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娘たちが挙式した11月22日は私の父の命日。その翌日の23日は私の本当の誕生日(公式には3月23日)であり、亡くなった前夫の命日でもありましたが、もう一つ私たちの結婚記念日が加わりました。娘たちが20年の年月をかけたのに対し私たちの出会いはお互い2回目のピースボート上でのことで、それも105日間のクルーズの後半になってからですからまだ半年くらいしか経っていません。その間に私の骨折・手術・入院があったり九州への引っ越しなどがあり、あわただしい毎日でした。 若いころとは違いお互いにいわゆる「タイプ」というのではありませんが、年齢と共に洞察力だけは深くなっているので、お互いへの尊敬と信頼からスタートし、会話の豊かさからとても自然な形で共に暮らすことを決めたわけです。私が80歳、彼が72歳と聞けば世間一般から言えば狂気の沙汰と言われそうですが、二人ともそれぞれ自分の人生は自分で決めて生きて来ましたので、そんな常識はどこ吹く風。法律に先駆けての別姓婚となりました。 外にはそれぞれの名前を書いた郵便ポストが並んでいるので、道行く人が興味深そうに眺めて行くのも面白いです。 一緒に暮らしてみてあまりの共通点の多さにびっくりしましたが、正反対のところもいくつかあり、それはそれで大人の知恵。それぞれの好みを尊重しています。お互いにこれからの残りの人生を助け合いながら楽しく暮らして行きたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2015年11月25日
新しい生活が始まって3週間、毎日のルーティンが決まって参りました。朝は神棚に柏手を打ち、二つのお仏壇にお参りしてから朝食ですが、これは完全に私のペース。ずっと続けて来たグリーンスムージーとヨーグルト、トマトジュース、卵かチーズにあたたかい飲み物(健康茶、ミルクティー、コーヒー、ハーブティーのどれか)、あればほかに何かのフルーツを少しですが、ずっと味噌汁とご飯だった人にとっては面食らう内容です。最初は「スムージー」という言葉がなかなか覚えられず、「ジューシー」とか「ジュースみたいなヘンなもの」とか言ってましたが、ちゃんと言えるようになった頃から、何だか身体の調子がいい、胃袋が許可を出したみたいで入って来るのを待ってるみたいだとか言って飲んでいます。2週間目あたりで履けなかったズボンが入るようになり、今はもうすっかりなじんだようです。昼食は麺類だったり、お茶漬けだったり、時には外食。この間は入ったことがないというファミレスへ初めて行きました。夜は完全に彼のペース。何を作っても全部ビールとお酒のつまみになってしまうので、料理はご飯のおかずと思っていた私の概念はひっくり返り、一緒に付き合う羽目となりました。私はビールは苦手なので(過去に脳貧血2回起こしてます)、日本酒の冷酒をぐい飲みに2杯。これが丁度自分の酒量とわかったので、料理がなくならないうちに一緒になって食べます。私は父親が大酒のみだったので酔っぱらいは大嫌い、自分は飲めないと決めつけていたみたいで、楽しいお酒もあることを初めて教えてもらいました。最後にご飯は軽く一杯。味噌汁、漬物や海苔、常備菜などであっさりと済ませます。なるほどねえ、こういう食事の仕方もあるんだ、と今さらながらの発見でした。さて、今夜は何を作ろうかな?
