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10月6日(日) JR東日本が催行している「駅からハイキング 秋のひまわりと日本のあけぼのタイムトリップハイキング」に参加するため、JR両毛線の岩宿駅にやって来ました。岩宿駅からは色んな史跡を訪れることができそうです。というか群馬県って古墳とか遺跡とか多い所なのかも。岩宿駅の駅舎、木造の小さな駅舎です。これでも、大都市近郊区間の「東京近郊区間」で、かつIC乗車カード「Suica」の首都圏エリアに含まれている駅です。駅からハイキングでは、普通は駅でハイキングコースの地図がもらえるのですが、今回はここではなく1.5km歩いた先にある岩宿博物館(→→→こちら)で地図がもらえます。ということで、岩宿駅から博物館に向かって歩き始めます。でも地図がないので、スマホを見ながらの岩宿博物館へ向かいました。途中にあった、歌手の看板、桐生出身とありますが、岩宿は群馬県みどり市ですよ、星ゆたかさん。こちらは途中にあった不動明王様の石像です。立派です。岩宿遺跡(→→→こちら)などがある岩宿の里という公園に岩宿博物館がありました。こちらが博物館の入り口です。鹿の川沼(→→→こちら)という大きな沼がある公園です。そして、この半分地下に隠れたような建物が、岩沼博物館でした。ここでハイキングコースの地図を頂くと、博物館の人から、「帰りに立ち寄って下さい」と言われたので、帰り道にゆっくり博物館を拝見することとして、「駅からハイキング 秋のひまわりと日本のあけぼのタイムトリップハイキング」に出発しました。(岩宿遺跡コース)【つづく】人気ブログランキング北関東の旅 岩宿(その1) 岩宿博物館へ
Oct 31, 2024
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中央線快速では2025年春からグリーン車サービスが開始されるそうです(→→→こちら)。そのため、グリーン車を連結した12両編成の電車 を2024年10月13日以降順次導入されていて、2025年春のサービス開始までの間は、グ リーン料金不要(普通車扱い)てグリーン車にお試し乗車できます。ということで、別に狙っていたわけではないのですが、荻窪駅から、偶然、そのグリーン車を連結した編成に乗り合わせることができました。グリーン車が連結されているのは、4号車と5号車です。普通車とドアの位置が違うので、乗客が間違えないように誘導する係の駅員さんが立っていました。二階建てになっているので、多分、座席数としては、普通車と変わらないと思いますが、やはり人気で展望のよい二階席は満員で、一階席に運良く座ることができました。車内はこんな感じです。トイレもついていました。座席はリクライニングシート、テーブル、電源コンセントもついていました。中央線快速では初めてのグリーン車サービスですが、首都圏では、東海道線、東北線、高崎線、常磐線、総武線、横須賀線ではずっと前から導入されていましたし、これで中央線沿線の利用者の皆さんも、グリーン料金さえ払えば、快適な移動ができると思います。また、グリーン定期券もあるので通勤が楽になる人もおおいでしょう。しかし、残念なことに普通列車グリーン車は自由席なので、私鉄各線で運行されている〇〇ライナーのような座席指定列車サービスではないので、グリーン車に乗っても必ず座れる保証はないです。どれくらいの利用者が見込めるのでしょうかね。MoMo太郎が子供の頃は、国鉄でしたが、京阪神を走る快速列車にはグリーン車が連結されていたように記憶していますが、いつのまにか無くなっていました。多分、所要時間は同じなのにわざわざ特別にお金を払ってまでグリーン車に乗る必要はないと考える人が関西には多かったのかな。人気ブログランキング中央線快速のグリーン車にお試し乗車
Oct 30, 2024
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江ノ島駅を降りたら、雨が降っていました。天気が悪くなるとは聞いていたけど、出る時は東京は青空だったので午前中は持つと思っていたのが間違いでした。でも折角、ここまで来たので江ノ電の江ノ島駅から江ノ島弁天橋へ向かうまでの道、商店や旅館が並ぶすばな通りを歩いて行きました。「すばな通り」って漢字で「洲鼻通り」と書くらしいです。フェンスで囲われた石碑がありました。この石碑を寄贈した会社の名前が、裏に彫られてました。「ここは湘南」と刻まれた石碑もありました。裏にある寄贈した会社は、すばな通りの石碑と同じだったんですね。かなり降ってきたので、江ノ島に来た証拠として、ここから写真だけ撮って、藤沢に戻ることにしました。江ノ電の駅までは遠いので、小田急の片瀬江ノ島駅から藤沢に戻ることにしました。片瀬江ノ島駅(→→→こちら)、竜宮城みたいですね。新宿からロマンスカーもやって来る駅ですが、止まっていたのは藤沢行の各駅停車です。東京へ帰るときも藤沢駅から新宿行の急行で帰ることにしました。ということで、大したこともない報告になりました。ついでではなく、今場は江ノ島の弁天様にお参りするぞ、いうしっかりした目的でないと、弁天様も江ノ島上陸は許してくれないんでしょうね。【了】人気ブログランキング江ノ島に行ったけど雨だった話(その2)
Oct 29, 2024
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藤沢に住むむかしお世話になった人の家に行きました。その時の話です。藤沢駅のホームにあったJRのコンビニは店舗は、往年の湘南電車80系の形でした。訪問の約束は午後からでしたが、昼ご飯は藤沢で済ませてから伺うことにして午前中に藤沢に到着です。ちょっと時間があるので、中学生の時に行って以来となる50年ぶりぐらいになる江ノ島を見てみようと思って江ノ電に乗って行くことにしました。江ノ電って、結構、きれいな電車なんですね。江ノ島に到着です。【つづく】人気ブログランキング江ノ島に行ったけど雨だった話(その1)
Oct 28, 2024
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この子、永尾柚乃(→→→こちら)さんという人気のある子役だそうです。「子役は大成しない」といわれていますが、この子はどうなんでしょうね。子役で人気があったけど、いつの間にか消えてしまった人って多いですよね。例えば、「ケンちゃん」シリーズで人気を集めた宮脇健(旧芸名:宮脇 康之)さん、「崖の上のポニョ」を歌っていた大橋のぞみさん。また、なんとなく芸能界に残っているけど、子役の頃に比べるとパッとしない、「あっぱれさんま大先生」で活躍していた内山信二さん、「渡る世間は鬼ばかり」で人気だったえなりかずゆきさん。「おしん」で人気だった小林綾子さん。とはいえ、今でもテレビなどよく見かける、芸能界で活躍している人といえば、「同情するなら金をくれ」の安達祐実さん、「ちびノリダー」だった伊藤淳史さん、「北の国から」から今ではDr.コトーになった吉岡秀隆さん、そして、活躍の場が違っていますが「パパと呼ばないで」で人気となり中学生で妊娠した杉田かおるさん。など多くの方がいますね。そして、文句のつけようがない成功者が「マルモのおきて」を守り、「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」で祝賀メッセージを述べた、慶応大学生でもある女優の芦田愛菜さん。しかし、最も成功した子役上がりの芸能人と言えば、女優、歌手、タレントとして活躍され2023年12月31日に89歳で亡くなられた中村イメコ(→→→こちら)さんですね。永尾柚乃さん、どうなるのかな?人気ブログランキング子役は大成しない?
