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外は雨です。梅雨なんです。雨々です。でも何故だかひんやりで今年は救われています。いましばらくのようですが。 このごろ、心にも無く藤原摂関家の話にこだわって、そんなもんなんかなあと思っています。でもそんなことがやりたかったら、隠さないで、やればいい、いまの人よりはまし、そんなふうに感じるこの頃であります。 今日の一首 蜩のなきつるなべに日は暮れぬと思ふは山のかげにぞありける 『古今集』巻四 読み人しらず
2012.06.30
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今朝も午前5時をまわりました。お天気はやはり梅雨の色合い、そして、縁側を明けますとややひんやり、空気は湿っています。あっ今テレビではタイ、カンボジアに訪問中の皇太子を写しています。そうだったのですか。うちの家族の一人がそちら方面が好きでよく訪れています。 一夜明けると、いろいろな情報が入るものですね。 今日は雨でしょうか、図書館へいかねばなりません、原稿が急がれます、うっかりしていますと、ついつい自分のそのうっかりにに流されて、道草をするわたくしです、今日も一日がんばりましょう、時は待ちませんから、真面目な?人がいっぱいいるから、仕事をしなければ。 でもぼんやり、出来る時間が欲しい、そんな自分の本音が書きたいと思っていることが本音なのですが。 今日の一首 ここに来れる一息のことば支ふべくわが結界にまなこほろぶる 山中智恵子(『みずかありなむ』「離騒」より)
2012.06.29
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早朝からお茄子を炊いています。わたしはお茄子が大好きです。色々の料理法もあるでしょうが、昔からおばあさんが素直に炊いてくださった煮物がすきです。あの色も形も感触もいいですね。早朝からお茄子炊きであります。 今日は11時までには外出しなければなりません。煮あげたお茄子をさまして冷やしておくのもいいものです。お茄子ならなんでもいいのですけれど。食べ物の話をしていますのは平和であります。 先日次女が来まして、裏庭に繁茂した藤を刈ってくれました、その後始末の仕事が山ほどあります。わたしは藤などが縦横無人に繁茂しているのが好きですが、そうはならないのが町なかの暮らしであります。のびのびつていいですのにね。 今日の一首 青空の井戸よわが汲む夕あかり行く方を思へただ思へとや 山中智恵子(『みずかありなむ』「鳥髪より」)
2012.06.27
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いつの間にか、午前3時を廻りました。昼も夜も時間は当然ながらに平等にめぐり、時は過ぎ一時も還ることのないこの不思議に、この当然にいまを又重ねる実感に苦しいまでのとどまりやまぬ動きか静まりか、いえ実はその当然をが、恐ろしくも、又当然に安らぎにも思いおる、一瞬一瞬でございます。時とはいつの頃から、誰が何を意識し始めたものでございましょうか。 わたしは生まれてから如何ほどの時が経ちましたか、ふと己の肌をなでながら、ただいまに思いをります。 今日の一首 泣くは易し怒りわめくもまた易し或る代最後の闇しづかなれ 田中成彦(『協奏曲』より)
2012.06.25
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真夜中です。いまブログを開きましたら、友達が我が家の古い柱時計の写真入りで楽しいメイルを下さっておりました。 ちょっといろいろありまして、こころ寂しいときでありましたから、うれしゅうございました。こころ寂しいとはわかっているようですが、どういう場合の表現をさすのでありましょうと、ちょっと妙な好奇をもって調べてみました、この真夜中に。辞書などには「何となくさびしい」などと出ていました、頼りないことですが、それはその通りですね、だからそこが知りたかったのですけれどと文句を言っていても仕方がありません、自分にとっての何かが、又いつか説明?できるときがございましょう。そのようなことを考えている、たったいまのわたくしでありました。 今日の一首 教室の窓近き樹にひよどりの声かしましく苦笑を誘ふ 田中成彦(『協奏曲』「小日常」より)
2012.06.24
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近くに新しいお家が建ちました。新しいということはいいことですね、そうお広くもないのに、そちらさんを見ていますと、こころが大きくなります。ちっ、ちっと季節のお花が咲いています。お花の咲き具合までもいいとは、凄い設計士さんのお手にかかられたのだなと思います。 今日の一首 しゃりしゃりと夕焼けを剥ぎ食べているセイタカアワダチサウの花叢 大崎瀬都(「朱い実」より) 、
