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児島高徳(こじまたかのり) 作曲者 岡野貞一 (文部省唱歌) 船坂山(ふなさかやま)や 杉坂(すぎさか)と 御(み)あと慕(した)いて 院(いん)の庄(しょう) 微衷(びちゅう)をいかで聞こえんと 桜の幹(みき)に十字の詩 「天(てん) 勾践(こうせん)を 空(むな)しゅうする莫(なか)れ 時(とき) 氾蠡(はんれい) 無(な)きにしも非(あら)ず」 山陰へ旅をした友と出会って、何かの拍子になつかしい小学校唱歌が口をついて出ました。 太平記による話に感動しているのではない、中国春秋の古事に基づいてつくられた十字の詩が、いまになっても心に残っているからでありましょう。何故忘れないのだろう、きっと曲がよかったんだよと結論?したのですが。 今日の一首 「千一夜姫の語りし物語よみふけるうち夜ぞくだちける」 西田幾多郎(大正13年)
2007.05.31
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昔の人が出来たことが、どうして今の人は出来ないのかしら。わたしもそろそろ昔の人になってきて、ふと、思ってしまうこのごろです。 わたしが生まれた家には、たとえば、冷暖房なんてありませんでした。しかしそこには夏には夏の、冬には冬の具合のよい暮らし方がありました。 「高消費文明はゆるすべきではない。何故なら、エネルギー消費は人間の質を落とすからである。」と言い切った文章を読みました。昔の人に出来たことが、どうして今の人に出来ないのでしょう。「何時の時代でも、根本はモノではなく人間である」とさらにその文章は語っています。さらに「人はやすきにつく」とも。 なんとなく、わたしは昔の人の最後の人のような気がします。恐ろしいことが起こらねばよろしゅうございますが。 今日の一首 「手に手とりふと他を思ふ束の間に一人死ぬべき末期(まつご)を怖る」 石川啄木(23歳)
2007.05.30
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アンナプルナでの23日間のトレッキングのため、カトマンズへ明日、夫とともにヴェトナムを発つ孫娘。トレッキングを終えると、すぐ夫の母国カナダへ、9月からは赴任先のアメリカ、オクラホマへ。メイルを頼りに地図をたどるわたしではあります。 歌会の場を同じくする若い女性の一人は、ようやく報告できますと題して、京大博士(農学)となった由の知らせをもたらしました。 動きます、大きくに。 どちらのメイルも今日のことでありました。 青葉が薫ります。 今日の一首 「君まちてみんとおもひし夕がほの花のかきねにこさめふりきぬ」 柳田国男(明治24年10月)
2007.05.29
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今日一つの歌会で興味を惹かれる作品に出会いました。 「なぜそこへ?ここを離れて・・・」注がれる眼に秒針は心音となり 感じた興味とは、ここには直接の姿が見えないからでした。当然作者は作者としての実像(自分の動き或いは理由)をここに持ちえていることはわかります。しかしながら評者には直ちにそれのみに迫ることは危険です。実像は得ても、失うものは大きいはず。迫るべきは作者の心理の動きにこそでありましょう。形作って魂なき作品には迫るべき魂が、心の動きがありません。しかしながら、この作品には、実像は第2義としての、その心の動きがありました。興味を惹かれた所以です。同種の作品で実像は後ほど作者から聞けばよいとわたしは思います。聞かなかったらよかったという場合にも出会います。この作品は聞いてもそれほどに差はなかったといえます。わたしはうれしく思いました。いまひとつ言えることは評者と作者の性格、好みの距離加減にもよりましょうが。一つの作品批評の実態における感想でありました。 今日の一首 「てのひらの手相の野よりひっそりと盲目の鴨ら群立つ日あり」 寺山修司『田園に死す』
2007.05.28