Oct 27, 2024
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この人の政権、意外と支持率が低いみたいで、明日の結果次第では、こういうポスターももう作られないかなと思って、記念になると思って撮影してみました。ところで、この間、道で信号待ちでぼんやりと立っていたら、突然、「〇〇党です」と後ろから、1922年の創立以来、一度も名称が変わっていない政党の運動員の人から声をかけられて、生まれて初めて心臓が止まりそうな経験をしました。ビラを配るなら、正面から普通に声をかけて欲しいものですね。それから、公約で「インフレ対策として季節ごとに10万円を支給する」とか「1人当たり月1万5千円の児童手当を支給する」とか言っていますが、あれって投票してくれたらお金あげますみたいな、買収されているみたいで気分悪くないですか?まだ、「少子化対策として出産費用を無償化します」くらいの方が政策っぽい響きがあってマシかなと思います。人気ブログランキング記念になると思って撮影しました
Oct 26, 2024
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通洞駅から、わたらせ渓谷鐡道を使って帰ります。タイミングよく、わたらせ渓谷鐵道のキャラクター「わ鐵のわっしー」をモチーフにデザインされたトロッコ列車の「トロッコわっしー号」に乗ることができました。しかも、この日は有料の「トロッコ整理券」が必要のない快速列車としての運行だったので乗車券のみで乗ることができました。ちなみにわたらせ渓谷鐡道、交通系ICカードは使えません。窓ガラスのないオープンタイプの車両。きっと爽快だと思って乗ってみましたが、いざ乗ってみると、列車がスピードを上げると強い風が吹き込んできて、前の座席に座ったロングヘア―の女性の髪が後ろの座席のMoMo太郎の薄くなった後頭部に当たるし、停車すれば変な虫が入ってくるし、それに座席は板張りなので、長く座っているとお尻が痛くなってくるし、こういう列車に乗るのもいかがなものかと思うだけでした神戸(ごうど)駅には、むかし東武日光線を走っていた特急「けごん」の車体を利用した「列車のレストラン清流」がありました。また、途中で渓谷の景色の良いところでは停車してくれたり、この滝のところでも停車してくれました。相老駅で東武桐生線に乗り換えて、東武鉄道の特急「りょうもう」に乗って浅草駅まで帰ります。車内の様子です。大型のリクライニングシートが疲れた体を休めるのにピッタリでした。浅草駅に到着すると、新型特急のスペーシアX(→→→こちら)が停車していました。いつかはこれに乗って鬼怒川温泉なんか行ってみたいです。(足尾銅山を歩いたコース)【了】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その15) トロッコわっしー号
Oct 25, 2024
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わたらせ渓谷鐡道の通洞駅(→→→こちら)です。柱や梁が外に出ているのが特徴の木造の駅舎です。この建築様式はハーフティンバー様式と呼ばれているそうで、北方ヨーロッパの木造建築技法だそうです。また、駅舎及びプラットホームが登録有形文化財として登録されています。駅の前にある青銅製のレリーフは、足尾の四季という楽曲があるんですね。こんな曲らしいです。楽曲と言えば、大正元年に敷設された足尾鉄道は、直後に歌われた鉄道唱歌に7曲も組み込まれていたそうです。足尾線編の歌詞です。31.♬町をめぐれる渡良瀬の 水上(みなかみ)深く尋ねれば いにしえ勝道上人が 白き猿(ましら)に案内(あない)させ32.♬分け入り初めし(そめし)所とて その名に因む庚申山 百間幕(ひゃっけんとばり)の巖石を ながめてゆけば茸石(きのこいし)33.♬さきにそばたつ櫓石(やぐらいし) 見るもいぶせき女体石(にょたいせき) おののきおののき一の門 くぐれば数丈(すじょう)の梵字石(ぼんじせき)34.♬谷間にそいて屹立(きつりつ)し 風に傾(かた)ぶく風情なり さらに進めば富士見石 拳に似たるさざえ石35.♬ろうそく石は道野果て ここに踵をめぐらせば 胎内くぐり二つあり 小なるほうは葡匐(はらば)いつ36.♬大なるほうは立ちしまま くぐりくぐれば奥の院 数えつくせぬ怪石の 奇景は真に別世界37.♬山に続きて二里南 銅鉱出だす足尾なり 富田すぐれば佐野の駅 葛生越名にいたるみちおそらく、渡良瀬川の渓谷の景色が歌い込まれているのでしょうね。登録有形文化財のプラットホームです。駅名標には、右から、日光市観光協会キャラクターの日光仮面。栃木県マスコットキャラクターのとちまるくん。そしてわたらせ渓谷鐡道マスコットキャラクターのわ鐡のわっしーが並んでいます。左端は通洞坑から出てくるトロッコ列車ですね。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その14) わたらせ渓谷鐡道「通洞駅」
Oct 24, 2024
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わたらせ渓谷鐡道の線路です。ここを渡って、古河足尾歴史館(→→→こちら)にやって来ました。ここには、旧足尾鉱業所等のジオラマ、古河創業家の写真や銅像、古河家と交流のあった関塚家(フランス料理界にて活躍が顕著)ゆかりの品、そして、日本の安全第一運動のさきがけとなった小田川全之の写真および関連品の展示などがあります。入場料は、大人が400円ですが、駅からハイキングの参加者は300円で入場できたので、中に入ってみました。こちらのお勧めは、野外展示場の足尾ガソリン軌道・歴史館線です。こちらのガソリンカーがけん引するトロッコ列車に乗って、展示場内を一周するイベントです。遊園地の列車に乗るような楽しさがありました。そのほか、足尾鉱山で使われていたようなトロッコや機関車も展示されていましたが、ちょっと面白いのがこれです。茨城県日立市にあった、日立セメントの太平田鉱山索道で使われていた「箱索道バケット」も展示されていました。この古河足尾歴史館、ちょっと高台にあるので、足尾町通洞地区を見下ろすことができました。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その13) 古河足尾歴史館
Oct 23, 2024