2012.06.22
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この日記を書くためにきょろきょろと写真をさがします。今日はわが父親の遺してくれました灯籠、四国の蜂須賀さんのだと思います灯籠を出すことにしました。小さなものですが、私が生まれる前から、新婚の父母が住んでいました家の庭、確かそれも小さな池の前にあったものです。 子供って偉いものですね、昔々の風景をよく覚えているものです。夏はその庭で行水なんかをしたものです。父は早くに母と私を置いてモンゴルにいってしまいました。そんな父をも思い出す灯籠です。 父はいま天国でわたしがそんな昔の風景を思い出して書いていることを、きっとこの真夜中どこかで見ていて、子供って、かなわんなと思っているでしょう。お父さんと呼んでみましょうか、お父ーさーん!! 今日の一首 あはれわが人に知らえぬ深おもひあへなからしむな紫陽花のつゆ 前川佐美雄(「全集第一巻・天平雲」より)
2012.06.20
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亡くなった友達のご子息さんから、何やら、細長い袋の郵便物がとどきました。開いてみましたら、筆が一本入っていました。添付の書き物を読みますと、わたしの友人であったその方の母上は紫陽花が好きでありましたようで、「紫陽花の筆を作りました」という添え書きが入っていました。 そうでしたか、わたしは合掌し、着便の報告を早速に書きました。確かにお受け取りいたしました、合掌と。そのお方の母上とは、最後の出合いとなりました機会の帰路に二人で、カレーライスをたべたのでしたが、そのことを又の便でお話ししなければと、ただいま、私は考えております。 彼女はおいしい、おいしいといって食べたのでありました。わたしたちは、どうも花より何とかで仕様がございません、そんな、仲間でありました。 紫陽花の色は移れど 思い出の色は褪せまじ 尽きることなし 安井邦彦
2012.06.19
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遅れていることが沢山ある、そんな恐怖にかられるこのごろです。なしてもなしても、残ります。昔、祖母はよくいいました、「仕事するより段取りせえ」と。なるほどいい言葉です。ただし、あまり丁寧に段取りばかりもならず、段取りはやはり仕事ですから。 それと自分が一番いけないことは、身辺の整理ができないことでありましょう。そんなこといくら言っていてもなんにもなりませんね。いやそうでもないでしょう、わたしはいまこんなブログをかきながら、或いはそうしていることも反省、準備と心得ます。 今日はこんなことで、いえ、自分には大切なことで、すみません。 今日の一首 孫悟空(そんごくう)空(そら)を飛ぶやと思はるるばかりはげしく走る夜の雲 吉井 勇(新潮文庫「新選吉井勇」より)
2012.06.18
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深夜です。外は雨のようです。庭をのぞきますとやはりそうでした。ひんやりともしています。あした、いえ今日の夕刻、集まりがあるのですが心配です。お体の都合で来られないお方もあるのではと。六月ですものね、雨は当然です。 今年も?もうそんなになったのかと思います。いまさらですが雨期ですね。天気予報は何故か小さい頃から嫌い、いえ何故かもっとで、怖いのでしたが、変ですね、でもそうでした。雨の暗さがでしょうか、いえそれだけではない、幼いのに、予報というもの、得体のしれない予報という言葉がちいさいながらに、怖かったようです。 いまもそうであります、困りますね。 今日の一首 止まつてゐる枕時計のねぢをかけるこの眞夜なかの何もないしづかさ 前川佐美雄全集(「植物祭」より)
2012.06.15
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遠い日のピアノを出しました。ちょっとなつかしもの、シスターメリーパウロはお元気かしら。あの山裾まで子供たちを自転車にのせてで走ったお稽古、のぼりの道も元気な若さでした。 ここは小学校と中学校になります、高校は別のところでとシスターはおっしゃっていました、遠い日、でもまだまだこれから遠い日になる日々を時間を過ごしていかなくては、変な計算の仕方ですね、でもそうです。 幾冊かの楽譜の残骸があります。よくつかったもの、思い出があり残骸があり未来はこれから新しいもの、果てがありませんね。すべて。 今日の一首 野にかへり野に爬蟲類をやしなふはつひに復讐にそなへむがため 前川佐実雄全集第一巻(「白鳳」億萬より)
