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テレビもたまにはいい番組をやるなあ、と思ったのが今日12チャンネルで放送した「主治医が見つかる診療所」。これまで見たことのない番組だったけど血圧がテーマと知って早速見てみた。何人ものドクターの話からこれまで私が自分で判断してやって来たことが間違っていないことに太鼓判を押されたような気がして嬉しかった。 私はほんとに病気と言うものに縁がなく、毎年の健康診断でも血圧以外はどの数値も問題ない。しかしいつも「高血圧」と診断されて毎回医者へ行って薬を飲むようにと指示される。しかし私の父は降圧剤の副作用で糖尿病になり、結局71歳で糖尿昏睡で亡くなったので、出来るだけ薬は拒否して来た。 しかし2年前のある時期左乳の下が一日に何回も水泡が上がってくるような感じがして違和感を覚えたので、もしかして血圧と関係があるかもと測ってみたら210/103という驚くべき数字。 近所の看護師さんのすすめもあって近くの病院へ行く羽目となった。 いろいろ検査をしたが心臓には異常ないことが分かり、結局この違和感の正体は分からずじまいで降圧剤だけを処方された。ところがそれを飲むようになってからそれまで普通に歩けていた道が休み休みでないと歩けなくなってしまったのだ。100メートルも歩くと心臓が苦しくなって10分ほどじっとしていないと足が前へ出ない。坂道や荷物を持っていたりするともっとひどいので医者に言って薬を変えてもらったが変わりなし。 半年ほど飲んだ頃、IHM社のイベント会場で指先の毛細血管の状態を見る機械に出合ったのでさっそく見てもらうと健康なら全部立っているはずのU字形の毛細管が半分寝てしまっている。これは心臓に負担がかかっているからだと言われ、薬を飲んでいると言ったら「それで血圧は下がるかもしれませんが、それだけ心臓が余分に働くことになるんですよ」とのこと。 実は心臓病で亡くなった私の母も父同様医者信奉者だったので長いこと血圧の薬を飲んでいて、心臓肥大だった。こりゃ、大変。心臓が働きすぎると筋肉がついて肥大になることを知っていたので直ちに薬をストップした。 そのことを人に話すと決まって言われる。「だめよ。血圧の薬は一度飲み始めたら勝手にやめてはいけないのよ」と。 でもそれから1年以上経ってもなんともないし、少なくとも休まなくても道を歩けるようになったのだからこれでいいと自分では思っている。 その後左胸の違和感の原因も分かった。プラニックヒーリング(PH)の本を読んだ時普通は七つとされているチャクラがPHでは11あるとされ、その一つが脾臓のチャクラで、そこが活性化すると非常に活動的になり一時的に血圧も上がる、と書かれていたのだ。それでナットク! 人にも呆れられるけれど、ほんとに私は活動的で元気だもの。私の元気の秘訣は高血圧ということなのだ。 今日の番組でも同じことを言っていた。人によって違うものを一率に同じ数値で判断し、以前は160まではよかったのにそれを140に下げることで何百万人という高血圧患者を増やしたのだ。さぞかし医薬品業界は儲かったことだろう。 私の友人の母上で95歳まで病気知らずだった方などなんと常に250あったと言う。それに比べれば160~180/80~95の私など全く問題ない。無理に下げるほうが脳梗塞になりやすいとは初耳だった。 肥満とストレスは高血圧の原因となるが、塩分はあまり関係ない。高齢者で元気な人は高血圧でよい。無理に下げると元気がなくなる。安易に薬に頼るな。数値に振り回されるな、薬は途中でやめてかまわない。 医者は数値や映像やフィルムだけ見るのではなく患者を見ろ、患者にさわれ、と言うドクターの最後の言葉が心に残った。
2007年01月29日
