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今日は10月29日。 私の奥さんの誕生日です。 昨日のうちにメールを送っておきました。 我が家は29に縁があります。 10月29日は奥さんの誕生日で、 11月29日は、私を我が子のように可愛がってくれた、日本の会社の社長の誕生日、 12月29日は、私のアイドルだった故夏目雅子さんの誕生日、 そして1月29日が私の誕生日です。 29つながりで、結婚届も29日に出そうと思っていたのですが、 祖母が暦を見て、選んでくれたのが9月28日だったので、 その日だけは1日違いですが、 おかげで我が家は円満で、家族同士みんなが信頼し合っています。 私を応援してくれる家族のためにも、 今、ここでできることを一生懸命にやらなくてはと、 決意を新たにした今日です。。。
2012年10月29日
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2年生の『会話』授業では、言うまでもなく会話能力の向上を目的にしている。 私の授業では毎月、その月に辿り着くべきレベル目標を設定して、 その目標を実現するための授業法で授業を行なっている。 今まで、人前で話す、きれいな発音で話す、単語と文法を正しく使うことなど合わせて、 新しく覚えた単語と文法をどんどん使って、 2年生に相応しい会話をするように指導してきた。 そして今月からはロールプレイを授業に取り入れている。 目標は相手との呼吸を合わせて会話をすること、 人前で話をすること、会話を楽しむこと、新しい語法を覚えることなど。 2年生の前期ということもあって、 ロールプレイのセリフの3分の2は私が書いて、 残りの3分の1は学生たちが自分で考えるというやり方にしている。 今週のロールプレイの設定は、 友達の誕生日に食事に誘ったのはいいが、 食事を終えた後で、財布を持っていないことに気が付いた、というもの。 私が書いたセリフの中に「誕生日を覚えてくれていた」「私がご馳走する」 「それじゃお言葉に甘えて」「お勘定をお願いします」などの言い方を散りばめ、 財布がないことに気が付いた後は、学生たちにセリフを作らせ、 1週間、寮で練習をさせた後、次の週の授業で披露するという形。 今週、このやり方でロールプレイをしたところ、 教室内は爆笑と感心の声に満ちて、賑やかで活気がある授業になった。 1週間準備しただけあって、台詞はとても流暢で発音もきれい、 そしてセリフの応酬が自然で、間違いがなく、軽快なテンポで進んでいった。 「私の学生たち、腕を上げたなあ」と思わず、私も唸ってしまった。 何よりも嬉しかったことは、 1年生の時、日本語を話すことを恥ずかしがり、人前で話すことに臆病だった学生たちが、 (本当に)楽しそうにロールプレイを演じていたことだった。 ロールプレイを演じた学生たちに聞いてみると、一様に次のような返事が返ってきた。 「やる前は緊張しましたけど、やったら楽しかったです」 「たくさん練習している時、とても楽しかったです」 「またやりたいです」 彼女らは授業がない時の、私との会話練習にも積極的になって、 時間があっという間に過ぎてしまうぐらい、楽しそうに、いろいろな話題で話す。 残念なことは、私が担当しているクラスは1つだけだということ。 他のクラスとの会話能力には大きな差ができてしまった。。。。
2012年10月27日
