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ずい分前からフィンドホーン共同体の創立者の一人アイリーン・キャディの書いた「心の扉を開く」という本の読書会をしたいと思い続けていたが、今日ようやくその第一回目をすることが出来た。毎月第3日曜日の2時~5時と決めて、本当は今月の16日だったのだが、あいにくの大雪で来られない人が多く今日に延期したのだ。うちの周りにはまだ沢山雪が積もっていて駐車場も道路も狭くなっているため車が5台くらいしか停められないので、もし大勢いらしたらどうしようと思っていたら丁度5台。私を入れて9人とほどよい人数。そしてその中のお一人が持って来て下さったケーキの数も10個と全てがうまく出来ている。(余った一個は夕食のデザートに頂きました)詳しいことは近々エッセイに書くつもりなので省略するが、この本を読むことによって、そこに書かれていることをテーマに自分の思いや体験を語ってもらうというのが本当の目的。トランスフォーメーションゲームでもこの「語る」ということ、つまりシェアリング(分かち合い)というのが自分を知って行く上で非常に重要な役割を果たしているので、それを是非定期的に行ないたいというのが私のかねてからの夢だったのだ。曲がりなりにもその第一回目を実行することが出来てとても嬉しい。次回は2月20日(日)午後2時から。この日記や近いうちにアップするエッセイを読んで参加したいと思われる方はどなたでも歓迎。参加費は500円です。
2005年01月30日
昨日今日と二日続けて我が家でトランスフォーメーションゲームを行なった。いつも感心するのは、たまたまそこで出会うメンバーが偶然とは思えない組み合わせになることだ。昨日は40代のカップルと、これが4回目の30代男性の3人。この男性にとっては、少し年上の40代男性のシェアリングがとても参考になったようで、沢山の気づきを得たようだった。その気づきをこれからどう行動に移して自己のトランスフォーメーション(変容)のつなげるかはご本人次第。これからが楽しみである。そして今日は50代のご夫婦とそのお友達の50代と70代の女性の4人。珍しく全てのスクエアを使い、ほとんどセットバックによる「痛み」が出ないゲームだった。それぞれにあまりにもピッタリのカードが出て来るので一同驚きの連続。ほんとうにゲームのデーバやエンジェルの存在を感じないではいられないような展開だった。お互い同士をよく知っているということもあって、かなり正直な深いシェアリングをすることが出来、全員が大きく心を揺さぶられたのではないだろうか。1ゲームに休憩を入れて6~7時間かかるけれど不思議に疲れない。参加者の方が納得の行くゲームが出来た時はとても嬉しいし、ゲームがまるで生き物のように動き回るので、むしろ元気をもらえるのだ。ほんとうに不思議に満ちたゲームだと思う。
2005年01月29日
今日東京は雪だったらしいが、こちらはとてもいい天気。日差しが部屋いっぱいに差し込んで暖かく、昼間はコタツだけあればストーブはいらない。そのコタツさえ「弱」にしていても暑くなってしまって時々消しては調節している。午後東北のほうからいらしている方にライフリーディングを受けた由紀ちゃんが、その帰りにうちに寄って報告をしてくれた。占星術も取り入れたリーディングだったそうで、かなり具体的な内容だったが、彼女がこれまでにして来たことやこれから目指している方向などが大体それに沿っているのには驚いた。私もそうだけれど自分の心の赴くままに取る行動は大体宇宙の意志にかなっていることが多いものだ。スピリチュアルな道を歩いているといつの間にか自分の「真の魂」と「我欲」との区別がついてくるから面白い。その流れに乗ると全てがスムーズに行き、何の不安も心配もなくなる。3月のフィンドホーンツアーも今日になって立て続けに3人の方からの問い合わせがあり、その一人は即申し込み。これまでの4回もそうだったけれど、出発までには必ず定員かそれ以上になるから不思議。All going very, very well.(全てはうまく行っている)=アイリーン・キャディ
