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「旧約聖書」出エジプト記 第10章・ラーと主の戦い 10:1そこで、主はモーセに言われた、「パロのもとに行きなさい。わたしは彼の心とその家来たちの心をかたくなにした。これは、わたしがこれらのしるしを、彼らの中に行うためである。 10:2また、わたしがエジプトびとをあしらったこと、また彼らの中にわたしが行ったしるしを、あなたがたが、子や孫の耳に語り伝えるためである。そしてあなたがたは、わたしが主であることを知るであろう」。 10:3モーセとアロンはパロのもとに行って彼に言った、「ヘブルびとの神、主はこう仰せられる、『いつまで、あなたは、わたしに屈伏することを拒むのですか。民を去らせて、わたしに仕えさせなさい。 10:4もし、わたしの民を去らせることを拒むならば、見よ、あす、わたしはいなごを、あなたの領土にはいらせるであろう。 10:5それは地のおもてをおおい、人が地を見ることもできないほどになるであろう。そして雹を免れて、残されているものを食い尽し、野にはえているあなたがたの木をみな食い尽すであろう。 10:6またそれはあなたの家とあなたのすべての家来の家、および、すべてのエジプトびとの家に満ちるであろう。このようなことは、あなたの父たちも、また、祖父たちも、彼らが地上にあった日から今日に至るまで、かつて見たことのないものである』と」。そして彼は身をめぐらして、パロのもとを出て行った。 10:7パロの家来たちは王に言った、「いつまで、この人はわれわれのわなとなるのでしょう。この人々を去らせ、彼らの神なる主に仕えさせては、どうでしょう。エジプトが滅びてしまうことに、まだ気づかれないのですか」。 10:8そこで、モーセとアロンは、また、パロのもとに召し出された。パロは彼らに言った、「行って、あなたがたの神、主に仕えなさい。しかし、行くものはだれだれか」。 10:9モーセは言った、「わたしたちは幼い者も、老いた者も行きます。むすこも娘も携え、羊も牛も連れて行きます。わたしたちは主の祭を執り行わなければならないのですから」。 10:10パロは彼らに言った、「万一、わたしが、あなたがたに子供を連れてまで去らせるようなことがあれば、主があなたがたと共にいますがよい。あなたがたは悪いたくらみをしている。 10:11それはいけない。あなたがたは男だけ行って主に仕えるがよい。それが、あなたがたの要求であった」。彼らは、ついにパロの前から追い出された。 10:12主はモーセに言われた、「あなたの手をエジプトの地の上にさし伸べて、エジプトの地にいなごをのぼらせ、地のすべての青物、すなわち、雹が打ち残したものを、ことごとく食べさせなさい」。 10:13そこでモーセはエジプトの地の上に、つえをさし伸べたので、主は終日、終夜、東風を地に吹かせられた。朝となって、東風は、いなごを運んできた。 10:14いなごはエジプト全国にのぞみ、エジプトの全領土にとどまり、その数がはなはだ多く、このようないなごは前にもなく、また後にもないであろう。 10:15いなごは地の全面をおおったので、地は暗くなった。そして地のすべての青物と、雹の打ち残した木の実を、ことごとく食べたので、エジプト全国にわたって、木にも畑の青物にも、緑の物とては何も残らなかった。 10:16そこで、パロは、急いでモーセとアロンを召して言った、「わたしは、あなたがたの神、主に対し、また、あなたがたに対して罪を犯しました。 10:17それで、どうか、もう一度だけ、わたしの罪をゆるしてください。そしてあなたがたの神、主に祈願して、ただ、この死をわたしから離れさせてください」。 10:18そこで彼はパロのところから出て、主に祈願したので、 10:19主は、はなはだ強い西風に変らせ、いなごを吹き上げて、これを紅海に追いやられたので、エジプト全土には一つのいなごも残らなかった。 10:20しかし、主がパロの心をかたくなにされたので、彼はイスラエルの人々を去らせなかった。 10:21主はまたモーセに言われた、「天にむかってあなたの手をさし伸べ、エジプトの国に、くらやみをこさせなさい。そのくらやみは、さわれるほどである」。 10:22モーセが天にむかって手をさし伸べたので、濃いくらやみは、エジプト全国に臨み三日に及んだ。 10:23三日の間、人々は互に見ることもできず、まただれもその所から立つ者もなかった。しかし、イスラエルの人々には、みな、その住む所に光があった。 10:24そこでパロはモーセを召して言った、「あなたがたは行って主に仕えなさい。あなたがたの子供も連れて行ってもよろしい。ただ、あなたがたの羊と牛は残して置きなさい」。 10:25しかし、モーセは言った、「あなたは、また、わたしたちの神、主にささげる犠牲と燔祭の物をも、わたしたちにくださらなければなりません。 10:26わたしたちは家畜も連れて行きます。ひずめ一つも残しません。わたしたちは、そのうちから取って、わたしたちの神、主に仕えねばなりません。またわたしたちは、その場所に行くまでは、何をもって、主に仕えるべきかを知らないからです」。 10:27けれども、主がパロの心をかたくなにされたので、パロは彼らを去らせようとしなかった。 10:28それでパロはモーセに言った、「わたしの所から去りなさい。心して、わたしの顔は二度と見てはならない。わたしの顔を見る日には、あなたの命はないであろう」。 10:29モーセは言った、「よくぞ仰せられました。わたしは、二度と、あなたの顔を見ないでしょう」。
2013年07月31日
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「旧約聖書」出エジプト記 第9章・民族の善悪 9:1主はモーセに言われた、「パロのもとに行って、彼に言いなさい、『ヘブルびとの神、主はこう仰せられる、「わたしの民を去らせて、わたしに仕えさせなさい。 9:2あなたがもし彼らを去らせることを拒んで、なお彼らを留めおくならば、 9:3主の手は最も激しい疫病をもって、野にいるあなたの家畜、すなわち馬、ろば、らくだ、牛、羊の上に臨むであろう。 9:4しかし、主はイスラエルの家畜と、エジプトの家畜を区別され、すべてイスラエルの人々に属するものには一頭も死ぬものがないであろう」と』」。 9:5主は、また、時を定めて仰せられた、「あす、主はこのことを国に行うであろう」。 9:6あくる日、主はこのことを行われたので、エジプトびとの家畜はみな死んだ。しかし、イスラエルの人々の家畜は一頭も死ななかった。 9:7パロは人をつかわして見させたが、イスラエルの家畜は一頭も死んでいなかった。それでもパロの心はかたくなで、民を去らせなかった。 9:8主はモーセとアロンに言われた、「あなたがたは、かまどのすすを両手いっぱい取り、それをモーセはパロの目の前で天にむかって、まき散らしなさい。 9:9それはエジプトの全国にわたって、細かいちりとなり、エジプト全国で人と獣に付いて、うみの出るはれものとなるであろう」。 9:10そこで彼らは、かまどのすすを取ってパロの前に立ち、モーセは天にむかってこれをまき散らしたので、人と獣に付いて、うみの出るはれものとなった。 9:11魔術師らは、はれもののためにモーセの前に立つことができなかった。はれものが魔術師らと、すべてのエジプトびとに生じたからである。 9:12しかし、主はパロの心をかたくなにされたので、彼は主がモーセに語られたように、彼らの言うことを聞かなかった。 9:13主はまたモーセに言われた、「朝早く起き、パロの前に立って、彼に言いなさい、『ヘブルびとの神、主はこう仰せられる、「わたしの民を去らせて、わたしに仕えさせなさい。 9:14わたしは、こんどは、もろもろの災を、あなたと、あなたの家来と、あなたの民にくだし、わたしに並ぶものが全地にないことを知らせるであろう。 9:15わたしがもし、手をさし伸べ、疫病をもって、あなたと、あなたの民を打っていたならば、あなたは地から断ち滅ぼされていたであろう。 9:16しかし、わたしがあなたをながらえさせたのは、あなたにわたしの力を見させるため、そして、わたしの名が全地に宣べ伝えられるためにほかならない。 9:17それに、あなたはなお、わたしの民にむかって、おのれを高くし、彼らを去らせようとしない。 9:18ゆえに、あすの今ごろ、わたしは恐ろしく大きな雹を降らせるであろう。それはエジプトの国が始まった日から今まで、かつてなかったほどのものである。 9:19それゆえ、いま、人をやって、あなたの家畜と、あなたが野にもっているすべてのものを、のがれさせなさい。人も獣も、すべて野にあって家に帰らないものは降る雹に打たれて死ぬであろう」と』」。 9:20パロの家来のうち、主の言葉をおそれる者は、そのしもべと家畜を家にのがれさせたが、 9:21主の言葉を意にとめないものは、そのしもべと家畜を野に残しておいた。 9:22主はモーセに言われた、「あなたの手を天にむかってさし伸べ、エジプトの全国にわたって、エジプトの地にいる人と獣と畑のすべての青物の上に雹を降らせなさい」。 9:23モーセが天にむかってつえをさし伸べると、主は雷と雹をおくられ、火は地にむかって、はせ下った。こうして主は、雹をエジプトの地に降らされた。 9:24そして雹が降り、雹の間に火がひらめき渡った。雹は恐ろしく大きく、エジプト全国には、国をなしてこのかた、かつてないものであった。 9:25雹はエジプト全国にわたって、すべて畑にいる人と獣を打った。雹はまた畑のすべての青物を打ち、野のもろもろの木を折り砕いた。 9:26ただイスラエルの人々のいたゴセンの地には、雹が降らなかった。 9:27そこで、パロは人をつかわし、モーセとアロンを召して言った、「わたしはこんどは罪を犯した。主は正しく、わたしと、わたしの民は悪い。 9:28主に祈願してください。この雷と雹はもうじゅうぶんです。わたしはあなたがたを去らせます。もはやとどまらなくてもよろしい」。 9:29モーセは彼に言った、「わたしは町を出ると、すぐ、主にむかってわたしの手を伸べひろげます。すると雷はやみ、雹はもはや降らなくなり、あなたは、地が主のものであることを知られましょう。 9:30しかし、あなたとあなたの家来たちは、なお、神なる主を恐れないことを、わたしは知っています」。 9:31――亜麻と大麦は打ち倒された。大麦は穂を出し、亜麻は花が咲いていたからである。 9:32小麦とスペルタ麦はおくてであるため打ち倒されなかった。―― 9:33モーセはパロのもとを去り、町を出て、主にむかって手を伸べひろげたので、雷と雹はやみ、雨は地に降らなくなった。 9:34ところがパロは雨と雹と雷がやんだのを見て、またも罪を犯し、心をかたくなにした。彼も家来も、そうであった。 9:35すなわちパロは心をかたくなにし、主がモーセによって語られたように、イスラエルの人々を去らせなかった。 目に見える虫たちの災厄の次は、目に見えない恐怖にエジプトを襲わせます。主は予告した上で、第五の災厄、甚だ恐ろしい疫病」を送ったのです。疫病はエジプト人の所有する家畜である、驢馬・駱駝・牛・羊といった財産を襲い、全滅させました。此処に馬がないのは、その後の歴史をみると戦車でファラオがイスラエルびとの後を追うことを考慮すると頷けます。ファラオはイスラエルの家畜は1頭も死んでいない報告を受けても、以前より更に頑迷になりイスラエルを去らせません。此処で注意すべきは、エジプト人の家畜はすべて死んだと記されていますが、主の予告は「野にいる」家畜だったし、このあとも災厄によってエジプト人の家畜が被害を受けるので、エジプト人の家畜のうち、放牧中だったものはすべて死んだということが伺えます。つまりはエジプト人のうちに、モーセの予告を伝え聞いて、これまでの災害を考えてもヘブライ人の神は力ある神だ。ファラオが頑迷なのは致し方ないが、自分の財産には被害が出ないように、明日は家畜を小屋から出さないようにしようと考える者が出始めいたのでしょう。続いて主は予告なしで第六の災厄を送ります。モーセとアロンへの主の命令は、両手いっぱい分のかまどのすすをファラオの前で撒き散らせというものでした。イスラエル人が強制労働でレンガを焼かされたかまど。血と汗と涙とともに集めたわらを燃やしたすす。モーセがそれをファラオの前で天に向かってまきちらすと、老人二人の両手ほどの量だったすすがエジプト全土を覆う細かい塵となって人や家畜に振りかかり、膿の出る腫れ物を生じさせる異常事態になったのです。あまりのことにファラオは、エジプトの神々の力によって対抗しようと、一度だけではなく敗れた魔術師たちを呼び出そうとしています。しかしその魔術師たちも、腫れ物のためにモーセの前に立つことさえできないありさま。続いて第七の災厄はエジプトの地にいる人と獣と畑のすべての青物の上に雹です。ファラオはそれでも、頑迷なまま。それもその筈、エジプトに徹底的な打撃を与えるために、ファラオの頑迷さを主が支配しているのです。ファラオに主は恐怖の言葉を投げつけます。今までもエジプトを絶滅させることはできたが、あなたにわたしの力を示してわたしの名を全地に語り告げさせるために生かしておいた。この宣言を主は後日実現します。大陸にあって誇り高きエジプトは、自分たちの敗北を記録して後世に残すようなことはしませんでしたが、旧約聖書に記録されてしまっていたために、イスラエルの主がファラオとエジプトに力を示したことは、全地の多くの人が知るに至ります。さて旧約聖書は、神の武具を身に着けて生きるとは、自分で戦うのではなく、神により頼み、神の知恵である善をもって悪に立ち向かうことだと説いています。しかし、民族の善悪の判定は難しく、いずれの国も自らを善として必死です。民族と主義を守り抜こうとする北朝鮮、多民族で人口問題を抱え自民族の未来ためには致し方ないとして、海洋にエネルギーを求める世界の中心国に躍り上がった中国、極東の端で健気にも頑張る日本は公言はしないものの謂わば神頼みの状態かもしれませんが、神頼みに依らない権力者が出てきた時にはの危惧も感じさせます。
2013年07月30日
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「旧約聖書」出エジプト記 第8章・被造物の欲と権益 8:1主はモーセに言われた、「あなたはパロのところに行って言いなさい、『主はこう仰せられます、「わたしの民を去らせて、わたしに仕えさせなさい。 8:2しかし、去らせることを拒むならば、見よ、わたしは、かえるをもって、あなたの領土を、ことごとく撃つであろう。 8:3ナイル川にかえるが群がり、のぼって、あなたの家、あなたの寝室にはいり、寝台にのぼり、あなたの家来と民の家にはいり、またあなたのかまどや、こね鉢にはいり、 8:4あなたと、あなたの民と、すべての家来のからだに、はい上がるであろう」と』」。 8:5主はモーセに言われた、「あなたはアロンに言いなさい、『つえを持って、手を川の上、流れの上、、池の上にさし伸べ、かえるをエジプトの地にのぼらせなさい』と」。 8:6アロンが手をエジプトの水の上にさし伸べたので、かえるはのぼってエジプトの地をおおった。 8:7魔術師らも秘術をもって同じように行い、かえるをエジプトの地にのぼらせた。8:8パロはモーセとアロンを召して言った、「かえるをわたしと、わたしの民から取り去るように主に願ってください。そのときわたしはこの民を去らせて、主に犠牲をささげさせるでしょう」。 8:9モーセはパロに言った、「あなたと、あなたの家来と、あなたの民のために、わたしがいつ願って、このかえるを、あなたとあなたの家から断って、ナイル川だけにとどまらせるべきか、きめてください」。 8:10パロは言った、「明日」。モーセは言った、「仰せのとおりになって、わたしたちの神、主に並ぶもののないことを、あなたが知られますように。 8:11そして、かえるはあなたと、あなたの家と、あなたの家来と、あなたの民を離れてナイル川にだけとどまるでしょう」。 8:12こうしてモーセとアロンはパロを離れて出た。モーセは主がパロにつかわされたかえるの事について、主に呼び求めたので、 8:13主はモーセのことばのようにされ、かえるは家から、庭から、また畑から死に絶えた。 8:14これをひと山ひと山に積んだので、地は臭くなった。 8:15ところがパロは息つくひまのできたのを見て、主が言われたように、その心をかたくなにして彼らの言うことを聞かなかった。 8:16主はモーセに言われた、「あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえをさし伸べて地のちりを打ち、それをエジプトの全国にわたって、ぶよとならせなさい』と」。 8:17彼らはそのように行った。すなわちアロンはそのつえをとって手をさし伸べ、地のちりを打ったので、ぶよは人と家畜についた。すなわち、地のちりはみなエジプトの全国にわたって、ぶよとなった。 8:18魔術師らも秘術をもって同じように行い、ぶよを出そうとしたが、彼らにはできなかった。ぶよが人と家畜についたので、 8:19魔術師らはパロに言った、「これは神の指です」。しかし主の言われたように、パロの心はかたくなになって、彼らのいうことを聞かなかった。 8:20主はモーセに言われた、「あなたは朝早く起きてパロの前に立ちなさい。ちょうど彼は水のところに出ているから彼に言いなさい、『主はこう仰せられる、「わたしの民を去らせて、わたしに仕えさせなさい。 8:21あなたがわたしの民を去らせないならば、わたしは、あなたとあなたの家来と、あなたの民とあなたの家とに、あぶの群れをつかわすであろう。エジプトびとの家々は、あぶの群れで満ち、彼らの踏む地もまた、そうなるであろう。 8:22その日わたしは、わたしの民の住むゴセンの地を区別して、そこにあぶの群れを入れないであろう。国の中でわたしが主であることをあなたが知るためである。 8:23わたしはわたしの民とあなたの民の間に区別をおく。このしるしは、あす起るであろう」と』」。 8:24主はそのようにされたので、おびただしいあぶが、パロの家と、その家来の家と、エジプトの全国にはいってきて、地はあぶの群れのために害をうけた。 8:25そこで、パロはモーセとアロンを召して言った、「あなたがたは行ってこの国の内で、あなたがたの神に犠牲をささげなさい」。 8:26モーセは言った、「そうすることはできません。わたしたちはエジプトびとの忌むものを犠牲として、わたしたちの神、主にささげるからです。もし、エジプトびとの目の前で、彼らの忌むものを犠牲にささげるならば、彼らはわたしたちを石で打たないでしょうか。 8:27わたしたちは三日の道のりほど、荒野にはいって、わたしたちの神、主に犠牲をささげ、主がわたしたちに命じられるようにしなければなりません」。 8:28パロは言った、「わたしはあなたがたを去らせ、荒野で、あなたがたの神、主に犠牲をささげさせよう。ただあまり遠くへ行ってはならない。わたしのために祈願しなさい」。 8:29モーセは言った、「わたしはあなたのもとから出て行って主に祈願しましょう。あすあぶの群れがパロと、その家来と、その民から離れるでしょう。ただパロはまた欺いて、民が主に犠牲をささげに行くのをとめないようにしてください」。 8:30こうしてモーセはパロのもとを出て、主に祈願したので、 8:31主はモーセの言葉のようにされた。すなわち、あぶの群れをパロと、その家来と、その民から取り去られたので、一つも残らなかった。 8:32しかしパロはこんどもまた、その心をかたくなにして民を去らせなかった。 主がナイル川を打たれてのち七日を経たときに、モーセは、いまだに去らせることを拒むファラオの前に出て、カエルをもって「まだわからないのか」と言うと、アロンに「杖を取って、河川、水路、池の上に手を伸ばし、カエルをもってエジプト全土を覆わせます。王の家も下々の家も関係なく、寝室からかまど、パンをこねる鉢にまで、カエルで溢れますが、エジプトの魔術師が同じことをしたものだから、事態には拍車がかかって来ます。エジプト人の信仰ではカエルも神々の一人、このカエルを殺したりは出来得なかった。エジプト人の母なるナイルを血で染めた主なる神は、今度はエジプト人が神と信じるものによってエジプトに災厄を与えたのです。この事態にはファラオも、はじめて自分のほうからモーセとアロンを呼び出し、「主に祈願して、蛙がわたしとわたしの民のもとから退くようにしてもらいたい。そうすれば、民を去らせ、主に犠牲をささげさせよう」と言い出します。そこでカエルは偶然いなくなった、現れたのも偶然だったのかとファラオに言わせないため、ヘブライ人の主なる神によって事がなされるのだとファラオにわからせるために、モーセはファラオに、いつカエルを退かせましょうかと尋ねます。ファラオが「明日」と答えると、モーセは主に祈り求め、カエルはすべて死んでナイル川以外には殆どいなくなります。ところが頑迷なファラオは、カエルがいなくなり、山のようなカエルの死骸の悪臭をしばらく我慢しつつも、とりあえず一息つけるようになると、前言を撤回します。これら今までの奇跡を、即ちナイルが赤く染まったのも、カエルの異常発生も、更には後に続く災厄も、自然現象でも説明がつきます。しかし後になる程、へブラ人の神の思い通りに災厄が発生し、しかもエジプトの魔術師にも真似することが出来なくなります。この何度も前言を翻すファラオに対し、主は予告なしで次の災厄を与えました。アロンが杖で地面を叩くと、舞い上がった塵がブヨとなってエジプト全土を覆い、人と家畜を襲ったのです。今回もファラオは魔術師たちに対抗させようとしますが、もはや彼らは対抗するどころか真似さえ出来ません。彼らが、限界的なものにしろ何か超自然的な力を持っていたのか、それとも仕掛けを使っていたのかはわかりません。どちらであったにせよ、彼らの技術の限界を超える事態に、彼らに神がしたことだと認めさせました。しかしそれでも、ファラオだけは頑迷なままで、第四の災厄をよびます。乾燥地帯の飢餓の報道で、栄養失調の子供達の虚ろな目蓋に蝿・虻がたかっているのは、水分を求めて群がっているわけですが、病害が感染し、失明することすらも珍しくはなくて危険なものです。それをイスラエル人居住区であるゴセン地方だけが無事にして、災厄がエジプト人とイスラエル人を明らかに区別して襲った今回だけは、ファラオの自信は少しぐらつき、モーセとアロンを呼びつけ、あなたたちの神を礼拝したいのなら、エジプト国内でやってもよいと初めて譲歩しています。しかしモーセたちの目的はイスラエルの民の国外脱出ですから、国内でという条件に妥協することなどはもってのほか、モーセは、エジプト人の目の前で牛や羊を生贄にしたら、彼らは我々を殺すでしょう。我々の神、主に犠牲をささげるには、エジプト人を離れて荒れ野に三日路ほど行かねばなりませんと主張します。ファラオとしても、イシス神の聖なる動物である雌牛を、国民の眼前で殺し、しかも奴隷どもの神に捧げるなどを認めるわけにはいきません。イスラエルの主の戦いは、ただイスラエル救出だけでなく、エジプトの神々と偶像礼拝をも追い詰めているのです。やむなくファラオは、荒れ野に出ていってもいいがあまり遠くへ行かないように。そして自分のためにも、この力ある神に祈願してくれと譲歩しましたが、あぶを一匹残らず飛び去らせると、懲りないファラオはまたも前言を翻しています。これは争いがモーセやアロン及びイスラエルという民族とファラオとの争いなどではなくて、ファラオと神の争いであったのです。誰がこの地を支配しているのか、誰が創造者で誰が被造物であるかをはっきりさせるための戦いであるのです。一連の災いは神の創造の業を一方で示しています。創造とは混沌の中に秩序を与える行為であり、その秩序は神が御力のみによってのみ保たれていると説いているのでしょう。人間とは屡々(しばしば)被造物でありながら自らが神に取って代わろうします。その時には、創造の秩序は崩され、地は喘ぐことになるのに気が付きません。ウランやプルトニウムの廃棄の問題、津波の大被害にしても欲と権益を優先してきた人間が引き起こしたといえるかもしれません。