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今年の1年生はクラスが3つあって、それぞれ学生が30人ずついます。 以前は一人で3つのクラス全部を担当していたこともあったのですが、 最近は担当する学生数を少なくしてもらって、今年は1つのクラスだけ担当しています。 先日、私のクラスではない学生から、 「先生に会いたいですが、いつ都合がいいですか?」と(勿論)中国語で連絡がありました。 私の担当しているクラスの学生ではないので、無論、面識はなかったのですが、 彼女のことは以前から知っていました。 何故なら、彼女の姉は以前、私が2年間担当した学生で、 過去に担当した600人の学生の中で一番か二番目に親しくしていた学生だからです。 その学生は1年生の時から毎週、何度も一人で私の部屋に来てお喋りをし、 それを3年間ずっと続けた学生です。 4年生の時に交換留学生の面接に合格して、日本に留学し、 在学中から日本の会社で通訳として仕事をし、今、日本で3年目の生活をしています。 先日はワーゲンの車を買ったと連絡がありました。 ずっと私を慕ってくれて、よく一緒に食事もしましたし、 禁煙を5年間続けていた私に、禁煙を破らせたのも彼女です(苦笑)。 その彼女から大学のことや日本語について、そして私のこともいろいろ聞いていたようで、 彼女の妹も、姉に憧れて同じ大学の同じ学部に入って、私に会いに来たのです。 妹の写真を姉に送ったところ、 ずっと日本にいて家族と会っていない姉は、 「写真を見た時、懐かしくて、泣きそうになりました」と言ってくれました。 (右端が以前親しくしていた学生の妹です) 長い間、同じところで仕事をしていると、姉から妹へとつながっていくこともあります。 まさか親から子供へと、というのはなさそうですが。。。
2012年10月25日
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毎年、この時期の大学の風物詩と言えば『新入生歓迎会』。 1年生の時には学生生活の中でいろいろなイベントがあるのですが、 主なものはこの時期の『新入生歓迎会』、 冬至の日に行われる『餃子作り』、 そして年末に開催される『元旦パーティ』、 更には4月の『合唱コンクール』といったところ。 これが2年生になるとこのようなイベントはなくなり、勉強一筋になり、 3年生になれば、日本語能力1級試験のために自習漬けになります。 私は1年生を担当しているので、毎年の『新入生歓迎会』には必ず招待されるのですが、 この歓迎会は「日本語学部」ではなく、 「外国語学院(英語学部、日本語学部、フランス語学部)」の主催ですから、 やはり参加者が多いのは、学生数の多い英語学部の学生です。 それにしても、中国といえば一昔前はあか抜けない地味な印象があったのですが、 こういうパーティを見るたびに、西洋の国々と何ら変わらない印象を受けます。 どこの国でも若者の感性は似通っているということでしょうか。 オープニングは大音響のrockです。 こちらは司会者たち(顔を見ると、やはり「中国人」という感じがします) こういう二胡の演奏があるところが中国らしいところ。 この他にもhip hop danceやピアノの独奏などもあったのですが、 演じていたのが他の学部の知らない男だったので、写真には撮りませんでした(笑)。 さて、今夜は『新入生歓迎会』を見ている間に巨人が中日を下して、 CSを勝ち抜いたから、安心して眠ることにします。。。
2012年10月22日
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ジャイアンツがやっとのことでサヨナラ勝ちをして、 クライマックス・シリーズは3勝3敗のタイになった。 菊花賞はゴールドシップが強さを見せつけて、勝つべくして勝った。 強ければ必ず勝てるというわけではないけど、 やはり強い者が強い勝ち方をすると、見ていて爽快感を覚える。 さて運動会から週末に至る5連休も今日で終わり。 明日から学期末の来月まで平常授業がずっと続く。 足の怪我は普段、何もしない時は痛みはないのだけど、 歩く時に地面に左足を着けることができず、難儀をする。 この足で教室楼まで行ったり来たりは正直言ってつらいけど、 まあ仕方ない。 頑張るぞ!
