぎれて「緑をバックにポートレート風の写真を撮って!」と御願いした時なんかは、1秒間連写3枚で15枚くらい連続で撮られ、「カシャカシャカシャ」という連謝音に妙なテレを覚えましたね(苦笑)。連写でそんな撮られるだなんて、素人には経験のないことですもんっ。そのうちに、Yくんによる写真の数枚をこのHPで紹介しようと思います。お楽しみにっ。NJに帰る途中にWoodberry Commonsというアウトレットモールで2時間ほど買い物をし、夕食を食べて、22時ごろNJ K君宅に帰宅。帰りはTaxiを相乗りしてマンハッタンに戻り、1時に帰宅。このメンバーで旅ができて本当によかった。旅なんかすると、中には「この人はいい人だけれど、寝起きは共にできないなー」という人が男女関わらずいるようなものですが、このメンバーは「また次の旅行、どこ行く?9月にアトランティックCityでカジノでもしにいこうよっ」と、早速次回の旅計画がでてしまうくらい、一緒にいて居心地の良い仲間です。仲間の中にはすでに過去2回旅を一緒にしている友達もいて、毎回旅を重ねるごとに、いい人だなって感じられるし、さらに友情も深まっているのが感じられるんです。最近では声のトーンなんかで相手の調子や考えていることがお互い見通せる仲にまでなってるし。幸せですね、こういうFriendShipって。
August 21, 2005

朝8時に起床し、Kくんとレンタカー屋にミニバンを借りに行くため出動。実は前夜にレンタカー屋から電話があり、「インターネットで先日予約いただいた車が今手元にないんです。明日までにご提供できるように街中を探し回っていますので明朝もういちどお電話ください」と言われていた分、本当にバンが手に入るのか不安になっていた。アメリカではこういうOverbookingみたいなことが飛行機の座席とかレンタカーにまであるんだから信じられないですよねー。2台の車で行くよりも1台で皆でワイワイやったほうが楽しいからと思い、バンを選んだのであって、それが手に入らないのなら意味がないじゃない。しかも近頃のガソリン料金の高騰もあるので、2台も車を出したら余計な出費ではないか。朝までに用意できてなかったら、こちらが強気に出てアップグレードか破格ディスカウントを交渉しなきゃと考えたりしていた。朝行ってみると、「バンはまだ手元にないんです。一台返却される予定なのですが、あと30分ほど待ってもらわないと」と言われた。こちらとしても分刻みのスケジュールがあるのでそんなロスタイムをする余裕もなく、「ないでは困る。すでに予定時間を押していて、今すぐかわりの車を出してもらうかしてもらわない困る。」と主張。しかしその時、ちょうどミニバンが返ってきて、無事に7人乗りの車を確保することができました。ほっ。早朝バイトあがりのHくんと合流し、Kくん自宅で待機中の残りのメンバーおよび荷物をピックアップし、10時すぎになんとかキャンプ地に向けて出発進行!片道2時間の旅は広々としたミニバンのおかげで快適そのもの。DVDまで車内で見れVIP待遇ですねぇ。おかげで途中の渋滞も飽きることなく過ごすことができました。予定では12時までに現地に到着し、13時からリバー・アクティビティの激流下り、Raftingをする予定だったのですが、渋滞にはまり、予定時間につけそうもなかったので、急遽キャンプ地に電話をいれて、15時からのRaftingに参加させてもらうことにしました。13時にキャンプ地INDIAN HEAD CANOESに着き、Raftingまでの間にテントを組み立てることに。我々のキャンプ地はメープルの木が茂った森林エリアにありました。すでに週末をここで楽しんでいる近隣キャンプ人のテントがいくつか建てられていました。キャンプ上級者Hくんが率先して指導してくれたおかげで、テントは30分ほどで立てられました。今回キャンプ初挑戦の私としては、見る物する事すべてが初めてなことばかりで、指示されるがままに行動。6人で10人用のテント使用なので、中は広々と快適。ただテントを土の上に直にたてたので、ところどころ石がゴツゴツとある。本来ならばテントの中にエアマットのようなものを敷いて環境を整えるのですが、今回は荷物の量を増やさないという目的のために持参してこなかったので、ここで寝るには場所を選ばないと背中をやられるなーといった感じでした。クーラーに氷水を張り、ビールやスイカを冷やしておいて14時にRaftingに出発。車を15分くらい上流に走らせ、Raftingポイントに向かいました。ライフジャケットをつけてオールを各自持って6人乗りのゴムボートにいざ乗船しパドリング開始。