2005年01月26日
今日は今年になって初めての短歌会。新年会を兼ねて浅間観光センターに集まり乾杯をして昼食を共にする。会員はもっといるのだけれど、常時集まるのは10~15名ほど。最高齢90歳の方から40代までの女性ばかりだ。先生は70代の男性だが身体の不自由な奥様の介護をしながら、留守をヘルパーさんに頼んで指導に来て下さる。先生の作品にはいつも奥様へのいたわりや、少しでも良くなった時の喜びが詠まれていて心が温まる。一般には奥さんがご主人を介護することのほうが圧倒的に多く、そこには苦労や嘆きが感じられることが多いが、その逆の場合はそれがほとんどないのはなぜだろう。ほかにもうちのお客様で今年91歳になる男性が87歳の寝たきりの奥様を介護しておられる方があるが、やはりいつも愛のある言葉しかなくて感心させられる。さて、今年最初の私の短歌は 「有名」が「一流」とは限らず 次々に地に堕ちて行く 企業も人もこれは30年前から感じていたことで、私はこの30年間意識してめったに「一流」という言葉を使わずに来た。有名でさえあれば人は安易に一流大学とか一流会社、一流の人という言葉を使うが、本当に中身が「一流」と思えない限り私は口にはしない。最近はそれが露呈する企業や人間ばかりが新聞紙上をにぎわせている。世の中には名もない人や小さな会社の中に本物の一流が沢山あると思うので、名前やブランドに惑わされず、全てに誠実で愛のある本物を、自戒を込めて求めて行きたいと思っている。
2005年01月24日
3ヶ月ぶりに昨日から一泊で来ていた新潟の若い美容師のみっこちゃんが帰るのでバス停まで送って行く。彼女の家は10月の中越地震でいちばん震度が大きかった川口町にあるので心配したが、幸い家は壊れることなく一部を修理するだけで住めるようになったとのこと。勤め先の長岡市内の美容院もガラス窓全体に貼ってあった目隠し用のシールのお陰で破損を免れたそうだ。しかし両親とは3日も連絡が取れなかったことや、消息が分かった後も道路が寸断されて2週間も家に帰れなかったこと、当日の夜は学校の校庭に車を停めてその中で寝たことなど淡々と語ってくれたが、どんなに大変な思いをしたことだろうか。彼女は2年前のフィンドホーン「体験週間」の参加者の一人で、14歳の時にシャーリー・マクレーンの「アウトオンナリム」を読んで感動し、翻訳者の山川亜希子さんに手紙を出してそれ以来文通していたという人。毎月のようにうちへ来てはすぐ本棚の前に座り込むほどの本好きだ。若いけれど環境問題や健康のことにも関心が高く、私の髪をカットしながらシャンプーやトリートメントについての注意をしてくれた。私の髪は後ろと前とでは乾燥度が違うそうで、温泉などにおいてあるシャンプー類は絶対使わないようと言われ、つい持ち歩かなくて便利と思っていた怠慢を大いに反省させられた。
2005年01月20日
4年使ったパソコンがいよいよポンコツになって、ついに接続が出来なくなってしまった。入ってくるメールはプロバイダーが同じ携帯電話にも同時に入るので読むことは出来るが返事を書くのが大変。そこでフランスの長女に電話で相談したらすぐインターネットで探してくれてアマゾンで最新式のを買えるようにしてくれた。そこで即注文。なんと2日後の今日にはもう届いてしまい、こうして今日記を書いている。最初の立ち上げだけ息子がしてくれたので接続の仕方をカスタマーサービス に聞いて、早速溜まっていたメールの返事を書いた。 これまでのと同じA4のノートだけどずっと薄くて軽い。画面も音もきれいだし、キーボード も使い易くて嬉しい。3月初めにフィンドホーンへのツアーをするので今問い合わせや申し込みなどのメール が毎日入って来る。あと1~2名で締め切りだけれど、今回も満員御礼である。22日に近くのドームパラダイスで宿泊つきのトランスフォーメーションゲームを募集していたが、珍しく一人しか申し込みがないとのことで、18日まで待って3人以上にならなければ今回は中止ということになっていた。夜になっても 連絡がないので遂にドームでの11回目はお流れか、と思っていたら今朝メールが入っていて昨夜になって2人のお申し込みがあったので予定通り開催しますとのこと。ほんとうにびっくりした。どんな方にお会いするのかとても楽しみだ。