2012年10月21日
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この週末、外事弁は実にひっそりしたものです。 ある先生は青島に旅行に行き、 他の先生は日本人もアメリカ人も、外事弁のスタッフと一緒に 河南省内の平頂山というところに一泊旅行に出かけているからです。 というわけで、今、外事弁の中には私一人だけで、 それは自由でのんびりしたもの、しかも歩けない私にとっては良い静養になるのですが、 困ったことは毎回の食事です。 私一人のために、外事弁の食堂の老板に出勤してもらうのも心苦しいので、 学生に頼んで、学生食堂から食事を持ってきてもらうのですが、 今日は、びっくりしました。 2年生の男に食事を持ってきてくれるように頼んだところ、 学生食堂ではなく、大学の外の破街まで行って、 そこの一番有名な店で料理を作ってもらって、それを持ってきたのです。 大きな魚のあんかけ、酸辣土豆糸、炒油麦菜、ニラ玉炒め、焼茄子などが並びました。 私の怪我も学生たちにとっては、一緒に食事をするチャンスのようで、 男の学生が3人、私の部屋に来て、食うわ、食うわ……。 歩けないので運動不足が問題なのですが、こんなに食べたら、 きっと太って、コレステロール値が高くなることでしょう。 しかし、それでもおかげで野菜をたくさん摂ることができて、 栄養面での偏りは少なくなりました。 本当に学生さんたちのおかげです。。。
2012年10月20日
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中国と日本の違うところはたくさんあるのですが、 学生たちの食事風景も、日本と中国とでは違っています。 よく見かける風景は、学生食堂で注文した料理をビニールの袋に入れて、 寮まで持って帰って食べるという風景。 自分のものを持って帰ることもあれば、 友達に頼まれて、自分の分と一緒に持って帰るということも。 理由は学生数が年々、増加の一途を辿って、 食堂で席を探すことが難しくなっているからです。 それが今、私の生活に役立っています。 足の怪我で長い距離を歩くことができないので、食事には難儀しているのですが、 そんな私を気遣ってくれて、学生たちが昼ごはんや晩ごはんを 私の部屋まで運んでくれるのです。 「先生、私はこれから学生食堂に行きますが、 何か食べたいものはありますか? 先生の部屋に持って行きたいです」 こんな電話が掛かってきます。 ほとんどは炒飯や炒麺ですが、 それでも大いに重宝して、学生さんたちの好意に甘えています。 怪我をして初めてわかる人情です。。。。
2012年10月19日
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足の怪我をおして1年生の授業に行った時のこと。 毎年のことなのだけど、 まだ授業が始まったばかりで、「あいうえお」の発音さえおぼつかない彼女たちに、 話す勇気を持ってもらうことと、おしゃべりの楽しさを感じてもらい、 日本人と交流することに慣れさせるために、 授業中、いろいろな話題で交流をしています。 こちらが一方的に話すだけでなく、質問をして返事をさせたり、 逆にこちらに質問をさせたりしながら交流をするのですが、 一昨日の授業では、何故か私の年齢の話題になり、 「私は何歳に見えますか?」と学生たちに聞いたところ、 最初に「30歳!」という声が上がり、 私が「いいえ」と答えるや、 「32歳!」 「いいえ」 「35歳!」 「いいえ」 まるで市場のセリのように、少しずつ年齢が上がっていき、 「40歳!」 で、止まりました。 勿論、私はもっと年上なのですが、 学生たちがとうとう「何歳ですか?」「教えてください」と聞いてきたので、 「250歳」と答えると、 今度は学生たちが 「いいえ!」と声をあげました。 実は「250」って、中国では「バカ」という意味だからです。 学生たちがもう少し日本語を覚えてくれば、その時は、 「52」と答えることにしています。 「52」の発音は「ご自由に」と似ていて、勝手に推測してくれということです。 念のために言っておきますが、 おしゃべり以外に発音の練習もしっかりやっていますよ。。。。