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足尾銅山観光の報告、長く続いて飽きられたかもしれませんが、まだまだ続きます。こちらは、砕女(くずめ)と呼ばれた女性作業員、掘り出した鉱石を金づちで砕く役割はこういう女性が担っていたんですね。坑道から外に出ると、このさく岩機体験コーナーがありました。こういう体験も楽しいでしょうね。保存されている坑内作業に使われたバッテリー式の電気機関車、作業員の乗るトロッコ、そして運搬車です。こちらが、通洞駅から乗ってきたトロッコです。この坑道の中に入って行きます。通洞坑という標識がありました。こちらの建物は、鋳銭座。ここでは足尾で鋳造されていた寛永通宝、裏に「足」の字が刻まれていたので足字銭と呼ばれいた、の製造過程を人形を使って再現しています。大きな足字銭が建物の壁に飾られていました。ここで足尾銅山観光(→→→こちら)の紹介は完了です。この施設、入場料の830円の値打ちはあると思います。(足尾銅山を歩いたコース)北関東の旅 足尾銅山へ行く(その12) 足尾銅山観光part5人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その12) 足尾銅山観光part5
Oct 22, 2024
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こちらは坑道の一部が広くなっているのを利用して作られた銅(あかがね)資料館のエリアです。ここに展示されているのは坑内輸送用の3t電気機関車B形No.47と1t箱形坑車です。電気機関車にはトロリーポールの集電装置がついていたので、坑内に架空線が張り巡らせていたんでしょうね。「安全専一」とは、銅の採掘と製錬技術の調査のために訪米した足尾事業所長の小田川全之は、アメリカの製鉄会社で提唱されていた「SAFETY FIRST(セーフティファースト)」の考え方を持ち帰り、「安全専一(あんぜんせんいち)」と翻訳し、足尾銅山に安全専一の表示板を掲示し、従業員に安全意識を根付かせ、安全活動を推進しました(→→→こちら)。今でいうところの「安全第一」の標語ですが、古河機械金属株式会社では、今でもこの「安全専一」を使用しているそうです。ちなみに古河機械金属株式会社は、この安全専一を特許庁へ出願して、2020年4月3日および5月25日に商標登録されているそうです(→→→こちら)。坑内で使われるダイナマイトの説明黒板です。こちらは坑内で働く人たちへの安全の心得のようでした。こちらは、銅の製煉(せいれん)所のジオラマです。こちらは坑内から採掘された鉱石を選り分けて、製錬所へ送る役割を担っていた選鉱所のジオラマです。こちらに展示されているのは、足尾銅山で採掘された鉱石です。この中に銅が含まれているんですね。この板は電解精製用の銅アノード陽極板と呼ばれるもので、鉱石から取り出された精製粗銅をこのように鋳造します。この銅アノードを硫酸銅溶液を張った電気分解槽にステンレス製カソード板と交互に沈めます。電流を流すと、銅アノードから硫酸銅溶液に溶けだした銅がステンレスカソード板に電着して品位の高い銅が造られるそうです。ということで、できたのがこの銅のインゴットです。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その11) 足尾銅山観光part4
Oct 21, 2024
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ここからは、明治・大正時代の鉱山の様子が再現されています。この頃は削岩機(ロックドリル)を使って掘っていますね。動力には油圧式と圧縮空気式があります。ただこのロックドリルで掘るといっても、岩に穴を開けて、そこにくさびを打ち込むか、硬い岩盤だと、掘削した穴に火薬を詰めて爆破することをやっています。掘り出された岩石はズリと呼ばれていて、大きなトンネル断面だとダンプなどでも運びますが、炭鉱や鉱山では、レールを敷設して、このような運搬車で運び出します。MoMo太郎のいた炭鉱では、この運搬車を「ずりトロ」と呼んでいました。ここからは昭和の時代の鉱山です。MoMo太郎も炭鉱ではこのようにヘルメットをかぶり、じん肺(→→→こちら)予防のためのマスクをして働いてました。鉱山の中に開運洞という祠があり、山の神が祀られていました。当然ですが、箱根駅伝の五区を走る山の神とは違います。ました。この祠で、いい鉱石が多く産出されることや、作業の安全を祈ったのでしょうね。ちなみに山の神は一般に女神であるとされているので、普通の家庭でも、外から女性を連れ来ると奥様が嫉妬してお怒りになるのと同じで、鉱山の中に女性は入れないという、労働安全衛生規則とは違う、鉱山で働く男たちの掟がありました(→→→こちら)。食事は、鉱山の中で弁当を食べます。弁当と怪我は自分持ちといいますが、昔はいざ知らず、ちゃんと労災保険はおりますよ。足尾銅山でもそうだったと思いますが、炭鉱では三交替制で働いて、24時間営業でしたので、お昼だから弁当ではなく、夜中にお弁当食べていました。まあ、一日中、お日様とは関係なく暗い地下に居るので、朝とか夜の感覚ってなくなるかと思っていましたが、意外とそういう感覚って残るもんでした。山が落ちてこないように、ここでも支保工の点検は、この人形がしっかりやっていました。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その10) 足尾銅山観光part3
Oct 20, 2024
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坑道の中を歩いて行くと、江戸時代の鉱山で働く人を人形で再現されていました。こちらは、鉱石を手押し車で運んでいる人の様子です。こちらは、鉱石を背負って運んでいる人ですね。鉱石を掘り出している坑夫の人とそれを監督している役人の様子です。ノミと槌を使って鉱石を掘り出しているんですね。全長で約300メートルの坑道の中を歩いて行きます。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その9) 足尾銅山観光part2
Oct 19, 2024