2013年07月29日
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「旧約聖書」出エジプト記 第7章・パロとアロンに対しては神の如きモーセ 7:1主はモーセに言われた、「見よ、わたしはあなたをパロに対して神のごときものとする。あなたの兄弟アロンはあなたの預言者となるであろう。 7:2あなたはわたしが命じることを、ことごとく彼に告げなければならない。そしてあなたの兄弟アロンはパロに告げて、イスラエルの人々をその国から去らせるようにさせなければならない。 7:3しかし、わたしはパロの心をかたくなにするので、わたしのしるしと不思議をエジプトの国に多く行っても、 7:4パロはあなたがたの言うことを聞かないであろう。それでわたしは手をエジプトの上に加え、大いなるさばきをくだして、わたしの軍団、わたしの民イスラエルの人々を、エジプトの国から導き出すであろう。 7:5わたしが手をエジプトの上にさし伸べて、イスラエルの人々を彼らのうちから導き出す時、エジプトびとはわたしが主であることを知るようになるであろう」。 7:6モーセとアロンはそのように行った。すなわち主が彼らに命じられたように行った。 7:7彼らがパロと語った時、モーセは八十歳、アロンは八十三歳であった。 7:8主はモーセとアロンに言われた、 7:9「パロがあなたがたに、『不思議をおこなって証拠を示せ』と言う時、あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを取って、パロの前に投げなさい』と。するとそれはへびになるであろう」。 7:10それで、モーセとアロンはパロのところに行き、主の命じられたとおりにおこなった。すなわちアロンはそのつえを、パロとその家来たちの前に投げると、それはへびになった。 7:11そこでパロもまた知者と魔法使を召し寄せた。これらのエジプトの魔術師らもまた、その秘術をもって同じように行った。 7:12すなわち彼らは、おのおのそのつえを投げたが、それらはへびになった。しかし、アロンのつえは彼らのつえを、のみつくした。 7:13けれども、パロの心はかたくなになって、主の言われたように、彼らの言うことを聞かなかった。 7:14主はモーセに言われた、「パロの心はかたくなで、彼は民を去らせることを拒んでいる。 7:15あなたは、あすの朝、パロのところに行きなさい。見よ、彼は水のところに出ている。あなたは、へびに変ったあのつえを手に執り、ナイル川の岸に立って彼に会い、 7:16そして彼に言いなさい、『ヘブルびとの神、主がわたしをあなたにつかわして言われます、「わたしの民を去らせ、荒野で、わたしに仕えるようにさせよ」と。しかし今もなお、あなたが聞きいれようとされないので、 7:17主はこう仰せられます、「これによってわたしが主であることを、あなたは知るでしょう。見よ、わたしが手にあるつえでナイル川の水を打つと、それは血に変るであろう。 7:18そして川の魚は死に、川は臭くなり、エジプトびとは川の水を飲むことをいとうであろう」』と」。 7:19主はまたモーセに言われた、「あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを執って、手をエジプトの水の上、川の上、流れの上、池の上、またそのすべての水たまりの上にさし伸べて、それを血にならせなさい。エジプト全国にわたって、木の器、石の器にも、血があるようになるでしょう』と」。 7:20モーセとアロンは主の命じられたようにおこなった。すなわち、彼はパロとその家来たちの目の前で、つえをあげてナイル川の水を打つと、川の水は、ことごとく血に変った。 7:21それで川の魚は死に、川は臭くなり、エジプトびとは川の水を飲むことができなくなった。そしてエジプト全国にわたって血があった。 7:22エジプトの魔術師らも秘術をもって同じようにおこなった。しかし、主の言われたように、パロの心はかたくなになり、彼らの言うことを聞かなかった。 7:23パロは身をめぐらして家に入り、またこのことをも心に留めなかった。 7:24すべてのエジプトびとはナイル川の水が飲めなかったので、飲む水を得ようと、川のまわりを掘った。 7:25主がナイル川を打たれてのち七日を経た。 自分がエジプトに派遣されるだけではなく、神が伴にあって民を導き出し、誓いの地へ導き入れるのだ。ならばもう一度と、モーセは使命に立ちかえります。ところで、此の章ではレビ人モーセとアロンの系図が逐一挿入されていますが、イスラエルを率いるという大役に立つモーセとアロンの出自を明らかにすることはイスラエルびとの重視するところで「人物」を保証するものと理解すべきでしょう。更に主はファラオに対してモーセを主ヤハウェ自身の代弁者とし、アロンをモーセの預言者つまりモーセの言葉を預かってファラオに伝える代々弁者とします。また主(ヤハウェ)がファラオを頑迷にして逆らわせるのは、イスラエルの主たる神への畏れと其の民のことを逃亡させることを許すというよりは国外に退去さすためでもあるのです。しるしや奇跡のすえに主がエジプトに手を下し、大いなる審判によって民を脱出させるという、イスラエル救出作戦が此処に始まります。それにしてもまわりくどいと思うのは、誰でも感じますが、それは、奇跡や審判をとおして、ファラオとエジプトには、ヘブライ人の神、主である神を思い知らせるため、力ある腕によってイスラエルを救い出したということを記憶させるためだろうと記しています。第一回の会見では、ヘブライ人の神、主とは何者かと言ったファラオに対し、モーセとアロンは主の力による杖を蛇に変える奇跡を示していますが、ファラオはヘブライ人の神とはその程度かとばかりに、お抱えの魔術師に同様のことさせます。驚くべきごとにアロンの杖の蛇が魔術師たちの杖の蛇を飲み込んでしまいましたが、それくらいのことでは、ファラオの頑迷さを破ることはできません。その翌朝、モーセとアロンは主に言われて、ナイル川の岸辺でファラオを待ちました。そして王が水辺に下りてくると、これによって、ヘブライ人の神こそ主であると知れと言って、川の水面を杖で打ちます。すると何と、エジプトの母なる川ナイルの水がことごとく血に変わったのです。魚は死に、川は悪臭を放つようになります。ところが今度もエジプトの魔術師も秘術を用いて同じことを行ったと記録されています。そこでは、ファラオは事態を一向に気にも留めず、王宮に引き返します。それも当然、ナイル川が血のように赤く染まること自体は、別に珍しくもなく、ナイル川は6月ころに水量が最も少なくなりはしますが、その時期に赤い藻が発生して赤潮状になります。あるいは、上流から流れてくる赤い泥は、水量が少ない時期には相対的に川を濃く染めたように見せます。神がエジプト人を屈服させるための方策は、繰り返し、神のしるしを見せて、神の力を見せつけるる方法であったのです。
2013年07月28日
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「旧約聖書」出エジプト記 第6章・信仰揺らぐモーセ 6:1主はモーセに言われた、「今、あなたは、わたしがパロに何をしようとしているかを見るであろう。すなわちパロは強い手にしいられて、彼らを去らせるであろう。否、彼は強い手にしいられて、彼らを国から追い出すであろう」。 6:2神はモーセに言われた、「わたしは主である。 6:3わたしはアブラハム、イサク、ヤコブには全能の神として現れたが、主という名では、自分を彼らに知らせなかった。 6:4わたしはまたカナンの地、すなわち彼らが寄留したその寄留の地を、彼らに与えるという契約を彼らと立てた。 6:5わたしはまた、エジプトびとが奴隷としているイスラエルの人々のうめきを聞いて、わたしの契約を思い出した。 6:6それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい、『わたしは主である。わたしはあなたがたをエジプトびとの労役の下から導き出し、奴隷の務から救い、また伸べた腕と大いなるさばきをもって、あなたがたをあがなうであろう。 6:7わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。わたしがエジプトびとの労役の下からあなたがたを導き出すあなたがたの神、主であることを、あなたがたは知るであろう。 6:8わたしはアブラハム、イサク、ヤコブに与えると手を挙げて誓ったその地にあなたがたをはいらせ、それを所有として、与えるであろう。わたしは主である』と」。 6:9モーセはこのようにイスラエルの人々に語ったが、彼らは心の痛みと、きびしい奴隷の務のゆえに、モーセに聞き従わなかった。 6:10さて主はモーセに言われた、 6:11「エジプトの王パロのところに行って、彼がイスラエルの人々をその国から去らせるように話しなさい」。 6:12モーセは主にむかって言った、「イスラエルの人々でさえ、わたしの言うことを聞かなかったのに、どうして、くちびるに割礼のないわたしの言うことを、パロが聞き入れましょうか」。 6:13しかし、主はモーセとアロンに語って、イスラエルの人々と、エジプトの王パロのもとに行かせ、イスラエルの人々をエジプトの地から導き出せと命じられた。 6:14彼らの先祖の家の首長たちは次のとおりである。すなわちイスラエルの長子ルベンの子らはハノク、パル、ヘヅロン、カルミで、これらはルベンの一族である。 6:15シメオンの子らはエムエル、ヤミン、オハデ、ヤキン、ゾハル、およびカナンの女から生れたシャウルで、これらはシメオンの一族である。 6:16レビの子らの名は、その世代に従えば、ゲルション、コハテ、メラリで、レビの一生は百三十七年であった。 6:17ゲルションの子らの一族はリブニとシメイである。 6:18コハテの子らはアムラム、イヅハル、ヘブロン、ウジエルで、コハテの一生は百三十三年であった。 6:19メラリの子らはマヘリとムシである。これらはその世代によるレビの一族である。 6:20アムラムは父の妹ヨケベデを妻としたが、彼女はアロンとモーセを彼に産んだ。アムラムの一生は百三十七年であった。 6:21イヅハルの子らはコラ、ネペグ、ジクリである。 6:22ウジエルの子らはミサエル、エルザパン、シテリである。 6:23アロンはナションの姉妹、アミナダブの娘エリセバを妻とした。エリセバは彼にナダブ、アビウ、エレアザル、イタマルを産んだ。 6:24コラの子らはアッシル、エルカナ、アビアサフで、これらはコラびとの一族である。 6:25アロンの子エレアザルはプテエルの娘のひとりを妻とした。彼女はピネハスを彼に産んだ。これらは、その一族によるレビびとの先祖の家の首長たちである。 6:26主が、「イスラエルの人々をその軍団に従って、エジプトの地から導き出しなさい」と言われたのは、このアロンとモーセである。 6:27彼らはイスラエルの人々をエジプトから導き出すことについて、エジプトの王パロに語ったもので、すなわちこのモーセとアロンである。 6:28主がエジプトの地でモーセに語られた日に、 6:29主はモーセに言われた、「わたしは主である。わたしがあなたに語ることは、みなエジプトの王パロに語りなさい」。 6:30しかしモーセは主にむかって言った、「ごらんのとおり、わたしは、くちびるに割礼のない者です。パロがどうしてわたしの言うことを聞きいれましょうか」。 第5章では、モーセが「あなた」はわたしに語らせはしても御自分で民を救い出そうとしないじゃないかと神に逆切れしたり、神がイスラエルの人々のうめきを聞いて、わたしの契約を「思い出した」と旧約聖書の著者は記しています。唯一神で「常有」の神に、モーセは友の如く噛み付いたり、無限の能力と認識を持つ神がど忘れしているなど、此の二つの章を記した著者は、世界の無限にある本質の究極の「唯一」の本質「神性」たる神に「神格」を与えるのさえ疑問である程なのに、限られた能力しか持たない「人間的な」ただし、能力は人間を遥かに超えた「人格」を投射しています。ところで、此の章に見られる「主なる神ヤハウェが民を贖う」は出エジプト記の主題でもあり、新約聖書と旧約聖書を通じて共通に貫く福音である。それ故、神は別名「イスラエルをエジプトから導き出した方」と呼称されることがあります。また、神が「あなたがたを贖うであろう」というのは、本来は隷属状態にあるものを代価を以って解放するとの意で、此処では、イスラエルの人々の労苦か、エジプトを襲う災厄が代価なのでしょう。モーセは神の召命の再確認をした後、また民に語ったが、民は現実の厳しさを見てからモーセの言葉を聞かない、人とは自分の思いを超えた言葉を聞くことは出来ないも、聞けるとしたら、それは禅の如く自分を無にしたときだ。その民の不従順を見て、モーセでさえ最初は不信仰で、その信仰もまた揺らぐ。此の5・6章をモーセが記していたなら此の告白は重視すべきであろう。
2013年07月27日
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「旧約聖書」出エジプト記 第5章・預言者の苦悩 5:1その後、モーセとアロンは行ってパロに言った、「イスラエルの神、主はこう言われる、『わたしの民を去らせ、荒野で、わたしのために祭をさせなさい』と」。 5:2パロは言った、「主とはいったい何者か。わたしがその声に聞き従ってイスラエルを去らせなければならないのか。わたしは主を知らない。またイスラエルを去らせはしない」。 5:3彼らは言った、「ヘブルびとの神がわたしたちに現れました。どうか、わたしたちを三日の道のりほど荒野に行かせ、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。そうしなければ主は疫病か、つるぎをもって、わたしたちを悩まされるからです」。 5:4エジプトの王は彼らに言った、「モーセとアロンよ、あなたがたは、なぜ民に働きをやめさせようとするのか。自分の労役につくがよい」。 5:5パロはまた言った、「見よ、今や土民の数は多い。しかも、あなたがたは彼らに労役を休ませようとするのか」。 5:6その日、パロは民を追い使う者と、民のかしらたちに命じて言った、 5:7「あなたがたは、れんがを作るためのわらを、もはや、今までのように、この民に与えてはならない。彼らに自分で行って、わらを集めさせなさい。 5:8また前に作っていた、れんがの数どおりに彼らに作らせ、それを減らしてはならない。彼らはなまけ者だ。それだから、彼らは叫んで、『行ってわたしたちの神に犠牲をささげさせよ』と言うのだ。 5:9この人々の労役を重くして、働かせ、偽りの言葉に心を寄せさせぬようにしなさい」。5:10そこで民を追い使う者たちと、民のかしらたちは出て行って、民に言った、「パロはこう仰せられる、『あなたがたに、わらは与えない。 5:11自分で行って、見つかる所から、わらを取って来るがよい。しかし働きは少しも減らしてはならない』と」。 5:12そこで民はエジプトの全地に散って、わらのかわりに、刈り株を集めた。 5:13追い使う者たちは、彼らをせき立てて言った、「わらがあった時と同じように、あなたがたの働きの、日ごとの分を仕上げなければならない」。 5:14パロの追い使う者たちがイスラエルの人々の上に立てたかしらたちは、打たれて、「なぜ、あなたがたは、れんが作りの仕事を、きょうも、前のように仕上げないのか」と言われた。5:15そこで、イスラエルの人々のかしらたちはパロのところに行き、叫んで言った、「あなたはなぜ、しもべどもにこんなことをなさるのですか。 5:16しもべどもは、わらを与えられず、しかも彼らはわたしたちに、『れんがは作れ』と言うのです。その上、しもべどもは打たれています。罪はあなたの民にあるのです」。 5:17パロは言った、「あなたがたは、なまけ者だ、なまけ者だ。それだから、『行って、主に犠牲をささげさせよ』と言うのだ。 5:18さあ、行って働きなさい。わらは与えないが、なおあなたがたは定めた数のれんがを納めなければならない」。 5:19イスラエルの人々のかしらたちは、「れんがの日ごとの分を減らしてはならない」と言われたので、悪い事態になったことを知った。 5:20彼らがパロを離れて出てきた時、彼らに会おうとして立っていたモーセとアロンに会ったので、 5:21彼らに言った、「主があなたがたをごらんになって、さばかれますように。あなたがたは、わたしたちをパロとその家来たちにきらわせ、つるぎを彼らの手に渡して、殺させようとしておられるのです」。5:22モーセは主のもとに帰って言った、「主よ、あなたは、なぜこの民をひどい目にあわされるのですか。なんのためにわたしをつかわされたのですか。 5:23わたしがパロのもとに行って、あなたの名によって語ってからこのかた、彼はこの民をひどい目にあわせるばかりです。また、あなたは、すこしもあなたの民を救おうとなさいません」。 主に勇気付けられたモーセとアロンはファラオの前に立ちます。王座に座るファラオにイスラエル人の神である主が、わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせなさいとあなたに言っていると大国エジプトの王に面と向かって要求したのです。しかしファラオにしてみれば、奴隷どもの信仰がどうだろうと知ったことではないから、当然に主とは何者か、なぜその言うことにエジプトの王たるファラオが従わねばならぬのかとの返答です。そうでなくても、今ではイスラエル人の人口増加はそのまま、エジプト社会におけるイスラエル人奴隷の労働力の重要性につながってもいるのです。ファラオは過酷な労働に耐えるのが嫌で、奴隷が怠けるために荒れ野で礼拝するために休みをくれと要求してきたと判断。反抗心などよけいなことを考えられないようにするために逆に労働を厳しくしたのです。ファラオは監督たちに、レンガづくりのためのわらをイスラエル人に供給するのを止め、自分で藁を集めさせろ。しかし割り当て量は減らすなと命令します。その結果がどうなるかは明らかです。もともと重労働の上に藁集めまでさせられ、それで割り当て量を達成できなければ監督の鞭が待っている。これは当然に、モーセとアロンへイスラエル人の恨みが向くのには十分過ぎるほどです。彼らは二人兄弟に、わたしたちの苦しみを増したあなたたちに主の裁きがあるようにとまで言わしめます。そのモーセは、過去に同胞のためにエジプト人を殺したとき、その同胞の言葉によって逃亡を余儀なくされ、今また、同胞のためにヤハウェから派遣されてきたのに、同胞たちから呪いの言葉をあびせられ孤立しています。此の藪蛇状況にモーセは神に訴えます。わたしがあなたの御名によって語るためにファラオのもとに行ったせいで、この民はますます苦しんでいるのに、「あなた」はわたしに語らせはしても御自分で民を救い出そうとしないじゃないかと。かつてモーセは、同胞のためにエジプト人を殺したとき、その同胞の言葉によって逃亡を余儀なくされました。今また、同胞のためにヤハウェから派遣されてきたのに、同胞たちから呪いの言葉をあびせられ、孤立したのです。いえ、たとえ同胞たちに恨まれなくても、自分がファラオに要求したために同胞の苦難が大きくなった藪蛇的な状況は、モーセを苦しませるに十分でした。ファラオの体制はとは、少数者が大衆の労働力から利益を得るピラミッド体制であり、現在でも見かけられる「飴と鞭」の政策が取られていたので、イスラエル人は体制の中で苦しんでいた筈なのに、より大きな困難が来ると旧体制を懐かしがった。預言者たち屡々神の言葉がすぐに成就しない時、嘲笑う民の声に悩まされる。これからもモーセが直面すべきなのはそのような試練と苦難です。それが始まった。私はいたずらに骨折り、また虚ろにして空しく力を使い果たすのかと。
2013年07月26日
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「旧約聖書」出エジプト記 第4章後半・神のモーセに対する殺意 4:18モーセは妻の父エテロのところに帰って彼に言った、「どうかわたしを、エジプトにいる身うちの者のところに帰らせ、彼らがまだ生きながらえているか、どうかを見させてください」。エテロはモーセに言った、「安んじて行きなさい」。 4:19主はミデヤンでモーセに言われた、「エジプトに帰って行きなさい。あなたの命を求めた人々はみな死んだ」。 4:20そこでモーセは妻と子供たちをとり、ろばに乗せて、エジプトの地に帰った。モーセは手に神のつえを執った。4:21主はモーセに言われた、「あなたがエジプトに帰ったとき、わたしがあなたの手に授けた不思議を、みなパロの前で行いなさい。しかし、わたしが彼の心をかたくなにするので、彼は民を去らせないであろう。 4:22あなたはパロに言いなさい、『主はこう仰せられる。イスラエルはわたしの子、わたしの長子である。 4:23わたしはあなたに言う。わたしの子を去らせて、わたしに仕えさせなさい。もし彼を去らせるのを拒むならば、わたしはあなたの子、あなたの長子を殺すであろう』と」。4:24さてモーセが途中で宿っている時、主は彼に会って彼を殺そうとされた。 4:25その時チッポラは火打ち石の小刀を取って、その男の子の前の皮を切り、それをモーセの足につけて言った、「あなたはまことに、わたしにとって血の花婿です」。 4:26そこで、主はモーセをゆるされた。この時「血の花婿です」とチッポラが言ったのは割礼のゆえである。4:27主はアロンに言われた、「荒野に行ってモーセに会いなさい」。彼は行って神の山でモーセに会い、これに口づけした。 4:28モーセは自分をつかわされた主のすべての言葉と、命じられたすべてのしるしをアロンに告げた。 4:29そこでモーセとアロンは行ってイスラエルの人々の長老たちをみな集めた。 4:30そしてアロンは主がモーセに語られた言葉を、ことごとく告げた。また彼は民の前でしるしを行ったので、 4:31民は信じた。彼らは主がイスラエルの人々を顧み、その苦しみを見られたのを聞き、伏して礼拝した。 ここでは、どえらい事になったものだとも思いながら、それでもモーセには神にもはや逆らうことなど考えらろう筈がありません。此の先は不安ばかりだが、兎にも角にも伴にいるという神の約束を信じてやってみるしかない。そこで、モーセは義父エトロにエジプトにいる親族の顔を見に行くとだけ告げて出かけました。神からの使命についての件を伏せたのは、エトロがミディアン人の祭司であってモーセと信仰を異にするためでしょうか。そこで神から促されて妻子を驢馬に乗せて出発したのです。此処で驢馬が旧約聖書に頻出するのに我々東洋人は驚かされますが、荒れ野の山岳道を旅するのは足腰に耐久性のある驢馬が適任でしょう。何しろあの聖王ダビデでさえ驢馬を愛用しています。その手には、ヤハウェが蛇に変えたあの杖を携えています。ところが、その道中のとある場所に宿営したとき、予想もしない事態が起こります。なんと、イスラエルの民を救うためにモーセを遣わしたはずの神が、そのモーセを殺そうとしたのです。恐らくは、神との契約の証である割礼を施してないモーセを、唯一神であり世界のただひとつの全体であり一である、仏教では否定する常有の創造者が、疑いと悔恨に、そんな筈は無い筈ですが其の犯行現場で、モーセの妻ツィポラが赤児である息子に割礼、元々はエジプトなどでは不潔になりやすい男性器の包皮を切り取ることは衛生上の習慣として古くからあったが、イスラエルでは神とその民の契約の証しとして、イスラエル人の男児は生後八日目に割礼を受けています。その危機に直面してツィポラはモーセにむかって「あなたは血の花婿です」と叫ぶと、神はモーセを放したと記録されています。しかし、「主はモーセと出会い、彼を殺そうとされた。」の言葉は衝撃です。ツィポラは、とっさに石刀を手にして息子の包皮を切り取り、それをモーセの両足に付け、「わたしにとって、あなたは血の花婿です」と叫んだとされていますが、此の血とは神のまえに誓った者としての契約、モーセとの死ぬまでの婚姻の契約を指しているのでしょう。血は命であり、誰かを救済するためには誰かが代わりに罪を負って死ななければならない。そのしるしとして旧約の人々は割礼を受け、新約では十字架を示すバプテスマを受ける。その主は其のツィポラの言葉故に彼を放します。これはモーセを殺すことが目的ではなく、エジプトから民を引き出すためには、エジプトの長子は死ななければならないこと。救済とはそのように重いものであることをモーセに教えるための行為であったと想えます。一方、エジプトにいた兄アロンはエジプトのイスラエルの長老でもあったでしょうし、神の啓示を受けるちからも能力もあったのでしょうか、神が荒れ野に行ってモーセに会うように命られたことで、兄弟は神がモーセに任務を与えたシナイ山で数十年ぶりに再会、モーセは兄に自分の使命と、代弁者としてのアロンの役割と神のしるしとを告げました。そこで愈々二人はエジプトへと乗り込み、兄アロンがイスラエルの長老たち全員をあつめ、主がモーセに語られた言葉をことごとく語り、神の証である奇跡を行います。ここでは兄アロンが奇跡を起こす能力もあることを告げています。民は、神が彼らの苦しみを見て彼らのために行為されるとの預言を聞いて感謝してひれ伏します。ところでモーセの妻ツィポラと二人の息子が、いつ実家に帰ったか記録されていませんが、恐らくはこの時点で実家に帰ります。