2012年10月16日
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土曜の夜の怪我が痛くて、左足を地面につくことができなかったので、 昨日の日曜日は、部屋から一歩も出ることができず、 室内でも、時に這いつくばって移動せざるを得ず、とても難儀をしました。 食事を食べに出ることもできなかったので、 同僚の先生に頼んで、外事弁の食事を部屋まで運んでもらいました。 懸案は月曜の朝の1年生たちの授業をどうするか、でした。 休むという選択肢は頭の中になかったのですが、 歩いて5、6分ほどの教室棟までどうやって行けばいいのかで頭を悩ませました。 結局、陽気なアメリカ人の先生が杖を貸してくれて、 その杖を突きながら、今朝は学生たちと一緒に、時間こそ掛かったものの、 教室に行き、無事に授業を終えることができました。 今日は杖のおかげで、外事弁の中を移動することができて、 昨日までは遥か彼方に思えた、外事弁の食堂までの40メートルの距離を 今日は何とかたどり着くことができました。 食事を運んでくれて、「先生の足になってあげますよ」と言ってくれた日本人の先生、 「何かあったら何でも言ってください」と言っていただいた日本人の先生、 私の足を親身に心配してくれて、自転車を貸してくれた日本人の先生、 杖を突いて歩いている私を見て「イギリスの紳士みたいだ」と 陽気に笑い飛ばしてくれたアメリカ人の先生(彼女が杖を貸してくれました)、 そして、果物を持って見舞いに来てくれた学生たち、 何も持たずに部屋に様子見に来てくれた学生たち、 電話を掛けて心配してくれた学生たち、 みんな、ありがとう! 杖なしで歩くことは当分、無理みたいですが、 みなさんがいるから、私はこの大学で頑張っていくことができます!
2012年10月15日
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痛いよう! 昨夜、学生との会話の練習を終えて10時に外事弁に帰ってきた時のこと。 いつもなら11時頃に閉められるはずの外事弁の門が、 昨日に限って10時の時点で閉まっていました。 その時は鍵を持っていなかったので、 ほかの先生に電話を掛けるより、手っ取り早く門を乗り越えてしまおうと、 門の上によじ登り、ふわっと飛んで着地した時のこと。 頭の中のイメージと体の動きが合致せず、 忍者のように着地するはずが、 ドン!と 強い衝撃をかかとに受けてしまいました。 捻挫ではないのですが、くるぶしの下からかかとにかけてズキズキと痛み、 内出血をして腫れてきました。 今は痛くて、左足を地面に着くことができませんっっ。 明日は朝8時から1年生たちの授業があるから、 足以外は何の問題もないので、教室にいは行くつもりですが、 明日の教室は外事弁から遠いところにあるので、 片足で飛び跳ねながら教室に行くことはできそうにありません。 明日までに痛みが治まればいいのですが、 今の状態ではそんなに都合よくいくはずもないだろうし……。 明日、痛みをおして教室に行けば、 日本人は責任感が強いということを1年生たちに実際に見せることはできるのですが、 さて、どうするかな?
2012年10月14日
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テレビで見ることはできなかったけど、 昨日はフランスに遠征しているサッカーの日本代表が親善試合とはいえ、 強豪のフランスに勝った! 以前は0-5で子ども扱いされ惨敗だったことを思えば、 ここ数年の日本代表の進化はかなりのものがある。 フランスといえば、先週は競馬の凱旋門賞で 日本馬のオルフェーブルが2着に惜敗した。 競馬の国際化、世界に伍していける競馬の確立のために JAPAN CUPが創設された時、 天皇賞で激闘を演じ、日本馬代表としてJAPAN CUPに出走した ホウヨウボーイとモンテプリンスがあっけなく負けた時、 世界との差の大きさを実感したものだ。 今、日本を離れて異国で暮らしているけれど、 日本人はもっとどんどん海外に出て、世界を知った方がいいと思う。 世界から日本を見れば、あらためて日本の良さがわかるし、 逆に日本の特殊性や閉鎖性もよくわかる。 サッカー選手はどんどん世界に出て、世界の強豪の中で磨かれているし、 競馬だって海外挑戦は近年、頻繁になってきた。 情報通信技術が進歩し、交通機関も格段に進化した今、 世界はどんどん身近になっている。 日本の中だけしか知らずに死ぬのなんて、 なんかもったいない気がする。。。。