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俳優 西田敏行さん死去 76歳 北野武さんら悼む声相次ぐ(→→→こちら)大門美知子先生でも治せなかった病気なんでしょうか。自宅で亡くなったというので、榊マリコ研究員と風丘早月教授が検死解剖されるのでしょうかね。とテレビの世界と現実の世界の区別がつかなくったMoMo太郎です。さて、足尾銅山観光(→→→こちら)とは、江戸時代から銅の産地として栄え、かつては「日本一の鉱都とも呼ばれた足尾銅山の閉山後に坑内の一部が開放され、トロッコ電車に乗って全長約460メートルの薄暗い坑道に入っていく観光施設です。こちらの駅舎からトロッコに乗ります。入場料は830円ですが、駅からハイキングの参加者は730円で入場できました。神木隆之介(→→→こちら)と同じように若い頃は炭鉱で働いていたこともあるMoMo太郎です。このようなトロッコに乗って炭鉱の中に入っていました(嘘ですょ)。でもこのトロッコ、やっぱり観光用にきれいな塗装がされていますね。駅舎の中には、江戸時代の銅山で働く坑夫さんの人形が展示されていました。こちらのホームからトロッコに乗ります。観光客はここから坑内に入って、坑内を歩いて戻ってくるので入ってくるトロッコに乗客は乗っていません。また、鉱山のトンネルの中に入るのですが、労働安全規則による保安帽(ヘルメット)の着用はなかったです。昔、炭鉱で働いていたMoMo太郎としては、ヘルメット無しで炭鉱に入るのは、下着のパンツなしでズボンを穿くような不安な気持ちになります。炭鉱夫だった頃(あくまで、嘘ですょ)を思い出すMoMo太郎、トロッコを降りて採掘の切羽(きりはけ:トンネル掘削の最先端箇所のこと)に行くのでしょうか。このバッテリーロコ(トンネル工事で使用される蓄電池機関車のこと、排ガスの出ないので使われています)で乗客を乗せたトロッコを引っ張ってきました。鉱山が稼働していた頃は、資材や功績を運搬していたんでしょうね。この先も坑道は続いていたのでしょうが、今はこのように立ち入り禁止になっています。トロッコを降りて、いったん坑口の方へ向かって少し戻って、こちらの脇に掘られている坑道に入っていきます。坑道を支える松丸太(多分、松だと思います)で作られた支保工(トンネルの中で上からの荷重を支える仮設構造物)がかって働いていた炭鉱を思い起こします。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その8) 足尾銅山観光part1
Oct 18, 2024
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このあたり、足尾町の中心にあたる通洞(つうどう)と呼ばれる地区にやってきました。「通洞」とは鉱山用語のひとつで、探鉱のほか運搬・排水・通気等の役割を担った鉱山の基幹となる坑道のことです。中心ということで、かっては足尾銅山労働組合の建物があつたそうです。今でも中心地らしく、消防署や日光市足尾庁舎などの施設もあります。こちらの建物が、日光市足尾庁舎(→→→こちら)です。住民票の手続きなど日光市庁舎まで行かなくてもできたり、公民館もあったりします。また足尾町の観光振興や商工業、農林業に関する施策の担当部署などもあるようです。ここでちょっと休憩して、いよいよ足尾銅山観光のメインである足尾銅山観光(→→→こちら)に向かいます。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その7) 通洞地区
Oct 17, 2024
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次に訪れたのが「足字銭と鋳銭座跡碑」(→→→こちら)説明板はかなり傷んでいましたが、内容は以下の通りです。「江戸幕府直山の足尾銅山は産銅量の減退に伴い、銅山師達は山元(やまもと)の困窮を救うため、寛保元年(1741年)幕府に足尾銅山で「寛永通宝・一文銭」の鋳造許可を願い出、鋳銭することとなりました。特に足尾で鋳造の寛永通宝一文銭は、裏に「足」の字が刻まれ「足字銭(足尾銭)」と呼ばれ、お銭(かね)のことを「おあし」と言っていたのも足字銭が語源といわれます」お金のことを「おあし」というのは、足があるようにどんどん使われて、お金が貯まらないから「おあし」と呼ぶんだという、MoMo太郎の祖父の話は嘘だったのか。このあたりから足尾の町の商店街ができていました。こちらのお店はプリントショップで、オリジナルのマグカップ、のほり、Tシャツ、ステッカー、缶バッチなどを作ってくれるお店です。ここで駅からハイキングの参加者に缶バッチをプレゼントしてもらいました。商店が所々に並んでいました。が、足尾の町の中にコンビニは見たりませんでした。こちらはお菓子屋さん。一応、お土産になる最中やドラ焼きを売っているんでしょうね。店休日だったのはちょっと残念でした。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その6) 足字銭と鋳銭座跡碑
Oct 16, 2024
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足尾駅から足尾の町の中を歩き次の目的地である宝増寺(ほうぞうじ)にやって来ました。山門の前には、寺号碑と宝増寺の歴史が説明された看板もありました。この説明板によると、・・・。本堂には「足尾」の地名の由来となった勝道上人作の”波之利大黒天"の木像・・・とありますが、「足尾」の地名の由来とは、毎年穂をくわえて日光中宮祠に現れる白ネズミはどこから来るのか、これを確かめるために勝道上人がこの白ネズミの足に紐(緒)を結わえて放ったところ、現在の足尾の村落に至ったことから、それ以来この村落を「足緒」と呼ぶようになり、白ネズミが入った洞穴を修験の場に選び大黒天とネズミを祀ったという。ということだそうです。宝増寺の境内です。寺の奥には山に向かって多数のお墓が建っていますが。これは無縁墓だそうです。本堂の中です。宝増寺を出てしばらく歩いたところにあるこの建物は、足尾キリスト教会です。足尾で初めての本格的な教会堂で、また唯一の現存例であり、当時の銅山従事者の信仰の様相を伝える建築物であることから、国登録文化財になっています。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その5) お寺と教会
Oct 15, 2024
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こちらの旧国鉄時代の雰囲気を残す足尾駅(→→→こちら)。1912年(大正元年)に建てられた木造駅舎は、国指定の登録有形文化財になります。琺瑯(ホーロー)看板の駅名標もレトロでいいですね。わたらせ渓谷鐡道では、貨物の取り扱いをしていませんが、旧国鉄の時代からJR東日本の足尾駅の時代には貨物の取り扱いをしていたそうです。その往時を偲ばせるように貨物車両が保存されていました。かって使われていたキハ35系気動車も保存展示されていました。ホームにはわたらせ渓谷鐡道のトロッコわたらせ渓谷号(→→→こちら)が停車していました。トロッコわたらせ渓谷号は、窓ガラスのないオープンタイプのトロッコ車両2両を、窓ガラス付きの普通車両2両で挟み込んだ格好で連結します。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その4) 足尾駅