山に囲まれた静かに流れるDelaware川に燦々と太陽も心地よく降り注ぎ、気分はもう最高!3人右舷、3人左舷で漕いだのですが、はじめはなかなかタイミングが合わず、左に流れたり右に曲がったりとまっすぐに進まない。意外に難しいですねー。しかも6人も乗っているのでボートが沈む分進みも悪いわけで(苦笑)。ボブスレーなんかは体重が重いほうが早く滑走できるっていいますけど、ボートはその逆なんですね。軽くて水面をかすめるくらいがスイスイ行くんです。大の大人が6人も必死で漕いでいる横を2人乗りのカヤックや若い3人乗りのボートにいとも簡単に抜かれた時は、あれ~~~~って感じでした(笑)。川の深さは浅くて太もも、深くても首のあたりで、水も冷たく気持ちがよい。川の水の冷たさにためらうメンバーを川の中に故意に突き落としたりして結局全員水の中へ!冷~~~~~っ。きもちぃ~。そのまま川に流されつつ水面を漂う者もあれば、メンバーが減って体重が軽くなったとボートをスイスイ漕いでメンバーを見捨てて行く「ふり」をする者もあり(笑)。川の流れは極めて穏やかだったので、なんの危険もなく川下りができました。所々浅瀬のところや川の流れが変わる難所があり、ボートが岩に乗り上げたりすることもしばしば。なんやかんやいって3時間ぐらい漕ぎ続けていたので、最終的に皆すんごく疲れましたね。明日あたり腕に筋肉痛がきていないといいんですけれど(苦笑)。川下りを終え、18時ごろにテント場に戻り、夜の一大イベントであるBBQの準備に取り掛かることに。ここでもキャンプ上級者Hくんが火起こしを担当。隣のテント人から薪の割り方のコツを伝授してもらい、私も薪割りに挑戦しました。MちゃんはBBQの大量のお肉(男が4人もいると馬が食べるくらいのお肉の量になっちゃうんです。。。)を2つの味のタレに漬け込んでくれたり。G-manKくんも野菜を担当してくれましたが、玉ねぎの輪切り中に親指を切るというアクシデント発生。今回消毒液からカット綿、軟膏まで救急セット一揃えを準備してきた私、ナースYukoが処置のために出動して手厚い看護を施すシーンもありました。救急セット持ってきといてよかったー。自然の中でのご飯はなんでこんなにおいしいんでしょうっ。ビールにPorkリブ、Beef焼肉、鶏のドラムスティック、焼きナス、玉ねぎにパプリカ。火がとろ火になってきたところにアルミホイルでまいたおイモをいれて焼き芋。ダイエットもこの日ばかりは忘れて、ランタンの灯火とキャンプファイアーの火明かりの中で楽しい夕食のひと時をすごしました。夜もすっかり暮れ、あたりは真っ暗。いままで都会の光の中で過ごしてきた自分なので、自然の「真っ暗闇」の中にいる自分が不思議に感じられました。聞こえてくるのは虫の鳴き声や近隣のキャンプ人たちの音楽、そして焚き木が火の粉を飛ばしながらパチパチいう音とBBQの煙。手作りMojitoを飲みつつ皆でカードゲーム「UNO」をして、敗者は勝者上位2名から歯に衣着せぬ暴露質問(大抵は過去現在の恋愛話に集中なんですけどね)に対して正直に答えないといけないという試練が課せられるので、皆必死に勝ち抜けを争ったり。こんなに必死にUNOをやったのは高校時代ぶりかなー(笑)。23時をまわり、ほろ酔いになってきたので、就寝しました。夜は急に冷え込み、毛布とパーカー、靴下を履いていても寒くて、何度か夜中に目が覚めちゃった。
August 20, 2005
金曜日退社後、NJ、Kくん宅の中継地点であるG-manKくん宅にMちゃん、そして今回はじめての旅仲間となるYくんと合流。メトロを使ってハーレムに行き、そこからバスでジョージ・ワシントン・ブリッジを渡ってNJで待つKくんと21時に会いました。22時閉店まで45分しかない中、10人用テント、ランタン、食器、調理器具などの旅グッズを30分以内でかき集め購入するという荒業も皆の協力の下スムーズに行き、なんとか旅支度完了。今日が偶然誕生日でもあったYoくんのリクエストに答えて、NJでもおいしいと評判のハンバーガーの専門店で誕生日パーティー/旅の前夜祭をすることに。ボリューム満点のバーガーを堪能したあとは、最近恒例となっているデザートの「はい、あ~ん」会。バースデーBoyのYくんに愛情をこめて、皆から一口づつアメリカチックな超甘~~~いデザートを“あ~ん”してもらうというもので、激甘アメリカのデザートを5人もの人からもらうという拒否できない「苦痛」強いられるという、嬉しさのなかに辛さも内在する究極サービス!食後にキャンプで作るBBQの材料を買い込んでK君宅に1時にやっと帰還。私は速攻お風呂に入り2時に即寝でしたが、中には4時まで語らいあっていたメンバーもいたらしい。。。