2013年07月25日
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「旧約聖書」出エジプト記 第4章前半・神から杖に霊力を 4:1モーセは言った、「しかし、彼らはわたしを信ぜず、またわたしの声に聞き従わないで言うでしょう、『主はあなたに現れなかった』と」。 4:2主は彼に言われた、「あなたの手にあるそれは何か」。彼は言った、「つえです」。 4:3また言われた、「それを地に投げなさい」。彼がそれを地に投げると、へびになったので、モーセはその前から身を避けた。 4:4主はモーセに言われた、「あなたの手を伸ばして、その尾を取りなさい。――そこで手を伸ばしてそれを取ると、手のなかでつえとなった。―― 4:5これは、彼らの先祖たちの神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、あなたに現れたのを、彼らに信じさせるためである」。 4:6主はまた彼に言われた、「あなたの手をふところに入れなさい」。彼が手をふところに入れ、それを出すと、手は、らい病にかかって、雪のように白くなっていた。 4:7主は言われた、「手をふところにもどしなさい」。彼は手をふところにもどし、それをふところから出して見ると、回復して、もとの肉のようになっていた。 4:8主は言われた、「彼らがもしあなたを信ぜず、また初めのしるしを認めないならば、後のしるしは信じるであろう。 4:9彼らがもしこの二つのしるしをも信ぜず、あなたの声に聞き従わないならば、あなたはナイル川の水を取って、かわいた地に注ぎなさい。あなたがナイル川から取った水は、かわいた地で血となるであろう」。4:10モーセは主に言った、「ああ主よ、わたしは以前にも、またあなたが、しもべに語られてから後も、言葉の人ではありません。わたしは口も重く、舌も重いのです」。 4:11主は彼に言われた、「だれが人に口を授けたのか。おし、耳しい、目あき、目しいにだれがするのか。主なるわたしではないか。 4:12それゆえ行きなさい。わたしはあなたの口と共にあって、あなたの言うべきことを教えるであろう」。 4:13モーセは言った、「ああ、主よ、どうか、ほかの適当な人をおつかわしください」。 4:14そこで、主はモーセにむかって怒りを発して言われた、「あなたの兄弟レビびとアロンがいるではないか。わたしは彼が言葉にすぐれているのを知っている。見よ、彼はあなたに会おうとして出てきている。彼はあなたを見て心に喜ぶであろう。 4:15あなたは彼に語って言葉をその口に授けなさい。わたしはあなたの口と共にあり、彼の口と共にあって、あなたがたのなすべきことを教え、 4:16彼はあなたに代って民に語るであろう。彼はあなたの口となり、あなたは彼のために、神に代るであろう。 4:17あなたはそのつえを手に執り、それをもって、しるしを行いなさい」。 エジプトに行って民を救えと命じられたモーセであったが、彼はそれでも躊躇います。イスラエルの民が彼を指導者として信頼しないことを彼は堅く思っている。エジプトから逃れた時もイスラエルの民がモーセを信頼しないことそれが原因だった。仮にわたしがイスラエルのところに行って「神がわたしを派遣された」といっても、彼らはお前を派遣した神とは何者だと言うに決まっていますと返答します。神は彼らには「わたしは存る」、即ち神は、わたしは存在していた、わたしは存在している、わたしは存在しつづける、間違えていけないのは「永久の存在」とは違って「永遠の現在」何事も一挙に存在する意味ももち、唯一の神の「無二の有」本質を表わしています。モーセには其の方がわたしを派遣したと言えばよいと答え、さらには、「あなたたちの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主が、永遠にわたしの名である」ことを示しました。そして、イスラエルの長老たちとともにファラオのもとへ行って「ヘブライ人の神、主を礼拝するために三日の道のりを荒れ野に行かせるように」と要求せよと命じ、これから起きることを予告します。ファラオが容易には荒れ野にさえ行かせないだろうこと。神みずから手を下してあらゆる驚くべきわざを行い、エジプトを打ちのめすこと。その後にやっとファラオがイスラエルを去らせるだろうこと。そして、其の時にはエジプト人には、イスラエル人に対して好意を持つようにさせるので、手ぶらで出国することはないこと。エジプトから分捕り物を携えて行けと命じます。神に其処までに言わしめてもモーセは彼らが信用するわけがないと逆らいます。不信仰からではなく、この任務の意味を理解したから、ことの重要性を知り逃げるのです。そこで神はモーセの杖を蛇に変え、また杖に戻す等々の奇跡を見せてと来ても、そこまで言われてもなおモーセは、自分は口下手だから、同胞を説得したりファラオを説得したりなどできないと言って逃げます。これにも神は「人間に口を与えたのは主なるわたしではないか。このわたしがあなたとともにあって、あなたが語るべきことを教える」と言って、モーセの逃げを封じますが、モーセはもう必死、「ああ主よ。どうぞ、だれかほかの人を見つけてお遣わしください」と懇願、此れには旧約聖書の妬む神・怒る神、そう旧約では無限の観念である絶対観念を持つ神が怒って「あなたが口ベタでも、あなたには雄弁な兄アロンがいるではないか。彼があなたの口の代わりとなる」と言い、「わたしはモーセの口と共にあり、アロンの口と共にいる」と保証して、この会見を打ちきってしまったのです。兎にも角にも此処では唯一神の絶対的な存在に自己認識という神性というよりは人格性を付与しています。このあたりの「神」の観想が、後世の聖職関係者が神学哲学者スピノザの「世界」を神と観る思想に嫌悪を感じ、迫害した素因となったのでしょう。
2013年07月24日
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「旧約聖書」出エジプト記 第3章・神の山ホレブ 3:1モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブにきた。 3:2ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。 3:3モーセは言った、「行ってこの大きな見ものを見、なぜしばが燃えてしまわないかを知ろう」。 3:4主は彼がきて見定ようとするのを見、神はしばの中から彼を呼んで、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼は「ここにいます」と言った。 3:5神は言われた、「ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」。 3:6また言われた、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した。3:7主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。 3:8わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。 3:9いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。 3:10さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。 3:11モーセは神に言った、「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。 3:12神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」。3:13モーセは神に言った、「わたしがイスラエルの人々のところへ行って、彼らに『あなたがたの先祖の神が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と言うとき、彼らが『その名はなんというのですか』とわたしに聞くならば、なんと答えましょうか」。 3:14神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。 3:15神はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい『あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と。これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。 3:16あなたは行って、イスラエルの長老たちを集めて言いなさい、『あなたがたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主は、わたしに現れて言われました、「わたしはあなたがたを顧み、あなたがたがエジプトでされている事を確かに見た。 3:17それでわたしはあなたがたを、エジプトの悩みから導き出して、カナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとの地、乳と蜜の流れる地へ携え上ろうと決心した」と』。 3:18彼らはあなたの声に聞き従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちと一緒にエジプトの王のところへ行って言いなさい、『ヘブルびとの神、主がわたしたちに現れられました。それで、わたしたちを、三日の道のりほど荒野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげることを許してください』と。 3:19しかし、エジプトの王は強い手をもって迫らなければ、あなたがたを行かせないのをわたしは知っている。 3:20それで、わたしは手を伸べて、エジプトのうちに行おうとする、さまざまの不思議をもってエジプトを打とう。その後に彼はあなたがたを去らせるであろう。 3:21わたしはこの民にエジプトびとの好意を得させる。あなたがたは去るときに、むなし手で去ってはならない。 3:22女はみな、その隣の女と、家に宿っている女に、銀の飾り、金の飾り、また衣服を求めなさい。そしてこれらを、あなたがたのむすこ、娘に着けさせなさい。このようにエジプトびとのものを奪い取りなさい」。 此の逃亡劇を神がミデアンの荒野での40年の修練の時が与えられたのだと旧約聖書は説きます。エジプトを遠く離れたモーセは、其の頃はミディアン地方で舅の羊の群れを飼っていましたが、或る時、羊にやる草を求めて神の山ホレブ、実はホレブとは連山の呼称でその中にシナイ山があったらしいのですが、旧約聖書は神の山ホレブとだけ記しています。其処にモーセは1本の柴の異様な燃え方に気づかされます。きます。此処は乾燥した荒れ地ですから、何かの拍子に木が燃え上がるくらいは始終あったと想われますが、モーセは其の柴が燃えつづけているのに、なぜ燃え尽きてしまわないのだろうと近づいていきます。そのときに此処に其の使いが柴の中の炎のうちに彼に現れたとされています。何故、主なる神ではなく主の使が現れたのでしょう。後では、神は確かに、わたしはあなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神であると宣言しています。このあたりの旧約聖書の神と天使の取り扱い方は区分が曖昧で、創世記でヤコブと戦っているのも、神か天使かはっきりしません。此のことに一々究明するのは旧約聖書の読み方としては不適切かなとも慮ります。れ入って顔を伏せるモーセに、神は語りました。わたしは、エジプトにいるわたしの民イスラエルの苦しみ、叫び、痛みを知っている。わたしは彼らを救い出し、乳と蜜の流れる地、遊牧民のことばでは「乳」とは乳を取る家畜のための牧草豊かな地、「蜜」は蜂が巣を営む、つまりは花の咲く草や木が豊かな地を表現しています。牛乳とハチミツが実際にだくだく流れてる土地ということでは無いことには旧約聖書には度々見かける言葉なので心に留めおいてください。その場で突然に「モーセよ、モーセよ」と呼ぶ声、かつてアブラハム、イサク、ヤコブに与えると約束したカナンの地へと導きのぼる神だとの宣言。モーセは幼い日に乳母として乳を与えてくれた実母、実家にいたその僅かな間にも、イスラエルの贖い主である神とイスラエルの契約のことは繰り返し聞かされていたのでしょう。ついに、イスラエルを贖うために神の出動かと、喜びで胸が熱くなったことでしょう。ところが驚天動地、おまえをファラオのもとに派遣する。おまえが、わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだと。その声に茫然自失、思わずわたしは、そんなことが出来得る者ではありませんと必死に任務を逃れようとするモーセですが、しかし神は、その抵抗をひとつひとつ破っていきます。かって、モーセが義憤に燃えて同胞をしいたげるエジプト人を撃ち殺したのは、彼がまだ若く、しかもファラオの王女の子という身分だったときです。今は80歳にもなろうという老人で、しかも国外に亡命中の一介の遊牧民。それに王宮育ちの彼には、エジプト王家の力も、国の経済におけるイスラエル人労働力の重要性もわかっています。それを連れ出すなど、容易でないどころか不可能です。あなたの名前を教えてくださいと頼むモーセに「有って有るもの」と神は応答、神はモーセに言われた、わたしは、「有って有る者」即ちイムマヌエル「私が共にいる」と神は応答、ここからモーセの苦難の歴史が始まります。
2013年07月23日
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「旧約聖書」出エジプト記 第2章後半・モーセの最愛の妻チッポラとの出会い 2:11モーセが成長して後、ある日のこと、同胞の所に出て行って、そのはげしい労役を見た。彼はひとりのエジプトびとが、同胞のひとりであるヘブルびとを打つのを見たので、 2:12左右を見まわし、人のいないのを見て、そのエジプトびとを打ち殺し、これを砂の中に隠した。 2:13次の日また出て行って、ふたりのヘブルびとが互に争っているのを見、悪い方の男に言った、「あなたはなぜ、あなたの友を打つのですか」。 2:14彼は言った、「だれがあなたを立てて、われわれのつかさ、また裁判人としたのですか。エジプトびとを殺したように、あなたはわたしを殺そうと思うのですか」。モーセは恐れた。そしてあの事がきっと知れたのだと思った。 2:15パロはこの事を聞いて、モーセを殺そうとした。しかしモーセはパロの前をのがれて、ミデヤンの地に行き、井戸のかたわらに座していた。 2:16さて、ミデヤンの祭司に七人の娘があった。彼女たちはきて水をくみ、水槽にみたして父の羊の群れに飲ませようとしたが、 2:17羊飼たちがきて彼女らを追い払ったので、モーセは立ち上がって彼女たちを助け、その羊の群れに水を飲ませた。 2:18彼女たちが父リウエルのところに帰った時、父は言った、「きょうは、どうして、こんなに早く帰ってきたのか」。 2:19彼女たちは言った、「ひとりのエジプトびとが、わたしたちを羊飼たちの手から助け出し、そのうえ、水をたくさんくんで、羊の群れに飲ませてくれたのです」。 2:20彼は娘たちに言った、「そのかたはどこにおられるか。なぜ、そのかたをおいてきたのか。呼んできて、食事をさしあげなさい」。 2:21モーセがこの人と共におることを好んだので、彼は娘のチッポラを妻としてモーセに与えた。 2:22彼女が男の子を産んだので、モーセはその名をゲルショムと名づけた。「わたしは外国に寄留者となっている」と言ったからである。2:23多くの日を経て、エジプトの王は死んだ。イスラエルの人々は、その苦役の務のゆえにうめき、また叫んだが、その苦役のゆえの叫びは神に届いた。 2:24神は彼らのうめきを聞き、神はアブラハム、イサク、ヤコブとの契約を覚え、 2:25神はイスラエルの人々を顧み、神は彼らをしろしめされた。 エジプトの宮殿という、当時では最も進んだ文化環境と当時の最高の学問環境で、成人したモーセでしたが、自分の血脈の同胞は、依然として奴隷として重労働に喘ぐ日をおくっています。勿論のことモーセはその状況を知っています。もちろん知っていたでしょう。身分からしらいっても自分が王座につく日が来るなら、その時に同胞を解放しようと考えてもいたでしょう。ところが視察のために巡回でもしていたのでしょうか、イスラエルびとの奴隷がその重労働に苦しめられ耐えられなかったのでしょう、、監督のエジプト人に打たれているのに出くわします。彼は激情して人気のないところでその監督を打ち殺し、死体を埋めて隠します。しかし事件は思わぬところから露見します。次の日にモーセが視察に出ると、イスラエル人同士が喧嘩、モーセが仲裁に入ると喧嘩の片方が、誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、この私も殺すつもりかと。此の彼が救おうと思った同胞イスラエル人の目撃証言から事が暴かれました。此の事実がヘブライ嫌いのファラオの耳にも入り、モーセを処刑するために捜索をはじめたのです。やむなくモーセはエジプトから逃亡、ミディアン地方まで逃亡することになります。この地でモーセは、地元の祭司の娘を暴漢から助けたのが縁で、その祭司のもとに身を寄せてもはやエジプトには戻れないとここにとどまることを決めたモーセに、後に神の使いがモーセを殺害しかけたのを咄嗟の赤児の割礼というかたちで防いだ祭司は娘ツィポラを妻として娶ります。此の逃亡劇を神がミデアンの荒野での40年の修練の時が与えられたのだと旧約聖書は解釈しています。やがて妻ツィポラは男の子を産み、モーセは彼をゲルショムと名付けますが、其の意は彼が私は異国にいる寄留者(ゲール)だといったからであるときしていますが、モーセの息子にしては旧約聖書では、割礼事件以来あまり登場することはなく意外な感じを抱くのは避けられません。
2013年07月22日
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「旧約聖書」出エジプト記 第2章前半・養子マーシャー 2:1さて、レビの家のひとりの人が行ってレビの娘をめとった。 2:2女はみごもって、男の子を産んだが、その麗しいのを見て、三月のあいだ隠していた。 2:3しかし、もう隠しきれなくなったので、パピルスで編んだかごを取り、それにアスファルトと樹脂とを塗って、子をその中に入れ、これをナイル川の岸の葦の中においた。 2:4その姉は、彼がどうされるかを知ろうと、遠く離れて立っていた。 2:5ときにパロの娘が身を洗おうと、川に降りてきた。侍女たちは川べを歩いていたが、彼女は、葦の中にかごのあるのを見て、つかえめをやり、それを取ってこさせ、 2:6あけて見ると子供がいた。見よ、幼な子は泣いていた。彼女はかわいそうに思って言った、「これはヘブルびとの子供です」。 2:7そのとき幼な子の姉はパロの娘に言った、「わたしが行ってヘブルの女のうちから、あなたのために、この子に乳を飲ませるうばを呼んでまいりましょうか」。 2:8パロの娘が「行ってきてください」と言うと、少女は行ってその子の母を呼んできた。 2:9パロの娘は彼女に言った、「この子を連れて行って、わたしに代り、乳を飲ませてください。わたしはその報酬をさしあげます」。女はその子を引き取って、これに乳を与えた。 2:10その子が成長したので、彼女はこれをパロの娘のところに連れて行った。そして彼はその子となった。彼女はその名をモーセと名づけて言った、「水の中からわたしが引き出したからです」。 レビの子孫の一族のアムラムと妻ヨケベドに次男がうまれます。普段の情勢であるなら家中が喜びの声で満ちるところですが、長男アロンが生まれた頃とは事情が違います。ファラオの布令により、ヘブライ人(イスラエル人)に男児が生まれたら殺さなければならない運命(さだめ)なのです。なんとか三ヶ月の間はひた隠しにしていましたが、赤ん坊というのはこれくらいから泣き声が急に大きくなり、るものです。もはや隠しようがないが、だからといって、殺害されるのが解りながら当局に引き渡せません。思い余った両親は、すべてを神に運命を委ね、アスファルトと樹脂で防水したカゴに赤ん坊を入れてナイル河の畔の葦の茂みに流したのでした。祈りながら両親が去ったあと、このアロンの姉ミリアムだけが様子を見ていました。するとそこに現れたのは神聖なるナイルでの水浴は寿命を伸ばすと信じられていた故に、習俗となって来ていたプリンス・オブ・エジプト、後には自ら女王になるクレオパトラを出す程にエジプトの高貴な女性は尊ばれていたファラオの王女が水浴場の葦の間に籠を見つけ、取りに行かせました。開けてみると、男の赤ん坊が大声を上げて泣いているではないですか。王女は即、これはヘブライ人の子に違いないと察しますが、父とはいえ神々にも等しいファラオの命令に従わないことは非常な危険を伴いますが、目前で泣く赤児を見ては王女は不憫に思い方策を思案します。そんな王女の顔の表情を葦の影で見ていたアロンの姉ミリアムです。それこそ奴隷の身で王女の前に出ることなどはどれだけ畏れ多いことだったでしょうか。今が唯一の機会とばかりに飛び出し言ったのです。「この子のためにヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか」。何故こんなところにヘブライ人の少女がいるのか、何故此のような事を言い出すのか、何故、運良く丁度乳が出るヘブライの女を知っているのだろうか。ファラオの王女のこと、ちょっと想像力を働かせれば、少女が赤ん坊の関係者であることも、赤ん坊の実母のことを言っているだろうことも察していたに違いありません。しかし王女は素知らぬ顔で「この子を連れて行って、わたくしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたくしが出しますから」と言います。此の絶妙なタイミングと姉の機転とファラオの王女の図らいで赤児は成長して王女の養子、へたをすればエジプトのファラオの後継者となる地位を得ます。恐らく母ヨケベドは乳離れするまでのわずかな期間でしたが、実子にヘブライ人として主なる神の民としての教育を行ったでしょう。そして王女は、水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)なのですからと、その名をモーセと名付けたのです。その後は此のモーセがイスラエルの民としてのアイデンティティと、エジプト王家の子として当時では最高の教育である軍事・史学・天文・地理等々の学問を身につけたのです。のちにイスラエルの指導者となるモーセはこうして後にはファラオとなっても奇しくない身分を手に入れています。実は、モーセが乗せられていた籠はヘブル語では箱舟と同じ語意で、旧約聖書ではモーセがノアと同じに特別の導きがあったことを暗示しています。マタイは新約聖書ではイエスも神に命を守られ、エジプトから引き出されたとして、第二のモーセとしての出生を記しています。マタイ2:13-15主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、私が告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは私は、エジプトから私の子を呼び出したと、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。」
