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今日は天気予報通り久々の雨。朝から涼しい風が家の中を吹き抜けてホッとしています。 迷走台風の余波かも知れませんが、今年の台風はほんとうに異常でした。関東や東北、北海道は豪雨で大変だったことでしょう。 毎日洗濯物はよく乾きましたが、外へ出ればサウナ風呂。冷房の効いた部屋から一歩も出たくない日がずいぶん長く続きました。でももう8月も終わり。さすがに風にちょっと冷気が混じり始めています。北軽にいた頃は8月のお盆が過ぎると秋風が吹き始め、短い夏の寂寥感を感じたものでした。 東京にいた頃に比べると格段に外出の回数が減って家にいる時間が増えていますが、それでも1日があっという間に過ぎてしまいます。朝の二人読書会はずっと続いていて、芭蕉、蕪村、一茶の本は巻末の解説まで全部読んでとても勉強になりました。知らないことがまだまだ沢山あります。「心の扉を開く」はもちろん毎日読み、日によってはけっこう長いシェアリングとなります。(彼はほんとによくしゃべる!) 次に彼が本棚から持って来たのは「親鸞と道元」、五木寛之と立松和平の対談です。私たちの家は両方とも偶然(はないのかもしれませんが)親鸞を祖とする浄土真宗なので戒律を重んじる道元とそれを壊した親鸞との対称、共通点は共に興味深いです。
2016年08月28日
うっかり忘れていましたが昨日8月22日は私の骨折記念日でした(笑)。昨年福岡県の彼の自宅を初めて訪ね、2泊した帰りに宮崎県の友人の家に寄って1泊。次の日東京へ帰るための宮崎空港で転んでしまったのでした。夏休み中の土曜日とあって混雑していた空港キャリーバッグが急に止まった前を歩いていた人にぶつかり、少し急いでいた私は見事に固い床にひっくり返ってしまったのです。 空港の係りの方が持ってきてくれた車椅子に乗るため立ち上がったら左の股関節が「カシャッ」と音を立てたので「折れた」とすぐにわかりました。 それから救急車で運ばれ、2日後の24日には宮崎市内の病院で手術となりました。 彼と宮崎の友人むっちゃんが駆けつけてくれましたが、大迷惑をかけました。 10日後にはむっちゃんの家の近くの病院に転院し、9月末まで入院しリハビリの毎日。 ほんとにお世話になりました。 10月初めに東京へ戻り、3週間後には北九州へ引っ越し、その1ヶ月後に二女の結婚式と私たちの報告式、合同の披露パーティー。そしてその2週間後のピースボート乗船となんとまあ、目まぐるしい日々だったことでしょう。 あれから1年。左の大腿部は入れられた金属分だけ重いような気もしますが、もうほとんど元通りになりました。ももの前面の筋肉のこわばりだけがいつまでも取れないので整形外科へ行ったら腰も痛くないのに「脊柱管狭窄症」だなんて言われましたが、むっちゃんの理学療法士の息子さんから教えてもらったストレッチをしたら治ってしまいました。 骨密度の検査をしたらまだ骨粗しょう症にはなっていないそうですが、私の年齢では転倒がいちばんの大敵。気をつけなければ大勢の人に迷惑をかけてしまうと肝に銘じています。
2016年08月23日
台風が三つも近づいていて関東、東北、北海道地方は大雨が続いているようですね。どこにも大きな災害が起きないことを祈っています。 台風と言えば九州というのが定番でしたが、どういうわけか今年は、私が来たからではないと思いますが(笑)なぜか避けて通られてみんな関東のほうへ行ってしまいます。 お陰でこちらはずーっとカンカン照りで、たまには夕立でもほしいところです。 出来れば外へは出ずに冷房の効いた部屋でオリンピック三昧と行きたいところですが、身体がなまってもいけないので日傘片手にお盆までずっと休んでしまったカーブスにまた通っています。 でも今日は日曜日でお休み。どこへも行かずに先日北軽のマナハウスから持ち帰って来た写真の整理をしています。山と積まれていた私の家財道具一式をこの2年間で何度も通いながら少しづつ片付け、かなりのものを捨てました。それでもまだ捨て難かった写真がだいぶ残っていたのです。