2012年10月13日
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国慶節が終わって、大学の授業は冬時間になりました。 9月までは午後の授業は3時から始まっていたのですが、 今月から午後は2時半から始まるようになりました。 従って、夜の授業は今まで8時から9時40分までだったのが、 今は7時半から9時10分までになりました。 その他に以前と変わったことは、 会話の練習をしたいという学生が異常に増えたこと。 夏休みが明けて先月までは、 以前の常連さんが部屋に来ていた(それでも忙しかった)のですが、 今月からは新顔さんがどんどん増えて、毎日、朝から夜まで、 授業の時間以外も、いつも傍に学生がいるという状況になってしまいました。 学生との交流は楽しいですし、日本語を教える者として、 義務感のようなものも持っているのですが、 来る日も来る日も朝から夜までとなると、時に疲労感を覚えることがあります。 疲れた時に学生と会話の練習をすると、 普段なら笑ってすませる間違いにイラついたり、返事が億劫になったりして、 結局、学生に嫌な思いを抱かせることもあります。 更に不安なことは、 来月ぐらいから1年生たちの発音矯正や日常会話の練習が始まるので、 そうすると、もうにっちもさっちもいかなくなるだろうということです。 同僚の日本人の先生たちと時々話すのですが、 1週間の中でどこかで自分だけの時間を持つべきではないかと思います。 ただ、どの先生もおっしゃるのですが、 会話の練習をしたいと言って電話を掛けてきた学生に、 忙しいから時間がないと言って断ることに罪悪感を覚えることがあります。 まあ、そういうところが日本人らしいところなのでしょうが。。。。
2012年10月11日
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今朝、今年の新入生の初授業。 以前は1年生の担当が私一人で、一人で110人の1年生を相手にしていたことも。 その後、大学にお願いして、1年生の担当教師を増やしてもらい、 去年から1年生の担当教師は3人体制になりました。 その3人とも、今日が1年生の初授業ということもあって、 誰もが昨夜は心配と緊張で落ち着かなかったようです。 何しろ、相手は日本語の「あいうえお」さえ知らず、日本人に会ったこともない学生たち。 その学生たちが期待と不安でいっぱいの中に入っていくのですから、 期待を裏切ってはいけない、期待以上の授業をしなければならない、 学生たちの不安を消し去って、日本語と日本、そして日本人を好きになってもらいたい。 そんな思いが強ければ強いほど、緊張感は高まります。 昨夜は同僚の先生が「逃げたい」とメールを送ってきたので、 夜、外事弁の庭のベンチに座って、授業の進め方などについて話をしました。 今日、一斉に3つのクラスで1年生たちの初授業をしたのですが、 聞けば、どの先生も賑やかで楽しい雰囲気の授業ができたそうです。 私のクラスも例年通り、学生たちの笑顔に満ちた授業になりました。 これから日本語を学んでいく過程で、ずっと興味と向上心を持ち続け、 日本語能力をどんどん高めていくこと、これが私たちの仕事です。 さて、毎年のことですが、まずやるべきことは、 学生たちの顔と名前を覚えることです。 私は、まず学生たちに黒板に名前を書かせ、その前に並ばせてから、 写真を撮り、それを部屋で何度も繰り返し見ながら、頭に叩き込むようにしています。 今年の私のクラスは30人。 以前110人の名前と顔を覚えた時に比べれば、ずいぶんと楽ですが、 中国人の名前は似ているものが多く、やはり覚えるためには努力が必要です。。。
