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建築家で地質学者のカナダ人イアンとアイルランド人の奥様ロージーは共に60代、スコットランドの共同体フィンドホーンに住んで30年になる。今回で3回目の来日で、長野県での3泊のリトリートを終えて東京では27日と28日の2夜イブニングプログラムがあった。27日は50人の人が集まり、先ずスコットランドのグランドマーチでスタート。最初一列になって音楽に合わせて歩き、途中で左右に別れ、それが再び出会って2人になり、それが4人、8人とだんだん増えて行くだけなのだが、何だかやたらに楽しい。皆が自然に笑顔になって行く。続けて2重の輪になって向き合いながらご挨拶のダンス、次々ロージーが爽やかにダンスをリードして行く。そしてイアンは歌のリード。初めての歌でも簡単なメロディーと歌詞なのですぐにみんな覚え、輪唱をして行くといつの間にか全員が一つに溶け合って、そこに何とも言えない清らかな空間が生まれる。歌い終わってもその余韻にひたって誰も言葉を発しない。涙が出そうになるような愛にあふれた感動的な瞬間だ。知った顔、懐かしい顔、初めて顔、そのどれもが輝きニコニコしている。こればかりは言葉でいくら説明しても分かってもらえないと思う。体験して初めてわかる楽しさなのだ。イアンとロージー・ターンブル夫妻。このお二人でなければかもし出せない素晴らしい雰囲気がある。お二人ともその目はいつも温かい慈愛に満ち、たぐいまれな知性とともにユーモアと無邪気さにあふれ、何とも言えず可愛らしい二人。こういうご夫婦にまだ日本人では残念ながらお目にかかったことがない。お互いに愛し、尊敬し、いたわり合っている姿は実に美しい。彼らのそばにいるだけで心が暖かくなりニコニコしてしまうような、そんな素晴らしいお二人だ。28日は60人以上が集まってまた更に楽しい会となった。初めて会った同志がシェアリングをするうちに仲良くなってしまい、それ以後無二の親友になるなんていうのもフィンドホーンならではのマジック。今日はお二人は北海道。この週末は札幌でギャザリングがある。そして週の中ごろは富士宮市の自給自足の共同体「木の花ファミリー」へ2泊3日滞在し、2月5日には沖縄へ飛ぶ。週末は久高島で1泊のワークショップだ。これはわが息子夫婦が主催するので私と次女も参加することになっている。
2009年01月30日
先日評判になった映画「おくりびと」。これの元になった本(文春文庫)があった。たまたまこの本を読んだもっくん(というより今では本木雅弘氏と言ったほうがふさわしいかも)がぜひ映画化したいと言ってあの映画が生まれたのだそうだ。 作者は青木新門さんという詩人で小説も書いていた方。葬儀社に就職したことから遺体を納棺することが仕事となり、「人の死に絶えず接している人には詩心がうまれ、哲学が身につく。それは真摯に物事を考える人の当然の成り行きだ」と序文で作家の故吉村 昭氏に言わしむるまでになった人だ。 ひとことで言って素晴らしい作品だ。(先日朝日新聞にも「売れている本」として紹介されていた) 人は必ず死ぬのに、それを忌み嫌い、それに仕事として関わる人をも差別したり軽蔑したりする。僧侶だけはそうしないのが不思議だが、仏教に造詣の深い青木さんの僧侶への目は厳しい。 彼は特に浄土真宗に詳しく、我が家がその宗旨で父方の先祖は何百年も浄土真宗のお寺だったにも関わらず碌な知識のなかった私は沢山のことを学ばせていただいた。 浄土真宗は霊の存在を認めないと聞いて驚いたことがあったが、それは(青木氏曰く)死後直ちに阿弥陀如来が成仏させるから、迷える霊としては残らないという意味とわかった。 いろいろな遺体に出会いながら彼は宇宙の真理や生物に与えられた「不可思議光」に目覚め、元からお持ちの哲学的素養がさらに深まり、読む者に多くの感動と知識を与えてくれる。 それが沢山あり過ぎてここには書き切れないけれど、印象に残った言葉をいくつか紹介すれば・・・ 「己の死体を抜け殻扱いにできた者だけが覚者といえる」 「<死>は医者が見つめ、<死体>は葬儀屋が見つめ、<死者>は愛する人が見つめ、僧侶はそのどれもなるべく見ないようにしてお布施を数えている」 「嫌な仕事だが金になるから、という発想が原点である限りどのような仕事であれ世間から軽蔑され続けるであろう」 「末期患者には激励は酷で、善意は悲しい、説法も言葉もいらない。きれいな青空のような瞳をした透き通った風のような人が側にいるだけでいい」 そして・・・ 一箇所私が「へえ~」と思ったところは、これは映画にもそういうシーンがあるが、妻から「穢らわしい!近づかないで!」と言われた時には猛烈に怒りを覚えたのに、同じ言葉を浮気が発覚して言われた時には腹も立たず気にもならなかった、というくだり。 そんなものなんですかね、男性諸君?