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氷室へ連れて行っていただきました。自動車でいきました。鷹ヶ峰あたりまでは母の眠る寺もあり、馴染み深くしていましたが、そこから、そんなに遠くはないとはいえ、氷室へいくことは長年の念願でありました。 氷室とは今では地名になっていますが、昔、氷室は冬の氷を夏まで保って、天皇以下侍従たちが口にするための室(むろ)でありました。 氷室の集落のあたりは静かでした。なんとなしによそ者がはいるのが怖いとすら思えるところでした。でも、ふと、やさしい女の方に出会って、室の跡地のありかを知ることが出来ました。辿り着いたところには窪みが二ヶ所ありました。あたりは穏やかな山裾、田や野菜畑に囲まれて静まり返っていました。市中から自動車で40分かからないのに、こうした静さが保たれていることに、ほっとした気持ちになりました。この静もりよいつまでもと祈る気持ちでいっぱいでありました。 今日の一首 「あはれあはれ恋ふる心に沁みとほり山川ぞ見し君がなさけに」 斎藤茂吉『つゆじも』 *掲載の写真の白いものは、フラミンゴです。
2007.05.27
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わたしたちの短歌の会6月歌会案内が今日、出ました。 自分の仕事の合間を縫って、毎月遅れなく案内書きの編集、印刷をしてくださる当番の方、ありがとうございます。5月も終わり、夏号の会誌の編集も迫っております。皆様の協力で、またひとつの塔を建てねばなりません。年間2回夏と冬で今回の夏号は48号になります。 静ながら熱い歩みがこの先も続きますことを。お互いを大切に、自分の世界が創れる会でありたいと願っています。 今日の一首 「さくら窓(ど)の夜の灯に泣きぬれてとををとををに抱かれける子を」 島木赤彦(短歌拾遺)
2007.05.26
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午後、雨がよく降りました。気に入りの傘と思っていましたが、少し漏ります、きつく降ると。傘はやはり漏ってはだめですね、いかにお気に入りでも。 出町のカフェに行きました。少し濡れて。 いつものようにカレーと、コーヒーフロートをいただきました。アイスクリームの浮かんだアイスコーヒーを、コーヒーフロートというんだそうで。 いいピアノの曲が鳴っていました。ランディ・ウエストンという人が弾いているんだそうです。椅子をやや後ろにひいて外を眺めました。樹の下にあってビニールをかぶせられている床机が見えました。ビニールはあまり好きではありませんが、そのビニールが受ける雨が、決して吸い込まれないで、溜まるような、そして流れてこぼれてゆくようなそんな様子を今日はいい気持ちで見ていました。いいピアノの曲が鳴っていました。 今日の一首 「彼はたれかカナカナといふそのこゑを亡き数のなかに入れてかぞへよ」 森岡貞香『百乳文』
2007.05.25
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有頂天とは、存在の領域の最上の天であるそうです。 ある一瞬でいい、そうなってもいいでしょう。わたしはそうなるんです。それは、わたしなりのすることを仕上げて、その清書をするときです。特別の人でなければ特別のものはできません。わたしとして生まれて、わたしだけのことをして、わたしは、有頂天になります。今日はそんな日でした。それから好物、餃子を食べました。有頂天です。 今日の一首 「うかれきて花野の露にねぶるなりこはたが夢のこてふなるらん」 大田垣蓮月
2007.05.24
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予定どおりことが運ぶということは言葉にはいいますが、まづありません。それは努力によってそのように至らしめるのであるということが、このごろようやくにわかってきました。なんと人生の土壇場になってからであります。 でもよかった、いまは、その爽快感にどっぷり浸っています。思えば神も仏もありません。自力、そう考えるときに神も仏も現れる!!のでした。ありがとうございます。予定通り本日はすべて終了、おやすみなさいませ。 今日の一首 「火祭りの輪を抜けきたる青年は霊を吐きしか死顔をもてり」 春日井 建 『未青年』
2007.05.23
