2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全13件 (13件中 1-13件目)
1

こんばんは、さあ、今日から明日へ、世界の中で、この世がもたらした、自分がもたらした、自分しか出来ない問題が起りました。大丈夫ですよ、あしたの夜までには、ぜーんぶやってしまいますから。そう思いますと、日頃は何をしていたとおもうほどの、ちからが湧いてきます。自分は生きているんだものという、その内容はあまりあほらしいからいいません。それでは。今日の一日をくださった天と地に感謝いたします。そしてお眠りするんですから、ごめんなさい。 今日の一首 このくらゐ何てことないいくつかの修羅を黙って経て来し職場 大崎瀬都(「落下物」から)
2012.10.31
コメント(0)

歴史を書くということは、正直に書くということは、普通の神経ではできることではないようですね。普通の神経とはどれくらいのものか知りませんが、わたしは或るところの、それは或る神社の由来のことですが、どうしても書けませんでした。 こんなことをしていては、自分のご飯の食い上げになる、そんなことを恥かしくに思いながらも、わたしは或る一点でペンを捨てたなんて、それもまた、そんな恰好のよいこともいえないですがペンをはずしました。つい昨日のことでしたので、日々の苦しみのひとつとして。今日の一首事無しといふべくは遂(お)へ稲雀(いなすずめ)、粟食みてくらき壷腹(こふく)打たむよ 山中智恵子(「みずかありなむ」会明」)
2012.10.24
コメント(0)

しめやかに秋の深まりゆくこの宵、この間まで、遺されていたような虫の声もばったり、なぜかこの夜は覚悟を決めねばならぬような、不思議の感傷を覚えます。そのようなとき、先月のわたくしどもの歌をそっと秘めやかに開いてみませんか。その魂の音(ね)を流して見ませんか。わたしは我が家の六畳二間をいつも開け拡げていますが、何かが流れていくものがあるようなような、気がするのですが。 お隣の社の由来、立て札を初めて今朝は立ちどまり読む いまどきの しうがくりよかうは きたきうしう いちぱくのおいせと えらいちがひに ベランダに夫の声あり日の暮れて暗がりのなか月下美人の 付箋のつくあなたの遺した本を読む、もいちど問いたい声も聞きたい 車窓からふと眼にとまる秋の空そのひろごりにわれは書(しよ)を閉ず 雲流れ富士のお山は男やまかくなりてこその富士にあらずや 今年も自由に、自分に添って、自分から逃げないで悲喜こもごもをささやかながらお互いにつぶやいてまいりました。まだまだ早いですがこの年が悔いなくに自ずからに閉じられてまいれますように、そしてまた、直ぐの年に、わたしもどうかお仲間にとお願いいたします。
2012.10.22
コメント(0)

だいぶん季節が進んだようです。なんとなしに、怠け者のわたしも動き出したようでございます。生まれたその土地に今日まで住んでおりまして、美しくその土地がかわるのはよろしいが、なかなかにその美しさの認め方がいろいろで、お金を儲けたい場合は、そのことに一途がいいのでしょうが、わたくしなどはとりわけて、どうという要求はなく、静かにあれと願います者には、ふと涙がこぼれそうになるような変わりようを見せられるこのごろではあります。変化を驚かねばならぬようなかわりようも、或る場合は必要でございましょうが、それほどの必要性はすくなくあるとわたしはおもっております。一部のことのためにふるさとが動きませんようにと願う日々でございます。 今日の一首 気にすれば意外に多しマンホールの蓋だらけなる道を歩めり 大崎瀬都(『朱い実』最後の蘭より)
2012.10.21
コメント(0)

こんばんは!!。今日はとても楽しいお友達と遭いました。夜はたくさんご飯をいただきました。わたしはお腹が空きますと一番だめなになる方です。理性的になれないほうであります。 そのところを今日はおかげさまで知性もお腹も堪能しまして、今日のわたくしはとても美しくあるはずでございます。わたしは簡単人間でございます。簡単は感嘆でございます。心が好くことをはっきりと主張してまいるのが、わたしの単純な思想、手前勝手ですかしら、手前に動くとは責任を持つこと、責任って言葉はあまり好きでないけれど、当たり前だから好き、そんなところでしょうか。 今日の一首 白猫(はくう)と信ぜし猫のひたひにて灰かぐらほどの混じり毛ありき 葛原妙子(『朱霊』より)
2012.10.18
コメント(3)
アタックしてみましたが、もう写真は金輪際でません、終りです。今夜はいい夜です、部屋のまわりが、ウワンと鳴り響いています。この静けさを愛します。 この静けさのなかで、近頃、惚れ直している土屋文明の『韮菁集』を繰っております。父が当時を過ごしたモンゴルあたりを中心によく読んでくれていますが、その一首を記して、やすむといたしましょう。 今日の一首 牡丹色の洋服著たる妻つれてホテルの坂を上り来る華人(くわじん) 土屋文明(韮菁集・上海)
2012.10.15
コメント(1)
写真が出にくくなりましたもので、またこれもよしといたしまして、写真なしでまいります。秋めいてまいりました、衣替えと申しますか、嫌でも応でも、衣を変えないことには季節に耐えていけません、当然ながら、何かしら新鮮に感じられることです。 わたくしは冬物の繕いにいそがしゅうしております。こういうことは泥棒を見てから縄を綯いますようで、はずかしいことだとおばあさんあたりからは聞かされておりましたが、そういうことは家族全員のことを、早くに整えておくべきにて、慌てるのは主婦の恥かしいこととかも、そのような感覚も次第に薄れるようにも感じられます。 極端にいえば着物から洋服への移動でしょうか、そんな話も早くに出遅れのようにて、無きに等しゅうございましょうね。このへんにて。さりながら万葉を読めばとは思いますことのうれしゅうに。 今日の一首 吾妹子(わぎもこ)に恋ひつつあらずば秋萩の咲きてちりぬる花ならましを 万葉集・二巻一二〇
2012.10.11
コメント(0)