2012年10月08日
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ネットを見ていたら、中国ではこの国慶節の大型連休は、 各地の観光名所が大混雑をしているそうで、 そりゃそうだわな、世界の人口の4分の1を占める中国人が、 この8連休を利用して観光地にどっと繰り出すんだから。 我々は連休開始と同時にサッと行って、混雑する前に学校に帰ってきたので、 人の波にのまれるということはなかったんだけどね。 以前、春節の時に普通列車に乗った時、足を動かす余裕もないほどのぎゅうぎゅう詰めで、 そのまま数時間、我慢したことがあったけど、 さすが中国! と感心したものでした。 さて、この8連休も明日で終わり。 四川から帰ってきた後は学生との会話の練習の約束もなく、 専ら読書三昧で、その合間に授業の準備などをしていたのだけど、 気が付けば、今日は外事弁の食堂で食事をしなかったので、 ほかの日本人の先生と顔を合わせることなく、 結局、誰とも一言も話をしていなかったことに気が付いた。 買い物に行った時に「いくら?」「5元」なんていう、 (それを会話というなら)中国語での会話はしたけど、 それ以外は何も、特に日本語は何も話していない。 まあ、いずれにしろ来週からは新入生たちの授業が始まるし、 2年生や3年生、時には4年生たちも次々に部屋にやって来るだろうから、 また、いやでもたくさん話さなければならなくなるから、 こんな日が一日ぐらいあってもいいか。。。。
2012年10月06日
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この連休で学生たちの大半は故郷に帰り、 ほかの学生たちも旅行に行ったり、アルバイトをしたりで、 校内の学生の数は普段の1割ぐらいです。 そのおかげで、私たち日本人教師も、 いつものような学生との会話の練習はなく、実にのんびりしたものです。 さて四川省旅行記の第4回目、最終日です。 2日目の深夜から外は大雨で、道路を打ち付ける雨音が夜通し聞こえていました。 朝7時に起きた時もやはり強い雨脚で、晴れ男伝説の終焉かと思いながら、 3人で中華バイキングの朝食(私、これが好きなんです)を食べていたところ、 雨が小降りになり、出発予定の9時にはすっかり上がってしまいました。 というわけで、『晴れ男伝説』は依然、継続中です。 雨上がりの道を歩いて出かけたところが『青洋宮』です。 『青洋宮』はもともとは周代に創建された道教寺院で、 現存しているものは清代に再建されたものです。 上の写真が『青洋宮』の中でも名高い八卦亭で、 ここを歩く時にも規則があって、それによって運命が開けるということです。 (他の団体観光客のガイドさんが、そのようなことを説明していました) この羊に触れると災厄が祓われるとのことで、みんなに触られまくって、つるつるです。 次は、今回の成都旅行、最後の訪問地『文殊院』です。 『文殊院』の境内を奥に向かって歩いていくと、列を作っている人に出くわしました。 何のための列かといえば、 「福」が来るようにと、「福」の字に触れようとする人の列でした。 『文殊院』を出たのが11時半。 成都で最後の食事は、文殊院の隣にある古い街並みの中で見つけた 一般大衆向けの食堂で食べた『点点麺』でした。 『担担麺』に似た味ですが、揚げた緑豆が入っているのが特徴です。 やはりこういう私的な旅行では、話のタネに有名料理店に入ることはありますが、 普通の人たちが食べる、ごく普通の料理を食べたくなります。 ホテルや高級料理店の料理よりも、普通の家庭料理の方が美味しいように、 そういう料理を食べ歩くのも、ツアー旅行ではない、手作りの旅行のいいところです。 というわけで、2泊3日という駆け足の成都旅行でしたが、 天気と同行者に恵まれ、3回来た中で一番楽しい旅行になりました。 次は家族と来るつもりです。。。。
2012年10月05日