どうしても残しておきたいものだけをアルバムからはがして残りは捨てて来ました。それを小さなフォトファイルに整理しながら写っている人の何人もがもうこの世にいないことに気がつきました。この間孫娘が来た時に手伝ってもらってメールアドレスの整理をした時にも同じことを思い、私もいつかは同じことを人から思われる日が来ることを想像しました。 先日同じ世代の野坂昭如さん、永六輔さん、大橋巨泉さんが相次いで亡くなり、先生と仰いでいた評論家の秋山ちえ子さん、中学の時の英語の先生、同級生たち、そのほか何人もの年下の友達がみんなあちらの世界へ行ってしまいました。 写真を眺めながらちょっとしんみりとした日曜の午後でした。
2016年08月21日
昨日カーブスの帰りにスーパーに寄ったらお盆明けのせいか野菜の大安売り。 「98」という札がずらりと並んでいました。キャベツもレタスもキュウリ(3本)もキノコも全種類、どれも98円とあってみんな買って来ました。キャベツは今は「群馬産」とあって平たい形なら間違いなく嬬恋のキャベツです。嬬恋産は6月から採れ始めますが最初のころは量が少ないので九州まではやって来ません。ずっと九州産の厚くて固いのばかりでした。「やわらかキャベツ」とあるのを買っても軸が太くバリバリのばかり。 この間北軽井沢へ行った時こそ懐かしの嬬恋キャベツが食べられると楽しみにしていたのに、北軽の農家でいろいろ野菜を買った中に入っていたので大失敗。残っても仕方ないのでその後は買いませんでした. 嬬恋と北軽は隣同士なのにやはり標高がちょっとだけ違うのです。北軽はレタスなんですよ。(いつか堺正人主演の「ジャージーの二人」という北軽を舞台にした映画がありましたが、あそこに出てくる広い畑は嬬恋のキャベツ畑でレタス畑ではありません。山崎まさよしを世に出した「月とキャベツ」の畑は間違いなく嬬恋です) というわけで、ようやく嬬恋キャベツを食べることが出来ました。薄くて柔らかくて何枚か重ねて千切りにしてもとても細く切ることが出来ます。少し大ぶりにざくざくと切って細い塩こんぶとゴマ油と混ぜるととても美味しいです。 嬬恋のキャベツがなぜ柔らかくて美味しいかというと、もちろん高原の朝夕の気温差もありますが、浅間山や黒斑山のふもとにある広大な畑が霧の溜まるところにあるからなんです。それにしても98円は安かった!(先週は248円でしたから)
2016年08月19日
1996年から2年前の2014年までの19年間、毎年1週間か2週間行っていたカウアイ島のLawai Beach Resortはもう行かなくてもいいかな、と思って去年も今年もほかの人に行ってもらっていたのですが、オアフのホノルルしか知らない夫が行ってみたいと言うので急いで来年の予約を入れたら眺めのいい4階は3月4日からの週しか空いていませんでした。それでさっそく航空券の予約をすることになりました。往復にマイレージを使うには330日くらい前に予約すれば往復で4万マイルくらいで行けるのですが、7ヶ月前ではどうかなと思って電話したら何と17万マイル必要とのこと。デルタで7万5千しかないので諦め、昨日からずっと安いチケットを探すのにパソコンと格闘しました。いつもは成田からなので簡単なのですが、今度は福岡空港からとあってちょっと複雑です。どの航空会社も帯に短したすきに長しで、コリアンやチャイナは安いけれど所要時間が長く、ハワイアンは乗り継ぎが1回ですが高い。ユナイテッドは帰りのカウアイのリフェ空港発が夜の10時くらいしかなく、チェックアウトから12時間も待っていられません。どれも福岡から成田または羽田―成田―ホノルルという乗り継ぎなので、新幹線で新大阪まで行って関西空港からハワイアンの線も考えてみましたが、一人4万円くらい高くなるので却下。結局往きは福岡―羽田ーホノルルーリフェ、帰りはリフェーホノルルー成田―福岡という行程で、使うエアラインは全日空、ハワイアン、アイランド航空、ユナイテッドと混ぜこぜになりました。これだとどこも時間にあまり無理がなく、帰りも朝暗いうちに出ることもないので一人134,400円(込み込み)+博多までの新幹線代はこれまででいちばん高いハワイ旅費ですが、まあ、いいとしましょう。ついでにレンタカーも予約したら、いつものAlamoは空きがなく、Dollarになりました。こちらはこの間の軽井沢のニッサンレンタカー10日間7万円にくらべぐっとお安く1週間で$318。しかもガソリン満タン返しなんかじゃありません。これのバウチャーは簡単に印刷出来たのに、なぜかe-chicketの印刷がどうしても出来なくて四苦八苦してます。
