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昨夜は早めに床に着きぐっすり眠ったので時差ボケはなし。ハワイはいつもこうなので助かる。行く時も夜発って朝着くので(一日戻るけれど)機内で寝て行けばあまり時差を感じずに済む。その点ヨーロッパはどうしても通常に戻るまでに3日ほどかかるので、日中突然居眠り運転しそうになるので困ってしまう。今日は以前からの予定通り11時からトランスフォーメーションゲームをすることになっているので高田馬場まで出かける。場所を提供して下さった「英会話DO」の経営者Sさんを始め山中湖から来た男性、都内の女性二人の4人が今日の参加者。私とSさんだけが知り合いであとは全員初対面。いつものように自己紹介から始めると皆同じくらいの年齢で、それぞれ仕事を持ちSさん以外は一人暮らしの独身と分かる。グループの守護エンジェルは Tenderness(優しさ)。第一印象は皆それなりに思うところがあったようだ。順調にゲームは進み、夕方5時半終了。それぞれ何かしら新しい気付きや確認があったようだ。少し緊張気味だった最初の表情がやわらいで、いつものことながら皆今日初めて会った同士とは思えない親密さがお互いの間に流れていてとてもいい雰囲気。「楽しかった。又やりたいです」と笑顔で言われるのが私としては何よりも嬉しい。私自身満足感でいっぱいの数時間だった。便利な所なのにとても静かな場所を貸してくださったSさんに心から感謝。
2004年10月31日
午後4時近く成田空港に到着。外は雨だったが、京成ライナーで日暮里駅に着いた時は丁度やんでいたのでスーツケースを引っ張って次女の家まで歩いて行くことが出来た。いったん中へ入り荷物を置いて外へ出ると又雨が降リ出している。なんとラッキーなことと天に感謝しながら谷中銀座の和食の店へ行く。久しぶりの味噌汁とお刺身で夕食を摂り、家に戻ってゆっくり新聞を読む。新潟の地震の予想以上の被害の大きさに驚き、イラクで又日本人が人質になっていることを知った。一週間留守にしている間に世の中は目まぐるしく動いている。地震の報を知ったのは23日の夜成田を発ったJALの中のNHKニュースでだった。地震があった時刻は私が成田へ向かう電車の中にいた頃なので全く気付かなかった。震度6強とのことなのでかなりの大地震とは分かったが、ハワイ島での一週間は新聞もテレビもなく全く様子が分からなかった。小さな男の子が92時間ぶりに救出されたニュースに喜びを覚えると同時にその生命力に驚嘆するが、母親と幼い姉は車に閉じ込められたままとのことで胸が痛む。
2004年10月30日
今日から一週間ハワイ島へ行く。カウアイ島へは毎年行くしその帰りにはホノルルに寄っているのでオアフ島も知っているがまだビッグアイランドとマウイは行ったことがないのでとても興味がある。翻訳家の山川亜希子さんのワークショップに参加するのだが、どんなことをするのか、どんな人と一緒になるのか行くまで分からないので楽しみ。コナ空港までのJALの直行便に乗るのも初めて。夜の便なので昼間はたっぷり時間がある。これからマッサージを受けに行き有楽町で映画を見て、ゆっくりと成田空港へ向かうつもり。ハワイ島でのことは帰国後「カフェフルールへようこそ」のホームページ http://www.h5.dion.ne.jp/~fleur/ の「海外通信」の欄に書こうと思っている。
2004年10月23日
ずっと雨か曇りの日が続いていたが今日は久しぶりの晴天。秋のさわやかさというよりかなり暑い。中学・高校時代の友人3人と今年卆寿を迎えられた恩師の家を訪ねる。門の呼び鈴を押すと淡いピンクのスーツ姿の先生が出て来られ、そのまま先生行きつけのイタリアンのレストランへご一緒する。ご馳走出来ることが嬉しいとおっしゃる先生の言葉に甘えてしまったけれど、とても美味しいランチだった。90歳まで健康でいられるのは食べることが好きだからかもとの先生の言葉に同感だが、もう一つ、そのオシャレ心にも秘訣があるのではないかと思う。いつも髪を栗色に染められ、きれいにお化粧をして、優れた色彩感覚で服を選ばれるその垢抜けたセンスには感服してしまう。私たちもぜひ見習いたいものだ。さて、友人達と別れた後、今年の2月にフィンドホーンへお連れしたグループの食事会に白金台まで行く。このグループほど帰って来てからの変化が大きい人たちはない。メンバー20人中引越しをした人6人のほか、大学院合格など新たな勉強を始めた人、離婚したり再婚したり、転職したり、また当時心の病を抱えていた人がどんどん回復へ向かっている。それぞれ8ヶ月前まで知らない者同士だったとは思えない親密さで話がはずみ、二次会は深夜にまで及んだ。お世話をした私としてはこんなに嬉しいことはない。今回はこのメンバーの何人かとすでに友達になってしまっている娘も仲間に加わっての楽しい再会のひとときだった。