昨年秋から大体週1回のペースでマイミクのニッシーさんのパーソナルトレーニングを受けて4ヶ月目に入った。 私はとにかく運動が嫌いで、人々が好むウオーキングもジョギングも水泳も楽しいとは思えずみんなあえなく挫折して来た。だからこうして日時を決めてマンツーマンで指導して頂かないと運動はいつも後回しになってしまうのだ。 場所は千駄ヶ谷の東京体育館。1時間みっちり汗を流す。ここはプールもお風呂もあって2時間まで450円で利用出来るので東京の人はラッキーだなあ。私も軽井沢からわざわざでは交通費が大変なので、週に一回仕事で熊谷まで行くついでに足を延ばしたり、別のことで東京へ行く時にスケジュールを合わせて頂いている。 終わった後は身体がスッキリとしてとても気持がいい。 パーソナルトレーニングだから一人一人その人の身体のくせや弱い所に合わせてメニューを作って下さるので有難い。時々マシンも使うけれど、これも自己流よりはやり方が分かるのでほかの場所でマシンを使う場合にも助けになる。 ニッシーさんは若いのに根気よく、この運動神経ゼロのおば(ア)さんの相手をして下さるので本当に感謝!お陰で股関節は大分柔らかくなって大股で歩けるようになったし、ウエストもちゃんとくびれて来た。腹筋も大分強くなったような気がする。 姿勢を良くする場合もどこに力を入れれば腰を痛めずに済むのか分かって来たし最初は辛かったスクワットもラクに出来るようになった。 私の周りには腰や膝の痛い人が大勢いるけれど、身体の正しい使い方を知らず自己流でやっていたら私もそうなっていたかもしれない。ヨガやアレキサンダーテクニークもみんな共通して同じような注意をされるが、つくづく今まで膝や腰に負担のかかる使い方をして来たことが分かる。背中が丸くならないようにつとめて肩甲骨も開くようにしなければ。 それでもやはり長い間のくせのようなものはなかなか直らず困ったものだけれど、これからも気長に続けて行きたいと思っているので、ニッシーさん、よろしくお願いしまーす。
2007年01月26日
長野県の別所温泉の奥にある女神山ライフセンターでの、フィンドホーンから去年に次いで2回目の来日中のイアン&ロージー・ターンブル夫妻による2泊3日のリトリートに参加して今日帰って来た。 イアンさんは地質学者で建築家でもあるカナダ人、ロージーさんはアイルランド人。60歳前後のお二人は慈愛に満ちた暖かい笑顔を絶やさない素晴らしいご夫妻。ユーモアがあって知的で大らかで、残念ながらこういうご夫妻を日本で探すのは至難の技だ。 参加者は日本各地からの25名。そのうち7人が中高年の男性というのも珍しく、それにイアンとセンターのオーナーが加わったので素晴らしくパワフルな雰囲気だった。私の読書会に来て下さっている方も何人かいて嬉しい限り。 スコットランドやイスラエルやギリシャなどのダンスを輪になって踊ったり、アフリカやロシアの歌を歌ったり、身体を使ったゲーム、感情を噴出させるワークなど盛り沢山の内容で泣いたり笑ったりの充実したリトリートだった。 最初は固い表情だったRちゃんがだんだん笑顔が多くなり、涙を流しながらも誰にも言えなかったことを皆の前で話すことが出来た時誰もが感動で胸がいっぱいになった。 最後の夜彼女が何人かの仲間と「見上げてごらん、夜の星を」を手話を使いながら歌う姿を参加者の一人がデジカメで撮った写真には沢山のオーブが写っており、その一つは大きな曼荼羅となっていたのには皆が驚いた。しかも彼女の第2チャクラと第5チャクラの所にはハッキリ半透明のオーラが写っている。 勇気を持って自分の思いを伝え行動したことが目に見える形で証明されたのは本当に感動的だった。 65歳の不動産業の男性が手をつないで踊るなんて初めてとテレながらも、楽しそうに輪の中に溶け込んでみんなとハグしている姿にも胸を打たれたし、人々が心を開いて変容して行く姿に私は何度も胸がいっぱいになって涙がこみ上げて来て仕方なかった。