Oct 14, 2024
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こちらの橋は渡良瀬橋(→→→こちら)。森高千里の歌になった渡良瀬橋(→→→こちら)は栃木県足利市ですが、こちらの渡良瀬橋は栃木県日光市足尾にあります。当初は鉄製のアーチ橋だったのですが、昭和10年(1935年)にその鉄製本体をそのまま鉄骨として、トラスの垂直材を1本おきに取り除き、鉄骨コンクリートに改造したコンクリートアーチ橋になりました。設計施工は往時の足尾銅山の技師たちが携わったと思われますが、優秀な技術者たちだったと思われます。そして、こちらの古河掛水倶楽部(→→→こちら)を見学しました。入場料は500円ですが、駅からハイキングの参加者は400円で入場できました。今回の駅からハイキング「産業遺構と環境の町 足尾」で歩く距離は約5kmなので、のんびりと施設の見学などができました。このお屋敷が古河掛水倶楽部です。足尾銅山の隆盛期に貴賓客の接待や宿泊施設として利用されていた迎賓館で国の登録有形文化財になっているそうです。今でも持ち主の古河機械金属の社員研修などにも利用されているようです。こちらが入口。中ではカメラでの撮影禁止だったので、紹介できる写真が撮影できませんでした。内部を知りたい方は古河掛水倶楽部のホームページ(→→→こちら)をご覧ください。その代わり、同じ敷地に内にある電話資料館を紹介します。電話といえば、足尾鉱山を足掛かりに発展した古河鉱業会社(現古河機械金属株式会社)をはじめとする戦前の古河財閥の流れを汲む企業グループの古河グループには、通信機事業をベースとして発展した富士通もあるので、なかなか興味深い展示があるかもしれません。1965年に導入された自動交換機です。もちろん富士通信機株式会社製です。携帯電話などの発達により、2000年にその役目を終え、2016年には栃木県指定有形文化財となったそうです。昔使われていたダイアル式の電話機ですね。こちらは。昔の電話機ですね。1876年、ベルが発明した電話器は1877年に日本へ輸入され、1886年に民間で最初の電話機として足尾銅山の坑内外で使用され始めたそうです。相手先の電話番号を伝えると、電話の交換手が相手側の番号につながるジャックにプラグを差し込んで通話ができる。手動の電話交換機です。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その3) 古河掛水倶楽部
Oct 13, 2024
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わたらせ渓谷鐡道の間藤駅から歩き出しました。「鉄道」と表記すると金を失うと書くので、「鐡道」と表記しているのでしょうね。この車両、「わ89-200形気動車」です。銅山にちなんだ赤い色に塗装されているんですね。また、車体にはカモシカのマークが描かれていました。間藤駅から正面に見える山です。名前はわかりませんが、この山の地下に鉱山が彫られていたんでしょうね(→→→こちら)。駅の近くにあった渡良瀬取水塔(→→→こちら)です。足尾銅山の閉山に伴う旧足尾町の振興策として、建設された足尾発電所のための取水施設です。発電所の建設で、電源三法による交付金、市町村交付金により、旧足尾町の財政改善に寄与したのでしょうね。こちらの橋梁は、わたらせ渓谷鐡道第一松木川橋梁(→→→こちら)です。登録有形文化財と土木学会選奨土木遺産に認定されている貴重な構造物だそうです。さすがに鉄道橋を歩くわけにはいかないので、隣にかかる人道橋で川を渡ります。こちらの橋もかなり年季の入ったトラス橋ですね。橋の下を流れる松木川です。一般的に日光市足尾地区渡良瀬にある神子内川との合流部から下流が渡良瀬川であり、これより上流は松木川(と呼び分けられているのですが、国土交通省の定義では、足尾ダムから神子内川までの合流部分も含めて渡良瀬川と定めているので、法律的には渡良瀬川と呼ばないといけないですね。足尾駅に向かって、わたらせ渓谷鐡道の線路沿いの道を歩いて行きます。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その2) 第一松木川橋梁
Oct 12, 2024
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9月15日、JR東日本の「駅からハイキング~産業遺産と環境の町 足尾~」に参加するため、浅草駅から足尾銅山に向かいました。東武鉄道を利用して、東武日光へやって来ました。足尾銅山といえば、桐生からわたらせ渓谷鉄道(旧国鉄足尾線)を利用していくのが、一般的なルートではないかと思われるでしょうが、実は足尾銅山は、栃木県上都賀郡足尾町(現在の日光市足尾地区)にあったのです。ということで東武日光へやって来たのです。山小屋をイメージした三角屋根の駅舎が特徴的な東武日光駅です。連休ということもあって、駅前には大勢の観光客。ここから、この路面電車に乗って、というわけでなく、これは、保存展示されている、かつて日光軌道線で使用された100形路面電車です。日光軌道線とは、日光駅前から馬返までを結んでいた、東武鉄道運営の路面電車です。日光東照宮、輪王寺、二荒山神社等の観光地への旅客輸送や古河精銅所からの貨物輸送に活躍していましたが、モーターリゼションの影響で昭和43年(1968年)に廃止されました。ということで、足尾銅山に向かうのは、日光市営バスの足尾JR日光線を利用して、足尾に向かいます。このバス路線、テレビ東京の路線バスの旅などでもよく利用されているので、知っている人も多いかも。JR日光駅と足尾を結んで一日6往復が運行されています。結構、乗客が乗り込んでいますが、乗客のほとんどの人が駅からハイキングの参加者の方でした。日光東照宮の前を流れる大谷川に架かる神橋(→→→こちら)です。日光東照宮までは、渋滞していましたが、そこを過ぎると、快調なバス旅が、・・・と思っていたら。国道122号の日足トンネルを過ぎたところで、突然バスが止まってしまいました。理由は道を塞ぐように横転していたトラック。消防車やパトカーがやってきて事故処理を始めましたが、この状態だといつ通行できるようになるか、わからないという警察官の話でした。こういう時って、バスの乗客同士でなにか軽い連帯感ができて、みんなで話し合った結果、駅からハイキングの受付時間もあるので、受付場所の間藤駅まで、約9キロの道を歩いていっても、多分歩けば2時間くらいで到着して、受付時間に間に合うだろうということで、みんなバスを降りて歩いて向かうことになりました。駅からハイキング、思わず駅までハイキングに変わりましたが、とにかくみんな歩き出しました。この時、熊よけの鈴を持ってくればよかった後悔しながら、山あいの国道を歩きました。しかし、1時間も歩かないうちに、トラックが移動できたようで、車が走り始めました。そうすると、バスもやってきて、歩いている人達を途中で拾ってくれて、バスに乗ると、あっという間にわたらせ渓谷鉄道の終着駅で、駅からハイキングの参加受付場所の間藤駅に到着しました。受付を終えると、記念品にクマよけの鈴をいただきました。間藤駅の説明板です。本当は、ここから歩くのですが、これに乗って帰ろうかとも思いましたが、日光市観光協会キャラクターの日光仮面にも励まされて、ここから足尾銅山に向かって歩き始めることにしました。(足尾銅山を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ北関東の旅 足尾銅山へ行く(その1) 足尾銅山は日光市にあります