2013年07月21日
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「旧約聖書」出エジプト記 第1章後半・虐待に耐える 1:15またエジプトの王は、ヘブルの女のために取上げをする助産婦でひとりは名をシフラといい、他のひとりは名をプアという者にさとして、 1:16言った、「ヘブルの女のために助産をするとき、産み台の上を見て、もし男の子ならばそれを殺し、女の子ならば生かしておきなさい」。 1:17しかし助産婦たちは神をおそれ、エジプトの王が彼らに命じたようにはせず、男の子を生かしておいた。 1:18エジプトの王は助産婦たちを召して言った、「あなたがたはなぜこのようなことをして、男の子を生かしておいたのか」。 1:19助産婦たちはパロに言った、「ヘブルの女はエジプトの女とは違い、彼女たちは健やかで助産婦が行く前に産んでしまいます」。 1:20それで神は助産婦たちに恵みをほどこされた。そして民はふえ、非常に強くなった。 1:21助産婦たちは神をおそれたので、神は彼女たちの家を栄えさせられた。 1:22そこでパロはそのすべての民に命じて言った、「ヘブルびとに男の子が生れたならば、みなナイル川に投げこめ。しかし女の子はみな生かしておけ」。 ヨセフのことを知らない新しい王は、我々にとってあまりにも多くまた強すぎるから、此のエジプトの戦いの危機のときに危険因子となるかもしれないとして、イスラエルびとの上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待、ところが、虐待されればされるほど彼らは増え広がったので、エジプト人はますますイスラエルびとを嫌悪し酷使します。此れに効果がないと見るや、ファラオは第二の策をとります。イスラエルびとの二人の助産婦を呼んでイスラエル人の赤児が生まれたら、それが男児ならすべて殺せと命じたのです。奴隷民の助産婦ごときが、ファラオの命令に異を唱えられるわけもなく、王の前を退出します。そののちファラオが、イスラエル人居住区であるゴセンを見ると、豈図らんや男の子たちも元気に遊んでいるではないですか。早速、王の命令に背くとはとばかりに二人の助産婦を呼び出し詰問しますが、助産婦はいずれもファラオよりも神を畏れていたので、しらじらしくイスラエル人の女はエジプト人と違って丈夫なので、私たち助産婦が行く前に産んでしまうと答えます。言うまでもなくこれは二人の機転、同胞の子の命を出産を助ける助産婦が赤ん坊を殺せるものか、二人は職業への誇りや人道的な理由もあったでしょうが、それ以上に二人は神を畏れ敬う信仰の持ち主だったのです。それ故に神は彼女たちにも子宝を恵まれたと記されています。此の二人の勇気ある行動により、イスラエルびとはさらに勢を増しますが、ファラオもイスラエル人へのいらだちを強めていきます。そしてついにはヘブライ人に生まれた男児は、ことごとく河に投げいれよとの布令を出しています。詰まりはイスラエルへの主なる神の祝福がエジプト王の迫害を招くことになったのです。神の祝福が最終的に成就するまでには、イスラエルはモーセの誕生から、民のカナン侵攻までには120年を要した程長い忍耐の時を必要とすることもあります。イスラエルのその後の歴史を見ても、この民族の忍耐強さの因子はこのあたりにありそうです。
2013年07月20日
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「旧約聖書」出エジプト記 第1章前半・奴隷と化したイスラエルびと 1:1さて、ヤコブと共に、おのおのその家族を伴って、エジプトへ行ったイスラエルの子らの名は次のとおりである。 1:2すなわちルベン、シメオン、レビ、ユダ、 1:3イッサカル、ゼブルン、ベニヤミン、 1:4ダン、ナフタリ、ガド、アセルであった。 1:5ヤコブの腰から出たものは、合わせて七十人。ヨセフはすでにエジプトにいた。 1:6そして、ヨセフは死に、兄弟たちも、その時代の人々もみな死んだ。 1:7けれどもイスラエルの子孫は多くの子を生み、ますますふえ、はなはだ強くなって、国に満ちるようになった。1:8ここに、ヨセフのことを知らない新しい王が、エジプトに起った。 1:9彼はその民に言った、「見よ、イスラエルびとなるこの民は、われわれにとって、あまりにも多く、また強すぎる。 1:10さあ、われわれは、抜かりなく彼らを取り扱おう。彼らが多くなり、戦いの起るとき、敵に味方して、われわれと戦い、ついにこの国から逃げ去ることのないようにしよう」。 1:11そこでエジプトびとは彼らの上に監督をおき、重い労役をもって彼らを苦しめた。彼らはパロのために倉庫の町ピトムとラメセスを建てた。 1:12しかしイスラエルの人々が苦しめられるにしたがって、いよいよふえひろがるので、彼らはイスラエルの人々のゆえに恐れをなした。 1:13エジプトびとはイスラエルの人々をきびしく使い、 1:14つらい務をもってその生活を苦しめた。すなわち、しっくいこね、れんが作り、および田畑のあらゆる務に当らせたが、そのすべての労役はきびしかった。 出エジプト記が記している時代から遡ること凡そ300年以上前、エジプト・パレスティナ一帯を激烈な飢饉が襲い、しかもこの飢饉は7年間も猛威を振るった。だがエジプトだけには豊富な食料の備蓄がありました。即ちイスラエルことヤコブの子ヨセフ(Joseph)が、神からの知恵によって、同じ寄留民としての異邦人のエジプト王ファラオに、これから7年の大豊作と其の後の7年の大凶作を告げていたのです。それでエジプトは、7年の大豊作のあいだに穀物を蓄えることが出来得たのです。できたのです。その功績によりヨセフは寄留者でありながら一躍抜擢され、ファラオに次ぐ副王としての宰相となります。其のこと故に、飢饉を避けて移住してきたヤコブの一族70人はそのままエジプトに寄留し、ヨセフに養われたのです。その移住者の名簿、ヤコブの12人の子の名前が第1章冒頭には記されています。時は流れ、エジプトも王朝もエジプト人が再び王権を取り戻し、イスラエル人ヨセフの功績を知らないファラオの時代になっていました。そのファラオから国を見渡すと、寄留者である筈のイスラエルの子孫が子を産み、夥しく数を増し、増々強くなって国中に溢れている現状です。ではないですか。此のイスラエルの勢力にファラオはヒクソス王朝を顧みたのでしょう。戦時にはこの異邦人である寄留民は敵に味方するかもしれないと危惧を感じ」、今の間に力を削ぐ算段をはじめます。こうして突然にイスラエルの民の苦難がはじまります。ファラオは先ずはイスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待しています。イスラエルびとにとってみれば、降ってわいたような災難。なぜ突然こんなことになったのかと思ったことでしょう。しかしこれは、遥かな昔に神が予め知らせていたこと。ところが皮肉なことにファラオとエジプト人の意に反して、イスラエルびとは虐待されるほど人口が増えてます。このためエジプト人は殊更彼らを酷使し、またその生活を脅かし、彼らが従事した労働はいずれも過酷を極めたと記録されるほどの重労働を与えます。しかし、神の恩寵のあるイスラエルびとは尚増加していきます。
2013年07月19日
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「旧約聖書」出エジプト記 序章・概要 出エジプト記に入る前に、その全体像を掴んでおくことも大事なことだと思い押さえておきたい。旧約聖書の出エジプト記は、文字通りイスラエルびとと呼ばれる民族がエジプトから出たことが記されています。創世記の章の最後半部分では、イスラエルことヤコブの子孫たちが、飢饉を逃れるためにエジプトに移住しましたが、しかし時が流れ、今はヤコブ一族がエジプトに来たときの異国民である寄留者がエジプトの地で支配した紀元前17世紀のヒクソス王朝のファラオの王朝は追放され、新王国のエジプト王朝時代になり、紀元前13世紀には寄留民であるイスラエルびとは蔑視され、奴隷として過酷な労働に苦しみ藻掻いていました。其のような状況の時にレビ人のモーセが出て出エジプトがなされたます。彼らの呻き声は神に届き、神は民族の父祖であるアブラハムとイサクとヤコブに約束したカナンの地へと、エジプトからイスラエルの民を救い出します。但し、約束の地カナンへの出発といっても出エジプト記は、エジプトを出たところまでしか記録されていません。創世記ではイスラエル民族のエジプトに移住、そして出エジプト記ではモーセに導かれてエジプトを出るまでが記されています。次のレビ記は律法集で、イスラエル民族の移動の記事はありません。以降の民数記・申命記を経てヨシュア記になってはじめてヨシュアに率いられて約束の地カナンに入るのです。出エジプト記の内容はというと、以外にも実はイスラエルがエジプトから出たことの記録は、出エジプト記の3分の1程度でしかありません。出エジプト記は次のような構成になっています。その他は神と民の契約、即ちイスラエルが神から律法を授かることが記され、その後はテント型の可搬式神殿の幕屋のことが神からの指示と設営仕方まで事細かく記されています。正直、幕屋のあたりでは退屈で旧約聖書を読破しようとする気も冷める壁ともなります。この辺りはそんな物なのか位でも信徒でなければ許されましょう。それでは本編へと向かいましょう。
2013年07月18日
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「旧約聖書」創世記 第50章後半・ヨセフの死をもって創世記は完50:22このようにしてヨセフは父の家族と共にエジプトに住んだ。そしてヨセフは百十年生きながらえた。50:23ヨセフはエフライムの三代の子孫を見た。マナセの子マキルの子らも生れてヨセフのひざの上に置かれた。50:24ヨセフは兄弟たちに言った、「わたしはやがて死にます。神は必ずあなたがたを顧みて、この国から連れ出し、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に導き上られるでしょう」。50:25さらにヨセフは、「神は必ずあなたがたを顧みられる。その時、あなたがたはわたしの骨をここから携え上りなさい」と言ってイスラエルの子らに誓わせた。50:26こうしてヨセフは百十歳で死んだ。彼らはこれに薬を塗り、棺に納めて、エジプトに置いた。 此処からは、出エジプト記へのプロローグともいえる文節です。父ヤコブことイスラエルの死後、ヨセフはエジプトで110歳まで父の一族を養いつづけられた経済力を考えると、最後までエジプトの国家に重用されたのでしょう。だと思います。更にヨセフは曾孫まで見ることができたとも記録されています。晩年まで神に祝福された生涯です。そのヨセフが愈々この世を去る時が来ると、彼は兄弟たちに神は必ずイスラエル一族を顧みてくださり、先祖に誓った土地カナンへとエジプトから導き出してくれることを確信をもって思い出させました。これは希望的観測ではなく確信でした。彼らには疑う余地もないことだったのです。でもそれは、遠い遠い将来のこと、かつて神はアブラハムに「あなたの子孫は異国で寄留者となり、四百年間奴隷として苦しむ。カナンに戻ってくるのはその後だ」と予告してます。時間さえ創造した永遠の現在を抱く創造者は約束を必ず実現します。しかし子孫を増や約束は、ようやく70人を超えたのはヤハウェとアブラハムの契約から200年以上もたってからだった。この確実さを前提に、ヨセフは兄弟たちに頼みます。主なる神があなたたちをエジプトから約束の地へ連れ出すときには、わたしの遺骨をここから運び出して一緒に連れていってくれるようにと。此れはヨセフの場合、ファラオに次ぐ権力者であり、国を救った英雄が異邦の地で葬られることが難しかったからです。事実、ヨセフの遺体は防腐処置(ミイラ化)されて、エジプトで棺におさめられました。しかしヨセフの願いは兄たちによって代々受け継がれて行きます。後にイスラエルの民がエジプトを脱出してカナンへと旅立つとき、指導者モーセはヨセフの遺骨をたずさえていくことになるのです。ヨセフの死をもって、創世記は終わっています。神による宇宙の創造からイスラエル民族の起源までを記録した旧約聖書の創世記の物語は此処で幕を閉じます。
2013年07月17日
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「旧約聖書」創世記 第50章前半・報復を恐れる兄達 50:1ヨセフは父の顔に伏して泣き、口づけした。50:2そしてヨセフは彼のしもべである医者たちに、父に薬を塗ることを命じたので、医者たちはイスラエルに薬を塗った。50:3このために四十日を費した。薬を塗るにはこれほどの日数を要するのである。エジプトびとは七十日の間、彼のために泣いた。50:4彼のために泣く日が過ぎて、ヨセフはパロの家の者に言った、「今もしわたしがあなたがたの前に恵みを得るなら、どうかパロに伝えてください。50:5『わたしの父はわたしに誓わせて言いました「わたしはやがて死にます。カナンの地に、わたしが掘って置いた墓に葬ってください」。それで、どうかわたしを上って行かせ、父を葬らせてください。そうすれば、わたしはまた帰ってきます』」。50:6パロは言った、「あなたの父があなたに誓わせたように上って行って彼を葬りなさい」。50:7そこでヨセフは父を葬るために上って行った。彼と共に上った者はパロのもろもろの家来たち、パロの家の長老たち、エジプトの国のもろもろの長老たち、50:8ヨセフの全家とその兄弟たち及びその父の家族であった。ただ子供と羊と牛はゴセンの地に残した。50:9また戦車と騎兵も彼と共に上ったので、その行列はたいそう盛んであった。50:10彼らはヨルダンの向こうのアタデの打ち場に行き着いて、そこで大いに嘆き、非常に悲しんだ。そしてヨセフは七日の間父のために嘆いた。50:11その地の住民、カナンびとがアタデの打ち場の嘆きを見て、「これはエジプトびとの大いなる嘆きだ」と言ったので、その所の名はアベル・ミツライムと呼ばれた。これはヨルダンの向こうにある。50:12ヤコブの子らは命じられたようにヤコブにおこなった。50:13すなわちその子らは彼をカナンの地へ運んで行って、マクペラの畑のほら穴に葬った。このほら穴はマムレの東にあって、アブラハムがヘテびとエフロンから畑と共に買って、所有の墓地としたものである。50:14ヨセフは父を葬った後、その兄弟たち及びすべて父を葬るために一緒に上った者と共にエジプトに帰った。50:15ヨセフの兄弟たちは父の死んだのを見て言った、「ヨセフはことによるとわれわれを憎んで、われわれが彼にしたすべての悪に、仕返しするに違いない」。50:16そこで彼らはことづけしてヨセフに言った、「あなたの父は死ぬ前に命じて言われました、50:17『おまえたちはヨセフに言いなさい、「あなたの兄弟たちはあなたに悪をおこなったが、どうかそのとがと罪をゆるしてやってください」』。今どうかあなたの父の神に仕えるしもべらのとがをゆるしてください」。ヨセフはこの言葉を聞いて泣いた。50:18やがて兄弟たちもきて、彼の前に伏して言った、「このとおり、わたしたちはあなたのしもべです」。50:19ヨセフは彼らに言った、「恐れることはいりません。わたしが神に代ることができましょうか。50:20あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。50:21それゆえ恐れることはいりません。わたしはあなたがたとあなたがたの子供たちを養いましょう」。彼は彼らを慰めて、親切に語った。 ヤコブことイスラエルは息子たちに、ヨセフ(Joseph)に頼んだ通り自分の遺体を先祖の墓に埋葬してくれることを命じます。その墓地は、アブラハムがサラを葬るためにヘト人エフロンから多額の銀で買い取ったもので、先々代のアブラハムと妻サラ、先代のイサクと妻リベカも埋葬されています。イスラエル自身もすでに第一夫人レアを葬っています、しかし彼がもっとも愛した妻ラケルは、旅の途中で倒れ致し方なく其の地で葬っています。更には神がアブラハムとイサク、イスラエルにもイスラエルの民を必ずカナンに連れ帰るとの約束の地に行くことを望みます。父から直接に葬りに方ついて頼まれていたヨセフは、147歳で息を引き取ったイスラエルを自ら喪主となり、父の亡骸に自分の侍医たちに命じて、エジプト流の防腐処置、即ちミイラにさせています。エジプトが高貴な人間をミイラにするのは、肉体への復活を信じ、その信仰上宿主である身体が残っていないと困るとの考えからです。それとは信仰を異にするヨセフがイスラエルの遺体に防腐処置をほどこしたのは、異教の風習に染まるに非ず、遺体を埋葬するまでもたせるための現実的な選択だったのです。エジプトの国民は、宰相ヨセフの父上のために、70日間も喪に服したと記録されています。その上さらにはマクペラまで遺体を運ばなければりません。ヨセフは喪が明けるとカナンに向かいます。幼児を除く一族全員のほかに、ファラオの重臣たち全員とエジプトの国の長老たち全員、さらに戦車や騎兵も一緒とはヨセフがエジプトの民から愛され権威も相当だった証でしょう。戦車や騎兵も率いてきたヨセフに驚天動地、此の時にカナン占領も可能だったはずですが、あくまで葬儀のためでした。ヨセフたちはそこで7日間に及ぶ葬儀をとり行います。その後12兄弟は、父の遺言の通りに遺体をマクペラの洞穴に葬ります。ところで父ヤコブが死んで葬儀も終わると、ベニヤミンを除いて兄達はヨセフに対する自分たちの仕打ちを、ヨセフは今も恨んでいるのではないか、父の存命中は恨みを押さえていただけかもしれない。父の喪も明けた今こそ、仕返ししてくるのではないか、そういえば父イスラエルことヤコブがエサウとイサクを出し抜いたときも、エサウはすぐに行動を起こすのではなく父が死んでその喪が明けたら、ヤコブを殺そうと雌伏したののを想起させます。しかし、ヨセフは全ては神の導きであり、何も恨むところはない旨を兄弟たちに伝えます。ヨセフが泣いたのは、父の名を出し神の名を出して許しを乞うほど怯えている兄達を哀れんだ涙であり、神の意志をまだ解っていない兄達たちに落胆した涙であり、兄達が自分を売ったという事実が互いの間にこんなに溝として残っていることを悲しんだ涙だったのです。やがて兄達自身が来て平伏するとヨセフは、再会したときに話したことをもう一度説明、あなたがたはわたしに悪を企みましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、現在の有り様のようにして下さったと諭します。だから恐れる必要はない、このヨセフがあなたとあなたたちの子供を養いますと、ヨセフは兄たちをやさしく慰め語りかけたのはモーセと聖王ダビデ以上の自負が答えさせたものでしょう。
2013年07月16日
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「旧約聖書」創世記 第49章後半・ヤコブの思い入れの祝福 49:22ヨセフは実を結ぶ若木、泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は、かきねを越えるであろう。49:23射る者は彼を激しく攻め、彼を射、彼をいたく悩ました。49:24しかし彼の弓はなお強く、彼の腕は素早い。これはヤコブの全能者の手により、イスラエルの岩なる牧者の名により、49:25あなたを助ける父の神により、また上なる天の祝福、下に横たわる淵の祝福、乳ぶさと胎の祝福をもって、あなたを恵まれる全能者による。49:26あなたの父の祝福は永遠の山の祝福にまさり、永久の丘の賜物にまさる。これらの祝福はヨセフのかしらに帰し、その兄弟たちの君たる者の頭の頂に帰する。49:27ベニヤミンはかき裂くおおかみ、朝にその獲物を食らい、夕にその分捕物を分けるであろう」。49:28すべてこれらはイスラエルの十二の部族である。そしてこれは彼らの父が彼らに語り、彼らを祝福したもので、彼は祝福すべきところに従って、彼らおのおのを祝福した。49:29彼はまた彼らに命じて言った、「わたしはわが民に加えられようとしている。あなたがたはヘテびとエフロンの畑にあるほら穴に、わたしの先祖たちと共にわたしを葬ってください。49:30そのほら穴はカナンの地のマムレの東にあるマクペラの畑にあり、アブラハムがヘテびとエフロンから畑と共に買い取り、所有の墓地としたもので、49:31そこにアブラハムと妻サラとが葬られ、イサクと妻リベカもそこに葬られたが、わたしはまたそこにレアを葬った。49:32あの畑とその中にあるほら穴とはヘテの人々から買ったものです」。49:33こうしてヤコブは子らに命じ終って、足を床におさめ、息絶えて、その民に加えられた。 ヨセフへのイスラエルの言葉は、多くの言葉を用いたヨセフへの特別の思い入れがある祝福です。即ち息子ヨセフへの感謝と神が与えてくれたた恩恵、神への重々の信頼、此れがヨセフは実を結ぶ若木 、泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は石垣を越えて伸びる。弓を射る者たちは彼に敵意を抱き 、矢を放ち、追いかけてくる。しかし、彼の弓は弛ことなく彼の腕と手は素早く動く。ヤコブの勇者の御手により、それによって、イスラエルの石となり牧者となった。どうか、あなたの父の神があなたを助け 、全能者によってあなたは祝福を受けるように。上は天の祝福下は横たわる淵の祝福。乳房と母の胎の祝福をもってあなたの父の祝福は永遠の山の祝福にまさり永久の丘の賜物にまさる。これらの祝福がヨセフの頭の上にあり、り、兄弟たちから選ばれた者の頭にあるように。ベニヤミンもヤコブが愛したラケルの忘れ形見であり、ひとしおの思い入れが伝わります。ベニヤミンはかみ裂く狼、朝には獲物に食らいつき、夕には奪ったものを分け合うという予言は少し不思議ですが、ベニヤミン族はこの予言の通り、好戦的な部族となります。ベニヤミン族出身のサウルはイスラエル王国初代の王となり、数々の勝利をイスラエルに齎しますも。しかし旧約聖書では一方、愚かな罪を悔い改めもせず、他の11部族と戦って部族滅亡の危機に陥ることもありました。これらの、12人の息子たちへの言葉は、遺言及び祝福とすれば呪いの言葉さえあり解せません。しかし、創世記の記者はこの記事をこう結んでいます。これらはすべて、イスラエルの部族で、その数は十二である。これは彼らの父が語り、祝福した言葉である。父は彼らを、おのおのにふさわしい祝福をもって祝福したのである。呪いに見える言葉さえも、ヤハウェの民であるイスラエル民族たる息子たちへの祝福であるというのです。
2013年07月15日
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2013年07月14日