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隔月のエッセイの仕事を今夜、明日の時間に書き終えなければなりません。嫌いなことではありませんから、いまからがんばります。 のんきなことをいっていられませんが、今日の夜空はややくもり、月と金星は大分に離れてしまいました。そんな空の下の屋根の下でいまから、想像、創造たくましくわたしの文章を書きます。 お昼は書斎の大整理をしましたので、居心地がよろしい。なんだか更(さら)のところにいるようで心地がよろしい。ところでさらという字は新とも書きます。いま辞書をひいて調べました。方言かと思っていましたから。これも今日の拾いものでした。ものしりには当たり前でしょうが、わたしなんかには毎日があたらしいよろこびなんです。 今日の一首 「わが山の霞のおくにわけ入ればあさる雉(きぎす)も山鳥も鳴く」 一乗寺の里に住みける頃。与謝野礼厳
2007.05.22
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眠っている間に日付がかわってしまいました。というと、昨夜のことでした。 比叡山の麓の真向かい、城山の右手の空に、月と金星の接近が見事にうつくしいことでした。市バス停留場にむいて東に歩をすすめながら、幾度もふりむく、そしてそのまま立ち止まります。バスに遅れることに気を急かれて、ようやく停留場に。そこからはバスを待ちつつ真西の空を眺めっぱなし。 バスに乗るとお客はわたし一人、右手すなわち西側の窓にもたれて夢のよう。城山を離れると空はひろがります。そのまま白川通を右折してわが家近くに下車するまで、目をみひらいて、頭の中へその光景を浸透させました。 寝室へあがるとまた窓から。 ふと思いました。わたしは文章をできるだけ難しげに書かないようにしています。そういうことは嫌いです。そんなことは言い訳で、ほんとは物知りではないのでしょう。しかしながら、わたしは物知りの文章は好きではありません。 今日の一首 「うつし世の闇にむかっておおけなく山崎方代と呼んでみにけり」 山崎方代
2007.05.21
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今日は何がなし先祖の写真入れになっている古箪笥、祖母の嫁入り箪笥を、開け閉めして、昔の写真を探す日となりました。 まず先日死んだわたしの異母弟の幼いときの写真を一枚、その残されたお嫁さんに上げたいために探しました。出生地モンゴルで木馬にまたがった写真、寺町の鳩居堂で買っておいた特上のお線香といっしょに包んで送りました。こんな日が来るとは人生はわかりません。 いまひとつは、母の女学校の卒業写真です。これは大正11年のこと、カトリック教会経営の学校のため、先生であった修道女の方々ともごいっしょです。短歌のお友達でカトリックの方があって、その方との会話の都合でお見することになっつたものです。わたしは母によく似ているそうです。そういわれると嬉しくなりました。 今日の一首 「呪へども消えぬ思の憎さより心にかけて忘れ得ぬ人」 柳原白蓮 『踏絵』より
2007.05.19
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掃いても掃いても柿の花がこぼれます。淡黄色のころころした花は、今年の柿の豊作を示唆するようにこぼれます。でも渋ですから、どうしょうもないのですけれど。ひと秋のことでしたが、吊るし柿をつくってみたこともありましたけれど、たいへん、ころころ小さいので。 にぎやかな、横着なヒヨドリが、頭の毛をさかだててやってくる光景が今から見えます。 小さい庭ですけれど、今の世は今の世の自然を見せてくれるようです。 常緑の枇杷の葉っぱがこぼれるのもこの季節です。硬くて大きくて、掃きにくい葉っぱです。枇杷の花が咲くのは12月、花と気付く人は少ないようですが。 今日の一首 「磯ゆけば浪きてわれの靴跡を消せりわれはた君忘れゆく」 石川啄木 (明治36年、18歳)
2007.05.18
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またしても、早川洋子遺歌集『蝋梅』を見ています。 深く悩むことがあると開く書です。また、夫でいらっしゃる幾忠さんの言葉を記します。それはわたしのいまに、呪文のように響くからです。「洋子はなまじひに、歌壇知り、学校知り、世間知りの類で、心を汚さないことがよかった。」と。今日の一首「夫の使ひ残せる墨で習ふいろはにほへと一(いち)二(にい)三(さん)四(し)」 早川洋子
2007.05.17