Oct 11, 2024
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最近はカスハラというのが問題となっているそうですね。先日も東京都で全国初のカスハラ防止条例が成立して来年4月から施行されることなったそうです(→→→こちら)。カスハラとはカスタマーハラスメント(Customer harassment)の略語で、暴行・脅迫・暴言・不当な要求といった、顧客(消費者・企業間取引問わず)による理不尽で著しい迷惑行為のことだそうです。もちろん、暴力や脅迫などの行為をMoMo太郎自身がしたことはないですが、「バカヤロー」くらいは言たくなることがありました。【笑う女性店員さん】スマホを買い替えようと思って、店に行った時です。店員さんから「どのような機種がよろしいですか」と聞かれたので、「できるだけ安いもので」と答えたら、店員さんが「ハッハッ」と大きな声で笑った。思わす、店員さんに「そこ笑う所ですか」と強い口調で言ってしまった。【言い訳する女性店員さん】コンビニでおにぎりを1個買って、まあ200円も出せば足りるだろうと思って、百円玉二枚を出したら、店員さんから、「足りません、552円です」と言われた。「なんで、おにぎり一個でそんなするんだ」と言うと、店員さん「えっ」と言ってしばらくレジを操作して、「138円です。さっきのお客さんの入力を消し忘れてました忘れてました」と謝りもせず金額を言ったので、「言い訳するより謝るのがさきじゃないのか」と店員さんに言った。【約束を守らない銀行員】それほどお金に余裕があるわけでもないMoMo太郎ですが、ちょっと世間の流行りに押されてNISA(→→→こちら)というものをやっていたのですが、その件で聞きたいことがあって投資信託をしている銀行に電話で問い合わせをした。ちなみに、その銀行が勧めてくれた投資信託は元本割れのまま、5年経っています。最初、応対してくれた女性の行員さん、「調べて折り返して電話します」と言ったので、2時間くらい待っていたが、電話はなかった。それで改めて電話すると。別の男性行員さんが対応してくれて、「さっき尋ねたが折り返し電話すると言ってましたが、2時間たってもなかったので」と言った。またその人も「折り返して電話します」と言ったので「何年くらい待てばいいですか」と聞いた。「いえ10分お待ちください」「じゃあ、ちゃんと電話ください、お名前は」と言った。行員は「ナカヤマと言います」「それじゃあ、10分待っています」一応、10分後電話が掛かってきた。なんとなく、対応が悪い行員がいるので、その銀行との取引は辞めました。そんなわけで、カスハラの種を播いている人もいるんだと思う。人気ブログランキングカスハラあってもしょうがないなと思う時
Oct 10, 2024
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國學院高校の向かい側には明治神宮野球場があります。大正15年(1926年)に開場以来、東京六大学野球や東都大学野球1部リーグの試合が開催されるほか、高校野球都大会など主要な野球大会の会場となり、また東京ヤクルトスワローズの本拠地でもあります。野球と言えば、今シーズンは、ほとんど毎日、メジャー・リーグのロスサンゼルス・ドジャーズ(Los Angeles Dodgers)の大谷翔平選手の活躍が報道されていましたね。そのニュースを写るユニフォームの"Dodgers"の文字を見て、思ったのは、"Dodge"する人というのが、Dodgersの由来とすれば、本当はドジャーズって、ドッジボール(Dodgeball)をする球団で、むかし、アメリカではドッジボールの人気が高く、ドッジボールをするチームとして発足したところ、そのドッジボール人気が無くなって、野球をするようになったのではないかと想像してしまいました。そしてドッジボール、ワールドカップも開催されている(→→→こちら)、ちゃんとしたスポーツらしいです。そのうち、オリンピックに採用されるかな?そして、こちらは明治神宮外苑スケートリンク(→→→こちら)です。60m×30mの広さのスケートリンクがあり、世界大会も開催できるスケートリンクがあり、フィギュアスケートのレッスンなども受けられるそうです。そして、こちらの歩行者専用の跨線橋兼跨道橋を渡ります。向うに見える建物は慶応大学附属病院です。まず、跨道橋の部分です。下は首都高速4号新宿線です。次はJR中央線を渡る跨線橋の部分になります。そして、この橋の名称は無名橋というみたいです。橋の名称そのものが「無名」なのか、それとも橋の名称が無いということなのか、ちょっと不思議な感じです。そして、こちらのJR信濃町にやって来ました。参加している「駅からハイキング~開業120周年の駅から鉄道発祥の地へ仲秋のお散歩コース~」の予定では、ここから神宮外苑のいちょえ並木を抜け、乃木坂、六本木と進んで愛宕神社を抜けて、鉄道発祥の地、新橋へ行くのですが、暦の上では仲秋なのかもしれのませんが、残暑が厳しかった9月14日。余りの暑さで、疲れ果ててしまい、軽い熱中症ではないかと思い、信濃町駅の駅ビルのアトレ信濃町に入って、しばらく休んでいましたが、続きは後日、秋らしい気候になった時に歩くことにして、結局ここでリタイアして、家に帰りました。(千駄ヶ谷のお散歩コース)【了】人気ブログランキング千駄ヶ谷を散歩(その7) 明治神宮野球場と無名橋
Oct 9, 2024
