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我が家に住まう生き物は、人間以外に、ただいまのところ、蘭鋳が三尾と別の器に目高が数匹います。蘭鋳はわたくしに慣れて指にふれるほどによってきます。馬鹿とお思いでしょうけれど、「金ちゃん、ととちゃん」と呼びますと寄ってきます。経験上、考えますと餌は少なめに与える方がよろしいようです。 沢山与えたえた普通の金魚を、まるくに太らせて、早くに死なせてから、何につけても生き物には餌は少なめにと思うようになりました。其のとおりです。金魚も太りすぎると死にます。その辺の加減を考えて蘭鋳には気をつけています。 かわいいからといって多くに餌を与えることは人間でもいけませんものね。今夜はそんなことを書かせてもらって、やすむといたしましょう。あしたはできれば図書館に行く予定です。 今日の一首 おりいぶの油暗緑に透きゐたり中に沈みし蟲の翅一つ 葛原妙子(『原牛』の「翅」より)
2012.11.29
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遅くなりました、ごめんなさい。今月は何時もとは違いまして大丸さんの横丁、ほん、近くのお料理屋さん、なんといいましたらよろしいやら、おとなしい感じの素的なお料理屋さんでのお集まりでした。美味しいお集まりでありました。 さてわたしたちの作品もおいしゅうにいただきました。 茅ヶ崎のひとり寝る夜はしずけくてかそけき雨に路面の濡れて 秋くれど軒下の蝉のぬけがらのその白のままにしかととどまる 篠山のひときはめだつ「うだつ」には こいさんめとる古きドラマが 「森の鍛冶屋」朝ごとに聞ける幼きの日のありければけふのわたしの 過ぎし日をともに過ごせる友と語る こころのつかえ解き放たれて これからも明るく生きると友は言う 癌の再発告げられしいまの ショッピング おやこそろふて しなさだめ ふたりでたのしむ しまいのやうな さて、もはやに11月、そしてすぐに12月、わたしたちも月日に負けずにのびやかに、自分の言葉を育ててまいりましょう。思えば自分にしかわからない心を、ことを人に伝えるのですから。
2012.11.24
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父の居た内蒙古の話を今日は無性に書きたく思います。でも何故かそのために必要な多くの漢字をいまここに出すことが出来ません、それは出来ないのではなくて、わたしがよう出さないないのであることはわかっています。まあ今日は諦めましょうか、でも書くということは、所謂、気随なもの、またその気随を知らなくてはものは書けません。自分のとことん正直なことは。 まあ、ここに、今日のところは漢字を許す多分狭い範囲を歌でもって書きましょう。 今日の一首 包頭は坂ある町の夕日さして其の後(うしろ)にうごくつむし風あり 城壁に沿ひ坂見ゆる土の町遠き西域に通ふ感じなり オルドスに今朝居る雲もその影も昨日見たるにいくらも変わらず 土屋文明
2012.11.19
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今日の午後も、一足も家から出なかった、それがいいというわけでもない、でも我が家にいることがいい、好きだといえることは幸せではないかと思います。たしかにそれはそうでしょう、考えてみると、わたしはそういえる幸せものです。 そうしながら、何とか暮らしているわがまま者ですが。 いまわれながら可笑しいなと思って書き換えたのですが、そうしてなんとか暮らしを立てているとはいえませんが、まあそうでありましょうか。ひとりの口を糊することでありましょうか。そんな気持のなかにまた、ものを生み継ぐこともおもしろいことであります。極端にいえば、お腹が空いても自分がしんぼうすればいいのですからね。 そうでした、人様に辛抱せよとは言えませんが、自分にならいえますものね。 天国であります。そしてそれは最高の生き心地でもあります。 今日の一首 オートミル口にはこびておもはざる窓に断立(きりた)つ山嶽をみし 葛原妙子(『原牛』冬の朝より)
2012.11.18
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硝子戸をしめて、カーテンをひいていますと部屋の中はわたくし一人の世界、いいえこの世に自分ひとりしかいないそんな気持になる、いえ自分をさせる事だって出来そうにおもわれます。いえ、もうそう思ってしまうことができそうです。 そしてパソコンのキイをコツコツたたいていますと、この世には、わたし一人しかいない気持ちにすらなってしまいまいます。カーテンっていいものですね、子供のいないいないではありではありませんけれど、そんな遊びをするちいさいものの心がわかります。 いないいないなんてこころでわすれること、わすれないではなれないのではと思います。思いますと思えますは違いますね、その違いを感じることが出来るか出来ないかって大きな差、生きているものとして、その差はある方がいいですね、子供は戻れなくなるとたいへんだけれど、大人、いえ、高齢になっても、そんなところに、行ってみたい後押しを思っているわたしであります。 今日の一首 旅人の 袖 吹きかへす 秋風に 夕日 さびしき 山の かけはし 定家
2012.11.16
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私のにんぎょはよいにんぎょ、これはまさしく、私の時代の歌ではなったでしょうか。わたしのにんぎょは八重子さんと申します。わたしはまさに0歳のときからそのおにんぎょさんとはあまり離れたことなく同じ家で過ごしてきました。 別に特別のことをするわけではなく、彼女は普通のにんぎょさん、わたしは生きてるにんげんではありましたから。それでいいのでありまして、あまり生きている人間のように扱うようななことは我が家ではしませんでした。 ですから、彼女は彼女の我が家での位置を保っています。そのうえでのあつかいがかえってよかったのではと思っています。そうですからか彼女は彼女の位置をうん十年、立派に保っております。立派なものです、たいしたものであります、それで、わたしは負けたくないと思っているのであります。つまり、私のにんぎょはよいにんぎょであります。ところでわたしは如何なる者に候や。 あした病院へいきます、ちょっと知能テストがあるらしい、わたしは楽しいおはなしをさせて頂いてくるつもりです。 今日の一首 人けふをなやみそのまま闇に入りぬ運命(さだめ)のみ手の呪はしの神 啄木(明治34年9月、森岡中学回覧誌に発表した「秋草」第一首目の歌)