August 19, 2005
今週末は親しい仲間と6人でキャンプに行くことになっています。場所はNYCから車で2時間くらいのところにある、ペンシルバニア州にほど近いNY州のDelaware River沿いのキャンプサイト。そこでは激流下りやカヌー、カヤックといったリバー・アクティビティが豊富にできるらしい。今回のキャンプに関しては、結構自分でも中心的になって動いたと思う。場所選びとか車レンタルとか連絡網まわしたりとか。こういう企画系、結構好きなので、ちゃちゃちゃとやっちゃうほうなんですよね。メンバーは皆ばらばらなところに住んでいるので、明日の出発にまとまって行くために今夜はNJのK君宅でお泊り会です。今夜はちょっと忙しく、食料を買わないといけないし、テントやBBQ用品もそろえないといけない。キャンプは実は生まれてはじめてするので、すんごく楽しみ。明日は早朝にレンタカー屋でミニバンを借りてみんなで乗車してわいわい楽しんできます。更新、お楽しみにっ。
August 19, 2005
音楽関係の仕事をしていてタダの恩恵特典らしき特典がやっとめぐってきた。アメリカではもっぱら漫画化されて有名な日本のPuffyのライブがUnion Square近くで今日あるらしく、会社の子が「ただでチケットあるけど欲しい?」と先日誘われ、2枚チケットをもらったので、今夜友達kと行くことにしました。日本にいるときですら聞かなかったPuffy。はじめて彼女達の公式サイトを覗いてみると、やはりアメリカでの人気が高いせいか、たくさん英語の歌がありました。ユニオンスクエアのアジアン・ヌードルのお店REPUBLICで夕食をとり、21時に会場のIrving Plazaへ。すでに会場はすごい人混みで、アメリカ人、日本人半々ってかんじでした。アメリカ人も来てるんだー、とちょっと驚きましたが。若手ロッカーによる前座を聞いていると、友達のOさんやMくんに偶然会ったりして。前座撤収とPuffy登場までのつなぎに、どうみても昭和40年代に撮られた映画『ガメラ』が上映。どうやっても着ぐるみにしかみえないガメラとサメのような悪者が、現在ならば学芸会レベルの演出と撮影技術を使って戦ってるのですが、その低レベルな感じが逆に新鮮な笑いを呼んでウケましたね。意外にアメリカ人にもウケがよろしいようで、あちこちで歓声があがってました。こちらの人には日本の文化って日本の漫画がこっちで流行ってカルチャーブームにのるっていうのが本流というところがあって、そういう意味でも「Hi-Hi Puffy Ami Yumi」というテレビ漫画をアメリカで持っているPuffyは成功してるんですよね、こっちで。ライブは22時から1時間半。中には漫画オタクっぽい観客も「やっぱり」いて、かなりハイテンションで飛ばしている人もいましたが、Puffyのハイ・エネルギーに皆熱狂していました。曲のあいだのMCではYumiちゃんもAmiちゃんも英語でなんとかトーク。カンペをみつつの英語で、「おいおい、そんな程度の英語でいいんですかぁ??」と思う場面もありましたが、Yumiちゃんのほうがどちらかというと発音とかしっくりきているようでした。生まれてはじめて有名日本人ミュージシャンのライブというものを体験しましたが、まさかあのPUFFYをここNYCでみるとは予想だにしなかった展開でした。終演後23時。気が付いてみれば朝ごはんも夕飯もろくに食べていなくって、お腹がすいたので、近くのカフェでサンドイッチを食べ、0時すぎに帰宅。
August 18, 2005
「NYCは恋愛をするのが難しい街だ」と以前会社仲間と話したことがあった。これだけ世界の中で1位2位を競うくらいにエキサイティングな街でどうして?と思うかもしれないが、その理由の背景には、(アメリカ人女性に限っての話だが)1.キャリアに対して貪欲な女性が多く、真剣な恋愛に時間がさけない。2.キャリア・ウーマンとして男同様の扱いを要求する一方で、一歩オフィスを離れればお姫様扱いのレディー・ファーストを強要する。どうやらアメリカ人男性にとって、NYCに住む女性は手堅い存在らしいのだ。では日本人にとってはどうか。理由はまったく違うのだが、恋愛をするのが難しい街という意味では共通しているのではないかと最近思うのだ。私も含め、友達の多くが20代半ばや後半で、仕事にもかなり本腰が入っているし、その一方で即結婚とはいわないまでも学生時代の「遊び」な関係とは違う真剣な恋愛を求める人がほとんどだ。