2005年01月19日
昨日からの雪が今日もずっと降り続き80センチほどの積雪。時々屋根の雪が大音響と共に滑り落ち、東側の窓の外にはヒマラヤ山脈、南の屋根の下にはマッターホルン、そして北にはモンブランがそびえている。マッターホルンの横に穴をあけるとかまくらが出来るが、今は孫も来ていないので雪かきに精を出す。丁度友達が来てくれているので手伝ってもらえて大助かり。しかし裸木の枝という枝が真っ白になり、モミの並木が雪で覆われている景色はまるで北欧のように美しい。コロラドのロッキー山脈のふもとの風景にも似ている。今年も北海道の「べてるの家」の人たちを招いて講演会をすることになり、今日はその実行委員会の第一回目。大雪のため来られない人もいて、集まったのは7人。近くの和食店で昼食を摂りながら打ち合わせをする。その結果9月の初めに前橋で講演会、翌日北軽井沢で交流会、最後は前回皆さんが喜んでくれた四方温泉に泊まって頂くということになった。先ずは週明けに会場を押さえることからスタートだ。昨年10月の講演会が成功したので今回は少し気がラクだがもう少しバージョンアップして楽しいことも加味する予定。セイクレットダンスもその中に入っている。本当はこの打ち合わせ会の後「カフェフルール」で「心の扉を開く」を読んでシェアリングという読書会をすることになっていたのだがあまりの大雪に山道を上って来られない人が続出したのでやむなく30日に延期することにした。東京での事件から丁度一週間経ち、私もすっかり元気を取り戻した。一時的にネガティブなエネルギーに汚された心が、どこを見ても美しい真っ白な聖なる景色に浄化されたように思う。
2005年01月16日
事件から4日たって初めてゆうべはぐっすりと眠れた。まだバッグを奪われた時の光景や、悲しい思いで叫びながら追いかけている自分の姿が繰り返し現れて来て、その度にその時の恐怖や絶望感がよみがえっては浅い眠りの夜が続いていただけに、今朝は久しぶりにすっきりとした目覚めだった。真っ青な空を背景に連なる雪山の壮大な景色が心を癒してくれる。この美しい場所が今は私の故郷だとしみじみ思う。一緒に帰って来てくれた友人の存在も大きな慰めだった。昨日は先ず友人に車を運転してもらって郵便局へ行き通帳やカードの再発行の手続きを済ませてから地元の警察署へ行って運転免許証の再交付の書類を作ってもらった。東京の警察は事件の報告書を作るのが最優先で実に事務的だったが、田舎の警官は事情を聞いて、「それは大変でしたねぇ」といたわってくれたので不覚にも涙が出そうになってしまった。そのまま車で2時間近くかかる前橋の交通センターまで行き、ようやく免許証を手にすることが出来た。郵便局や銀行の口座が使えるようになるまでにはまだ何日かかかるので、現金を全部盗られた上お金がおろせないとなるとしばらくは一文無し状態が続く。しかしこの話をすると必ず誰もがスリに会ったとか置き引きにやられた、振り込め詐欺の電話がかかって来た、友人がそれにだまされた、空き巣に入られたなど何の事件にも関係ない人がいないことに更に驚いた。何と言う世の中に成り下がったのだろう。しかも犯人には罪の意識もないのだと思う。今日もコンビニの女店員が刺されてバッグを奪われた事件があった。魂が垢まみれになっている人間が多すぎる。その汚れが洗われればみんな美しく輝く魂を持っているはずなのに・・・・ただただ悲しい。<終>