2004年10月22日
台風23号の影響で激しい雨が降る中、重い荷物を4つもかかえて新幹線で上京。今日は次女の?回目の誕生日なので一緒に音楽を聞きに行き、帰りにどこかで食事・・・と思っていたのだが、夜は風雨が強くなるというのでそれはやめにして、家で新米を炊き、今日出掛けに三陸沖から届いたばかりの生きのいいサンマを焼いて、娘の作ったきんぴらごぼうとひじきの煮物、それに水菜のサラダで夕食。毎年サンマを送って下さる方があるので、その度とてもスーパーではお目にかからないような太くて脂ののった上等なのを頂くことが出来て幸せ。これがほんとのコーフク(口福)?外食もいいけれど、だんだんこういう食事の方がよくなって来たのは歳のせいか、とも思うが、うちの娘や息子も子どもの頃から私がいわゆるお惣菜みたいなものばかり作っていたせいか、煮物とか胡麻和えとか糠みそ漬けのような伝統的な和食が好きだ。最近ニートとか言って進学も就職もせず、職業訓練も受けず親に養ってもらっている成人がゴマンといるらしいが、この人たちはどんなものを食べて育ったのだろう。インスタント食品やコンビニ弁当や外食ばかりではなかったのだろうか。充分に遊ぶことをせず、塾にばかり行っていたのではないだろうか?食べ物を人間を作るから、いいかげんにしてはいけないと思う。と言いながら、最近では私も一人の時はあまり料理をしなくなってしまった。まさか刻んだサラダの材料や鍋もののセットまでは買わないが、いつの間にかめんつゆや天つゆなどは濃縮されたものを買うようになってしまった。20代、30代の頃夫と3人の子どもたちのために毎回バラエティ豊かなメニューを考え、自転車の前と後ろのかごいっぱいの買い物をして、ひまさえあれば台所に立っていた頃に比べたらずい分堕落してしまったものだなあ、と反省しきりである。
2004年10月20日
20日から留守になるのでここのところ毎日誰かしらが会いに来てくれる。今日は前から約束していた長野県のTさんとMさん、そして高崎のSさんが集まり、スペインのカミーノを歩き通したというMさんの話やSさんの3ヶ月にわたるピースボートの話、私の最近ひんぱんに起きる楽しいシンクロ(意味のある偶然)の話などに花が咲き、Tさん手作りのまじりけなしのモンブランに舌鼓を打ち、さあ、これから昼食というまさにその瞬間、ピンポーンとベルの音。お店はもう閉めてしまったのにお客さんかしらと出てみると、去年の夏うちで個展を開いた東京のYさんだった。急に思いついて新幹線とレンタカーを乗り継いで来たのだという。すごいタイミング。初対面でも間違いなく話の合う女性が3人来ていて、しかもお昼の支度が出来たところ。メニューは丁度お鍋だったので一人増えてもどうということはない。特別ご馳走ではないけれど皆が好きな酵素玄米は充分にある。みんなで賑やかに食事をしおしゃべりするうちに、もう何年も前からの友達みたいに親しくなってしまう。世間一般のまだるこしい上っ面の会話は抜きで、いきなりホンネで語り合う我らの仲間ならではの付き合い方だからだ。SさんとYさんはお互いに初めて会ったような気がしないなどと言い出すし、ほんとに楽しい人たち。最後にはお互いに住所やメールアドレスの交換をして、長野在住のUFOに乗ったことのある人(たまたまTさんも私も知っている人だった)と一緒にUFOを見に行く話やら、戸隠神社へ行く予定など次々楽しい約束をしてみんなそれぞれ帰って行った。
2004年10月18日