2012.11.14
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おはようございます。少し早いでしょうか。しづかですね。天地がうなる声が聞こえます。いっしょにバレーボールをしていました一年先輩、彼女はいまシスターであります。妹さんもシスターなんですって、大きくなって?からまた、いま新しいお付き合いがはじまっています。 むかし同じ学びやであったということが、またこんなに友情を昂ぶらせて、うれしいことであります。きよらかですね、さわやかですね、遠い日の先輩と、こうしてまた再び机を並べる気持になれるなんて、天地のお恵みにちかいありません。無欲でございます、そして何故かこの終生的、若さの、感覚を感謝いたします。 今日の一首 さりげなく言ひし言葉は さりげなく君の聴きつらむ それだけのこと 『一握の砂』
2012.11.13
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出来の悪い自分であることはわかっています。でもこれが自分の力一杯ということをしてきたかなあと、思えばそれもまたあまいことを考えています。そうであっても、舞台舞台で懸命に働くしかない、働くことはいいことだ、それは何に恥ずることないなんて、またここまで自分をもってきてなすべきことはしたいです。そうでした、なすべきことをすればいいのでありました。日々におもうこと、またよろこびのことにて。 今日の一首 人もなきむなしき家は草枕旅にまさりてくるしかりけり (『万葉集』巻三)大伴旅人
2012.11.12
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夜更けて雨の音は消えたようです。我が家は幸い雨音が消えれば物音はなにもしません。唯今はわたしがたたくパソコンの音だけ。こんなことしようとも、思ってもいませんでしたしたのに、どうなっているのだろうと考えてしまいます。 でも仕事の書きいれもそうですし、やはりしておいてよかったようであります。生来、一人っ子で独り言はすきでしたから。反面すごいわがまま者ともいえるでしょうが、まあまあ世間様に捨てられぬ程度でしているつもりです。 だいたいが書く仕事ですから、それに年齢を重ねたものには細やかな部分のよき運動になっておりましょう。こんなことをする、出来るなんて、奇跡的な思いではありますが。 ところで、今ふと考えました、物事を続けることはいいことですね、わたしはそれもできません、でも誰にもいえないけれど、ひとつのことだけは続いています、何でもいいですが、たったひとつだけのことを続けています。ほぞぼぞと。 今日の一首 がんばれ星 ひもじきむかしオリオンに先生の呼びしこの名もありぬ 山形裕子(『かばれつと』より)
2012.11.11
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冬の夜が早くに深くなっていく様子は、わたしは嫌いではありません。なにかしていまして、はっと気がつくときはなおさらです。なおなおさらでそして何か明らかではない様子かさらに冬を呼ぶと思いませんが。 冬って何かせわしない、そんな気がいたします。いまから、もう遅いでしょうか。冬よ、この冬のあなたはいかがにてそうろうに。 今日の一首 雪の日にめつむりてふと箱は見ゆ 箱は死海の形なりしか 葛原妙子(『葛原妙子歌集』「原牛」より)
2012.11.09
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しばらく書かなかった。いえば、ええ恰好みたいだがうつろだった、自分の核心がつかめなかった。もう年末ですね。エッセイはひとつ書いたけれど、うつろですね。 昨日はまたひとつの取材のため歩いた。風景のなかを歩いてきた。東の山のある程度、奥。自分が眠っている間に変わったところが多すぎる。良くも悪くもない現象だ。さて、また歩こうか。 歩いてもて、歩かなくてもやはり歩みを止めては駄目、その駄目さ加減だけがわかる。止まっては駄目だということだけが。でもお腹が空く、まだ大丈夫ですね。健康です。 今日の一首 手の窪みすっぽり占めるレモンの黄 夢に掴んだはずの太陽 蒔田律子(『R』より)
2012.11.07
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昨日からストーブを燈しています。点じるといってもいいはずですね。こんな字を書いてもねと思っています。点けるともいえますかしら、点じるはあまりつかいませんんねといえますねと考えています。いえますね、いいのだろうか、と思っていますと、いいじゃないといってくれるたれかがありました。しばらくして、今度は消す、止めなどの必要語を考えている自分に気がつきました。 大丈夫、狂ってはいませんあまり当然のことを語っていますと人は変に思うらしいですからこの辺で。ところで、今冬は我が家は、石油ストーブは止めましょうと長女はいいました。はいわたしは異議なしであります。なんでなど聞かないで下さい。何ででもでございますから。初冬霍乱にて、。 今日の一首 ガスの上に湯たんぽ罐(かま)なして噴くところ小さな夜の裂けゐるところ 葛原妙子(『葡萄木立』より) 月あらぬ山の夜の青 さながらにふかしぎなる魚を切りしのちのごとし 葛原妙子( 同 )
2012.11.01
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