そんな恋愛を求める気持ちはある一方でそういう恋愛が難しい現状がここにある。というのは、ほとんどの人が駐在員としてここで任務にあったり、就労ビザ・ステータスのもとに「非移住民」としてアメリカに一時的に居住しているので、ある意味入れ替わりが激しい。現地で自分がステキだと思う相手を仮に見つけたとしても、ここに滞在する期間が其々異なることが多く、相手が日本に帰るからといって自分がその予定に(結婚退職あるいは人生計画の再計画をしないかぎりは)あうとは限らず、融通がきかないことがほとんど。相当ホンキx100の相手にならば、止むを得なく遠距離恋愛に突入するのだが、日本―米国間の遠距離は距離+時差があるので、ちょっとやそっとの努力じゃ難しいのが現状だ。出会いは多い大都市かもしれないが、それをじっくりと温めるには関係の基盤となる相当の「時間」が必要。「君のこと好き」云々を伝える前に、「君はどれくらいここに留まるの?」という質問が結構大切な意味を持っていたりするという皮肉な現実があるような気がしないでもない。さすがにアメリカで活躍する駐在員や大学・大学院の人たちはレベルが高いし、ステキな人たちばかりで、もったいないくらいの出会いがあるわけだが、日本にいたらしなくてもよいような恋愛に関する障壁はあるようで、かなり多くの人たちがその現実に直面していると思う。
August 16, 2005

夕飯は前々から行きたかった北京ダックが食べれる専門店、PEKING DUCK HOUSEに行きました。「孤島に食べ物を3つだけ持っていっていいとしたら何を選ぶ?」と聞かれたら、かならずそのうちの1つには入る大好物~~~~の北京ダックさん♪日本では少量でしかも大変高価な食べ物で、なにかお祝いごとがないと食べれなかった、私の中では非常に貴重な食べ物だったのですが、ここPEKING DUCK HOUSEでは$40払えばダックが1匹まるごとテーブルに御到来するのです!しかもここのお店では皮ばかりでなく、身も余すところなく削いでくれるので嬉しい限り!12食分ぐらい作れるので、5人までなら十分に食べれるでしょう。テーブル上でコックさんが目の前で削いでくれたダックをふかし立てのトルティーヤ状のシートの上にのせ、甘い味噌だれをのせてきゅうりと葱をお好みでいれて頬張れあそばせっっっ。んんんんん~~~~~~。し・あ・わ・せ♪ダックのお肉もついてるので、見た目によらず結構お腹にドシンとくる食べ応えがあるんですよね。2食分食べた時点で結構お腹いっぱい。それを贅沢にも3食分食べてしまったから贅沢です。。。こんなに苦しくなるまで北京ダックが食べれることなんて日本では考えられないなーーーー。前菜に海老餃子、春巻き、スープを食べ、ビールをあけ、食後に(別腹で)皆と杏仁豆腐と抹茶アイスクリームで〆て、それでも一人$32(税+チップ込み!)ですからお得ですねー。
August 14, 2005
Mちゃんとお昼前にSOHOで待ち合わせてブラジル・カフェ『Cafe Colonial』でブランチ。そのあとぶらぶらとSOHOをウィンドウ・ショッピング。あー、今日はめちゃくちゃ蒸し暑い~。そこにMちゃんにKから電話。皆で落ち合ってハドソン川沿いに停泊している母艦 INTREPID イントレピッドを見に行くことにしました。このイントレピッドは第二次世界大戦から約30年間使われていた本物の母艦で、その任務を引退した現在では、母艦内が美術館として見学できるほか、その横に停泊している潜水艦GROWLERの中の見学、UK旅客機コンコルド、様々な戦闘機がまじかで見ることができます。このイントレピッド母艦は、あの真珠湾攻撃で神風特攻隊が襲撃した母艦で有名。大戦後はロシアとの冷戦を乗り越え、ロシアとの国威競争が戦場から宇宙開発へと移行するにあたって、NASAにも使用。60年代のベトナム戦争に赴き、70年代にお役御免になった際にスクラップ場行きを免れて現在のNYCに停泊されたらしい。当時を振り返るドキュメンタリー映画も母艦内シアターで上映されており、当時任務についていた米軍、日本軍の方々のコメントも見れて、ずしっと心にくるものがありました。退役米軍人が「この船に乗っているとき、敵の襲来を待つあの時間こそ地獄だった」「3500人のクルーが戦うときは恐怖心を捨てて、まさに一体になって職務についた」と話す一方で日本人軍人は「特攻隊というものは攻撃が本来の目的ではないんです。母国にいる妻、兄弟、親戚を守るという意味で”防御”の精神性なのです」「国にお使えする身だったとはいえ、私も人の子としての恐怖心というものは常にありました。」というインタビューもあり、自由を手に入れるためにどれだけ決死の思いであの地獄の戦場に直面したかということが伝わってきました。気が付けば今日は終戦日だったんですね。日々空気の存在のように当たり前に思っているこの自由。自由に対するありがたみを強く感じる一日であったと同時に、現在のイラク戦争が果たして過去から学んだ結果の行動と言えるのか、「目には目を」的な動機に心が痛みました。