2009年01月23日
「ヤング@ハート」とはアメリカはニューハンプシャー州に実在する老人だけのコーラスグループの名前であり、現在東京で上映中のドキュメンタリー映画の題名。20名ほどのメンバーは全員80代が中心の男女で、最高年齢者は92歳のおばあさん。みんな好きな音楽はクラシックとかオペラなのに歌う歌はなんとロック!!伴奏するミュージシャンもみんなシニアだ。リーダーで歌唱指導者のボブだけが少し若いけど、それでも60歳くらい。指導はけっこう厳しい。リズムが取れなかったり歌詞を間違えてばかりいる人にもビシビシ言う。年寄りだからと言って決して手加減はしない。メンバーは元気な人ばかりではなく、呼吸困難でずっと酸素のパイプを鼻に入れたままの人もいれば脊髄の激痛と闘っている人もいる。コンサートを前に相次いで二人の部員が亡くなるが、それでもめげず予定通り練習し本番をこなして行く彼らの姿は感動的だ。86歳のおじいさんだって車をビュンビュン飛ばして練習に行く。お年寄りにはやさしく、何も出来ないのだから助けて上げなきゃという日本。そして面倒見てもらうのが当たり前と思っている甘えた老人たち。まるで子どもに話しかけるような対し方が優しさだと思っている日本。年取ったら車は危ないから枯葉マーク(正しくはもみじマーク)をつけなきゃならない日本・・・・といろいろ考えさせられてしまった。優しさのオブラートに包まれた日本の依存体質はどうも好きじゃない。刑務所へ歌いに行くシーンでも受刑者たちの顔をどんどんアップで映すオープンさにも感心した。日本だったら精神病院や刑務所に入っている家族がいたら多分ひた隠しにして顔なんか映したら激怒するだろう。家だって塀で囲い、中が見えないようにして家の恥は決して外へは出さない。その閉鎖体質が家庭内での事件を多発させているのだと私は前から思っている。老人たちの歌うバラード「ヤング・フォーエバー」に涙し、明るいロックに笑顔で身体をゆすり手拍子を取る受刑者たちは最後はスタンディングオベイション。そしてみんなでハグをしたりキスをしたり。罪の軽い人たちだけなのかも知れないが、その光景のほうに私は感動してしまった。最後は町の大きなホールでのコンサート。チケットは完売で入れない人も多い。can という言葉が71回も出て来る難曲"Yes, We Can"男女二人のかけ合いで歌うちょっと色っぽい歌"I Feel Good" など沢山の曲を完璧に歌い終わって客席もみんな一緒になって手拍子を取り踊り出すラストは圧巻だ。東京の方はぜひご覧あれ。有楽町中央口前の ITOCIAビルの4F「シネカノン」で今月末まで上映中。但し夜の7時10分の一回のみ。
2009年01月17日
昨夜長々とハッキリした夢を見た。 どこか賑やかな商店街を歩いている私。向こうから沢山の自転車がやって来る。それを避けて歩きながら食料品を買いにスーパーへ向かっている。 とあるデパートのような大きなスーパーに入る。誰もが知っている有名なスーパーだ。大抵食料品売り場は1階にあるのに見当たらないので守衛のおじさんに訊ねる。 どこかで見たことのある人だ。細面で痩せ型、背が高く実直そうな人。7・3に分けた髪には少し白髪がまじっているがそれほど薄くはなく、きれいになでつけられている。実際に知っている人か、あるいはテレビで見た人なのか未だに顔ははっきり覚えているけれど思い出せない。 おじさんは「この階段を降りた所が食料品売り場です」と教えてくれたので、ああ、ここはデパートみたいに地下にあるんだ、と納得して降りて行ったが見当たらない。 階段を再び上り、さっきのおじさんにそう言うと、「おかしいな」と言いながら別の階段を指し、「じゃ、あちらから行ってみてください」と言う。 