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今回の四川旅行で、同行した女性教師のお目当ては、 国語教師らしく『杜甫草堂』、四川ならではの『変面』、有名な『陳麻婆豆腐』など。 しかし、一番のお目当ては「パンダを見たい!」とのことで、 二日目の午前は『パンダ研究基地』へ行くことに。 タクシーの運転手曰く、 「パンダは昼寝が好きだから、午後に来てもパンダを見ることはできない」だそうで、 午前、研究基地に着いた我々はたくさんのパンダを見ることができました。 ジャイアント・パンダだけでなくレッサー・パンダも。 気に入ったのはこの掲示板。 「ちょっとでいいのかよっ!」と突っ込みを入れたくなります(笑)。 同行の若い女性二人はすっかりパンダのとりこになって、写真を数十枚撮り、 おみやげにするパンダグッズも買い漁っていました。 やはり女ですね。 パンダ基地を離れて市内に戻ってからは、まず昼ごはん。 四川らしい料理を食べたいという女性たちのリクエストに応えて、担担麺を食べることに。 さすがに国慶節の成都とあって、どの店も軒並み満員で行列ができている中、 やはり成都の有名店「龍抄手」に席を見つけて、そこで食べることに。 出てきた状態のものを混ぜると、下の状態に。 濃厚な味で辛さもほど良く、おいしくいただきました。 女性たちも大と小を選べる中、大を注文して完食していました。 以前、年輩の女性教師二人と四川に来た時は、 「肉は食べたくない」「辛い料理はきらい」という発言が多かったのですが、 今回は食べ物の好き嫌いがない人たちだったので、気を使うことはありませんでした。 やはり旅行をする時は、なんでもおいしく食べる人と一緒の方が楽しいです。 午後は『金沙遺址博物館』へ。 この博物館は私が持っている「地球の歩き方」には載っていませんが、 殷の時代の遺跡が発掘され、そこから見つかった金細工などが展示してあります。 殷の時代の遺跡といえば、河南省の安陽にある殷墟が有名なのですが、 黄河文明発祥の地から遠く離れた四川にも、 当時の黄河文明と双璧を成す文明があったということが、この遺跡によってわかります。 発掘現場の上に大きな建物を作って被せれば博物館のできあがり。 西安の兵馬俑もそうですし、洛陽にも同様の作りの博物館がありますが、 いたって合理的で中国らしいという感じがします。 下の金のマスクがこの遺跡から見つかったものです。 『金沙博物館』を出た後は、通りかかったバスに乗って市内に戻ります。 そのバスが珍しい作りだったので写真を撮りました。 床も椅子も木造で、レトロ感たっぷりです。 ただ全部の路線がこのような車両ではありません。 写真の中の女性二人が今回の同行者で、前の席に座っている方が日本人の先生で、 おみやげに買ったパンダの帽子が気に入ったようで、さっそく被っています。 バスの終点で降りたところが『寛窄巷子』という、これも新しい観光名所です。 古い街並みを再現して、そこにたくさんの店が軒を接して続いています。 観光バスが次々に来て、たくさんの観光客がこの通りに吸い込まれていきました。 四川の小吃の店もたくさんあるので、食べ歩きにはもってこいの通りです。 初日、二日目と雨の予報に反して、天候に恵まれあちらこちらと歩き回って、 夜はその疲れをいやすために、四川名物の『火鍋』を満喫しました。 辛い味とあっさり味の二種類が楽しめる「おしどり鍋」です。 食べ終わった後は腹ごなしに1時間ほど、夜の成都を散歩し、ホテルへ帰りました。 2泊3日の四川旅行もいよいよ明日が最終日です。。。
2012年10月04日
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四川旅行記の2回目です。 以前、四川を訪れた時、九寨溝や黄龍とともに強い印象が残ったのが川劇(変面)でした。 今回同行した女の先生と学生もとても見たがっていたので、 成都についてから劇場にチケットの有無を確認すると、幸いなことに席があるとのこと。 というわけで、『武侯祠』『杜甫草堂』『陳麻婆豆腐』に続く訪問地は川劇の劇場。 チケットは高い順に260元、220元、180元、150元と分かれていて、 私たちが座ったのは220元の席でした。 