2005年01月14日
6日に上京し今日6日ぶりに帰宅した。この間エニアグラムやトランスフォーメーションゲーム、友人達との談笑など楽しいことの合い間に、私としては生まれて初めての衝撃的な事件に遭遇した。今でもその時の恐怖が胸に刺さったままだ。9日の夜9時頃、川口市でのトランスフォーメーションゲームを終えて滞在先へ戻る途中、友人から携帯に、近くの喫茶店にいるから来ない?というメールが入った。会いたくない人ではなかったが、なぜかあまり気が進まなくて、それがなぜなのか自分でも分からないまま断る理由もないので歩いて行くと道端に若い男が立っている。寒いのにこんな所で待ち合わせかしら、と何の警戒心もなくその前を通り過ぎようとした時、その男はいきなり私の左手のバッグをひったくって逃げたのだ。ものすごいショックと悲しさで私はギャーッ!と大声で悲鳴を上げながら追いかけたが及ぶべくもない。すると後ろから猛スピードのバイクが男の曲がった路地に入って行ったので、あ、つかまえてくれる、と思った直後二人は同時に消えてしまった。仲間だったのだ。辺りは飲食店の並んだ道なのに誰も助けには来てくれない。刺されるかも知れない今の時代仕方ないのかも知れないが、私にとっては三重の失望感。裏切られ感だった。幸い携帯電話はコートのポケットに入れていたのですぐ110番し警察官が何人も来たが、寒空の下で同じ状況説明を何回もさせられ、被害届けが終るまで4時間近くかかってしまった。その間友人の助けを借りながら何枚ものクレジットカードの停止手続き、金融機関への電話、翌日の約束のキャンセルなどでぐったりしてしまった。いつになく現金も余分に持っていたので口惜しいが、それよりも失望と恐怖のほうが強くその夜はほとんど眠れなかった。
2005年01月12日
「孫は来てよし帰ってよし」とはよく言ったもの。本当に来るまでは楽しみだし、かわいいのも確かだけれど一週間一緒にいるとやはりいささかくたびれる。今日は男性郡が一足先に帰り、その後私の車に長女と孫2人それにMさんを乗せて出発。軽井沢バイパス沿いにあるジャムの老舗「沢屋」が経営するレストラン「こどう」で美味しいランチ。支配人は長く万平ホテルに勤め、大宮のジョン・レノン・ミュージアムの館長も務めた梶谷さん。通称カジさんだ。一年前の暮、隣町の御代田で「地球交響曲第3番」の上映会のお手伝いをして以来のお付き合いだが、その時の仲間が集まってガイア縄文ネットワークというグループを作っている。みんなセンスのいい気持のいい人たちばかり。この軽井沢、小諸、御代田、佐久のグループは北軽井沢の仲間達ともつながっており、一緒に満月が昇るのを見に行ったり、うちに集まって談笑したり、ライブを楽しんだりしているが、2月は北軽で炭焼きをするそうなので又みんなが集まりそう。とても楽しみだ。夜はこのガイヤの仲間で去年カウアイ島へも一緒に行ったフミさんが来てくれて一緒に夕食。その後コンピューターの神様のような彼女にいろいろ教えてもらったり、調整してもらったりして大助かり。明日からは東京なのでいろいろ忙しい。3月のフィンドホーンツアーへの問い合わせや申込みが相次いでいる。
2005年01月05日
女の子と言えど8歳と5歳の子のエネルギーは凄い!一週間前から半日は一緒にいるので周りの大人たちはクタクタ。そこへ今日は救い主が現れた。子ども達が大好きなアンチョビことWさんとその婚約者のMさん。アンチョビとはちょびひげを生やしたアンクルと言う意味。さっそく二人が子どもたちをスキー場へ連れて行ってくれたので娘夫婦も私も次女もようやく自分のことをする時間が持てた。子どもたちも大喜び。リフトがストップするギリギリまで遊んで、すっかり興奮して帰って来た。8歳のカナは丁度一年前のお正月に、次女から2時間ほど手ほどきを受けただけなのに、今日はすぐに滑り始めて一人でどんどんリフトに乗っては滑り降りるのを楽しんだそうだ。間違えて上級者コースのリフトに乗った時もちゃんと一人で滑降して来たというからみんなでほめてやった。夜は長男と次女が抜けて、代わりにWさんとMさんが入り、又もや賑やか。みんな明日帰るので私の手作りシューマイとサラダ以外はほとんどこれまでの残り物だけれど、楽しい会話と笑いが何よりのご馳走。かくして今年のお正月も無事幕を閉じようとしている。<終>