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「旧約聖書」創世記 第49章前半・ヤコブのナフタリまでの祝福 49:1ヤコブはその子らを呼んで言った、「集まりなさい。後の日に、あなたがたの上に起ることを、告げましょう、49:2ヤコブの子らよ、集まって聞け。父イスラエルのことばを聞け。49:3ルベンよ、あなたはわが長子、わが勢い、わが力のはじめ、威光のすぐれた者、権力のすぐれた者。49:4しかし、沸き立つ水のようだから、もはや、すぐれた者ではあり得ない。あなたは父の床に上って汚した。ああ、あなたはわが寝床に上った。49:5シメオンとレビとは兄弟。彼らのつるぎは暴虐の武器。49:6わが魂よ、彼らの会議に臨むな。わが栄えよ、彼らのつどいに連なるな。彼らは怒りに任せて人を殺し、ほしいままに雄牛の足の筋を切った。49:7彼らの怒りは、激しいゆえにのろわれ、彼らの憤りは、はなはだしいゆえにのろわれる。わたしは彼らをヤコブのうちに分け、イスラエルのうちに散らそう。49:8ユダよ、兄弟たちはあなたをほめる。あなたの手は敵のくびを押え、父の子らはあなたの前に身をかがめるであろう。49:9ユダは、ししの子。わが子よ、あなたは獲物をもって上って来る。彼は雄じしのようにうずくまり、雌じしのように身を伏せる。だれがこれを起すことができよう。49:10つえはユダを離れず、立法者のつえはその足の間を離れることなく、シロの来る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う。49:11彼はそのろばの子をぶどうの木につなぎ、その雌ろばの子を良きぶどうの木につなぐ。彼はその衣服をぶどう酒で洗い、その着物をぶどうの汁で洗うであろう。49:12その目はぶどう酒によって赤く、その歯は乳によって白い。49:13ゼブルンは海べに住み、舟の泊まる港となって、その境はシドンに及ぶであろう。49:14イッサカルはたくましいろば、彼は羊のおりの間に伏している。49:15彼は定住の地を見て良しとし、その国を見て楽しとした。彼はその肩を下げてにない、奴隷となって追い使われる。49:16ダンはおのれの民をさばくであろう、イスラエルのほかの部族のように。49:17ダンは道のかたわらのへび、道のほとりのまむし。馬のかかとをかんで、乗る者をうしろに落すであろう。49:18主よ、わたしはあなたの救を待ち望む。49:19ガドには略奪者が迫る。しかし彼はかえって敵のかかとに迫るであろう。49:20アセルはその食物がゆたかで、王の美味をいだすであろう。49:21ナフタリは放たれた雌じか、彼は美しい子じかを生むであろう。 臨終を迎えるにあたり、ヤコブは息子たちを呼び寄せ、わたしは後の日にお前たちに起こることを語っておきたい。と言って語り始めます。ヤコブことイスラエルの、息子その子孫への預言的な諫言及び祝福です。ルベンにはお前はわたしの長子、わたしの勢い、命の力の初穂、気位が高く、力も強い。と評価する一方、水のように奔放で長子の誉れを失うと予言。父の側女つまり弟たちの母との過ちに見られる人間性の故に。ルベンは長男であったが、父の寝床を父の側女と汚したので、長子の権利を同じイスラエルの子ヨセフの子孫に譲らねばならなかったという記録がある通りです。シメオンとレビに関しては、彼らの剣は暴力の道具、彼らは怒りのままに人を殺しという評価は、妹を穢されたとはいえ卑劣な作戦で町一つ滅ぼした彼らの暴力性に対する評価が現れています。イスラエルは、加えて彼らをイスラエルの間に散らすと予言しています。その後、シメオンの預言はこのように実現します。シメオン族は徐々に衰退し、エジプト脱出後の第一回人口調査では59,300人だったのが、その約40年後の第二回では22,200人と激減していて、やがて他部族に吸収されていきます。但しレビには預言が不思議なかたちで実現しました。一方のレビ族は、後にイスラエルびとというよりイスラエルという民族を成り立たせた人物モーセとアロンを出し、事実上の特権階級とも言えるイスラエルの中で祭司のつとめ、神を嗣業とすることを任され、イスラエルがカナンを征服して土地を分配したとき、部族としては領土を持たず、祭司職として各部族の中に分かれ住むことになります。それも収穫の十二分の1を収めさせるという、言い換えれば支配者の特権を甘受します。ユダは四男ですが、兄弟たちのリーダーとして高く評価され、力と威厳ある獅子にたとえられた上に王笏(おうしゃく)はユダから離れず統治の杖は足の間から離れないという、つまりは永遠の王座に就くと予言されました。更には時が到るとき諸国民はユダ族に従い、服をワインで洗濯するほど繁栄すると祝福します。事実、ユダ族からはダビデ王やソロモン王が出てきたり、イスラエル王国分裂後は南王国を指してユダと呼ぶなど、最も有力な部族となります。そして王の中の王と称される主の中の主キリストも、ユダ族から世に現れるのです。ゼブルンは海辺に住む。そこは舟の出入りする港となりその境はシドンに及ぶと予言はされましたが、ゼブルン族領土は地中海に面していません。しかしフェニキア最大の港町であるシドンと近く、交易で栄えた可能性は残ります。イッサカルは、彼は、目の前の安楽を好んで奴隷に身を落とすと予言されます。事実イッサカル族は一時的に奴隷の状態になったらしいのですが、後には一族の勢力を盛り返します。ダンは、道端の蛇、小道のほとりに潜むマムシ。馬の踵を噛むと乗り手は仰向けに落ちると予言されました。其の後にはペリシテ人の圧迫に耐えかねてイスラエル領内を民族がまるごと移住する程小さなダン族から、その移住前にはペリシテ軍に甚大な被害を与えた豪傑サムソンが出てきたのは、この予言が小さくても敵には勝利するという意味だったのでしょうか。ここで唐突に、ヤコブこと老イスラエルは主よ、わたしはあなたの救いを待ち望むと唐突に祈りを捧げます。ダンを狡猾の象徴でもある蛇に喩えたことで、イスラエルは自分がかつて父イサクと兄エサウを騙したことでも思い出したのでしょうか。ガドは略奪者に襲われる。しかし彼は、彼らの踵を襲うという予言は、ガド族の領土がヨルダン側東岸つまり敵の侵略にさらされやすい土地に位置することの暗示と、その侵略に対する頼もしい抵抗を示唆します。アシェルは豊かな食物があり王の食卓に美味を供える。という予言のとおり、アシェル族は地中海岸の豊かな土地を領土とすることになります。王の食事のような豊かな食事をアシェル族は享受したのでしょう。ナフタリは解き放たれた雌鹿、美しい子鹿を産むとの予言は、よい子孫に恵まれるという意味でしょうか。イスラエルがカナン王の支配下となった時、ナフタリ族はゼブルン族とともに戦って勝利し、イスラエルを解放します。その後のヨセフへの祝福は特別の図らいがみられます。
2013年07月14日
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「旧約聖書」創世記 第48章・ヤコブの遺言 48:1これらの事の後に、「あなたの父は、いま病気です」とヨセフに告げる者があったので、彼はふたりの子、マナセとエフライムとを連れて行った。48:2時に人がヤコブに告げて、「あなたの子ヨセフがあなたのもとにきました」と言ったので、イスラエルは努めて床の上にすわった。48:3そしてヤコブはヨセフに言った、「先に全能の神がカナンの地ルズでわたしに現れ、わたしを祝福して、48:4言われた、『わたしはおまえに多くの子を得させ、おまえをふやし、おまえを多くの国民としよう。また、この地をおまえの後の子孫に与えて永久の所有とさせる』。48:5エジプトにいるあなたの所にわたしが来る前に、エジプトの国で生れたあなたのふたりの子はいまわたしの子とします。すなわちエフライムとマナセとはルベンとシメオンと同じようにわたしの子とします。48:6ただし彼らの後にあなたに生れた子らはあなたのものとなります。しかし、その嗣業はその兄弟の名で呼ばれるでしょう。48:7わたしがパダンから帰って来る途中ラケルはカナンの地で死に、わたしは悲しんだ。そこはエフラタに行くまでには、なお隔たりがあった。わたしはエフラタ、すなわちベツレヘムへ行く道のかたわらに彼女を葬った」。48:8ところで、イスラエルはヨセフの子らを見て言った、「これはだれですか」。48:9ヨセフは父に言った、「神がここでわたしにくださった子どもです」。父は言った、「彼らをわたしの所に連れてきて、わたしに祝福させてください」。48:10イスラエルの目は老齢のゆえに、かすんで見えなかったが、ヨセフが彼らを父の所に近寄らせたので、父は彼らに口づけし、彼らを抱いた。48:11そしてイスラエルはヨセフに言った、「あなたの顔が見られようとは思わなかったのに、神はあなたの子らをもわたしに見させてくださった」。48:12そこでヨセフは彼らをヤコブのひざの間から取り出し、地に伏して拝した。48:13ヨセフはエフライムを右の手に取ってイスラエルの左の手に向かわせ、マナセを左の手に取ってイスラエルの右の手に向かわせ、ふたりを近寄らせた。48:14すると、イスラエルは右の手を伸べて弟エフライムの頭に置き、左の手をマナセの頭に置いた。マナセは長子であるが、ことさらそのように手を置いたのである。48:15そしてヨセフを祝福して言った、「わが先祖アブラハムとイサクの仕えた神、生れてからきょうまでわたしを養われた神、48:16すべての災からわたしをあがなわれたみ使よ、この子供たちを祝福してください。またわが名と先祖アブラハムとイサクの名とが、彼らによって唱えられますように、また彼らが地の上にふえひろがりますように」。48:17ヨセフは父が右の手をエフライムの頭に置いているのを見て不満に思い、父の手を取ってエフライムの頭からマナセの頭へ移そうとした。48:18そしてヨセフは父に言った、「父よ、そうではありません。こちらが長子です。その頭に右の手を置いてください」。48:19父は拒んで言った、「わかっている。子よ、わたしにはわかっている。彼もまた一つの民となり、また大いなる者となるであろう。しかし弟は彼よりも大いなる者となり、その子孫は多くの国民となるであろう」。48:20こうして彼はこの日、彼らを祝福して言った、「あなたを指して、イスラエルは、人を祝福して言うであろう、『神があなたをエフライムのごとく、またマナセのごとくにせられるように』」。このように、彼はエフライムをマナセの先に立てた。48:21イスラエルはまたヨセフに言った、「わたしはやがて死にます。しかし、神はあなたがたと共におられて、あなたがたを先祖の国に導き返されるであろう。48:22なおわたしは一つの分を兄弟よりも多くあなたに与える。これはわたしがつるぎと弓とを持ってアモリびとの手から取ったものである」 イスラエルは、エジプトの国ゴセンの地域に住み、そこに土地を得て、家畜を増し、子を産み、大いに数を増した。と記録されています。その後イスラエルびとがエジプトを出て行くのはこれから430年後ですが、70人で移住してきたのが出エジプトの時点では壮年男子だけでも60万人にまで増えたと記されます。ですがヤコブことイスラエルのこの世での生涯は終息を迎えます。移住から数えて17年、147歳のイスラエルは、死期を悟ってヨセフを呼び寄せ、自分の遺体はエジプトではなく先祖たちが眠る墓に埋葬するとことを誓わせます。ユダでも長男ルベンでもなくヨセフにこのことを託すのは、エジプトを救った偉大なるツァフェナト・パネアことヨセフの父として、此のエジプトの地に埋葬されてしまわないようにということと、神が約束した地カナンに葬られるべきだという思いがあったから。ヨセフも同じ信仰から父のその求めに応じて誓い、誓いをその死後に果たします。そしてヨセフが死ぬときも、ヤハウェが一族をエジプトから連れ帰るときに自分の骨を運んでくれるようにと、兄たちにも頼むことになります。しばらくして、ヨセフのもとに「父、危篤」の急報、ヨセフが二人の息子とともに駆けつけると、イスラエルは最後の力を振り絞るように寝台の上で身を起こし、ベテルでの神の祝福の契約である、「あなたの子孫を増やす」「カナンをあなたの子孫の永久の所有地とする」を想起し、ヨセフの子であるエフライムとマナセを自分の養子にしたいと提案します。ともあれ最愛の妻ラケルの面影を持つ二人の孫に見て懐かしんだあと、イスラエルは二人に口づけして抱きしめ「ヨセフの顔さえ生きて見られるとは思わなかったのに、神はヨセフの子供たちをも見させてくださった」と喜ぶと、二人の上に手を置いて、ヤハウェの名において祝福しました。ところでこの祝福のとき、イスラエルは右手を次男エフライムの頭に置き、マナセには左手を置いていました。力や権威を象徴する右手の置き場を父が間違えたと思ったヨセフは、父の右手をとって長男マナセの頭に移そうとします。しかしイスラエル翁は、マナセも大きな民となるが、弟のほうはさらに大きくなると預言したのです。この預言は現実のものとなります。のちにエフライムはイスラエル王国の北部を代表する名となり、王国が南北に分裂してからは北王国そのものを指す名となります。以後此の養子縁組によりエフライムとマナセは、ルベンやシメオンらと同列に取り扱われることになり、イスラエルの部族の名としては「ヨセフ族」というかわりに「エフライム族」「マナセ族」という名が氏族名として出てくるようになります。ここで旧約聖書は祝福において右手を優先しています。主は強い手をもってあなたがたを導き出し、奴隷の家から、エジプトの王パロの手から、あがない出されたというように右手は優先の証なのです。神は何故イスラエルを自分の民(選民)とされたのか。それは弱い者を選ぶ事により神の存在とその摂理を明らかにするためであったと旧約聖書は説きます。
2013年07月13日
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「旧約聖書」創世記 第47章・Jacob Before Pharaoh 47:1ヨセフは行って、パロに言った、「わたしの父と兄弟たち、その羊、牛およびすべての持ち物がカナンの地からきて、今ゴセンの地におります」。47:2そしてその兄弟のうちの五人を連れて行って、パロに会わせた。47:3パロはヨセフの兄弟たちに言った、「あなたがたの職業は何か」。彼らはパロに言った、「しもべらは羊を飼う者です。われわれも、われわれの先祖もそうです」。47:4彼らはまたパロに言った、「この国に寄留しようとしてきました。カナンの地はききんが激しく、しもべらの群れのための牧草がないのです。どうかしもべらをゴセンの地に住ませてください」。47:5パロはヨセフに言った、「あなたの父と兄弟たちとがあなたのところにきた。47:6エジプトの地はあなたの前にある。地の最も良い所にあなたの父と兄弟たちとを住ませなさい。ゴセンの地に彼らを住ませなさい。もしあなたが彼らのうちに有能な者があるのを知っているなら、その者にわたしの家畜をつかさどらせなさい」。47:7そこでヨセフは父ヤコブを導いてパロの前に立たせた。ヤコブはパロを祝福した。47:8パロはヤコブに言った、「あなたの年はいくつか」。47:9ヤコブはパロに言った、「わたしの旅路のとしつきは、百三十年です。わたしのよわいの日はわずかで、ふしあわせで、わたしの先祖たちのよわいの日と旅路の日には及びません」。47:10ヤコブはパロを祝福し、パロの前を去った。47:11ヨセフはパロの命じたように、父と兄弟たちとのすまいを定め、彼らにエジプトの国で最も良い地、ラメセスの地を所有として与えた。47:12またヨセフは父と兄弟たちと父の全家とに、家族の数にしたがい、食物を与えて養った。47:13さて、ききんが非常に激しかったので、全地に食物がなく、エジプトの国もカナンの国も、ききんのために衰えた。47:14それでヨセフは人々が買った穀物の代金としてエジプトの国とカナンの国にあった銀をみな集め、その銀をパロの家に納めた。47:15こうしてエジプトの国とカナンの国に銀が尽きたとき、エジプトびとはみなヨセフのもとにきて言った、「食物をください。銀が尽きたからとて、どうしてあなたの前で死んでよいでしょう」。47:16ヨセフは言った、「あなたがたの家畜を出しなさい。銀が尽きたのなら、あなたがたの家畜と引き替えで食物をわたそう」。47:17彼らはヨセフの所へ家畜をひいてきたので、ヨセフは馬と羊の群れと牛の群れ及びろばと引き替えで、食物を彼らにわたした。こうして彼はその年、すべての家畜と引き替えた食物で彼らを養った。47:18やがてその年は暮れ、次の年、人々はまたヨセフの所へきて言った、「わが主には何事も隠しません。われわれの銀は尽き、獣の群れもわが主のものになって、われわれのからだと田地のほかはわが主の前に何も残っていません。47:19われわれはどうして田地と一緒に、あなたの目の前で滅んでよいでしょう。われわれと田地とを食物と引き替えで買ってください。われわれは田地と一緒にパロの奴隷となりましょう。また種をください。そうすればわれわれは生きながらえ、死を免れて、田地も荒れないでしょう」。47:20そこでヨセフはエジプトの田地をみなパロのために買い取った。ききんがエジプトびとに、きびしかったので、めいめいその田畑を売ったからである。こうして地はパロのものとなった。47:21そしてヨセフはエジプトの国境のこの端からかの端まで民を奴隷とした。47:22ただ祭司の田地は買い取らなかった。祭司にはパロの給与があって、パロが与える給与で生活していたので、その田地を売らなかったからである。47:23ヨセフは民に言った、「わたしはきょう、あなたがたとその田地とを買い取って、パロのものとした。あなたがたに種をあげるから地にまきなさい。47:24収穫の時は、その五分の一をパロに納め、五分の四を自分のものとして田畑の種とし、自分と家族の食糧とし、また子供の食糧としなさい」。47:25彼らは言った、「あなたはわれわれの命をお救いくださった。どうかわが主の前に恵みを得させてください。われわれはパロの奴隷になりましょう」。47:26ヨセフはエジプトの田地について、収穫の五分の一をパロに納めることをおきてとしたが、それは今日に及んでいる。ただし祭司の田地だけはパロのものとならなかった。47:27さてイスラエルはエジプトの国でゴセンの地に住み、そこで財産を得、子を生み、大いにふえた。47:28ヤコブはエジプトの国で十七年生きながらえた。ヤコブのよわいの日は百四十七年であった。47:29イスラエルは死ぬ時が近づいたので、その子ヨセフを呼んで言った、「もしわたしがあなたの前に恵みを得るなら、どうか手をわたしのももの下に入れて誓い、親切と誠実とをもってわたしを取り扱ってください。どうかわたしをエジプトには葬らないでください。47:30わたしが先祖たちと共に眠るときには、わたしをエジプトから運び出して先祖たちの墓に葬ってください」。ヨセフは言った、「あなたの言われたようにいたします」。47:31ヤコブがまた、「わたしに誓ってください」と言ったので、彼は誓った。イスラエルは床のかしらで拝んだ。 ヨセフは兄弟のうちから選んで5人を連れて、ファラオに自分の一族が来きたと報告しにいきます。会見の場でヨセフが指図していた通りにファラオがヨセフの兄弟たちに職業をたずねたときには、飢饉で牧草もないカナン地方から来たので、エジプトに寄留しゴセンに住まわせてほしいと陳情したのです。ファラオはヨセフに、お前の父上と兄達と弟ベニヤミンがやって来たことだから、国事はヨセフに任せてあるのだから、最も良い土地に住まわせるがよい、ゴセンを望むならそれもよかろうと答えます。加えてさらに、有能な者があるなら、王の家畜係りに採用しようとまで言います。その後だれかがファラオに採用されたのかは聖書に記録がありませんが、とにかくこうして一族はエジプトに移り、そして出エジプトまでの長いあいだ住むことになります。ヨセフは兄弟たちを退出させると、父をファラオの前に連れてきました。この場面に興味深い記録があります。田舎から飢饉を避けてやって来た一介の遊牧民であるヤコブ(Jacob)すなわちイスラエルが、大国エジプトの統治者ファラオ(Pharaoh)を祝福したと書かれています。祝福というのは、上から下に与えられるもの、しかしイスラエルは平然とファラオを祝福し、ファラオもごく普通にこれを受けてます。旧約聖書では一般に祝福というのは、上から下に与えられるもの、しかしイスラエルは平然とファラオを祝福し、ファラオもごく普通にこれを受けているのです。此れは同じ境遇である寄留民、紀元前17世紀のヒクソス王朝の頃、異国民である寄留者が異国の地で支配した王朝の支配者ファラオの頃と思われるので別段の差別意識が無かったからでしょう。しかしやがて異邦人の王朝は追放され、新王国の時代(紀元前13世紀)にはイスラエルびとは、奴隷化されてモーセの出エジプトがなさることになります。ところでイスラエルはファラオに「わたしの旅路の年月は百三十年です。わたしの生涯の年月は短く、苦しみ多く、わたしの先祖たちの生涯や旅路の年月には及びません。」と言っています。波乱万丈、苦労ばかり多いヤコブの人生、ヤコブははこれから17年後、147歳で死ぬのですが、これも祖父のアブラハム175歳や父イサク180歳に比べたら短い生涯です。ともあれヨセフの斡旋で、ファラオの言葉にもとづいて、肥沃なナイルデルタの東部ゴセンを、所有地として一族に確保しました。大飢饉の最中とはいえ、「そこは、ラメセス地方の最も良い土地であった。」と記録されています。そこでヨセフは、父と兄弟たちと一族すべてを養いました。またエジプト人は羊飼いを忌み、しかも外国人を蔑視するところもあったので、混血が進んでエジプト人の中に埋もれていったり、エジプトの宗教に染まっていくことなく、此のことが独立した民族としてヤハウェへの信仰を守っていく結果ともなるのです。更にヨセフは飢饉を巧みに操る政策を持ってエジプト第18王朝の社会制度を中央集権化します。
2013年07月12日
