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今日は逗子のまみさんと渋谷でランチをした後ル・シネマでシャーリー・マクレーンの「トレヴィの泉で二度目の恋を」を観て来ました、今日封切りで土曜日だったせいか、それとも久しぶりのシャーリーの映画だったからか満員の大盛況。シャーリーは私と同い年なのですがまだまだ健在で、彼女にぴったりの自由奔放なおばあちゃん役をイキイキと演じていました。帰りに調子の悪くなったiPhoneを駅前のauショップに持って行ったらやはり故障しているとのこと。買ってから2年と3か月、最近電池の減り方も激しいのでそろそろ替え時かなと思っていたので思い切ってiPhone6に買い替えました。昨年夏から始まったという「かけ放題」の設定にして、前のを15,000円で下取りしてもらえたので毎月の費用は本体分を入れてもむしろこれまでより安くなったみたいです。 でもこの古くなったiPhoneにはずい分お世話になりました。買って4か月で使い方にようやく慣れた頃に骨折して入院。病室では電話は使えないけれど、この小さな器械一つにどれだけ助けられたかわかりません。コルセットをつけて起き上がれるようになるまでの6週間、天井だけを向いて寝たきりでいた間もメールの送受信、ブログの発信、銀行の振込み、そしてラジオと大活躍をしてくれました。今日でお別れはちょと寂しかったけれど、これも人間と同じ。いつかは消える日が来るのです。今日の映画のシャーリーが演じた、昔の映画の中のアニタ・エクバークと同じようにドレスのままでトレヴィの泉の中ではしゃぐという夢を果たしてから心残りなく死んでいくおばあちゃんのように・・・
2015年01月31日
英文購読の講座は12月で終了し、1月はダンスのレッスンもお休みなのでせっせとカーブスに通い、瞑想もほとんど毎日することが出来ました。両方とも以前は苦手だったのに今は日々の習慣となり、それも楽しく出来るようになったのが不思議です。2年前の骨折と長期入院の後遺症で正座が全くできなくなっていたのですが、11月に知人のお焼香に行った時初めて5秒間ほど座ることが出来ました。それからせっせとストレッチをしたり、カーブスの最後にするストレッチの後で正座の練習をしていたらその時間が少しずつ延びて、今では2分間くらいは何とか座っていられるようになりました。入院前は30分くらいは出来ていたので、それでもまだまだなのですが。瞑想の方はきちんとやり方を学び、マントラもいただき、30分経つとチーンと鐘が鳴るCDをかけながらするととてもやりやすく、すっかり習慣になりました。ビジョンや思考が湧いてきてもそれはそのままにしておくと自然に無の世界に入って行くことが出来るようにもなりました。今日は講座の最終回で、これまでの経験をシェアしたり7つの意識階層についての説明を受けました。スピリチュアルな世界に全く興味のない人たちが体感しているのは第一(深い眠り)第二(夢を見ている時)第三(起きている時)までが普通だと思いますが、第四段階は「超越意識」。瞑想などを通してここの意識にアクセスすると直感や予感が働き人間関係が好転し始めます。(これは誰でも体験していると思いますが、それが超越意識とは認識していないでしょう)そして第五段階が「宇宙意識」。ここにアクセスするようになるとシンクロニシティがひんぱんに起きるようになり、奇跡的な出来事も体験します。つまり「すべてはうまく行っている」状態です。そして「目撃者の状態」になることが出来るのでいつも平常心でいられパニックになることがありません。起きて来る出来事や自分の感情なども客観的に見られるようになります。ここまでは私も体験がありますし、実感として理解出来るのですが、次の第六段階の「神性意識」というすべての創造物の存在が神聖で、悪人も善人の区別もなく誰もがベストを尽くしている状態というのは理屈では理解出来てもまだまだ実感としてわかる所まで行っていません。まして第七の「統一意識」といういわゆるワンネスの世界。つまり森羅万象すべては一つであり、宇宙であり、神であるという感覚までは一生かかっても到達出来るかどうか。でも漠然と知っていたり経験したりしていたことが、瞑想講座を通してきちんと整理された形で説明され、理解出来たことはとてもよかったです。
2015年01月27日