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昨日から探している書籍は出版社にはもうないという馴染みの本屋さんからの返事がいまあったばかりです。自分のものにならなくてもがっかりしてはいけません。図書館に問い合わせたところ、ありましたよ、バンザイ。また気を長くして古書で探す手も試みますけれども。ありがとう神様、やはり恩寵がまだいただけそうですね。今日はその記事だけのブログです。旅の疲れもとれました。 今日の一首 「手のひらを開きてみれば一面の菜の花畑鬼はいづくぞ」 喜多弘樹
2007.05.16
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一昨日、昨日と木曾へ自動車で出かけました。木曾ははじめての土地であります。 いまだ順序だてて物語ることはできません。飯田市の宿に到着、すぐに近くの「柳田國男館」に行ったのですが、ふとしたことから、館員の方のご協力もあり、國男の短歌に触れることができました。詳しくはいずれまた記すつもりです。一昨日のことでしたが、その機会を得たことを幸運に思います。 即時 なにとなく身にしむ風におどろけば尾花もなびく夕なりけり 柳田國男 (第一高等学校『校友会雑誌』明治26年10月、第30号) 今日の一首 「山鳥の道に出でゐて おどろかぬところを過ぎて、なほぞ かそけき」 折口 信夫
2007.05.15
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わたしの机の上に一枚の絵葉書があります。机の前に座ると、つい、手にとって眺めてしまいます。何度眺めても飽きないのです。それは韓国の若い女性の美しい後姿が描かれている絵葉書です。胸高な燃える焔の赤の長いスカートに梔子色のゆたかな上衣、腰までとどく長い黒髪を編んでたらしています。向うむきの横顔は頬のかそかなふくらみしか見えません。 この絵葉書は、先ごろ、韓国の楊洲(ヤンジュ)の照明博物館に自らの照明作品を出して好評を博した友達から送られてきたものです。 わたしが韓国の女性の服飾に関心があるのには、ささやかな、幼いときの思い出があります。祖父母は昔々、韓国や中国へ旅行しました。そのとき、韓国の子供達の服装があまりにかわいいので、孫への土産に買って帰ろうとしたのでしたが、そういった服装製品はその頃みな家庭で作るということでしたとか。よく覚えているものです。話を聞いて、きっと、そんな服を着てみたいと、おしゃまにも思ったのかもしれません。 今日の一首 「夫がゆきしフランスを思ふには天国よりも尚し遠くに恋ひ歎きしか」 北見志保子(昭和初年の作品)
2007.05.12
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JRに乗り北へ、1時間余の町の歌会、楽しいことでした。切実に生活を歌う友達にわたしもあつく燃えました。 田植えどき雪なきとしをどう凌ぐ天の恵みで米作らせて 竹の葉が朱(あか)いで出んなあ筍はもの知り顔で少年は言う 限界集落ととなりの村をことかろくテレビは語るさびしき春宵 自分の言葉でかけがえのない自分を歌おう、いつからかそのような暗黙の約束も交わされてます。ところで今日、わたしはそんな中で知らない言葉に出会いました。 それは「限界集落」。交通も不便で山深くにある村落を指すといいます。この国に生まれて人里離れた山里のそうした住まいの尊さ、自然の美しさに憧れさえ抱いて来たわたしは驚きました。 その言葉はいま行政の人たちの中でささやかれているらしく、その歌の作者は「終末部落や言われているみたいで」と悲しんでいました。まこと「さびしき春宵」と結ぶその心が痛いほどにわかります。 一首目「米作らせて」は気候不自然の現在の願望の意。作者の田は山から下ってくる水だけで田をつくるといいます。筍の歌は大人の言う言葉を真似る少年のはなし。 今日の一首 「ほととぎす初声きけば あぢきなく ぬしさだまらぬ恋せらるはた」 古今和歌集巻三 そせい
2007.05.11