一昨日で全ての食材が終わりになったので「カフェフルール」の今期の営業はおしまいにする。例年より少し早いけれど、浅間の噴火以来、マスコミの恐怖あおり大作戦にはまった人たちは怖がって軽井沢へは足を向けなくなったらしいので、早めにお休みに入ることにした。ペンションやホテルもキャンセルが続いているらしい。灰が多少降るだけで溶岩が押し寄せるような噴火にはならないと言っても人々の恐怖症はおさまらないようだ。直下型地震や台風による土砂崩れや洪水、更にはテロでさえあり得そうな場所に比べれば、そのどれも起こり得ないこの辺りはいちばん安全な場所のように思えるのだけれど。さて、気持の良い秋晴れの日曜日、色付きき始めた森の中のおしゃれなお店で、2週間前のべてるの家の講演会を開いた「降りて行く生き方を考える会」のメンバー5人が集まって打ち上げをした。収支報告書によればわずかに黒字と言ったところ。お陰で今日の美味しいランチを頂くことも出来たのだ。そして5人の心に残ったのはそれ以上の満足感。大勢の人に喜んでもらえたという充実感と、既成概念や価値観で固まっていた人たちの心を少しはノック出来たかな、という喜び、無事やり遂げたという達成感など、お金以上のものが得られたと思う。会場で回収した沢山のアンケートにも、べてるのあり方に驚くと共に自分を見つめるきっかけをもらった、自分は自分、ありのままでいいのだということを知った、遠い所から参加したが、本当に来てよかった、またぜひこういう会を開いてほしい、とても楽しかった、べてるの人達と一緒に帰りたくなってしまったなどなど・・・さまざまな感想が書いてあり、人々に与えたインパクトは決して小さくないことを知って嬉しかった。みんながただ寝て食べて、排泄して仕事して・・・という単なる「生活」から、深い部分の自分を知り、その部分をそのまま受け入れて、「今」の時を大切に「生きる」ということにレベルアップ出来たら、毎日は喜びに満たされ恐怖も不安もなくなることを、これからも私は身を以って示し、一人でも多くの人の心のドアをノックし続けて行きたいと思う。
2004年10月17日
本日10月14日は午前11:48分が新月。8時間後までが願いの叶うエネルギーがいちばん強いのですぐに10項目の願い事を書く。保存しておくのがいいそうなので専用のノートにいつも書くのだが、自分自身の願い事はもうほとんど叶って来てしまっているので、内容は子どもたちのことが多い。改めて今日書いた願い事が叶いますようにと祈りたい。いつもうちの増改築を頼んでいる新潟の若い大工のマナブくんが新妻のアキちゃんと一緒に一昨日から来て物置を作ってくれている。今までの金属製の物置が一昨年の大雪の重みで屋根がゆがみ雨漏りするようになったので、彼が3年前に建てた離れにくっつけて同じような木造りの物置を作ることにしたのだ。なんだか物置にするには勿体ないような立派なものが出来つつある。作り始める前、はたと困ったのが古い物置の処理。ネジをはずせばバラバラには出来るがそれをどこへ捨てに行けばいいのか分からない。うちの車には乗らないし・・・・と悩んでいた所へ去年すぐ近くに中古の別荘を買ったKさんがやって来て、うちのはボロボロだからもらいたいと言い、屋根はマナブくんが修理することになってあっさり解決。彼女とマナブくん達は去年一緒にカウアイ島へ行った仲間なので一年ぶりの再会を喜び合っていた。そしてその晩の夕食は、水泳とマッサージで遅くなる私に代わって彼女が2人を招いてくれて全てが万々歳。All is going very, very well.(By Eileen Caddy)
2004年10月14日
今日は夜7時から、去年「ガイヤシンフォニー第四番」の上映会をした仲間の一人のKさんが総合マネージャーを務めるカフェレストラン「こどう」のオープンを祝って16人が集まった。「こどう」は軽井沢バイパス沿いのジャムの沢屋の敷地内にあり、宇宙船のような外観の内部は白木がふんだんに使われたとてもモダンな造り。入った途端に木の香りがする。一階がレストラン、二階がカフェになっていて、ゆとりのある広々としたスペース。顔の広いKさんだけあって、軽井沢だけでなく追分や小諸、上田などからお祝いにかけつけた人々はさまざまな職業の人たちだが、皆共通の意識の持ち主ばかりだから、初対面同士でもすぐうちとけて和やかな雰囲気だった。夏の満月の夜、一緒に月の出を見た後うちのお店で遅くまで談笑したり、音楽を楽しんだりした仲間の中にいたTシェフの作る美味しい料理やデザートを味わいながら誰ともなく弾き始めたギターやピアノに耳を傾け、ジャンベの響きに心地良いひとときを過ごした。フルーツはさすがに一級品。普段私たちがスーパーで買うものとは段違いの美味しさだ。皆の顔が美しく輝いている。それは間違いなく自分自身を生きている人たちの顔だった。