去年ヒットした「アナ雪」の歌「ありのままで~」と今年に入ってからは箱根駅伝の「わくわく大作戦」が大評判ですが、やっと世間が追いついて来たな、という感じを受けました。「わくわく」という言葉を最初に日本に広めたのは30年ほど前のバシャール(という宇宙存在)でした。今は普通に言われているチャネルとかチャネリングという言葉を初めて耳にしたのもその頃のことです。 「わくわくする」という表現はもちろん以前から日本語としてありましたが、それを「わくわくすることをしなさい」とか「わくわくした生き方をしよう」などと言った日本人はいなかったのではないでしょうか?おそらく英語のexcitingという言葉が当てられたのだと思いますが、当時とても新鮮に感じたものでした。それを私が実感として味わったのはそれからしばらく後に北軽井沢に移住して森の中での一人暮らしを始めた時でした。狭い下町の家か団地やマンションしか知らなかった私が、初めて広い庭のある、豊かな自然の中の家でカフェを始め、庭に生えるキノコや山草、まわりにいくらでもある野イチゴや浅間ブドウ、コケモモ摘みや道に落ちている山栗やくるみ拾い、畑での野菜作りなど初めてづくしの生活の中で毎日がそれこそエキサイティングでわくわくの連続でした。そして何よりもうれしかったのは都会から来てその喜びを一緒に共有してくれる人々の存在です。そのうちフィンドホーンを知り、そこでの「人生を楽しむ」という考え方、全ての答えは自分の静寂さの中にあり、人生の目的は喜びとつながり幸福になることという哲学を知るにつけ、ますます心がオープンになり世界が広がって行きました。頑張ること、真面目に働くことだけが最上で、本音は言わない、外側からの評価が大切と言った古くからの価値観が新しいパラダイムに変わりかけている今を感じてとても嬉しいです。
2015年01月22日
今日は原初音瞑想講座の2回目。いよいよマトラをいただく日です。 参加者は第一回目とはまた違うメンバーで男女合わせて7人。飛び抜けて歳とっている私以外はみんな若い人ばかり。これはどこへ行ってもいつもそうなので慣れっこになっています。最初に簡単な説明があった後別室に一人ずつ呼ばれて、それぞれの生まれた日と時間から割り出したジョーティッシュを元にしたマントラをいただきました。 果物を一個持参するように言われていたのでそれを捧げ、代わりに一個頂いて部屋を出ます。全員が頂いたところで、ティーチャーの愛子先生と一緒に合同瞑想。とても静かな時が流れ、至福のひとときでした。これまでは自分勝手なやり方でやっていたのでとめどない思考に邪魔されたり、時間を長く感じたりしていましたが、姿勢などもきちんと教えていただいて心の中でマントラを唱えながらする瞑想はとても心が落ち着いていいものでした。 折しも今夜は新月。願望を紙に書いてから瞑想すると叶いやすいとも言われています。すでに大抵の願望は叶いましたし、今は余りの人生を生きているようなものですから、今回は特に何も望むことなく一人静かに夕方の瞑想をいたしました
2015年01月20日
インドのお医者様ディーパック・チョプラ博士の「宇宙のパワーと自由にアクセスする方法」(原題Power, Freedom and Grace---Living from the Source of Lasting Happiness)という本を今読んでいますが、いつも思っていてもうまく言葉で表現出来ないでいたことが実に的確に言語化されていて、ばらばらに散らばっていたパズルのピースがサーッと集まって来て見事に一枚の絵になったような気がするページがありました。それは「対象依存」と「自己完結」という章でした。 「人間万事塞翁が馬」という例えがありますが、これはまさに対象依存の典型。つまり出来事が自分にとって良いか悪いかで幸と不幸に分かれます。それに対して自己完結は出来事の良し悪しに関わらず常に心の中に喜びがある状態です。何があってもうろたえず、ぶれない心があり、常に出来事の冷静な目撃者でいられる状態です。ネガティブなことを無理にポジティブにとらえようとするのは不自然だから、自然のままでいなさいとも言っています。一昨年来の一連の出来事の中で私は多くの人から「よく立ち直りましたね」と言われましたが、別にそう努力したわけではなく、確かに一時的なショックや口惜しさはあってもそれはあまり長続きせず、すぐに新しい生活に切り替えることが出来ました。それは長い人生の中で「人生とは思い通りには行かないもの」という教訓を身につけたことと、執着心の薄い、どちらかといえば鈍感な性格が私をどん底に落としこまないでいるのだと思っていました。繊細さに欠け、冷酷でさえあるのかもしれないと自分を分析していたのですが、この本を読んで少なくとも対象依存だけではないことが分かってほっとしました。以前とても人には言えないような悲劇に出会った時も、心の奥底は明日遠足の小学生のようにウキウキワクワクしていたことがあり、そういう自分をどう解釈していいのか戸惑い持て余していたのですが、それでいいのだよ、とチョプラ先生から認められたような気がして納得しました。