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近所に古本屋さんがあります。バス停の前だもので、ついつい数分の間に手が伸びます。 古本、そこには人情が通います。購入日、読了日、その日の天候などまで記入されているものがあり、しんみり見入ってしまいます。文中の朱線をたどるときもあります。 谷崎の『陰翳礼賛』を古本で見たときでした。文楽の芝居について「人形使いが自分達の手を内部に入れて動きを示せば足りるのであるが、私はこれが最も実際に近いのであって、昔の女というものは襟から上と袖口から先だけの存在であり、他は悉く闇に隠れていたものだと思う。」といった処などは、つい見過ごす処であり、よい勉強をさせてもらいました。 今日の一首 「わがけふの耳朶の記憶にかすかなるマルセイエーズのうたのひとふし」 木俣 修
2007.05.10
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この時節、ちょっと遅いようだが、わたしの夏は今日から、しっかり暑さがわかりました。テレビで暑い暑いというのに、なんだか反撥していたようです。服装もさっぱり整えました。半袖が気持ちよいですね。つい、パラソルを持って出なかったことも後悔。改めて夏です。 玄関の籐筵だけ用意しました。季節感覚がむつかしくなりましたが、とにかく夏のご挨拶です。 追伸、明治22年の今日アイスクリームというものがはじめて売り出されましたとか。 今日の一首 「いとどしく賤(しづ)の庵(いほり)のいぶせきに卯の花腐し五月雨ぞ降る」 藤原基俊(千載集)
2007.05.09
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わたしの机は6畳の間をへだてて、表庭に向けてを据えています。ふと見ましたら、灯篭につくばいの水影が映っていました。またいま、ほんの一瞬、PCのキイに目を伏せていましたら、その水の光りが見えなくなりました。ここからは見えない、空の雲のゆききがあったのでしょう。襖も畳も古いものですが棲めば都の大切なわが家です。能登、輪島の先般の地震の被災者のお気持ちがわかります。 今日掲載の写真はアフリカの写真でこれ一枚のもの、電線が見えています。ナイロビ飛行場から数キロの地点、ここをはずれるともう見られない光景です。 今日の一首 「午前五時まづ鳴きそむるは何鳥ぞ四十六億年過ぎたる地球の朝(あした)」 遠山利子
2007.05.08
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フランス大統領はサルコビさん、どなたにスズランをあげようかな。 このごろ昼の間にブログを書くことになりました。これもわたしの、自分に対する自然流、その根源を考えてみる必要はありましょうが、また、ゆっくりと。さしづめ、今日は昨日の原稿の清書をしましょ。清書は、きよがき、下書きをきちんと書き改めること。わたしはこの作業が大好きです。勿論、筆書きでもPCでもおんなじ。結局はこの準備のために悪戦苦闘する毎日ではあります。ときおり、ほっと上手でも下手でも清書させてもらえることが救い、そうでないと、良いも悪いも煉獄の日々、締め切りはありがたいことであります。 今日の一首 「踏切りを貨車すぐるとき憂ひなくながき響きをわれは聞きゐし」 『帰潮』佐藤佐太郎
2007.05.07
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今日はフランス大統領の決戦投票だといいます。フランスでは大切な人にスズランの花をプレゼントするそうです。ロワイヤルさんは4人のお子さん持ちですとか。遠いお国のことですけれど、気になることです。 わたしの今日は、他誌に出さねばならない短歌の原稿仕上げの予定日です。朝から雨が少しずつ降っており、何か、気持ちが落ち着きます。実は昨日、よく行く、知人の家の近くの家の猫、いつも門口にいて、わたしが近づくと、先に、ニャンと鳴いてくれる猫が、一人の少女に写生してもらっていて、すっかりその気になっているらしく、ニャンとも鳴いてくれなくて、さみしい思いをしてしまったのですが、口惜しいから、そのことも短歌にうたってやりました。話、わかるでしょうか。 今日の一首 「見ずや君地下に漲る大熱をせめてとすこし火を噴ける山」 『真珠貝』 中原綾子
2007.05.06