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「旧約聖書」創世記 第46章・ヤコブとヨセフの再会 46:1イスラエルはその持ち物をことごとく携えて旅立ち、ベエルシバに行って、父イサクの神に犠牲をささげた。46:2この時、神は夜の幻のうちにイスラエルに語って言われた、「ヤコブよ、ヤコブよ」。彼は言った、「ここにいます」。46:3神は言われた、「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下るのを恐れてはならない。わたしはあそこであなたを大いなる国民にする。46:4わたしはあなたと一緒にエジプトに下り、また必ずあなたを導き上るであろう。ヨセフが手ずからあなたの目を閉じるであろう」。46:5そしてヤコブはベエルシバを立った。イスラエルの子らはヤコブを乗せるためにパロの送った車に、父ヤコブと幼な子たちと妻たちを乗せ、46:6またその家畜とカナンの地で得た財産を携え、ヤコブとその子孫は皆ともにエジプトへ行った。46:7こうしてヤコブはその子と、孫および娘と孫娘などその子孫をみな連れて、エジプトへ行った。46:8イスラエルの子らでエジプトへ行った者の名は次のとおりである。すなわちヤコブとその子らであるが、ヤコブの長子はルベン。46:9ルベンの子らはハノク、パル、ヘヅロン、カルミ。46:10シメオンの子らはエムエル、ヤミン、オハデ、ヤキン、ゾハル及びカナンの女の産んだ子シャウル。46:11レビの子らはゲルション、コハテ、メラリ。46:12ユダの子らはエル、オナン、シラ、ペレヅ、ゼラ。エルとオナンはカナンの地で死んだ。ペレヅの子らはヘヅロンとハムル。46:13イッサカルの子らはトラ、プワ、ヨブ、シムロン。46:14ゼブルンの子らはセレデ、エロン、ヤリエル。46:15これらと娘デナとはレアがパダンアラムでヤコブに産んだ子らである。その子らと娘らは合わせて三十三人。46:16ガドの子らはゼポン、ハギ、シュニ、エヅボン、エリ、アロデ、アレリ。46:17アセルの子らはエムナ、イシワ、イスイ、ベリアおよび妹サラ。ベリアの子らはヘベルとマルキエル。46:18これらはラバンが娘レアに与えたジルパの子らである。彼女はこれらをヤコブに産んだ。合わせて十六人。46:19ヤコブの妻ラケルの子らはヨセフとベニヤミンとである。46:20エジプトの国でヨセフにマナセとエフライムとが生れた。これはオンの祭司ポテペラの娘アセナテが彼に産んだ者である。46:21ベニヤミンの子らはベラ、ベケル、アシベル、ゲラ、ナアマン、エヒ、ロシ、ムッピム、ホパム、アルデ。46:22これらはラケルがヤコブに産んだ子らである。合わせて十四人。46:23ダンの子はホシム。46:24ナフタリの子らはヤジエル、グニ、エゼル、シレム。46:25これらはラバンが娘ラケルに与えたビルハの子らである。彼女はこれらをヤコブに産んだ。合わせて七人。46:26ヤコブと共にエジプトへ行ったすべての者、すなわち彼の身から出た者はヤコブの子らの妻をのぞいて、合わせて六十六人であった。46:27エジプトでヨセフに生れた子がふたりあった。エジプトへ行ったヤコブの家の者は合わせて七十人であった。46:28さてヤコブはユダをさきにヨセフにつかわして、ゴセンで会おうと言わせた。そして彼らはゴセンの地へ行った。46:29ヨセフは車を整えて、父イスラエルを迎えるためにゴセンに上り、父に会い、そのくびを抱き、くびをかかえて久しく泣いた。46:30時に、イスラエルはヨセフに言った、「あなたがなお生きていて、わたしはあなたの顔を見たので今は死んでもよい」。46:31ヨセフは兄弟たちと父の家族とに言った、「わたしは上ってパロに言おう、『カナンの地にいたわたしの兄弟たちと父の家族とがわたしの所へきました。46:32この者らは羊を飼う者、家畜の牧者で、その羊、牛および持ち物をみな携えてきました』。46:33もしパロがあなたがたを召して、『あなたがたの職業は何か』と言われたら、46:34『しもべらは幼い時から、ずっと家畜の牧者です。われわれも、われわれの先祖もそうです』と言いなさい。そうすればあなたがたはゴセンの地に住むことができましょう。羊飼はすべて、エジプトびとの忌む者だからです」。 息子ヨセフ(Joseph)がまだ生きていたとはその驚いと嬉しさに、ヤコブはわたしは行こう。死ぬ前に、どうしても会いたいと言うと、一家をあげてエジプトへと出発することになります。そうと決まれば、遊牧民の身軽さであっという間に家財を整理、家畜とともに移動の準備は完了です。旅立ったヤコブとその一族は、やがてベエル・シェバにさしかかります。此の地はアブラハムが神を呼び求めた地、更には神がイサクに契約を示した地です。一族にとっての信仰の故地ともいえるこの場所で、老ヤコブは神に礼拝、その夜のこと神が幻の中でイスラエルの前に現れ語ります。その呼びかけは、「わたしは、人間が手で作った動くこともしゃべることもできない神ではなく、あなたの父祖が頼りにした神であり、あなたの父祖に契約を示し、守り、導いた神である」から始まり「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトへ下ることを恐れてはならない。わたしはあなたをそこで大いなる国民にする。わたしがあなたと共にエジプトへ下り、わたしがあなたを必ず連れ戻す。ヨセフがあなたのまぶたを閉じてくれるであろう。」それ故、恐れてはならないと諭しています。イスラエルが神が「この地をあなたの子孫に与える」と祝福された約束の地であるカナンから離れることを恐れていたからです。そして今、神は子孫を増やす約束をエジプトで果たすといい、その後に、この約束の地へ連れ戻すと言ったのです。まさかエジプトとは思わなかったでしょうが、ファラオが用意したあの馬車に乗って確信とともに出発です。ところで、このときにイスラエルとともにエジプトに行った一行の多くの人名が記録されています。中には既に死亡しているはずの名やエジプトで生まれたヨセフの子らの名があるなど、移動した者の名簿として数えると不正確ですが、此のことは70人が完全数であること、旧約聖書がイスラエル民族の名簿でもある一面を現しています。また、旧約聖書では神が「幻の中で」現れたとの記述を見かけますが、旧約聖書には二種類の「幻」があり、ひとつは、神が人間に啓示を与えるための手段、夢や幻想的なイメージを媒介として人に啓示する「神の啓示」そのものですが、もうひとつは、神からのものではないそれこそ「幻覚」のたぐい或いは似非預言者が口にするものです。漸く一行はゴセンの地に到着し、ヤコブは待ち望んだ、失われた息子ヨセフと22年ぶりに対面、その後ヨセフは、一族をゴセンに住まわせる算段をはじめます。さいわいに、羊飼いはエジプト人の忌み嫌うものだった上に、ゴセンは家畜が飼われるところでもあったようです。職業は羊飼いだといえばファラオも認めるだろうし、エジプト人たちも「そんな連中はゴシェンにでも放り込んでおけ」と異存はなかったのです。
2013年07月11日
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「旧約聖書」創世記 第45章・ヨセフの告白 45:1そこでヨセフはそばに立っているすべての人の前で、自分を制しきれなくなったので、「人は皆ここから出てください」と呼ばわった。それゆえヨセフが兄弟たちに自分のことを明かした時、ひとりも彼のそばに立っている者はなかった。45:2ヨセフは声をあげて泣いた。エジプトびとはこれを聞き、パロの家もこれを聞いた。45:3ヨセフは兄弟たちに言った、「わたしはヨセフです。父はまだ生きながらえていますか」。兄弟たちは答えることができなかった。彼らは驚き恐れたからである。45:4ヨセフは兄弟たちに言った、「わたしに近寄ってください」。彼らが近寄ったので彼は言った、「わたしはあなたがたの弟ヨセフです。あなたがたがエジプトに売った者です。45:5しかしわたしをここに売ったのを嘆くことも、悔むこともいりません。神は命を救うために、あなたがたよりさきにわたしをつかわされたのです。45:6この二年の間、国中にききんがあったが、なお五年の間は耕すことも刈り入れることもないでしょう。45:7神は、あなたがたのすえを地に残すため、また大いなる救をもってあなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたよりさきにつかわされたのです。45:8それゆえわたしをここにつかわしたのはあなたがたではなく、神です。神はわたしをパロの父とし、その全家の主とし、またエジプト全国のつかさとされました。45:9あなたがたは父のもとに急ぎ上って言いなさい、『あなたの子ヨセフが、こう言いました。神がわたしをエジプト全国の主とされたから、ためらわずにわたしの所へ下ってきなさい。45:10あなたはゴセンの地に住み、あなたも、あなたの子らも、孫たちも、羊も牛も、その他のものもみな、わたしの近くにおらせます。45:11ききんはなお五年つづきますから、あなたも、家族も、その他のものも、みな困らないように、わたしはそこで養いましょう』。45:12あなたがたと弟ベニヤミンが目に見るとおり、あなたがたに口ら語っているのはこのわたしです。45:13あなたがたはエジプトでの、わたしのいっさいの栄えと、あなたがたが見るいっさいの事をわたしの父に告げ、急いでわたしの父をここへ連れ下りなさい」。45:14そしてヨセフは弟ベニヤミンのくびを抱いて泣き、ベニヤミンも彼のくびを抱いて泣いた。45:15またヨセフはすべての兄弟たちに口づけし、彼らを抱いて泣いた。そして後、兄弟たちは彼と語った。45:16時に、「ヨセフの兄弟たちがきた」と言ううわさがパロの家に聞えたので、パロとその家来たちとは喜んだ。45:17パロはヨセフに言った、「兄弟たちに言いなさい、『あなたがたは、こうしなさい。獣に荷を負わせてカナンの地へ行き、45:18父と家族とを連れてわたしのもとへきなさい。わたしはあなたがたに、エジプトの地の良い物を与えます。あなたがたは、この国の最も良いものを食べるでしょう』。45:19また彼らに命じなさい、『あなたがたは、こうしなさい。幼な子たちと妻たちのためにエジプトの地から車をもって行き、父を連れてきなさい。45:20家財に心を引かれてはなりません。エジプト全国の良い物は、あなたがたのものだからです』」。45:21イスラエルの子らはそのようにした。ヨセフはパロの命に従って彼らに車を与え、また途中の食料をも与えた。45:22まためいめいに晴着を与えたが、ベニヤミンには銀三百シケルと晴着五着とを与えた。45:23また彼は父に次のようなものを贈った。すなわちエジプトの良い物を負わせたろば十頭と、穀物、パン及び父の道中の食料を負わせた雌ろば十頭。45:24こうしてヨセフは兄弟たちを送り去らせ、彼らに言った、「途中で争ってはなりません」。45:25彼らはエジプトから上ってカナンの地に入り、父ヤコブのもとへ行って、45:26彼に言った、「ヨセフはなお生きていてエジプト全国のつかさです」。ヤコブは気が遠くなった。彼らの言うことが信じられなかったからである。45:27そこで彼らはヨセフが語った言葉を残らず彼に告げた。父ヤコブはヨセフが自分を乗せるために送った車を見て元気づいた。45:28そしてイスラエルは言った、「満足だ。わが子ヨセフがまだ生きている。わたしは死ぬ前に行って彼を見よう」。 ユダは、末弟の代わりに自分を奴隷として残し、末弟をほかの兄弟たちと一緒に帰らせてくれるようにと、ヨセフ(Joseph)に願ったのです。ベニヤミンを連れずに、どの面さげて父の顔を見られるでしょう。父に襲いかかる苦悶を見るのは忍びないと訴えます。これを聞いたヨセフは、そばで仕えている者の前で、もはや平静を装っていることが出来なくなったと記されています。それにしても、最後に見た兄達の心持ちの変貌なのでしょう。ヨセフの高慢と自惚れがあったとはいえ、殺すつもりで自分を穴に投げ込んで、その横で平然と食事をしていた兄たち。命乞いする自分を奴隷として売り飛した兄たち。その非情な兄たちが、父ヤコブを心配し、父が愛するベニヤミンを守り、そのためなら自分はどうなってもよいと言うまでに変えられていたとは。気持ちを押さえきれなくなったヨセフは、その場にいたエジプト人たちにむかって、みんな、ここから出て行ってくれと叫びます。彼らが全員、おそらくは相当に驚き訝しみながら出ていってしまうと、ヨセフは兄弟たちに自分の身を明かしたのです。そのときヨセフが声をあげて泣くその声を、退出したエジプト人たちも聞き、そのことはファラオの宮廷へも伝えられたました。目の前のエジプトの副王が「わたしはヨセフです。お父さんはまだ生きておられますか。」と言うのを聞いて、兄たちは驚きのあまり、答えることができなかった。それは驚天動地も当たり前でしょう。自分たちが売り飛ばしたヨセフが、最早死んだか、生きていたとしてても奴隷として異国で苦労していると思っていたヨセフが、こともあろうにエジプトの宰相として目前に現出する、しかし神のすることに偶然はありません。その計画的奇跡の技は深遠です。ときに、ヨセフを売り飛ばしたとき、兄たちは父がヨセフにだけ与えたヨセフへの溺愛の象徴であったヨセフの晴れ着をはぎとりました。しかしヨセフは今ヨセフが纏うのは、父から与えられた晴れ着の代わりに神の計画として与えられた宮廷服を着て、兄たちと再会したのです。涙を流しながら再会を喜ぶヨセフでしたが、兄たちのほうは回し者容疑もシメオン投獄もヨセフの復讐だったのかと、不安は後々まで消えませんでした。しかしヨセフは神の目的は、この国にあなたたちの「残りの者」に救いを与え、あなたたちを生き永らえさせてるためとも言いました。言い換えれば、神の祝福を受けて裁きの後の時代を担うという、「イスラエル」という神に祝福されたヤコブの一族は、飢饉で滅ぶ者の中から「残りの者」とされた。そうヨセフは理解したのです(選民思想)。ヤコブ一族がエジプトに来たのは、紀元前17世紀のヒクソス王朝の頃、異国民である寄留者が異国の地で支配した王朝の支配者の頃と思われる。やがて異邦人の王朝は追放され、新王国の時代(紀元前13世紀)にモーセの出エジプトがなされたと考えられている。70人の部族が400年の間に一つの国民と育てられていった「末を残す」残りの者という言葉は重大な意味を持つ。神はイスラエル部族を養うためにヨセフを祝福された。そこにはヨセフ物語はキリストの十字架の予表とされています。兄弟によって捨てられたものが兄弟を養うようになると予測させること。それ故に神が一民族の氏神的存在に甘んじていることに不足を感じることになります。
2013年07月10日
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「旧約聖書」創世記 第44章・ヨセフの真意は 44:1さてヨセフは家づかさに命じて言った、「この人々の袋に、運べるだけ多くの食糧を満たし、めいめいの銀を袋の口に入れておきなさい。44:2またわたしの杯、銀の杯をあの年下の者の袋の口に、穀物の代金と共に入れておきなさい」。家づかさはヨセフの言葉のとおりにした。44:3夜が明けると、その人々と、ろばとは送り出されたが、44:4町を出て、まだ遠くへ行かないうちに、ヨセフは家づかさに言った、「立って、あの人々のあとを追いなさい。追いついて、彼らに言いなさい、『あなたがたはなぜ悪をもって善に報いるのですか。なぜわたしの銀の杯を盗んだのですか。44:5これはわたしの主人が飲む時に使い、またいつも占いに用いるものではありませんか。あなたがたのした事は悪いことです』」。44:6家づかさが彼らに追いついて、これらの言葉を彼らに告げたとき、44:7彼らは言った、「わが主は、どうしてそのようなことを言われるのですか。しもべらは決してそのようなことはいたしません。44:8袋の口で見つけた銀でさえ、カナンの地からあなたの所に持ち帰ったほどです。どうして、われわれは御主人の家から銀や金を盗みましょう。44:9しもべらのうちのだれの所でそれが見つかっても、その者は死に、またわれわれはわが主の奴隷となりましょう」。44:10家づかさは言った、「それではあなたがたの言葉のようにしよう。杯の見つかった者はわたしの奴隷とならなければならない。ほかの者は無罪です」。44:11そこで彼らは、めいめい急いで袋を地におろし、ひとりひとりその袋を開いた。44:12家づかさは年上から捜し始めて年下に終ったが、杯はベニヤミンの袋の中にあった。44:13そこで彼らは衣服を裂き、おのおの、ろばに荷を負わせて町に引き返した。44:14ユダと兄弟たちとは、ヨセフの家にはいったが、ヨセフがなおそこにいたので、彼らはその前で地にひれ伏した。44:15ヨセフは彼らに言った、「あなたがたのこのしわざは何事ですか。わたしのような人は、必ず占い当てることを知らないのですか」。44:16ユダは言った、「われわれはわが主に何を言い、何を述べ得ましょう。どうしてわれわれは身の潔白をあらわし得ましょう。神がしもべらの罪をあばかれました。われわれと、杯を持っていた者とは共にわが主の奴隷となりましょう」。44:17ヨセフは言った、「わたしは決してそのようなことはしない。杯を持っている者だけがわたしの奴隷とならなければならない。ほかの者は安全に父のもとへ上って行きなさい」。44:18この時ユダは彼に近づいて言った、「ああ、わが主よ、どうぞわが主の耳にひとこと言わせてください。しもべをおこらないでください。あなたはパロのようなかたです。44:19わが主はしもべらに尋ねて、『父があるか、また弟があるか』と言われたので、44:20われわれはわが主に言いました、『われわれには老齢の父があり、また年寄り子の弟があります。その兄は死んで、同じ母の子で残っているのは、ただこれだけですから父はこれを愛しています』。44:21その時あなたはしもべらに言われました、『その者をわたしの所へ連れてきなさい。わたしはこの目で彼を見よう』。44:22われわれはわが主に言いました。『その子供は父を離れることができません。もし父を離れたら父は死ぬでしょう』。44:23しかし、あなたはしもべらに言われました、『末の弟が一緒に下ってこなければ、おまえたちは再びわたしの顔を見ることはできない』。44:24それであなたのしもべである父のもとに上って、わが主の言葉を彼に告げました。44:25ところで、父が『おまえたちは再び行って、われわれのために少しの食糧を買ってくるように』と言ったので、44:26われわれは言いました、『われわれは下って行けません。もし末の弟が一緒であれば行きましょう。末の弟が一緒でなければ、あの人の顔を見ることができません』。44:27あなたのしもべである父は言いました、『おまえたちの知っているとおり、妻はわたしにふたりの子を産んだ。44:28ひとりは外へ出たが、きっと裂き殺されたのだと思う。わたしは今になっても彼を見ない。44:29もしおまえたちがこの子をもわたしから取って行って、彼が災に会えば、おまえたちは、しらがのわたしを悲しんで陰府に下らせるであろう』。44:30わたしがあなたのしもべである父のもとに帰って行くとき、もしこの子供が一緒にいなかったら、どうなるでしょう。父の魂は子供の魂に結ばれているのです。44:31この子供がわれわれと一緒にいないのを見たら、父は死ぬでしょう。そうすればしもべらは、あなたのしもべであるしらがの父を悲しんで陰府に下らせることになるでしょう。44:32しもべは父にこの子供の身を請け合って『もしわたしがこの子をあなたのもとに連れ帰らなかったら、わたしは父に対して永久に罪を負いましょう』と言ったのです。44:33どうか、しもべをこの子供の代りに、わが主の奴隷としてとどまらせ、この子供を兄弟たちと一緒に上り行かせてください、44:34この子供を連れずに、どうしてわたしは父のもとに上り行くことができましょう。父が災に会うのを見るに忍びません」。 酒宴の席の裏では、ヨセフは執事に、兄達が買った穀物の荷の中にまた銀を戻しておき、更には、わたしの銀杯をあの一番年下の者の袋に入れておくようにと命令しています。勿論の事、家宰である執事は命じられたとおりにしました。そして翌朝、兄弟がロバと共に出発した後。ヨセフは執事に命令を与えて彼らを追わせたのです。執事は追いつくと「なぜ私の主人の大事な銀杯を盗んだのか」と詰問、一難去ったと思えばまた一難。兄弟は潔白であることから驚いて容疑を否定し、「もし荷物からその銀杯が見つかれば、その者は死罪に、他の兄弟もみな奴隷に」と答えました。しかし執事が長男から順に荷を検(あらた)めていくと、なんと、絶対に父ヤコブのもとに連れ帰らなくてはならないベニヤミンの荷から銀杯が出現、兄達はヘブライ人にとって最大の悲しみの表現「衣を引き裂いた」。致し方なく項垂れヨセフのもとに連行されて行きます。兄達は、先程まで楽しんだ場所であった官邸へ連行されると、ヨセフの前で平伏、四男のユダはヨセフがなぜ杯を盗んだのかと尋問を始めると、回し者疑惑に始まるこれらの身に覚えのない災難は、主なる神の罰に違いないと思い、此処にいたってどう言えば潔白を証明できましょう、神がしもべどもの罪を暴かれたのですと返答します。その罪とは、妬みのためにヨセフを売り飛ばしたこと。その報いであるなら、犯行に加わらなかったベニヤミンを除いて全員が罰を受けなければならない。そう覚悟したところへ、ヨセフはこう宣言したのです。杯を見つけられた者だけがわたしの奴隷となり、他の者は皆安心して父親のもとへ帰るがよい。ヨセフの真意は愛する弟ベニヤミンを手元に置き、自分を売り飛ばした兄たちを去らせたいのか、それともヨセフは、自分を売り飛ばしたのと同じ境遇に兄たちを置きどのように行動するか、即ち父ヤコブの目の届かない野で自分を売り飛ばしたように、父の愛を一人占めにしているベニヤミンを、父の目の届かないところで見捨てるかどうかを。得意げで高慢ちきなで生意気なヨセフは神の導きを通して現在がある。この年月のうちに、神の手により兄たちも変わっているなら、その時には正体を明かそう。しかし、もし兄たちが昔のままだったならと考えている時、ひれ伏していた兄弟の中からユダが進み出て弁明をはじめます。した。ユダは切々と訴えました。主なる君が末の弟を連れて来いと言われた時、あの子が父親のもとを離れれば、父は死んでしまいますと答えたのに、連れてこなければ二度と目通りは許さんと言われたこと。父にとって末の弟は、最愛の妻ラケルが生んだ二人の息子のうちの生き残りであること。それを連れ帰らないなら、父の魂はこの子の魂と堅く結ばれているから、父は死んでしまうし、自分たちは白髪の父を悲嘆のうちに陰府に下らせる不孝者になってしまうこと。出発してくるとき、自分が父にこの子の安全を保障して、もし連れ帰らないようなことがあれば自分が父に対して生涯その罪を負い続けると言ったこと。そしてユダは、末弟の代わりに自分を奴隷として残し、末弟をほかの兄弟たちと一緒に帰らせてくれるようにと、ヨセフに願ったのです。ベニヤミンを連れずに、どの面さげて父の顔を見られるでしょう。父に襲いかかる苦悶を見るに忍びないですからと訴えます。
2013年07月09日