2015年01月18日
昨日はフィンドホーン新春ギャザリングに参加しました。おなじみの方、初めての方、遠くの県から来られた方々、久しぶりの方など大勢の方たちと新しい年の初めを祝い、踊り、歌い、シェアリングを楽しみました。会場の白金台いきいきプラザでは別の部屋で毎月第一水曜日の19:00から「心の扉を開く」の読書会を開いて参りましたが、3月4日(水)を以って終了することにいたしました。(2月4日は通常通り行います)そして4月1日(水)は会場近くのレストランでお食事をしながらのお別れ会を計画しています。詳細はまた改めて発表しますのでその時はよろしくお願いします。 私がこの読書会を始めたのは今から12年ほど前のこと。最初は当時住んでいた北軽井沢の「カフェフルール」で月一回近所の人を対象に始めたのですが、そのうち毎月第一水曜日に上京する用事が出来たので、その日の夜四ツ谷のエイトスターの2階をお借りして東京での読書会を始めました。その後会場は品川、高田馬場と変わり、一昨年から現在の場所に移りました。 面白いことに会場が変わる度メンバーも入れ替わって、品川時代がいちばん大勢で賑やかでした。しかし私も歳をとりましたし、今は若い世代の方たちがダンスや歌やその他いろいろなフィンドホーン関係のイベントをしてくださるようになりましたので、私は単なる参加者でいたいと思うようになりました。第三日曜日15:00からの国立ひかりプラザでの読書会は悟さんがリーダーとなって毎月きちんとお知らせも載せてくださっているので今後も続いて参ります。私も可能な限り出席したいと思っています。今後の活動としてはトランスフォーメーションゲームは今まで通り続けて行きますし、もし地方で呼んでくださる方があればフィンドホーンのギャザリングをボランティアでしたいと思っています。これは今までにホノルルや宮崎、逗子などでいたしました。フィンドホーンから来てくださる方たちがまだ行けていない所があればどこへでも伺いますのでどうぞお声をかけてください
2015年01月15日
仕事をしているわけでもないのに毎日のように電車で出かける日が続くと、たまに何も予定の何もない日は「休日」のような感じがしてホッとした気分になります。昨日は久しぶりにそういう一日だったのですが、午前中は郵便局と美容院へ行っただけでもうお昼。ご飯を炊いて冷蔵庫にあるもので昼食を済ませ、ゆっくりと新聞を読んでから近所のスーパーへ行き、カーブスへ行って帰って来たら友達から電話。それが終わるともう夕方になっていました。あっという間の一日です。それでも昨日から朝夕30分ずつの瞑想は始めています。まだマントラはいただいていませんが、これまで漠然と自分流にやっていた瞑想とは違うやり方を教えていただいたので先ずは練習のつもり。 目を閉じるといつもいろいろな風景が頭に浮かんで来て、それが邪魔になっていたのですが、自分の好みの風景や人物やキャラクターをイメージしてもいいとのことなので気が楽になりました。これまでは背骨を真っ直ぐにして頭を垂れる姿勢だったのですが、背中は椅子にもたれてリラックスしても良いが首筋は真っ直ぐにするように言われました。気が付くといつの間にかうつむいてしまっているのであわてて頭を立てるようにしています。いろいろな風景や考えが通り過ぎて行きますが、それを流して行くとある時から急にすべてが消えてググーッと深い所へ引き込まれるような感覚になって気持がいいです。そうなると時間がわからなくなるのですが、ちゃんとタイマーをセットしてあるので大丈夫。朝は問題ないのですが、夕方が外出していたりした場合どうしたらいいか困っています。食後と寝る直前は避けるようにとのことなのでいろいろ工夫しなければ。はてさて、これでどう人生が変わって行くでしょうか、楽しみです。
2015年01月14日