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30分ほど前に地震がありました。庭先の縁にいましたが、相当、びりびりとひびきました。どんとくるのもありますが、さっきはびりびりです。すぐにテレビをつけましたが何もいってくれません。あのびりびりはなんだったのだろう、読みかけの本をふたたび、手にとってはいるのですが。 本は「クリスタルミラー」と題する歌集、地震のあった直前、ポストに入っていた本。著者の添え文を読むと、わたしの大事な友人、阪神大震災で罹災、その後に亡くなったその友人の指導を受けた人であるらしい。わたしどもの短歌誌44号に記したささやかな追悼文を読み、このたび送本くださった由、ありがとう、そういうご縁が一番うれしいです。 今日の一首 「人知れずこの世を抜けるが<ダンディズム>風の便りは噂でしかない」 山口美加代
2007.05.05
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よい気候になりました。今朝は家中の障子、ふすま、硝子戸を開け放って、6畳の自室に座っています。少しひんやりともしますけれど、この心地よさが5月です。思えば一人娘、祖母育ちのわたしは、皮膚感覚的に我慢なしに育ちました。 そのための辛酸は存分に舐めましたが、またもや、嫌なところからは、何とか立ち上がる力もいただいていたようであります。今朝、家中を思う存分に開け放って、そのまんなかに座っておりますと、そのような己がよく見えます。 何も考えず、どうですかと誘われたアフリカ行きに、ほな、いきまひょかと返事してしまったわたし、あとの辛酸はいくばくかありましたが、行ってよかった、心のままに撮った写真も、15年たった今に、こうしてブログという不思議な場所に掲載させてもろうて、ありがとうございます。あんた、それで、一生いけたら幸せえと、人に言われながら、どうにか行けそうでもあります。 今日の一首 「布に汚点ある喫茶店などに入り来て蠅もわれらも掌を擦る午後は」 「スケルツォ」斎藤 史
2007.05.04
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わたしの子孫になる男の子の一人の名前は、漸(ぜん)といいます。「漸入佳境(ようやく佳境に入る)」という言葉があります。中国、晋の時代にコガイシという人が、サトウキビを食べるとき、いつも先から甘い根元の方へと食べたといいまます。それを不思議に思った人が訳をたずねたのに対して答えた言葉からの言葉であるそうです。 漸君のお父さんは漸君に、お父さんを「おとん」、お母さんを「おかん」と呼ばせるのだそうです。そんな、話をききながら、漸君の寝顔を眺めていますと、わたしは突然「戦争はしたらあかん」と激しくに思いました。こんな子を殺すような時代にしたらあかんのです。 今日の一首 「ひともとのかさつゑつきてあかきひにもえたつやどをのがれけるかも」 秋草道人(会津八一) 昭和20年アメリカ軍の焼夷弾に秋草道人の草蘆が灰燼に帰した時の詠。
2007.05.03
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遠い日の短歌の仲間から便りがきました。ああ元気であったのだと嬉しさがこみ上げます。はげしい言葉を交わすでもなくいつも温和に批評をする人でした。教職を退いてから、丹波に藁家をもとめて、こころゆたかに暮らしています。そこは、表日本と裏日本の分水嶺にあたるそうで、5月といえストーブをつけていると書いてよこします。 わたしのエッセイをみつけては読んで、たよりをくれます。昔と同じにおだやかな言葉使いです。手紙を読んでいると声が聞こえます。 あしたは、わたしも便りを書きましょう。 今日の一首 「野のひろさ吾をかこめり人の世の人なることのいまは悲しも」 片山広子
2007.05.02
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ベトナムで新婚の夫と暮らすその娘を訪ねて、わたしの娘夫婦が出かけたのだが、わたしは、そのお土産をもらっただけで大満足。なんという欲深ばばあ。手書きのベトナム女性を描いた絵が気に入った、それもアオザイの後姿がいいです。小さな額に入れましょう。 娘夫婦は、その娘夫婦にそれぞれ、バイクの後ろに載せられて、飛ばされて、それが歓迎のしるしだったらしいです。お疲れ様。 今日の一首 「いのちよりいのち産み継ぎ海原に水惑星の摶動を聴く」 栗木京子
2007.05.01
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