August 14, 2005
米国移民弁護士協会が把握している情報によると、移民局公式サイトにはまだ公示されていないものの、就労ビザ(H1B)の2006年度のキャップ58,000件は早くも現段階で到達した模様と伝えられました。通常ならば毎年度10月1日が公の申請開始日となっているのですが、6ヶ月前から申請も可能という事実から、実際には4月1日から書類を移民局に提出することができるんです。そうしたことから、実際の申請開始日10月1日には58,000件枠の大部分が埋まり、認可、却下を受けているという、前倒し傾向に年々なっているんです。ちなみに去年2005年度は10月に58,000件が埋まり、その時点で異様なスピードで枠が満たされてしまったと話題にもなりましたが、今年2006年度枠は8月の段階でその数に到達してしまったのですから、年々前倒しになっているようですね。おそらく、昨年度で申請漏れをしてしまった人が、今年の早い段階で一気に申請願いを提出したことから生じている状況だと思う。ビザ取得に関してはスポンサーの協力のほかにも、こういった時間との戦いも大きく影響してくるので、運があるかないかにかかっている部分も多い狭き門なのかもしれません。今年度これほどまでに申請が沸騰したことによって、来年度の申請には今まで以上の拍車がかかるような気がします。来年度ビザを取得しようと考え中の方々、申請準備はくれぐれもお早めに!!
August 12, 2005

今夜は友達と前々から行きたいと思っていたアメリカン・ダイナーELLEN'S STARDUST で夕食を食べました。このダイナーは50年代のノスタルジーに溢れる場所で、昔ながらのレトロな内装に加え、音楽も50年代。食べ物といえば超ボリューム満点のハンバーガーやサンドイッチ、1杯ものすごいカロリーがありそうなミルクシェイクに生クリームとアイスクリームがふんだんにのっかった巨大ケーキと、日ごろのダイエットを「忘れて」楽しみたい場所。お店に一足踏み込めば、このお店がどうして有名なのかが一目瞭然。そうなんです、ウェイターさん、ウェイトレスさんがお給仕をしつつマイクを手にとって懐かしのメドレーを次々に歌ってくれるんです。しかもショーはタダ。ショーが盛り上がればウェイターさんたちはソファーの上にあがり、ムードたっぷりにブロードウェイ・ショーも顔負けの演出で美声を聞かせてくれる!皆これが歌上手いんです。何を隠そう、彼らはブロードウェイのステージを夢見る代役の人や下積みの人がほとんどらしく、High Qualityな音楽が聞けちゃう。この日はあちこちで誕生日Partyを兼ねて食事に来ている人たちがいて、店員さんがてんこ盛りアイスクリームケーキにキャンドルを灯してテーブルまでお給仕しつつ、ついでにバースデーソングをはもっちゃう始末。お客さんも時としてお店の真ん中に店員に連れ出され、歌を歌ってもらうというサービスも有り。こういうときに日本人が連れ出されたら恥ずかしい思いをして、反応もイマイチなんでしょうが、ここはアメリカ。アメリカ人はそんな意外な展開にもノリよくついていって、ついでに一緒に歌ったり踊ったりしちゃうから、これまた楽しい。お店の外観一部にメトロ列車をイメージさせていたり、内装にはビューティー・コンテストの元祖のような”ミス・サブウェイ”コンテストの歴代優勝者の写真など、地下鉄にまつわる装飾が目をひきました。「なんでかな?」と思って、ウェブサイトをチェックしてみたら、1959年にミス・サブウェイに選ばれた、エリザベス・テイラーそっくりの美女Ellen Hartさんがそもそもここの創業者だとか。彼女の話を読んでみると、このビューティー・コンテストを通じてモデル業やクラブ歌手をやっていたそうですが、ある日それらを見限って、「NYCで歌えるウェイターが街で一番おいしいミルクシェークを出すダイナーを作る!」とひらめいてはじめたお店らしいですよー。よく読めば、先日行ったとなりの有名Jazz Bar、IRIDIUM JAZZ CLUBも彼女と関連のあるお店だとか。こんなに美しい女性がビジネスウォーマンに成り上がるだなんて、いかにもNYCらしいですよね。