その方たちの以前の姿を知っているだけに嬉しくてたまらない。 みんなでモーツアルトのハレルヤを重唱した時、手を組んで黙々とステップを踏みながら輪になって踊る時、まさしく自分の中の神聖な部分が表出し、それがみんなのそれと溶け合って行くのを感じてただただ愛と平和に満たされて行った。 「これだけの人が集まっているのに人の悪口や批判、愚痴、不満などが一言もないのには驚いた」と言った人がいるが、そう言えば一般社会ではそれが多いのだということに改めて気がついた。そういう世界とはほんとに遠い所へ来てしまったのだなあ、としみじみ感じる。 ご夫妻はこの後22、24,25日に東京で、週末には北九州市で、そして30日には沖縄でそれぞれワークをすることになっている。(沖縄では私の息子夫婦がお世話をする)私は24日のパーシモンホール(都立大前)に参加するつもり。 ぜひぜひどれかに参加してご夫妻の,側にいるだけで癒されるような暖かいエネルギーを感じてほしいと思う。問合せ先(090)6517-6597
2007年01月21日
昨夜丁度1年前に発足した北軽コミュニティー「北軽で遊び隊」の今年最初の集まりをした。6時からなので久しぶりにお店に灯りをつけ、床暖のスイッチを入れて暖炉の薪に火をつける。 部屋が丁度暖まった頃皆さんがそれぞれのお料理を持って集まって来た。20代から50代までのご夫婦が5組とご主人が都合悪くて奥さんだけの方やシングル女性が私を入れて4人と1歳半の坊やが一人で合計15人。(今回欠席はご夫婦一組プラス女性1人) 近くにこれだけ同じ思いの人たちが住んでいるって何て素晴らしいことだろう。日本中探してもほかにはないのではないかととても誇りに思っている。 先ずは一同新年のご挨拶をしてから食事会を始める。いつものことだけれどお互い打ち合わせなしに思い思いのものを持ち寄るのだが、決してダブることなく主食、副食、スープ、サラダ、デザートと実にバランスよく揃う。 ひとしきり賑やかに食事をした後一人ずつ去年を振り返って、また今年の抱負など順に分かち合いをした。去年1年で考え方や生き方が変わったと言う方が多く、2006年はそれがハッキリして二極に分かれる年だと聞いていたがまさにそうなのだと再認識した。 つまり、従来通り世間の常識や価値観、競争や差別や自我にとらわれた三次元的世界に生きることを選択した人たちと、そこから抜け出てもっと広い意識の元に「愛」を動機に生きることを選択した人たちとの二つの世界だ。 私は去年そのことをA列車とB列車にたとえてエッセイに書いたけれど(http://www.h5.dion.ne.jp/~fleur/essay06520.htm)まさにAからBに乗り換えた人々が去年は激増した気がする。わが「遊び隊」の面々は皆B列車の乗客ばかり。それも去年の1年間のうちに乗り換えた人が何人もいる。その結果としてこれまで疑問を持たずにして来た仕事を辞めたくなったり、こちらへ永住しようとしたりということが起きて来ている。 これはフィンドホーンへ行った人たちやトランスフォーメーションゲームを受ける人たちの中にも多く、たとえいくらお給料が良くても仕事の内容が自分の良心に反するものだと辛くて続けられなくなってしまうからだ。しかし世間の人や親は表面的なことしか見ないからその悩みが理解出来ずそこで衝突が起き苦しんでいる若い人たちが多い。 これからの時代はA列車の乗客にとってはどんどん生き難い時代になって行くと思う。信じられないようないやな事件も沢山起きることだろう。ネガティブなものがどんどん排出されて行くような気がする。 毎日うんざりするほどのゴミメールを送りつけることを仕事にしているような輩は自分の選択した世界の中でもっと広い世界があることも知らずに生きていくのだろうなあ。
2007年01月16日