2015年11月19日
お天気の良かった昨日は朝からお布団と格闘する一日でした。 二つの和室にある押入れ全部にぎっしり詰まった布団やカバー類を全部引っ張り出して、何年も日に当てていない布団を干し、お客様用の布団一式を隣接する客間の方に運び、使い古したシーツやシミのあるカバー類を資源ゴミ用にまとめ、使ったまましまってあったカバー類を洗濯したらもうくたくたになりました。旅館でも始められるくらいの量の布団や座布団や毛布。もし災害が起きたらここはけっこうな避難所になれること間違いなしです。それにしても男性は布団にカバーをかけることが面倒なのか、気が付かないのか、せっかくの高級布団の襟のところが脂ジミになっていてもったいない。そこここに長い間のやもめ暮らしの悲哀がにじんでいるようで、片づけながら何だか涙が出て来てしまいました。すっかりがらがらになった引き出しには、きれいになったカバー類や箱に入ったままだった新しいシーツをしまって一応仕事は終了。考えてみたらこうして家事のみに明け暮れる専業主婦になったのは初めてのことです。若い頃結婚して最初の子どもが生まれる前後の1年半ほどはそうでしたが、それから77歳までは何かしら仕事をしていましたから、家事はその片手間にするだけでした。 職業欄にも何も書けなかったこの3年間はちょっと寂しいものがありましたが、何と80歳になって初めての専業主婦。なかなか新鮮でいいものです。
2015年11月17日

こちらへ来て初めて街へ出かけました。デパートで買い物をして昼食を済ませてから映画を観ました。小倉城が意外に小さいことに驚きましたが、険しい要塞のようではないことにむしろ平和な城下町をを想像しました。この辺りの歴史に詳しくない者の勝手な感想かもしれませんが。映画は「起終点駅(ターミナル)」。監督は私の中高時代からの親友の息子で生後4日目から知っている篠原哲雄監督です。桜木紫乃原作の釧路が舞台の物語で、主役の佐藤浩市が頑ななまでの一人の男の生き方を見事に演じています。東京にいたらこの親友と一緒に舞台挨拶のある日に観に行けたのですが、遠い九州の地で観ることが出来て満足、大勢の方が観てくださるよう心の中で応援しています。この映画の中で主人公が作るザンギという釧路名物の鶏の唐揚げに興味が湧きました。普通の唐揚げより大ぶりでタレを浸けて食べるのですが、このタレの作り方がわかりません。どなたかご存知でしたら教えていただけないでしょうか?
2015年11月12日
北軽井沢のマナハウスのガレージで長いことほこりをかぶっていた仏壇が届きました。20年前に母が亡くなった時購入したものなのでこちらで新しいのに買い替えるつもりだったのですが、彼が「これは材質が良いものだから」と丁寧に磨き上げてくれたら新品のようにピカピカになりました。 後で足りない仏具を買いに仏壇屋さんへ行ったら、うちの仏壇と同じようなものが買った時の倍以上の何十万円もしていたのでびっくり。安易に買い替えなくてよかったと思いました。たまたまお互いに同じ浄土真宗なので仏壇の祀り方も同じ。お線香は立てず、二つに折って横に交差させて置きます。すべての段ボールが開き、私の机も入ったのでようやく落ち着ける場所が出来ました。半分サンルームのようになった家中でいちばん明るい部屋です。久しぶりの主婦業はけっこう忙しく、のんきな一人暮らしのようなわけにはいきませんが、私の中にはまだ人のために何かしてあげたいというエネルギーが残っていたようで、3度の食事の支度もむしろ張り合いがあって楽しいです。やはり美味しいと言って食べてくれる人あっての料理なんですね。 最近は晩酌をする彼に付き合って私も少し飲めるようになりました。お互いに違う世界を生きて来た者同士、話のタネは尽きません。 今夜は初めてふぐ鍋をしました。魚は知らない名前のものが多く、お刺身もふぐ(こちらではふく)、糸より、トビウオなど初めてのものばかりです。東京ではあまり見かけない秋鮭のナマを売っていたので、今度は石狩鍋にしようかなと思っています。
2015年11月09日