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「旧約聖書」創世記 第43章・ヤコブの悲哀 43:1ききんはその地に激しかった。43:2彼らがエジプトから携えてきた穀物を食い尽した時、父は彼らに言った、「また行って、われわれのために少しの食糧を買ってきなさい」。43:3ユダは父に答えて言った、「あの人はわれわれをきびしく戒めて、弟が一緒でなければ、わたしの顔を見てはならないと言いました。43:4もしあなたが弟をわれわれと一緒にやってくださるなら、われわれは下って行って、あなたのために食糧を買ってきましょう。43:5しかし、もし彼をやられないなら、われわれは下って行きません。あの人がわれわれに、弟が一緒でなければわたしの顔を見てはならないと言ったのですから」。43:6イスラエルは言った、「なぜ、もうひとりの弟があるとあの人に言って、わたしを苦しめるのか」。43:7彼らは言った、「あの人がわれわれと一族とのことを問いただして、父はまだ生きているか、もうひとりの弟があるかと言ったので、問われるままに答えましたが、その人が、弟を連れてこいと言おうとは、どうして知ることができたでしょう」。43:8ユダは父イスラエルに言った、「あの子をわたしと一緒にやってくだされば、われわれは立って行きましょう。そしてわれわれもあなたも、われわれの子供らも生きながらえ、死を免れましょう。43:9わたしが彼の身を請け合います。わたしの手から彼を求めなさい。もしわたしが彼をあなたのもとに連れ帰って、あなたの前に置かなかったら、わたしはあなたに対して永久に罪を負いましょう。43:10もしわれわれがこんなにためらわなかったら、今ごろは二度も行ってきたでしょう」。43:11父イスラエルは彼らに言った、「それではこうしなさい。この国の名産を器に入れ、携え下ってその人に贈り物にしなさい。すなわち少しの乳香、少しの蜜、香料、もつやく、ふすだしう、あめんどう。43:12そしてその上に、倍額の銀を手に持って行きなさい。また袋の口に返してあった銀は持って行って返しなさい。たぶんそれは誤りであったのでしょう。43:13弟も連れ、立って、またその人の所へ行きなさい。43:14どうか全能の神がその人の前であなたがたをあわれみ、もうひとりの兄弟とベニヤミンとを、返させてくださるように。もしわたしが子を失わなければならないのなら、失ってもよい」。43:15そこでその人々は贈り物を取り、また倍額の銀を携え、ベニヤミンを連れ、立ってエジプトへ下り、ヨセフの前に立った。43:16ヨセフはベニヤミンが彼らと共にいるのを見て、家づかさに言った、「この人々を家に連れて行き、獣をほふって、したくするように。この人々は昼、わたしと一緒に食事をします」。43:17その人はヨセフの言ったようにして、この人々をヨセフの家へ連れて行った。43:18ところがこの人々はヨセフの家へ連れて行かれたので恐れて言った、「初めの時に袋に返してあったあの銀のゆえに、われわれを引き入れたのです。そしてわれわれを襲い、攻め、捕えて奴隷とし、われわれのろばをも奪うのです」。43:19彼らはヨセフの家づかさに近づいて、家の入口で、言った、43:20「ああ、わが主よ、われわれは最初、食糧を買うために下ってきたのです。43:21ところが宿に行って袋をあけて見ると、めいめいの銀は袋の口にあって、銀の重さは元のままでした。それでわれわれはそれを持って参りました。43:22そして食糧を買うために、ほかの銀をも持って下ってきました。われわれの銀を袋に入れた者が、だれであるかは分りません」。43:23彼は言った、「安心しなさい。恐れてはいけません。その宝はあなたがたの神、あなたがたの父の神が、あなたがたの袋に入れてあなたがたに賜わったのです。あなたがたの銀はわたしが受け取りました」。そして彼はシメオンを彼らの所へ連れてきた。43:24こうしてその人はこの人々をヨセフの家へ導き、水を与えて足を洗わせ、また、ろばに飼葉を与えた。43:25彼らはその所で食事をするのだと聞き、贈り物を整えて、昼にヨセフの来るのを待った。43:26さてヨセフが家に帰ってきたので、彼らはその家に携えてきた贈り物をヨセフにささげ、地に伏して、彼を拝した。43:27ヨセフは彼らの安否を問うて言った、「あなたがたの父、あなたがたがさきに話していたその老人は無事ですか。なお生きながらえておられますか」。43:28彼らは答えた、「あなたのしもべ、われわれの父は無事で、なお生きながらえています」。そして彼らは、頭をさげて拝した。43:29ヨセフは目をあげて同じ母の子である弟ベニヤミンを見て言った、「これはあなたがたが前にわたしに話した末の弟ですか」。また言った、「わが子よ、どうか神があなたを恵まれるように」。43:30ヨセフは弟なつかしさに心がせまり、急いで泣く場所をたずね、へやにはいって泣いた。43:31やがて彼は顔を洗って出てきた。そして自分を制して言った、「食事にしよう」。43:32そこでヨセフはヨセフ、彼らは彼ら、陪食のエジプトびとはエジプトびと、と別々に席に着いた。エジプトびとはヘブルびとと共に食事することができなかった。それはエジプトびとの忌むところであったからである。43:33こうして彼らはヨセフの前に、長子は長子として、弟は弟としてすわらせられたので、その人々は互に驚いた。43:34またヨセフの前から、めいめいの分が運ばれたが、ベニヤミンの分は他のいずれの者の分よりも五倍多かった。こうして彼らは飲み、ヨセフと共に楽しんだ。 飢饉は激しくなり、買い求めた食料もなくなった。ヤコブの息子たちは再度エジプトに行くことになります。だが難しいヨセフの難題があります。エジプトに行くためには末子のベニヤミンを連れて行かなければならない。ユダは渋る父に「ベニヤミンを命にかけて守るから一緒に行かせて欲しい」との説得を始めますが。ところが飢饉の激しさが、ヤコブを説得します。如何とも仕様が無い状況に追い込まれた時、人は始めて「全ての運命をを神の守りに委ねる」ことを決意するもどかしさ。そのために人には試みが与えられる。自棄糞気味のヤコブは「弟も連れ立って、またその人(過酷な試練を与える宰相)の所へ行きなさい。全能の神がその人の前であなたがたを憐れみ、もう一人の兄弟とベニヤミンとを返させてくださるように。もし私が子を失わなければならないのなら、失ってもよい」とまで発言しています。神に信頼してすべてを委ねたというよりも、どうすることもできない状況に打ちひしがれ、主にすがりつく中で自分に言い聞かせるようにベニヤミンへの執着を断とうとしているようです。老人になったヤコブとってそれほどの苦痛だったのです。先に愛するヨセフを失い、今また愛するベニヤミンを手放さなければならないということは。
2013年07月08日
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「旧約聖書」創世記 第42章後半・ヨセフからの難題 42:29こうして彼らはカナンの地にいる父ヤコブのもとに帰り、その身に起った事をことごとく告げて言った、42:30「あの国の君は、われわれに荒々しく語り、国をうかがう回し者だと言いました。42:31われわれは彼に答えました、『われわれは真実な者であって回し者ではない。42:32われわれは十二人兄弟で、同じ父の子である。ひとりはいなくなり、末の弟は今父と共にカナンの地にいる』。42:33その国の君であるその人はわれわれに言いました、『わたしはこうしてあなたがたの真実な者であるのを知ろう。あなたがたは兄弟のひとりをわたしのもとに残し、穀物を携えて行って、家族の飢えを救いなさい。42:34そして末の弟をわたしのもとに連れてきなさい。そうすればあなたがたが回し者ではなく、真実な者であるのを知って、あなたがたの兄弟を返し、この国であなたがたに取引させましょう』」。42:35彼らが袋のものを出して見ると、めいめいの金包みが袋の中にあったので、彼らも父も金包みを見て恐れた。42:36父ヤコブは彼らに言った、「あなたがたはわたしに子を失わせた。ヨセフはいなくなり、シメオンもいなくなった。今度はベニヤミンをも取り去る。これらはみなわたしの身にふりかかって来るのだ」。42:37ルベンは父に言った、「もしわたしが彼をあなたのもとに連れて帰らなかったら、わたしのふたりの子を殺してください。ただ彼をわたしの手にまかせてください。わたしはきっと、あなたのもとに彼を連れて帰ります」。42:38ヤコブは言った、「わたしの子はあなたがたと共に下って行ってはならない。彼の兄は死に、ただひとり彼が残っているのだから。もしあなたがたの行く道で彼が災に会えば、あなたがたは、しらがのわたしを悲しんで陰府に下らせるであろう」。 ヨセフは「ならば、その末の弟を連れてきたら信じてやる」と言って、彼らを牢獄に監禁しました。そして三日目になって、条件を出します。1人だけを残し、他の者は、飢えて待っている家族のために穀物を持って帰るがよい。そして末弟をここへ連れて来い。そうしてお前たちの言い分が確認できれば、殺しはしない。シメオンを除いた残り九人の兄弟は、ロバに穀物をつんで悄然としてカナン地に帰路につきます。さてシメオンの妻子や父ヤコブにはどう説明したらいいのか、良い思案が浮かびません。そんな彼らをさらに混乱が襲います。途中の宿で、兄弟の1人がロバに餌をやろうとして、エジプトで買ってきた穀物の袋を開けてみると、エジプトで自分が支払ったはずの銀がそこに其の儘あったのです。これはヨセフが部下に命じてやらせたこと、しかし、兄達は驚き、互いに震えながら、一体どういうことだ。神が我々になさったことはと混乱するしかありません。ヨセフは何を思い、兄達を回し者呼ばわりしてまで投獄したり、シメオンを人質にとったりしたのでしょう。なぜ正直に「ヨセフです」と名乗り出ないのでしょう。此れは自分を殺そうとし、奴隷として売り飛ばした兄たちへの復讐なのか。だとしたら、銀を戻したのは何のためなのか。しかも、それから各自が荷を下ろしましたが、荷の中を見ると全員の袋の中にも、夫々が支払ったはずの銀が包みごと入っていたのです。報告を受けたヤコブも混乱し、息子たちに向かってついには逆上してしまいます。お前たちは、わたしから次々と子供を奪ってしまった。ヨセフを失い、シメオンも失った。その上ベニヤミンまでも取り上げるのか。お前たち皆はわたしを苦しめることばかりだ。わたしから次々と子供を奪ってしまった。ヨセフを失い、シメオンも失った。その上ベニヤミンまでも取り上げるのか。ヤコブは、ヨセフが死んだのも兄弟を怪しいと睨んでいたかもしれません。長兄ルベンは、もしベニヤミンを連れ帰らないようなことがあれば自分の息子たちを殺していいとまで言いますが、ヤコブは「おまえたちは白髪の父を悲嘆とともにあの世に送りたいのか」と聞く耳持たず状態です。そしてベニヤミンを連れてエジプトに戻ることを拒絶します。此のことは、人間がただ目に見える現実を見つめて嘆く。その出来事が祝福の一過程であることは後にならなければわからないことを説いています。苦難は祝福への途上なのだ。それを知る者だけが苦難を耐えることが出来るということを。亦、ヨセフの真意は恐らくは、愛する弟ベニヤミンとヤコブへの愛しさ故に会いたい気持ちが優先したのでしょう。
2013年07月07日
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「旧約聖書」創世記 第42章前半・兄達との再開 42:1ヤコブはエジプトに穀物があると知って、むすこたちに言った、「あなたがたはなぜ顔を見合わせているのですか」。42:2また言った、「エジプトに穀物があるということだが、あなたがたはそこへ下って行って、そこから、われわれのため穀物を買ってきなさい。そうすれば、われわれは生きながらえて、死を免れるであろう」。42:3そこでヨセフの十人の兄弟は穀物を買うためにエジプトへ下った。42:4しかし、ヤコブはヨセフの弟ベニヤミンを兄弟たちと一緒にやらなかった。彼が災に会うのを恐れたからである。42:5こうしてイスラエルの子らは穀物を買おうと人々に交じってやってきた。カナンの地にききんがあったからである。42:6ときにヨセフは国のつかさであって、国のすべての民に穀物を売ることをしていた。ヨセフの兄弟たちはきて、地にひれ伏し、彼を拝した。42:7ヨセフは兄弟たちを見て、それと知ったが、彼らに向かっては知らぬ者のようにし、荒々しく語った。すなわち彼らに言った、「あなたがたはどこからきたのか」。彼らは答えた、「食糧を買うためにカナンの地からきました」。42:8ヨセフは、兄弟たちであるのを知っていたが、彼らはヨセフとは知らなかった。42:9ヨセフはかつて彼らについて見た夢を思い出して、彼らに言った、「あなたがたは回し者で、この国のすきをうかがうためにきたのです」。42:10彼らはヨセフに答えた、「いいえ、わが主よ、しもべらはただ食糧を買うためにきたのです。42:11われわれは皆、ひとりの人の子で、真実な者です。しもべらは回し者ではありません」。42:12ヨセフは彼らに言った、「いや、あなたがたはこの国のすきをうかがうためにきたのです」。42:13彼らは言った、「しもべらは十二人兄弟で、カナンの地にいるひとりの人の子です。末の弟は今、父と一緒にいますが、他のひとりはいなくなりました」。42:14ヨセフは彼らに言った、「わたしが言ったとおり、あなたがたは回し者です。42:15あなたがたをこうしてためしてみよう。パロのいのちにかけて誓います。末の弟がここにこなければ、あなたがたはここを出ることはできません。42:16あなたがたのひとりをやって弟を連れてこさせなさい。それまであなたがたをつないでおいて、あなたがたに誠実があるかどうか、あなたがたの言葉をためしてみよう。パロのいのちにかけて誓います。あなたがたは確かに回し者です」。42:17ヨセフは彼らをみな一緒に三日の間、監禁所に入れた。42:18三日目にヨセフは彼らに言った、「こうすればあなたがたは助かるでしょう。わたしは神を恐れます。42:19もしあなたがたが真実な者なら、兄弟のひとりをあなたがたのいる監禁所に残し、あなたがたは穀物を携えて行って、家族の飢えを救いなさい。42:20そして末の弟をわたしのもとに連れてきなさい。そうすればあなたがたの言葉のほんとうであることがわかって、死を免れるでしょう」。彼らはそのようにした。42:21彼らは互に言った、「確かにわれわれは弟の事で罪がある。彼がしきりに願った時、その心の苦しみを見ながら、われわれは聞き入れなかった。それでこの苦しみに会うのだ」。42:22ルベンが彼らに答えて言った、「わたしはあなたがたに、この子供に罪を犯すなと言ったではないか。それにもかかわらず、あなたがたは聞き入れなかった。それで彼の血の報いを受けるのです」。42:23彼らはヨセフが聞きわけているのを知らなかった。相互の間に通訳者がいたからである。42:24ヨセフは彼らを離れて行って泣き、また帰ってきて彼らと語り、そのひとりシメオンを捕えて、彼らの目の前で縛った。42:25そしてヨセフは人々に命じて、彼らの袋に穀物を満たし、めいめいの銀を袋に返し、道中の食料を与えさせた。ヨセフはこのように彼らにした。42:26彼らは穀物をろばに負わせてそこを去った。42:27そのひとりが宿で、ろばに飼葉をやるため袋をあけて見ると、袋の口に自分の銀があった。42:28彼は兄弟たちに言った、「わたしの銀は返してある。しかも見よ、それは袋の中にある」。そこで彼らは非常に驚き、互に震えながら言った、「神がわれわれにされたこのことは何事だろう」。 その飢饉はすべての国々を襲ったと記録されているように、ナイル川の恩恵があるエジプトにさえ飢饉が襲う有様では、周囲の乾燥した地域が無事で済む筈がない。世界各地の人々も、穀物を買いにエジプトのヨセフ(Joseph)のもとに続々とやって来ます。カナン地方も例外ではありません。ヨセフの父ヤコブは、エジプトに穀物があると聞いて息子たちを買い出しに行かせることにしました。父や祖父は飢饉になると移住しようとしましたが、そうしなかったのはヤコブの高齢のためか、それとも父祖の失敗を教訓としていたのか。但し、ヤコブが死んだ信じているヨセフを除いた十一人の兄弟のうち最愛の妻ラケルが、難産で命を落とすのと引き換えに残したベニヤミンだけは溺愛していたのでしょう。手元に残しておきます。そこで長男ルベンを初めとする兄弟10人が、奴隷として売り飛ばしたヨセフがそこで生き延び、副王に就いているとは露知らずエジプトに向かったのです。彼らがエジプトに入った時、ヨセフはすぐに兄達だと気づきまが、兄達はそれとは知らず目前の大国の宰相のヨセフ前で地面にひれ伏しました。この時ヨセフは、はるか昔に見た、「兄達が弟である自分の前にひれ伏す」という夢を思い出した筈です。ところが、兄達が自分に気づいていないと知るると、なんとも意地の悪いことに、ヨセフは通訳を介して尋問を始めます。兄達が「食料を買いにきました」と言うと、ヨセフは「いや、お前たちは敵の回し者」と決めつけます。この当時、異邦で嫌疑をかけられたら自力で信用させるのがセオリー。「しもべどもは、本当に十二人兄弟で、カナン地方に住むある男の息子たちでございます。末の弟は、今、父のもとにおりますが、もう一人は失いました。」と必死で身分を証明せんと励みます。対してヨセフは「ならば、その末の弟を連れてきたら信じてやる」と言い、何と彼らを牢獄に監禁しました。そして三日目になって、条件を出します。1人だけを残し、他の者は、飢えて待っている家族のために穀物を持って帰るがよい。そして末弟をここへ連れて来い。そうしてお前たちの言い分が確認できれば殺しはしない。父がベニヤミンを手放すなど想像もできませんが、食料と生殺与奪さえ握ったエジプトの宰相、互いに「これは、昔のヨセフのことでヤハウェから罰を受けているのだ」と嘆くしかありませんでした。あの時ヨセフを命だけは助けようとしたルベンは「だから忠告したのに。これは、もう生きてはいないだろうヨセフの血が報復しているのだ」と言いましたが、今さら昔のことを責め合っても致し方ない。此処に兄達が気付かない重要なことがあります。ヨセフにヘブライ語が通訳なしで筒抜けになっているということです。ヨセフは兄たちの言葉を聞くと、感情を押さえられなくなり、物陰に行って泣いたのも当然でしょう。人質に取られたシメオンを除く9人の兄達は、悄然としてカナンへと帰っていきました。そんな彼らをさらに混乱が襲います。途中の宿で、兄弟の1人がロバに餌をやろうとして、エジプトで買ってきた穀物の袋をあけてみると、エジプトで自分が支払ったはずの銀がそこにある。これはヨセフが部下に命じてやらせたことでしたが、兄たちは驚き、互いに震えながら言った。これは一体、どういうことだ。神が我々になさったことはと混乱するしかありませんでした。しかし、あえて試みを続けるヨセフが行った行為は報復ではないと考えます。報復は神の業であり、ヨセフの行為は兄弟たちを悔改めに導くための試みの業であったととりたい。
2013年07月06日
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「旧約聖書」創世記 第41章・牢獄から王宮のヨセフ41:1二年の後パロは夢を見た。夢に、彼はナイル川のほとりに立っていた。41:2すると、その川から美しい、肥え太った七頭の雌牛が上がってきて葦を食っていた。41:3その後、また醜い、やせ細った他の七頭の雌牛が川から上がってきて、川の岸にいた雌牛のそばに立ち、41:4その醜い、やせ細った雌牛が、あの美しい、肥えた七頭の雌牛を食いつくした。ここでパロは目が覚めた。41:5彼はまた眠って、再び夢を見た。夢に、一本の茎に太った良い七つの穂が出てきた。41:6その後また、やせて、東風に焼けた七つの穂が出てきて、41:7そのやせた穂が、あの太って実った七つの穂をのみつくした。ここでパロは目が覚めたが、それは夢であった。41:8朝になって、パロは心が騒ぎ、人をつかわして、エジプトのすべての魔術師とすべての知者とを呼び寄せ、彼らに夢を告げたが、これをパロに解き明かしうる者がなかった。41:9そのとき給仕役の長はパロに告げて言った、「わたしはきょう、自分のあやまちを思い出しました。41:10かつてパロがしもべらに向かって憤り、わたしと料理役の長とを侍衛長の家の監禁所にお入れになった時、41:11わたしも彼も一夜のうちに夢を見、それぞれ意味のある夢を見ましたが、41:12そこに侍衛長のしもべで、ひとりの若いヘブルびとがわれわれと共にいたので、彼に話したところ、彼はわれわれの夢を解き明かし、その夢によって、それぞれ解き明かしをしました。41:13そして彼解き明かしたとおりになって、パロはわたしを職に返し、彼を木に掛けられました」。41:14そこでパロは人をつかわしてヨセフを呼んだ。人々は急いで彼を地下の獄屋から出した。ヨセフは、ひげをそり、着物を着替えてパロのもとに行った。41:15パロはヨセフに言った、「わたしは夢を見たが、これを解き明かす者がない。聞くところによると、あなたは夢を聞いて、解き明かしができるそうだ」。41:16ヨセフはパロに答えて言った、「いいえ、わたしではありません。神がパロに平安をお告げになりましょう」。41:17パロはヨセフに言った、「夢にわたしは川の岸に立っていた。41:18その川から肥え太った、美しい七頭の雌牛が上がってきて葦を食っていた。41:19その後、弱く、非常に醜い、やせ細った他の七頭の雌牛がまた上がってきた。わたしはエジプト全国で、このような醜いものをまだ見たことがない。41:20ところがそのやせた醜い雌牛が、初めの七頭の肥えた雌牛を食いつくしたが、41:21腹にはいっても、腹にはいった事が知れず、やはり初めのように醜かった。ここでわたしは目が覚めた。41:22わたしはまた夢をみた。一本の茎に七つの実った良い穂が出てきた。41:23その後、やせ衰えて、東風に焼けた七つの穂が出てきたが、41:24そのやせた穂が、あの七つの良い穂をのみつくした。わたしは魔術師に話したが、わたしにそのわけを示しうる者はなかった」。41:25ヨセフはパロに言った、「パロの夢は一つです。神がこれからしようとすることをパロに示されたのです。41:26七頭の良い雌牛は七年です。七つの良い穂も七年で、夢は一つです。41:27あとに続いて、上がってきた七頭のやせた醜い雌牛は七年で、東風に焼けた実の入らない七つの穂は七年のききんです。41:28わたしがパロに申し上げたように、神がこれからしようとすることをパロに示されたのです。41:29エジプト全国に七年の大豊作があり、41:30その後七年のききんが起り、その豊作はみなエジプトの国で忘れられて、そのききんは国を滅ぼすでしょう。41:31後に来るそのききんが、非常に激しいから、その豊作は国のうちで記憶されなくなるでしょう。41:32パロが二度重ねて夢を見られたのは、この事が神によって定められ、神がすみやかにこれをされるからです。41:33それゆえパロは今、さとく、かつ賢い人を尋ね出してエジプトの国を治めさせなさい。41:34パロはこうして国中に監督を置き、その七年の豊作のうちに、エジプトの国の産物の五分の一を取り、41:35続いて来る良い年々のすべての食糧を彼らに集めさせ、穀物を食糧として、パロの手で町々にたくわえ守らせなさい。41:36こうすれば食糧は、エジプトの国に臨む七年のききんに備えて、この国のためにたくわえとなり、この国はききんによって滅びることがないでしょう」。41:37この事はパロとそのすべての家来たちの目にかなった。41:38そこでパロは家来たちに言った、「われわれは神の霊をもつこのような人を、ほかに見いだし得ようか」。41:39またパロはヨセフに言った、「神がこれを皆あなたに示された。あなたのようにさとく賢い者はない。41:40あなたはわたしの家を治めてください。わたしの民はみなあなたの言葉に従うでしょう。わたしはただ王の位でだけあなたにまさる」。41:41パロは更にヨセフに言った、「わたしはあなたをエジプト全国のつかさとする」。41:42そしてパロは指輪を手からはずして、ヨセフの手にはめ、亜麻布の衣服を着せ、金の鎖をくびにかけ、41:43自分の第二の車に彼を乗せ、「ひざまずけ」とその前に呼ばわらせ、こうして彼をエジプト全国のつかさとした。41:44ついでパロはヨセフに言った、「わたしはパロである。あなたの許しがなければエジプト全国で、だれも手足を上げることはできない」。41:45パロはヨセフの名をザフナテ・パネアと呼び、オンの祭司ポテペラの娘アセナテを妻として彼に与えた。ヨセフはエジプトの国を巡った。41:46ヨセフがエジプトの王パロの前に立った時は三十歳であった。ヨセフはパロの前を出て、エジプト全国をあまねく巡った。41:47さて七年の豊作のうちに地は豊かに物を産した。41:48そこでヨセフはエジプトの国にできたその七年間の食糧をことごとく集め、その食糧を町々に納めさせた。すなわち町の周囲にある畑の食糧をその町の中に納めさせた。41:49ヨセフは穀物を海の砂のように、非常に多くたくわえ、量りきれなくなったので、ついに量ることをやめた。41:50ききんの年の来る前にヨセフにふたりの子が生れた。これらはオンの祭司ポテペラの娘アセナテが産んだのである。41:51ヨセフは長子の名をマナセと名づけて言った、「神がわたしにすべての苦難と父の家のすべての事を忘れさせられた」。41:52また次の子の名をエフライムと名づけて言った、「神がわたしを悩みの地で豊かにせられた」。41:53エジプトの国にあった七年の豊作が終り、41:54ヨセフの言ったように七年のききんが始まった。そのききんはすべての国にあったが、エジプト全国には食物があった。41:55やがてエジプト全国が飢えた時、民はパロに食物を叫び求めた。そこでパロはすべてのエジプトびとに言った、「ヨセフのもとに行き、彼の言うようにせよ」。41:56ききんが地の全面にあったので、ヨセフはすべての穀倉を開いて、エジプトびとに売った。ききんはますますエジプトの国に激しくなった。41:57ききんが全地に激しくなったので、諸国の人々がエジプトのヨセフのもとに穀物を買うためにきた。 給仕長がファラオにゆるされて復職してから二年が経ち、ヨセフ(彼は生きるの意)が30歳のとき、エジプトのファラオ、恐らくは、異民族で寄留者であった王はある夢を見ます。場こそ違え要素が同じに思える夢を続けてみたことで「この夢は、何か意味があるに違いない」と思ったファラオは、エジプト中の魔術師や賢者を召集しますが、ファラオの夢を解き明かせる者いっかな見付かりません。王の給仕長はこのとき、ヨセフ(Joseph)を忘れることにしていた罪を告白して、ファラオにヨセフのことを進言、エジプト人が見下していたヘブライ人の、しかも囚人を召し出し尋ねます。ここはヨセフ得意の夢見です。7年間の大豊作と7年間の大飢饉が来ることを告げています。そこで、ヨセフは、ファラオに勧めます。「だから今すぐ、聡明で知恵のある人物を探して国を治めさせ、国中に監督官を立て、豊作の7年間に食料をできる限り集めさせて蓄えさせるようになさいませ。そうすれば、飢饉による滅亡は免れましょう」と。するとファラオは家来たちに「このように神の霊が宿っている人はほかにあるだろうか」と言いだしました。エジプトの賢者も魔術師も解けなかった夢を「神が告げます」といってヨセフが解いたのをみて、同じ寄留者から太陽神ラーの化身であるファラオになった王は「ヨセフとともにある神は、ほかの神々とは違う」とさとったようです。そこでファラオは、指輪をはずしてヨセフの指にはめます。この指輪は印章になっていて、ファラオの名においてどんな文書も発行できるのですから、これは全くの全権委任です。ファラオはヨセフに宮廷服を着させ、金の首飾りを彼の首にかけ、王の第二の車に乗せました。さらに、ツァフェナト・パネアというエジプト名をヨセフに与え、エジプトの祭司の娘を妻として与えますが、此れは恐らく外国人のままでは政務に支障もあろうと思って帰化させたのでしょう。ヨセフはファラオの前を辞すると全国を巡回し、豊作の7年の間に穀物をできるかぎり集め、町ごとに蓄えさせました。その豊作は、あまりの収穫についに文字通り量りきれなくなり、ついにヨセフは量るのをやめてしまったほどでしたが報酬のことには旧約聖書は触れていません。飢饉のやってくる前年に、ヨセフには二人の息子が生まれます。ヨセフは「神が、わたしの労苦と父の家のことをすべて忘れさせてくださった」といって、長男にマナセ(忘れさせる)と名づけ、次男には「神は、悩みの地で、わたしに子孫を増やしてくださった」といってエフライム(増やす)と名づけます。そのマナセの子孫からは、士師の時代に勇者ギデオンが現れ、エフライムの子孫からは、モーセの後継者ヨシュアが現れるのは特筆すべきでしょう。さて、驚異的な豊作のあと、驚異的な飢饉がやってきます。この飢饉はエジプトのみならず周辺地域をも席捲するのです。肥沃なエジプトでさえ飢饉の時には、当然にパレスティナは大丈夫ということはありえません。ヨセフの父ヤコブたちは凌ぎ切れるのか、此の章が教えるものは、永遠(とわ)に存続するものは、神への絶対の信仰、それとも神を頼っての明日への希望、神への尽愛とかと問えば、このうちで最も大いなるものは、神及びその感覚・知覚と異なる知的精神作用である思惟を受け継いでいる人間愛であると受け止めます。