2012.06.14
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今日は親しい友の画展に行ってきました。画題は、裸婦が、今日までの主題でありましたが、今日もそうでした。彼女はプロ、わたしは素人、言葉の使い方がわかりません。でもわたしにだってわたしはございます。素人は好き嫌いでしか言い方を知らず、わたしはずーっと彼女の絵が好きでした。ずーっとずーっと。彼女の絵のような女が好きでありました。そのような女になってみたいと思ったことでした。 今回の絵はその裸婦の顔は見えません、うつむいているから。訪れた私を見つけた彼女が出てきてくれました。 ありがとう彼女!、また次までね、お土産のパン、食べてね。 今日の一首 六月は無傷の腿の陽に霧(きら)ふサッカーの一人地(つち)にまみれよ 塚本邦雄(「青き菊の主題」より)
2012.06.12
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ふとしたことから、「摂関政治」という何やら日常から遠い事に関する書籍に触れる機会がありました。そして感心しています、なーるほどと。知っているようで忘れていたはなしです。 しかしながら、日常から遠いはなしではありません、そのような考え方のなかに、或いはうごかされていることが無いとも言えないない社会でありましょう。だから、本当に人を愛するということから遠くになったりするのでしょうね。 変身できない僕がみている情況の底いにたぎちたつ世界像 水落 博(「薔薇都市」雑詠三十一変より)
2012.06.10
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まだカーテンを明けていません。今朝のお天気はまったくわからないです。それもいいこと、知らないということはいいことではありませんか。知ろう知ろうとすることもだいじですけれど、何も知らないこともいいことでは。 今朝は何を考えているのでしょう、自分がわからない、そうです、今朝は自分探しそんなふうにも考えられます。たのしみですね、自分探しの朝になりました。思えば人間ってクエッションをなくしたら前進はないでしょう。わからないわからない、解らないから美しいそんなこともありますから。 今日の一首 水の上の木の葉一枚川底の砂にひたりと影を落とせり 大崎瀬戸(『朱い実』より)
2012.06.09
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日本家屋というものは実に面白く、楽しく棲みやすいものだと思って、日々を過ごしています。面白さの一つに階段、わたくしどもは「段々」と申しますが、その裏側がございます。 そこには三角形の空き地がございます。勿論その底辺が下になっていますが、大方と申しますより、そこには襖とか木の戸が嵌っているのですが、我が家はその戸をはずして、部屋の一部の空間としています。 つまり底辺を下にした直角三角形の空間があるわけです。部屋も広くなりますし、素的な眺めです。その空間にわたしはいま裸電球をともしています。裸電球は意外な古さの落ち着きがございます。そしてその横にベットを置いて眠ります。 階段の裏側の眺めがまたよろしいことにて。我が家は百年余は経ていますよと大工さんが言わはります。雨漏が実はたいへんで、まあ、いましばらくです。 今日の一首 寝台は夜夜の柩にかざるべき一茎の菊愛より青し 塚本邦雄(『青き菊の主題』より)
2012.06.09
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午後は雨となりました。午前中に外出をすませ、午後は机に向かっています。今日は深夜まででもがんばらねば・・・です。 下手でも知識がなくても、しなければならないことはしなければなりません。それが貧しいわたしが生きること、術と思っています。そんなことが楽しいのも、長い間の習慣と有り難く思っています、それとも明治生れの祖母の影響かなと思ったリ。 書くことはとにかく、知識の無い者は自動的に書くことで、なにものかを掴まなくてはなりません。そのようなことをしている、いえしなければならないわたくしでございます。 ちょっと暗くなってまいりました、雨も降りだしました、かみなりさんが、怖いわたくしでございます。 今日の一首 ふくらんでこぼれそうでもこぼれない瓶の口までたっぷりの水 蒔田律子(『R』より)
