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昨日午前中に引っ越し荷物を送り出した後、午後の新幹線で新しく住むことになる九州へ出発しました。東京駅から小倉まで「のぞみ」で4時間50分。途中新聞を読んだり駅弁を食べたり眠ったりしたので本を読む暇もないくらいでした。これから住むことになる家に入ると、義理のお姉さんからのメッセージ付きのお花がテーブルに飾られ、コーヒーの用意とカップが二つ並べられていて、その優しい心遣いに思わず胸が熱くなりました。今日はさっそくご近所へおみやげ持ってあいさつ回り。そして先ず近くの神社へ行って氏神様をお参りしてから区役所、警察(免許証住所変更)、郵便局、銀行とまわり、いづれ行くことになるカーブスの場所も確認しました。もちろん車でまわったのですが、気が付いたら何と杖をつかずに歩いているのです。忘れたわけではなく、自然に持たずに出かけていました。新しい生活が始まるその第一日目から杖なしで外出出来るなんてバンザーイ!です。そばにいてくれる人がいるという安心感からなのでしょうか、精神的なものは大きいですね。ありがたいことです。最後にスーパーで大量の買い物をして帰って来たらさすがに疲れて、マッサージ椅子で眠ってしまいました。長い間の一人暮らしは気楽で、寂しいと思ったことはありませんでしたが、久しぶりの主婦業もまんざらではなく、心楽しい日々になりそうです。明日は週に一度のマージャンの日だそうで、近所のおなじみさんがお待ちかねです。夕方には近くのスーパー銭湯へ行く予定。その後は最近覚えた水割りの1,2杯でも飲むことにしましょうか。
2015年10月28日
以前から行きたいと思っていた新装成った歌舞伎座へ行って来ました。夜の部の出し物の最初は「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」。平家の落ち武者の行方を知っているのではないかとその愛人である傾城(遊女)を詮議するのですが彼女は知らないと言い、それを証明するため自分の心境を表現するために琴、三味線、胡弓を演奏します。その傾城阿古屋の役を坂東玉三郎が演じるのですが、そのたたずまいと言い衣装と言い実に美しくうっとりとしました。その楽器の演奏がまた見事で、義太夫の方たち4人の三味線との息もぴったりで素晴らしかったです。歌舞伎の役者さんは演技だけでなくこうした楽器演奏や踊りも大切なのでさぞかし厳しい訓練をされるることでしょう。今長い間正座が出来るだけでも感心しました。後の出し物はぐっと趣を変えて下町が舞台の有名な「髪結い新三」が主人公のコメディータッチのお話。イヤホーンガイドを借りたので内容はよくわかるのですが、私はやや耳が聞こえ難くなっているので細かいセリフが聞き取れず、まわりの人たちが笑い声を立てていても意味がわらず残念でした。(あとから一緒に行った人から解説してもらってわかりましたけど)それでも舞台だけでなく華やかな歌舞伎座の雰囲気、開幕を告げるキ(拍子木)の音、和服姿の女性たちのざわめきなどに浸って嬉しく豊かなひとときでした。
2015年10月26日
一昨日土曜日にやっと念願の「瞑想ファシリテーター8期生」の認定書をいただくことが出来ました。 瞑想は何度も経験がありますがすべて自己流なので、一度きちんと学びたいと今年の1月に原初音瞑想の講座に出てマントラをいただき、朝夕30分の瞑想を始めました。翌月の新月の合同瞑想会では「精神的なレベルで欲しいもの」というところに「心の平安」と書きました。3年前に北軽の家を息子に占領されて住めなくなって以来ずっと波立っている自分の気持ちを何とかしたい、と思っていたのです。瞑想は4月からのクルーズでも出来るだけ実行していました。すると本当にだんだん心が静まり、まさに心の平安を感じられるようになっていったのです。そのほかにも思いもかけないラッキーなこともあってますます瞑想の効果を知ることとなりました。その頃瞑想ティーチャーの渡邊愛子さんが各地で瞑想会が開けるようにとファシリテーターを要請する講座を開かれたことを知りさっそく申し込みました。しかし9月の講座に参加するつもりでいた矢先の骨折と入院で受けられなくなり延期していただいたのに、それもまだ一人で外出が出来なくて断念。再度延期をお願いしてようやく参加出来たのです。 夕方からは参加者3人のほかに3期生の男性の方が加わり、愛子さんとお母様と6人での瞑想会となりました。やはり一人でするよりずっとパワフルで深く入ることが出来ましたが、不思議なことに途中で身体が不随意運動を起こして何度もガクッとしたので、終わってからそのことをシェアするとほかの人も同じようだったそうです。するとお母様が「私たちの周りを大勢の人たちがぐるぐるとまわりながら踊っていた」とおっしゃるのです。(お母様もリコネクションなどなさる方です)すぐにフィンドホーンのセイクレッドダンスを連想しました。かつて踊っていた人たちが喜んで私たちを祝福しに来てくれたに違いありません。私が実際に瞑想会を開けるのは来年になると思いますが、とても豊かなハッピーな気分で帰って来ることが出来ました。