2013年07月05日
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「旧約聖書」創世記 第40章・獄中のヨセフ 40:1これらの事の後、エジプト王の給仕役と料理役とがその主君エジプト王に罪を犯した。40:2パロはふたりの役人、すなわち給仕役の長と料理役の長に向かって憤り、40:3侍衛長の家の監禁所、すなわちヨセフがつながれている獄屋に入れた。40:4侍衛長はヨセフに命じて彼らと共におらせたので、ヨセフは彼らに仕えた。こうして彼らは監禁所で幾日かを過ごした。40:5さて獄屋につながれたエジプト王の給仕役と料理役のふたりは一夜のうちにそれぞれ意味のある夢を見た。40:6ヨセフが朝、彼らのところへ行って見ると、彼らは悲しみに沈んでいた。40:7そこでヨセフは自分と一緒に主人の家の監禁所にいるパロの役人たちに尋ねて言った、「どうして、きょう、あなたがたの顔色が悪いのですか」。40:8彼らは言った、「わたしたちは夢を見ましたが、解いてくれる者がいません」。ヨセフは彼らに言った、「解くことは神によるのではありませんか。どうぞ、わたしに話してください」。40:9給仕役の長はその夢をヨセフに話して言った、「わたしが見た夢で、わたしの前に一本のぶどうの木がありました。40:10そのぶどうの木に三つの枝があって、芽を出し、花が咲き、ぶどうのふさが熟しました。40:11時にわたしの手に、パロの杯があって、わたしはそのぶどうを取り、それをパロの杯にしぼり、その杯をパロの手にささげました」。40:12ヨセフは言った、「その解き明かしはこうです。三つの枝は三日です。40:13今から三日のうちにパロはあなたの頭を上げて、あなたを元の役目に返すでしょう。あなたはさきに給仕役だった時にされたように、パロの手に杯をささげられるでしょう。40:14それで、あなたがしあわせになられたら、わたしを覚えていて、どうかわたしに恵みを施し、わたしの事をパロに話して、この家からわたしを出してください。40:15わたしは、実はヘブルびとの地からさらわれてきた者です。またここでもわたしは地下の獄屋に入れられるような事はしなかったのです」。40:16料理役の長はその解き明かしの良かったのを見て、ヨセフに言った、「わたしも夢を見たが、白いパンのかごが三つ、わたしの頭の上にあった。40:17一番上のかごには料理役がパロのために作ったさまざまの食物があったが、鳥がわたしの頭の上のかごからそれを食べていた」。40:18ヨセフは答えて言った、「その解き明かしはこうです。三つのかごは三日です。40:19今から三日のうちにパロはあなたの頭を上げ離して、あなたを木に掛けるでしょう。そして鳥があなたの肉を食い取るでしょう」。40:20さて三日目はパロの誕生日であったので、パロはすべての家来のためにふるまいを設け、家来のうちの給仕役の長の頭と、料理役の長の頭を上げた。40:21すなわちパロは給仕役の長を給仕役の職に返したので、彼はパロの手に杯をささげた。40:22しかしパロは料理役の長を木に掛けた。ヨセフが彼らに解き明かしたとおりである。40:23ところが、給仕役の長はヨセフを思い出さず、忘れてしまった。 恋の逆恨みで無実の罪で投獄されたヨセフ(Joseph)ですが、監守長の目にかない、囚人を皆ヨセフの手に委ね、獄中の人のすることはすべてヨセフが取りしきるようになります。この監禁所にファラオの給仕長と料理長が、王に過ちを犯して投獄されたのです。妻を寝取られた筈の牢獄の責任者であるポティファルは、ヨセフにこの二人の身柄を預けて世話をさせています。ある朝、ヨセフが二人のところに来てみると、二人とも「妙な夢を見た。何か意味がありそうな夢なのだけど、夢解きをしてくれる人がいない」と憂鬱な顔をしています。ヨセフは「神が見せた夢は神が解き明かされる」と言って、どんな夢なのかを聞き出しています。給仕長の夢は幸運の夢、対する料理長は不運な夢、その夢は正夢となりファラオの誕生日の3日目に給仕長は復職しますが、料理長は木に掛けられ鳥が屍を啄みます。ヨセフは、給仕長が復職したときには、無実の罪でファラオの牢にいる自分のことを、ファラオにとりなしてくれるようにと頼んでいたのですがなしのつぶて。折角、給仕長の夢を解き明かし、復職したときには、無実の罪でファラオの牢にいる自分のことを、ファラオにとりなしてくれるようにと頼んだのにヨセフは給仕長の弁護によってただちに牢から出され、ということにはなりませんでした。「給仕役の長はヨセフのことを思い出さず、忘れてしまった。」と記録されているのです。恩知らずの給仕長は、ヨセフのことなどすっかり忘れてしまったと記されていますが、聖書では「忘れる」は見捨てるという意味で使われることが少なくないのです。たとえば「主よ、いつまで私を忘れておられるのか」という詩が聖書に見出されますが、此の「忘れる」は「いつまで私を苦しみの中に放置されるのですか」という意味です。給仕長も、折角許され復職したのに、収監されているユダヤ奴隷のことでファラオを煩わせては、良からぬことになると思って、ヨセフを「忘れる」ことにしたに違いありません。神が給仕長と自分を引き合わせたと思ったのはヨセフの勘違い、否、二年後には給仕長がヨセフのことを思い出すことになる大いなる出来事が起こります。
2013年07月04日
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「旧約聖書」創世記 第39章・恋の逆恨み 39:1さてヨセフは連れられてエジプトに下ったが、パロの役人で侍衛長であったエジプトびとポテパルは、彼をそこに連れ下ったイシマエルびとらの手から買い取った。39:2主がヨセフと共におられたので、彼は幸運な者となり、その主人エジプトびとの家におった。39:3その主人は主が彼とともにおられることと、主が彼の手のすることをすべて栄えさせられるのを見た。39:4そこで、ヨセフは彼の前に恵みを得、そのそば近く仕えた。彼はヨセフに家をつかさどらせ、持ち物をみな彼の手にゆだねた。39:5彼がヨセフに家とすべての持ち物をつかさどらせた時から、主はヨセフのゆえにそのエジプトびとの家を恵まれたので、主の恵みは彼の家と畑とにあるすべての持ち物に及んだ。39:6そこで彼は持ち物をみなヨセフの手にゆだねて、自分が食べる物のほかは、何をも顧みなかった。さてヨセフは姿がよく、顔が美しかった。39:7これらの事の後、主人の妻はヨセフに目をつけて言った、「わたしと寝なさい」。39:8ヨセフは拒んで、主人の妻に言った、「御主人はわたしがいるので家の中の何をも顧みず、その持ち物をみなわたしの手にゆだねられました。39:9この家にはわたしよりも大いなる者はありません。また御主人はあなたを除いては、何をもわたしに禁じられませんでした。あなたが御主人の妻であるからです。どうしてわたしはこの大きな悪をおこなって、神に罪を犯すことができましょう」。39:10彼女は毎日ヨセフに言い寄ったけれども、ヨセフは聞きいれず、彼女と寝なかった。また共にいなかった。39:11ある日ヨセフが務をするために家にはいった時、家の者がひとりもそこにいなかったので、39:12彼女はヨセフの着物を捕えて、「わたしと寝なさい」と言った。ヨセフは着物を彼女の手に残して外にのがれ出た。39:13彼女はヨセフが着物を自分の手に残して外にのがれたのを見て、39:14その家の者どもを呼び、彼らに告げて言った、「主人がわたしたちの所に連れてきたヘブルびとは、わたしたちに戯れます。彼はわたしと寝ようとして、わたしの所にはいったので、わたしは大声で叫びました。39:15彼はわたしが声をあげて叫ぶのを聞くと、着物をわたしの所に残して外にのがれ出ました」。39:16彼女はその着物をかたわらに置いて、主人の帰って来るのを待った。39:17そして彼女は次のように主人に告げた、「あなたがわたしたちに連れてこられたヘブルのしもべはわたしに戯れようとして、わたしの所にはいってきました。39:18わたしが声をあげて叫んだので、彼は着物をわたしの所に残して外にのがれました」。39:19主人はその妻が「あなたのしもべは、わたしにこんな事をした」と告げる言葉を聞いて、激しく怒った。39:20そしてヨセフの主人は彼を捕えて、王の囚人をつなぐ獄屋に投げ入れた。こうしてヨセフは獄屋の中におったが、39:21主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ、獄屋番の恵みをうけさせられた。39:22獄屋番は獄屋におるすべての囚人をヨセフの手にゆだねたので、彼はそこでするすべての事をおこなった。39:23獄屋番は彼の手にゆだねた事はいっさい顧みなかった。主がヨセフと共におられたからである。主は彼のなす事を栄えさせられた。 ヨセフ(Joseph)を買い取った隊商は、エジプトのファラオの侍従長ポティファルに奴隷として売りましたが、主がヨセフと共におられたので、彼の事は尽くうまく事を運んだと記されています。主はヨセフゆえに、ポティファルの家をも祝福しました。その祝福はすべての財産に及んだのです。ヤコブが伯父ラバンのもとに寄留していたとき、神はヤコブのゆえにラバンの家を祝福し、ラバンのが蓄財したことを思い出します。エジプト人は外国人は食物を汚すと考えていたため、ポティファルは奴隷のヨセフにすべてを委ねて、食べるもの以外のことは総てヨセフに委ねます。ところが、奴隷であること以外は順風満帆に思えたヨセフですが、思わぬ試練が彼を待っています。顔も美しく、容姿も優れていた、所謂眉目秀麗と記録されている程、母ラケルに似ているその彼にポティファルの妻が目をつけ誘惑してきたのです。わたしの床に入りなさいと迫る主人の妻。しかしヨセフは拒んでこう答えました。あなたは御主人の妻ですから。わたしは、どうしてそのように大きな悪を働いて、神に罪を犯すことができましょうと。ヤコブなら主人の信頼に調子づいてあやまちを犯したかもしれません。バレなければいい」という考え方ができないヨセフの性格が出ています。しかし余程御執心とみえ、主人の妻はその後もヨセフに言い寄り続けます。ひたすら彼女を避けつづけたヨセフですが、ある日彼女はヨセフが仕事のために家に入るのを見計らって人払いし、ヨセフの着物をつかんで誘惑します。焦ったのか軽薄にもヨセフはつかまれた着物を彼女の手に残して逃げました。すると主人の妻は、思い通りにならないヨセフに逆ギレ、自分が襲われたといって騒ぎ出します。現在でもよくあるパターン。ヨセフと着物といえば、父ヤコブがヨセフにだけあつらえた長服の晴れ着を思い出します。あの晴れ着は兄たちの怒りを増幅させましたが、今回もヨセフの服が彼を不遇へ向かわせる引き金となります。ポティファルが帰宅すると、妻は、ヨセフが脱ぎ捨てていった着物を証拠として訴えました。全幅の信頼を置いたヨセフに裏切られたと思ったポティファルは怒り、宮廷監獄に放り込んだのです。この監獄は、ファラオに対して罪を犯した者を収監するためのもので、侍従長ポティファルはその責任者、奴隷に妻を寝取られ、しかもそれが信頼して家の采配すべてを任せた相手による裏切りにしては、いささか男の面子からして怒りが軽いような気がします。即座に首を跳ねるぐらいはしてもいいくらいですが、おそらくはポティファルは、妻がヨセフを常々狙っていたのに気付いていて、この時も「神とともにある正しい人ヨセフがそんなことはするまい」ということは解っていた筈です。しかし自分が帰宅する前に、妻が「ヨセフに襲われかけた」と大声で家の者たちに言ってしまっているのです。それで、「妻を狙った奴隷に何もしない腰抜け」とは言われたくないので、やむを得ず処分したのが実情でしょう。ここで旧約聖書は、わざわざポティファルについて、侍従長のエジプト人と強調するのは、紀元前18世紀頃のエジプトでは異民族が勢力を持った王朝に支配された、寄留民に対する抵抗のないヒクソス朝の時代ではないかとom思えます。それ故に、異国民のヨセフに対しても殊更の差別意識は存在しなかったとも考えられ、主の手か、その後のヨセフの運命が動いていきます。
2013年07月03日
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「時間」を紐解く(78)私見-時間観(二十)現在の特異性 我々の霊魂或いは心の内在世界にあっては、過去は想起という過去性をもって、「現在」は「今」現実に体験しているありありとした現実性・本当性をもって、未来は予期という未来性をもって、其々を持続する経緯として時間を捉えています。だが、時間心象論者我々の心の純粋精神は持続を流れとして過去から現在そして未来と時間を捉えることが出来得るが、内在世界を離れた外在的現実世界には、変化する「瞬間」としての継起はあっても、過去は外在世界からは失われたもので最早無いし、未来は排他性のない成否決めがたい世界です。物理学的には証明可能なのかを問わず、空間世界としての宇宙は時間とともに、増々膨張しているようにも思えるし、身の回りの建物や景色も時間の支配を受けて変化している様にも思えます。この観点から見ると時間はまったくのところ、あらゆる物にとって等質的であると想えます。更に時間は力学の公式のなかにも、天文学のみならず物理学者の計算のなかにも時間は量として入ってくる。運動の速度を測量するということは、時間もまた一つの大きさであることを示しているとします。しかし、アリストテレスの曰くが如く、運動の前と後ろの「今」或いは「期間」の同時性の数だけを運用しているだけであって・それをもって「時間存在」の証明にはならないとする意見は此れ丈では崩壊しません。外在世界の現り現りとした現実は、実は外在世界からは失われた過去は、現在に過去化した「現在」として取り込まれており、未来は排他性がないにしても「現在」の中には因果性から既に取り込まれています。通り過ぎた過去は現実在を持って「現在」に取り込まれ、未だ来ぬ未来も現実在を持って「現在」に取り込まれ、ただ、我々がアリアリと体験するところの外在世界には、「変化」の体験としての「現在化した過去」及び「現在化する或いは過去化した未来」をも包含するところの時間観念を離れた創造者としての「有」、即ち「実体」としての「現実在」のみが存在することに気付かされます。
2013年07月02日
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「旧約聖書」創世記 第38章・タマルの一か八かの賭け 38:1そのころユダは兄弟たちを離れて下り、アドラムびとで、名をヒラという者の所へ行った。38:2ユダはその所で、名をシュアというカナンびとの娘を見て、これをめとり、その所にはいった。38:3彼女はみごもって男の子を産んだので、ユダは名をエルと名づけた。38:4彼女は再びみごもって男の子を産み、名をオナンと名づけた。38:5また重ねて、男の子を産み、名をシラと名づけた。彼女はこの男の子を産んだとき、クジブにおった。38:6ユダは長子エルのために、名をタマルという妻を迎えた。38:7しかしユダの長子エルは主の前に悪い者であったので、主は彼を殺された。38:8そこでユダはオナンに言った、「兄の妻の所にはいって、彼女をめとり、兄に子供を得させなさい」。38:9しかしオナンはその子が自分のものとならないのを知っていたので、兄の妻の所にはいった時、兄に子を得させないために地に洩らした。38:10彼のした事は主の前に悪かったので、主は彼をも殺された。38:11そこでユダはその子の妻タマルに言った、「わたしの子シラが成人するまで、寡婦のままで、あなたの父の家にいなさい」。彼は、シラもまた兄弟たちのように死ぬかもしれないと、思ったからである。それでタマルは行って父の家におった。38:12日がたってシュアの娘ユダの妻は死んだ。その後、ユダは喪を終ってその友アドラムびとヒラと共にテムナに上り、自分の羊の毛を切る者のところへ行った。38:13時に、ひとりの人がタマルに告げて、「あなたのしゅうとが羊の毛を切るためにテムナに上って来る」と言ったので、38:14彼女は寡婦の衣服を脱ぎすて、被衣で身をおおい隠して、テムナへ行く道のかたわらにあるエナイムの入口にすわっていた。彼女はシラが成人したのに、自分がその妻にされないのを知ったからである。38:15ユダは彼女を見たとき、彼女が顔をおおっていたため、遊び女だと思い、38:16道のかたわらで彼女に向かって言った、「さあ、あなたの所にはいらせておくれ」。彼はこの女がわが子の妻であることを知らなかったからである。彼女は言った、「わたしの所にはいるため、何をくださいますか」。38:17ユダは言った、「群れのうちのやぎの子をあなたにあげよう」。彼女は言った、「それをくださるまで、しるしをわたしにくださいますか」。38:18ユダは言った、「どんなしるしをあげようか」。彼女は言った、「あなたの印と紐と、あなたの手にあるつえとを」。彼はこれらを与えて彼女の所にはいった。彼女はユダによってみごもった。38:19彼女は起きて去り、被衣を脱いで寡婦の衣服を着た。38:20やがてユダはその女からしるしを取りもどそうと、その友アドラムびとに託してやぎの子を送ったけれども、その女を見いだせなかった。38:21そこで彼はその所の人々に尋ねて言った、「エナイムで道のかたわらにいた遊女はどこにいますか」。彼らは言った、「ここには遊女はいません」。38:22彼はユダのもとに帰って言った、「わたしは彼女を見いだせませんでした。またその所の人々は、『ここには遊女はいない』と言いました」。38:23そこでユダは言った、「女に持たせておこう。わたしたちは恥をかくといけないから。とにかく、わたしはこのやぎの子を送ったが、あなたは彼女を見いだせなかったのだ」。38:24ところが三月ほどたって、ひとりの人がユダに言った、「あなたの嫁タマルは罪を犯ししました。そのうえ、彼女はその罪故にみごもりました」。ユダは言った、「彼女を引き出して焼いてしまえ」。38:25彼女は引き出された時、そのしゅうとに人をつかわして言った、「わたしはこれをもっている人によって、みごもりました」。彼女はまた言った、「どうか、この印と、紐と、つえとはだれのものか、見定めてください」。38:26ユダはこれを見定めて言った、「彼女はわたしよりも正しい。わたしが彼女をわが子シラに与えなかったためである」。彼は再び彼女を知らなかった。38:27さて彼女の出産の時がきたが、胎内には、ふたごがあった。38:28出産の時に、ひとりの子が手を出したので、産婆は、「これがさきに出た」と言い、緋の糸を取って、その手に結んだ。38:29そして、その子が手をひっこめると、その弟が出たので、「どうしてあなたは自分で破って出るのか」と言った。これによって名はペレヅと呼ばれた。38:30その後、手に緋の糸のある兄が出たので、名はゼラと呼ばれた。 ユダは「タマルは縁起が悪い女」とでも思い込んだのか、「シェラが成人するまで」という口実で、タマルを実家に送り返します。しかし年月が経つごとに、タマルはユダが自分とシェラを結婚させる意志のないと判断します。年月が経ち、ユダの妻が死にました。しかしタマルはユダが三男の嫁にも、またユダの後妻に迎えてくれないことを知り、自ら進んで、ユダにより子を得ようとしますた。マルは一計を案じ、ユダが近くに来ること聞いた折り、現在では公序良俗に反するとされる姿になりユダの前に出現、此の行為自体は多くの多神教信仰と同様に、カナン人も行為自体は豊穣につながるものとして、殊更に非難はしないどころか、旧約聖書においては、タマルの行為は反倫理とはされてはおりません。ユダは顔を隠して現れたタマルをカナン人の神殿娼婦だと思い、関係を持とうとし、交渉の上、一夜の代価はあとで届けることにした、担保としてユダの身元を保証する印章と杖を渡すこととなりました。ところがタマルは目的を遂げると、代価が届けられるのを待つことなく姿を消したのです。こうしてタマルは舅ユダと交わり、最初の夫エルの血、その父親の命を宿します。此れはタマルにとっては一か八かの命の危険をともなう賭けです。はたしてユダはタマルが帰省中に妊娠したとあっては罪を問います。ユダは[あの女を引きずり出して、焼き殺してしまえ]と言いす始末、ここで、タマルがユダから手に入れておいた証拠の品の出番です。タマルはユダに使いを出し、自分が妊娠したのはこの印章と杖の持ち主によるものだと言いました。有罪であれば、男女とも罰されるのです。印章と杖を目にして、タマルの事実を知ったユダは、[わたしよりも彼女の方が正しい。わたしが彼女を息子のシェラに与えなかったからだ]と自分の約束不履行を認めます。タマルの胎にいたのは双子、出産のとき、先に手を出した子に助産婦が真っ赤な糸を結んで目印にしましたが、その子は手を引っ込め、もう一人の方が先に出てきました。このため、この子はペレツ(出し抜き)と名付けられ、先に手を出した方はゼラ(真っ赤)と名付けられます。そして先に出てきたもう一人の方、真っ赤な糸を結んでないペレツがユダ家の正嫡となるのです。なにやらヤコブと兄エサウの話を思い起こさせます。ところで、旧約聖書にあっては、タマルの行為は反倫理とはされず、むしろ子を残す為にとった賞賛の行為と考えられています。そして、このタマルの子ペレヅの子孫からイスラエルの聖王ダビデが出ています。タマルとユダの行為は人間の営みの一つであって、神は我々の理解を超えてそれを許容しているかの様にも思えます。
2013年07月01日
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