August 11, 2005
日本レコード協会が毎月10日に売り上げ枚数によって認可するアルバムの種類にはミリオン・アルバム(言わずとも知るがな100万枚以上売り上げ)をはじめ色々ある。8月10日付けでAIのアルバム『MIC-A-HOLIC A.I.』が25万枚以上の売り上げが成されたとして、見事プラチナ・アルバムに認可されました!発売から1ヶ月でプラチナですかぁ。すごいなぁー。詳細はこちら↓日本レコード協会それにしても、まだDealの方はいろいろと未解決なことがありまして(苦笑)。クリアにしないと素直に喜べないのも事実だぁ。。。とりあえず、会社には「プラチナに認定されたので、壁に飾るプラーク(ぴかぴかのレコードのようなものが額の中に入っていて、装飾されているやつですね)を作りましょうっ」とプッシュしておいた。
August 10, 2005
ストレスを感じたときは必ず音楽にかえるのが、私のストレス解消法。楽器を弾くとそういった心のもやもやとか結構なくなるから。そういう精神状態で弾く曲は、普段の精神状態で弾くよりも音に説得力があるなーと感じた。感情移入が普段と違うというか、悲壮感漂う部分なんか、それらしく弾けてしまう。「今日はいい音がでるなー」と感動。自分の感情を音にして表現することで、更に自分の心の現状を知ることができたりする。音楽は自分の心の鏡だったりするわけだ。しかし、今日ばかりは心のもやもやは取り除けなかった。最近自分はこのままNYに居てていいのかと考えることがたまにある。そのきっかけとなった出来事は、駐在員で1年そこそこの任期をNYCで終え、日本に帰ってしまう人がこれから数ヶ月のあいだにたくさんいるという事実。日本で働いていれば、そんな別れを経験しなくてもいいのに、せっかく心を許しあえるほどに仲良くなった仲間と別れると思うと、どこか「取り残される」という気分がしてならない。自分の生活をみずみずしいものにしているのは、仕事面から得るものばかりではなく、やはりプライベートな面での充実した時間のおかげでもあり、それは良き友人無くしてありえない貴重な時間だ。アメリカは住みやすいし楽しい。日本で働いていては得られないものがやはりここにはあるし、又日本では仕事に付き物のストレスなんかも比べようもないほど少ないのかもしれない。アメリカで働ける私はラッキーだと思う。でも私はアメリカに骨を埋める気は今現在、もうとうない。あと2年くらいを目途に家族のいる日本に帰りたい。それが、この土地で4年間暮らした結果出た正直な答え。そうなると、「余所者」としてこの土地に留まっている以上、大地に根を下ろす気分にもなれないのだ。それが逆に「地に足がつかない状態」でいるような気分になり、なんとなく自分が根無し草のようになっているなと思わなくないでもない。そういえば私はもう4年以上もアメリカにいるのだ。留学当初から今まで、アメリカでの新しい生活を乗り切り、大学院に入学し、卒業し、インターンをやって就職まで果たした。いわば、留学時に夢見ていたことを、いわば4年がかりでやっと実現化してきたのだ。当初の夢を現実化した今、自分は何を次に望むべき?人生には少なからずとも長期、短期的な人生計画というものは必要だ。必ずしも計画通りにうまく事が運ぶとは思われないにしても、ある程度の指標というものは前進するにあたって必要だと思う。長くてあと3年この土地で生活しようとするとき、その指標をどこに設定するかが、一人の仕事人として、又一人の女性として結構重要なようなことであるし、慎重さ、先見の目、時には思い切りのある決断力なども必要になってくるような気がする。
August 8, 2005
会社の仲間Aが週末土曜日だけBoston レッドソックスファンのためのスポーツバーでバーテンダーをやっているというので、仲間のMちゃん、G-manK と彼の日本から訪問中のビジネス友達お2人、NJのKくん、ルーミーKJと一緒にBOSTON 212 CAFÉ(2nd Avenue between 53rd & 54th)に集まりました。こじんまりとしたBarで、通常のスポーツバーのような雑然とした雰囲気はなく、とても小洒落た雰囲気。フラットスクリーン上では今夜のボストン対ミネソタのライブゲームが繰り広げられており、お客は試合の成り行きに一喜一憂していました。バー・カウンターで働いているのか、それともゲームを楽しんでいるのか判断しかねる(苦笑)状態でお酒を作っているのAに「ヨっ」と挨拶。大勢連れてきてあげたので喜んでくれました。お店の奥にあるソファー席を占領。