2012.06.08
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昨夜は、蛍を見にいきました。何時もの橋の上へ。でも今年は未だなのか見えませんでした。去年は5月の末に見ましたのに。 でもわたしの見たいという気持が見せてくれましたのか、あっちにも、こっちにもひかるものが見えるんです。わたしは小さな小さな声で、一寸音程はずれの何時もの声で蛍の歌を歌って、そっと帰りました。 でもでも誰かがその光を見せようとしていてくださるのでしょうか、川辺のあちら、こちらに光るものがやっぱり見えます。何度か目をこすりました、でもでも見えるんでした。 ありがとうございますと小声で御礼を言って帰りました。きっとこの近所のお地蔵様でしょう。また明るい時に、もう一度きて、御礼を申しあげなければ。 今日の一首 わらわらとかたち崩れし土山がめのまへに復元するまでの時間 葛原妙子(『朱霊』北辺 カオス)
2012.06.07
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故障して、いえ、わたし自身が故障しておりまして、ひとつの集りの上梓をすることが遅れておりました。ごめんなさい。人が生きて日々は真にドラマチィックでございます。その波浪を如何ほどにか抑えて表現しますことはむつかしいと思いますが、表現ともうしますことは、腹からひっくりかえしてなすこともよろしきが、やや抑えて、さらに濃くなし、喜びも悲しみも怒りも、表現の価値あるものといたしまして扱うことは、まことに難しいことでございます。そうであってこそ、また、その価値あるものと、考えます。 黒い雲漏斗状に立ちのぼる竜巻のさまどこの国かと 暗くしてリビングを出る床の上 月の光の浮けるごとくに ごねんせい クラブくわつどう はじまりて バレーにブラパン いそがしくなり ひとつづ片付けようと亡夫(つま)の部屋、 帰って来ぬかとまたそのままに 風さやか帽子のむこうに富士の山 友とかたらう高原の里に 雨あがり疏水の道に出合いたる可愛いママと坊やににっこり それぞれに、さまざまの人生があり、かりそめのご縁に出合った互いを愛しみつつ、百三十二回を迎えた唯今です。最早、互いはこの世の友、そのかかわりを大切にと希う互いでございます。心の糸は作品につながり、輝きを放ちます。
2012.06.05
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昨夜からこの紙面が書けていませんでした。今夜は先程から印字ができるようになりまして、ほっでございます。ありがとうございます。さて、このようなものに印字ができるよになりまして何年を経ましたことでございましょう。 わが身のまわりのお方々にはお世話をかけております。一人歩きが出来ない子供同然でございますから。でもわたくし、幼い頃から、聞くは当座の恥、聞かぬは末代の恥とやらを祖父母あたりから教えられてまいりましたが、その通りでございました。でも毎度毎度聞かれます方は随分ご迷惑なことと存じます。紙面を通じまして深くお詫びを申し述べます。 さていま一度、恥をかくなんていいますことは、出来る人がいうことで、わたくしどもは、まだまだこれからと存じています。そう思っていられるわたくしクラスの分限は、革めて、気楽な人間であると心得えられます。ずるいのかなあと思うときもございます。ごめんなさい。 今日の一首 ゆくべきところへ落ちた瞬間はたりと球はとまる緑の一點 土岐善麿(昭和六年度版年刊歌集「丁抹風景」より)
2012.06.04
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海にも近いかも知れない、山の中、その地の人々の激しい息づきにいつも圧倒されてしまいます。その身から絞る短歌はこの地でしかみられないもの、作ろうとしない真実だ、といいたいです。 この年はきびしき冬の嵐いくたび傷だらけの山いま若葉がかくす 豌豆苗植えよと箱に土ととも持ちくれし農婦のどろの手光る 五月晴れ二足歩行の田植機はリズムかろやか米つくりめざし 抱きつけばこわるるものをしかと抱く、ポキリと折れた 空空即是 けんらんの花の輪に舞ふひとのありうたかたのゆめ花の精なむ 子の結婚 この前の如くおもえるにときはうつろい次世代をむかうる タンポポをくわえてピーと笛にするしばしの休みのんびり空見る 帰路、山地からやや離れて田んぼの中にポコン、ポコンとある山が美しかったです。
2012.06.01
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