2015年10月19日
ようやく一人で有楽町まで行って来ました。これまでは人混みへ行くのに誰かに一緒に行ってもらわないと怖かったのですが、ようやく独り立ち出来ました。2年前からの週一回の社交ダンスのクラスで仲良くなった5人の仲間とランチを共にした後ビックカメラで前からほしいと思っていた新しいパソコンを買って来ました。もう4年以上使っている東芝のdynabookが突然接続不能になったり、文字が入力出来なくなったりしていつダメになるかわからない状態になったので今のうちに買っておこうと思ったのです。どうせならいちばん新しいwindows10のsurfaceにしようと決めていました。来月から使うことになる場所には無線設備がないので一緒にwimaxも購入。その契約が大変で、ものすごい分量の細かい文字の説明を聞いてすべてにチェックとサインをするまで1時間。結局すべての支払いが済んで、全部をリュックに入れて店を出るまでに2時間以上かかってしまいました。パソコン買うのにこんなに体力がいるとは思いませんでした。さあ、これからが大変です。今使っているwindows7とは全く勝手が違うので隣りのあきこちゃんに助けてもらっていますが・・・ まだまったく使えていません。
2015年10月17日
今から25年前の1990年頃エドガー・ケーシーと同じようなリーディングをするアロン・アブラハムセンと言う方がカリフォルニアにいて、誕生日とサインを送るといくつもの前世とその人の魂をビジュアル化したライフシールを英文で送ってくれていました。その仲介をしていた研究所の今は亡き所長さんと知り合いになり、私もお願いしたかったのですが代金が6万円くらいしたので、その費用を作るために日本語訳が必要な方ためにそれを翻訳するアルバイトをして、ようやく私のリーディングもしていただくことが出来ました。当時はワープロの時代でしたがA4で7枚びっしりのかなり丁寧な内容でした。そのいくつかの前世を読んでどれも「ああ、これは私だ」と思ったのを覚えています。このライフシールを絵画かステンドグラスにしたいと思いながらいつか忘れていたのを、今回ステンドグラスをなさっているあゆみさんから「ライフシールを送って」とのお申し出があり、昨夜古いファイルを引っ張り出して読み返しました。25年前にはピンとこなかった私の「この世に生まれて来た目的」やいろいろなアドバイスなどが今はすべて納得のいくものばかりでびっくり。すっかり忘れていたのにそこに書かれている通りの人生を歩んで来たことに今さらながら気が付いて本当に驚きました。アロン氏は当時でもかなりのお歳のようでしたから今はもうこの世にはいらしゃらないと思いますが、ただのサインと生年月日だけでこれだけの情報をリーディングしてくださったことに心からの敬意と感謝を捧げたいと思います。
2015年10月13日
家に帰って来てあっという間に1週間経ちました。これからもほぼ毎日のように来客がありますが、昨日は40年以上前にお互いに初めての海外旅行でアメリカで2週間過ごした友達3人が来てくれて6年ぶりの再会をしました。「あなたは何もしないでいいから」とお弁当や漬物フルーツなどいろいろ買って来てくれたので私はお茶をいれただけ。長年の友達というのはブランクがあってもすぐそれが埋まってしまうのが面白いです。このうち二人は20年程前にがんを患い、一人は両方の乳房を失い、もう一人は人工肛門ですが二人とも底抜けに明るくて元気。それなりの辛さもあったでしょうがそれを全く感じさせません。アメリカでは企業が利益の何パーセントかを社会に還元するシステムがあるそうで、日本の支社がその一環として1970年から毎年一回11年間行なった「ジョンソン奥様使節」というプロジェクトがありました。 現在98歳になられる評論家の秋山ちえ子さんの発案で、当時いちばん海外旅行から遠い存在の家庭の主婦をアメリカに招待して、女性の活躍ぶりを視察し、本人の成長とそれを家庭や社会に還元させようというのが目的でした。 当時1ドルが300円。今のように誰でもが海外旅行出来る時代ではありませんでしたから全国の主婦が何万人と応募しました。 私たちもその一人。最初は抽選で1000人が選ばれ、その中から作文で20人になり、更に面接で最後の10人にしぼられるという狭き門でしたが、その幸運を手にしたうちの4人が昨日集まったのです。 