座ってみれば、前の4列が260元で、5列目から10列目が220元となっていて、 我々は5列目でしたから、けっこう間近で見ることができました。 成都には変面劇の劇場はいくつかあるようですが、我々が行ったのはここ。 開演は夜8時からだったので、それまでしばらく近所を散策しました。 こういう電飾が中国らしいところです。 きらびやかなオープニングに続いて、いろいろな出し物が続きます。 派手な出し物もいいのですが、何度見ても感心するのは、人の手による影絵です。 一人の手によって、いろいろな動物や情景が映し出され、 まるで生きているように躍動します。 出し物の中では地味なものですが、その素晴らしさには思わずため息がもれます。 人形劇やミニ雑技、コントなど(どれも素晴らしいです)が続いた後は、 メインの変面劇です。 瞬きをする間に役者の顔が次々に変わります。 テレビで見ても驚きますが、実際に間近で見ると、つい「おおっ!」と声が出ます。 全部の出し物が終わったのが午後9時半。 空はすっかり暗くなっていて、街はきらびやかなイルミネーションに彩られていました。 ちなみに当日は9月30日で中国の中秋節でしたから、 席にはちゃんと月餅も置いてありました。 そうそうホテルの部屋にも「仲秋節快楽」というメモと一緒に ちゃんと月餅が置いてありました。。
2012年10月03日
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8連休の中国。 その連休を利用して四川省の成都に2泊3日の旅行に行ってきました。 今更言う必要もないと思いますが、危険を感じることもなく 快適で楽しい旅行でした。 行く前は天気予報で3日間連続、雨の予報が出ていたのですが、 雨が降ったのは2日目の深夜から早朝にかけてだけで、 それも我々が出かける前にすっかり上がっていました。 『晴れ男伝説』依然、続行中です。 四川省を訪れるのは今回が3回目。 四川省は素晴らしいところなのですが、実は前回、前々回とも 楽しかったという印象がありません。 というのも同行したのが日本人の先生(年輩の女性)だったので、 何かするたびにお伺いを立てたり、食事の好みや歩く速さが違うので、 いろいろと気を遣ったり、我慢したりだったのです。 その点、今回は私より若い女性の先生と女の学生、そして私という3人組だったので、 気兼ねすることもなく、食べ物の好みや興味が似ていたり、 冗談が素直に伝わるなど、和気あいあいの旅行になりました。 成都に着いてまず行ったところが『武侯祠』。 三国志でおなじみの劉備とその配下の武将たちが祀られているところです。 上の写真の奥に鎮座ましますのが劉備さんです。 武侯祠の隣には古い街並みを再現した商業街があって、 そこで四川小吃のセットを昼ごはんにしました。 四川省は小吃が豊富で、上の写真のほかにあと3品出てきました。 ただし、このような観光地の中の店は黙っていても客が入るので、味はいまいちでした。 小吃のセットを食べるなら、市内の有名店のセットの方がお勧めです。 『杜甫草堂』の真ん前にホテルを取ったので、昼食後、一休みしてから『杜甫草堂』へ。 同行した女性教師は高校の国語の先生なので、授業で杜甫の詩を教えることもあり、 いろいろな薀蓄を聞いたり、また学生も幼い頃から学校の授業で、 杜甫の詩を暗記させられていたそうで、ミニ漢文の授業を受けながらの散策でした。 やはりただ漫然と見るより、いろいろな知識を得た上で見る方が面白いです。 杜甫草堂を見学した後は、成都の有名店、麻婆豆腐の本家という陳麻婆豆腐へ。 これが元祖麻婆豆腐。 同行した女性教師は辛い料理はちょっと苦手なのですが、見た目ほど辛くはなく、 「これは美味しい!」と絶賛して食べて、 日本へのおみやげにとレトルトパックを買っていました。 この店はもともと豆腐料理の店ということで、 ほかにはこんな料理も注文しました。 陳麻婆豆腐で腹ごしらえをした後は、成都観光の夜のメイン、変面観劇に。 その様子はまた次回、書くことにします。。。
2012年10月02日
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