札幌に住んでいる人には笑われてしまうかも知れないけれど、うちのような田舎ではない大都会の雪の風景というのを初めて見てびっくりした。 2日ほど前のすごい低気圧は日本海側に大雪をもたらし、北海道も地域によっては欠航便が出たりして大変だったようだが札幌はさほどでもなかった。それでも車道は真っ白でその上を何事もないように普通にバスや車が走っている光景が私にはとても珍しい。 東京だったら大変な渋滞や事故になるところがさすが北海道、それなりの車でありタイヤなのだろう。歩道は凹凸のあるゴムのようなものが敷いてあるけれど横断歩道は踏み固められた雪の上を渡るので要注意だ。 でもそこを高いヒールのブーツなどで小走りに行く人もいて感心する。(多分裏には滑り止めがついているのだと思うけど) 札幌駅の周辺は縦横に地下道が走っていて沢山の飲食店、ファッション関係の店がありデパートも入っている。ホテルの地下から直接そこに行けるのはとても便利だが迷子になりそう。これなら大雪が降ってもどこへでも行けそうだ。 9日は帰りの飛行機が夜の9時の便しか取れなかったので1日たっぷり時間があった。チェックインを延ばしてもらってホテルでゆっくりした後映画を観ることにした。 JRタワーの7階には12も映画館があってこれまたびっくり。全くのおのぼりさん気分だ。その一つで「武士の一分」を見る。ほのぼのとしたものが残るとてもいい映画だった。 何しろキムタクがいい!役になりきりながらもキムタクとしての個性がそこはかとなく見えるのがまたいい!ヨン様とやらよりずーっといいなあ、とこれは私の個人的な思い。 彼独特の何気ない演技が私は好きだ。この映画でも初めのほうで縁側に腰を下ろして庭を眺めながらうちわをクルリクルリとまわすしぐさがあったが、あれはきっと彼のアドリブだと思う。細かく計算してそれが自然体に見えるところが彼の身上なのだ。(と、これも私の勝手な感想) 映画が終わってからけいこさんと待ち合わせて評判の回転寿司屋さんで北海道の味を楽しみ、改札口まで送って頂いた。彼女も1年間のお休みが終わって今月過ぎにはニューカレドニアに戻ってお仕事に復帰する。 お姉さまのゆみさんにも今回すっかりお世話になってしまった。新たなお知り合いも増えてまた時々札幌へ来ることになりそうな気がする。 皆様いろいろありがとうございました。とても充実した楽しい4日間でした。
2007年01月10日
6日から札幌へ来ている。 7日、8日と連続で8人の方にトランスフォーメーションゲームをすることになっているので、6日は全員集合で初対面の人も多い中一緒に夕食を摂ったのだが、それぞれ思いが共通なのですぐに打ち解けて和やかな集まりとなった。 7日は会場として札幌駅前のエルプラザという公共の建物の一室をお借りしたので、そのために団体名が必要となり、お世話役のゆみさんがとっさに「フィンドホーン札幌会」という名前で申し込みをしてくださった。無料で使える代わり定期的に使わなければならないとのことなので、月一回「心の扉を開く」の読書会をしたら?と提案した。 時にゲストを迎えたり、ワークショップなども出来るしこれから札幌での人々のネットワークが広がって行くと思うととても楽しい。 この日のゲームは男性1人女性3人。それぞれにピッタリのカードが出て来るのでみんなビックリ。いつものことだけれど改めてその不思議さに感心する。 2日目の参加者の方は皆さんガンの体験者。すっかり元気になられた方もあれば現在まだ病気を抱えていらっしゃる方もあるけれど、皆さんとても明るくて前向き。この日もまたそれぞれに合ったカードの連続で驚く。ゲームの最中に明らかに変容の起きた方もあって、はるばるやって来た甲斐があって嬉しい。 たかがゲームされどゲームなのだ。 明日東京へ戻るのだが最終便しか取れなかったので丸一日時間がある。ゆっくりホテルを出て午後は今評判の「武士の一分」を見てからK子さんと夕食を一緒にする約束をした。