2016年08月18日

ロンドンの大学に行っている孫娘が夏休みの一人旅の途中我が家にやって来ました。小さい頃からベビーシッターを頼まれれば沖縄、東京、フランス、ドイツ、北海道とどこへでも飛んで行ったものですが、早いもので今年は成人。下の妹の方も来年は大学生です。 会う時はいつも家族が一緒でしたが一人で我が家に来るのは初めて。特に今回は私の家ではなく私もまだ10ヶ月しか経っていない夫の家なので、どんな毎日になるのか予想がつかなかったのですが案ずるより産むが易しですっかりくつろいでいるようです。 親が一緒だとどうしても親と話してしまい、おばあちゃんと孫の会話になってしまいますが、こうして1対1だと対等な大人同士の会話が出来て楽しいです。うちの夫も気さくな人なのでいつも通りに接してくれていますし、昨日は3人で下関のお義姉さんの家に行って、お義姉さんの案内で山口の名所秋芳洞や秋吉台に連れて行ってもらいました。以前から萩・津和野のツアーに行きたいと思っていたので思いがけずの観光が出来ました。途中景色の良いところで食事やお茶をして帰って来たのはもう暗くなる頃。暑かったけれど楽しい1日でした。
2016年08月13日
7月末から今日まで標高1100メートルの森の中で夏を忘れる日々を過ごしてまた暑い下界へ降りて来ました。軽井沢から長野まで「あさま」で30分、長野から名古屋まで「しなの」で3時間、長野から小倉まで「のぞみ」で3時間の旅でしたが、短い時間を乗り降りするより落ち着いて本が読めたり安心して居眠り出来たりで長時間の割には疲れもなく、途中お寿司屋で夕食を済ませて無事戻って参りました。今から50年以上前の東京オリンピックの年に前の夫と共に建てた山荘がその後次女が相続し、今は改装してダンスの練習場にもなるリトリートプレース「マナハウス」となっています。そこには私の嬬恋の自宅(カフェフルール)から運ばれた本やCD、写真やアルバムが段ボールにまだいくつも残っていて、その中で(現在の)自宅へ持ち帰るもの捨てるものの整理に追われましたが、今回でようやく3年越しの片付けが全部終わりました。東京のワンルームマンションでは置き場所がなかったものも今は持ち帰れるので、いろいろ詰めて大きな段ボール3個とスーツケースもついでに宅配便で自宅へ送りました。思い出の写真類を捨てるのはしのびなく、切ない思いもありましたが私がいなくなれば誰にも用のないもの。思い切って整理をしました。 丁度「可燃粗大ごみ」の日にいたので布団類や家具をばらした木材なども出すことが出来さっぱりしました。まだ「不燃粗大ごみ」がかなりあるのですが、これは娘に出してもらうしかありません。 温泉も草津は大雨で入れませんでしたが、トンボの湯、つつじの湯、ホテル1130といつも行っていた所に行くことが出来ましたし、レンタカーで4年ぶりの運転も何とかカンを取り戻しました。(明日新車が届くのでその絶好の予行演習となりました) 丁度北海道から一家で軽井沢へ来ていた長女一家とランチを共にしたり何人かのお友達とも会うことが出来て私としては大満足の毎日でしたが、ずっと町中でしか暮らしたことのない夫に北軽井沢の良さがわかってもらえたかどうかはわかりません。家の中は23度、夜は寒いくらいの毎日は有難かったようですが、70年間北九州の同じ家から動いたことのない人にはやはり我が家がいちばんなのではないかと思います。私は来年の夏も絶対(一人でも!)行こう、とひそかに思っているのですが。
2016年08月09日
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