荷解きも90%くらいは出来たので、昨日は下関に住む彼のお姉さん夫婦のお宅を訪ねることにしました。九州側から関門トンネルを車で渡るとそこはもう山口県、緑の山と青い海の見えるとても空気がきれいな町です。 高台にある素敵なお家で初対面のお兄さんにご挨拶し、コーヒーをいただきながら歓談した後体調のすぐれないお兄さんを残して、お姉さんの車で下関市立美術館へ画家であるお姉さんの100号の出品作品を見に行きました。お宅にも完成した100号の風景画が2点ありましたが、どれも素晴らしい作品で、小柄で華奢な優しい雰囲気のお姉さんのどこからこんなダイナミックなエネルギーが出るんだろうと思いました。彼は以前からこのお姉さんに私が似ていると言っていましたが光栄の至りです。私は一人っ子なので70代になっても仲の良い姉弟関係を見て羨ましかったです。私の方が5歳年上ですが「お姉さん」と呼ばせていただくことにしました。3人でお寿司でランチをすませてからは、下関初めての私を高杉晋作の銅像のある功山寺や乃木将軍が少年時代に住んでいた家のある乃木神社、毛利家の墓所がある覚苑寺などに案内してくださいました。例年なら今頃が覚苑寺のモミジが見ごろなのだそうですが、今年は暖かいので残念ながらまだチラとも赤くなっていませんでした。それにしてもこちらへ来た1日目から杖がいらなくなった私、まだ軽いびっこは引いていますがよく歩きました。このお姉さん夫婦が彼の苦労をいちばんよく知っているそうで、帰宅してからかけた電話に「良い人がみつかってよかったね」と言ってくださったそうです。それを娘の麻奈に伝えると「よかったね、良い所に嫁げて。安心したよ」あれ?どっちが母親?
2015年11月05日
引っ越し荷物が届いてから3日、朝から晩まで大忙しです。都会のワンルームから地方の一軒家への引っ越しは「ご実家へ帰られるんですか?」と聞かれたので、「はい、そうです」とすまして答えておきました。 家具は大してないので私用にと空けてくれていた部屋にすぐ納まりましたが、キッチンが大変。ほとんど使っていない戸棚や引き出しから要らないものが出て来る出て来る、中には賞味期限が8年前に切れたままの未開封の調味料やお歳暮の品など、9年間のやもめ暮らしを彷彿とさせるものばかりです。 新しいのを買ったのにそのままになっていた古い鍋や炊飯器、ホットプレートなど捨てるものが山積みになりました。それらを整理し拭き掃除をして私が持って来た調理器具や食料品を並べ、足りない食器だけ出してようやくキッチンが片付きました。やはり使い慣れた道具でないとうまく料理が出来ません。まだまだ洋服類や細々としたものはそのままですが、いちばん長くいるDKが自由に使えるようになってやっと主婦の気分になって来ました。 この家の主はまめな人で朝起きるとウオーキングに行き、帰って来ると家の周りの掃除、そして神棚と仏壇のお水を取り替え、柏手を打って神様とため口で対話をした後は仏壇の前でお経をあげ、またご先祖様と大声で対話しています。昨日あったことを報告し、無事を感謝し今日のお願いなど、まるで目の前に生きている人がいるように話すのです。 神棚には時には「今日は〇〇をするつもりだから雨は降らさんでくれよ」とか「〇〇をしたんだから〇〇してもらわんといけんよ」などと脅かしたりもしています。すると神様が「おお、そうか、よーし、わかった。そうしてやらんといかんなあ」と答えてくれるのだそうです。 昨日は11月1日で、神様が神無月の出雲からお戻りになったということで特に念入りにお酒とお米と塩を取り替えていました。これを何十年と続けているというので感心してしまいます。 若くして会社を創業し、それを大きく育て上げたら潔く二代目に譲り、これからの余生を何の肩書もなしに楽しく過ごしたいと思ったそうで、その最初にしたいことがピースボートでの世界一周。それには3回乗らなければと乗った2回目で私と出会ったのだとか。よりによって何で8歳も年上の私と?と聞いたら、いろいろなことを知っているのに抜けたところもあって、話が面白い、苦労をしている、小さいながらも経営をして来た、冗談を解するなどいろいろ言ってましたが、果たしてほめられているのか、けなされているのか・・・でも一緒にいて楽しそうですからほめられたことにしておきましょう
2015年11月02日
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