今日の掲載の写真は明治維新の志士、木戸孝充の邸宅跡の一部です。わたくしの母校に隣接していましたから、よく覚えています。その他、木戸さん(桂小五郎)については、子供のころに見聞きした話と、現在とでは随分違っていることに気がつきます。 木戸さんのみならず、例えば、わたしの祖先の墓がありましたあたりの土地にしましても、現在はマンションが建っていますが、それはそれとしても、わたしがふと、なつかしくなって、墓のその話をしますと、市役所の役員さんまでが、そんなことありませんと打ち消すのです。 これは申し上げるまでもなく京都のことですが、一方では古都などと囃子ながら、役人さんまでが現代の都合で勝手のことを述べるのは、いけないと思います。それが古都を守るということでしょうか。ちょつと悲しくなりまして、もの申します。 今日の一首 忘れてはたちまち孵る血の繭を支へて歩みわが語ること 山中 智恵子(『みずかありなむ』より)
2012.10.09
コメント(0)

今日は明治生まれの我が家の大ばあさんの、お嫁入り道具の一つ、是は何でしょう、お化粧台の写真を出すことにしました。撮っていますのは下部の部分、この上に鏡を置きます。でもわたしは、今日は下部のこまごまとしました、小物入れだけを出すことにしました。 小物入れは色々の形をしておりまして、しまいますものの大きさにそって、いろいろにごさいます。底の深いもの、浅くていいもの、それぞれが、今の生活にもよく合いまして便利でございます。沢山の小物もよく入ります。わたしはいま、鏡台としてではなく、まさしく大切な小物を入れてあります。 鏡台は必要であればつけましたらよいでしょう。わたしは文具のあらゆるものをしっかり納めることが出来ましてありがたいものと思っているのでございます。昔のものは、まこと時代を超えてよきようにと選ばれております。おばあちゃん、ありがとうでございます。 今日の一首 明けしらむ薄闇にまなこ張りゐたりときまれにしてわれの瞬く 葛原妙子(『薔薇窓』より)
2012.10.08
コメント(0)

なんですか、今日はすっきりした気分で、このブログを書いています。話しますと馬鹿馬鹿しいこと、でも人間ってそんなものなのでしょう、それが本当、そんな気がします。何事も大きく振りかざすものではなく、原因って豆ほどのもの、思えば人間って、普通のひとはそんなものでは、だからです、やはり平素からデリケートなもの、ことをこそ大切にしなければならないのでありましょうね。 実はわたくし、今夕は機嫌がよろしゅうございます、一日探しました、眼鏡を見つけることができたからであります。ほっ!!。 今日の一首 薔薇つむ手・銃ささへる手・相擁く手・・・の時計がさす二十五時 塚本邦雄(『水葬物語』より)
2012.10.06
コメント(0)

日月はブログの故障、画面見えず等にうろうろしている間に、たちまちに数年が過ぎ去るようでございます。昨日は友人に古い?本を見せてあげましょうと持参しましたが、友人はいづこへ、ぼそぼそと帰宅いたしました。 古い書籍は塚本の「星月夜の書」でございます。小柄な正方形に近い書籍ですが、ちかごろはこういうものを出すお方は少なくなりました。月ごとに文と歌が記されてをりおりたのしゅうにございます。 十月は「残菊」と題して、歌は 愛とげて後火を放つその夜の菊やほのほとなりても菊 の一首が見えます。なるほど、結句がよろしゅうございますね。時は過ぎ、矢はつきながら、永らえるはまた、よきかなと。
2012.10.06
コメント(0)

おはようございます。真夜中だ、真夜中だと思っているいまは、いつも朝でありました。何事もくりっと、考えを直すと、とても明るい光が見えるのですね。でも、勝手なものです、ごめんなさい。 わたしは昨日来、いいところを見つけて、うれしくてならないらしいです。誰にも理想というものがありましょう。わたしは理想に佇む時間が短かったのでしょうか、その時間に都合のいいときに戻れる場所を見つけたらしく、嬉しくてなりません。誰にも言わないわ、なんて思っているのは時の間かもしれません、まあ、いまはその場所に沈殿いたしましょう。 ところで夜明けがだんだん遅くになりましたのかしら、勝手なわたしには、いま、或る喜びがありまして、そこに佇むことにいたします。 今日の一首 布団干しも洗車もできずしなくていい休みの朝の雨を喜ぶ 大崎瀬都(『赤い実』より)
2012.10.03
コメント(2)

今日は晴天のようです。この部屋、我が部屋からは見えませんけれど、空はあかるいらしい!!。我が庭は半月まえに刈った藤蔓がまたぐんぐんのびはじめています。もう裏の家は隠れしまったです。わたしは自然はぐんぐん伸びるのが好きですけれど、そうでもない人も居はりますから、おりおりにはおろおろとカットします。何ですか自分自身のことをいっているみたい? ところで、あっそうそうでした、裏表庭に今秋は、にょっきり生えました二本きりの曼珠沙華も、あらまあ、ノッポながらに分解気味、ノッポの孫が三重の国からもってきたものでしたが、ことしは裏表庭に一本づつ伸びてきて咲いたのでした。 ところで、昨日、耳鼻咽喉科の帰り道、いい食堂を見つけました。古いお家の洋館の部分でやってはる食堂でした。また食べすぎて、内科の先生に怒られるかな。 今日の一首 旅人の 袖 吹きかへす 秋風に 夕日 さびしき 山の かけはし 定家
2012.10.03
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1
![]()