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国立競技場の南側に隣接して整備された都立明治公園((→→→こちら)です。100年の杜を目指して約650本の樹木が植えられた「誇りの杜」のほか3つの広場や店舗があります。こちらの芝生の広場は「希望の広場」というそうです。この日は、「希望の広場」でイベントがあるようで、ステージが設置され撮影スタッフいたので、有名人がやってくるイベントがあったようです。都立明治公園の東隣には、JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE(ジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエア)という日本スポーツ協会 (JSPO)・日本オリンピック委員会 (JOC) の本部ビルがあり。オリンピックの五輪マークが設置されています。そして、JAPAN SPORT OLYMPIC SQUAREの1・2階には、日本オリンピック委員会が運営する日本のオリンピック専門の博物館、日本オリンピック・ミュージアム(→→→こちら)があります。さらに南の青山通りの方に向かって行くと、國學院高等学校(→→→こちら)があります。卒業生には「月面宙返り(ムーンサルト)」を編み出した体操の塚原光男氏(→→→こちら)、度重なる違法薬物使用逮捕で有名な女子体操の岡崎聡子氏(→→→こちら)をはじめ、さだまさし氏、十三代目 市川 團十郎 白猿の亡くなった夫人の小林麻央氏などの多彩な人材がおられます。(千駄ヶ谷のお散歩コース)【つづく】人気ブログランキング千駄ヶ谷を散歩(その6) 都立明治公園と日本オリンピック・ミュージアム
Oct 8, 2024
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東京体育館のの中を抜けていくと、見えてきました。国立競技場(→→→こちら)2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場として使われることを念頭に、オリンピックスタジアム(英: Olympic Stadium)の名称で、国立霞ヶ丘競技場陸上競技場(旧・国立競技場)を建て替えて建設された競技場ですね。外苑門と呼んでいる。南側の入り公地付近にある「国立競技場」の看板。こうやって正面から見るよりも。ちょっと斜めから見た方が、文字がハッキリみえるような気がします。その近くにある、アスリートの銅像、やり投げ、短距離走、走り幅跳びの様子ですね。やり投げといえば、陸上女子フィールド種目における日本人唯一のメダル獲得者の北口榛花さん(→→→こちら)。あの、寝そべって、カステラを食べている姿を、MoMo太郎の祖母が見たら。「なんとお行儀が悪い」と言って、お尻ペンぺンされるところですね。(千駄ヶ谷のお散歩コース)【つづく】人気ブログランキング千駄ヶ谷を散歩(その5) 国立競技場
Oct 7, 2024
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鳩森八幡神社から再び千駄ヶ谷駅の方に戻ってくると、新しいビルがありました。こちらが、新しく出来た将棋会館(→→→こちら)なんですね。この会館から、藤井聡太九段を越えるような逸材が育っていくのでしょうかね。そして、この新将棋会館の向かいにあるのが、東京体育館(→→→こちら)です。こちらのメインアリーナの他、プールや陸上競技場も併設され、各種のスポーツ大会が開催されています。訪れた9月14日も大会が開催されているようで、広場でウォームアップしている少女たちがいました。新体操の大会が開催されていたんですね。(千駄ヶ谷のお散歩コース)【つづく】人気ブログランキング千駄ヶ谷を散歩(その4) 新将棋会館と東京体育館
Oct 6, 2024
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将棋会館の近くにある鳩森八幡神社(はとのもりはちまんじんじゃ)(→→→こちら)です。何度かMoMo太郎のブログでも紹介させてもらってます。 2016年08月09日 山の日関連企画、富士登山(その1)(→→→こちら) 2019年01月04日 お正月は冨士登山?(→→→こちら) 2021年02月10日 東京横断(その12) 千駄ヶ谷の富士塚(→→→こちら)があります。折角、来たのでお参りさせていだだきます。この神社を「鳩森」というのは、神社のホームページの「鳩森八幡神社縁起」によると、大昔、この場所の林の深くに瑞ずい雲うん(めでたいことの前兆ぜんちょうとして現れる雲)がたびたび現れていました。ある日,青空から雲がおりてきたので、不思議に思った村民が林の中に入ると、突然たくさんの白い鳩が西に向かって飛び去っていきました。この霊れい瑞ずい(不思議でめでたい現象)から、神様の宿る小さな祠ほこらを建て,鳩森「はとのもり」と名付けましたということのようです。そして、鳩森八幡神社では、こちらの、東京都の有形民俗文化財に指定されている「千駄ヶ谷の富士塚」(→→→こちら)です。寛政元年(1789年)築造とされる富士塚だそうです。こちらが正面登山口からみた富士塚の全景です。また、毎年例年9月第2土曜日と日曜日の2日間は神社の例大祭となっていて、MoMo太郎が訪れた9月14日は、丁度、例大祭の日でした。 露店なんかも準備されているようで、賑やかなお祭りのようですね。(千駄ヶ谷のお散歩コース)【つづく】人気ブログランキング千駄ヶ谷を散歩(その3) 鳩森八幡神社
Oct 5, 2024
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今回の投稿で7001件目となりました、気分一新、これからもこの拙いブログ続けていきますので、お付き合いくださいますよう。よろしくお願いします。住宅街の中を歩いて行くと、マンションではない建物がありました。有名な出版社の幻冬舎(→→→こちら)があるんですね。こちらの建物も、幻冬舎ですね。ビルをたくさん持っているって、かなり儲かっているんでしょうね。ちなみに、MoMo太郎の作品を出版する予定はないそうです。幻冬舎のところを左折して、歩いて行くと庚申塚のお社がありました。千駄ヶ谷の街、古くから歴史のある街だったんでしょうね。そして、この庚申塚の近くにこちらの建物があります。日本将棋連盟の本部のある将棋の総本山、「将棋会館」(→→→こちら)です。最近、新しい将棋会館(→→→こちら)ができたそうなので、こちらもいずれは別の施設になるんでしょうね。(千駄ヶ谷のお散歩コース)【つづく】人気ブログランキング千駄ヶ谷を散歩(その2) 幻冬舎と将棋会館
Oct 4, 2024