まるで『FRIENDS』の一場面ででてくるようなソファー・スペースでしたね。ここのバーは2階のイタリア料理屋さんとつながっているので、おいしいお手ごろなイタリア料理が食べられます。今夜は食べモードよりも飲みモードだったのでカクテル「KAMIKAZE」をオーダー。Aが作ってくれたカクテルはおいしいっ。このあと、どこかでビリヤードをしようということになり、私の会社の近くまでタクシーで下ってみんなと遊びました。Mちゃんが「こうやると超玉に正確にあてやすくなるんだよぉ」と必殺(悩殺?)「だっちゅーの♪」ポーズ法を伝授してくれたり。男の子がクリーンショットを決めようとするやいなや、我々女子はそのポケット付近に駆け寄り、かがんでブリブリっ子Faceをふりまきつつ「いれちゃうの?」と妨害攻撃。またこれがおもしろいくらい、相手の精神状態、技術を不安定にするんだ(笑)。1時間一人$5で、2時間ほどビリヤードを遊んだあと、グラセン近くの日本居酒屋「丼屋」に移動し、3次会。結局家に着いたのは4時頃でした。週末くらいは一生懸命遊びたいですね、これくらい。翌週、会社に言ったらAが「YUKOの友達で彼氏のいない子はいないのかい?友達は仲をとりもってくれるものだよ~。」とちゃっかりチェックをいれてきた。「あー、みんな予約済み(彼氏がいる)らしいよぉ(笑)」と答えると、「ざんね~ん。あれくらいアトラクティブな女友達がいたら、また僕のことプッシュしておいてねっ」ですって。
August 6, 2005

今日オフィスでアルク出版の留学雑誌に掲載される私のインタビュー記事のためのフォト・シューティングがあり、カメラマンN氏が11時頃いらっしゃいました。N氏はNYに15年も在住なさっているフリーランスのカメラマンで、聞くところによると、日系ファッション雑誌などもよく手がけていらっしゃるとか。はじめにオフィスの中をN氏と見学し、撮影によさそうな場所などを下見してもらうことにしました。壁にかかっているマライア・キャリーのミリオンセラーを記念して作られたゴールドディスクのデコレーション(プラーク)や弊社が音楽をライセンスしたハリウッド映画のポスターなどに興味をもってもらったようで、「これらを背景にして撮るとおもしろいかもね」という話になりました。今回アルク社は海外で働く4人の日本人にインタビューをするという特集を留学雑誌に企画しているらしく、アメリカ代表で私がそのうちの一人として1頁分をいただけることになりました。N氏からまず絵コンテでその1頁がどのような構成で仕上がって、それにどんな写真が必要なのかということを説明いただきました。写真は全部で4枚必要とのこと。最初一枚は特集ページ表紙に他の3人の方の写真と共に載せられる、履歴写真風の胸上写真。この写真撮影のときに思わずにっこりとしてしまいがちなのですが、N氏に「あ、もうちょっとシリアスなかんじで」と注文が(笑)。「はい」と顔を作り直す私。次の一枚はコンピューターに向かって仕事をしている私の写真。今回の記事は投稿記事ではなくインタビュー形式なので、別の一枚はインタビューを受けているような雰囲気の写真。N氏はとても雰囲気のよい方だったので、自然な写真が撮れているのではないかなー。そして最後に会社の人達と会話をしている写真。バーテンダーAくんと長身Sくんに撮影にまじってもらえるように頼み、フォトセッション開始。Sがあとで「はぁ、緊張したー」だって(笑)。撮影している最中にも、他の仲間から「ヒュー、YUKOはすっかりスターみたいだねー。」って、、、、そんな大事でもないんですけど。そのほかにも大学院時代の思い出の写真も編集部に送ってくださいと頼まれました。結局1時間強で撮影終了。90枚程度の写真を撮ったそうです。結構大量ですねー。そのうちのたった4枚が使える写真ですかー。いい写真ができてるといいなー。N氏にEmailで写真を下さいと御願いしておきました。被写体はかわりようもないですが、プロのカメラマンに撮って貰うという経験はそうできませんから、楽しみです。
August 5, 2005
今会社です。昨日の出来事を会社のJちゃんに話したら「じゃー、これで元気だして」とドーナッツを朝食にもらったので食べました。疲れているせいもあるし、食べ過ぎると睡魔に負けるということもあって、昼食は重いものは絶対無理。めちゃくちゃ暑い天候ですし、甘いものが食べたくなって、フローズン・ヨーグルト・アイスを昼食として食べちゃいました。今日の食事、全然体によくない。。。そして今15時。睡魔が急激に襲ってきてます。Cにカファインカプセルをもらって飲んだところ。気持ち持ちこたえている!?