1972年の第三回目のグループでみんな30代後半の子育て真っ最中の年齢でした。主婦のほかに別枠で選ばれた家庭科の先生が5人で合計15人。全て無料で$300のお小遣いとサムソナイトのスーツケースまでいただけると言う夢のような楽しい旅行でした。帰国後は秋山ちえ子さんが中心となってボランティアグループを結成し、毎年総会を開いて、芸能人の方たちにも協力してもらってバザーを開いたり、全国から集まる古着の仕分けをしたり、忙しい中にも楽しい時代が長く続きましたが、数年前にみんなが高齢になったので解散となってしまいました。11回目まで総勢165人の中には既に亡くなった人も何人もあり、時代の移り変わりを実感しています。
2015年10月07日
今日初めての外出をしました。JRの駅三つ先の病院まで行くだけなのですが、一人で大丈夫かな?とちょっと不安に思っていたら、その病院の筋向いのマンションにお住いのりえこさんから、車で迎えに行ってあげますよとのご親切なお申し出をいただき、この際お言葉に甘えることにしました。 朝約束の時間にご主人と来てくださって病院まで送っていただき、本当に有難かったです。りえこさんとは19年前私が北軽井沢に住み始めた最初の頃に知り合ったのですが、それから折に触れカフェフルールに来てくださったりお手紙をいただいたり、今はフェイスブックでつながっています。 病院の後も買い物に付き合ってくださり、お昼もご馳走になったり、結局私の降りる駅まで送ってくださったりとすっかりお世話になってしまいました。今回の事故のことで本当にどれだけ皆さんの優しさやいたわりに助けられたかわかりません。感謝、感謝です。 駅から家までは近いのですが、やはり初めての外出はかなり体力を使ったようで、帰るなりベッドに横になって3時間近く眠ってしまいました。昨日はプレ外出で駅の近くのレストランで2時間ほど友達と会ったのですが、やはり帰って来てすぐに寝ました。まだまだ気力が充実しているとは思えません。焦らず少しずつ以前の元気な自分に戻って行きたいです。
2015年10月06日
(久しぶりにブログを書き始めたらまたもや1ヶ月半のブランクが出来てしまいました。実は8月のお盆過ぎに九州へ4泊5日の旅行に出かけたのですが、その帰りの宮崎空港で転んでしまい、左の股関節を骨折し、手術を受けて9月末までずっと宮崎の病院に入院していたのです。その間スマホから毎日のようにフェイスブックには投稿していたのですが、こちらのブログには転載出来ず、3日前に退院して家に帰って来たのでパソコンが使えるようになってようやく復活したというわけです。)1ヶ月半ぶりに家に帰って来て3日経ちました。 家の中でも杖を使っていますが、お風呂に入り自分のベッドに寝て好きな時間に食事して、ようやく病院から解放された喜びが湧いて来ました。 溜まった郵便物の中には請求書がいくつもあり、パソコンが使えるようになったのでネットバンキングで振り込めるものはネットで済ませ、振込み用紙のあるものは20メートルほどの所にあるコンビニで、ゆうちょ銀行指定のものはスーパーのATMで全部済ませました。2日目には娘が来てくれたのでスーパーへ一緒に行ってもらい備え付けの車椅子を使わせてもらいました。外出は極力控えて、出来るだけ家に来てもらうようにしたのでこれから毎日のように来客続きです。昨夜は娘とアラフォー女性2人の4人で気炎を上げ、今日はなかなか会えなかった友達が来てくれて一緒に夕方の瞑想をしました。明日は以前フィンドホーンツアーに参加したTさんが子連れでやって来ます。明後日は家の近くのレストランで昔からの友人と会う予定。その翌日が初外出の日。電車で3つ先の病院へ行くのですが、その病院の近くの友達が車で迎えに来てくださることになりとてもありがたいです。こうして皆さんに助けられながら少しずつ元の生活に戻って行くのだと思いますが、今回の事故の原因となった反省点が二つあります。 一つはせっかちな自分の性格、もう一つキャリーバッグです。 駅や空港など混雑している場所でのキャリーの事故は本当に多いそうですから、これからは出来るだけ宅配便を利用しようと心に決めました。 今回出発時間が迫っていたので気持ちが焦っていたため急ぎ足で歩いていたら、横に引っ張っていたキャリーが前の人(か、その人の荷物)にぶつかって急に止まったため、勢い余って横倒しに転んでしまったのです。しばらくはあのツルツルの固い空港の床がトラウマとなりそうです。皆さんもどうぞお気を付けください。
2015年10月03日
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