気がつくと私の後ろに大勢の人たちがいるので、その人たちと幅の広い大きな階段を降りて行く。 そこはだだっ広い部屋で、真ん中の台の上には沖縄のシーサーのような動物の焼き物がいくつも並べてあるだけ。まわりの人たちと「ここは雑貨売り場ですよね」 などと話しながら奥まで行ってみるがガランとしているだけなので、また階段へ戻ろうとするとそこにはカーテン降りていて、まわりにいた人々も消えてしまって誰もいない。そしてカーテンの陰の木の扉がガチャンと閉まってもう上って行けない・・・というところで目が覚めた。 食料品売り場が消えてしまったスーパーって、食糧危機が迫っているっていうこと? それともこの有名スーパーがつぶれるってこと? ヘミシンクのセミナーを受けている時やその後の夢などは全部記録しておくようにとタイさんに言われたので、ここに書いておくことにした。
2009年01月15日
天気予報通り、次の朝は一面の雪景色。うちのほうと同じサラサラのパウダースノウだ。 昨夜の夕食が散々待たされて出て来たのが10時半過ぎで、それも油っこいパスタだったせいか夜中ずっと胃がもたれて何度も目が覚めてしまいよく眠れなかった。だから朝は全く食欲なし。おなかも少しゆるい。 それでも気分は悪くなかったのでお迎えの車に乗り、3日目のセッションが始まった。 薪スト-ブの燃える部屋から眺める雪景色は素晴らしく、三角の樹形の杉の林が実に美しい。 昨日に引き続きF15から始まり、夜までにF21を終了することになっている。いよいよMちゃんは会いたがっている亡くなったお母さんに会えるかもしれない日だ。 ところが午前中の二つ目のセッションあたりからおなかの調子がおかしくなり始め、とうとう嘔吐が始まった。もう何も耳に入らないし何も見えない。ただただ眠りたいだけ。昼食はパスすることにしてお昼休みの1時間寝かせてもらうことにした。その間に2回目の嘔吐。昨夜の食事はすっかり出てしまった。つわりでも吐いたことのない私のこれまでの経験では25年くらい前に強くないお酒を飲みすぎた時と、15年くらい前にカキフライに当たった時の2回しかない。 お酒の時は下痢はなかったし、食中毒の時はもっとすごかったから今回のは明らかに様子が違う。私が寝ている間に、Mちゃんとタイさんの間で今回のセッションはこれで中止にしようという話がまとまって、その晩もう1泊するはずだったペンションは急遽キャンセル。宮崎のMちゃん宅までタイさんご夫婦が車で送ってくださることとなった。 Mちゃん宅では翌日の午後トランスフォーメーションゲームのお約束があったのでそれも考慮してくださった上のことだが、タイさん自身も翌日また別のセッションがあるのに少し風邪気味ということもあったようだ。 タイさんはMちゃん宅のすぐそばのお医者さんで診察を受け、私もと言われたけれど、病気でないことは自分でわかっていたので、私はそのままMちゃんの家で寝かしてもらった。その間も下痢は続いている。 朝まで2回ほど目が覚めたけれど18時間くらい眠っただろうか。朝はもうすっきりして元の気分に戻っていた。Mちゃんがポカリスエットとゼリー状のビタミンやミネラルを買って来てくれたのでそれを朝食代わりとし、お昼には少しのおかゆと梅干し。 そして午後からは予定通り3人の方にトランスフォーメーションゲームをすることが出来た。休憩なしでぶっ通しだったにもかかわらず全く疲れることもなく、空腹にもならず大丈夫だったから、これはやはり浄化だったのだと思わずにいられない。 Mちゃんも出発の前日同じような症状だったそうなので、前倒しで同じことが起きたのかもしれない。 タイさんご夫妻にもMちゃんにもすっかりご迷惑をかけてしまって本当に申し訳ありません。続きはもっと気候のよい時に、今度は宮崎から車で行った方が便利なことがわかったので、また一緒に伺いたいと思いますのでよろしくお願いします。