2005年01月04日
お正月二日目。雲一つなく晴れ上がった真っ青な空を背景に真っ白な浅間山が実に美しい。相変わらず勢いよく噴煙を噴き上げている。近所の本屋さんに勤めていて今日も仕事のユキちゃんは残念ながら行けなかったが、車2台に分乗してみんなで初詣に出かける。氏神様は鎌原(かんばら)神社。小さいけれどとても由緒のある古い神社で諏訪大社につながっている。220年ほど前の天明の大噴火で埋まってしまった鎌原村の中に建っていて, 村民93名を救ったと言われる鎌原観音堂のすぐ近く。この生き残った人々を近くの大笹の庄屋が、親を亡くした子と子どもを失った親、夫を亡くした妻と妻を亡くした男性を組み合わせて新しい家族を作り、30家族が悲しみのうちにも村を再生させたそうで、今はその何代目かの子孫がこの村に住んでいることになる。血のつながりを何よりも重んじる日本の、しかも農村でこうした新しいことが行なわれたのは画期的なことだったと思うが、今はまたあちこちで、他人同士が同じ家の中で共同生活をするという試みが行なわれている。家族だからうまく行くこともあればその逆もあるので、気の合った同士が新しい家族を作るというのはなかなか素敵なことではないだろうか。夕食は又もやパパシェフの登場で私がリクエストしたパエリア。無添加ハムを贅沢に使い野菜やキノコがたっぷりの山のパエリアだ。味付けは塩だけなのに実にいい味。それに鴨のくんせいとフランスから持参のフォアグラ。そして私が作ったトマトスープでおなかはいっぱい。美味しかったぁー!
2005年01月02日
明け方から降りだした雪が短時間の間にかなりの積雪となり私が目を覚ました8時過ぎにはもうやんでいたが、昨日雪かきした所はまたすっかり埋まってしまっていた。一面の銀世界に陽が当って実に美しい。昨日の雪と相まって50センチくらいの深さになっているが、サラサラのパウダースノーなので軽いから雪かきはそれほど苦にならない。11時頃には全員揃って新年の挨拶を交わし、上等の吟醸酒で乾杯。今年も皆が健康で暮せますようにとの思いは毎年同じだけれど、今年はお義父さんが大病をして退院間もないので尚更だ。私が子どもの頃は全員晴れ着に着替え、大人たちは紋付の羽織を来て厳粛にお屠蘇で祝っていた姿が思い出される。朝起きると枕もとに着物と新しい下着と足袋が置かれていてそれを母に着せてもらい、子ども心に新年を迎える心構えが出来たものだ。お年玉をもらい、新しい下駄をはいて外に出て友達と羽子板で羽根つき。押し絵の羽子板は素敵だけれど子どもには重いので、たいてい簡単な絵の描いてある板の羽子板を使ったものだ。羽根のついた黒い木の玉がうまく中央に当った時のカーンという爽快な音は今でも耳に残っている。今はそうした正月の儀式や行事もすっかり簡略化されて、服装は普段と変わらず、おせちも手作りは半分に減り、子どもの遊びもすっかり変わってしまった。私も何年か前までは必ず用意していたお飾りも門松もいつの間にかしなくなっているし、新年だからと特別改まった気持にはならなくなってしまった。ただ、家族が一緒に集まる貴重な機会であることは確かなのでこれからも楽しみな時であることには変わりない。来年は是非ともフランスのノエル(クリスマス)を味わってみたいので、暮の20日頃から出かけて、お正月は彼の地で迎えられたらと思っている。
2005年01月01日
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