August 3, 2005
昨夜は友人と前からやりたいねと言っていたダーツをしに、Times Squareで23時まで遊ぶ。まったくもって火曜日のテンションではない遊びのテンションだった。ベルギーのおいしい黒ビール、セイント・ベルナンディスを飲みながら「501」をプレイ。ダーツの得点の合計が最終的にぴったり501点で終われば勝ちというゲーム。Buffalo時代筋肉痛になるくらいダーツをしたことがあったのですが、それからは家にある磁石のやつで遊ぶ程度で、それ以来かなりのブランクがあいていたので、最初は的に矢がまともに飛ばない状態でしたが、やっているうちに天性のダーツ才能がよみがえってきたのか(笑)、ブル(25点)、ダブル・ブル(中央50点)に狙い通りに刺さるようにまでなりました。ハイスコア・ゲームをやっていたとしたら450点程度取れるくらいまでになってましたね。結局2-1で総合は私の勝ちでしたが、大事な最後掛け勝負の1回で友達に思いっきり最後ブルをがつんと決められ、痛い負けを取ってしまった。そんなわけで0時に帰宅。お風呂に入って部屋に戻ろうとすると、うん?????自分の寝室のドアがあかない。。。あれれれ、鍵がかかってるぅ~~~!!!なんでだぁぁぁ!?ルームメイトと住んでいる手前、各自留守をするときは鍵を任意でかけるのですが、お風呂時は私は一度もかけたことがないっ。でもかかってるーーーー。部屋に入れない~とルーミーTくんを呼び、そこにNさんも加わって「このテレホンカードをドアロックの突起部分に挿入したら開くわよ」ということになり、ドアの淵を削ったり、カードを挿入したり、ヘラを入れてみたりと試したのですが、てんで効果なし。。。1時をまわり、下に住んでいる大家さんをたたき起こしてスペアキーをもらいに行く時間でもないし、ルーミーにもこれ以上迷惑をかけたくなかったので、「今夜はダイニングで寝ます。そして朝一番で大家さんのところに行ってきます」ということにした。ダイニングルームには窓がない。もちろんエアコンもないし、扇風機もない。昨夜は蒸し暑いばかりでなく、お風呂上りで分厚いバスローブ姿のままで寝なくてはいけなかったので、暑さはこの上ない状態。冷凍庫に発熱時用のために冷やしておいた冷たい氷枕をとりだして、それを背中に当てて横になるものの、やはり汗は噴出す。あの分厚いバスローブがあれだけしめったということは、相当量の汗をかいたということだ。結局一睡もできず、朝方、暑さにたまりかねて、冷水シャワーを浴びる。朝6時30分、7時、7時半と大家のドアをノックするが応答なし。電話をかけてみると、息子らしき子がでたのだが、肝心の大家夫婦は旅行に出かけていてどこにスペアキーを保管しているか知らないという。これはもうロックスミス(鍵屋)を呼ばないといけないところまで来てしまった。電話帳で問い合わせると、「$75かかります」とどこのお店からも言われる始末。ぼったくりだーーーーー!!!!でももうプロフェッショナルの助け無しにはどうしようもなかったので、呼びました。朝8時に鍵屋さん到着。鍵をチェックした鍵屋は「これはドリルで穴を開けないとだめです。」それに対して私は「えっ、針金みたいなピンでこちょこちょとあけないんですか?」と尋ねると、「ははは、そんなのは映画の中だけの話だよ」とあっさり言われてしまった。鍵屋は「ドリルで開けると、この鍵はもう使い物にならないから、新しいものに取り替えないといけなくなるよ。うちがやったら$75追加でやるけど。」って。。。。。高すぎ。鍵の取替えは器用な大家さんが安くやってくれそうな気がするので、却下。ドリルで穴が開けられ、ものの3,4分でやっと8時間ぶりに部屋の扉を開けることができた~。寝ずに結局今日も出勤です(泣)。。。
August 2, 2005
退社後、ルーミーKJくんのケータイ電話のプラン変更手続きのお手伝いをし、その足でG-man Kくんと3人でコリアンタウンで韓国料理を食べようということになった。KJが「オススメのところがあるんですよー」と、彼の後ろをついていき、お店に入ってメニューをチェックすると、、、あれ?これって中華なんじゃん??どうやらコリアンタウンにある中華料理屋に入ってしまった~。いみな~い(笑)。まぁおいしかったですよ。帰宅後、夜の22時ぐらいに日本からアルク出版のライターの人から、10月発売になる雑誌のためのインタビューをうけました。今までどういう経緯で現在の就職にいたったのかということを、1時間ノンストップで話した。話の中心はやはり現職についてで、どんなことをしているのかとか、ビザ取得までの苦労話とか色々話しちゃいました。これでも多少かいつまんで話したので、ホンキで4年分の留学生活について語ろうと思ったら、2時間は軽くかかると思う。ライターさんも興味深く聞いてくださいました。草稿のほうが楽しみです。金曜日にカメラマンの方がオフィスまで出向いてくださって撮影があります。
August 1, 2005
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