2009年01月13日
翌朝は朝食後ペンションまでタイさんが迎えに来てくださり、お昼をはさんでF10からF15の入門までのセッション。いつもことだけれどF10に入ったとたん身体中の力が抜けて完全にリラックスしてしまうのがわかる。やがて規則正しい寝息(時にはいびきが)が聞こえ始めるが頭は冴たままだ。 ガイドからの5つのメッセージをもらう時、5番目4番目はなぜか以前住んでいた横浜市の栄区の風景が、カメラがパンするようにぐるりと見えてくる。意味がわからないのだが、その頃のことをタイさんやMちゃんに説明しているうちに、話すつもりはなかった当時の状況や母のこと息子のことを話すことになり、あー、このことを話すためだったということに気がついた。これは大勢の参加者の前ではきっと話さなかったと思うので個人セッションの有難さを感じる。 3番目はうちの畑と次に秋葉原か御徒町あたりの高いビルが2棟。これはさっぱり意味がわからない。 2番目は何も見えず、ただ左の二の腕が痛くなり、次に左側頭部、もも、首、背中の順に痛みが来て最後はだるくなった。全部左側なのでもしかしたら右側の脳梗塞に注意ということかな、と思う。 そして最後の最重要メッセージは、黒い(シルエット?)富士山の頂上に丸い光の球があり、その右下に来月10歳になる孫娘の顔。「おばあちゃんに会いたいよー」と言っているらしい。(これは私が会いたいと思っているのかも) F15の入門のところでトータルセルフらしきものが見えた。最初いくらのような丸いものが沢山並んでいたかと思うと、それはNHKホールのような劇場に座っている大勢の人達で、私は一人で客席に向かってステージに立っている。それを後ろから眺めているのだが、客席にはところどころ空席がある。まだ戻って来ていない今世の私が何人もいるのだろうか。全員戻って来ないと次のレベルに行けないそうだからどうしたものか、とステージ上の私が感じている。 ガイドとの交信ポイントは、一人部屋だったモンロー研での机が浮かび、そこにノートパソコンを置いたけれど、字が小さくて読みにくい気がして、机の前の壁に大きな白い紙を貼り、そこにメッセージを書いてもらうことにした。 前世を見ようとした瞬間、海と帆船が見え、前から水が怖くて「前世で水難事故に遭っているのではないか」と感じている私はあわててそれを消してしまった。きちんと向き合うまではその怖れは消えないことが分かっているのに、まだ直視出来ないでいる私がいる。 その日もセッション後は皆で黒川温泉へ行く。グラウンディングには温泉がいちばんいいとのことだ。そして遅い夕食。これが浄化の始まりとはその時知る由もなかった。
2009年01月13日
6日に上京、7日は賛美歌の会と夜は読書会。そして8日の午前の便で熊本空港へ。そこには4年前にフィンドホーンへ行ったグループの一人Iちゃんが待っていてくれた。久しぶりのハグ。 そして宮崎からバスで来たMちゃん(2000年の体験週間で一緒)と合流し3人でランチをする。麺の代わりにはるさめを使った太平麺(タイピーメン)という珍しいチャンポンのようなものでなかなか美味しい。 そこへ阿蘇から車でタイさんがお迎えに来てくださった。 Iちゃんと東京での再会を約して別れを告げ車に乗り込む。3人でいろいろいろ話しながら阿蘇の外輪山をドライブすること約1時間半。 やがて杉林の中の素敵なお家に到着した。彼の著書「2012これが新世紀の生き方だ」(ハート出版)に出て来た通りのとても気持ちのよい所だ。