2004年10月13日
昨日から一泊で大磯のYさんとその友達の姫路から来たK子さん来訪。2人とも50代でYさんはご主人と離婚を前提の別居中。K子さんは10年ほど前にご主人を亡くされて今は独り身。年下の青年との恋愛と別れを話してくれた。Yさんにも今恋人がいる。 熟女3人の恋愛談義は夜更けまで続き、若いお客が多い我が家としては久々に大人同士の会話を楽しんだ。話は「冬のソナタ」にも及び、あのような純粋な初恋も、はたまた身を焦がすような修羅場もくぐり抜けて来た我々には何とも物足りないという話になり、自分の話のほうがよほど面白いという結論に至った。あのドラマがあれだけもてはやされたのは、やはり「憧れ」なのだろうか。それとも「郷愁」なのか。ヨン様とやらも確かに美男子ではあるけれど、男性としての魅力は感じられないというのが三人の一致した感想。こんなことを言ったら日本中の熱狂的なファンから袋叩きに合いそうだ。
2004年10月12日
台風22号が近づいているので昨日からずっと雨が続いている。嵐の前の静けさか、まだ風は吹いていない。猛暑と関係があるのか、今年ほど台風の多い年はないような気がする。前の台風で被害を受けた所に又もや上陸とのことで本当にお気の毒。あまり大きな被害がないよう祈るのみだ。ここは洪水も土砂崩れも地震も津波もない所だから天災は噴火のみ。その浅間山が9月1日から突然活動を始め、マスコミが大騒ぎをするものだから近所のペンションなどはキャンセルが相次いでいるそうだ。今時どこにいたって危険なのにみんな怖がりだなあ。今日から三連休で例年なら夏のお盆と同じくらい賑わう時なのに、台風とのダブルパンチでうちも全くの開店休業。でも先月からひっきりなしに人が泊まりに来たり、講演会の準備などでずっと忙しい日が続いていたので私にとっては丁度よい骨休めになって助かる。お陰でずっと気になっていた11月のカウアイ島へのツアーの名簿や日程表など資料作りがようやく出来てホッとした。今回は10人の方と一緒に行くのだが、いつでも外国旅行の準備は一つのミスもないよう、参加者が不安にならないよう綿密なスケジュールを立てるのにとても神経を使う。好きだから膨大な時間を費やしても出来ることで、これが「仕事」だったらとてもやっていられない。仕事だったら、責任義務、賃金などにしばられて大変なストレスになり、不平やグチが出そう。「仕事だから出来る」というのは大変な代償を払っているわけで、それに気付いていない人が言う言葉だと思う。ということでテレビの台風状況をのぞいたら、やはり各地で被害続出。ここはまだ静かに雨が降るのみでとても平和だ。----- Original Message ----- From: To:
2004年10月09日
今日は一週間前に東京から引っ越して来たT子さんを歓迎するハウスウオーミングパーティー。彼女の新居であるログハウスに今年の2月に一緒にフィンドホーンに行ったK夫妻、以前行ったことのあるK子さん、F子さん、Y子さん、そして地元のH氏とIさん母娘と私の10人がそれぞれ一品持ち寄り楽しいひとときを過ごした。(これだけ近くにフィンドホーン仲間が住んでいる所はほかにはないと思う)8年前誰一人知る人がいない所へ越して来た私だったのに、今はこうしてみんな私との縁で出会った仲間が一堂に会しているのかと思うと感無量の思いがする。8年前まで、いや中には数ヶ月前まで知らなかった者同士が和やかに談笑し、お互いに通じ合う会話をし、誰もがこの土地を愛している。これが「幸せ」でなくてなんだろう。11月の紅葉の時期には土地の地理に詳しいHさんの案内で近くを皆でハイキングしようという約束をして台風模様の雨の中をそれぞれ家路についた。----- Original Message ----- From: To:
2004年10月08日
10月1日~6日までの分は下記のサイトの「日記」の欄にあります。数日中にアップします。http://www.h5.dion.ne.jp/~fleur/<終>
2004年10月06日
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