2007年01月08日
今日は午後から逗子のワイオラでネネさんのヴォイストレーニング。と言っても歌を歌うための発声練習のようなものではなく、彼女独特のメソッドによるもの。 参加者は10名。まず思い思いに楽な姿勢で床に座りしばらく瞑想をする。そしてその後ネネさんのリードで「アワのうた(ホツマツタエ)」「ひふみ祝詞」「いろは祝詞」の一語ずつを一息で声に出して行く。 声を自分の内側に響かせながら、それがどこに響くかを感じ、その響きで内側をマッサージするように自由に声を出して行く。 男性二人(大学教授と歯医者さん)と女性8人の声が微妙なハーモニーとなって溶け合い部屋中に響きわたる。身体は自由に動かしていいので、それぞれ寝転んだり、立ったり、動き回ったりしながら発声を続ける。 私は最初のうちは一語ずつ意識して声を出していたが、だんだん音の海に浸かっているような気分になって心地よくなり、一瞬ふっと眠ってしまったことが3回もあった。ほんの短い時間なのに夢まで見たようだ。 最後はそれぞれ自分で節をつけて発声したが、全員のさまざまな音階の声が一つに溶け合って素晴らしいエネルギーとなった。 一人ずつ感じたことをシェアーをした後、最後にネネさんがオリジナルの憲法9条の条文にメロディーをつけた歌をアカペラで歌ってくれて終わりとなった。 なにかお風呂に入った後のような爽やかな、とてもリラックスした良い気分。 終わった後は逗子駅近くのレストランで新年会。これはまみさんや私と同じ7年前のフィンドホーン仲間の同窓会も兼ねていてとても楽しかった。
2007年01月04日
暖冬のせいか今年は何度か雪が降ったもののせいぜい2センチくらいしか積もらないのですぐに溶けてしまう。車の運転には大いに助かるが雪のないお正月はちょっと寂しい。私がここに住み始めてから11回目のお正月だけれど、こんなことは2回目くらいだと思う。 元日はゆっくりお雑煮で祝ってから鎌原神社へ初詣に行き、そのまま「つつじの湯」まで車を走らせる。 やわらかな陽が差し込む広い湯船につかっていると娘が「やっぱり温泉はいいねえ」と言うので「こういう所に実家があっていいでしょ?」と言うとすかさず「東京に泊まる所があっていいでしょ?」確かに!と二人で大笑い。 ここは小砂利を敷いた岩盤浴も韓国式垢すりもある。そこで交互に垢すりを頼むことにした。 私にとっては初体験。浴室に隣接した部屋のベッドの上にスッポンポンで仰向けに寝かされる。(想像しないでネ) 首から上を除いて全身くまなくゴシゴシやられちょっと痛い。途中で一度湯船につかって戻ると今度は指圧。大晦日に張り切って働いたので背中や肩がパンパンになっていたので気持ちがいい。 お陰で全身ツルツルの玉の肌。バスタオルがいつになくスルスルと身体を滑るのでびっくりした。これは時々やったほうがいいかも。 今日の午後娘は帰り、入れ替わりに原宿の竹下通りで「さりゆ」というヒーリングスペースをやっている明日香さんがお友達と来訪。 彼女は地元出身で以前は小学校の先生だった人。今はレイキやタロットやフラワーエッセンスなどのセッションを仕事にしている。なぜ安定した仕事を辞めたのかと人から訝しがられたそうだけど、今公立の学校に関わっている私にはその気持が分かるような気がする。一緒に見えたお友達が店長をしているオーガニックのお店のオーナーが私が以前から知っている人だったり、そのお店にネネさんも行っていたと知ってびっくり。又もや世間は狭いなあと痛感する。 さて、明日は私も上京。4日まで逗子のワイオラ、5日は六本木で麻雀、6日からは札幌だ。
2007年01月02日
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