そして何度かメールのやり取りをした奥様のノンさんが出迎えてくださった。 Iちゃんとは彼女のアイリッシュハープの演奏を聴きに来て下さったのがご縁で知り合ったとのこと。不思議なご縁を感じる。タイさんと並ぶとお二人ともとてもピュアーで透明な気品の漂うお似合いのカップル。 本によれば前世でインディアンの親娘だったとのこと。こうしていろいろな道のりを経てお二人が出会われ、東京と東北からこのはるか阿蘇の山の中にいらしてヘミシンクのセミナーを開かれているのは宇宙の導きとしか思えない。 今回はMちゃんが初めてということもあって、私も最初からすることになる。毎回体験が違うのでそれもまたよきかな、とタイさん独特の丁寧な個人セッションに参加する。 その日はあまり時間がなかったのでいろいろお話しをしたり準備の仕方とまでで終了。タイさんのご実家が私が10歳まで住んでいた中野の町にすぐそばで、高校は私の子どもたちが受験した同じ都立の学校群ということがわかって又もやご縁を感じる。 終わってから近くの黒川温泉までタイさんご夫婦と一緒に出かける。その後土地の名物「だご汁」で夕食。ペンションまで送っていただいて早目に就寝した。
2009年01月13日
新しい年がスタートした。2009年が明けてすぐ娘と一緒に谷中の養福寺へ行き、行列の末80番目の除夜の鐘を撞くことが出来た。(昨年は101番目)諏訪神社の初詣も済ませ、家に戻ってから温かい年越しそばで身体を暖める。元日は娘と新幹線で軽井沢へ。駅でMさん(フィンドホーン「体験週間」2004年組)と合流。彼女と同期のU青年もお母さん(2003年組)と別荘へ行くため着いていて、そこでお互い新年のご挨拶を交わす。私たち3人は近くのホテルの送迎バスに便乗して、そのままホテルの大浴場へ直行。温泉につかった後はマッサージでリラックス。夕食は近所のイタリアンと、な~んにもしないの~んびりの元日だった。2日は昨日のU青年親子と同じリゾートマンションにいらしてるやはり2003年組のHさんがいらして、みんなでお茶におしゃべりにMさんのタロットカード。クリスマスに雪が降った後はずっと晴天続きなので部屋には日がいっぱいに当たって暖かい。そこへ近所のYさんご夫婦が、手打ちのおそばをおつゆも一緒に届けてくださったので、夕食は思いがけず美味しいおそばをいただくことが出来て感激だった。3日は東京へ帰るMさんを送りがてら追分のアレキサンダーテクニークの先生のお宅へ行って3人で1時間ずつのレッスンを受ける。帰りはまたまた「つつじの湯」で温泉と小砂利浴、とゆるみきったお正月だ。2008年は秋から金融危機が始まり、暮れにはリストラ、派遣切りの嵐が吹き荒れたというのに、私はなんだか申し訳ないほどゆ~たりの~んびりしてしまって、身体がかるーくなってしまった感じ。いつもいつも何かに追われているように忙しかった日々はどこへやら。今まで自分はいったい何をしていたのだろうと思う。こんなにのんびりゆったりした年末年始は初めてのような気がする。何十年もやって来たおせち作りをやめたからだろうか。(代りに娘が自然のものを取り寄せたりして簡単なものは用意してくれた)日本の伝統を守らなければ、という意識が全くなくなってしまったのも不思議。私の中で何かが変わった気がする。何の焦りも不安もなく、風の間に間に漂っている風船にでもなったように、ただふ~わりゆ~らり浮かんでいる感じ。これはなかなか捨てがたい。よーし、今年はこれで行くことにしよう。何も考えずただ流れに乗って身を任せ、ふ~わりゆ~らりと漂いながら・・・
2009年01月03日
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