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まだ半袖の夏服で登校している学生さんも多い東京です。夏の余韻長く続きますね。さて、9月14日の土曜日、JR東日本「駅からハイキング」~開業120周年の駅から鉄道発祥の地へ 仲秋のお散歩コース~に参加してきました。出発点の千駄ヶ谷駅には、王将の駒モニュメントや羽生善治九段の揮毫による駅名の書などを展示しています。9月というのに、まだまだ暑い9月中旬、千駄ヶ谷駅を出発しました。駅前には、津田塾大学(→→→こちら)があります。津田塾大学と言えば、この津田梅子氏(→→→こちら)によって創設された私立女子大学です。慶応の創設者福沢諭吉は1万円札に採用されましたが、津田梅子は5千円札。「なんだかな~」と思ってしまいました。そして、こちらに立ち寄りました。国立能楽堂(→→→こちら)です。国立能楽堂は、能楽(能・狂言)を主に上演する劇場で、昭和58年(1983年)に竣工した施設で、能楽の一般公開や後進の育成に称されています。また、能面や装束など能楽に関する資料の展示も行われています。能楽は舞台形式が特殊であるため、こういう専用の施設が必要だったんですね。(千駄ヶ谷のお散歩コース)【つづく】人気ブログランキング千駄ヶ谷を散歩(その1) 津田塾大学と国立能楽堂
Oct 3, 2024
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新宿周辺を彷徨(さまよ)った記録を時々書いている「新宿彷徨」です。角筈を巡って、新宿を彷徨っている時に、東京都庁庁舎の南側に位置する新宿ワシントンホテルの横にあった、目を引く「韋駄天尊」と赤地に白抜きのぼりがありました。こちらの堂宇に韋駄天尊が祀られているようです。その隣には、この韋駄天さまをに向かってお祈りしている銅像がありました。韋駄天といえば、仏教の守護神ですね。そして、釈尊入滅の直後、捷疾鬼(しっそくき)という鬼が、お釈迦様の舎利を奪って逃走したところ、足の速い韋駄天がすぐに追いかけて取り戻したという走りの神様。こちらの新宿韋駄天尊(→→→こちら)の由緒が書かれていました。それによると、元は上州館林の城主、秋元但馬守礼朝の守護神として、江戸時代は浅草に祭祀されていたものが。明治4年に入ってから同家の下屋敷があった新宿角筈の地へ遷座され、広く地元の信仰を集めていましたが、大東亜戦争の空襲により焼失破壊されました。そして、戦後の混乱も漸く治まりつつあった昭和30年頃になって地元に復興の機運が高まり復元されたそうです。堂宇の中にあった板碑です。もとは立像だった韋駄天尊でしたが、戦災で破壊されていたため、仏画の大家宮原柳僊画伯の揮毫により名工草野氏が仙台石に彫刻した板碑として復元されたそうです。ちなみに、立像だった韋駄天様の破片は石蔵に収められて、このお堂の下に安置されているそうです。さて、こちらの銅像は、この堂宇の再建に尽力された野村専太郎(→→→こちら)ご夫妻のものです。実業家であり、政治家でもあった野村専太郎ご夫妻の物心両面に亘る健康と長寿は神等の御加護によるものと御神徳に対し報恩感謝の誠を捧げたいとの思いも込められています。銅像の台座にあった案内文です。韋駄天尊の御本尊は江戸中期の作とされ、明治、大正、昭和にわたり野村家が当地区の皆様とともに御守役を務めてまいりました。 このたび都庁舎移転先が西新宿に決定されたのにともない、政治、経済、交通の中心としての新都心及び関係各位の将来を永劫にご守護賜るべく ここにご尊殿を新築申し上げ、併せて精神的憩いの場ともなり ますように、健康と長寿に恵まれている野村専太郎夫妻が衷心より韋駄天尊に対し 感謝と奉仕を捧げる姿をご奉納申し上げる次第であります。昭和六一年十一月二十一日建立 藤田観光株式会社社長 田中雄平 野村 建野村専太郎経歴勲三等瑞宝章衆議院議員(東京第一区選出)小田急建設株式会社社長藤田観光株式会社顧問明治神宮責任総代 制作 雨宮 淳そういえば、ここには2019年8月頃にも訪れたことを思い出しました(→→→こちら)。人気ブログランキング新宿彷徨(その25) 新宿韋駄天尊
Oct 2, 2024
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親子連れで、電車に乗っていると、子供が寝てしまうことってありますよね。この間もそんな親子連れを見ていると、お父さんが眠りこんだ小さな娘さんをお姫様抱っこして電車を降りていきました。あの娘さん、いずれはお父さんにお姫様抱っこされるのを嫌がり、そして、いずれは別の男性にお姫様抱っこされるんでしょうかね。【地下鉄の駅名にちなんだニックネーム】ボーイフレンドと別れても、すぐ別のボーイフレンドが見つかる人を「赤坂見附」さんというらしいですね。東京メトロの赤坂見附駅は、銀座線と丸の内線のホームが向かい合わせで、乗り換えが素早くできるからそう呼ぶんだとか。そして、別れてから、なかなか次のお相手が見つからない人は、「永田町」さんですかね。赤坂見附から有楽町線の永田駅への乗り換えは。結構歩きますからね。別れてから、次の相手を見つけるまでに、色々と迷う人は「大手町」さんでしょうか? 地下鉄の大手町駅には、丸の内線、東西線、千代田線、半蔵門線、そして都営三田線と5路線が乗り入れているので、次に乗る路線を探すのに時間がかかりそうですから。【新橋トラップ】先日、横浜市の根岸線沿線に住む友達と、新橋で待ち合わせをした。彼は約束の時間より遅れてやってきた。「ごめん、新橋トラップに引っ掛かって、東京駅で山手線に乗り換えてきた」と言って謝まっいた。彼によると新橋トラップとは、昼間の時間帯は、京浜東北線が田端~浜松町間は快速運転となって、途中の西日暮里・日暮里・鶯谷・御徒町・有楽町・新橋に停車しないのに、それに気づかず、新橋の手前の浜松町駅で山手線に乗り換えるのを忘れることだと言うことのようだ。ちなみに、御徒町駅は平日は通過、土休日は停車となるので。トラップ(罠)は巧妙になっているので、注意が必要になります。【おじいさんの大声問題】電車の中で、どの駅で乗り換えて行くと早く渋谷まで行けるのかを大きな声で話している声が聞こえたので、その声の主を見ると、かなりの年配の男性でした。また、秋田へ出張で新幹線に乗っているとき、隣に座席を向かい合わせにした年配の男女2名ずつのグループで旅行している人達と乗り合わせた。そのグループの中の一人の男性が、乗り込んできた大宮から盛岡まで、ずっと通販で購入した物や。最近はどこへ旅行したかなど、ずっと大きな声で話していた。人間、年を取ると耳が聞こえづらくなるのか、大声でしゃべる傾向になるようですね。列車の中、眠りたい人や読書している人がいるので、できるだけ静かにしてもらいたいものです。特に出張なんかの時は、普段より早起きしたりしているので、どちらかといえば眠っておきたいので、なんとなく迷惑に感じる時があります。人気ブログランキング通勤沿線 気になるあの人(その8)
Oct 1, 2024
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