お正月明けからいろいろと雑用が重なって毎日忙しい日々が続きましたが、昨日はフィンドホーンから来日中のゴーント・邦江さんの集まりが葉山であったので行って来ました。葉山マリーナに隣接する会場からは海の向こうに大きな富士山が見え、夕日に染まる茜色の雲、日が落ちてからは向こう岸にまたたく街の灯りと、申し分のない風景。何年ぶりかの湘南方面の懐かしい方々とも会えた楽しいひとときでした。終わって逗子の中華料理屋さんで男女合わせて7人での夕食。次々運ばれて来る料理に誰も「お先にどうぞ」なんて変な遠慮をする人もなくどんどん自分のお皿に取り分けて気持ちのいい食欲ぶり。全員が同時にお箸を置いて、何だか一試合終わったみたいな感じでおかしかったです。どのお料理もとても美味しくて大満足でした。その晩は邦江さんとまみさんのサロン「ワイオラ」に泊めていただき、今日は世田谷での瞑想の講座へ直行。これは3回シリーズで今日はその第一回目。ディーパック・チョクラ博士の原初音瞑想(Primordial Sound Meditation)というので、テイーチャーの渡邊愛子さんが翻訳された本も読んでいますが、私たちと宇宙の関係やスピリットと魂との違い、瞑想中の雑念と雑念との間のギャップ(すき間)の大切さなどがよくわかって、今一つ成長したような気がしました。次回2回目の時にマントラをいただけるのですが、これから朝夕30分ずつの瞑想が楽しみになって来ました。
2015年01月11日
日本海側は大雪、太平洋側はまあまあのお天気で2015年が明けました。東京のマンションでのお正月はテレビでもつけないと気分が出ないので、混み合うアメ横の風景や騒々しいお笑い番組などで大晦日気分を盛り上げながら、次女が持って来てくれたパートナー氏&彼のお母さん手作りのお料理や生協で購入したおせちをお重に盛り付け、年越しそばで往く年を送りました。今回は徹底的にサボらせてもらい、私が作ったのは柿なますだけでした。元日の朝は次女と一緒に8時45分から30分間の瞑想。これは時差の関係で大晦日の23時45分からフィンドホーンで行われているニューイヤーメディテーションに時間を合わせたわけです。クルーニーの瞑想室やパークのメインサンクチュアリーで瞑想をしている人々を思い描きながら目を閉じていると、心が暖かくなり平和に満たされて、心の底から喜びと感謝の思いが湧きあがって来ました。お雑煮とおせちで新年を祝った後初詣に行こうと外へ出たら雪がチラチラと舞い始めたので何となく出鼻をくじかれて中止。翌日にしようということになりました。そして今日10時に家を出て先ず1キロほど離れた所にある神社へ初詣。そこからタクシーで私鉄の駅まで行き、先ず私の両親と母方の祖母の眠る小平霊園へお墓参り。次は父方の祖父母と叔父や叔母が眠る多磨霊園へ行くのにどのようなルートを辿ればいのかと思案していたら、何と小平駅から武蔵小金井駅までのバスがあることを発見。しかも10分後に発車とわかってラッキー。バスを乗り継いで霊園の入口まで行き、そこで再びお花とお線香を買って地図を片手にひたすら歩きました。こちらは遠縁に当たる人にお任せでほとんど来ていなかったのでご無沙汰をお詫びし、草むしりと落ち葉掃きをして、これからはまめに来ることを墓前に誓いました。娘と一緒のお墓参りはなかなか出来ないので今日はとても嬉しかったです。私が昨年急に東京へ住むことになったことには何か意味があるとは思っていたのですが、歳をとって車の運転や雪かきなどが大変になったので「もうラクをしてもいいよ」との宇宙の思し召しなのかな?くらいにしか考えていなかったのが、先日ハッと気付かされたのです。「まめに墓参りをせよ」ということでした。今の住まいはこの二つの霊園の丁度真ん中辺りにあり、どちらへも1時間以内に行かれる場所にあるのです。それに気付いた途端、あれほど億劫で義務感で行っていたお墓参りが急に楽しみになり、心から行きたいと思うようになったのです。心の変容は一瞬で起き、決して元へは戻らないことを自ら体験しました。(これがいつか書いたドーンと心の底に響いたことです)ということで今日は実によく歩きました。どちらのお墓も入口からかなり離れた所にあるので合計5キロは歩いたと思います。ご先祖さまのお蔭で足が強くなります。感謝!
2015年01月02日
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